翌朝のホグワーツは、いつもより少しだけ騒がしかった。
朝食の席では、グリフィンドールの生徒たちが今日の授業について話し合い、長いテーブルの上をトーストやジャムの瓶が行き交っている。高い天井には薄い雲が浮かび、窓の向こうからは冷たい秋風に揺れる木々が見えた。
「なあ、ハリー。今日の授業、何があるか覚えてるか?」
ロンがバターを塗ったトーストを頬張りながら尋ねた。
「えっと、午前中は魔法史で、そのあと……飛行訓練!」
ハリーが答えた瞬間、ロンの目が輝いた。
「そう、それだよ! 箒に乗って空を飛ぶんだ!」
「うん! 僕、すごく楽しみなんだ!」
ハリーは両手を握りしめた。小さいころから魔法生物たちの飛び跳ねる姿を追いかけたり、木の枝から飛び降りようとして家族に止められたりしたことはある。しかし、自分自身が箒に乗って空を飛ぶ経験は、まだ一度もない。
想像するだけで胸が弾んだ。
「でも、箒ってどうやって動くのかしら?」
向かい側に座っていたハーマイオニーが、パンを小さくちぎりながら口を挟んだ。
「魔法で浮かせているのは分かるけれど、乗っている人の意思をどうやって伝えるの? 単純に浮遊呪文をかけただけでは、人間を乗せたまま安定して飛ぶのは難しいはずよ」
「おいおい、ハーマイオニー。まだ乗ってもいないのに、そこまで考えるのか?」
ロンが呆れたように言う。
「当たり前でしょう! 仕組みを理解しておけば、何かあったときにも対処できるもの!」
「何かあったときって、落ちるとか?」
「そういう可能性もあるでしょう!」
「うわっ、それは嫌だな……」
ロンは思わず自分の椅子を見下ろした。
ハリーは二人のやり取りに笑いながら、テーブルの向こう側へ視線を向けた。
「レオ兄さんも、飛行訓練に来るの?」
ちょうど飲み物を口にしていたレオが、カップを置いてうなずいた。
「僕たち上級生にも、別の授業があるからね。今日は君たちの訓練を見に行けるか分からないけれど、終わったら話を聞かせてよ」
「うん! 絶対に話す!」
「箒に乗るのが初めてなら、最初は先生の指示をよく聞くこと。空を飛ぶのは楽しいけれど、無理をしていいものじゃないからね」
「分かった!」
ハリーは元気よく返事をした。
レオはその様子に笑みを浮かべると、そっとハリーの肩を叩いた。
「楽しんでおいで」
「もちろん!」
ハリーは満面の笑みで答えた。
その笑顔を見て、ハーマイオニーは一瞬だけ頬を緩めた。家族に大切にされて育ったハリーは、何か新しいことに挑戦するとき、いつも心から楽しそうだった。
その明るさは、彼女にとっても眩しいものだった。
もっとも、隣のレオがハリーを見守るように微笑んでいるのを目にすると、今度は別の理由で胸がそわそわしてしまうのだけれど。
「……よし、私も頑張らなくちゃ」
「ん? 何を?」
「な、何でもないわよ、ロン!」
ハーマイオニーは慌てて紅茶を飲んだ。
少し熱かった。
「熱っ!」
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
朝食の席に、ロンの笑い声が響いた。
*
午前の授業を終えたころには、空はよく晴れていた。
ハリーたちは飛行訓練のため、校庭に面した芝生へ集まっていた。湿った草の匂いが風に混じり、遠くの木々から鳥のさえずりが聞こえてくる。
地面には、古びた箒が一列に並べられていた。
「これが僕たちの箒か!」
ハリーは目の前の箒を見つめた。
使い込まれた柄には細かな傷があり、枝の先も少しばらついている。新品のような輝きはないが、手を伸ばせばすぐにでも空へ連れていってくれそうだった。
「思ったより普通だな」
ロンがしゃがみ込み、箒の枝を覗き込んだ。
「もっと格好いいものだと思ってたんだけどな。ほら、柄に模様が入ってたり、金色に光ってたり……」
「最初の訓練用なんだから、当然でしょう。装飾よりも安全性と扱いやすさが重要なのよ」
「分かってるって!」
「本当に?」
「ハーマイオニー!」
二人が言い合っていると、飛行訓練の担当教員、マダム・フーチがやってきた。
