朝。
今朝の朝食は和食だ。
白米に味噌汁。川魚の塩焼きと三種類の野菜の漬物。
それを食すは人間。
肉。とりあえず肉。
それを食すは妖怪。
なにか異質だが、そんな異質に俺はなにか日常を感じていた。
「おかわり」
慧音が自分に割り当て割れた分の白米を全て平らげ、さらに盛るように妹紅に求めた。元気な慧音(子供)は新鮮で微笑ましい。
そのお椀を受け取り、さきほどよりひと回り少なめのご飯をよそう妹紅は俺の知っている妹紅のいつもと違い、どこかやわらかい感じがする。
そして正次という男にはなにか既視感というか、親近感がわく。
こんな状況になってから1日も経っていないのに、こんなに落ち着いて、楽しむことができるのは魔法修行時の精神鍛錬と昨日知恵熱が出るまで状況理解に勤めたおかげだろう。
「ところで妹紅。お前はいつも何をしてるんだ?」
「私は基本は畑作業と山菜取りね。」
「ふぅん」
なんだ、自給自足の生活は出来るのか。
まぁ、そうでなきゃこんな不便な場所で暮らせまい。
ちなみに正次は狩り専門らしい。いち早く朝食を終えると「罠を確認してくる」と言ってどこからかクロスボウのような物を取り出し、家を出て行った。この時代にもあったのか。
さて、朝食を終えた俺は妹紅にもらった俺用の個室にこもり考え事を始める。
議題はもちろん、これからについて。
その事を妹紅に話したら、ある物をくれた。
『これは聖水というもので、色々なご利益があって、飲むと頭がスッキリするのよ』
という事で聖水を一口ゴクリ。
確かに考えるべき事のみに集中でき、考えがまとまりやすかった。
一時間近く考えただろうか。
まだ頭が痛くなりだした。
外の空気を吸いに、家を出て山のさらに上へ目指す事にする。今杖を持って行こうとしたが、今の俺は五体満足。杖は必要がなかった。ただいつもの癖はとれにくいのだ。
「へぇー」
頂上は結構近かった。
そしてそこから見えたのは山々、海、川、村だった。
この時代はまだこんな場所も残っていたのかと感動する。
しかし、実は外面は良くても、中身は良くないらしいのだ。
この山の麓には、昨日見た村の他に、三つ村がある。
北の村、南の村、東の村、西の村。
4つの村同士は険悪の中らしい。
しかし合戦は起きず、いわゆる冷戦状態。
それはお互いの村の戦力がほぼ等しいから。
とある村は豊かで、人の数も他の村と桁違いだと聞くが、実は戦える兵士がおらず、戦力になるのは畑仕事をしている男性のみ。
はたまたとある村の規模は小さく、人数こそ少ないが、なにやら魔術を使う者がいるとかいないとか。
また地形条件も有利不利なし。道連れ覚悟で戦争を起こそうとする奴などおるまい。
そしてどの村も自分の村にとって良いことがない。
もし一つの村が別の村に攻めることがあれば、村の護衛がない隙に他の村に攻められる事もある。その事は村同士で確実な事項。
そうしてお互いがお互いの領域に踏み込まないよう牽制し合っている。
「お?」
しばらく景色を楽しんでいると、慧音がいた。
どこかに向かって歩いているようだった。随分遠くだ。
その時の俺はなぜか遊びたくなった。
童心を取り戻した、とでも言うべきか。同年代の子供がいるなら、一緒に遊ぶのが自然だろう。
と、いうわけで。
「よっ」
軽いノリで話しかけてみた。
現代とは違い、立場は対等。遠慮はいるまい。
「……何?」
一瞬カラダがビクッとなっていたが、すぐに落ち着きいつもの調子で言う。基本子供慧音は冷静というか、俺に対しては無愛想だった。
「なにをそんなビックリしてんだよ?」
此処は森に隠れた洞窟。
人が来るなど予想もしてなかったのであろう。
ふと、俺は慧音が持っていた水筒が気になった。
「聖水か?」
そう聞くと慧音は小さく頷く。この聖水がどこで採れるのか、いつ採っているのかは不明だったが、なぜかピンと来た。この洞窟の奥からさっき飲んだ聖水と同じ何かを感じるのもそう思った理由の一つだ。
まぁ、後者の方が理由らしいが。
「お前、いつも此処でそいつを汲んできてるのか?」
「いつもじゃない。 妹紅に頼まれたときだけ…」
人見知りと言う奴だろうか。
普段からクールな慧音だが、俺と話す時は一層口数が少ない。
