前夜
「うぅ~。よく寝た」
今日は朝から仕事だ。
しかし、
「……とうとう明日か」
長いようで短かったこの一か月。
明日が満月の夜。そして俺が幻想郷を去る日だ。
「起きたか?沖田」
「……寝起きにいわれるとわけがわからん」
「私はもう行くな」
「ん?もうそんな時間か」
「いや、今日はすこし早めにいくんだ。」
「そうか。がんばれよ」
いつも通りの生活に戻り、いつも通りの会話をすませる。俺もさっさと起きるか……
余談だが、どうやら明日は十五夜。名月らしい。
確かに、満月の日にしか元の世界に戻れない方が趣があっていいな。かぐや姫みたいだし。
そういや、昔「竹取物語」をよくばあちゃんに読み聞かせられたっけ。子供のころは意味がわからなかったから、子守唄よりも眠れたっけか。で、高校生あたりになって懐かしくて読んだら今度は話に吸い込まれたんだよな……
「っと、いけない。早くしないと……」
俺は寝巻を脱ぎ、「ヤツメウナギ」と刺繍の入った和服を着た。ちなみに、右の袖は切り取り、口は縫っておいた。
「ん、来たわね」
「おぅ」
俺はミスティアとあいさつを交わす。
「…………」
「どうした?」
俺はつい黙ってしまった。この、何も触れてこないミスティアに驚いたらしい。
「あぁ、いままで休んでいたことか?それは妹紅に聞いたから」
「そうか」
どこまで聞いたのかは知らないが、何も聴いてこないのは俺を気遣ってだろう。
俺は少し感動しつつも、いつも通りに支度を始める。
まずは、鰻捕獲用の籠。これはいつも腰にまいていたのだが、片手ではどうもやりにくい。仕方なく、ミスティアに手伝ってもらう。
そして、いつもの河へいき、鰻を捕まえる。しかし、片手ではやりにくいので、ミスティアにも手伝ってもらう。
さらに、屋台のセッティング。やはり、片手ではやりにくいので、ミスティアに手伝ってもらう。
「これじゃ、いつもより手間がかかるじゃないか!!」
言った。ついにミスティアが言った。
「なんだよ! 片手とか聞いてないよ! すごく迷惑だよ!」
「……あぁぁ……すまない……」
声色を変えて叫ぶミスティア。しかし実際、俺が何もせず見ていた方が、うんと効率はよかっただろう。
「……そういえば、俺魔法が使えるようになったんだが、なんなら、何かこれで手伝えないか?」
俺はミスティアの反応を待つ
「…………じゃあ、いい?」
「おう、言ってみてくれ」
「客を増やして頂戴……」
この時、俺は改めて自分の無力さを知った。
そして早くも夜となり、店にはいつもと変わらない人数と、いつもと違う客でにぎわっていた。
「いらっしゃい!何にしますか?」
「とりあえず、ビールで」
オーナーのミスティアが料理して、私が接客だ。
たまに外来人の客もいるので、俺が接客だと話が盛り上がるんだ。あやうく、仕事を忘れて俺も酒を飲むところだった。
そして早いもので、いつの間にか開店時間を過ぎ、屋台の片づけをしていた。
「ふぅ、疲れたな……」
「お疲れさん。沖田」
しかし、ずっと集中していたミスティアの方が疲れているはずだ……。いや、妖怪だから疲れないのか?
「……沖田、ちょっと椅子に座ってくれるか?」
「え?あぁ、邪魔だったか。スマン」
屋台の入口に腰かけていた俺は客用の椅子に座る
ふぅ……
あれだな……
俺の実家は田舎の方にあり、都会に憧れていた俺は高校卒業後すぐに上京し、就職した。
一回転職したが、今の……、今の仕事は結構長く続いた。
でも、子供のころに描いてた都会の生活は楽しめなかった。高級マンションの最上階でワイン片手に夜景を楽しむはずだったが、東京で済む場所が見つけられなかったから少し遠くの安いアパートに住んだ。なんでもこなす超エリートサラリーマンのはずが、ミスばっかでつかみどころのないさえない社員になってしまった。
でも、ここに来てからは、毎日が充実していた。
なんの重りもなく、自由な暮らしを堪能できた。
しかも、俺が昔一番なりたかった焼き鳥屋……もとい屋台で働くことができた。やさしい店主のもとで。そしてあたたかい家族のような存在もできた。慧音と妹紅はどう考えているかわからないが、少なくとも俺は楽しかった。
……本当に帰るべきなのか……
俺はもっとここにいてもいいんじゃないか?
