遡
赤。恐ろしいほど紅。それが目の前に広がっていた。
周りを確認するため、上半身のみ体を起こす。
時間は夕方なのだろう。
果たしてここはどこなのか。
森……だな。見たところ。
背の低い木々が生い茂る草むらに、俺は横たわっていた。
夕日の光であたりの草や木は真っ赤に染まり、一瞬魔法の森での出来事を思い出した。だが今回は血ではない。
ところで、いままで俺は竹林にいたと思っていたのに、いつの間に移動したんだ?
あ、そうだ。
あの永琳とかいうやつの魔法か。
転移魔法、つまりテレポートだな。
立ち上がってみる。
背の低いと思っていた木は、立ってみると結構大きかった。
手が届くと思っていた葉っぱには、飛んでも届きやしない。
丁度その時風が吹き、木々が揺れた。
すると、肌寒さを感じる。
「……は?」
なぜか俺は素っ裸だった。
杖はそこらへんに放り投げてあったし、梅干しの包みもあった。
永琳の宝石に至っては俺の上に乗っかっていたらしく、立った時に真下に転がった。
だが、服はない。
「どこだ!どこだ!」
両手を使い、草むらを掻き分けて探す。
ふと、気づく。
「右腕が……ある」
失ったはずの右腕が、きれいに存在していた。
俺が妖怪に食われ、香霖に助けてもらった時に失った腕だ。
これは、治った……のか?
その時、何かが後ろから近づく気配がした。
「あなた、ここで何をしているの?」
そして声をかけられる。
若い、女の声だ。だが、決して知らない声ではなかった。
俺はふりむく。
そこにいたのは白い服、赤いズボンの、いつも通りで、いつもと違う妹紅だった。
「……貴方名前は?」
「えと、沖田だ」
「どこから来たの?」
「んと……永遠亭だっけか?あそこは」
「ここで何をしているの?」
待て、まさかループしないよな?
そんな不安を抱きながら、正直に答える。
「わからない。気がついたらここに倒れてた」
「ふぅん」
妹紅はそれっきり黙った。
ループしなくてよかった……と思う気持ちと、今の会話に違和感を感じた自分がいる不思議さがあった。
「じゃあ、村の人間ではないのね?ならうちにくる?」
うち……というのが妹紅の家だと気づくのに時間を要した。話を聞いていなかったのだ。他に気になることもあり、そっちに頭は精一杯。
「あぁ、そうだな。そうさせてもらう」
とにかく、妹紅の家まで行くことになった。
妹紅に言われて気づいたのだが、俺の体は昔に戻っていた。
とある高校生風に言うなら、「体が縮んでしまっていた」だ。
感覚では、12才あたりだろうか。
つまり、20年昔に戻っている。
服が消えたのは、20年前に存在していなかったから、だろう。
杖を作ってもらったのは最近だったけど、魔法で守られているから、と勝手な解釈をしてみる。
梅干しも、20年まえからあるのだとしてもおかしくは……いやおかしいな。そんな梅干し聞いたことがない。だがこれも回復力が上がるという不思議な効果があるので、そういう理由で大丈夫なのだろう。
それにしても、気になるのは……
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
妹紅だ。
「お前大丈夫か?頭打ったか?」
「失礼ね。これでもいつも通りなのだけど」
妹紅の言葉づかいが、年相応、性相応になっている。
感じていた違和感はこれだった。
「お前、あいつとの戦いはいいのか?」
「あいつ?一体どなたの事かしら」
ふむ……記憶がないのか?
……待てよ?
俺は意識が途切れる前の永琳との会話を思い出していた。
『戻る』って言ってたよな?
それは過去に戻るって意味かもしれない。
と、すると……こいつは俺と会う前の妹紅……なのか?
少なくとも、俺があった時からこいつは男口調だった。
ん?
「お前、今歳いくつだ?」
「たぶんあなたよりも年上だと思うのだけど……せめて「お姉さん」とか言ってもらえないかしら」
「じゃあ、妹紅、歳いくつだ?」
そのとき、妹紅の足が止まった。
「……貴方、どうして私の名を?」
「あ」
そうか、知り合う前なのか。しかも子供だから、既に大人の時の俺と会っていたとしても気づくわけがない。
「この数百年……私が名を教えたのは数人だったはずなのに」
「……へ?」
数百年?何を言っているんだ?
