ハリー・ポッターとグレッグのダメ日記 作:グレッグ・ヘフリー
その日の残りの時間は、ほとんど大人たちの話し合いに費やされた。
マクゴナガル先生は、グレッグがホグワーツに入学するために必要なことを、スーザンとフランクに一つずつ説明していった。
入学許可のこと。学校の規則のこと。休暇のこと。魔法界の秘密を守ること。
スーザンは、そのたびに質問をした。
「息子がホームシックになったらどうするんですか?」
「寮には監督する教師がおりますし、手紙でご家族と連絡を取ることもできます」
「食事はきちんと出るんでしょうね?」
「もちろんです」
「野菜も?」
「……野菜もございます」
「うちの子、野菜をちゃんととらないんです」
「ママ!」
グレッグは抗議した。
初対面の先生に、そんなことまで教える必要があるだろうか。
マクゴナガルは、メガネの奥からグレッグを見た。
「それはホグワーツでも改善していただきたいですね」
グレッグは、この先生はあまり好きになれそうにないと思った。
一方、フランクがきにしていたのは、学用品にいくらかかるかという話だった。
ホグワーツの授業料は無料だが、制服や教科書、魔法の杖などは自分で買わなければならない。
「その杖というのは、一本買えば卒業まで使えるんですか?」
「通常はそうです」
「壊れたりしないんですか?」
「もちろん、使い方によっては破損することはありますが」
「グレッグ、聞いたか? 杖、壊したら自腹で買えよ」
「まだ勝ってもないのに!?」
それから、マクゴナガルはホグワーツの学用品一覧を渡した。
グレッグはそれを眺める。
教科書、ローブ、手袋、帽子、魔法の杖、大鍋、ガラス瓶、真鍮の壺、望遠鏡……
普通の学校では、絶対に使わなさそうなものばかりだった。
特に大鍋がきになった。
「ねえ、これって何に使うの?」
「魔法薬の調合に使います」
「魔法薬?」
「ええ。魔法薬学という授業があるのですよ」
「それって、料理みたいなもの?」
マクゴナガルは、少し考えた表情になった。
「……そう考えていただいても、最初は差し支えないでしょう」
グレッグは、もし魔法薬が料理と同じようなものなら、少なくとも食べられるものを作りたいと思った。
ところが、教科書の名前を見てみると、『魔法薬調合法』という本が指定されていた。
名前からして、まったくおいしそうではない。
「学用品はどこで買えばいいんでしょうか」
スーザンが尋ねた。
「ロンドンのダイアゴン横丁です。魔法使いのための商店街で、必要なものはすべて揃います」
「ロンドンまでいくんですか!?」
「はい。明日、ホグワーツの教師がお迎えに参ります。初めて魔法界を訪れるお子さんの買い物に付き添うことになっておりますので」
「マクゴナガル先生が来てくださるんですか?」
「いいえ。明日は別の教師が担当いたします」
グレッグは少し安心した。
マクゴナガル先生は厳しそうだったし、もし買い物の途中で何か失敗したら、間違いなく叱られると思ったからだ。
別の先生なら、もう少しやさしいかもしれない。
スーザンは翌日の付き添いに備えて予定を空けようとしていたが、マクゴナガル先生から「保護者の同行は必須ではありません」と聞いて、少し考え込んだ。
そして、グレッグを見た。
「グレッグ、一人で大丈夫?」
「僕、もう十一歳だよ!」
「先生の言うことをちゃんと聞くのよ」
「わかってるって!」
「知らない人について行っちゃダメよ」
「明日迎えに来る先生は、知らない人じゃないの?」
「そういう意味じゃありません!」
グレッグは、魔法界に行けばこの手の会話からも解放されるのではないかと期待した。
もっとも、それが大きな間違いだったと気づくのは、もう少し後のことである。
やがて、細かな確認が終わり、マクゴナガルは帰っていった。
▽ ▽ ▽
翌朝。
グレッグは、珍しく早起きした。
普段なら午前10時を過ぎてもベッドにいることが多いのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。
何しろ、魔法の杖を買いに行くのだ。
朝食を食べ終えると、グレッグは窓から通りを眺めた。
普通の車が走っている。
普通の人が歩いている。
どう見ても、魔法使いが現れそうな雰囲気ではない。
