「ねぇユーノ、なんだかなのはの様子が変じゃない?」
時空管理局の医療棟を出て、フェイトと帰り道を歩いていた時だった。
横を歩くフェイトがふと足を止め、唐突に切り出してきた。
フェイトとは、なのはと一緒にジュエルシードを巡って激しい戦いを繰り広げた時からの付き合いだ。
そのフェイトが、曇った表情でボクを見つめていた。
「フェイトもそう思う? 確かに、最近のなのはの様子はどこか変だよね。心ここにあらずというか……物思いに耽っているような」
「うん……。お見舞いに行くとね、ちゃんと笑って迎えてくれる。『フェイトちゃん、来てくれて嬉しい』って。……でもね、ふとした瞬間、私が目を離した時に、なのははどこか遠くを見てる。
まるで、触れたらそのまま消えてしまいそうな、見たこともない寂しい顔で……。ユーノ、何か心当たりはない?」
「ボクもずっと考えてはいるんだけど……。肉体的な怪我の痛みやショックだけじゃない、別の理由があるのかな」
「私じゃ話してくれないことなのかな……すごく心配なんだ……」
ぎゅっと服の裾を握り締め、うつむくフェイト。
誰よりもなのはの傍に寄り添い、彼女を支えたいと願っているフェイトが、踏み込めない一線にどれほど苦悩し、彼女を大切に想っているかが痛いほど伝わってきた。
~~~
数日後、ボクは一人で再びなのはの病室を訪れた。
ノックをしようと病室の前まで歩み寄ったが、ふと胸騒ぎがして、わずかに開いていた引き戸の隙間からそっと中の様子を伺ってみた。
ベッドの上で、なのはは上半身を起こしていた。右手には、まだ分厚い包帯が巻かれている。
けれど、なのはの視線はそちらには向けられていなかった。
彼女がじっと見つめていたのは、包帯が巻かれていない、傷ひとつない自分の『左手』だった。
何の変哲もない、まだ少し幼さを残した華奢で小さな手のひら。
なのはは、自分の左手を顔の高さまで掲げ、指先を一本一本確かめるように動かしていた。
その眼差しは、自分の手を慈しみ、愛おしんでいるようでもあり――同時に、二度と手の届かない遥か遠くのものを惜しむような表情を湛えていた。
「なのは、調子はどう?」
これ以上その様子を見ていられなくなり、ボクはわざと少し明るめの声をかけながら扉を開けた。
「あ、ユーノくん!」
なのははビクッと肩を震わせ、弾かれたように顔を上げた。そして、見られてはいけないものを取り繕うように慌てて左手をシーツと布団の下へと隠した。
「うん、治療は順調だよ。先生からも、経過はすごく良いって言われてるの。心配かけちゃってごめんね」
いつもの屈託のない、太陽のような明るい笑顔。
けれど、つい数秒前に見せたあの胸が締め付けられるような表情の余韻が、微かに残っていた。
ボクはいつも通りの足取りになるように努めて歩み寄り、ベッドの脇に置かれたパイプ椅子に腰を下ろすと、彼女の顔を正面から静かにのぞき込んだ。
「ねぇ、なのは。本当に大丈夫? さっき、すごく寂しそうな顔をしていたから……何か不安なことでもあるの?」
隠さずに真正面から問いかけると、なのはは一瞬だけ息を呑み、視線を泳がせた。
「えっ、そ、そんなことないよ? ただ……ううん、ちょっと将来のこと考えちゃって」
「将来のこと?」
「うん。これから先のこととか、学校のこととか……色々ね。怪我で休んじゃってるから、みんなに夏休みの宿題が追いつけるかなーとか! でも大丈夫! 心配しないで、ユーノくん」
なのはは困ったように笑いながら、それ以上ボクを踏み込ませないように話題を打ち切ってしまった。
だけど、その頑なな笑顔の奥に誰にも明かせない感情があることだけは伝わってきた。
~~~
