黒部ナノカの死体が見つかったことで、ラーラの処刑は後回しになった。
また、ナノカを殺した犯人を探す裁判を開かなければならないからだ。
ラーラは見張りを付けるなら、調査をしていいと言われた……のだが。ラーラのあの無気力さを見ていれば、調査をする気力はないだろう。
「ラーラちゃん」
「……何かな」
エマはそう分かっていた上で、ラーラに話しかけた。ラーラは珍しく不機嫌を全面に出したような態度をしている。しかし、どうしてもラーラには協力して欲しかったのだ。
ラーラはこれまで、犯罪の手助けばかりに自分の力を使っていた。ラーラが味方についたとして、ラーラが心強い味方になるかなんてわからない。
ただ、ラーラを放っておくのは不味いとは思っていた。五月ラーラという人間は、何をしでかすのか分かったものではない。
「よかったら、ボクと一緒に調査をしてくれないかな」
「嫌かな。私、もうどうでもいいんだよね。私は悪い人になったんだよ。誰の味方をしても、誰を助けても、私がいい子になれる日は永遠に来なくなった。こんな人生、くだらないよね」
「ラーラちゃんは、どうしてそんなにいい子でいたいの?」
ラーラは黙り込んでから、重々しくため息をついた。エマは黙らせまいと、ラーラをじっと見つめる。耐えかねたのか、ラーラはまたため息をついてから話し出した。
「……最初は、トマトのタルトが食べたかったから」
「と、トマト?」
「私がいい子に相応しい点数を取れば、お父さんがトマトのタルトを作ってくれた。私はそれが欲しくていい子になれるように頑張ってたけど……今は、自分ですらどうしてここまで固執しているのかもわからない」
初めて、五月ラーラの仮面を一枚剥いだ気がした。人に誇れるようでありたいと言っていたのはあくまでもいい子が言う発言を模倣しただけであって、ラーラの本心ではなかった。ラーラの本心は、本人ですらわからないのだ。
「じゃあ、ラーラちゃんがいい子の行動をしたかった理由って……」
「私は人のためにいい子になろうとしてるんじゃない。自分のためにいい子になってるんだよ」
「本当に自分のためだけにやってたの?」
「え?」
「シェリーちゃんを庇ったのは? アリサちゃんを消さなかったのは? 本当にそれだけなのかな」
「……もういい。どうでもいいよね? 私はアリサちゃんを殺したんだから、もういい子になれな———いや、おかしい」
ラーラは呆気に取られた顔をして、固まった。しばらく黙りこくる。
何がおかしいのかは、さっぱりエマにはわからなかった。エマはこてんと小動物のように首を傾げた。
「いや……もしかしたら———いや……」
ぶつくさとひとしきり独り言を呟いて、ラーラは突然エマに向かって手を差し出した。
「私じゃ力になれないかもしれないけど、エマちゃんの調査について行ってもいいかな?」
「え!? う、うん。でもラーラちゃん、大丈夫?」
「いや……」
ラーラは首を横に振った。
マフラーに口を埋めて腕を組んでいるラーラは、いつも通りに見えるが、いつものように穏やかな表情ではなかった。余裕がないのだろう。
「どうしても調べたいことがあるんだ。君と話して冷静になったんだよ。だから今更思いついたことがあって」
「思いついたこと?」
「醜い現実逃避かもしれないけど……もしかしたら、私はアリサちゃんを殺していないのかもしれない」
エマは一瞬、ラーラの正気を疑った。ラーラはあれだけ「いい子」にこだわっていたのだから、さらにおかしくなっていても仕方がない。
しかしラーラの目はいつものように薄暗くドロドロとしてはおらず、むしろ憑き物が取れたかのように普通の目をしていた。
「そもそも、アリサちゃんはほとんど魔女化してたんだよね。魔女化したら、特殊な方法でも使わない限り、死なないんでしょ? そんなアリサちゃんが頭をぶつけたくらいで死ぬかな……とか、考えちゃって」
「確かに、アリサちゃんの手は、もうほとんど……」
「うん、魔女化してたよね。と考えれば、やっぱり犯人は別にいるのかもしれない。しかも魔女の殺し方を知っている人物……黒幕と考えるのが自然だよね」
ラーラはマフラーの縁に手を当てて、考え込んだ。ラーラがこうしてまともに推理のために頭を使うのは、初めてだ。
ラーラはしばらく黙りこくる。ラーラが話し出すまで、エマはじっと待ってくれた。
