兎少女に連れられて、俺たちは闇の中を歩いている。
どこから突入したのかわからないが、今歩いている場所はいたって普通の廊下だった。
騒がしい気配はする。が、さっきの命令書の文から察するに、鈴仙という奴が霊夢達と戦っていると考えるのが妥当だと思う。
俺たちの所には敵はおらず、完全に裏ルートって感じだ。
ところで、いったいどこへ向かっていると言うのだろうか。
てゐがとある襖をあけていく。そこは再び異次元のような空間だった。
一部屋一部屋がでかい。ざっと、高校の体育館ほどあるんじゃないか?
さらにそこから分岐する襖がたくさんあり、てゐが開ける襖に俺たちは続いていく。
「随分入り組んだ迷宮にしたもんだな、あいつも」
妹紅はそう言った。この犯人を知ってるのだろう。
「人を惑わすのだけは得意だからね。あいつは」
出来るなら、ちゃんと名指しで言って欲しいものだ。
一体、ここにどれだけの人がいるのだろうか、それすらも分からないんだから。今のところ確認できたのは結局てゐだけなのだ。
あと何十人かいるんだろうけど、まさか「俺を倒さなきゃ先に進めねぇぜ」みたいに一人ずつ出てくるのか?
「ついたよ」
気がつくと、目の前には襖が並んでいた。全て同じ形、同じ大きさ、同じ色。だけど正しいのは一つで、俺たちがこれから通る道だ。
どれが正解かはわからないが、微妙にてゐが一番近い襖が怪しい。
襖に手をかけようとする。
「待て」
妹紅が俺の手を止める。
俺は襖に手を触れる事なく、手を下ろした。
瞬間、兎がチッっと舌打ちした。
「お前……」
ネタばらし、と言わんばかりにてゐが襖を触った。
すると上からギロチンが降ってきた。
てゐの角度からは当たらないが、俺が開けたら肘から先が切り落とされてただろう。
こいつ、トラップの事隠してやがった。
しかもわざと俺に開けさせようともした。
そして決まりがわるそうにつぶやく。
「言っておくと人間、本来ならお前も招かれざる客なんだよ?」
「だろうな」
そんな事は知っているが、別に帰るつもりもない。
それよりもだ、今の状況である、どの扉が正しいのか、よりも気になる事がある。
たったいま気付いた。襖を開ける時、妹紅に制された時。
妹紅の様子がおかしかった。
なんか、気を張っていて、これから戦場に赴く兵士みたいだった。
俺もこの先に待つものの正体はわからないが、恐ろしいものだという気がする。しかし妹紅は知ってるのだろう。俺が恐怖を感じてるものの正体が。
だから余計に不安になる。あの妹紅がここまで気を張るのは。
きっと妹紅は俺にとって一種の安全最低ラインだったのだ。
妹紅が俺が手をかけた隣の襖を開ける。
ススッと襖が開いた。
当たりだった。
「行くぞ、おっさん」
「お、おう」
その先は闇。長い廊下、いや永い。
終わりが、先が見えないのだ。
俺たちはそのまま歩み出す。
景色は全く変わらない。
このまま永遠に歩き続けるという錯覚さえ覚える。
これはあの廊下の幻覚とは、レベルが違うとはっきりわかった。
ふと、思い出したように後ろをついてきた兎は語る。
「博麗の巫女は今、ここと別の廊下を通っている。似てるけど、行き先は全く違う」
よくわからなかった。
が、とにかく霊夢達もこの異変の元凶へと向かっているのだろう。
「だけど、人間。どちらかというとあんたが望んでいるゴールはあっちなんだよ」
「え?」
訳が分からず、立ち止まっててゐの顔を見る。
俺が望んでいるゴール?一体なんの事を言っているんだ?
「今だから言うけど、私のお師匠様があんた達で言う所の黒幕。私達が今向かっているのは……」
俺は前を向く。
一つの襖。
「もう一人の黒幕、ってところだね」
後ろはただの闇。
目の前の襖のみが光を発している。
「私はここにいるけど人間。お前はどうするの?」
「……俺も行く」
「あ、おっさん」
妹紅が何かを思い出したかのように立ち止まる。
「後でさ、私を助けてやってくれ」
「……は?」
「いや、今じゃなくていいんだ。後で分かることだ」
妹紅が襖に手をかけ、開ける。
一体、今のはどういう意味なのだろうか?