その日の夕方、ボクはフェイトと、任務の合間を縫って本局に戻っていたクロノを捕まえ、執務官のブリーフィングルームでこの件を相談してみた。
「左手……? でもユーノ、なのはが失ったのは右手の方だよ?」
淹れたてのコーヒーカップを手にしたまま、フェイトが不思議そうに首をかしげる。
「ああ。決戦の最中、敵の自爆に巻き込まれて失った右手の再生治療なら、経過は極めて順調だと医療班から報告を受けている。エルトリア由来の生体ナノマシンによる組織再生も拒絶反応はなく、神経系もあと数日で安定する見込みだ。なぜ、無傷であるはずの左手を気にしているんだ?」
クロノも手元の端末に表示された医療データをスクロールしながら、腑に落ちない様子で眉をひそめた。
「やっぱり、右手の治療のプレッシャーがすごくて、無意識に左手が気になっちゃったりしてるのかな……」
フェイトが痛ましそうに呟く。
「あるいは、右手が元通りに動くようになるかという激しい不安が、代償行為として逆の手への過剰な意識として表れているのかもしれない。
肉体の一部を欠落させた経験は、精神にストレスを残すからな」
クロノは心理的な見地から論理的に分析してくれた。二人とも心からなのはを心配し、親身になって考えてくれているのは間違いなかった。
けれど、ボクの胸の奥にある違和感は消えなかった。
あの日、病室で見たなのはの瞳。
あれは、恐怖や痛みに怯えるような目ではなかった。
右手の怪我そのものや、魔導師としての復帰への焦りというよりは、もっと根源的な……「左手そのもの」を愛おしそうに見つめていたあの仕草。
そこには、なにか別の理由がある気がしてならなかった。
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どうしても手がかりを掴みたかったボクは、司書を務める「無限書庫」の奥深く、古書とデータ端末が並ぶエリアへと向かった。
高い天井まで届く無数の書架の合間に置かれた、情報検索用の大型コンソールへと向かい、椅子に座る。
青白い光を放つモニターを見つめながら、ボクはキーボードに指を走らせた。
『左手』『代償動作』『幻肢痛』『外傷後ストレス』……。
思いつく限りの医療用語や心理学のキーワードを打ち込み、膨大な次元世界のアーカイブへと検索をかけてみる。
画面には瞬時に数千件を超える文献タイトル、ボクは眼鏡の位置を直しながら、それらのに目を通していった。
だが、どれももっともらしい理由が並んでいたが、ボクの直感はそれらを否定した。
なのはは、病室で自分の左手を見つめながら「将来のこと」を考えていたと言った。
『怪我をしていない左手を、寂しそうに見つめる』という情緒的なしぐさに対して、いくら文献を調べても、そこにあるのはただの記録で、
なのはの心に届くような答えには、到底辿り着けそうになかった。
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八方塞がりになったボクは、海鳴市でなのはの友人であるアリサとすずかに相談することにした。
かつて、なのはとともにジュエルシードを集めた時の記憶をたどり、すずかの大きな屋敷を探しだす。
直接訪ねても追い返されそうな気がしたので、久しぶりにフェレットの姿に変身し、すずかの部屋の窓を叩き、相談したいことがあるからアリサと二人で駅前の喫茶店に来てほしいと伝える。
二人もなのはのことをなんとなく察していてくれたようで、すぐに喫茶店に来てくれた。
喫茶店で二人に事情を話し、なのはが「怪我をしていない左手を寂しそうに見つめている」という癖を伝えると、アリサは呆れたように腕を組んで溜息をついた。
「相変わらず鈍いわね、ユーノは」