妹紅をよく見てみる。
もし、数百年生きているとしても、見た目がこんな幼いままのはずはない。
レミリアだって、たしか……五百歳って咲夜がいってたっけ。
あ、じゃあ、ありえるのか。
いや違う違う!妹紅は人間だろうが。
樹の幹に頭を叩きつける。そうすることで今の脳内の整理をつけようとしたのだ。
どうやら、思考まで子供に戻ってしまい、難しい事を考えられなくなってるのか、酷く頭痛がしてきた。小学生の頃は頭が弱かったからな。
「……ん?」
樹の隙間、奥に何かがあった。
夕日に照らされ、人々が際立って見えた。
「村か……あそこが家なのか?」
見たところ、人里のようだったが、少し違った。
なんか、どちらかというと、里よりも村という表現の方があっていた。
数件の小さな家、一つの大きな屋敷。そして川の近くに作られた田んぼや畑、それを世話する大人達。いかにものどかな田舎風景だ。
「いや、私たちの家は山の上だ」
「私たち?」
同居人がいるのだろうか?もうこの時点で妹紅があの竹林に住む前だとわかる。いや、森に家があると言った時点でその可能性はあったんだけど。
そういえばさっき「村の人間ではないのね?」と妹紅は言った。その村がここの事なのだと思う。
俺はそのまま山を登って行った。
整備されてない道だけど、頻繁に人が通るらしく、土が固められて道のような物ができていた。こういうのを獣道って言うんだっけ?
ところで、体力は昔の方があったらしく、きつい山道を登り続けるのは比較的楽だった。大人のままならこうはいくまい。
数分後、妹紅の脚が一軒の家で止まった。
「……」
目を疑った。
ここはなんだ?
ジュラシックパークか?または……
とある小屋、いや、外見やサイズは神社に近いか。
とにかく、ここは妖怪だらけだった。
しかも、見た目からして人外の奴ばっかだった。
屋根には翼竜のような奴、地面には巨大な芋虫みたいな奴とか。
まぁ、なんてホラー映画だと思った。
「あ、おかえり。妹紅」
しかし、そんな中でも異質の存在が目に飛び込んできた。
ここで言う異質とは、いい意味だ。
「人間か」
少女……まぁ、今の俺とほぼ同じくらいか。
彼女は古い和服、少女にしては腰まで届く長髪。それをかんざしで止めていた。
そんな少女は逆にこんな環境では浮く。不思議だ。
「……?あんた誰」
そんな少女は俺に気付く。
もしかしたら、俺はこれからここに居座るかもしれない。いつ帰れるかもわからない。となると、この少女とも長い付き合いになるはずだ。
つまり、こういうのは第一印象が大事だ。
「沖田だ。呼びやすいように呼んでくれて構わない」
なるべくにこやかに、優しく言ったつもりだ。
しかしこれは失敗したと気付いた。
さっきもだが、ここで妹紅に沖田という名前を聞かせると、未来に支障をきたすのではないか? と思ったのだ。だが、この時代が俺のいた未来と繋がっているなら問題はないのだろう。実際、沖田と名付けたのは妹紅だ。昔沖田という人物がいたのに、その名をつける事になるんだから。
あ、いや、違う。こういうのはタイムパラドックスって言うんだっけ。結局、俺は自己紹介失敗らしい。
「……ふぅん」
そんな少女はなにやら俺を不審に思っている。
同世代の人間が珍しいのか、はたまた俺はなにか他に失敗を犯したのか?
「君はそんな性癖があるの?」
「…………」
そして、ようやく俺が裸のままであることに気付いた。
「妹紅、早いところ服をくれ」
いくら昔の体とはいえ、羞恥心はある。
というか、妹紅が何も気にしなかったから俺も忘れていたじゃないか。
「そうだったわね。ほら慧音、貴方はあっちに行ってなさい」
「慧音?」
慧音、そうか。言われてみれば確かに面影はある。
慧音は妹紅と昔からの付き合いと聞いている。だから昔から一緒でもおかしくはないんだ。
しかしだ。
「どういうことだ?……てっきり慧音は妹紅より年上だと思っていたけど……」
とにかくここは昔だ。俺が20年若返ったのは時間遡行の代償で、実際はそれ以上昔に来ているのだろうけど、妹紅が変わらないのに慧音は幼くなっていることには今だ納得がいかない。
「えっと……沖田だよね。着る服ないからあの子と同じものでいいよね?」
「え、あぁ、構わない」
まぁ、それは追々聞くとして。
まずは状況の整理を始めようか……。
「「いただきます」」
夕食をいただけることになった。
俺達四人の人間は、囲炉裏を囲んで座っている。
外にいる妖怪たちは肉を食い、人間は米と魚と野菜を食う。
どうやら妖怪と共存して暮らしているらしいのだ。
囲炉裏には魚の塩焼きが焼いている最中で、慧音は年相応の元気で魚にがっつく。
「沖田君も遠慮しないで食べていいんだからね」
正面に座った男はそう言った。
