『公安警察外局特定脅威処理記録:コード「削除済み」』 作:平素練磨
「……次、第2チーム。位置につけ」
相澤の冷淡な声が、凍りついたモニター室に響いた。
指名されたのは、緑谷出久、麗日お茶子、飯田天哉、蛙吹梅雨、八百万百の5人。
第1チームの惨状を目撃した彼らの顔に、先ほどのような油断や熱量は一切ない。あるのは、生存のための濃密な緊張感だけだった。
「……緑谷くん」
スタート地点へ向かう通路で、飯田が声を殺して切り出した。
「あの人は強い。個性を消す力だけじゃない……『個性を使う瞬間の動線』を完璧に見切って、僕たちの力を僕たち自身に叩きつけてくる。真っ向勝負は自殺行為だ」
「うん……」
出久は深く頷き、包帯の巻かれた自分の右手を強く握りしめた。
「かっちゃんの突進が初手で殺されたのは、個性の射程と自分の推進力に頼りすぎていたからだとおもうんだ。僕たちの勝ち筋は……『絶対に間合いに入らないこと』。八百万さんの創造と蛙吹さんの機動力、飯田くんのスピードで距離を維持しながら、麗日さんの無重力とトラップで捕縛帯を完成させる」
爆豪のようなスタンドプレーではなく、徹底した遠距離・多重防衛陣形。
それが、彼らが導き出した精一杯の対抗策だった。
---
ビル3階、障害物の多い大部屋。
部屋の最奥に、イレギュラーが一人立ち尽くしている。
強化外骨格を外した巨躯からは、呼吸音すら聞こえない。ハーフバイザーの暗がりから向けられる視線は、ただ淡々と彼ら5人の骨格と間合いを計測していた。
「開始(スタート)!!」
オールマイトの宣言と同時に、第2チームが動いた。
「八百万さん、頼む!」
出久の叫びに応え、最前線に立った八百万百が、両腕から粘着性の高い『捕縛用ポリマー溶液』と『大型閃光弾』を同時に生み出した。
「閃光弾、発破します! 目を塞いでください!」
バンッ――!
室内を満たす凄まじい閃光と強音。
相手の視界と聴覚を奪い、そのスキに八百万のポリマーと、天井を這う梅雨の舌、飯田の超高速による『エンジン』の回り込みを同時に叩きつける。
物理的な理で勝てないのなら、感覚を遮断し、間合いの外から拘束する。
完璧な初動。
だが――閃光が収まり緑谷たちが動くより早く、視界を奪われたはずのイレギュラーの足音が、無音のまま位置を変えていた。
「――!?」
八百万が自ら投擲した手りゅう弾の光と衝撃音から逃れていた目を見開いた時には、すでにイレギュラーの影が、ポリマー溶液の射線から『半歩』だけ外れていた。
閃光手りゅう弾への対策、危険範囲から逃れ即座に遮蔽物を挟み逃れる。そして八百万が入口から投擲した腕の『予兆』だけで、攻撃のベクトルを察知していたのだ。
「甘い」
機械的な低音が、八百万の耳元で鳴った。
イレギュラーの一歩が間合いを潰す。
八百万が悲鳴を上げる間もなく、彼女の手首にオープンフィンガーの指が触れた。
『虚』。
生成されかけていた追加の捕縛具が、一瞬で消滅する。
そのまま八百万の自重を利用して腕を捻り、背後の壁へと叩きつけた。衝撃で八百万の呼吸が止まり、その場で膝をつく。
「八百万さん!――ッ!!」
八百万を救出するため、飯田が脚のエンジンを限界まで吹かし、青い爆風とともに急接近した。超高速のタックル。
だが、イレギュラーは振り返りもしない。
壁に押し付けた八百万の肩を支点にし、体を小さく旋回(ひね)る。
飯田の高速タックルが通過する『軌道』の上に、イレギュラーの左腕が静かに置かれた。
ガグンッ!