グレッグは、昨日のマクゴナガル先生がどうやってここまで来たのか気になっていた。
車だろうか。
バスだろうか。
それとも、魔法使いはみんな箒に乗って移動するのだろうか。
もし箒なら、近所の人たちに見られたら大騒ぎになると思う。
そして、午前9時ちょうど。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「グレッグ、先生がいらっしゃったみたいよ!」
スーザンが呼んだ。
グレッグは急いで玄関へ向かった。
スーザンがドアを開けた。
そこには、黒いローブをまとった男が立っていた。
長い黒髪が顔の両側に垂れ下がり、肌は青白く、鼻は大きく曲がっている。
何より、ものすごく不機嫌そうだった。
グレッグは一瞬、この男が病院から抜け出してきたのかと思った。
「……ヘフリー家だな」
男が低い声で言った。
「は、はい」
グレッグは答えた。
「私はセブルス・スネイプ。ホグワーツで魔法薬学を教えている」
スーザンは笑顔を作った。
「まあ! 先生でしたか! 昨日マクゴナガル先生からお話を伺っております!」
「そうだろうな」
スネイプは、まるでその会話が時間の無駄かと言わんばかりの口調だった。
グレッグはこの時点で、昨日のマクゴナガルのほうがマシだったと思い始めた。
「グレゴリー・ヘフリーは?」
「僕だけど……」
スネイプは、グレッグを頭の先から足先まで見た。
「ふむ」
それだけだった。
グレッグは、なにかいわれるかと思った。
しかし、スネイプは何も言わなかった。
「……何?」
「別に」
グレッグは――何もしてないのに、失格の判定を受けたように思えた。
その時だった。
スネイプの後ろから、聞き覚えのある声がした。
「やあ、グレッグ!」
グレッグは目を丸くした。
「……ロウリー!?」
そこには、ロウリー・ジェファーソンが立っていた。
いつものように、ニコニコと笑っている。
「グレッグ、君も魔法使いだったんだね!」
「……え?」
「僕もなんだよ!」
「……は?」
ロウリーは、嬉しそうに続けた。
「昨日、僕の家にも魔法学校の先生がきたんだ! 僕も魔法学校に入れるんだって!」
グレッグは、しばらく何もいえなかった。
これはおかしい。
絶対におかしい。
グレッグが魔法使いだというのは、まだわかる。
彼は昔から、自分にはなにか特別な才能があると思っていたからだ。
しかし、ロウリーまで魔法使いというのは、どうしても納得がいかなかった。
何しろロウリーは、去年までサンタクロースの存在を疑っていなかったような男なのだ。
「……なんで君まで魔法使いなんだ?」
「わかんない! でも、グレッグとまた同じ学校に行けるんでしょ! うれしいなぁ!」
ロウリーは、本当に嬉しそうだった。
グレッグは、少なくともホグワーツではロウリーと離れて新しい友達を作ろうと思っていた。
ところが、その計画は入学前に台無しになった。
しかも、ロウリーは続けてとんでもないことを言った。
「ねえグレッグ、僕たち、同じお部屋になれる?」
「……知らないよ」
「二段ベッドだったら、僕が上で寝ていい?」
「だから知らないって!」
「静かに」
スネイプが言った。
声は大きくなかったが、不思議なことに、二人ともすぐ黙った。
「私は君たちの再会を見物するために来たのではない。買い物に出かけるためだ」
「はい、先生!」
ロウリーが元気よく答えた。
スネイプはロウリーをじろりと見た。
「返事は一度でよろしい」
「はい!」
スネイプの眉間のしわが、さらに深くなった。
グレッグは、ロウリーがあと何回「はい」と言ったらこの先生が怒り出すのか、少し興味が湧いた。
▽ ▽ ▽
スーザンは玄関で、グレッグの服装を何度も確認していた。
「ハンカチは持った?」
「持ったよ」
「お金は?」
「先生が持ってるんじゃないの?」
「あなたにも少し持たせておくわ。あと、ちゃんと先生のそばにいるのよ」
「わかったって!」
「何かあったら、すぐに連絡してね」
「ママ、魔法界からどうやって電話するんだよ?」
スーザンは、ハッとしたように動きを止めた。
「……先生、電話は使えます?」
「魔法界では、電話は用いない」
スネイプが答えた。
「まぁ……それじゃあ困りますね」
「必要ならば、手紙を送ることになる」
「手紙? でも郵便局は……」
「フクロウだ」
「……フクロウ?」
