それは目を疑う光景だった。
男が、一人でレミリア様と戦っていた。
レミリア様に勝ったことがあるのは、私が知っている中では霊夢だけ。
しかし、あくまで弾幕ごっこ。
そう、妖怪と人間では力に差がありすぎる。
さらに、今日のレミリア様は完全に吸血鬼としての本能で動いている。
(最近、「動物の血じゃ物足りない」なんて言って、保存してある人間の血液を好んで飲んでいた事がこの豹変の原因だろうか。)
そんなレミリア様と対等に戦えるものは此処幻想郷にも少ないはず。
一体、あの男は何者なのだろうか……。
「ねぇ妹紅、アイツって本当に最近なったばかりの魔法使いなの?」
「……というと?何か気になる事があるのか?」
少女、妹紅は不思議そうに見てくる。
「普通、魔法使いであそこまでの戦闘能力を持つ奴って、正直人間やめてる人ぐらいしかいないと思ったのよ」
あの時(春雪異変)の人形使いみたいな感じにね。
「なのに、アレはただの人間という話だし……それに」
一番気になっていた事があった。
「あの男から、かすかだけど吸血鬼のにおいがするのよ」
「……鬼のにおいか」
それは私も一度だけ経験したことがある事例だった。
それは今に比べると幼いころ、私はまだレミリア様に仕えて間もなく、紅魔館の事がよくわからなかった。よく掃除の合間に館の中を散歩して、早く慣れようとしたのが懐かしい。
丁度15才ぐらいの時だったかしら。掃除をしていて、地下に行くことがあった。そこはレミリア様とフラン様用に、大量の血液が溜められていた場所だった。
先代のころからある血液だけど、腐らないのはパチュリー様あたりが何かしていると解釈した。そして私は好奇心からちょこんと棚に置いてあった血液のビン、そこから一口失敬した。自分でも何をバカな事をしたと思う。それはとても不思議な味で、とにかく私の血とは味が違った。気味悪くなった私は、すぐに瓶を元に戻した。
しかしそれは動物の血なんかではなくて、吸血鬼の血だったらしい。自分ではわからなかったけど、それを飲むと吸血鬼のにおいがつくらしく、レミリア様にはすぐにバレてしまった。
その夜は眠れなかった。吸血鬼というのはたとえ血でもその特性は引き継がれるらしく、私の体は夜行性へと変化していた。
私は完全な吸血鬼にはならなかったが、スゴク喉がかわいた。
それは水では潤わず、血でないとダメだと本能でわかった。
しかし、レミリア様はそれを許さなかった。
一度血を飲んでしまうと、また血が欲しくなる。
そこで血を飲んだ場合、さらに血を欲するようになる。まさに麻薬のようなものだった。
そして最終的に、そうなった人間は吸血鬼もどきとして生きるしかなくなる。そう言われた。
私がまだ自分の力を抑制できない子供だったから、体が欲するのを一人で押さえることができず、パチュリー様によって一週間ほど眠らされていたらしい。
目覚めた時、私は再び人間へと戻っていた。
吸血鬼の血の効能をきらすには、血を補給しなければいい。
というわけで、そのことを知り、吸血鬼の血にはもう触れないなった。
しかし、実はデメリットだけではなく、メリットもある。
それは身体能力の向上。
初めて飲んだ夜。喉の渇きを感じたので、水で紛らわそうとした。コップに水を入れ、口へと運んだ時、いきなりガラスのコップが割れてしまった。力が増幅した事に気づかなかったからだ。握りつぶしたコップを片付けている時も、体がいつもより軽くなっている事に気付き、ようやくそれがあの血のおかげだとわかった。私が時間を操れるようになったのも、あの時を過ぎてからだった。
そしてあの時からまだ2年近くしか経ってないけれど、レミリア様が言うには、今の私が吸血鬼の血を摂取しても、その効果は1日で綺麗になくなるという事だった。逆に言えば、必要な時に吸血鬼になることが可能というわけ。
だから私は吸血鬼の血を持ち歩いている。
万が一に備えて。
そして恐らく、あの男はレミリア様の血が偶然体内に入った。
だからレミリア様と戦えるだけの力を手に入れた。
そういう事だろう。
「……そういえば、妖夢は何処に行ったのかしら?」
もしかしたら、怪我をして隠れているのかもしれない。
だとしたら、上白沢と共に安全な場所に避難させた方がいいでしょう。
「妹紅、怪我人を安全な場所に移動させたいのだけど、どこかいい場所ないかしら」
「人里の中なら大丈夫じゃないか?ここまで連れてきてくれたら運んでおいてやるよ」
それを聞いて安心した。
どうやら妹紅は人里に戻れるらしい。
「じゃあ……」
時間を止める。
そして私は一度空へと飛び上がる。
真横には、向かい合って戦っている2人がいる。
私はとりあえずあたりを見渡す。
上白沢は木々の隙間にいるのをさっき見かけたので、後は妖夢だけだ。
「……それにしても、これはすごい有様ね」
最初に見た時と、森は全く違っていた。
折れてる木、根元から抜けてる木、燃え尽きた木。
これではどのみち人間から苦情が来るわね。
少々苦笑い。
綺麗に折れた木々の先、地面に倒れている妖夢を見つける。
「さてと、早い所拾いましょうか
」
その時。
私の世界に再び誰かが干渉してきた。
辺りを見回す。
誰も動いていない。
レミリア様も、男もいる。
もちろん、妹紅は陸に立ったままだ。
もしかしたら、私の勘違いかもしれない。
そもそも、私の時間に干渉できそうな妖怪は、いないと踏んでいる。
気にせず、妖夢の所に行こうとした。
しかし、別の違和感が私の足を止めた。
「えっ……」
レミリア様のところを見る。先ほどと変わらず、2人がいた。
いや、違う。変わっている。
いつのまにか、男がレミリア様の後ろに回りこんでいた。
ありえない。しかし、現実はこうなのだった。
まさか、ただの人間に私の世界に入られるとは、考えたくもなかった。
「……」
今はとりあえず、妖夢と上白沢を避難させるのが先決。
私は妖夢と上白沢を妹紅に預け、時間を止めたままレミリアと男の戦いの中へと入り込んだ。