鋭い目つきと引き締まった表情に、生徒たちは自然と背筋を伸ばす。
「全員、箒の左側に立ちなさい。さあ、早く!」
生徒たちが慌てて位置につく。
「右手を箒の上にかざして、『上がれ』と言うのです。いいですか? 余計なことはしないこと」
マダム・フーチが見本を示す。
「上がれ!」
彼女の箒は、まるで命令を待っていたかのように手の中へ跳ね上がった。
「では、皆さんも」
「上がれ!」
ロンの箒は、枝を少し震わせただけで動かなかった。
「上がれ! おい、上がれってば!」
「ロン、力を入れすぎじゃないか?」
ハリーが隣から声をかける。
「だって、上がらないんだよ!」
「もっとはっきり言ってみたら?」
「分かったよ。上がれ!」
今度は箒が勢いよく跳ね上がり、ロンの手の甲を叩いた。
「痛っ!」
周囲から笑い声が起こる。
「笑うなよ!」
ロンが顔を赤くして抗議した。
一方、ハリーの箒は一度小さく震えたあと、彼の手の中へすっと飛び込んできた。
「わっ、できた!」
ハリーは目を輝かせた。
「見て、ハーマイオニー! 僕、できたよ!」
「ええ、見ていたわ! よかったわね、ハリー!」
ハーマイオニーは自分の箒を気にしながらも、素直に拍手を送った。
ただし、彼女自身の箒は、何度「上がれ」と言っても地面から離れない。
「……上がれ!」
ぴくり。
箒の枝が一本だけ跳ねた。
「もう一度、上がれ!」
今度は柄が数センチ浮き上がったものの、すぐに芝生へ落ちてしまった。
「どうしてなの……!」
ハーマイオニーは悔しそうに唇を噛んだ。
普段の勉強なら、努力した分だけ結果が出る。もちろん難しい問題に悩むこともあるけれど、教科書を読み、手順を理解し、何度も練習すれば少しずつ前へ進める。
しかし、目の前の箒は思いどおりにならなかった。
頭では分かっているのに、手応えがついてこない。
「ハーマイオニー、焦らなくてもいいと思うよ」
ハリーが優しく声をかけた。
「でも、あなたはもうできているじゃない!」
「僕だって、できないことはたくさんあるよ。昨日の魔法薬学だって、先生に注意されちゃったし」
「それは……そうだけど」
「だから、一緒に練習しようよ!」
ハリーは箒を抱えて、にこっと笑った。
「僕もまだ、ちゃんと乗れるか分からないんだから!」
ハーマイオニーは、その笑顔に少しだけ肩の力を抜いた。
「……そうね。ありがとう、ハリー」
そのとき、マダム・フーチが全員を見渡した。
「よろしい。次は箒にまたがり、地面から少しだけ浮かび上がります。私の合図があるまで、高く飛び上がってはいけませんよ」
生徒たちは一斉に箒へまたがった。
ハリーは柄を握り直した。手のひらに木の感触が伝わる。
胸の奥がどきどきしていた。
「それでは――地面から少しだけ浮かびなさい!」
生徒たちの箒が、次々と地面を離れた。
「わあっ!」
ハリーの身体がふわりと持ち上がる。
靴底が芝生から離れ、風が頬を撫でた。
ほんのわずかな高さなのに、世界が違って見えた。普段より高い位置から見る芝生も、遠くの城壁も、何もかもが新鮮だった。
「すごい! 本当に浮いてる!」
「ハリー、前を見て! 手綱……じゃなくて、箒の柄をしっかり持つんだ!」
ロンも浮き上がっていたが、身体が左右に揺れている。
「分かってる! うわっ、ちょっと待て、こいつ、思ったより動くぞ!」
「落ち着いて、ロン!」
ハリーは笑いながら声をかけた。
その一方で、ハーマイオニーは地面に立ったままだった。
彼女の箒は、まだ少しも浮かんでいない。
「……上がれ。お願いだから、上がって!」
声に焦りが混じる。
もう一度、彼女は手をかざした。
「上がれ!」
箒の柄が跳ね上がった。
ハーマイオニーは慌てて握ろうとしたが、指先が滑り、箒が横へ転がってしまった。
「あっ!」
彼女は思わず手を伸ばした。
しかし、箒は芝生の上を滑るように転がり、近くにいた別の生徒の足元へぶつかった。
「ご、ごめんなさい!」
ハーマイオニーは慌てて謝った。
周囲の生徒たちが振り返る。顔が熱くなり、胸がぎゅっと縮んだ。
できないところを見られたくない。
