夕暮れに沈むアイナ街道。木々の緑が朱に染まっていくのを横目に、俺は心持ちゆっくりと歩みを進める。
周囲へ意識を向けて、そこに息づく魔獣共の気配を読む。その殆どは道に据えられた導力灯の魔獣避けのおかげで近付いてくることはない。
たまに道にまで出てくるのは他の魔獣に追い立てられたか、魔獣避けなんぞ関係ないという
弓を引き、番え、放つ。まっすぐに飛んだ矢が魔獣の脳天を捉え、やがてそれが動かなくなったことを確認して構えを解いた。
周囲に残党の気配は無い。緊張を緩め大きく息を吐いて、散らばったセピスや魔獣素材、まだ使える矢を拾い集めるためにその場へしゃがみ込んだ時だった。
ふと、なにかの音を捉え顔を上げる。
────ォ……ン──
今の音は、と考える間もなく再び聞こえるそれ。まるで犬の遠吠えのような……と思い至ったところで、この辺りの魔獣の分布を思い出しかぶりを振った。少なくともこの近辺に犬型の魔獣は生息していないはずだ。
耳をすませば、その音は少し先の方……ちょうど紺碧の塔へ続く脇道の方から聞こえてきているようだった。
……今回の依頼で俺が任されたエリアはアイナ街道のうち、ルーアンからエア=レッテン間の道一本だけだ。紺碧の塔方面はやらなくても問題はない、と言われている、のだが……
「……明らかな異常事態を放置するほど、無能のつもりもないからな」
矢筒に収められた矢を指先で数える。まあ、回収分も含めこの本数があれば一通りは戦えるだろう。戦術オーブメントの導力もしっかり充填されているし、アーツも問題なく使用できる。
手早く確認を済ませた俺は、そのまま塔へと続く脇道へと走り出した。
飛びかかってくる魔獣に対して半身だけ身体をずらし、代わりに手にした重剣の刃をそこへ置くように振るう。
自ら飛びこんできたそれが自重でもって断ち切られるのを感じながら、振り抜いた刃で別方向から迫る爪を弾いた。
大きく切り裂かれたそれはしばらくのたうつように震え、やがて動きを止める。弾き飛ばされた方はその勢いに乗って身を翻し、仲間たちの元へと着地した。
グルル……と唸りながら周囲を囲むのは5体──そのうち1体は今、足元で動かなくなったところだが──の黒い犬型魔獣。峠の関所で襲ってきたものと同種のそれら……その身を覆う装甲や首輪には明らかな人の手が入っており、間違いなくどこぞで訓練された軍用犬だと見当がつく。
随分と躾が行き届いているらしい、先程のカウンターを警戒してか不用意に飛び込んでくることはなく、ゆっくりと包囲を狭めながら距離を詰めてくるそれに舌打ちが漏れた。
「チッ……しゃらくせえ、来るならとっとと来いってんだ」
間合いのギリギリを攻めるように取り囲む犬たちに痺れを切らし、剣を構え直す。このまま思い切り周囲を斬り払えば少なくともこの均衡状態は崩せるだろうか。
ぐ、と柄を握る手に力を込めて一歩踏み込む。遠心力の乗ったそれが大きく周囲を薙いで──躱された。
大振りな一撃は外せば隙を晒すことになる。そして、それを見逃すような甘さが軍用犬にあるはずもない。
背後から飛びかかってくるそれらを認識できたとして、振り切った鉄塊を引き戻すのは間に合わない。一発貰うことは避けられないか、と衝撃に備え身を竦める。
──刹那、飛来した何かが魔獣を捉え、その身を撃ち落とした。
ギャン、と悲鳴をあげ地面を転がった身体。そこに深々と突き立った矢に、はっと顔を上げる。
それが飛んできた先、矢を放った体勢のままこちらを見る昔馴染みの姿に、思わず口角が上がった。
「よう、手助けは必要かい?」
「ハッ! 今、ちょうど欲しくなったところだ!」
乱入者の登場に警戒して、敵の攻め手は止まっている。この機を逃す理由はない。
体勢を整え、剣を正眼に構え直す。キリリ、と弦を引く音を背景に再び大きく踏み込み、吠えた。
「おおぉッ……らァっ!!!」
叩きつけるような軌跡に合わせ噴き上がる炎が、装甲に覆われた黒い毛皮を焼いていく。
辛うじて炎から逃れ飛び退いたものたちは斬撃の影から放たれる矢に襲われたたらを踏んだ。そこへ容赦なく叩き込まれる追撃の重剣に、キャン、と悲鳴のような鳴き声があがる。
命令に忠実だった犬たちはいつの間にか逆転した戦況に浮き足立ち、振り回される凶刃から逃れようとして、いつの間にかひとところに追い込まれていく。
そのことにかれらが気付いたのは、頭上に浮かぶ氷塊の矛先が自らへ向けられているのを見た時だった。
「──《ダイヤモンドダスト》!」
空中に広がる魔法陣から放たれる無数の小さな氷刃が敵を打ち据え、その中心に生まれた巨大な氷塊がそれらを押し潰す。結晶が砕ける甲高い音とともに冷気が吹き荒れ、哀れな獣たちは物言わぬ氷像へと成り果てた。
一拍、二拍。
しんと静まり返った空気を破るように、どちらともなく大きく息を吐き出した。
「ふぅ……大丈夫か?」
弓を腰のホルダーへと仕舞いながら、戦場跡の中心に立つ男……アガットの元へと歩み寄る。あれだけ大暴れしたせいか、周囲には人気どころか魔獣の気配すらない。この感じであればしばらくは寄ってくることはないだろう。
「ああ、助かった。あのままじゃさすがに無傷じゃいられなかっただろうしな」
「勝てないとは言わないのな」
「俺があんな犬ッコロにやられるような腑抜けに見えんのか?」
それもそうだ、と応えつつ手元のオーブメントを駆動する。すぐに《ティア》が発動し、目に付いた細かな傷が薄れて消えていった。
「それで、今の魔獣は……この辺りには生息してない奴らだったけど」
「……まあ、ちっとな。“頼まれごと”の関係だろうよ」
「なるほど……」
“頼まれごと”と言えば、以前カシウスから言われていた例のアレのことだろう。どうやら中々に厄介事を押し付けられていたらしい。若干哀れみの目を向ければ視線がうるせぇ、と頭をはたかれた。いたい。
戦っている間に完全に日は沈み、周囲は闇に包まれている。
こんなところに留まっている理由もないからと街道の方へと場所を移し、歩きながら情報交換を行う。向かう先はエア=レッテン。移動距離を考えて、結局このままあちらの休憩所で一泊させてもらう事にしたのだ。
本来の仕事である魔獣の間引き作業も程々にこなしつつ、関所の兵に話をつけて休憩所の台帳に名前を書く。食堂で軽い夕食を済ませた後、早々に床に就くのだった。
──翌朝、ルーアンへ向けて出立した俺たちは、そこでひとつの大きな転機を迎えることになる。
戦闘シーンってむずかしいね……クラフトとかもちゃんと表現したかったけど力尽きました。