「う……」
周りを見渡す。
男が俺のそばに三人。この集会所のような場所の入り口に二人。
そしてここに来るまでに門番が二人いた。
それぞれの格好はボロい和服に、木の棒の先に長い刀をつけた薙刀のようなものを装備していた。
「貴様、あそこで何をしていた!」
「妖怪の分際で、我らの村に侵入するなど!」
「
三人の大人が交互に叫ぶ。
その真ん中に腕を縛られ、正座し、刀を首元に当てられ拘束された俺がいた。
こうなった経緯を説明しよう。
いや本当に、我ながら情けない理由だった。
それは数時間前、慧音が誘ってきたのだ。
「沖田、暇してるなら遊ぼ?」
別に俺は暇などしてなく、ただ単に体を休めるため寝転んでいたのだ。
「おう!遊ぼう!」
しかし体の疲れとは裏腹に子供心は素直だった。
「なにするんだ?鬼ごっこならやらないぞ」
というか、体を使う遊びでは慧音には勝てる気がしない。
俺も運動は苦手ではないほうだけど、超高校級の選手でもトップアスリートには敵わないようなイメージだ。この場合、もちろん俺は超高校級選手だ。過剰評価は気にしないでいい。
それで、慧音が提案した遊びというのが。
そう、盗難だった。
標的は南の村。
地形条件の良さから財力が豊かな東の村、魔術師が数人いるという西の村。そして、一番怪しいオーラを放っている北の村だ。そんな化け物級の村々に比べて、ただ人数が多いのが特徴の南の村は一番盗みがしやすいという考えらしい。
盗難といっても金を盗むわけではない。そもそも村内の通貨を俺が盗んだところで使うことなどできないから、ただの金属の塊にすぎない。だから盗むのは食料だ。
「より良い食べ物を一品盗ってきた方が勝ちね」
「あぁ。いいだろう」
俺たちは同時にスタートした。
それぞれ反対側から、村の入り口を挟んで側面から侵入する。
もちろん攻める方角も公平に決めた。
さて、俺は身近な家に侵入する。
現代とは違って大した鍵はかかってなく、楽に入れた。
台所と呼ばれるそこには、食料など置いてない。
食料は倉庫にしまってあるのだ。
「いや、まだ畑にあるのかもしれないな……」
作戦変更。畑の野菜を盗もう。
「ふぃー。あぁー疲れた!」
村人が収穫を終え、腰を叩いている。
若い男と女。新婚夫婦だろうか。
収穫されていたのは大根。
どうやらこの夫婦は大根しか作ってないらしい。
それを村内で取引するのだろう。
その時、視界の端に慧音が写った。
すでに盗難を終えて林に戻ろうとしている。
その手には大根が握られていた。
「くそっ。やられた」
勝つためには大根以上の野菜をとるしかない。
いや?野菜じゃなくてもいいのか。
ある倉庫に侵入した。
そこは米俵が大量に積まれていた。
「これだ……」
米に勝る食料などそうはない。
さらに慧音盗んだものもハッキリしている。
この勝負。俺の勝ちだ。
さて、問題はこれをどうやって持ち帰ろうかだが……
ガタッ。
不意に扉が開いた。
俺は慌てて米俵の影に隠れる。
「まったく……こんな雑用は女の仕事だろーが……」
男だ。ぶつくさ言って米俵をひょいと掴む。
敢えて突っ込むが、女は米俵は持てないぞ。きっと。
「はぁ……ん?」
どうしたのか、男が顔をしかめた。
「この臭い……獣の匂いか?いや、妖怪の臭いだッ」
まずい、バレた。
「おいお前ら!妖怪がいるぞ!」
おいおい、仲間を呼ぶなよ。
とにかく俺は倉庫の端に移動する。
村の大きさは把握している。最悪村全体を
ふいに背中の感覚がなくなった。
そして俺は倒れた。
太陽が真上にある。倉庫の中にいたはずなのに。
「いたぞ!餓鬼だ!餓鬼の妖怪だ!」
俺が寄りかかっていたのは扉だった。
つーか、両面扉があるとかどんな倉庫だよ。
で、現在に至る。
「こいつ、米を盗もうとしやがったのか!」
「妖怪の分際で!」
「此奴の処分は!」
さっきと同じことを叫んでいる。
というか、長ってだれだ?
