「今回のハンナちゃんの死因だけれど、自殺ではなく他殺であることは間違いなさそうね」
「は?なんで?」
「そこに居るラーラちゃんが証人よ。そうでしょう?」
遠野ハンナ殺人事件の裁判は、ハンナの死因について話し合うことから始まった。
両足を負傷し、車椅子に座っているラーラはマーゴに話を振られてこくこくと首を縦に振る。ラーラはひどい大怪我を負っていたが、本人の希望もあり、参加することになった。
「うん、確かに私は犯人を見たよ。この足の怪我が何よりの証拠だよ」
「どうせ、自作自演に決まってんじゃん!」
「自分の両足をナイフで地面に縫い付けるなんてこと、普通するかよ」
「普通に当てはまんないヤバ女だから言ってるんじゃん」
ラーラは困りきって、眉を下げて狼狽えていたが、コホンと喉を鳴らした。アリサとココが険悪な雰囲気のまま黙りこくる。その流れのまま、ラーラは本題に入り始めた。
起きたことを話さなければならない。
「私は昨日の深夜、抜け道を使って散歩してたんだ。ほら、ミリアちゃんの事件からなんだか眠れなくて。そうしたらハンナちゃんと出会ってね、それで話しながらゲストハウスの前まで来たら、黒い服を着た人がゲストハウスに入っていくのが見えたんだ」
「く、黒い服ですか?」
「うん、黒いローブで顔を隠してて、顔がよく見えなかったよ。私は怪しいと思ってその人の後を追うことにした。そうしたら物音を立ててしまって、このザマだよ」
ラーラは自虐して足を見せびらかすように、手を上げた。
ラーラはさらに話を付け足していく。犯人の顔や服装は、暗かったのもあり、全く見えなかったこと。身長も犯人の横に立たなかったこともあり、把握できていないこと。
ラーラの証言は犯人の顔は明らかにしなかったが、一つ大きく確定させたものがあった。
「つまり事件は深夜の間に起きたんだね。ラーラちゃん、詳しい時間って覚えてたりするかな」
「え?時間?……うーん、ごめん、全く覚えてないや」
「となると、深夜ってことしかわからないってことですね!」
ラーラはあまり時間を確認する習慣がない。ぼんやりしていれば、時間が過ぎていることが多い。
「次にハンナちゃん殺害に使われた凶器ですけど、絞殺って考えるのが良さそうですよね」
「ちょっと待って」
エマは、シェリーに反論した。
確かにハンナの死体は首を吊られていたが、調査していくうちに、絞殺だけではない死因が浮かび上がってきたのだ。
「煤が付いてるせいで分かりにくいけど、ハンナちゃんの腹部には、刃物で切り裂かれたような傷跡があるんだ。刃物で殺された後に首を吊られた可能性もあるよ」
「そうなんですか!?」
シェリーは驚いたのか目を丸くさせた。ラーラもエマの意見に賛成して、首を大きく縦に振った。
そして証拠品を出す。ラーラの足を地面に縫い付けるのに使われた、ナイフだ。
「犯人はこんなのを持ってたんだから、ハンナちゃんを刃物で殺してても、おかしくないはず……だよ」
血痕は綺麗に拭き取られて惨さこそないものの、ナイフは鈍い輝きを放っていた。
ハンナの死因としては、ナイフによる刺殺、それからロープによる絞殺の二つが考えられることになった。
時間帯は、深夜。ここまでは分かったわけだが。
「ねぇ、ラーラちゃん。少しいいかしら」
マーゴは穏やかに笑いながら、ラーラに呼びかける。ラーラは不思議に思いながら、首を縦に振った。
「ハンナちゃんとどんな話をしていたの?実はさっきから、疑問に思っていたことがあったの」
「何かな」
「あの部屋、あまりに荒れていたのよ。まるで喧嘩した後みたいにね。それにあなたの頬にできたあざ、どう見ても殴られて作られたものよ。それ、凶器を持っている犯人がやったなら、ナイフで傷をつけると思わない?」
「うーん」
