甲高い叫び声と共に発見されたのは、城ヶ崎ノアの死体。
第一発見者は、佐伯ミリア、蓮見レイア、沢渡ココの三人。
殺された現場と思われる部屋では、血痕のついた矢が転がっており、蝶のような形の血溜まりがあった。
さらに、部屋の端には先に白いペンキと血痕の付着した箒が置いてあった。
ノアの死体は廊下にあり、何かに引き摺られたような跡があったことから、間違いなく他殺であると判断できる。
初めての魔女裁判は、こうして始まることになった。
「まずは死体の状況を整理しようか」
蓮見レイアは、冷静に重たい一言目を声に出した。
「えっと、ノアちゃんの死体は廊下で見つかったんだよね。現場には何かで引きずられたような跡が残ってて、部屋には白いペンキのついた箒が残ってたんだ」
「じゃあ、犯人は城ヶ崎を殺した後、箒を使って城ヶ崎を廊下まで引きずったってことか」
アリサの意見に、ラーラは「そうだろうね」と同意した。
普通に考えれば、ノアを殺した犯人と廊下まで引きずった人物は同じはずだ。なぜわざわざ目立つ場所に引きずったのか、疑問は残るが。
「次は凶器かな。普通に考えて、凶器は地面に落ちている矢だと思うよ。矢には血痕も付いていたから、これは間違いないと思う」
「えっと、つまり犯人は矢でノアちゃんを刺し殺した後、箒を使って牢屋の外に引き摺り出したってことかな」
「そうなりますねっ」
ラーラは犯人を絞り出そうと精一杯知恵を振り絞るも、犯人がちっともわからない。
しかし、死体の現場を見たとき疑問に感じた点は幾つかある。まずは地面についた傷の位置。あれは恐らく、矢でつけられた傷ではない。
「……いつまでとぼける気だよ」
「え?」
アリサの鋭い声が、ラーラに突き刺さった。ラーラはまさかそんなことを言われるとはあまり思わず、瞬きをして首を傾げた。
「五月が城ヶ崎を殺したんだろ」
「わ、私!? ど、どうしてそんなこと言うの!?」
「城ヶ崎の死体が発見される直前、五月は部屋で掃除をした後にゴミを捨てに行った。しかも、ゴミを捨てに行くにしては長い間帰ってこなかったんだ。
……どう考えても五月が怪しいだろ」
……ラーラが長い間帰って来なかったことは、やはり不審に思われていたらしい。
それも仕方がないことだ。ラーラがゴミを捨ててから戻ってくるのには、約五分の時間を使っている。普通、数分で済むことだ。
「それには理由があるんだよ」
ああ、確かにラーラは怪しい。
でもそれを待っていた。
「私はゴミを捨てに行った後、すぐ手を洗いに行ったんだ。掃除した後に手を洗わないなんて、嫌だからね。でも、その時ノアちゃんの死体は廊下になかったよ」
「つまり、仮にラーラちゃんの証言を信じるなら、死亡推定時刻は絞られてくるわね」
マーゴは目を細めながら、ラーラを見た。
ラーラはそうだね、と頷く。そうだ、ラーラが見ていないとなれば、おのずといろいろなものが絞られてくるのだ。
「ラーラちゃんがゴミを捨てに行った時、何時だったかしら?」
「ええと、時間はあんまり覚えてないんだけど、配信で言うとゲストでレイアちゃんが登場して、少ししてからだったと思うよ」
「なるほど、ではその後から死体が目撃される間に、ノアさんは殺されたんですね」
だとすれば、今回の事件はアリバイから絞れば、犯人が簡単に割り出されてしまうだろう。
あくまで、ラーラの証言を信じるなら、の話だが。
「じゃあ、その間に配信をしてたあてぃしらは絶対殺せないってことじゃん」
「そうなるわね。他にアリバイがある人はいるかしら?」
「私はメルルさんとハンナさんと一緒に配信を見てましたから、私たち三人は犯行が不可能です!」
まず、シェリーが手を挙げた。
さらに、マーゴが自ら打ち明ける。
「私はナノカちゃんと一緒に部屋に居たわ」
「ボクとアンアンちゃんは、医務室で配信を見てたよ」
「……ということは、犯人はアリサさんかラーラさん、ということになってしまいますけど——」
全員の視線がアリサとラーラに集まる。
いや、正確にはラーラへ、だ。
普通に考えれば、ゴミを捨てるためにわざわざ外に出るなど、怪しいこと極まりない。
「そういえば、ノアさんの遺体は箒で引き摺られたのでしたわね。それなら、掃除をしていたラーラさんなら、自然に犯行ができてしまいますわ!」
「大きいコートとマフラーですし、凶器も隠せそうですね!」
ラーラは無駄に大きなコートとマフラーを身につけている。確かに矢が凶器なら、ラーラであれば簡単に隠せるだろう。
ラーラは首を横に振った。
「そ、そんなことないよ! 私が殺すなんて……そんな、そんなことできないよ!」
「五月ラーラ。犯行ができないなら、ちゃんとした理由を言って」
「だ、だって、私はみんなに誇れるような、いい子でありたいんだよ。人を殺す、なんて、そんなの悪い子になっちゃう」
「感情論は後にして欲しいんだけど」
ココとナノカに詰められて、ラーラはたじろいだ。
どう考えても、犯人は明らかだ。まだアリサが犯行をした可能性が僅かに残っているものの、ラーラのたじろぎ方は何かあると自分で言っているようなものだった。
しかも、アリサが殺したのなら部屋から一度は離れているはずだ。
アリサも一度部屋から離れた。
そう証言すればいいはずなのに、それすらも言わないのは、ラーラに偽善者としての誇りが残っているからか、ただ頭が回らないだけなのか。