「そうだ」
スーザンは、何か聞き間違えたのではないかという顔をした。
グレッグも、今の説明には少し疑問があった。
郵便配達にフクロウを使うなんて、どう考えても効率が悪い。
もっとも、そんなことを言ったら、またスネイプに睨まれそうだったので黙っておいた。
フランクも玄関に現れた。
「気をつけて行ってこいよ」
「うん」
「それから、買い物リストにないものは買うなよ」
「わかってるって!」
「特に、高そうな魔法の道具とか」
「パパ!」
フランクは、スネイプに向き直った。
「先生、息子をよろしくお願いいたします」
「……承知した」
スネイプは時計を見た。
「さて、時間だ。出発するぞ」
グレッグは通りを見渡した。
「車はどこ?」
「車?」
「ロンドンまで車で行くんじゃないの?」
スネイプは、グレッグが非常に愚かな質問をしたかのような顔をした。
「わざわざそのようなものを使う必要はない」
「じゃあ、電車?」
「違う」
「バス?」
「違う」
「……箒?」
「君は質問するたびに、答えから遠ざかっていくようだな」
グレッグは口を閉じた。
スネイプは黒いローブの袖を整えた。
「姿現しで移動する」
「すがた……何?」
「姿現しだ。魔法を使って、ある場所から別の場所へ瞬時に移動することができる」
ロウリーが目を輝かせた。
「テレポートだ!」
「マグルの娯楽作品ではそう呼ぶこともあるのだろう」
「すごい! グレッグ、聞いた!?」
「聞いてるよ!」
グレッグは、少し不安になった。
何しろ、魔法というものを実際に見たのは、昨日の花瓶が猫になった場面だけなのだ。
自分自身が魔法で移動するなんて、話が違う。
「先生、それって安全?」
「正しい方法で行えばな」
「……失敗したら?」
「君は知らないほうがよいだろう」
グレッグは、ますます不安になった。
スネイプは二人を玄関先から、人目につきにくい家の脇へ連れていった。
「二人とも、私の腕をしっかり掴め。決して離すな」
ロウリーはすぐにスネイプの右腕を掴んだ。
グレッグは、少し迷ってから左腕を掴んだ。
ローブの袖は、思ったより分厚かった。
「目を閉じてもいい。途中で暴れるなよ」
「はい、先生!」
ロウリーが言った。
「……僕、やっぱり電車の方が良いんだけど」
グレッグが言った。
「遅い」
「でも……」
「行くぞ」
「ちょっとまっ……」
次の瞬間。
世界がねじれた。
グレッグは、自分の全身が細い管の中に無理やり押し込まれたように感じた。
胸が締めつけられ、耳が押しつぶされ、息ができなくなる。
目の前は真っ暗だった。
何が起きているのか、さっぱりわからない。
グレッグは、魔法使いというのは毎回こんな思いをして移動するのかと考えた。
だとしたら、魔法使いは全員、頭がおかしいに違いない。
そして、突然。
足が地面についた。
「うわっ!」
グレッグはよろめき、スネイプのローブを引っ張った。
「離せ」
「あ、ごめん……」
ロウリーはその場にしゃがみ込んでいた。
「うう……」
スネイプは二人を見下ろした。
「初めてにしては、まずまずだな」
グレッグは、何がまずまずなのかさっぱりわからなかった。
自分の胃が、まだ元の場所に戻ってきていない気がしたからだ。
「……これ、帰りもやるの?」
グレッグは、独り言のように言った。
スネイプは答えなかった。
▽ ▽ ▽
二人が到着したのは、ロンドンの裏通りだった。
周囲には古びた建物が並び、車の音が遠くから聞こえてくる。
どうやら、普通のロンドンに戻ってきたらしい。
グレッグは少し安心した。
少なくとも、ドラゴンが飛び回っていたり、空に城が浮かんでいたりするわけではなかった。
「ここが魔法界なの?」
ロウリーが尋ねた。
「まだだ」
スネイプは歩き始めた。
「ダイアゴン横丁へは、ここから入る」
グレッグとロウリーは、その後ろをついていった。
ロウリーは相変わらず、何もかもが楽しそうだった。
「ねえグレッグ、さっきのすごかったね!」
「すごいっていうか、最悪だったよ」
「でも、一瞬でロンドンに来たんだよ!」
「僕は電車のほうがよかった」
「ねえ、帰ったらパパとママに話そうよ!」
「僕は二度とやりたくない」
「僕はもう一回やってみたいな!」
グレッグは、ロウリーの神経がどうなっているか、はなはだ疑問だった。
その時、スネイプが足を止めた。