「でもアリサちゃん、ユーノくんやフェイトちゃんたちは『あっちの世界』の人だから、この世界の文化には気づけなくても仕方ないんじゃないかしら?」
すずかが優しくフォローするように助言を挟む。
「あっちの世界……? それって、地球の文化に関係があるの?」
この世界でなのはと一緒に過ごしてきて、文化についても学んできたつもりだった。だけど自分が気づいてないことがあるのだろうか。
「そうよ。……なのはのために答えを教えてあげたいところだけど、私たちが答えを教えるのはなんか違うのよね。そう思わない? すずか?」
「ええ、そうね。なのはちゃんが一番に気づいてほしい相手は、私たちじゃないもの」
すずかは穏やかな笑みを浮かべ、紅茶のカップをそっとソーサーに戻した。
「なのはちゃんの気持ちを汲み取って、ちゃんと向き合ってあげること。それは、ユーノくんにしかできない役目だと思うわ」
「そういうこと。なのはにとっても、あんたが自分で気づいてくれなきゃ何の意味もないのよ」
アリサが腕を組み直してふんぞり返る。
「でも、手ぶらで帰すのもかわいそうだし、ヒントくらいは出してあげる。
あなたが本気でなのはを想っていて、本当に愛しているなら、ちゃんと自分で調べて考えてみなさい。」
アリサは意地悪そうに、けれどどこか楽しげに不敵な笑みを浮かべた。
「ええっ、教えてくれないの!?それに、あ、愛してるって……そ、そんな、ボクはただなのはの力になりたいだけで……!」
突然投げかけられた「愛している」というストレートな言葉に、ボクは顔を真っ赤にして激しく動揺してしまった。そんなボクの慌てようを見て、アリサは呆れたようにふっと肩をすくめた。
「はたから見てたら、どう見ても『ただの力になりたい』なんて感じじゃないわよ。病室に通い詰めたり、
なのはの些細な仕草一つでそんなに思い詰めてる時点でバレバレなの。自覚がないなら今すぐ持ちなさい」
バッサリと言い捨てられ、ボクはぐうの音も出ずに口をパクパクと開閉させることしかできなかった。アリサは満足そうに鼻を鳴らすと、言葉を続けた。
「いい? 街へ出て、どんな女の人がどんな左手をしているか、じっくり観察してみなさい。あなたがなのはを心から愛しているなら、絶対にピンと来るはずよ」
「どんな女の人が、どんな左手を……?」
困惑するボクに、アリサが人差し指を突きつけた。
「いい? これを解決できるのはあなただけよ、ユーノ」
~~~
アリサに言われた通り、ボクは海鳴市のあちこちを巡ってみることにした。
喫茶店を出て駅前の商店街を歩き、公園や住宅街、買い出しの人々で賑わうスーパーの周辺まで、街ゆく人々の姿に注意深く目を向ける。
(どんな女の人が、どんな左手をしているか……)
言われた言葉を頭の中で反芻しながら観察をしてみる。
(ボクは……なのはを愛している? そして、ボクはなのはと、将来どうなりたいんだろう……)
アリサに直球で言われた言葉が、胸の中でずっと熱く疼いていた。
なのはの力になりたい。笑顔を守りたい。それは嘘じゃない。けれど、本当にそれだけなんだろうか?
思い返せば、ボクはいつも彼女の隣にいたかった。
なのはが右手を失った時も、本当は自分も助けに行ってあげたかった。
ただの友達として見守るだけじゃなくて、彼女の手を取って、同じ歩幅で、ずっと先まで一緒に生きていきたい。
――ボクは、なのはと一緒に生きていく未来を望んでいるんだ。
自分の胸の奥にあった本心に気づいた瞬間、思考のピントがすっと定まった気がした。
もしなのはも同じように「将来」を考えていて、そこに大切な誰かとの未来を重ねているのだとしたら――彼女が見つめていた「左手」には、何があるんだろう?