失敗したくない。
けれど、失敗しないようにと考えるほど、手も声もぎこちなくなってしまう。
「グレンジャーさん、箒を拾って、もう一度やりなさい」
マダム・フーチの声に、ハーマイオニーは小さくうなずいた。
「……はい」
彼女は箒を拾い上げ、柄についた芝を払った。
その横を、ハリーがゆっくりと飛んできた。
「ハーマイオニー、大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ。ちょっと失敗しただけだもの」
そう答えたものの、彼女の眉はまだ悔しそうに寄っていた。
「じゃあ、次は成功するといいね!」
「……うん!」
ハリーの言葉に、ハーマイオニーは顔を上げた。
彼は本当に、失敗を責める気など少しもないのだ。
そのことが分かると、彼女の胸にあった苦しさがほんの少し和らいだ。
*
ところが、その直後だった。
マダム・フーチが、飛行訓練に不慣れな生徒へ注意を与えるため、列の反対側へ歩いていったとき。
一人の生徒が、箒にまたがったまま地面を蹴ってしまった。
「おい、待て! まだ合図は――!」
誰かが叫んだ。
だが、箒は勢いよく上昇した。
「うわあああっ!」
生徒の悲鳴が校庭に響く。
箒はふらふらと高度を上げ、乗っている生徒の身体を大きく揺さぶった。本人は柄にしがみついているものの、どちらへ動かせばいいのか分かっていないらしい。
「止まれ! 止まってくれ!」
「箒を傾けるんだ!」
「どっちに!?」
周囲が騒然となった。
マダム・フーチが鋭い声を上げる。
「落ち着きなさい! 無理に動かそうとしてはいけません!」
しかし、生徒は恐怖で頭が真っ白になっているようだった。
箒はさらに上へ向かい、城の壁に近づいていく。
ハリーは思わず息を呑んだ。
「危ない……!」
どうすればいいのか。
自分だって、まだ少し浮かぶことしかできない。それでも、あの高さから落ちたら大変なことになるのは分かる。
「先生! あの人を助けないと!」
「分かっています! あなたたちは動かないで!」
マダム・フーチは杖を抜きながら走った。
そのとき、上空の箒が急に横へ傾いた。
「うわっ――!」
生徒の身体が柄からずれた。
校庭に悲鳴が広がる。
ハリーの心臓が跳ねた。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
箒の柄を握り直し、ハリーは地面を蹴った。
「ハリー!?」
ロンの叫び声が聞こえた。
風が頬を叩く。
ハリーは箒を前へ傾けた。うまく操作できるかなんて分からない。怖くないわけでもない。
それでも、目の前で誰かが落ちそうになっているのを、ただ見ていることはできなかった。
「待ってろ! 今、行くから!」
箒がぐんと前へ進んだ。
ハリーの身体が風を切る。
初めての飛行とは思えないほど、箒は彼の意思に応えるように動いていた。
「ハリー、無茶よ!」
ハーマイオニーの声が下から届く。
彼女は顔を真っ青にして、両手を胸元で握りしめていた。
「お願い、気をつけて……!」
ハリーは上空の生徒へ近づいた。
「手を伸ばして!」
「む、無理だ! 落ちる!」
「大丈夫! 僕がいるから!」
ハリーは必死に手を伸ばした。
指先が、相手のローブをかすめる。
もう少し。
あと少しで届く。
「つかまって!」
ハリーが叫ぶと、生徒は震える手で彼の腕をつかんだ。
その瞬間、二人の箒が大きく揺れた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
地上から、誰かの悲鳴が聞こえた。
ハリーは歯を食いしばった。
腕にかかる重みが予想以上に強い。片手で相手を支えながら箒を操作するのは難しく、視界も風で涙が出るほどだった。
それでも、ハリーは相手の手を離さなかった。
「もう少し……もう少しだから!」
箒の先を下へ向ける。
急に降下すれば危険だ。ハリーはそう思い、必死に速度を抑えようとした。
少しずつ。
少しずつ、芝生が近づいてくる。
「よし……!」
地面がすぐそこまで迫ったところで、ハリーは箒を水平に戻した。
