『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「私が……! ドアから普通に入って来た!!」
疑似街区グラウンドβのモニター室。ヒーローコスチュームに身を包み、緊張と興奮で胸を膨らませていた一年A組の前に、オールマイトが圧倒的な存在感で現れた。
本来なら「2対2の屋内対人戦闘訓練」が始まるはずだった。
だが、オールマイトの傍らには、ヒーロースーツ姿の相澤消太、そして――KISARAGI製強化外骨格を脱ぎ捨てた、異様な威圧感を放つ男が立っていた。
ハーフ遮光バイザーの下、黒のタクティカルウェアにオープンフィンガーグローブ。
背部エンジンの駆動音も油圧の金属音もない。しかし、フレームを外したことで一層際立つ一九〇センチの肉体は、完全に無音のまま、息遣いすら消してそこに佇んでいた。
「本来なら対人戦闘訓練を行う予定だったが……今回は趣旨を変更する!」
オールマイトが朗々とした声で宣誓し、巨大な手で隣の男を示した。
「特別講師のイレギュラー君をヴィラン役とし、君たちには【5人一組での制圧演習】に挑んでもらう! 勝利条件はヴィランの捕縛、またはヒーローチームの全滅だ!」
「5人一組……!?」
切島鋭児郎が目を丸くし、隣の仲間たちを見合わせた。
「マジかよ! 相手はフレームも着けてねぇ、生身のプロ一人だろ? 5人で囲めば流石にいけるんじゃねぇか!?」
第1チームとして指名されたのは、爆豪勝己、切島鋭児郎、上鳴電気、瀬呂範太、芦戸三奈の5人。
「5対1なら勝ち目しかない」と盛り上がる面々の中で、爆豪だけは仲間を一瞥もしなかった。
「……手ェ出すな雑魚ども。俺一人で十分だ」
爆豪は掌で爆破を威嚇するように鳴らし、さっさと一人で歩き出した。
「ルールは単純だ。制限時間15分。建物の最奥に立つイレギュラー君を捕縛するか、全滅するか。……では第1チーム、配置につけ!」
---
ビル内の薄暗いフロア。
「おい爆豪! ちゃんと作戦立てて入ろうぜ!」
背後からの切島の制止を無視し、爆豪は単身で最奥の通路へと突き進んでいた。その通路の暗がりから、足音ひとつ立てずにイレギュラーが歩み出てくる。
「死ねやッ!!」
爆豪は初手から全開だった。両手から猛烈な爆炎を噴射し、爆破の推進力で弾丸のようにイレギュラーの胸元へ肉薄する。
だが、イレギュラーは眉ひとつ動かさない。
爆破を放つ手が射程に入ろうととしたその瞬間――イレギュラーの手が滑り込んだ。
接触に伴う『虚』の発動。手のひらで弾けるはずだった爆破の出力が、接触と同時に一瞬で霧散し、沈黙する。
「な――!?」
不発。個性を殺され動揺した爆豪の腕を、イレギュラーは即座に掴み取った。
爆豪自身が使用していた爆破の推進力(ベクトル)。その運動エネルギーを殺すことなく、そのまま軸を反転させてコンクリートの床へと叩きつける。
ダァンッ!!!
「ガハッ……!?」
背中を強打し、肺の空気を吐き出す爆豪。
間髪入れず、イレギュラーは爆豪の腹部を容赦なく踏みつけた。衝撃と脳揺れにより、爆豪の意識は反撃の機会すら与えられず、一瞬で刈り取られた。
初手、わずか数秒。エースである爆豪のあっけない沈没。
「ば、爆豪――!?」
遅れて追いついてきた切島と芦戸が、目の前の惨状に息をのんだ。
「クソッ、救援だ!!」
切島が全身を『硬化』させ、芦戸が『酸』を足元に滑らせて同時に殴りかかる。
だが、イレギュラーは動じない。
迫る切島の硬化した拳。その手首に軽く触れ、『虚』で硬化を解除させた瞬間、イレギュラーはその腕を掴み、隣から突進してきた芦戸へと投げ飛ばした。
「きゃああっ!?」
「うわっ!?」
不意を突かれ、勢い余った二人は正面から激しく激突。足元が酸で滑っていたこともあり、もつれ合って床へと転がる。
体勢を崩し、動きの鈍った二人。
イレギュラーはその隙を見逃さず、瞬時に踏み込むと、首筋と顎下へ無駄のない打撃を同時に叩き込んだ。
脳揺れを起こした切島と芦戸が、意識を失って崩れ落ちる。
「ヒッ……!? な、なんだよそれ……! で、電撃――ッ!」
背後で見ていた上鳴がパニックを起こし、焦りのあまり広範囲に電流を放とうと腕を突き出した。
「待て上鳴! 俺が巻き込まれ――」
瀬呂が制止しようと手を伸ばすが、時すでに遅し。焦った上鳴の放電は味方への配慮を欠き、瀬呂の足止めを巻き込む形で不発に近い迷走を見せる。
「あ、やべ――」
自滅的な連携ミスで隙だらけになった上鳴と、巻き込まれて体勢を崩した瀬呂。
イレギュラーは二人の動揺を見逃さず、静かな歩でで間合いを詰めた。
瀬呂の引きつった顔面と、上鳴の溝おちへ、理に基づく正確な踏み込みから拳と掌底を叩き込む。
「が……っ」「ごほっ……」
二人は床に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
全滅。制限時間15分のうち、経過したのは3分にも満たなかった。
---
モニター室。
映像を見つめていた1年A組の生徒たちは、完全に静まり返っていた。
誰も声を出せない。緑谷出久はノートを握りしめたまま、手が激しく震えていた。
(かっちゃんが……初手で……。それに、みんなの連携が崩れた瞬間の隙を、全部最小限の動きで潰された……!)
個性に頼り切り、身勝手に突撃した結果の惨敗。
個性を失った瞬間の脆さと、集団としての未熟さを無残に晒し出された。
イレギュラーは倒れた5人を見下ろすこともなく、ただゆっくりと振り返った。
「……個性が通じず、連携を欠けば、ただの肉だ。以上だ」
冷酷な機械音が、静まり返った疑似街区に空しく響いていた。
---