辿り着いたダルモア市長邸は、見たところ普段とは特に変わりない様子だった。
屋敷内へ入ったところでちょうど出くわしたメイド曰く、現在市長は来客対応中とのこと。まあ、それならそれで時間稼ぎ自体はできそうではあるが……
「……その来客のことなら僕たちも承知しています」
ヨシュアの機転により無事面会の許可を取り付けることに成功した俺たちは、そのままダルモア市長のいる2階の大広間へと向かう。
いや、しかし以前言われた言葉尻を過大解釈して自分たちも招待されていることにするとは……中々に悪知恵が働くものだ。若人ながら侮れないなぁ、などと考えながら、扉を押し開けたエステルに続き室内へと歩を進めた。
大広間でデュナン公爵と歓談中だったダルモアは、突然入室した俺たちに少しばかり面食らったようだ。
だが例の放火事件について緊急の話があると伝えれば建前上聞かないわけにはいかないのだろう、こちらの話を聞く体勢に入ってくれた。……ただ、デュナン公爵も部屋に残って聞くつもりらしいのはちょっと想定外だが。
別に聞かれて困る話でもないと考えているあたり、まだギルバートの一件には気付いていないらしい。どうやら“耳”は雇っていないようだ。
あえて明言を避けるように経緯を説明し伝えた“思い浮かべた通りの犯人”という言葉に、ダルモアはどこか納得したような声を漏らす。まったく、思惑通りにコトが進んだと思っているのだろうその表情があまりにも白々しくて逆に感心してしまった。
ではそろそろ、その化けの皮をぶち破ってやろうじゃないか。
「今回の事件の犯人、それは……」
一歩踏み出したエステルがゆっくりと手を掲げ、ただ一人を指し示す。
「──ダルモア市長、あんたよっ!」
こちらが突きつける情報に狼狽えるダルモアは口を滑らせ決定的な証言を吐き出す。
俺たちは誰も“黒装束”などと言っていないのに、なぜそれと関係がないという話が出てくるのだろうか?
追い打ちをかけるように次々と証拠を並べていく……途中、リベール通信の記者ナイアルが乱入してきたのには驚いたが、彼も独自でダルモアのことを追っていたらしい。なぜ高級別荘地建築に拘るのか、こちらでは掴めなかった理由を持ってきてくれたのは助かった。
まさか外国の相場取引で失敗し莫大な借金をこさえた上、その返済のために市の予算にまで手を出していたとは……これはさすがに俺たちだけではわからなかった情報だ。
しかし、狸親父もさるもの。ここまで己の悪事を暴かれ突きつけられたの言うのに、まだ諦める気はないらしい。堂々と開き直った上、自身の立場を笠に俺たちには何も出来ないのだからとっとと出ていけとのたまいやがった。
……俺たちがギルドを出てすぐにジャンが連絡したとして、王国軍が動いてここに乗り込んでくるまではもう少しかかるだろう。出来ればあと1時間程度は稼いでおきたかったのだが……さて、どうしたものかと考えているときだった。
「……市長、ひとつだけ……お伺いしてもよろしいですか?」
静かに、クローゼが問いかける。
突っぱねようと声を上げた市長はその視線だけで黙らされた。
「どうして、ご自分の財産で借金を返さなかったんですか?」
淡々と、諭すように紡がれる言葉。たしかに、大貴族の流れを汲む家柄だと言うのなら、1億ミラぐらい家にあるものを使えば返せるはずだ。わざわざ犯罪を犯し、市民を害してまで他所から金を集めようなんて手間をかける必要はないだろうに。
……その理由は単純なものだった。代々伝わる家督、誇り、見栄……高々そんなもののために、こいつは守るべき市民を苦しめたのだ。
まったく、いっそ清々しいほどのクソ野郎だ。今回は若者たちに任せて何も言わないつもりだったのだが、思わず本音が漏れ出してしまう。
