城ヶ崎ノアを殺したのは、蓮見レイアだった。
ラーラは想像もしていなかった犯人に、驚きを隠せないでいた。
別に犯人が誰であろうとも、ラーラが味方につくのは当然のことなのだが、まさか蓮見レイアだったとは。
「ラーラくん、まさか君が私を庇ってくれるとは思わなかったよ」
「ううん、最後まで庇いきれなくて、ごめんね。
……あーあ、残念だなぁ。みんな、私に投票してくれればよかったのに」
ラーラは人の良さそうな笑みを浮かべた。
ラーラは自分に投票したが、それ以外の票はレイアに投票され、レイアが処刑されることになった。ラーラはひどく落胆した様子を隠しもしない。
そんなラーラを、ココは胡乱げに指差した。
「もうコイツが犯人でいいんじゃない?」
「……」
アンアンがスケッチブックに「同意だ」と書いてこちらに見せた。
——蓮見レイアの処刑は、悍ましいものだった。
無数の針に串刺しにされるレイアは、見ていられないほどに悲惨だった。
レイアの最後に放った本音は、誰もが忘れられなくなるほどに強烈であった。
「……ごめんね」
ラーラは呟いた。
また一人、助けられるはずであった人を救えなかった。やはり命は、いとも簡単に手のひらからこぼれ落ちていく。
せめてその死後が安らかであることを祈って、ラーラは軽く手を合わせた。
「五月ラーラ」
一人でレイアが処刑された場所を眺めていたところで、黒部ナノカが声をかけてきた。
その声は硬く、警戒心に満ちている。
ラーラはそれに気づいていないふりをして、キョトンと間抜けな顔を晒した。
そして、ナノカはラーラに銃口を向けた。
ラーラは流石にそんなことをされるとは思わず、「ちょ、ちょっと待ってよ!」と叫んだ。
「私はこの牢屋敷の黒幕を探しているの」
「く、黒幕?」
「そう。この殺人ゲームを仕組んでいる黒幕が、私たちの中にいる。私の魔法——幻視を使って、それを知ったの」
「えっと、もしかして私、疑われてたりする……のかな」
ラーラは冷や汗を流した。
悪い人を庇って「いい子」として死ぬのは本望だが、裏切り者として殺されるのは勘弁だ。
しかしラーラは武術の心得なんてないし、そもそも武器なんてナノカのように持ち歩いていない。
「正確には、もう一人怪しい人物がいるわ」
黒部ナノカはラーラの横にいた、佐伯ミリアに銃口を向けた。
「佐伯ミリア、あなたの中身は子供なんかじゃない」
佐伯ミリアの魔法は、入れ替わりの魔法。
それを使って本来のミリアの中に入り込んだ成人男性が、今目の前にいるミリアなのだと、ナノカは断言した。
そう言われて顔を青くするミリアは、首を横に振った。
「黒幕なんかじゃないから! 信じて!」
「そうだよ、人を疑ってばかりいたら、みんなにとってもストレスだよ」
「……あなたがそれを言うのかしら、五月ラーラ」
次はまた、ラーラに銃口を向ける。
ラーラは強い殺気をひしひしと感じて、マフラーの中に口元を隠して一歩後ろへと下がった。
「怪しいのは、あなたも同じよ。犯人ではない自分に投票させようとするなんて、私たちを全滅させたいとしか思えない」
「そんな。私は全滅させたいわけじゃないよ。ただ、みんなに生きていてほしいだけなんだ。私は全員の味方だからね」
「それは黒幕にも当てはまるのかしら」
「うーん、どうだろうなぁ」
ラーラはこれまでどんな人も庇ってきた。
しかし黒幕が、どうしてもラーラにとって許せない存在となった時、ラーラは黒幕の味方にはなれないかもしれない。
でもラーラはみんなの味方だ。誰にでも寄り添える、「いい子」だ。黒幕にもなるべく味方で居てあげたい。
そんなラーラの気持ちを読み取ったのか、ナノカの目はさらに鋭さを増すばかりだ。
そんな空気の中、シェリーは場に合わない無邪気な声で、元気よく間に入った。
「んー、私にはラーラさんが黒幕とは思えませんけどね! 小さい頃から、ラーラさんって割とずっとこんな感じですし」
「それはそれで問題あるだろ……」
アリサは重たい息をついた。
こうして、一度目の魔女裁判は「黒幕」という存在が浮き彫りになり、さらに凡人のはずの五月ラーラの異常性が明らかになって、終わったのであった。
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「あれからみんな、脱出のために大忙しみたいだね」
ラーラは箒で意味もなく地面を掃きながら、アリサに話しかけた。
「テメー、ウチに着いてくるなって言っただろうが」
「私は残念ながら力になれない……どころか近づかないでと言われちゃったからね。困ったな、私もみんなの力になりたいんだけど」
「だから、着いてくんなって言ってるだろうが!」
湖のほとりの地面——つまり土を箒で掃いているラーラは、ようやくアリサの方を向いた。
全く悪びれていないし、怯えてすらいない顔であった。
アリサはあの裁判から、ようやく面倒な奴と同室になってしまったことを自覚した。
あれだけ裁判で大暴れしたラーラだ。当然彼女のことを知っていた橘シェリー以外からはことごとく距離を取られ、すっかり居場所を失ってしまったらしい。
そして意外にも一人で居るのは嫌なのか、同じく孤独を貫いているアリサにしつこく付き纏ってくる。
それが現状であった。