こいつは
見た目は元の時代の俺より若い、20代だろうか。
少なくとも、俺のいた幻想郷にはいなかった。
と言うことは、人間としての寿命を迎えて死んだのだろうか。
左には静かに食事をする妹紅。
夕飯の支度をしている最中にいろいろ聞くことができた。
そして、俺は驚愕した。
今、西暦でいうと約1600年。
400年以上のタイムスリップだ。
あの永琳という奴の力量は恐ろしいものだ。
代償がたった20年分の時代遡行だからな。これが40年分以上の時代遡行だったら俺は存在ごと消えていたはずなのだから。
そこで一層深まる謎……
妹紅と慧音の年齢だ。
元の時代、妹紅は慧音が半分獣であると言った。しかし、昔はただの人間だったとも言った。つまり、現時点の慧音は人間慧音であるとすれば、これから妖怪化するという事だろうか。妖怪化すれば寿命が延びる……というのは勝手な憶測だが、その可能性は大きいだろう。
で、問題は妹紅の方だ。
俺はある仮説を立ててみた。それはあの晩の輝夜という少女の存在。
そして俺は、いままで気づかなかったことがある。
妹紅が自分の名を、『ふじわらの』と言っていた事だ。
いまでこそ藤原という苗字は一般化し、『の』を表現する者などいないだろう。
つまり、妹紅は元豪族の藤原の家系の人間の可能性が出てきた。確かに、現代の藤原の性を持つ人は大抵その家系何だろうけど、妹紅は藤原が豪族だった時代を生きていたという事だ。
で、俺は物語を信じるつもりはないが、こんな考えもできるわけだ。
輝夜=かぐや姫 だとしたら。
かぐや姫と言えば、竹取物語に登場する架空の人物。
それがもし、飽くまで俺の勝手な想像だが、もし本当の出来事だとすれば、あれも存在するわけだ。
『不死の薬』
富士山で燃やされたとされるあの薬だ。
妹紅と輝夜はどうやら知り合いらしかった。
『久しい』と輝夜が言っていたが、それも数ヶ月くらいとみていい。それぐらいの間が久々に感じるほど以前は頻繁にあっていたのだろうし。
そして……もし二人の出会いが竹取物語の時代と合致していて、妹紅が不死の薬を手に入れていたとすれば……
「ど、どうした沖田君!」
「へ?」
気が付くと、背中に床、目の先に天井があった。
「知恵熱……なのか」
つい大人のままだと思って脳をフル回転させてしまった。
おかげで体の力は抜け、ひっくり返った、というわけだ。
何度も言うが、子供の頃は頭が弱かったからな。
結局、夕食にありつけないまま、寝室へと運ばれた。
そこは沢山の武器が並べられていて、真ん中に布団があった。つまりここは正次の部屋なのだ。
正次が俺を布団に入れ、枕を調節してくれる。
大きい布団だ。これも正次の布団だろう。
「なぁ……」
年上にもかかわらず、俺はため口で呼んだ。
「お前はどうしてここにいるんだ?」
「僕かい?」
妹紅はなにかと想像がつく。
あいつは人付き合いが苦手そうだから、さしずめ妖怪の相手をしてた方が楽しい、って感じだろう。
慧音は……なんだろうな。わからん。
ただ、こいつはもっとわからない。妖怪ではない事は確かなんだけど、だとすればここにいる必要もないだろう。人間が住んでいる村にいたほうが自然なのだ。
「それが……僕にもわからないんだ」
正次はそう答えた。
「妹紅から聞いたことなんだけど、僕も君と同じく森の中で倒れていたらしいんだ。『らしい』ってのは僕はその以前の記憶が全くないからね」
「そうか」
なるほど、さっきの妹紅の事情聴取は、俺が正次と同じ状況の人間かどうかを確かめたのか。
「妹紅は村の人間か疑ったけど、僕はなぜか違う気がした。というより、彼女に何かを感じていた」
「何か?」
「運命的な物じゃなくて、使命感みたいな……」
「随分途方もないことをいうな、お前は」
俺がそう言うと、はははと正次は笑った。
その顔を見て、俺は何かが引っかかった。
俺は、この顔を知っている。
「なぁ、俺達、どこかで会ったことなかったか?」
「それこそ運命的な出会いだね。あいにく、僕には記憶がないんだ」
「そうだったな」
だが、俺は覚えている。
どんな奴だったか、どこで出会ったか、それはまったくわからない。ただ、こいつは誰か、今まで俺が出会った人間に似ている。そう思った。
「ちなみに、お前はここに来てどんくらい経つんだ?」
「ざっと10年だ」
結構いるんだな。一体俺はいつ帰れるのだろうか?
元々幻想郷に飛ばされ、そして帰る方法すら検討がつかない時期もあった。今のこの状況に危機感を覚えないのはその事があったからだろう。
とにかく、幼い体に無理は禁物だ。
今日のところは大人しく休み、細かいことは明日から考えよう。
正次が部屋から出て、俺は布団を深くかぶる。
睡魔がやってきたのは、予想以上に早かった。