ルーアン市に到着したのは午前中、もう少しで橋が上がる時間を迎えようかというところだった。
足止めを食わなくて良かった、とさっさとラングランド大橋を渡り、袂にある遊撃士ギルドへと入った俺たちを迎えたのは、少しばかり表情の固いジャンの姿だった。
「戻りもどりー。ジャン、昨日の残り分の報告を……ん?」
「……どうした、何かあったか」
「ああ……ふたりとも、戻ったね。うん、まあ、ちょっと……とりあえずヤード、報告してくれるかな」
「? おう……」
歯切れの悪いその様子に首を傾げつつ、言われた通り報告をまとめ報酬を受け取る。
とりあえず昨日受けたぶんで正遊撃士案件の急ぎの依頼は一段落したらしい。あとの細々したものは新人育成のためあえて残しておくとして、と、手帳を仕舞った俺は様子のおかしいジャンをじっと見た。外では昼の昇降を知らせる鐘の音が響いている。
「……な、なんだい?」
「てめぇの様子がおかしいから気になってるんだろ。とっとと話せ」
しばらくそのまま無言の攻防が続くかと思われたが、横からの援護射撃……というか圧を受けてついに観念したらしい。大きく息を吐き出したジャンは、ようやく重い口を開いた。
「……実は、昨夜未明に海道沿いの孤児院で火事が起きたらしいんだ」
詳しく話を聞き出せば、今朝方マノリア村の宿屋の主人からそのような連絡が来たらしい。あの村にあるオンボロ通信機はノイズが酷く、結局火災の規模や住人の安否などは何も伝わってきていないそうだ。
今は連絡があった時ちょうど居合わせたエステルとヨシュアがその確認も兼ねて先行調査へ向かっており、かれらからの報告待ちとのこと。
まさか俺たちが離れている間にこんなことが起こっていたとは。ボースの時といいなんか最近こんなんばっかだな……と内心頭を抱えていると、ふと隣に立つアガットが妙に静かなことに気付いた。
「アガット? 何か気になることでも?」
「……昨日の犬どもは、俺がルーアンに戻ろうとする度に連続して襲ってきやがった。だが、エア=レッテン方面に向かった時にはそれがぱったり止まってた」
「それは……
「クローネ山道の関所で王国軍だのが居ようが関係なく襲ってくるような奴らだぞ。お前の存在の有無は関係ねぇだろ」
「ふむ、となると……アガットをルーアン市に戻したくなかったのかな」
何のために、とそこまで思い至って顔を上げる。
あの軍用犬は例の依頼に関係するもの。そして、それらが足止めをしている間にルーアンの北側で起きた火事……
つまり、その火事には何かしら例の黒装束が関わりを持っており、それを邪魔されない為にアガットへ軍用犬をけしかけ南側に引き止めていた……?
どうやら、彼もその考えに至ったらしい。ひとつ息を吐いて、改めてジャンの方へ向き直り口を開いた。
「……おい、ジャン。この案件、俺が引き継がせてもらうぞ」
「……なんだって?」
「こっちが追ってる案件に関わってる可能性がある。あのガキ共には任せられねぇ」
「……はあ、そういうことなら仕方ないかな。でも、説得は自分でやりなよ。それが出来なかったらそのままかれらに任せるからね」
「ああ。……で、あいつらは初動捜査にどんだけ時間をかけてんだ」
「うーん、時間的にはそろそろ戻ってくる頃だと思うんだけど……」
その言葉に重なるようにギルドの扉が開かれる。噂をすれば、と振り返った先にいたのはしかし、思い描いていた二人組の姿ではなく……もうひとりの渦中の人物、マーシア孤児院の院長であるテレサ先生だった。
「お前ら……何やってんだ?」
そんな声が聞こえたかと思えば、突然倉庫内に響いた殴打音に思わず頭を押さえる。いたいけな子供の前で何やってんだあいつは……
先に行く、と橋が降りた瞬間に走っていったアガットを追い、テレサ先生を引き連れて少し急ぎ足で向かった南街区の倉庫区画。
レイヴンの溜まり場になっているそこへ孤児院の子供が殴り込みに行ったと聞いた時はどうなる事かと思ったが、どうやら先んじて追いかけていたエステルたちが間に合ったため大事には至らなかったらしい。
……いや、現在進行形で別の意味で大事にはなってるかもしれないんだけども。
はあ、とため息をついて、俺は後ろに立つテレサ先生の方へ振り返った。ちょっと大丈夫か? みたいな顔されてるんですけど……これは俺のせいじゃないです……
「えー……まあ、事態は落ち着いてるっぽいんで、お迎えに行きましょうか……」
「……はい、そうですね」
頷き、踏み出したその数歩後ろを付き従うように倉庫内へと入っていく。
静かに歩み寄り、クラム、と無茶をした少年の名を呼ぶテレサ先生。
後ろについている俺にも気付いたようだが、あまり重要では無いので軽く手を振るだけに留めておいた。
大切な子供を諭す彼女の言葉に泣き出した子供の声が響く中、どこか居心地悪そうなアガットがかしりと頭を搔く。
「ったく……これだから女子供ってやつは」
「まあまあ、全員無事なのはいいことだからさ」
「はあ……おい、小僧。院長先生たちを連れてさっさとここを引き上げろや」
「構いませんけど……アガットさんたちはどうするんですか?」
「決まってんだろ……」
アガットが踏み出した先にいる緑髪……確か、ディンとか言った気がする。そいつがびくりと身を竦ませた。どうやら、これから自分たちの身に降りかかることに察しがついたらしい。周囲のレイヴンメンバーたちも少し可哀想なくらいに青ざめている。
「このバカどもが犯人かどうか、締め上げて確かめてやるんだよ。……たっぷりと灸を据えてからな」
拳を鳴らしたアガットを前にして、いい大人からは中々出ないような情けない悲鳴が上がった。
なるほど、と頷いたヨシュアは、言われた通りに大人しく皆を連れて倉庫から立ち去っていく。
倉庫内に残されたのは満身創痍のレイヴンメンバーたちと、今なら人のひとりふたり殺れるんじゃないかと思える形相のアガット。そしておそらく、アガットがやり過ぎないようストッパーにならなければならない俺。
ガシャン、と音を立てて、倉庫の扉が閉ざされた。
「ひいぃっ!」「げぶっ!?」
「チッ、もう落ちやがった……オラ、寝てんじゃねぇ! ヤード、起こせ」
「ウッス……《アクアブリード》」
「ぶぁっ!? ……あ、兄貴ィ……もう勘弁……ッ」
「あァ? まだ話は終わってねぇぞ……おい」
「《ラ・ティア》……悪い、俺にはこれぐらいしかできないんだ……」
「ひえぇ~~~ッ……」
……実際に何が行われたのか、その詳細はさすがに俺の口から語ることはできない。
強いて言うなら……さすがに死者や重傷者が出ることはなかった、とだけ。
余白の捏造は創作者の嗜み。