ハリー・ポッターとグレッグのダメ日記   作:グレッグ・ヘフリー

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グレッグ・ヘフリーと賢者の石
1 ホグワーツからの手紙


 1991 年 7 月・イギリス、ヘフリー家

 

 夏休みというのは、本来なら素晴らしいものである。

 学校に行かなくていい。宿題はまだ先延ばしにできる。朝早く起きる必要もない。

 

 少なくとも、グレッグ・ヘフリーはそう考えていた。

 しかし、ヘフリー家の夏休みは、必ずしも平和なものではない。

 

「グレッグ! いつまでテレビを見てるの!」

 

 キッチンから母親のスーザンが叫んだ。

 

「まだ十時だよ!」

「もう十時よ! 外に出て遊んできなさい!」

 

 グレッグはため息をついた。

 どうして大人というのは、子供が何もしていないと、必ず何かさせようとするのだろう。

 

 しかも、母親は彼に外で遊べと言っておきながら、外に出ると今度は服を汚すなと文句を言うのだ。

 グレッグはリモコンを持ち直した。

 

 どうせ今日も、いつもと変わらない一日になるはずだった。

 ところが。

 

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。

 

「グレッグ、出てちょうだい!」

「僕、今忙しいんだけど!」

「テレビを見るのは忙しいとは言わないの!」

 

 グレッグが渋々ソファから立ち上がるより先に、スーザンが玄関に向かった。

 そして、ドアを開けた。

 

 そこには、奇妙な服装をした女性が立っていた。

 背が高く、厳格そうな顔つきで、緑色のローブを着ている。頭には、先の尖った帽子までかぶっていた。

 

 まるで、ハロウィーンの仮装を三か月も間違えた人のようだった。

 

「こんにちは。ヘフリーさんのお宅でいらっしゃいますね?」

 

 女性は、きわめて丁寧な口調で言った。

 

「ええ、そうですけど……」

「私はミネルバ・マクゴナガルと申します。ホグワーツ魔法魔術学校の副校長を務めております」

 

「……はい?」

「先日、グレゴリー・ヘフリーさん宛てに入学案内をお送りしたのですが、お読みいただけましたでしょうか?」

 

 スーザンはしばらく考え込んだ。

 そして、何かを思い出したように手を叩いた。

 

「ああ! あの変な手紙!」

「はい。そちらです」

 

「燃やしました!」

 

 沈黙が流れた。

 マクゴナガルは、数秒間、何も言わなかった。

 

「……燃やされたのですか?」

「ええ! だって、魔法学校なんて書いてあったんですよ? しかも差出人の住所もよくわからないし、変な紋章までついていて!」

 

「それはホグワーツの校章です」

「とにかく、怪しい手紙だったんです!」

 

 マクゴナガルは眼鏡を直した。

 

「……なるほど。では、最初からご説明する必要がありそうですね」

 

 そのとき、リビングからグレッグが顔を出した。

 

「ママ、誰?」

「グレッグ、知らない人があなたを魔法学校に入れたいんですって」

 

「……魔法学校?」

「そうよ!」

 

 グレッグは玄関に立っている女性を見た。

 確かに、魔法使いの格好をしている。

 

 ただし、グレッグが知っている魔法使いというのは、子供向けのテレビ番組に出てくる、杖を振り回すおじいさんくらいだった。

 目の前の女性は、そのどれとも似ていなかった。

 

「あなたがグレゴリー・ヘフリーさんですね?」

「……そうだけど」

 

「お会いできて何よりです。あなたには魔法の才能がございます」

 

 グレッグは目を丸くした。

 

「えっ、僕に?」

「ええ」

 

「じゃあ、僕って特別なの?」

「魔法を使えるという意味では、そうなります」

 

 グレッグは、急にこの女性が気に入った。

 何しろ、今まで学校の先生から「特別な才能がある」と言われたことなど、一度もなかったからだ。

 

 ただし、体育の先生に「授業をサボる才能だけはある」と言われたことならあった。

 そのとき、階段のほうから足音が聞こえた。

 

「スーザン? 誰が来たんだ?」

 

 父親のフランクだった。

 今日は仕事が休みで、リビングの隣の部屋で趣味の戦争模型をいじっていたのである。

 

「あなた、聞いて! この人、グレッグに魔法の才能があるって言うのよ!」

 

 フランクはマクゴナガルを見た。

 

 それからグレッグを見た。

 もう一度マクゴナガルを見た。

 

「……うちのグレッグに?」

「はい」

 

「本当に?」

「間違いございません」

 

「……こいつ、算数の宿題すらまともにできないんですが」

「パパ!!」

 

 マクゴナガルは咳払いをした。

 

「魔法の才能と学業成績は、必ずしも一致しませんから」

「それなら納得です」

 

「納得しないでよ!」

 

 スーザンが腕を組んだ。

 

