魔女裁判は、とりあえず亡くなった順番から、メルルの死因や死亡推定時刻について話された。
その時点で、かなり犯人は絞られてくる。エマのスマホにメルルが電話をした、とエマは言っていたが、それがメルルではない可能性が高かったのだ。
そして、メルルの声を偽装できる宝生マーゴが、真っ先に犯人候補に挙がったのだった。
そして、今度はラーラの話に移る。
「ラーラさんの死に方ってすごく不自然なんですよね」
「……ナイフのことか?」
「そうなんです! ナイフが自分の方を向いてますし、ナイフにべったり血液が付いてるんですよ! これってラーラさんが誰かを刺したってことですよね」
そういうことになる。そもそも、なぜラーラがナイフを持っていたのかもわからないのだ。
ラーラがメルルを殺した可能性だってあるわけだが、それだと納得のつかないことがある。
「ラーラくんの足跡が残っているが、後ずさるような動きをしているんだ。ラーラくんは犯人に追い詰められたんだろうね」
「じゃあラーラさんのナイフに付いていた血痕は、なんなんでしょう?」
「犯人に反撃でもしたんじゃないかな」
ミリアの意見はただの予想の域を出なかったが、そう考えるのが自然だろう。
もしその予想が当たったとすれば、かなり重要な手掛かりだ。犯人は今怪我をしている、ということにもなる。仮説が合っていれば、怪我をしている人は犯人の可能性がある。
「そもそも、どうしてラーラさんは殺されちゃったんですかね? 犯人は二人も殺すつもりだったんでしょうか?」
「……ウチのせいだ」
純粋な疑問をシェリーがぶつけたところで、真っ先にアリサが珍しく力無い声を上げた。
「五月が部屋の隅までねちっこく掃除するから、どうせなら廊下も掃除すりゃいいって、提案したんだよ」
「つまりラーラさんは偶然殺人現場を見た可能性があるんですね。それで口封じに殺された、と。なるほど! それなら辻褄が合いますね」
ヒロは、アリサが肩をひくりと上げて目を逸らすその一部始終を眺めてから、推理を広げた。
ラーラが仮に犯行現場を目撃し、犯人に襲われたと考えた場合、ラーラのナイフに血液がついていた理由もわかる。やはりラーラは、犯人に反撃をしたのだろう。ラーラがナイフをなぜか持っているのにも疑問は残るが、黒部ナノカのように武器を持ち歩いている少女もいるのだから、考えてもキリはないだろう。
「もしラーラが犯人に反撃をしたなら、この中の誰かは怪我を負っていることになる。みんな、怪我をしていないか、確認させてくれないか」
「えぇっ! そ、そんなこと言われましても!」
「いや、腕や足だけでいい。現場にあった血痕の量からして、ラーラは犯人に致命傷は負わせられなかったはずだ」
「……」
途端に宝生マーゴは、表情を僅かに固くする。
やはりマーゴは、怪我を負わされたのだろう。怪我をしているのなら、犯人の可能性が高い。
それから、ラーラの遺したあの蝶のダイイングメッセージ。あれはやはりノアの魔法にしては、不恰好だった。ラーラは、マーゴの服の装飾に使われている蝶をダイイングメッセージとして描いたのだろう。
「マーゴ、見せてくれないか?」
マーゴをさらに追い詰めるべく、ヒロは畳み掛けていく。
「もし見せないと言うなら、他にも証拠はある。ラーラが遺したダイイングメッセージ……あれは君を示していたんじゃないか?」
「ダイイングメッセージ?」
「ラーラのすぐ側に、蝶の絵が描かれていたんだ。君の着ている服の装飾を示していたんじゃないか」
マーゴは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、強気にいつも通りに妖艶に笑った。
「ノアちゃんの魔法なんじゃないかしら。ダイイングメッセージと言うには、分かりにくいと思わない?」
「ラーラの人差し指だけに、不自然に血液が付着していたんだ。もしこれが君を示していないと言うなら、怪我がないか確認させてくれないか?」
「…………………………はぁ」
マーゴは、手を上げた。
思ったよりもあっさりと降参し、ヒロは勘繰った。なぜ、こんなに簡単に折れるのだろうか。
「私、ラーラちゃんのことを誤解していたみたい。まさかヒロちゃんのためにここまでするとは思わなかったわ」
「私のため?」
「そうよ。ラーラちゃんはあなたが疑われるとわかっていたからこそ、命をかけてダイイングメッセージを残したの。そもそも、私はラーラちゃんを殺していないのよ」
「今頃嘘を——」
「……嘘をついた方が良かったかしら?」
マーゴは妖艶にくすくすと笑った。言い方からして、本当にマーゴはラーラを殺していないのだろう。だとすればなんだ? 他の犯人による他殺とでも言いたいのか?