「そういうわけだから。私は犯人の味方じゃなくて、全面的に君たちに協力するよ。これは誓っておくね」
「ラーラちゃん……。黒幕に味方したりはしない……よね?」
「アリサちゃんに暴力を与えた時点で、私はどうしようもなく救いのない悪人だよ。だからこそ、もういい子になれないなら、こだわる理由もないよね」
エマは驚いて、ラーラを見た。ラーラといえば、基本的に犯人の味方であるイメージが強い。
吹っ切れた様子のラーラは、何かから解放された後のような、いつもとは違う顔つきをしていた。
「ボクが犯人とは、思わなかったの?」
「疑ってたら、相談してないよ。私が疑っているのは——。いや、いらない先入観は植え付けないでおくよ」
ラーラは首を横に振った。
「それより……うん。調査しようか」
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五月ラーラは、調査において案外役に立った。掃除が趣味なのもあり、細かいところにすぐに気づくのだ。
しかし、やはりと言うか裁判ではあまり話すことなく、エマたちが推理を広げているのを無言で眺めているだけだった。
そして、エマたちはようやくナノカとアリサを殺した犯人に見当をつけた。
ナノカの残したダイイングメッセージや、ナノカが処刑台へと乗る方法を考えれば、それは明らかだった。
「氷上メルルちゃん、君がこの事件の犯人で、全ての黒幕……なんだよね」
「え、エマさん、きっと何か勘違いしてるんですっ!」
「うん、そうだね」
メルルが反論すれば、ラーラがようやく口を開いた。
「メルルちゃん、君がアリサちゃんを殺したんだよね」
「ら、ラーラさんまで!」
「私がアリサちゃんを殺してないとなると、アリサちゃんの死因なんて一つしかないんだよ」
ラーラには確信があった。それは、ラーラがアリサの死を目の前で見ていたからこそ、すぐに導き出せた答えだった。
アリサはあの時、薬を口にしていた。そしてアリサが飲んだその時、ラーラがアリサから薬を奪い取ろうとして、アリサは処刑台に頭をぶつけたのだった。
「アリサちゃんの死因は、毒殺だね。あの薬の瓶には睡眠薬じゃない何かが入ってたんじゃない?」
「もしかして……中身はトレデキム?」
「え? 何それ」
「魔女を殺す薬よ。トレデキムによって殺された場合、目が宝石に変化するという特徴があるの」
マーゴの説明を聞いて、アリサの目を確認した。
確かに、アリサの目は宝石のように変化していた。
「やっぱり、メルルちゃん。君が黒幕なんだね」
「ち、違います! 信じてください!」
メルルは反論したが、反論は全て封じ込まれ——そして、メルルは罪を認めた。
氷上メルルが、全ての黒幕だったのだ。
魔女になろうとしている少女たちを牢屋敷に集めて、殺人事件を起こさせ、大魔女の存在を確認する。そのために、結果的に多くの少女たちに殺し合いをさせていたのだった。
「エマちゃん! ラーラちゃんの車椅子を動かして! ココちゃんを連れて逃げるわよ!」
「ううん、大丈夫だよ。みんな、逃げて」
正体がバレたからと皆殺しにしようとするメルルから逃げるために、マーゴが裁判場からラーラすらも連れて逃げようとした。エマがラーラの車椅子に触れようとする。
しかしラーラは、その手を振り払った。
「私、とっておきの考えがあるんだ。だから、大丈夫だよ」
「で、でも……」
「マーゴちゃん、これまで迷惑をかけてごめんね。君とのまともな会話が私のわがままになっちゃうけど、エマちゃんたちを連れて、逃げてくれないかな」
ラーラは逃げるのに邪魔だった。
足を負傷して、車椅子でしか逃げられない。ラーラを連れて逃げるには大きなリスクを伴う。
マーゴはそれを理解しているのだろう。未だ狼狽えるエマとココを連れて、ラーラの願い通りに逃げた。
「あのね、メルルちゃん。お話があるんだ」
誰もいなくなり、看守に囲まれたままメルルと相対して、ラーラは話を持ちかけた。
「どんなお話ですか?」
どう見ても時間稼ぎでしかないそれに、仕方なくと言った様子でメルルは乗ってくれた。
ラーラはできる限りに口を回した。大仰に手を大きく伸ばして、演説のように語りかける。
「私ね、メルルちゃんの味方でありたいんだ。だって私、いい子なんだから。大丈夫、メルルちゃん、君は一人じゃないよ。私、どんな人でも平等に、味方になるから!」