「とにかく、いきなり魔法学校なんて言われても信用できません。何か証拠はあるんですか?」

「もちろんです」

 

 マクゴナガルはローブの内側から、細長い木の棒を取り出した。

 グレッグは、それが魔法の杖だと気づいた。

 

「少々、失礼いたします」

 

 彼女が杖を軽く振ると、玄関脇に置いてあった花瓶が、見る見るうちに形を変え始めた。

 花瓶は小さくなり、丸くなり、四本の脚と尻尾が生えた。

 

 そして、次の瞬間。

 ニャー。

 

 そこには、一匹の猫がいた。

 

「…………」

 

 グレッグは口を開けたまま固まった。

 スーザンも固まった。

 

 フランクはもっと固まった。

 猫は玄関マットの上に座り、前脚をなめ始めた。

 

「……今の、どうやったの?」

 

 グレッグが尋ねた。

 

「変身術です。ホグワーツで学ぶ魔法の一つですよ」

「すごい!!」

 

 グレッグは初めて、本当に魔法使いになりたいと思った。

 これができれば、ロドリックの大切なギターをネズミに変えることだってできるかもしれない。

 

 いや、もっといいことがある。

 宿題を猫に変えれば、宿題をやらなくても済むのではないか?

 

 グレッグがそんなことを考えている間に、マクゴナガルは猫を元の花瓶に戻していた。

 一方、フランクは別のことを考えていた。

 

「……あの、ちょっといいですか?」

「何でしょう?」

 

「その魔法というのは、何でも変えられるんですか?」

「もちろん制限はございますが、さまざまな物を変身させることができます」

 

「例えば、人間を動物に変えることも?」

「高度な技術を必要としますが、可能です」

 

 フランクは少し考え込んだ。

 

「……軍隊で使ったら、すごいことになりそうですね」

「…………」

 

 マクゴナガルは、その発言には答えなかった。

 代わりに、入学案内を説明することにした。

 

「ホグワーツは、十一歳から十七歳までの魔法使いを教育する、全寮制の学校です。新学期は九月一日から始まります」

「全寮制?」

 

 スーザンが聞き返した。

 

「ええ。生徒は学期中、校内で生活いたします」

「つまり、グレッグは家に帰ってこないんですか?」

 

「クリスマス休暇とイースター休暇には帰省できますし、夏休みには皆さんご自宅へ戻られます」

 

 スーザンは顔をしかめた。

 

「でも、まだ十一歳なのよ? そんな小さい子を一人で遠くに行かせるなんて……」

 

 グレッグは少し不満だった。

 ママはいつも、彼がもう大きくなったのだから自分のことは自分でやれと言っている。

 

 ところが、こういうときだけ急に小さい子供扱いするのである。

 

「ママ、僕は行きたいよ!」

「グレッグ、まだ何も決まってないのよ」

 

「でも、魔法が使えるんだよ!」

「魔法が使えるからって、何でもしていいわけじゃありません!」

 

 そのとき、二階から声がした。

 

「おいグレッグ! 何騒いでんだよ!」

 

 ロドリックだった。

 寝起きのような格好で階段を下りてくると、玄関にいるマクゴナガルを見て眉をひそめた。

 

「誰、この人?」

「学校の先生よ」

 

「夏休みなのに?」

「魔法学校の先生なの!」

 

 ロドリックはグレッグを見た。

 

「……お前、また何かやらかしたのか?」

「違うって! 僕、魔法使いなんだよ!」

 

「は?」

「本当だよ! この先生が、花瓶を猫に変えたんだ!」

 

 ロドリックはマクゴナガルの杖を見た。

 

「じゃあ、俺も魔法使いなの?」

「いいえ。残念ながら、あなたのお名前は入学予定者の名簿にはございません」

 

「……ふーん」

 

 ロドリックは特に残念そうではなかった。

 

「で、グレッグはその学校に行くわけ?」

「まだ決まってないわ」とスーザン。

 

「学期中は寮で暮らすことになります」とマクゴナガル。

 

 ロドリックは動きを止めた。

 

「……ちょっと待って」

「何でしょう?」

 

「それって、グレッグが九月から家にいなくなるってこと?」

「ええ」

 

「毎日?」

「基本的には」

 

「……マジで?」

 

 ロドリックは、ゆっくりと笑顔になった。

 

「ママ! グレッグをその学校に行かせようぜ!」

「ロドリック!」

 

「いや、絶対いい学校だよ! 俺にはわかる!」

「さっきまで知らなかったくせに!」

 

「グレッグ、お前、絶対魔法使いになったほうがいいって!」

 

 グレッグは腹が立った。

 兄は、弟の将来について真剣に考えたことなど一度もないくせに、こういうときだけ積極的になるのである。

 

 もっとも、グレッグ自身も、ロドリックと離れて暮らせるという点にはかなり魅力を感じていた。

 だから、珍しく兄弟の意見は一致していた。

 

