二階堂ヒロは死に戻りをした。
最初に看守に殺されたあと、また牢屋敷で最初に目覚めた、あの瞬間に戻ったのだ。
ヒロは最初に認識をすり合わせるために、矢継ぎ早に自己紹介をさせる。
五月ラーラが最初のようにゴクチョーに意味不明な質問を投げかけるところまで再現して……ヒロはなんとか殺意を抑えた。
そして朝食の時間となり、食事を持って一人で座ったヒロのそばに、ナノカとレイアが近寄ってくる。
ヒロを警戒している二人が近寄ってくるのまでは、予想がついた。
「えっと。もしよければ、私も同席していいかな」
しかし、五月ラーラまでやって来るのは予想外だった。ヒロは僅かに眉を動かして、ラーラの様子を伺う。
地味で目立たないようでいて、初っ端から嘘をついた五月ラーラだが、ナノカやレイアのような理由があってここに来たわけではないようだ。
「君はシェリーと仲が良かったと記憶しているが」
「う、うん。でもなんだか君たち、雰囲気がギスギスしてる気がして、心配になったんだ」
「……」
否定はできなかった。
控えめに少し間を空けてレイアの隣に座ったラーラは、奇妙な色の食事に手をつけ始めた。彼女の顔色ひとつ変わらない様子からして、味はそこまで悪くないのだろうか。
ヒロは少し期待したが、味は見た目通りだった。ラーラの味覚が異常なだけらしい。
「ラーラくんはさっき、入れ替わりの魔法が使える……だとか、本当は男だ、と言っていたね。あれは本当なのかい?」
「うん。触って確かめてみる?」
「は?」
ラーラはふざけているのか本気なのかわからない顔で、ヒロの手首を勝手に握って来ようとした。ヒロはのろいラーラの手から簡単に逃れる。
レイアが引き攣った顔でラーラに尋ねる。
「そ、それは冗談なのかい?」
「うん。嘘だよ」
ヒロが呆気に取られていたら、なんてことないようにラーラは再び食事に手をつけた。
嘘が苦手、なんて言っていたがそれすらも嘘の可能性がある。ヒロの中で、ラーラの危険度がひとつ上げられた。
「どうして君はわざわざ無意味な嘘をつくんだ」
「無意味ではないよ。今のは空気を和らげるための嘘だから。どう? 和らいだ?」
「むしろ君に対する警戒心が上がったよ」
「……なんで? 私、見た目通りの弱くて頭も大して良くない、一般人なのに」
ラーラの自称が正しいのかはともかく、悪気がなかったのはどうやら真実らしい。
ヒロは呆れながら、皿に料理を新しくよそった。それを見て、ラーラとレイアが不思議そうにする。
「ヒロくん、まだ食べるのかい?」
「違う。これはノアの分だ」
城ヶ崎ノアは、自分の部屋にこもってスプレーアートに熱中している。
正しい行動をするために、ヒロはノアに料理を持って行ってやることにしたのだった。
「ヒロちゃんって優しいんだね」
ラーラは感心して、皿の上にリンゴを乗せた。
「リンゴなら食べやすいと思うんだ。これも運んでくれないかな」
「ああ、分かった」
ヒロはリンゴと料理を乗せた皿を持って席を立った。
「ここも掃除してもいい?」
「あぁ……」
少女たちが牢屋敷に慣れてきた頃、マーゴが看守によって怪我を負ったり、ノアが部屋中をスプレーで塗ってしまったりと、いろいろなことがあった。
にも関わらずマイペースになぜかありとあらゆるところを掃除し始めたラーラは、当然のようにヒロとエマの部屋にまで侵入した。
「君はどうして掃除をしているんだ?」
「趣味だからだよ。あと、掃除を率先してするなんて、すごくいい子でしょ?」
「いい子?」
「うん。人に誇れるようないい子でありたいんだ」
そう言って微笑むラーラからは、「いい子」であることの誉れが十分に伝わってきた。嫌われるような思想ではないが、あまり口に出すことはないような思想だ。
「なぜそんな考えに至ったんだ」
「うーん……私のお父さん、結構厳しい人でね、いい子で居られるようにたくさん教えられたんだ」
なんだかうっすら雲行きが怪しくなり、ヒロはひくりと眉を上げる。ラーラは掃除の手を止めずに、終始笑顔だった。
「でも私は嫌なんかじゃなかった。お父さんはきっと私のことを思って、いい子になって欲しくて厳しいことを言ってるんだ……って。お父さんなりの愛に応えたくて、それで今の私になったんだ」
ラーラの話はかなりふわっとしていて、具体性に欠けていた。ヒロはラーラの事情をよく知らない。しかし、その考えが悪いものには思えなかった。むしろ素直で、善良な考えのように思える。
「愛、ね」
ラーラが掃除の手を止めた。
いつから聞いていたのやら、そこにはマーゴが立っていたのだ。
「それは本当に愛なのかしら、ラーラちゃん」
