朝。
妹紅の部屋の前に立ち、ノックする。
返事がない。
まだ寝てる可能性もあるが、それは明らかに低い。
いつもなら起きている時間の上、昨日の事もある。
だから、自分から起きてくるのを待つしかない。そう思う。
余談だが、慧音はいち早く外に出て、いつもの日課である果物の調達へと向かったが、外の有様を見て驚いていた。
俺は昨日暗がりで気づかなかったけど、木が削れ、地面が焦げ、囲炉裏がバラバラになっていて、それを慧音は妖怪が暴れていたと勘違いしたらしい。
朝食の時、昨日マサが埋めた妖怪の墓を見て、『悪いことしたからって、なにも殺すことはないじゃん!』と泣きながら怒っていた。
俺もあいつが死んでしまった事は悲しんだが、ここまでの感情はでてこなかった。
そういえば、俺はいつからこんな非日常に慣れ、感情が薄くなってしまったのだ?昨日だって妹紅と戦ってる時、ひと昔の俺なら直ぐに降参して和解を求めたはずだ。
いつから……というのははっきり知らないが、たぶんレミリア戦からだろう。思い当たる節が多い。
ついに、妹紅は朝食時に来なかった。
俺はといえば、慧音が持ってきた果物、聖水で育てたそれを食って昨日の傷は完全に癒えた。
考えを変えよう。
思い切って妹紅に直接会いに行く。
そんな訳で俺は今、再び妹紅の部屋の前にいる。
ノックをする。
返事はない。
「入るぞ」
一応、そう言ってから数秒開けて、ドアを開けた。
窓際。少女が足を組んで座っていた。
顔はこっちではなく、窓の外のほうに向いていた。
その先に見えるのは、昨日荒らした庭だ。
「……起きてたのか」
返事はない。何か考え事をして、気付いてないのかもしれない。
だから、妹紅の前に座る。
少女の視線がゆっくりとこっちに動き、再び窓の外を見る。
そして俺はこう言う。
「正直に言う……俺は未来から来た」
そう。思い切ってぶっちゃけた。
そうしないと俺と輝夜の繋がりを絶てない。
「未来のお前とも会っている。だからお前の名前も知っている」
「……それはいつの話?」
「約400年後だ」
妹紅は笑う。
「それはまた、随分と遠い話だな」
その時、その口調が未来の妹紅と重なった。
「疑わないのか?」
「えぇ。なんだかんだ言っても私は貴方は信頼している。それに出会いが出会いだしね」
俺はふと「ターミネーター」を思い出した。
まさかその事じゃないだろうな? と恐怖を抱く。
さて、話を戻そう。
「そして、俺は推測だが……お前の正体も知った」
竹取物語と、輝夜。そして妹紅の見た目の変化についてを考えると、自ずと見えてくる答えだった。ただ、それは妖怪がいる世界でも、あまりに非常識で、あまりに残酷な事実だった。
「お前は……不老不死の人間だ」
「えぇ、そうね」
「……お前は今何歳になるんだ?」
「……成長が止まったのは17歳。でも、実際は千年近くは生きている」
「そうか……まぁ、俺よりも先に生まれてるんだから、年上って事になるんだろうな」
そう。妹紅は年上。
この考えが浮かんだとき、初めて会った日の事を思い出す。
『30年生きただけで人生を捨てるな』
要約するとそうなる。
妹紅が今日までの約1000年。どんな日常だったかはわからないが、いつまで生きるかわからない。それは死ぬ定めが決まっている人間という種族にしたら、死ぬ事よりも恐怖だろう。
それこそ『終わりのないのが終わり』って奴だ。
「輝夜に会ったの?」
「あぁ。と言っても、俺の事は無視してお前と戦っていたがな」
「私と……輝夜が」
「たださ、なんかあの時のお前は……」
今みたいに殺伐としてはいなかった。
それは確かに気を張っていたが、今と比べた上で、よく考えると格闘技の試合にも近い気がして、今みたいに輝夜に恨みを返すために、殺すために戦っているとは到底思えなかった。
「なんか、あのお前はそんなに輝夜を恨んでなかったぞ?」
妹紅はまさかという顔をする。
「不死になった……それはそれで楽しんでいる。とも言えるな」
「不死を楽しむ?」
「俺にも理解できない感情だけど……なんだろうな」
とにかく、お前はうまくやっていける。そう伝えた。