「ラーラさん……」
メルルは感激したように、瞳を潤ませた。
ラーラに近づいていく。ラーラも車椅子を動かして、メルルに近づいた。
「そうですよね……! ラーラさんは、そういう人、ですよね!」
「うん、私のこと、よくわかってくれてたんだね。もっと君と話しておけばよかったなぁ」
ラーラは安心させるように、メルルにさらに近づいて、メルルのことを抱きしめた。そして、柔らかく表情を緩ませて———。
「ごめんね、嘘だよ」
「が……はっ」
自分ごと、メルルを刺した。
ラーラの無駄に長いコートとマフラーには、武器を十分に隠しておけるスペースがあった。
裁判の間、ラーラは見つけた剣を袖口の中に隠していたのだ。
そして今、抱きしめたように見せかけ、袖を破りながら剣を取り出し、メルルと自分の腹を串刺しにしたのだった。
「ど、……どう、して、ですか?」
「ああ……痛い、よね。うん、私も痛いよ。すごく痛い」
「は、離してください! 痛い……痛いです!」
「うん、でもね、私たちは痛みを享受すべきだと思うんだ。この痛みこそが、きっと人殺しの私たちへの救済なんだよ! 私たちは今、罪を感じているんだ! 痛みを通じて!」
「い、意味が、わかりません!」
ラーラは恍惚とした表情をしたまま、メルルを僅かに残った力で拘束している。まるでミリアがエマを庇って死んだと分かった時のような、気味の悪い表情だった。
しかし、ラーラはすぐにその表情を消して、鼻で笑って下を見た。
「なんか、違うんだよね」
「え?」
「なんか違うんだよ」
ラーラは口から血を垂らしたまま、せせら笑った。むせてさらに血が顎を伝う。死が近づいてきているのは、言わずもがな明らかだ。
「うん、だから今のも嘘ってことで。救済なんて要らなかったよね。正直、許せないんだよね。アリサちゃんを殺した私も、君も。どうしようもなく最低最悪の悪人なんだから」
「や、やめてください! 看守さんっ!」
ラーラはさらに傷口を抉るように剣を動かす。メルルが悲鳴を上げながら、看守を呼び出した。
「……怖いなぁ」
ラーラは自分に向かって鎌が振り下ろされるその瞬間、自分の持っている剣に力を込めた。剣がガタガタと震えて音を立てる。さらに共鳴するように何かが似たような音を立てる。音の出所を探れば、自分の歯から鳴っていたのだと、しばらくしてから気づいた。
「死ぬのって、怖いね」
ラーラは、ひどく人間らしい、恐怖に怯えた顔をしていた。
「ラーラさん、さようなら。ラーラさんでも怖いと思うんですね」
「そう……かな? これすらも嘘かもしれないよ」
最後に一言、全てをあやふやにしてから、五月ラーラは看守の鎌に貫かれた。
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桜羽エマは、再び裁判場へと戻っていた。沢渡ココは魔女化し、魔女化したココからエマを守るため、宝生マーゴは死んでしまった。
「エマさん、ラーラさんがひどいんです!」
メルルに居場所が見つかったエマは、後退りする。その時、メルルの背後にいた看守が何かを持ち上げた。
「ら、ラーラちゃん……?」
手足には力がなく、周りには血液の蝶が舞う。腹部と胸部にそれぞれ深い刺し傷と斬り裂かれた跡があり、茶髪にはボサボサになっていた。
そして、エマの前にラーラの顔が晒される。
目は限界まで見開かれ、口は引き攣り、頰には涙の跡まで見当たった。らしくなく、笑顔のかけらもなく、ありったけの恐怖を感じているような、そんな———。
「や、めてっ!」
エマは、目を逸らした。
ようやく、仲良くなれると思った。ラーラが初めてエマたちの味方になり、ラーラがただの狂人ではないことが少し分かった気がしたのに。
「私の味方になってくれるって思っていたのに、ラーラさん、私のことを刺したんです! エマさんは、違いますよね。エマさんなら、私の味方になってくれますよねっ!」
メルルはエマに詰め寄った。
エマは恐怖のあまり喉を鳴らす。答えるべきはわかっている。エマは当然———。
そして少しの時が経ち、羽を広げたエマは空から世界を見下ろしていた。
メルルも、もういない。魔女は滅びた。
エマの魔女殺しの魔法によって、全てが終わっのだ。