そんな想いを巡らせながら観察を続けていると、次第にいくつかの共通点が見えてきた。
小さな子供の手を優しく引いて歩くお母さん。
並んで歩きながら仲良さそうに微笑み合う、夫婦らしき二人組。
カフェのテラス席で、幸せそうに将来の夢や生活について語り合っているカップルの女性。
家庭を持っていたり、誰かと寄り添って幸せそうに過ごしている大人の女性たち。彼女たちが何気なく差し出す左手に視線を集中させると、そこには決定的な共通点があった。
どの女性の左手薬指にも、例外なく指輪が光っていたのだ。
「あっ……!」
ボクの頭の中で、ひらめきが一つの仮説を導き出した。
念のため、ボクはすぐに本局に戻り無限書庫のデータベースへアクセスして地球の冠婚葬祭や恋愛文化に関する文献を検索した。
画面に表示された記述が、ボクの確信を裏付ける。
左手の薬指に贈られる指輪。それは婚約と結婚の印。
なのはは、先日の激闘で敵の自爆に巻き込まれ、一度右手を完全に失ってしまった。
今回は奇跡的にエルトリアのナノマシン技術で再生できたとはいえ、身体の一部を失うという恐怖とショックは計り知れない。
右手があんな恐ろしい目に遭ったからこそ、彼女は残された自分の『左手』を見ていたんだ。
なのははきっと、空を飛び続けること、魔法少女として誰かを守るために戦い続けることを諦められない。
だけど、その決意と引き換えに、誰かと左手の薬指に指輪を嵌め合うような『普通の女の子の夢』は手放さなきゃいけないんじゃないかと、不安になっていたんだ。
そんななのはの不安を受け止めて、なのはが女の子としての未来を叶えてほしいと思っているのはボクなのだと、二人にはわかっていたんだ。
気づいた瞬間、顔が一気に熱くなった。
彼女がどんなに傷つこうと、どんな未来を選ぼうと、守りたかったのは彼女の笑顔だったんだ。
~~~
ボクは自分の部屋に戻り、ずっと大切に保管していた古い木箱を取り出した。
蓋を開けると、そこには銀の指輪が一つ、静かに収められていた。
両親の形見として、スクライアの一族として出土させた他の発掘品とは別に保管されていたものだ。
両親が残した調査資料からこれの来歴を調べたことがあった。
指輪には、泥の中から清らかに咲き誇り、中心で向かい合う一対の花弁が鏡のようにお互いを映し出すという、神秘的な花の姿が象られている。
この指輪が発掘された世界において、施された意匠には「久遠の愛情」という意味を持っているとのことだった。
その花の中心には、後から加工して埋め込まれた小さな宝石が嵌められていた。
おそらく、ボクの父親が、母親に贈るためにわざわざ嵌めたものなのだろう。
親類からは仲睦まじい夫婦だったと聞いていた。
その二人がその想いを改めて伝える、その前に命を落としてしまった。
これは伝え損ねた、両親の未練なのかもしれない――ボクは調査を終えた時、そう考えていた。
「……父さん、母さん。これを、なのはに渡してもいいよね」
指輪の小さな宝石に触れると、ほんのりと温もりを感じる気がした。
両親が残した久遠の約束を、今度はボクが、なのはと結びたい。
ボクは指輪をしっかりとポケットに収め、部屋を後にした。
~~~
「アリサちゃん、すずかちゃん! さっきはありがとう。二人の言っていたこと、やっと分かったよ」
公園のベンチで待っていた二人に駆け寄ると、アリサはニッと口角を上げた。
「へぇ、案外早かったじゃない」
「ふふ、気づいてくれてよかったわ。なのはちゃんのこと、お願いね」
「うん。なのはにちゃんと自分の気持ちを伝えてくる。」
ボクの決意に満ちた言葉に、アリサは満足そうに頷いたあと、どこか意地悪そうな笑みを浮かべて腕を組んだ。
「……ふん、威勢がいいわね。……あ、そうそう。もしこれで無事にうまくいったらさ」
「え?」