俺は妙案を思いついた。
俺は隙をついて慧音の手から水筒を取り上げる。
「…! 返して!」
慧音が取り返そうとしたのをかわす。そこで俺はこう言う。
「ハッハッハ!取り返してみろ!」
そして全力で走る。
やはり子供は元気でなくてはいけない。そう思い、俺はまず慧音と仲良くなろうとした。
ここで大体2パターンの人間に分かれる。取られたことに怒って、必死で取り返そうとする者。取られたショックで泣き出してしまう者。俺は一瞬後者の可能性も考えたが、大人慧音の性格からすればその可能性は薄いと見た。
案の定、走る俺を慧音はもの凄いスピードで追いかけてきた。
だが、俺も負けたもんじゃない。
運動神経が悪いわけではないから、するすると太い木を枝まで登る。高さは3m。女の子では登れまい。
「やーいやーい」
そういって挑発する。
第一印象からして最悪だったのに、何故いじめっ子を演じたのか。自分でもわからない。嫌われない自信があったのだろうか。
で、考え通り、慧音は木に登らず、下で睨んでいた。
さて、どうするのか……。
すると慧音は後ろを向き、歩いて行ってしまった。
「お、おい!」
呼び止めたが、まるで聞いていない。
拗ねてしまったのか? そう思うとこの行動が無意味に感じたので、仕方なく、大人しく、大人らしく聖水を返すことにする。
再び慧音がこっちを向いた。
「へ?」
枝から飛び降りようとしていた俺はバランスを崩しそうになり、両手で枝をしっかりつかむ。
その間に慧音がこちらに向かって走ってきた。
そして飛んだ。
「げ」そんな声を確かに聞いた。俺の声だ。
慧音は地面をひと蹴りして、3mにいる俺の位置と同じ高さまで飛び上がってきた。
そのまま慧音の体は俺にタックルを決めた。
俺は衝撃で枝から落ち、止めに地面と肘のサンドイッチ。
冗談じゃなく、死ぬかと思った。
頭を打ったらしく、数秒間視界が歪んでいた。
ぐにゃぁと変わる景色はただ目眩が見せている景色ではなかった。俺も移動している。
落ち着いてくると此処はさっきいた木の場所じゃない、涼しい聖水があった洞窟の中だと気付く。
見渡すと、慧音が座っていて隣には大量の果物があった。林檎や桃や柿など四季折々の果物が積まれていたのだ。
「ごめん。少しやり過ぎた」
慧音はそう言って林檎を俺に投げる。
「いや、俺も悪かった。すまん」
林檎を受け取る。
人齧り。
それは今まで食べてきた林檎のどれよりも甘く、とてもおいしかった。そして食べるとみるみる気分が良くなってきた。この感覚は……あれと同じだ。
妹紅の梅干しだ。
「この林檎は聖水で育てた木の林檎。おいしい?」
「あぁ」
妹紅も慧音も、怪我を治す効果があるとは知らないのだろう。ただ美味しくなるから聖水を使っているというのだ。あの梅干しも聖水で育てた梅を漬けた、って感じだろう。そしてきっと腐りにくくなる効果もあるに違いない。でなきゃこんな大量の果物をここに放置していて、これほど鮮やかな色を残しているはずがない。
そして俺はこの状況を使い、事を進めることにする。
「仲直りだ。これからよろしく」
タイミングを計っていては日が暮れそうだったので、とりあえず握手を求め、そう言ってみた。
「うん。よろしく」
慧音はそれに応じる。
「……それじゃあ、お前は最初からあの家にいたわけじゃないのか」
「うん。残っている一番古い記憶には既に妹紅はいたんだけどね」
話は慧音の素性の話となった。
話しを聞いて俺は心が痛んだが、慧音はそんなつらいような話はしていないように見える。それがさらにこの子を儚くしている。
「自分の親の顔を覚えていない……つらいだろうな」
「いや、そうでもないよ。というか、他に比べる相手も居なかったし、それが普通なんだって思ってる」
「そんなの普通じゃない。両親がいて、夕飯にはその日あった事を話し合って、お互い助け合って……時には一方的に頼ったり。そんな関係が家族で、それが普通なんだ」
「じゃあ私はやっぱり普通だよ」
慧音は微笑みながら言った。
「私にとっては妹紅と正次が両親で家族なんだって思うよ」
「……そうか」
肉親……実際どれほど大事だろうか?
