『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』   作:平素練磨

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第7話:対人戦闘訓練、あるいは無の演習

 

「私が……! ドアから普通に入って来た!!」

 

疑似街区グラウンドβのモニター室。ヒーローコスチュームに身を包み、緊張と興奮で胸を膨らませていた一年A組の前に、オールマイトが圧倒的な存在感で現れた。

本来なら「2対2の屋内対人戦闘訓練」が始まるはずだった。

 

だが、オールマイトの傍らには、ヒーロースーツ姿の相澤消太、そして――KISARAGI製強化外骨格を脱ぎ捨てた、異様な威圧感を放つ男が立っていた。

 

ハーフ遮光バイザーの下、黒のタクティカルウェアにオープンフィンガーグローブ。

背部エンジンの駆動音も油圧の金属音もない。しかし、フレームを外したことで一層際立つ一九〇センチの肉体は、完全に無音のまま、息遣いすら消してそこに佇んでいた。

 

「本来なら対人戦闘訓練を行う予定だったが……今回は趣旨を変更する!」

 

オールマイトが朗々とした声で宣誓し、巨大な手で隣の男を示した。

 

「特別講師のイレギュラー君をヴィラン役とし、君たちには【5人一組での制圧演習】に挑んでもらう! 勝利条件はヴィランの捕縛、またはヒーローチームの全滅だ!」

 

「5人一組……!?」

 

切島鋭児郎が目を丸くし、隣の仲間たちを見合わせた。

 

「マジかよ! 相手はフレームも着けてねぇ、生身のプロ一人だろ? 5人で囲めば流石にいけるんじゃねぇか!?」

 

第1チームとして指名されたのは、爆豪勝己、切島鋭児郎、上鳴電気、瀬呂範太、芦戸三奈の5人。

「5対1なら勝ち目しかない」と盛り上がる面々の中で、爆豪だけは仲間を一瞥もしなかった。

 

「……手ェ出すな雑魚ども。俺一人で十分だ」

 

爆豪は掌で爆破を威嚇するように鳴らし、さっさと一人で歩き出した。

 

「ルールは単純だ。制限時間15分。建物の最奥に立つイレギュラー君を捕縛するか、全滅するか。……では第1チーム、配置につけ!」

 

---

 

ビル内の薄暗いフロア。

 

「おい爆豪! ちゃんと作戦立てて入ろうぜ!」

 

背後からの切島の制止を無視し、爆豪は単身で最奥の通路へと突き進んでいた。その通路の暗がりから、足音ひとつ立てずにイレギュラーが歩み出てくる。

 

「死ねやッ!!」

 

爆豪は初手から全開だった。両手から猛烈な爆炎を噴射し、爆破の推進力で弾丸のようにイレギュラーの胸元へ肉薄する。

 

だが、イレギュラーは眉ひとつ動かさない。

 

爆破を放つ手が射程に入ろうととしたその瞬間――イレギュラーの手が滑り込んだ。

接触に伴う『虚』の発動。手のひらで弾けるはずだった爆破の出力が、接触と同時に一瞬で霧散し、沈黙する。

 

「な――!?」

 

不発。個性を殺され動揺した爆豪の腕を、イレギュラーは即座に掴み取った。

爆豪自身が使用していた爆破の推進力(ベクトル)。その運動エネルギーを殺すことなく、そのまま軸を反転させてコンクリートの床へと叩きつける。

 

ダァンッ!!!

 

「ガハッ……!?」

 

背中を強打し、肺の空気を吐き出す爆豪。

間髪入れず、イレギュラーは爆豪の腹部を容赦なく踏みつけた。衝撃と脳揺れにより、爆豪の意識は反撃の機会すら与えられず、一瞬で刈り取られた。

 

初手、わずか数秒。エースである爆豪のあっけない沈没。

 

「ば、爆豪――!?」

 

遅れて追いついてきた切島と芦戸が、目の前の惨状に息をのんだ。

 

「クソッ、救援だ!!」

 

切島が全身を『硬化』させ、芦戸が『酸』を足元に滑らせて同時に殴りかかる。

だが、イレギュラーは動じない。

 

迫る切島の硬化した拳。その手首に軽く触れ、『虚』で硬化を解除させた瞬間、イレギュラーはその腕を掴み、隣から突進してきた芦戸へと投げ飛ばした。

 

「きゃああっ!?」

 

「うわっ!?」

 

不意を突かれ、勢い余った二人は正面から激しく激突。足元が酸で滑っていたこともあり、もつれ合って床へと転がる。

 

体勢を崩し、動きの鈍った二人。

イレギュラーはその隙を見逃さず、瞬時に踏み込むと、首筋と顎下へ無駄のない打撃を同時に叩き込んだ。

 

脳揺れを起こした切島と芦戸が、意識を失って崩れ落ちる。

 

「ヒッ……!? な、なんだよそれ……! で、電撃――ッ!」

 

背後で見ていた上鳴がパニックを起こし、焦りのあまり広範囲に電流を放とうと腕を突き出した。

 

「待て上鳴! 俺が巻き込まれ――」

 

瀬呂が制止しようと手を伸ばすが、時すでに遅し。焦った上鳴の放電は味方への配慮を欠き、瀬呂の足止めを巻き込む形で不発に近い迷走を見せる。

 

「あ、やべ――」

 

自滅的な連携ミスで隙だらけになった上鳴と、巻き込まれて体勢を崩した瀬呂。

 

イレギュラーは二人の動揺を見逃さず、静かな歩でで間合いを詰めた。

瀬呂の引きつった顔面と、上鳴の溝おちへ、理に基づく正確な踏み込みから拳と掌底を叩き込む。

 

「が……っ」「ごほっ……」

 

二人は床に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。

 

全滅。制限時間15分のうち、経過したのは3分にも満たなかった。

 

---

 

モニター室。

 

映像を見つめていた1年A組の生徒たちは、完全に静まり返っていた。

誰も声を出せない。緑谷出久はノートを握りしめたまま、手が激しく震えていた。

 

(かっちゃんが……初手で……。それに、みんなの連携が崩れた瞬間の隙を、全部最小限の動きで潰された……!)

 

個性に頼り切り、身勝手に突撃した結果の惨敗。

個性を失った瞬間の脆さと、集団としての未熟さを無残に晒し出された。

 

イレギュラーは倒れた5人を見下ろすこともなく、ただゆっくりと振り返った。

 

「……個性が通じず、連携を欠けば、ただの肉だ。以上だ」

 

冷酷な機械音が、静まり返った疑似街区に空しく響いていた。

 

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