二人の身体がふわりと沈み、芝生の上へ着地する。
足が地面に触れた瞬間、ハリーは大きく息を吐いた。
「はあっ……! よかった……!」
助けた生徒は、まだ青ざめた顔で震えていた。
「ぼ、僕……落ちるかと思った……」
「うん。怖かったよね」
ハリーは相手の肩を軽く叩いた。
「でも、もう大丈夫だよ!」
その言葉を聞いた途端、生徒の目から涙がこぼれた。
マダム・フーチが駆け寄り、二人の状態を確かめる。
「怪我はありませんか?」
「は、はい……」
「ハリーも?」
「僕も大丈夫です!」
ハリーは笑顔で答えた。
けれど、マダム・フーチの表情は厳しいままだった。
「ポッター。あなたの行動には勇気がありました。しかし、訓練を始めたばかりの生徒が、空中で他人を助けるのは非常に危険です。あなた自身まで落ちていたら、どうするつもりだったのですか?」
「……すみません」
ハリーは素直に頭を下げた。
「でも、あのままだと危なかったから……」
「その判断が間違いだったと言っているのではありません。助けようとするなら、自分も相手も無事に地上へ戻れる方法を考えなさい。勇気だけでは、怪我を防げないこともあるのです」
「はい。次は、もっとちゃんと考えます」
ハリーの返事を聞き、マダム・フーチはわずかに表情を和らげた。
「よろしい。今日はあなたたち全員、これ以上の飛行は中止です。箒を片づけて、校舎へ戻りなさい」
生徒たちがうなずく。
ハリーが箒から降りた途端、ロンが駆け寄ってきた。
「ハリー! お前、すごかったぞ!」
「えっ?」
「だって、あんな高さまで飛んで、あいつを助けたんだぞ! 俺、心臓が止まるかと思った!」
ロンは興奮した様子でハリーの肩をつかんだ。
「それに、お前、箒の扱いが上手すぎないか? 初めてなのに、あんなに飛べるなんて!」
「そ、そうかな? 僕も夢中だったから、よく分からないよ」
「分からないって……!」
ロンは呆れたように笑った。
そこへ、ハーマイオニーが駆け寄ってきた。
「ハリー!」
彼女は勢いよくハリーの前まで来ると、彼の腕や肩を確かめるように見つめた。
「怪我はない? 本当に? どこか痛いところは?」
「大丈夫だよ、ハーマイオニー!」
「でも、あんな危ないことをして……!」
ハーマイオニーの声が震えた。
怒っているようにも聞こえたが、その目には心配がいっぱいに浮かんでいた。
「もし、あなたまで落ちていたら……私、どうしたらいいか……!」
言葉の途中で、彼女は唇をぎゅっと結んだ。
ハリーは目を丸くしたあと、申し訳なさそうに頭をかいた。
「ごめんね。心配かけちゃった」
「……本当に、もう!」
ハーマイオニーはハリーのローブを軽くつかんだ。
「助けようとしたことは、立派だと思うわ。でも、自分のこともちゃんと考えて! あなたが怪我をしたら、家族だって悲しむでしょう!」
「うん。そうだね」
ハリーはまっすぐに彼女を見て、うなずいた。
「次からは、もっと気をつけるよ。約束する!」
その素直な返事に、ハーマイオニーはしばらく彼を見つめた。
やがて、つかんでいたローブをそっと離す。
「……約束よ」
「うん!」
ハリーが笑うと、ハーマイオニーもようやく少し笑った。
ただし、その目元にはまだ心配の色が残っていた。
*
校舎へ戻る途中、ハリーたちは廊下の角でレオと出会った。
「ハリー? どうしたんだい。みんな、ずいぶん顔色が違うね」
「レオ兄さん!」
ハリーは駆け寄り、先ほどの出来事を身振り手振りを交えて説明した。
「それでね、箒が急に傾いちゃって! 僕、助けなきゃって思って飛んだんだ!」
「そうだったんだね」
レオは最後まで静かに話を聞いた。
そして、ハリーの頭に手を置く。
「無事でよかった」
「えへへ……」
「でも、怖かっただろう?」
その一言に、ハリーは少しだけ目を瞬かせた。
先ほどまでは、助けられたことや箒をうまく操れたことが嬉しくて、怖かったという気持ちは胸の奥に押し込めていた。
けれど、そう言われると、急に手のひらが汗ばんでいたことを思い出した。
「……うん。ちょっと怖かった」