現代は世間体とか、社会において血の繋がった家族は大事だ。ただ、この時代はいったいどうなのだろう。もし慧音の両親が酷い悪党であって、慧音が中学生くらいの歳になったら暴力で言うことを聞かせたりするのだろうか……。それなら慧音を育てるのが肉親である必要はなくなる。否、この時代では険悪な肉親よりも親切な他人の方がいいのだろう。慧音についてはこう考えるしかない。本当は慧音の両親は、やさしくて暖かい家族だって知っている。その事はその日の夜、妹紅から聞く事になった。
「慧音の両親は村に住んでいてね。ごく一般な家庭だったけど、妖怪側とは全く接点を持たない村人の中で唯一私と関わったのもあの二人だったわ」
夕食後、妹紅に尋ねたのだった。もちろん慧音の了承は取ったし、その事を妹紅にも伝えた。
それでも妹紅は言うかどうか躊躇っていた。当然だろう。
「二人とは私が狩りをするときとか、作物を育てようとしたときとかにコツを教えてくれた。獲物を逃がさない工夫、野菜を腐らせないで育てる方法……。
正次と会う前の私は一人で妖怪たちの世話をしていたから、こっそり村でとれた野菜を私の所に差し入れを届けたりしてくれる二人を、私は次第に好きになっていってしまった。でも、それがいけなかった。
ある日、一週間ほどその差し入れが途絶えた。いつも私が肉を取っていた狩場にも姿を現さなかった」
妹紅は少し間を置き、話を続けた。
「その時私は見てしまった。
そして知った。一体私たち妖怪側の者が村人の間でどんな扱いをされていたのかを。
当然ながら私達はよく思われていなかった。それは知っていて、だからそれでも私にやさしくしてくれる二人が大好きだった。
だけど知らなかった。どれほど私が嫌われていたかを。
二人は捕らえられていた。理由は私と関係を持ったから、それだけ。
村八分とかそんな甘いものじゃなかった。
二人は村の真ん中に三日ほど吊るされ、食事も与えられず、村人の見せ物になっていたわ。
そして首を落とされた。私と関わった人間は、最悪こうなるのだという村長による見せしめだったのよ。
もちろん村人から講義の声があった。でも村長は全て聞き入れなかった。
その時私は慧音の母親の話を思い出した。それは新しい命を授かったという事。つまりは慧音の事よ。
私は思った。『あの子はここに居てはならない』
もちろん私がどうこうした所で、今回の原因は私。
私がいなければ、最低でも私があの二人に関わらなければ、今回のような事態にはならなかった。
だからこそ、ってその時の私は思ったの。
せめてこの子にはそんなことにさせない。って
村人に隠れて家に入った。
部屋の真ん中に置かれた布団。その中には1歳にも満たない少女が弱りきっていたわ。当然といえば当然だったけど、私は喜んだわ。良かった、生きててくれた って。
慧音というのはあの二人が私に教えてくれた、子供の名前だった。
不思議と村人はこの子を探しには来なかった。あの二人も気付いていたのね。あの村ではこの子が幸せになれない事に。だから村人には隠し、静かに子育てをした。それでもいずれ家に入られれば慧音の存在はバレて、同じく殺される。何も知らない赤ん坊でも。
私はこの子を幸せにすると決めた。
妖怪の為に取っていた肉を減らして、魚を取ったり野菜を育ててみたり……うまくいかなかった事が多いけど、数ヶ月後正次が現われたおかげで、いままでよりも慧音が元気になってくれた。だけど私達は慧音には私たちの事を「妹紅」と「正次」と呼ばせた。
理由は簡単。いくらあの村が慧音を育てるにとって悪い環境でも、決してあの二人は私に託す気はなかった。二人で育てたかった、そうに違いない。だから私は慧音が物心がついた時に本当の事を教えた。私達はあなたの親ではない。
きちんと親という者の事と私達の違いをはっきりさせる。これが二人にできるせめてもの気遣いだった」
話は終わったらしく、妹紅は座り込んだ。
俺もそれに次いで座る。
慧音はすでに眠っている時間で、正次もこの時間には起きない。
だから二人だけだ。沈黙を破るのは俺か妹紅しかいないのだ。
「ありがとう。俺に話してくれて。おれはここに来たばかりで、正次とは違って関係も薄いただの他人なのに」
「いいのよ。慧音と仲良くしてくれるのならね」
「あぁ、もちろんそのことについては俺も手伝う」
慧音を幸せにする……か。
幻想郷での生活を思い出す。
そんな事は全く分からなかった。
逆に妹紅が慧音の世話になっていたぐらいだからな。
そう、幻想郷では平和そのものだった。
だから俺は自信をもってこう言った。
「安心しろ。慧音とお前は必ず幸せになれる」
と。