「……ったく、ようやく本性を表しやがったな。てめえにとっては市民も土地も、クソほどの価値もねぇ見栄のために自分が好きに使い潰していいミラ袋程度にしか思ってないんだろ。分別つかねぇ子供みたいな事しやがって……市長としての義務すら放棄して何が誇りだ、ガキジジイが」
「あなたは結局、自分自身が可愛いだけ……ルーアン市長としての自分と、ダルモア家当主としての自分を愛しているだけに過ぎません。……可哀想な人」
嘲られ、憐れまれたダルモアがついに黙り込む。
やがてくつくつと肩を揺らし笑い出したその姿に、少しばかり嫌な予感を覚えて身構えた。
「……よくぞ言った、若造どもが……」
後のことなど知ったことか、と吼えたダルモアが壁の方へと近付き、隠しスイッチらしきものを押す。そのまま壁がずれ、その奥へ繋がる通路が現れた。
「ファンゴ、ブロンコ! エサの時間だ、出てこい!」
その声に応えるようにその暗がりから唸り声が響き、なにか大きなものが駆ける音が近付いてくる。そうして通路から飛び出してきたのは、黒と青の外殻を持つ四足の大型魔獣が二体。
それらは飛び出した勢いのままテーブルへと飛び乗り、俺たちを見下ろした。
「な、なんだぁ!?」
「ま、魔獣ううぅぅぅ!?」
構えた俺たちの後ろで響く驚愕の声。
特にそれらを近くで見てしまったデュナン公爵は、あまりの恐怖にそのまま泡を吹いて気絶してしまったようだ。品定めするように魔獣の視線が動き、動かなくなった公爵の方へ向く。
さすがにこれはちょっとまずいかもしれない。素早く矢を番え、短いストロークで連射する。
頭を狙ったそれはほとんどが固い角と外殻に阻まれ大したダメージにはなっていないようだが、意識をこちらへ逸らすことには成功したらしい。魔獣から視線を外さないまま、俺は声を上げた。
「旦那方! 早く公爵閣下を連れて部屋の外へ!」
「わ、わかった! 執事さん、そっち抱えてくださいよ……!」
「は、はい! 閣下、失礼します……!」
重量級の公爵を抱えてえっちらおっちらと部屋の外へ向かう彼らを横目に、俺たちは魔獣を、そしてそれを引き連れたダルモアを睨む。
「お前たちを皆殺しにすれば、事実を知る者はいなくなる……こいつらが喰い残した分は川に流してやるから安心したまえ」
狂ったような高笑い。どうやら追い詰められすぎて正気を失ってしまったようだ。少しばかり哀れに思わんでもないが、それもすべては手前のやらかしのせいなので容赦することもない。
それにこれで俺たち遊撃士にも市長を逮捕する口実が生まれた。ならば俺たちがやることはただひとつ。
この魔獣共を片付けてダルモアを取り押さえる、それだけだ。
「あなたたちに恨みはないけれど……人を傷つけるつもりならば、容赦はしません!」
「さあ、躾の時間だ駄犬どもが!」
低く唸る魔獣の一体がこちらへと飛びかかってくる。
襲い来る牙とそれに追従するように振り下ろされる鬣の一部らしき触手を散開して躱し、返す刃で各々その身体へと武器を振るった。
「ッ、かったいわねこいつ……!」
叩き下ろした棍を軸に飛び、距離を取ったエステルが痺れを取るように手首を振っている。
気を逸らした時といい今のカウンターといい、青い方に撃ち込んだ矢はことごとく弾かれて大したダメージを与えられていないように見えた。黒い方にはそれなりに傷がついたのだが……
「見た目似てるくせに外殻強度に差があるのか、面倒だな……」
「でも、それなら考えることは簡単ですね。エステル、君は黒い方に集中して! クローゼは青い方をアーツで狙うんだ!」
「オッケー!」
「了解です!」