「そうだよね。怖いと感じるのは、悪いことじゃないよ」
レオは優しく微笑んだ。
「怖いと分かっていても誰かを助けようとした君は、立派だったと思う。でも、君が無事でいてくれることも、僕にとっては大切なんだ」
「レオ兄さん……」
ハリーは少し照れたように笑った。
「うん。次は、もっと気をつけるよ!」
「それがいいね」
レオはハリーの肩を軽く叩いた。
そのやり取りを見ていたロンが、興奮を抑えきれない様子で口を開く。
「なあ、レオ! ハリーって、箒に乗るのがすごく上手いんだ! 初めてなのに、空中であいつを助けたんだぞ!」
「そうなの?」
「うん! 俺、びっくりしたよ!」
レオはハリーを見た。
ハリーは照れくさそうに頬をかきながらも、嬉しさを隠しきれずに笑っている。
「ハリーは昔から、夢中になるとすごい力を出すことがあったからね」
「えっ、そうなの?」
ロンが目を丸くした。
「小さいころ、魔法生物の子どもが木の枝に引っかかったことがあったんだ。ハリーは大人が止めるより先に、近くの木によじ登ろうとしてね」
「レオ兄さん! それ、今言わなくてもいいよ!」
ハリーが慌てて抗議する。
「そうだったかな?」
「そうだよ! しかも、あのときは木から落ちそうになったんだから!」
「だから、今度は気をつけようね」
「ううっ……!」
ハリーは反論できず、頬を膨らませた。
ロンは腹を抱えて笑い、ハーマイオニーも思わず口元を押さえた。
レオはそんな三人を見ながら、楽しそうに目を細めた。
「ところで、ハーマイオニーはどうだった? 初めての飛行訓練は」
「わ、私は……」
急に話を振られ、ハーマイオニーは背筋を伸ばした。
「箒を浮かせるところで少し失敗したわ。でも、原因はまだ分からないから、あとで先生に聞いてみようと思っているの」
「そうなんだ。焦らなくても大丈夫だよ。箒の扱いは、呪文の勉強とは少し違うからね」
「……うん」
ハーマイオニーはうなずいたものの、悔しそうに箒を浮かせられなかったときのことを思い出していた。
レオの前で、何でもできる自分でいたかったわけではない。
ただ、彼の話をもっと理解したい。彼が知っている世界を、少しでも自分の目で見てみたい。
だからこそ、できないことがあると悔しいのだ。
「レオ」
「うん?」
「私、飛行も練習するわ。すぐに上手くならなくても、ちゃんとできるようになりたいの」
ハーマイオニーは顔を上げた。
「勉強だけじゃなくて、ほかのことも経験してみたいから」
レオは嬉しそうにうなずいた。
「いいと思うよ。新しいことを覚えるのは、楽しいからね」
「……!」
ハーマイオニーの顔が、また少し赤くなった。
「そ、そうよね! 私もそう思うわ!」
「でも、無理はしないこと。飛行も魔法薬学も、慌てると危ないからね」
「分かっているわ!」
彼女は勢いよく返事をしたあと、すぐに声を落とした。
「……ちゃんと気をつける」
「うん」
レオが微笑む。
ハリーは二人を交互に見て、にっこりと笑った。
「じゃあ、今度みんなで練習しようよ! ロンも、ハーマイオニーも、僕と一緒に!」
「おう! 今度は俺も、ちゃんと飛んでやる!」
「私も、次こそは箒を浮かせてみせるわ!」
三人の声が重なった。
レオはその様子を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
初めての飛行訓練は、思いがけない騒ぎで終わってしまった。
それでも、ハリーは空を飛ぶ楽しさを知り、ロンは自分も上手くなりたいと意気込み、ハーマイオニーは苦手なことにも挑戦する決意を固めた。
窓の向こうでは、秋の風が芝生を撫でている。
ハリーは、さっきまで自分が飛んでいた空を見上げた。
「……また飛びたいな」
その呟きには、少しの怖さと、それ以上の期待が混じっていた。
レオは弟のように大切な従弟の肩を、もう一度優しく叩いた。
「次は、もっと上手に飛べるようになるよ。少しずつ練習していこう」
「うん、レオ兄さん!」
ハリーは大きくうなずいた。
その顔には、明日への楽しみがいっぱいに輝いていた。