ラーラはしばらく黙りこくってから、自分の髪の毛をくるくるといじった。目を合わせないようにしながら、ラーラは困った顔で曖昧に頷いた。
「はっきり言っちゃうと、私昨日ハンナちゃんと喧嘩したんだよね」
「え?」
「私のこと悪い子なんて言うからさ、つい揉めちゃって。それで殴られて、部屋も荒れちゃったんだよね。それでその隙に犯人に襲われてあっさりやられたってわけ」
しん、とその場が静まり返った。
と言うことは、怪しいのはつまり——。全員に見つめられる中、桜羽エマだけが「まだ分かってない謎があるよ!」と口を挟んだ。
そして桜羽エマの証言により、新たなことが明らかになった。
まず、ゲストハウスの場所が入れ替わっているということ。つまり、深夜の前であろうと、犯行が可能だったと言うことにもなる。
ラーラの証言であれば深夜に犯行が行われたとのことだが、それを信じないのであれば、深夜でない夜に犯行が行われた可能性があった。
そして真犯人は、怪力の持ち主である橘シェリーに決定しかけ、エマが尋問をしようとしたその時だった。
「んー、今更だけどさ」
ラーラが口を挟んだ。
ラーラは、すっかりまたも信用されなくなって本人も自覚していたのか黙りこくっていたが、どうしても話しておきたいことがあったのだ。
「犯人を見たってやつ、あれは確かに嘘だよ。私、偽装のために、自分で自分の足にナイフを刺したし」
「げっ、気持ち悪っ」
「でも、ハンナちゃんと喧嘩したのは本当なんだよ。でも続きがあるんだよね。
私がハンナちゃんを殺そうとしたから、揉めちゃってね。それであの惨事になったんだ」
「は?」
もはやリアクション役になってしまったココは、予想外なことを言われて、ラーラをまじまじと見つめた。気持ち悪いくらいに真っ暗でドロドロとした目。平常運転の目である。つまり通常運転だった。
「私、ハンナちゃんのお腹を刺しちゃったんだよ!でも私って弱いからさ、ハンナちゃんにその後気絶させられちゃって、そこから記憶がなくてね。
それで気づいたら、ハンナちゃんの首が吊られて死んでたんだよ!私が刺したせいで殺したかもって思ったら、怖くてね。それで足にナイフを刺して偽装したあとに驚いたことに、ゲストハウスが燃えたんだよ!
……うん。私が何を言いたいのか、わかる?」
ラーラはふわふわと笑った。
その事実を整理してラーラの言いたいことがわかったのか、エマは顔を青くしてぽつりと呟いた。
ラーラはハンナと揉めて、喧嘩になり、持っていたナイフで腹部を刺した。そして、その後シェリーがハンナの首を絞めた。
そうなると、とんでもないことが起きてしまう。
「……もし、ラーラちゃんともう一人の犯人の犯行のタイミングが重なっていた場合、ボクたちじゃこれ以上犯人を特定できなくなるんだ」
「は?何それ」
「つまり、首を絞められる前にハンナちゃんが死んでいた可能性があるってことよ」
「もしもう一人の犯人が首を絞める前に、ハンナちゃんの生死を確認してたら、わかるかもしれないけど……」
殺人をしているとき、冷静にハンナの生死を確認するなど、普通はできないだろう。
ラーラは、残念そうに言った。
「首を吊られて死んだのか、それとも私が殺したのか、死因は不明ってことだよ。
もちろん私もわからないよ。死んだのを確認する前に、気絶させられちゃったんだから。
ああ、もし私が殺してたら、大変なことだよね。私はいい子どころか、どうしようもない悪い子になっちゃうんだから」
犯人はゲストハウスを移動させて自分のアリバイを作ろうとした橘シェリーなのか。
ハンナに襲いかかって腹部をナイフで刺したラーラなのか、わからない、ということだ。
首を絞められる前に実は死んでいたかもしれない。犯人は気づかずに死者の首を絞めたかもしれない。
逆に、失血死する前に絞殺されたかもしれない。