「がはっ……!?」
自ら出していた音速の推進力が、そのままイレギュラーの固定された左掌底に顎が激突。
飯田は己の速度によって顎を撃ち抜かれ、意識を失いながら回転し床へ激しく叩きつけられた。
「飯田ちゃん! ゲコッ――」
天井から梅雨が舌を伸ばし、イレギュラーの首元を絡め取ろうとする。
しかし、伸ばされた舌がバイザーの側面に触れた瞬間、
『虚』。
舌の弾力と粘着性が一瞬で失われ、筋肉が弛緩する。
イレギュラーは弛んだ舌を迷わず素手で掴み、力任せに引いた。
「くあっ――!?」
天井から引きずり下ろされた蛙吹。
落下の軌道上に待っていたのは、一切の加減のない冷徹な物理。イレギュラーの膝が、蛙吹の体幹を優しく、しかし確実に深く受け止め、そのまま床へと転がした。痛みによる機能停止。
「蛙吹さん! 麗日さん、今だ!!」
出久が叫ぶ。
出久自身が腕の骨折を覚悟して『ワン・フォー・オール』を宿した拳を振るうことで風圧を放ち、イレギュラーの体勢を崩す。その隙にお茶子が一瞬でも触れて『無重力』で浮かせる――それが最後の切り札だった。
出久が右手を引き、拳を振るう体制を取ろうとした
(来る……! 骨が折れても、あの人の軸を数センチ揺らせれば――!)
だが、出久が腕に力を込める、その瞬くほど短い一瞬。
出久の視界から、イレギュラーの姿が消えた。
(え――)
踏み込みの足音すらない。
出久が個性の出力を解放しようとした瞬間、すでにイレギュラーの巨躯は、出久の『視線の死角』に入り込んでいた。
個性を打つための軸足――その右膝の裏に、イレギュラーの足裏が静かに添えられる。
「が……ッ!?」
膝が強制的に曲げられ、出久の体軸がガクリと崩れた。
今の緑谷では個性の出力を放つために必要だった「正しく地面を踏み締める骨格のライン」が、完璧に解体される。
溜め込まれたワン・フォー・オールの圧力が失速し、発動に失敗してしまう。
「……出力を上げる前に、足関節が壊れている」
冷酷な声とともに、出久の首筋に手が置かれた。
『虚』の残響。全身の細胞から熱量が引き去られていくような沈黙。
そのまま出久の後頭部に手が当てられ、顔面が床へと静かに押し付けられた。
「デクくん――ッ!?」
残されたお茶子が、恐怖でへたり込む。
彼女が手を突き出す前に、イレギュラーの視線が彼女を捕らえた。
バイザーの奥の冷たい闇。それだけで、お茶子は指一本動かせなくなった。
全滅。
経過時間、一分四十秒。
徹底して距離を取り、作戦を練った第2チームすら、誰一人としてイレギュラーの服に擦り傷ひとつ付けることすらできずに、完全に解体された。
---
モニター室。
静寂は、もはや恐怖を超えて絶望の域に達していた。
「な……なんだよあれ……」
切島が蒼白な顔で呟く。
「策を練っても……距離を取っても……個性を出そうとした瞬間に、全部潰されるじゃねぇか……!」
緑谷出久の「個性を溜める一瞬の隙」すら見逃さず、技が出る前に物理的に体の軸を崩して不発に追い込む。
それはヒーローとヴィランの戦いなどではなく、「欠陥のある機械を、職人が手際よく解体していく作業」そのものだった。
オールマイトは胸の前で拳を固く握り締め、額に汗を浮かべていた。
(……見事だ、と言わざるを得ない。個性という『現象』に一切目を奪われず、人間という『肉体構造の弱点』だけを淡々と突いている。……これが、現場で泥を被り続けてきた彼の戦い)
ビルの中。
倒れた出久を見下ろすこともなく、イレギュラーは静かに振り返った。
ハーフバイザーの奥から、冷ややかな機械音が響く。
「……技の前に、自分の骨組みを知れ。個性に頼るな。肉体を使え」
それだけ告げると、男は拘束具すら使わず、次のチームを待つためにただ無言で静まり返った部屋の中央へと戻っていった。