「ラーラちゃんは、自殺したのよ」
「……自殺?」
「ええ、そうよ。私の目の前で自殺したのよ」
マーゴは、事件の全貌を話し始めた。
宝生マーゴは、氷上メルルを殺した。しかし、五月ラーラのことは、殺していなかったのだ。
マーゴがメルルを殺したその時、偶然掃除にやってきたラーラにその姿を目撃されてしまった。
「ま、マーゴちゃん。メルルちゃんを、殺したの?」
「……」
ラーラは顔を青くさせながら唇を震わせて、後ずさった。幸いラーラが叫ぶことはなかった。ラーラは静かに怯えていた。
口封じのためにマーゴは不意を突いてラーラを殺そうとしたが、ラーラはなぜか突然俯いてわかりやすくわざとらしく隙を見せた。マーゴにはそれがあからさまな罠に思えて、殺すのを踏みとどまった。俯いたラーラの口先が吊り上がっているのが見えた。それはまるでどこか恍惚としているように見えて、今度はマーゴがラーラに恐怖を抱く番だった。
何を考えているのか、マーゴには全く読めなかった。そもそも、彼女とマーゴは根本的なところで相性が悪いのだから。
ラーラは、顔を上げた。顔を青白くさせたまま、いつも通りの笑顔を浮かべている。そして、マーゴにとある提案を持ちかけてきたのだ。
「マーゴちゃん。生産的な話をしようよ」
「……どんな話かしら?」
「あのね、マーゴちゃん。偽装工作、お手伝いしようか? 私が犯人ってことにしてくれてもいいよ」
当然、マーゴはラーラを信じられなかった。恐らくこれは嘘だったのだろう、とマーゴは思っている。だって、そんなことをするメリットなど、ラーラにはないのだから。間違いなく、口八丁に自分が生き残るための醜い嘘だったのだろう。
「その話、あなたに利点がないと思わない?」
「……うん、そう思うよね? でも、君を庇って死ぬ私は、すごくいい子だと思わないかな。人のためになって死ぬ……病気や事故なんかで何も人のためになれずに死ぬくらいなら、人のために死んだほうがよっぽどいいよね」
ラーラはマフラーから顔を出して、勢いよくマーゴに語りかけた。
恐怖のあまり、狂ったのだろう、と思った。狂った人間を完璧に制御して利用するなど、確実性のない話だ。
幸い、マーゴはラーラのことが苦手だ。殺すのにさほど抵抗はない。マーゴはラーラを牢屋の中に引き摺り込んで殺そうと剣を振り上げた。
「だよね。マーゴちゃんならそうすると思ったよ」
刹那、マーゴは手首に鋭い痛みを感じて、思わずラーラを睨みつけた。手首には斬りつけられた跡が大きく残り、血が滴ってしまった。
ラーラの手にはナイフが握られている。もしや、レイアのレイピアと同じように、最初から持たされていたのか。
しかし、ラーラはマーゴにかすり傷しか与えられなかった。ラーラは今、牢屋の中に閉じ込められ、逃げられない状態だ。口封じはできてしまう。
ラーラは、自分から後退りをしながら牢屋の奥へと下がっていった。じりじりと追い詰められ、ラーラはナイフを振り上げる。
マーゴは警戒して剣を構えた——が。
なぜか前方で血が飛び散った。距離があったため、返り血は被らなかった——が。
「……自殺?」
マーゴは誰にも聞こえないような声で呟く。ラーラはマーゴではなく、自分を斬ったのだ。
なぜか自分の腹を切り裂いたのだ。