「ついたぞ」
二人は顔を上げた。
そこには、周囲の建物に挟まれるようにして、一軒の小さな店があった。
看板は古びていて、窓もあまりきれいではない。
少なくとも、グレッグが想像していた「魔法の国への入口」とは、まるで違っていた。
看板には、こう書かれていた。
THE LEAKY CAULDRON
「……漏れ鍋?」
グレッグは読み上げた。
「そうだ」
「ここ?」
「ここだ」
グレッグは店を見た。
どう見ても、古びたパブである。
ロウリーは興奮していた。
「グレッグ! 魔法使いのお店だよ!」
「……本当に?」
スネイプは振り返った。
「ヘフリー、なにか不満でも?」
「いや……なんか、こう……」
「何だ?」
「大きなお城みたいな入口を想像してたんだけど」
「残念だったな」
スネイプはそれだけ言うと、ドアを押し開けた。
薄暗い店内から、話し声と食器の触れ合う音が聞こえてきた。
グレッグはロウリーと顔を見合わせた。
ロウリーは笑っていた。
グレッグは、まだ少し不安だった。
それでも、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
二人はスネイプの後について、漏れ鍋の中へ足を踏み入れた。
そこでグレッグは、生まれて初めて、自分以外の魔法使いたちが集まっている光景を目にすることになった。
そして、魔法使いというものが、必ずしも自分の想像していたような人々ではないことを知るのである。
▽ ▽ ▽
1991 年 7 月 31 日
今日は魔法学校の先生と一緒に、ロンドンへ買い物に行くことになった。
昨日来たマクゴナガル先生とは違って、今日の先生はスネイプという名前だった。
はっきり言って、僕はこの先生が好きじゃない。
まず、見た目が怖い。
それに、僕が何か質問するたびに、まるで僕が世界で一番頭の悪い人間みたいな顔をする。
まだ学校に入学してもいないのに、もう先生に嫌われた気がする。
でも、もっと驚いたことがある。
なんと、ロウリーも魔法使いだったのだ。
これは絶対におかしい。
僕が魔法使いなのは理解できる。昔から、僕には特別な才能があると思っていたからだ。
でも、ロウリーまで魔法使いだなんて、そんな偶然があるだろうか。
しかも、ロウリーは僕と同じ学校に行けることをものすごく喜んでいた。
僕としては、新しい学校ではもう少し大人っぽい友達を作ろうと思っていたんだけど。
まあ、ロウリーがどうしても僕と一緒にいたいというなら、考えてやってもいい。
それから、今日は「姿現し」という魔法も体験した。
先生の腕を掴んだら、次の瞬間、体が何かに押しつぶされるような感じがした。
僕は途中で死ぬかと思った。
しかも、ロウリーはあれを楽しいと思ったらしい。
あいつは本当にどうかしている。
魔法使いは、あんな方法で移動するくらいなら、さっさと自動車を発明したほうがいいと思う。
そういえば、スネイプ先生は「魔法薬学」という授業を教えているらしい。
僕は最初、魔法薬っていうのは飲むだけで何でもできる便利な薬だと思っていた。
でも、先生の顔を見ていると、そんな楽しい授業にはならなさそうだ。
僕はまだ入学もしていないのに、すでに魔法薬学が嫌いになっている。
それから、ダイアゴン横丁という場所に行くために、「漏れ鍋」という店に入った。
名前を聞いたときは、絶対に入りたくないと思った。
だって、鍋が漏れるような店で食事なんてしたくないからだ。
でも、どうやら食事をするために来たわけじゃないらしい。
魔法界というのは、どうして普通の名前をつけないんだろう。
とにかく、これから魔法の杖を買う。
僕は、なるべく強力な杖が欲しい。
ロドリックは今朝、僕が帰ってくるまでに僕の部屋を勝手に使うと言っていた。
もし杖で人間をネズミに変えられるなら、最初の実験台はもう決まっている。
ただ、一つだけ気になることがある。
スネイプ先生は、家で魔法を使うと退学になるかもしれないと言っていた。
ロドリックをネズミにするために退学になるのは、さすがに割に合わない。
だから、卒業するまで待つことにしよう。
あと七年。
ロドリックには、それまでせいぜい楽しんでおいてもらいたい。
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