俺たちの目の前にはとある像があった。
それは観音を模したような感じで、祀られていた。
「ふむ……」
仏像が右手を顎に当て、唸った。
一瞬で汗が流れ出した。
俺が仏像だと思ってたのが長、村長だった。
丸顔の細い目、低身長な60過ぎの老人だ。
「今まで多めに見てきてやったが、もう我慢ならねぇ」
「おぉそうだ!さっさと攻め込もうぞ!」
「!!おい馬鹿が!」
慌てて一人が口を噤む。
しかし俺は聞こえた。
「攻め込むだと?まさか俺たちの家にか?」
その一人を睨む。すると他の二人も睨んでいた。
まぁ、睨む理由が俺とは別だろうが。
「まぁよい。話してやろう、妖怪の童」
村長が男三人を制し、此処南の村の村長は口を開いた。
「お前さんも我々や他の村の事情は知っておろう?」
「あぁ。村同士で対立してんだろ?」
「そうじゃ。もっと言うならお主ら妖怪側も含めるがな。それでじゃ。この前在ろう事か儂の村に何人か他の村の者が侵入しておった。お主のようにな。無論すぐに捕らえた。捕まえたのは東の者だけじゃったが。儂等はこれを宣戦布告と受け取った。じゃが、知っての通り東の村と戦をした所で儂等が勝つ事も負ける事もないのじゃ。じゃから考え、その結果がお主らを攻めることとなったわけじゃ」
「……地形的に有利になるためにか?」
「その通りじゃ。賢いのぉ。私等が山を占拠すれば他の三村からも攻められる事もないというわけじゃ。じゃから今晩にでも攻めようとしとったのじゃ」
「なに!」
俺は驚いた。が、その言葉に周りの男が過剰に反応した。ハッタリなのか?
「しかし長。此奴にそれを話してよろしいのですか?」
「あぁ。問題ない」
「問題ない……だと?」
「あぁ。お前ら。この童は処刑しておけ」
「なんだと!?」
その言葉に何も疑問を抱かず、男達は俺を集会所の外へと運ぶ。
「こら!離せ!」
「ほっほっほ。いやぁ、年は取りたくないのぉ。じゃが、口に出すことで考えが綺麗にまとまったわい」
こいつは、最初から俺を殺す気でいたのか。
その間にも男たちは俺を外へと連れ出している。
まずい。もし俺が殺されればこの事を妹紅に伝えられない。
妹紅は大丈夫でも、奇襲となればマサと慧音は無事では済まない。
もう、覚悟を決めるしかない。
既に俺は処刑場らしき建物に連れ込まれそうだった。
だから、やるなら今しかない。
結果を恐れていては、何も解決しない。
だから俺はやる。
半径100mの時間停止を。
「
静寂が訪れる。
共に全身に熱を感じる。
落ち着け。落ち着くんだ。
俺は大人の拘束から抜ける。腕の縄はまだ解けない。
俺の服と同様時間停止の影響を受けずにいるため、引きちぎる事ができない。
頭に血が上ってくる。
まだ冷静だ。
とにかく村から出る。
走った。数十メートルさきの林まで。
両手を縛られている不自由さと時間停止の代償が確実に効いている。もはや、ちゃんとまっすぐ走れているかわからない。そもそも進んでいるのかすら、俺には絶対の自信はない。
血を吐く。
地面に跡が残るが、それを構う余裕なんてなかった。
全身の血管が破裂している。特に顔がわかりやすい。
瞼の下や鼻から血が垂れ流れているようだ。
そして、体に力が入らなくなった。
時間が進み出す。
俺はあと数メートルで林の中という場所で力尽きた。
だが、すぐ近くに慧音がいる場所を選んだため、あとは彼女に任せようと思う。申し訳ないが、彼女を救うためにも必要なことなのだ。
***
「長、すみません!奴を逃がしました!」
その男は顔を真っ青にしてそう伝えた。
こんな失態、自分の命と引き換えにして償うほかないと悟っていたのだ。だが、村長の顔は穏やかだった。
「あぁ構わん。逃げる者を追う必要などない」
「!? しかしそれでは……」
男は戸惑った。
それはそうだ。自分の失態で我が村損壊の危機が訪れようとしているのだから。
「いいんじゃよ。それで。それに、逃がしたのはお前さんの責任ではあるまい」
男は不思議に思った。だが、それはすぐに悟った。
「あれ……あいつは……」
男とともに餓鬼を運んだもう一人の男。それがどこにもいないのだ。
「奴は西の者じゃ。これで少しは楽しくなるじゃろ」
ふはははは、という村長の笑い声は、その場にいた男達ですら恐怖を覚えるものだった。