「うん、それは間違いないよ。私はお父さんから愛されてたんだよ」
「そう……。素敵ね」
一瞬、マーゴの目つきが鋭くなった気がした。ラーラは父親からの愛を疑うことを知らないらしく、穏やかに目尻を下げている。
マーゴも、瞬きの間にもとの穏やかな笑みを浮かべていた。……気のせいか、とヒロは思った。
「うん。ところでマーゴちゃん、怪我は大丈夫? 後でマーゴちゃんの部屋の掃除もしていいかな」
「メルルちゃんのおかげで、かなり良くなったわ。
……ねぇ、ラーラちゃん。あなたはいい子になりたいから、私に気を遣ったの? それとも、違う理由?」
ラーラは迷ったようにぐるりと目をまわしてから、勢いよくマーゴに近づいて、目を細めて笑った。
普通では考えられないような距離感である。ヒロは呆気に取られてしまった。
「いい子になれなくても、君に気を遣うよ。私、マーゴちゃんのこと、好きだもん」
マーゴの顔色が悪くなった気がした。いや、悪くなった気がした、なんてものではない。いつのまにか顔色が真っ青になっている。かろうじて笑顔の形を保ってはいるものの、あまりにも異常な反応だ。
「……なんてね。でも、半分の半分の、その半分の半分くらい、本当だよ」
「……つまらない、冗談ね」
「うん、ちなみに今のも嘘だよ。きっとね」
マーゴは顔を引き攣らせながら、じりじりとラーラから距離を取った。
「……ラーラ、いい加減にしろ。君のその嘘も空気を和らげるためのものなのか?」
「うん、半分くらいそうだよ。和らいだ?」
「何を考えたらそうなるんだ」
ラーラは不思議そうにしている。意味のない嘘など、あまりに正しくない行動だ。ヒロは、大きくため息をついた。
———そんなやり取りをしたのは、事件の起こるほんの少し前のことだった。
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二階堂ヒロは、いつも通りに各部屋を見回っていた。
そしてノアの部屋に入った時、ふと背後に気配を感じ——振り返る前に意識が落ちてしまった。誰かに頭部を殴られたのだ。
そして、どれほど経ったのだろう。ようやくヒロは、甲高い悲鳴に意識を引きずり起こされた。
ヒロはひどい鈍痛のする頭を押さえながら、なんとか起き上がる。そして辺りに充満する血生臭い匂いと、視界を染める赤に、呆然とした。
それから、辺りを見回したヒロは、目を見開いた。
「メルル? ラーラ?」
純白の床を血で染め上げて力無く倒れているメルル。
そして、ナイフを手に握りしめながら壁に寄りかかって死んでいる、ラーラ。
心臓の音を確認せずとも、すぐに分かる。
五月ラーラと氷上メルルは、何者かに殺されたのだ。
心を落ち着かせてから、ヒロは死体の状況を横目で見た。
氷上メルルが抵抗できずに死んだのは、恐らく間違いがない。奇妙なのは、ラーラが凶器を握ったまま死んでいることだ。ラーラがメルルを殺そうとして反撃に遭ったように見える。
しかし、それにしてはラーラの表情にはいささか違和感がある。まるで満足したかのように、口角が大きく吊り上がっているのだ。
……しかしそれだけでは論理的な証拠にはなり得ない。ラーラがナイフを持っているのは事実なのだから。
ナイフを見れば、刃は血痕が付いていた。片面だけについた刃は自分の方へと向いており、人を刺すには逆手で構えなければいけない、不自然な持ち方だった。
メルルが先に殺されたのか。とヒロは察した。
メルルの血液はラーラの死体の上についていないにも関わらず、メルルにはラーラの返り血らしきものが付着している。亡くなった順番は間違いがないだろう。
ヒロがさらに注意深くラーラの手元を見れば、人差し指のみ血で汚れている上、何やら血文字のようなものがある。
ダイイングメッセージか?
血文字を見てみれば、文字というよりも絵だった。蝶だけがシンプルに書かれてある。そこは、さっきまでヒロが倒れていた場所だった。
単純に、ノアの魔法によって血液が蝶に変化しただけなのだろうか?
「てかさ、なんでヒロっちはここで倒れてたわけ?」
「私は、何者かに背後から殴られて……それから意識を無くしていたんだ」
「へぇ……そうなの?」
みんながヒロを見る目は懐疑に満ちていた。
それも仕方がないことだった。ヒロには全くアリバイがないということの、裏付けでもあるわけだ。
そしてその怪しさから、ヒロは裁判の前にろくに調査できずに終わってしまい———そして、魔女裁判が始まってしまった。
オリ主だからといって早死にしないとは限らない。一周目で長生きしたキャラが二周目で早死にするのは、定番ですよね。