「昔、フェレットの姿でなのはと一緒にお風呂に入ってきたことは、全部チャラにしてあげるわ」
「ええっ!? そ、それは事故というか、あの頃は魔法のことを秘密にしておく必要があったからで……!」
思わぬ黒歴史を持ち出され、ボクが真っ赤になって慌てて弁明すると、すずかが「ふふっ」と可愛らしく声を立てて笑った。
「頑張ってきてね、ユーノくん。応援してるわ」
「……ありがとう! 行ってくる!」
アリサの意地悪な発破とすずかの温かいエールを背に受け、ボクは走った。
~~~
病院の廊下を駆け抜け、病室の扉を勢いよく開ける。
「ユーノくん? どうしたの、そんな息を切らして……」
ベッドの上で驚いたように目を丸くするなのはに、ボクは一呼吸置き、まっすぐに彼女の目を見た。
「なのは。君がずっと左手を見ていた理由……分かったよ」
なのはが小さく息をのむ。そして、すぐに困ったような苦笑いを浮かべた。
「え……? やだな、ユーノくん。だから、ただボーッとしてただけで……」
「隠さなくてもいいんだよ、なのは」
ボクは静かに歩み寄り、逃げようとするなのはの視線をやさしく受け止めた。
「先日の事件で右手を失って……再生治療をしているけど、きっとすごく怖かったんだよね。なのははこれからも空を飛ぶことや、誰かを守るために戦うことを諦められない。でも、そのせいでこんな風にまた傷ついて……いつか左手の薬指に指輪を嵌めるような『普通の女の子の夢』は諦めなきゃいけないんじゃないかって……不安だったんじゃないかな」
「ユーノ、くん……」
ボクの言葉を聞いた瞬間、なのはの顔からつくられた苦笑いがすうっと消えていった。
見透かされた驚きに、その大きな瞳が微かに揺れる。
唇をかたく結び、なんとか笑みを繕おうと頬の筋肉を引きつらせるけれど、溢れ出ようとする感情を抑えきれない。
やがて彼女の瞳が細かく震え始めると、その奥に急速に潤んだ光が溜まっていった。
耐えかねたように視線を落とした瞬間、限界を迎えた一筋の透明な雫が瞳から溢れ出し、彼女の頬を伝ってこぼれ落ちていった。
「……すごいよ、ユーノくん。全部当たってる。……やっぱりユーノくんには敵わないなぁ」
なのはは涙を拭うことも忘れ、雫を零しながら呟いた。
「わたしね……空を飛ぶのも、魔法で誰かを助けるのもやめられない。やめたくないの。でも、右手がなくなっちゃった時、すごく怖かった……。こんな風に身体を壊してまで飛び続けたら、わたしはいつか『誰かと一緒に幸せになる未来』を諦めなきゃいけないのかなって……。残った左手を見つめながら、ずっと一人で怖かったんだ……」
いつも不屈の心で、誰よりも真っ直ぐに誰かを守ろうとする彼女の、幼い少女のような弱さ。その小さな肩が震えるのを見るたび、胸が痛むと同時に、強い愛おしさが込み上げてくる。
ずっと隣で彼女を見つめてきたボクだからこそ、不安を受け止められる。
絶対に、二度と一人にはさせない。
「なのはがどんな未来を選んでも……なのはがどれだけ傷ついても、ボクにとってなのはは世界で一番素敵な女の子だ」
ボクはなのはの左手を取った。華奢で、温かい手。
「……これ、ボクの両親の形見なんだ。ボクが君を幸せにする。君の左手に指輪を嵌めさせてほしい。ずっと一緒にいてほしいんだ、なのは」
指輪をなのはの左手薬指にそっと嵌める。なのはの左手には少し大きかったが、かまわなかった。
なのはは左手を目の前に掲げ、眩しそうに指輪を見つめると、今までで一番綺麗な笑顔を咲かせた。
「……うん! うんっ……! ユーノくん……ありがとう……! わたしね、ずっとユーノくんに……ユーノくんにそう言ってほしかったんだ……!」
抱きついてくるなのはの温もりをしっかりと受け止めながら、ボクは彼女の左手を強く、優しく握り返した。
~~~
病室の外、わずかに開いた扉の隙間から、四つの影が重なるようにして覗き込んでいた。