 そのころ、まだ幼いマニーが階段から顔を出した。

 

「バビー、まほうつかい?」

「そうだよ」

 

「じゃあ、おかしだして」

「まだ魔法は使えないんだよ!」

 

 マニーは不満そうに頬を膨らませた。

 

「つかえない」

 

 グレッグは、この家には自分の才能を正当に評価できる人間が一人もいないのだと思った。

 それから一時間ほど、マクゴナガルはヘフリー夫妻に魔法界の仕組みを説明した。

 

 ホグワーツには四つの寮があること。

 生徒は魔法薬学、変身術、呪文学などを学ぶこと。

 

 学校で使う杖や教科書は、ロンドンにあるダイアゴン横丁という場所で買えること。

 そして、何より重要なのが、一般の人々には魔法の存在を隠さなければならないという決まりだった。

 

「つまり、近所の人に言ってはいけないんですね?」

 

 スーザンが尋ねた。

 

「その通りです」

「学校のお友達にも?」

 

「ええ」

「親戚にも?」

 

「必要のない方には、できるだけお話しにならないでください」

 

 スーザンは困ったような顔をした。

 

「でも、家族の近況を知らせるクリスマスカードには……」

「書かないでください」

 

 マクゴナガルは即答した。

 グレッグは少しがっかりした。

 

 せっかく魔法使いになれるのに、学校の友達に自慢できないなんて不公平ではないか。

 グレッグは、ロウリーにこのことを教えたら、きっと腰を抜かすに違いないと思った。

 

 もっとも、ロウリーなら本気で「魔法で空を飛べるの!?」などと聞いてきそうだった。

 まあ、実際に飛べるらしいのだが。

 

 やがて、フランクが口を開いた。

 

「……それで、学費は?」

「ホグワーツでは授業料をいただいておりません。ただし、教科書や制服などはご家庭で用意していただく必要があります」

 

 フランクはうなずいた。

 

「なるほど」

「どうする、あなた?」

 

 スーザンが尋ねた。

 

 フランクはグレッグを見た。

 

「……まあ、本当に魔法が使えるなら、普通の学校に通わせるわけにもいかないだろう」

「でも……」

「まずは、そのダイアゴン横丁ってところを見てから決めればいいんじゃないか?」

 

 スーザンはしばらく考えてから、うなずいた。

 

「そうね。いきなり入学を決めるのはよくないけど、見学くらいなら……」

 

 グレッグは飛び上がった。

 

「やった!!」

 

 マクゴナガルは、ようやく安堵したように微笑んだ。

 

「それでは、こちらが新しい入学案内です。今度こそ大切に保管してください」

 

 彼女は封筒をスーザンに手渡した。

 

 スーザンは少し気まずそうに受け取った。

 

「もちろんです」

 

 ロドリックがグレッグの肩を叩いた。

 

「なあ、グレッグ」

「何?」

「魔法学校に行っても、俺の弟だってこと忘れんなよ」

 

 グレッグは少し驚いた。

 まさか、ロドリックがそんなことを言うとは思わなかったからだ。

 

「……うん」

「あと、学校でドラゴン見つけたら連れて帰ってこいよ」

 

「は?」

「俺、ママに『グレッグがドラゴンを飼いたいって言ってた』って言うから」

 

「おい!!」

 

 ロドリックは笑いながら階段を駆け上がっていった。

 グレッグは拳を握りしめた。

 

 やっぱり、あんな兄と一緒に暮らすのはもううんざりだった。

 九月が待ち遠しい。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 《グレッグの日記》

 

 1991 年 7 月30日

 

 今日は、僕の人生で一番すごいことが起きた。

 なんと、僕は魔法使いだったのだ。

 

 前から僕には、ほかの子供とは違う特別な才能があると思っていたけど、まさか本当に魔法が使えるなんて思わなかった。

 ホグワーツという学校に入れば、物を変身させたり、空を飛んだりできるらしい。

 

 それに、学校には四つの寮があって、生徒はそこで生活するんだって。

 つまり、ロドリックと一年の大半を離れて暮らせるということだ。

 

 僕は、これだけでも入学する価値があると思う。

 ただし、いくつか問題がある。

 

 一つ目は、魔法学校でも宿題が出るらしいことだ。

 せっかく魔法が使えるんだから、宿題なんて魔法で片づければいいと思うんだけど、どうやら先生たちはそう考えていないらしい。

 

 二つ目は、学校で魔法の使い方を覚えるまで、家では何もできないということだ。

 ロドリックの部屋をネズミだらけにしてやろうと思っていたのに、これは困った。

 

 そして三つ目。

 ママが、魔法学校に入る前に家族写真を撮ろうと言い出した。

 

 しかも、僕にとんがり帽子をかぶらせたいらしい。

 魔法使いになった初日から、もう魔法使いをやめたくなってきた。

 




此処までお読みいただきありがとうございます。

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