てゐを見てみる。こいつもわからないようだった。
まぁ、後でわかると言ったな。信じてみるか。
扉の奥が開かれ、眩しい光が辺りを包み、俺たちを包む。
無。
その部屋は何もなかった。
見た目は普通の和室だが、俺にはなにもないただの空間に感じられる。
それが一層、真ん中に座る、一人の少女を際立たせる。
腰まで届く長い黒髪。
羽織っている着物は、全体的に古風な幻想郷でもよりいっそう目立つ、和の着物。そう、昔の貴族と呼ばれた人はあんな服を来てるのだろう。
そして、恥ずかしながら俺が注目したのは顔だった。
いままで、たったの32年だが生きてきた中で、一番の美人だと思えるような顔立ちだった。
おなじ人間とは考えられないと無意識に思う。ここでいう人間はもちろん妖怪も含めてだ。
と、まぁ簡単に言うと、部屋の中心にえらいベッピンさんがいたというわけだ。
「よぅ、輝夜」
妹紅はそう声をかける。
「久しいわね、妹紅。もう2度と来ないものだと思ったら、わざわざ今日やってくるなんてね」
輝夜と呼ばれた少女がそう答える。
輝夜、と言われてぴったりだ、と思った。
元々、竹取物語で有名なかぐや姫もえらい美人だという話だからな。
しかし、俺は口が開かなかった。
それは彼女からあまりにも大きすぎる重圧を感じていたからに他ならない。気安く話しかける事さえ憚られる。そんな凄みがあった。
だから、なにをするかはわからないが、対等に話している妹紅に任せ、俺は成り行きに任せようとした。
そう思った矢先。
轟音、ともに衝撃。
俺は離れていたにも関わらず、なにかに数十m吹き飛ばされる。
だけど壁にぶつからない。錯覚ではない。俺は吹っ飛ばされたのだ、それは確実なんだ。なのに、俺とあの二人との距離は変わらない。
そしてさらに眩しい光が俺の目に注ぎ、つい顔を伏せる。
次に顔を上げて、見た先にある光景には目を疑った。
月。
何もなかった部屋に月が現れた。それは輝夜の化身と言わんばかりに強大なものだった。
そして、妹紅には炎のドレスの如く、火の鳥が舞っていた。
一瞬で悟ってしまった。
こいつらは「格上」だと。
そして、こいつらは敵同士だ。
二つの物体がぶつかる。
俺はとにかく、その衝撃に備えるべく、身を伏せた。
再び轟音。光と光。直視できないほどの衝撃。
俺は宙を舞う感覚を覚える。
…………
「どうだった?」
目の前にはあの兎がいた。
声に出そうにも、声帯も緊張したままだった。
というか、今何が起こった?
月やら火の鳥やら、なんか初めて見るものばかりだった。
とりあえず、落ち着こう。
「もとよりあんたには別な用件があったのだけどね」
にはっ、てゐと笑う。
「俺に用件?」
あ、と思った。
このウサギがこんな顔をするときは……
不意に、地面の感覚がなくなる。
「やっぱりか」
俺は冷静に、地面にできた穴に落ちて行った。
「あいたたた……」
気が付けば、床に横たわっていた。
そして、なにやら魔方陣のような物も床に組まれている。
まず、ここはどこだ?
辺りは闇。手と手をたたいても音は帰ってこない。
まさか敵にハメられたのか?
よく考えれば、ここは敵の本陣。いままで警戒せずに、てゐについて行ってた俺がおかしかったのだ。
というか、この一分以内でいろいろ起こりすぎだ。
少し整理させて欲しいものだ。
その時、一人の人が近づいてきた。
「……」
左半身と右半身で色が違う不思議な服を着た女。
しかし、何か違う。
「お前、式神かなにかか?」
式神というのは見たことはないが、イメージはそんな感じだった。
目の前の人間、はたまた妖怪は魔力に似たなにかで作られた偽物だった。
「正解。私はわたしであってワタシでない」
女は淡々と続ける。
「今あなたと話してる私は、今博麗の巫女と話している私と違えども、意思は同じ」
事務的な口調はただ俺に要件を伝えるためだけの物だとわかる。
「で、何か用なのか?」
「あなたに用件があります」
「それは知っている」
すると、女はなにかを投げ、俺はそれを受け取る。
綺麗な翠の石だった。
よく観察してみても、何をするための物かさっぱりわからなかった。
「あなたにしてもらいたいこと、それは迷子を導いてもらうこと」
「は?」
「その石が目印。何をすればいいのか、それはすぐにわかるはず」
迷子?導く?話が飛びすぎてわからない。
「俺は沖田だ。名乗れ」
「八意永琳」
少女はただ告げる。
ていうか、用があるなら本人が来い。
こいつ、言いたいことしか言わないから会話にならないんだが。プログラムされたAIかよ。
刹那、魔方陣が光った。
俺の体が地面に吸い寄せられる。
「……言い忘れてましたが、この呪文を行うのは今回が初めてなので、完全に成功するかわからない。覚悟しておいてください」
「なっ!一体俺に何をするつもりだ!」
「……すこし、……戻ってもらうだけ……れぐれも………………に、よろしく」
途切れ途切れに聞こえる声。
咲夜の時間停止より強力な違和感。
重力が回転し、天井に落ちていく感覚。
本当の異次元を体験したようだった。