「……アリサ、押さないで。物音で気づかれる」
一番下で身をかがめていたフェイトが、後ろから押し寄せる圧迫感に小声で苦情を漏らす。そのすぐ上にアリサ、さらにその上からすずかが顔を覗かせていた。
「仕方ないでしょ、すずかが後ろから押してくるんだから! っていうか、なんで八神さんまでここにいるのよ!?」
「ええ? だってフェイトちゃんたちが怪しい動きしてるからついてきたら、こんな面白そうなことになってるんやもん。混ぜてもらわな損やろ?」
一番上から顔を出したはやてが、悪戯っぽく笑う。
扉の奥では、ユーノがなのはの左手を取り、真剣な眼差しで言葉を紡いでいた。両親の形見だという指輪が、なのはの薬指にそっと嵌められる。
「……あ、嵌めたわよ! 薬指に指輪!!」
アリサが思わず声を張り上げそうになり、すずかが慌ててその口を両手で塞いだ。
「しーっ、アリサちゃん声が大きいわ。台無しになっちゃう」
「むぐぐ……! だって、あのユーノがまさか指輪まで用意してるなんて思わないじゃない! どこに持ってたのよあいつ!」
「そうやねぇ、あのユーノくんが指輪を持っとるなんて想像できないし、どこから持ってきたんやろ?」
はやてが感心したように囁くと、すずかもふふっと笑みをこぼす。
「ご両親の形見って言ってたわね。きっと、ずっと大切に持っていたのね」
「……うん。ユーノ、すごくかっこいいよ」
フェイトは目を細め、どこか誇らしげに、そして心の底から嬉しそうに呟いた。なのはの表情が解け、涙とともに溢れ出したあの輝くような笑顔。
自分がどれだけ言葉をかけても拭い去ってあげられなかったなのはの寂しさを、ユーノがかき消したのだ。
病室の中では、涙を拭ったなのはがユーノの胸に飛び込み、二人がぎゅっと抱き合っていた。
「わあ……なのはちゃん、すごく幸せそう……」
すずかが胸の前で手を合わせ、うっとりと瞳を潤ませる。
「ほんまやねぇ。なのはちゃんのあんな顔、初めて見たわ。……それにしてもユーノくん、普段はおとなしい顔してやる時はやるなぁ。」
「……ふん、まあね。アドバイスした甲斐があったわ。あの鈍感がちゃんと気づいて行動に移せたんだから、合格点を与えてあげてもいいわね」
アリサはフンと鼻を鳴らしつつも、どこか誇らしげに口角を上げていた。
「アリサちゃんったら、『お風呂の件はチャラにしてあげる』なんて言ってたから、ユーノくん余計に必死になっちゃったんじゃない?」
「す、すずか! それは余計な発言でしょ! ほら、二人とももう離れるわよ。これ以上覗いてたら本当に見つかるんだから!」
真っ赤になったアリサが慌てて二人の背中を押して後退りしようとした、その時、病室の扉が開いた。
「……みんな? そこで何してるの?」
ユーノにしっかりと抱え上げられ、お姫様抱っこの体勢になったままのなのはが、扉の隙間から顔を覗かせた。
涙目をほんのり赤くし、呆れたような、でも隠しきれない幸せそうな笑顔を浮かべている。
一方のユーノは、なのはを落とさないよう慎重に腕に力を込めつつも、顔を真っ赤にして「やっぱり覗かれてた……」と小さく肩をすぼめていた。
「あ、あらなのは! お見舞いのタイミングを見計らってただけよ!」
「そうそう、邪魔しちゃ悪いと思って外で待ってたんやで~」
アリサとはやてが慌ててしれっと口を揃える中、フェイトが一歩前へ踏み出した。
「なのは、ユーノ」
フェイトはユーノの腕の中で幸せそうに微笑むなのはと、その左手薬指で輝く小さな指輪を優しく見つめると、心からの温かい笑顔を向けた。
「おめでとう。……なのはの笑顔が見られて、私、本当に嬉しいよ」
「フェイトちゃん……」
なのははユーノの首に回した左手をそっと胸元に引き寄せ、微笑んだ。
「ありがとう、フェイトちゃん。……みんなも、ありがとうね」