「ラーラくん、君がノアくんを殺したのかい?」
「……」
ラーラは下を向いて黙り込んだ。
反論の余地もない、ということだろうか。ここでの沈黙は、実質肯定を意味する。
もはや、犯人は決まった。誰もがそう思ったその時だった。
「ちょっと待って!」
割り込んだのは、エマだった。
「何が待って、だよ。もう犯人は決まったっしょ?」
「でも、さっきのラーラちゃんの話、ボクには違和感があるんだ」
ココは、眉を顰めた。
ラーラの話に、違和感? 確かに手を洗った、じゃなくてノアを殺した、が正しいのだろうが——。
しかしエマは、そうは思えなかった。
「ラーラちゃん。もしラーラちゃんがノアちゃんを殺したなら、どうしてわざわざボクたちに、自分が不利になるような発言をしたのかな」
「だって……死体を見たけど逃げてしまった、なんて言ったらもっと怪しいよ」
「ラーラちゃんも配信を見ていたなら、視聴者数からみんなアリバイがあるってことは分かってたはずだよね。だとしたら、どうして、自分から犯人だと分かるようなことを言ったのかな」
ラーラは、思ってもいなかったことを言われて、しばらくそれらしい言い訳を考えるために、黙り込んだ。
マフラーに隠れた口元を擦り合わせて、それからようやく思いついた言葉を口に出した。
「私、馬鹿だから、そんなこと考えもつかなかったよ」
「ボクは、ラーラちゃんはそんなことをするような人には思えないんだ。
最初、ゴクチョーに嘘をついたのだって、探りを入れるためだよね。そんなことができる人が、こんな簡単なミスを犯すかな」
「誰にだって、失敗はあるよ」
エマは首を横に振った。
やはりラーラはおかしい。まだ殺害方法すら割り出せていないし、アリサが殺した可能性だって拭いきれていないはずだ。
それなのにどうしてわざわざ、こんなに犯人になりたがるような言動をしているのだろうか。
なんて思われてしまっただろう、とラーラは今更ながら心の中で懺悔した。
「ラーラちゃん、もしかしてラーラちゃんは犯人を庇ってるんじゃないかな」
「……どうしてそう思う?」
「ボクはてっきり、ノアちゃんを殺した人が死体を動かしたんだって信じこんでたんだ。でも、もしそうじゃないんだとしたら」
「そっか、なるほどね」
ラーラは口元を覆っていたマフラーを下げて、穏やかに笑った。初めて見せた口元は、柔らかな弧を描いている。犯人だと疑われている人物とは思えない笑顔だった。
真っ黒な瞳がさらに黒ずんで、まるで光のない暗闇を覗いているかのように錯覚させる。
全員が固唾を飲んで、ラーラの挙動に目を光らせた。
「すごいね、エマちゃんは。うん、君がそこまで正確に言い当てるとは思ってなかった。
……ごめんね。そうなんだ、私は残念なことに、ノアちゃんを殺してないんだよ」
エマの言葉を否定すれば、まだまだ自分が犯人だと、簡単に押し付けられるだろう。エマの意見は推測でしかない。
しかし否定しないままでは、「悪い人」の味方に付きすぎている。ラーラの目的とは逸れてしまう。
「は? じゃあ嘘ついたってこと?」
「うん、でも半分嘘だよ。だって廊下ではノアちゃんの死体は見てないからね。
だって、ノアちゃんの死体を動かしたのは、私だから」
「は?」
ココは呆気に取られて言葉を失った。
——五月ラーラは、城ヶ崎ノアの死体を最初に見つけた後、手に持っていた箒を用いて城ヶ崎ノアの死体を動かしたのだ。
「つまり、城ヶ崎を殺した犯人は五月と仲がよかった人物——」
「いやいや、それは関係ないよ。私、犯人なんてわからないから」
「あ?」
アリサは、あまりに意味がわからない、と言わんばかりで硬直した。
「言ったよね、私はいい人でありたいって。だからね、私は悪い人にも平等に味方するんだよ。
でも、悪い人ばかりに味方するわけじゃないよ。だから今素直に打ち明けたんだ」
ラーラは、手を後ろに組んだ。足をぶらぶらとさせる様は、裁判の緊張感を感じさせない。
「私はみんなの味方だから。だからね、みんな私に投票してくれていいよ。私が犯人の代わりに処刑されるから」
「いやいや、だとしたら人殺しの真犯人を野放しにするってことになるじゃんか!」
「え? あぁ、本当だ。どうしよう、困ったね」
ラーラは大袈裟に肩をすくめた。
野放しになったとしても、もしかしたらこれに懲りて殺人しないかもしれないし、どちらにせよ代わりに処刑されるなら、ラーラには関係ないことだ。どうでもいいことだ。
悪い人の代わりに処刑されるいい子として死ねるのなら、それ以上の幸せはあるだろうか。……いいや、ない。「いい子」であること。この世でそれ以上の幸せはないのだ。いい子でない自分になんの価値があるだろうか。ああ当然何もない。
「ごめんなさいね、とりあえず、しばらくラーラちゃんは黙っていてくれるかしら? 裁判がややこしくなるだけだわ」
「あ、そっか、ごめんね。迷惑かけちゃったかな。私の証言が必要だったら、いつでも教えてね。私が第一発見者だから」
ラーラはマーゴに言われた通りに、黙りこくった。
証言こそ言われればしたものの、自分から口を開くことはしなかった。それは真犯人が蓮見レイアであると明らかになるまで続き、投票をするまでラーラが喋ることはなかった。