それは、首を絞めた犯人が確認していない限り、永遠に不明だ。
これがラーラの狙いだった。
ラーラは賢くない。どうすればシェリーを庇えるのか、なかなか思いつかなかった。しかし、本当にラーラがハンナを殺した可能性を提示して仕舞えばどうだ。
その前にヘイトを買っていたラーラが、多く投票されることになるだろう。
「じゃ、じゃああてぃしはヤバ女に投票するけど……」
「そうね、どちらが犯人なのか分からないなら、危険な方を処刑するべきだわ」
ほら、やっぱり。ラーラはこれで処刑される。これで、シェリーと昔交わした約束も果たせる。
どんなことがあっても、シェリーを助けて、シェリーの味方でいる。そう約束したのだ。その約束を果たして死ねるなら、ラーラはまさしく「いい子」に——。
「違いますよ」
水を差すようだった。
シェリーは、困った顔でラーラを見た。ラーラはひどい胸騒ぎを感じた。まるで、自分の成そうとしていたものが、ぼろぼろにされそうな、そんな嫌な予感。
「だって私がハンナさんの首を絞めた時、ハンナさんのお腹に血はついてませんでした。もしハンナさんが怪我をしていたなら、私の服に血痕が付くはずです。
ラーラさん、本当はハンナさんが死んでからナイフを刺したんですよね」
「違う!」
ラーラは感情的になって叫んだ。
「違うったら違う!」
それは図星だと言っているようなものだった。
そうだ、ラーラはハンナが死んだ後に偽装した。だって、シェリーがいつ殺すのか分からなかったから。ラーラが考えるよりもずっと早く、殺人を実行に移してしまったから。
ラーラが殺した可能性は、ゼロだ。
まさかシェリー自身がそれを打ち明けるとは思わなかった。だって言わなければ処刑されずに済んだ話だ。シェリーしかその事実を知らないのだ。仮に、言わなければ、言わなければ——!なんで、どうして!
「ラーラさんは、死体を見つけたあと、ナイフでハンナさんのお腹を刺して、自分の顔を殴ったんです。そして、足にナイフを刺して気絶したふりをした。そうですよね」
「なんで、なんでそうなるかなぁ!」
ラーラは論理に欠けた反論を繰り返したが、抵抗虚しく、処刑されるのはシェリーになってしまった。
火炙りにされるため、火の下に縛り付けられたシェリーに、ラーラは迷いなく近づこうとして、エマやアリサに押さえつけられた。ラーラはそれでも暴れる。しかし、足を負傷しているのと、本人も言っていたように非力なのも相まって、大した抵抗ではなかった。
「なんで、なんで!私が、私が死ねばいい話だよね!君が死ねば、私がいい子になれないんだよ!」
「テメェ、最悪だな」
アリサに蔑まれるが、ラーラはもう吹っ切れて叫び続けた。もはや繕っていた「いい子」の仮面すら剥がれ落ちて、激情に染められた本性が顔を表す。
「このバカ!大バカ!クソゴリラ!私はいい子になれればそれでいいんだ!それなのに、勝手に死んで!友達に死なれるくらいなら、私が死んだ方がマシだよ!こんな、友達も守れない、私、なんて……」
そんなの、悪い子、だ。
ラーラは言えずに飲み込んだ。
が、シェリーはラーラが言わんとすることを分かったらしかった。火に炙られて苦しそうにしながらも、首を横に振った。
「ラーラさんは、悪い子じゃありません!私がラーラさんを死なせたくなかった。それだけなんです」
「……」
ラーラは下を向いたまま、黙った。暴れるのもやめてしまって、静かに耳を塞いだ。
ラーラがどんな顔をしていたのか、誰にも見えなかった。
ただ、あの五月ラーラにも確かに人の心はあって、きっといい子になれなかったことより、友達を守れなかったことが許せなくて、それで、怒っていて。しかしアリサに言われたことを律儀に守って感情は消さないで、自分で押さえつけようとしているのだろう。
アリサは、焦げ付く匂いを感じながら、そう感じていた。