しかし妹紅はイマイチ納得がいかないらしい。
「……私の不死の人生は後悔から始まったのよ」
不死の人生。もはやただの人間でいる時間など覚えていないのだと思っていたが、少なくとも不死になりたての頃のことは印象に残っているらしい。それは、妹紅が自ら話してくれた。
***
私はただ、輝夜を恨んでいた。
てっきり私は不死になってしまった事で恨んでいると思ったのだが、よく考えると輝夜をよく思わなくなったのは、私が不死の薬に手をつける前のことだった気もする。
もう、本当の事は思い出せないし、思い出したくもない。
私が死なない人間、歳をとることのない人間だと世間に知られたのは、予想以上に早かった。いや、実際には5年は経っていたのだろうけど、どのみちたった5年。たった5年で私は今までの暮らしを捨てた。
後悔した。あんな、ただ、輝夜に対してなにか一矢報いてやろうと思ってとった行動が、結局自分の損にしかなってないと気づいたから。
不思議だった。
普通なら長い100年も、私にとってはほんの数年にしか感じなかった。
それが中身のない人生だったからか、一生死ぬことはないとわかっていたからか、そもそも薬の影響なのかはわからないけど、確かに数年だった。
それまで転々と村々を渡り歩いていた。
皆、最初こそ私に優しくしてくれた。それは慧音の両親みたいに親しく。
でも、それもほんの数年もすれば、私の正体に気づき、化け物扱いする者が出てくる。そうしてまた別の村に移るしか無くなる。
正直、申し訳ない気がした。
私が訪れたあとの村は、どういうわけか壊滅した。
私という化物を入れたせいで、村は滅んでしまうのだ。
だから、今みたいに人を避けて山にこもった。
だけど、誰にも会わないのはそれはそれで嫌だった。
何かを食べる必要も、体を洗う必要も、寝る必要もない。
無意味な人生だと、その時は思った。
何度か、考えうる死に方を試した。
崖から飛び降りたり、川に沈んだり、首を掻っ切ったり。全部が失敗。ただ苦しくて痛いだけだった。
そうやって数年を過ごした。いや、本当は数百年経っていたのかもしれない。
ある時一匹の動物が私のそばにやってきた。
ただ、今まででも見たことのないような、奇怪な化物だった。それは明らかに私を食べようとしている。だからそれに任せた。いっそ、食べてもらってここで人生を終えようとした。
でもやはり死ねなかった。
腕を食われても、化物が千切った腕は消え、私の肩から新しい腕が生えてくる。
私はいつまで経っても私を殺せないそいつを見限り、殺した。
何時間もかけて殴って殴って殴った。
幸いというか、痛みには慣れていたから、腕が壊れるまで殴る痛みや恐怖なんかなかった。
また、別の日には別の化物が現れた。
そいつは私を丸呑みにした。
今度こそ死ねると思ったら、そいつの胃の中でも私は消化されず、こんな臭いところに居たくないと思ったから、胃を破って外に出て、そのまま絶命させた。今回は前回よりも早く終わらせられた。
そこから数年間。同じことを繰り返した。
もう、何回も同じ事をやっていると、人間というものは慣れがくる。
そして慣れると感情がなくなり、楽しいという錯覚に陥る。
それまでの私は他の人間に見捨てられ、村を捨てていった事で生じた心のストレスを抱え込んでいた。だから、もう精神的には死んでいた。化物を殺すことに快楽を感じてしまった。
そこから200年近く、私は化物……今で言う妖怪を殺し続けた。全国を彷徨いながら殺し続けた。
もうその時の私を人間と呼べる要素はない。
私はあの薬を飲んだことで変わった。
変化を拒む薬を飲んで、精神的に変わった。
他に変わった事といえば、髪の色とか、妖術が使えるようになったことくらい。
これは逆に、あの薬を飲んだ事で変わった事なのかもしれない。
人間じゃない私は、妖怪殺しに対して、ようやく飽きを感じた。他にやることもないのに、私は殺すのをやめた。
また妖怪が現れた。
そいつは私に向かって大口を開けて近づいてくる。
私はその顎を右の拳で打ち上げ、左の手を体内に突き刺す。そして炎で爆発させる。