どうなんだ?俺。
俺はまたあんな惨めな生活が楽しいのか?
こんな田舎で笑って過ごすのが嫌いなのか?
その時、声が聞こえた。
俺は必死にその声に耳を傾ける。
しかし、それは俺の心の声ではなく、耳を通して聞こえる声だった。
「……ぁ、ぉきた!」
「…………ん?」
「まったく、店主が働いているのに、お前が休んでどうするのさ」
しまった。つい寝てしまったようだ。
「……ほら、今日の給料だよ」
「あぁ、ありがとう」
正直、この金額に見合う仕事をしてないようにも感じ、すこしいたたまれない。
「それと……はい」
ふと、俺は懐かしい匂いに誘われ、振り向いた、そこには――
おでん。
俺の目の前には、卵、こんにゃく、大根が入ったおでんがあった。
「試作品のおでんだ。お前に食ってもらいたい」
「……」
その匂いはとても懐かしく……しかしミスティア独特の匂いもした。
大根を箸で割り、一つ口へ運んだ。
「……」
俺は涙を流していた。
このおでんがおいしいのもある。しかし
なんというのか、とても胸に来るものがあった。
これをおふくろの味と言うのか……それともここを離れる寂しさから来るものなのか……
いまさらだが、幻想郷に残るというのはすなわち、あっちの世界で死んだことになるはずだ。その時、少なくともお袋と親父は悲しむだろう。
それだけは絶対に避けたい。元の世界に帰る気持ちはそこからきているんだ。
しかし、この世界の暖かさ、これはまさしく俺にとって至福の場所だった。そう、もしかしたら子供のころからここを目指していたかのような安心感がある。
ミスティアに慧音に妹紅……この人達も私にとって大切な人なのだから……
俺は涙をふき、空っぽになった器を持ち
「おかわり」
「……はいよ」
「ただいま」
「お、遅かったなおっさん」
「妹紅……いたのか」
「あぁ。慧音が今日がおっさんと過ごす最後の夜だからってさ」
「……そうか」
「ほら、待ってたんだから、早く夕飯にしようよ」
「あぁ。わかった」
今日はいつもよりも俺好みの夕飯だった。
ここ一か月で俺の好みでも見抜いたのだろうか。
「……慧音」
「ん?」
「今日まで……ありがとうな。俺をここにいさせてくれて」
「水くさいなあ。そんなのいいのに」
しかし、慧音には本当に感謝している。
押しかけたのもあるが、慧音が声をかけてくれなければ違った生活を送っていたかもしれない。永遠に野宿かも。
「それと妹紅。お前にも礼を言うよ」
「……あぁ。気持ちはしっかり受け取っておくさ」
一番最初、俺が初めてあったここの人間で、最後まで世話になった。ちょっと抜けていたりしたが、まるで娘のような存在だった。 ん?世話になったのに娘のような存在だと?笑わせるでない、俺。
「ありがとうな……正直、俺はまだ帰るか迷っている」
「……そうか」
「でももし、帰ることになっても、お前らの事は忘れない」
「沖田……私も死ぬまで忘れない」
「あぁ、私だって永遠に覚えておいてやる!」
今日はまた、三人で川の字で寝た。俺を真ん中にして。
幻想郷の最後の夜。一秒たりとも無駄にせず、この時を楽しんだ。
いまさらだが、俺ってすでに、一か月近くあっちの世界にいないことになってるんじゃぁ……