マーゴはラーラの気が狂ったのだと思った。極限状態になれば、人とは何をするのかわからないものだ。
人に殺されるくらいなら、自分で死んだ方がマシだ。そうとでも思ったのだろう、と。
しかしそれは、五月ラーラの罠だった。ラーラは寸前のところで死んでいなかったのだ。偽装工作をしなければならなくて、時間に余裕のなかったマーゴに油断させるための罠だったのだ。
ラーラは死んだフリをして、ダイイングメッセージを残した。二階堂ヒロが疑われることを分かっての行動だろう。
ラーラは自分の命をかけて、ヒロを守ったのだ。
ヒロはその話を聞いても、あまり信じられなかった。
五月ラーラとは、大した関係もない。ラーラを助けたこともなく、仲がとても良かったわけでもない。それなのにヒロを庇うために自殺をして、ダイイングメッセージを遺した。
「……もっと話しておけばよかったか」
本人の言うとおり、確かにラーラは「いい子」だった。文字通り、人のために命をかけられる人間だ。
ラーラは、あの時の最善の「正しい」行動を選んだのだ。
変な嘘をつくような不思議な少女ではあったが、確かな信念を抱き、それを貫いた。
まさに、どうしようもないほどの根っからの善人。
ヒロはそういう人間は、嫌いではなかった。
「おい、二階堂」
裁判が終わり、部屋に戻って少しして、ヒロは紫藤アリサに珍しく声をかけられた。
アリサは普段よりもさらに無愛想な様子だ。無理もない。同室のラーラが死んで、人が処刑されるところを目の前で見たのだ。ヒロもいつものような調子を取り戻すのにはまだ時間がかかりそうだった。
アリサは、無言でヒロに何かを突きつけてくる。
「アリサ、何の用だ——」
ヒロは聞きながら突きつけられたものを受け取ったが、ヒロが何なのかを尋ねる前に、アリサはその場を去ってしまった。
仕方なく、渡されたものを見ることにする。
「手紙、か?」
ヒロが渡されたのは、手紙だった。几帳面そうな文字で、五月ラーラと書かれている。
まるで遺書のようで、読んでいいのか不安になった。しかしわざわざアリサが渡してくるのを見るに、ヒロが見て良いものなのだろう。
ヒロは紙を広げた。
「きっと私はすぐに死ぬのだろうと、自分でも分かっていました。
けれど死因は何なのか、自分でもわかりません。自殺だろうなー、なんて軽く考えてみます。当たってるかなぁ。
えっと、話が逸れちゃったね。ヒロちゃんにお手紙を書いたのは、私のおせっかいです。君とはそこまで話すこともなかったけど、でも、ノアちゃんと喧嘩してるみたいだから、心配になっちゃって。
私の得意料理のレシピを同封しておくから、よかったらみんなで作って仲直りでもしてください。
みんな、元気でね。私はいい子で死ねましたか?」
封筒から、トマトのタルトと書かれたレシピが落ちる。美味しいのか、かなり疑わしいタルトだ。
ヒロは手紙を握りしめた。強く、紙にシワができそうなほどに。
「……ああ。君は悪い子だった」
ヒロは呟いてから、苦笑いした。もしそう言えば、彼女は自分のジョークが全く周囲の空気を和げないと気づいてくれたのだろうか。
しかし、もうそれを確かめることはできない。
ヒロは、小さく首を横に振って独り呟いた。
「嘘だ、いい子だったよ」