戦い慣れしてしまって、並みの妖怪は数秒で倒せてしまう。
もう、私の精神は虐殺では取り戻せないと悟った。
やはり人間は人間らしく、充実した生活を送って初めて正しい精神を戻せると思った。
その考えに至るのが、あまりにも遅すぎた。
まぁ、これから何百年、何千年も続く一生に、遅いも早いもないんだろうけど。
私は敢えて妖怪と仲良くなる道をとった。
よく考えれば、妖怪の寿命は私には及ばなくても人間以上には長い。いるだけで良いという事だと思った。
妖怪の間で、妖怪を狩り続けてきた私の存在が広まっている可能性を考えて、私は行ったことのない土地へ足を運んだ。
それがこの場所になる。
山奥の寺。村の人間が使わなくなった寺だった。
私はそれを綺麗にした。住む場所をしっかりと作ってみたかった。
何度か村の人間にも会い、その全員が私をただの人間と疑わない者ばかりだった。でも私は交流を避けた。どの道直ぐにバレることだったし。
妖怪が現れた。いつものように襲い掛かってきた。
私は殺さない程度に妖怪を押さえつけ、家まで運ぶ。
その光景は、これから仲良くしようとしてる者の行動じゃないけど、仕方なかった。
そして準備しておいた豚肉で妖怪を餌付けする。
単純な奴らだった。
餌をくれると知ると、私の元には大量の妖怪が集まってきた。
あまりにもうまくいったので、逆に私はショックを受けた。
そもそも人間と妖怪は和解なんてできない。
そう、純人間の場合は。
私も自分は人間だと思うけど、こうして妖怪が私に好印象を持たれるのは私も存在が妖怪に近づいているという事でもあると察した。
丁度その時、村の者にこの光景を見られた。
以降、私は再び化物として村人の間で知られた。妖怪と仲良くできるのは同種のみという考えらしかった。
実際にその通りであって、私も否定しないのだけど、人間に嫌われるのは何回経験しても慣れたくなかった。
私が妖怪達と仲良くなって、数十年くらい経った頃から、4つの村がそれぞれ対立し始めた。
そして、東西南北の村々と私達妖怪側の5勢力に別れた。
その後は、そんな中私との関わりを持ってくれた慧音の両親に会って、正次にあった。
だから、今の私は今までで一番いい生活ができている。
そう思う。
***
妹紅の話に区切りがついたようだった。
俺は気付いたことが二つある。
まず一つが、妹紅にとっての過去は、既に過去だということだ。現在進行で悩みは話さなかった。
そしてもう一つ。これは俺に対してだ。
普通なら、こんな雰囲気になったなら励ましやフォローの一つくらい入れるものだろう。だが、俺はなんて言えばいいかわからなかった。
いや、違うな。
どう頑張っても、誰が考えても、どんな励ましでも意味はない。
だって妹紅が強いから。自分の過去を『過ぎ去ったもの』として見ているから。
自分の中で、もう妹紅にとって過去は過去であり、俺のような第三者が口出しする意味はないのだ。
でも、と妹紅は続ける。
「それでもやっぱり普通の生活がしたかったし、普通に死にたいと今でも思う。たとえ輝夜に会ったとしてもその考えは変わらな……」
「……? どうした」
「待って……輝夜は生きてるの?」
「え?」
一瞬意味がわからなかったが、確かにそれは正しい疑問だった。
「だって、もう1000年も経ってるのよ?幾ら何でも生きてるはずがないじゃない」
「……まさか、アイツも不死の薬を?」
この議題については答えは出なかった。
不死の薬を飲む理由がわからない。
永遠に若さを保ちたかった、としても、彼女ならそれは馬鹿な行為だと気づくはずだ。
幻想郷で見たのが幽霊という説もある。
えっと……なんだっけ。幽々子か。あいつも幽霊だということだが、見たところは普通の人間そのものだった。
それなら輝夜が幽霊でも確かめようがない。もっとも、俺が輝夜を見たのは一度だけだが。
だから俺は、妹紅が幻想郷に行ったら、自分で確かめるように言った。
「会ったらどうするんだ?」
「わからない。でも一応殴る」
「物騒だな」
俺は笑う。別に冗談だと思ったから笑ったわけではない。
行動的な妹紅らしい。そう思っただけだ。