即座にふたりへと指示を出すヨシュア。確かにその配置なら効率よくダメージを与えることができるだろう。ふたりの隙は俺たちでカバーしてやればいい。
オーブメントを構え集中するクローゼへと迫る青い魔獣の鼻っ面に矢を叩き込んでやる。
いくら外殻が固くとも口や鼻先など粘膜が近い部分は多少柔らかいものだ。思った通りそれなりのダメージになったらしく、ぎゃんと鳴いて動きを止めたそこへ駆動を終えたクローゼのアーツが解き放たれる。
彼女の目の前に収束した赤が引き絞られ、床に焼け跡を残しながら打ち出された。横っ腹に《フレアアロー》を喰らいもんどりうったそこに追撃の矢を打ち込みつつ、横目でもう一方の様子を探る。
そちらではさすが姉弟と言うべきか、見事なコンビネーションで魔獣を翻弄し確実にダメージを重ねていっている様子が見えた。
おちょくるように足元を駆け回るヨシュアに気を取られればエステルの棍による
多少躱し損ねや反撃による傷は見られるが、それでも戦局は優勢のまま運べているようだ。あちらは特に心配する必要はないだろう。
「レイヤードさん!」
クローゼの声に視線を戻せば、ちょうどこちらへ向かってきた青い魔獣が触手を振り下ろそうとしているところだった。
一歩前に踏み込み、横へ半歩。予測通りの軌跡を通る触手と牙を最低限の動きで躱し、目の前に降りてきた魔獣の頭、そのもっとも柔らかい部位……眼球に向けて、引き絞った矢を解き放った。
ぐぢゅり、と水っぽい音を立てて深々と突き立った矢に、魔獣が大きく吠えながら身を捩る。暴れる身体に合わせのたうつ触手を掴んだ俺はその勢いを利用して大きく飛び上がり、魔獣の背中へと乗り上げて振り落とされないように鬣を握りこんだ。
「ちょっ、何やってんの!?」
ぎょっとしたエステルが声をあげるが、さすがにそれに答える余裕はない。引っ張り出したオーブメントを押し付けるように構え、駆動を始める。
先程撃ち込まれた《フレアアロー》の痕を見るに、こいつの外殻は魔法……特に高熱に弱いらしい。
だがクローゼは戦闘スタイル的に火属性のクォーツを入れることが少ないため、高威力の火属性アーツをあまり使えなかったはずだ。たぶん、さっきの《フレアアロー》が彼女の最大威力だと思う。
ならその分はこっちで何とかしてやるしかない。魔獣ロデオを乗りこなしながら、着実に導力を奔らせていく。
かちり、と駆動が完了する音。
「焼き尽くせ──《ファイアボルト……改》!」
少しばかり変則的な駆動だったせいか、炎球が現れたのは本来の頭上ではなく魔獣に押し付けたオーブメントの表面だった。
そこから零距離で撃ち込まれる無数の火球に魔獣が悲鳴のような鳴き声をあげる。そして最後に炎が集束し、大爆発を起こした。
その爆発の勢いに乗って俺は魔獣の背中から飛び退き着地する。同じように爆風に吹き飛ばされた魔獣はもう一方とぶつかり、絡み合うように2体とも床へ転がった。
大きな隙を晒した魔獣たち。それを好機と見たエステルが駆け出し、倒れ込み動けない魔獣の塊へ向けて棍を振るう。
無数の突きが嵐のように襲いかかり、魔獣たちを強かに打ち据え逃さない。
これこそが、エステル渾身の
「はああっ! 裂波、無双撃ッ!!!」
締めの一撃が床板ごと魔獣たちを叩き割り、致命的なダメージを与える。
既に満身創痍だった魔獣たち……物理的な衝撃に強いはずの青い魔獣も、この一撃には耐えられなかったらしい。
最後の力を振り絞るように頭をもたげた奴らは、耳をつんざくような咆哮の二重奏を奏で……やがてどちらともなく倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなった。
次回、ルーアン編最終話 のはず。