いくら怒鳴りつけても脅しても、ラーラは一瞬怯える様子を見せたものの懲りないのだ。殴ると脅しても、好きなだけいいよと言われる始末。脅せば脅すほど、こちらの精神が削られるばかりだった。
「ウチに近づくなって、言っただろうが」
「分かった。五メートル距離を保つね」
「そういうことじゃねぇ!」
「分かった。六メートルにしておくよ」
だから、そうじゃない。
と言い返すのも面倒になってきた頃だった。
ラーラは箒を放ってコートの中にしまっていた本を取り出して、確かに本人の宣言通りに六メートルほど間隔を空けて読み始めた。
「なんでわざわざウチに付き纏うんだよ。橘について行けばいいだろ」
「シェリーちゃんに付きまとえば、結果的に他の子と近づくことにもなっちゃうでしょ? どうやら、私が居るのは良くないみたいだからね。距離を取ることにしたんだ」
「だったらなんでウチには付き纏うんだよ」
「私、ウサギなんだよ」
ラーラはぽやっと空を見上げて、当然のことのように話を始めた。
「私が使える魔法はね、本当はウサギに変身する魔法なんだ」
「は?」
「ウサギは寂しくなると死んじゃうらしいよ。だから一人で居たら私も死んじゃうんだよ」
「おめぇ……何デタラメ言ってんだよ」
「うん、嘘だよ」
コイツの虚言癖はどうにかならないのかと、アリサは頭を抱えかけた。
ラーラは、悪戯っぽく笑うこともなく、いつも通りに穏やかに笑った。
「今のは半分、嘘だよ」
「は?」
「うーん、やっぱり、半分の半分嘘かな」
どこが嘘でどこが本当なのか、ラーラに聞いても全く意味がないだろう。
そう思ったが、珍しくラーラは本についた汚れを落とした後、手で髪先をいじりながらさらに続けた。
「とにかく、私は寂しがりやなんだ。だから、六メートル離れたところに座っていていい? 君しか頼れなくて」
「……勝手にしとけ。どうなっても知らないからな」
「うん、分かったよ」
アリサは折れた。
いや、そもそも六メートル先に居るだけだ。それ以上は、何もないはず、だ。
そのはずだ。
——断言できないのは、事件が起きる際のラーラがあまりに常識から逸脱しているせいであった。
レイアが処刑されてから、アリサとラーラを除いた他の少女たちは脱出のために団結しているようだった。
どうやら、気球でも作って脱出を測るようだ。ラーラはその話を聞いたわけではなかったが、少女たちの動向を見てそう察した。
五月ラーラならいつ気球を破壊するか分かったものではない。とでも思われているのだとばかり思っていた。
だからこそ、ラーラにとってこの接触は不可解であった。
「あれ、エマちゃんとシェリーちゃん? 私に用でもあるの? それとも、アリサちゃんにかな」
ラーラがいつも通り趣味の掃除に没頭していれば、ラーラの部屋にエマとシェリーが尋ねてきたのだ。
ラーラは箒を掃く手を止めて、穏やかに微笑んだ。
ハンナやメルルがいないのは、ラーラに怯えているからだろうか。ラーラに人を傷つける悪意なんて、全く存在しないというのに。ラーラの信念を履き違えていると、ラーラは悲しくなった。
「どちらにも用があったんですけど、ラーラさんしかいないみたいですね」
「うん、アリサちゃんはおあいにく居ないんだ。それで、私になんの話かな。君たちが一生懸命作ってる気球の話?」
「ラーラちゃん、知ってたの?」
「分かりやすかったからね」
分かりやすくなければ、ラーラは察せない。あくまでも普通に考えてわかることしか、ラーラは推理できないからだ。
アリサに話があるのは、十中八九気球の熱をアリサに頼みたかったから、だろう。アリサの魔法を考えれば、それしか有り得ない。
しかし、ラーラの地味な魔法がどう役立てるというのだろう。それともラーラに特殊な技術力でも期待しているのだろうか。
「えっと、それで私は何をすればいいのかな」
「ラーラさんの魔法は、汚れを消す魔法って言ってましたけど、その汚れ範囲ってどこまで含まれるんですか?」
「え? 考えたこともなかったなぁ」
今まで消したものを思い浮かべてみる。
しつこい皿の汚れ、なかなか取れない服のシミ、血痕、指紋、自分の汚い感情——。
普通の汚れだけでなく、概念的な汚れまで消せているとなれば、よく考えれば、範囲はそこそこ広いのかもしれない。
「基本何でもいけると思うよ。長く使うのは無理だけどね」
「じゃあ、汚れだと思えば、雨とか雲とかも消せますか?」
「ええっ!? 無理だと思うけど、試してみないとわからないなぁ」
エマとシェリーは顔を見合わせた。
「ラーラちゃん、魔法の範囲を試して、消せそうだったらボクたちに協力して欲しいんだ」
「うん。もちろん、いいよ。むしろ手伝えることがあったら、手伝いたかったんだ」
ラーラは迷いもせずに頷いた。
しかしかえってそれが怪しく見えたのか、エマが一瞬だけ眉を下げた。しかし、シェリーがエマの肩に手を置く。
「ラーラさんは事件が起きない限り、信用できますよっ。それは私が保証しますから!」
「……? 事件が起きても信用して欲しいなー、なんて」
「それは無理なお願いですね!」
シェリーは元気よく突っぱねた。
ラーラは残念そうに肩を下ろしたが、そう言われるだろうと薄々分かっていたので本当はあまり落胆していない。
ただ人助けがしたいだけなのだが、どうしてこんなにも理解されないのだろう。
ラーラはマフラーを引き寄せてその中で息を吐き出した。