ホグワーツに入学してから、初めて迎えた休日。
朝のグリフィンドール談話室には、平日とは違うのんびりとした空気が流れていた。
暖炉では赤々とした炎が揺れ、窓から差し込む朝日が、赤と金の装飾を柔らかく照らしている。ソファに寝転がって本を読む生徒もいれば、友人とチェスを指している生徒もいた。
「……んんっ!」
ハリーは大きく伸びをした。
「よーし! 今日は何をしようかな!」
「朝から元気だな、ハリー……」
向かいのソファでクッションを抱えていたロンが、眠たそうに顔を上げる。
「せっかくの休日なんだから、もうちょっと寝ててもいいだろ……」
「ええっ、もったいないよ! 授業がない日なんだから、普段できないことをしようよ!」
「普段できないことって、何だよ?」
「うーん……お城の中を探検するとか、図書館で本を読むとか、レオ兄さんに会いに行くとか!」
「最後のは、お前が会いたいだけだろ」
「うん!」
ハリーは迷いなくうなずいた。
ロンは一瞬ぽかんとしたあと、吹き出した。
「そこは否定しろよ!」
「だって、レオ兄さんと話すのは楽しいから!」
「まあ、それは分かるけどさ……」
ロンは苦笑しながら、ようやくソファから身体を起こした。
「じゃあ、朝飯を食べてから考えようぜ。腹が減ってちゃ、探検もできないからな」
「賛成!」
二人は談話室を出る準備を始めた。
そのとき、階段からハーマイオニーが下りてきた。
両腕には分厚い本が三冊。片手には羊皮紙の束を抱え、制服ではなく休日用の服を着ている。
「おはよう、二人とも!」
「おはよう、ハーマイオニー!」
ハリーが笑顔で手を振る。
ロンは彼女の腕いっぱいの本を見て、目を丸くした。
「おいおい……休日まで勉強するのか?」
「もちろんよ! 昨日の授業で分からなかったところを復習して、それから古代ルーン文字についても調べるつもりなの」
「本当にすげえな、お前……」
「何か言った?」
「いや、何も!」
ロンは慌てて首を振った。
ハーマイオニーは少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、すぐに本を抱え直した。
「それで、あなたたちは何をするの?」
「まだ決めてないよ! でも、レオ兄さんに会いに行こうと思ってるんだ!」
「レオに?」
ハーマイオニーの足がぴたりと止まった。
「……そ、そうなの?」
「うん! レオ兄さん、休日は何をしてるのかなって思って!」
「そ、そうね! それは、私もちょっと気になるわ!」
ハーマイオニーは勢いよく答えた。
そして、すぐに自分の声が大きすぎたことに気づき、顔を赤くした。
「い、いえ! 別に、特別な意味はないのよ? レオがどんな勉強をしているのか知るのも、学習計画を立てるうえで参考になると思っただけで……!」
「うん! じゃあ、一緒に行こうよ!」
「……えっ?」
ハリーは満面の笑みを浮かべた。
「みんなで行ったほうが楽しいよ!」
「そ、そうね……! みんなで行くなら、私も……!」
ハーマイオニーは胸元の本を抱きしめた。
ロンはそんな彼女を見て、何かを察したように口の端を引き上げた。
「へえ。レオに会うの、ずいぶん楽しみなんだな」
「ロ、ロン!」
「はいはい、分かったって!」
「何も分かってないでしょう!」
談話室に、ハリーの楽しそうな笑い声が響いた。
*
朝食を済ませた三人は、レイブンクローの談話室へ向かうことにした。
もちろん、グリフィンドール生が自由に入れる場所ではない。入口の仕組みも知らないため、ハリーたちは途中で会ったレイブンクロー生に尋ねながら、塔へ続く廊下を進んだ。
「レオ兄さん、いるかな?」
「休日だから、まだ寝てるかもしれないぞ」
ロンが言うと、ハリーは首をかしげた。
「レオ兄さん、朝は早いよ。家にいたころも、僕が起きたときにはもう本を読んでたりしたし」
「……あいつ、本当にいつ寝てるんだ?」
ロンが呆れたようにつぶやいた。
そのとき、階段の向こうから、聞き慣れた声がした。
「ハリー?」
三人が振り向くと、レオが廊下を歩いてきた。
片手には小さな紙袋。もう片方の手には、読みかけらしい本を持っている。
「レオ兄さん!」
ハリーは駆け寄った。
「おはよう! 今日は何してるの?」
「おはよう、ハリー。少し買い物をしてきたところだよ」
「買い物?」
「うん。休日だから、ホグズミードへ行ける上級生の友人に頼んでいたものを受け取ってきたんだ」
レオは紙袋を軽く持ち上げた。
「ちょっとしたお菓子だよ」
「お菓子!?」
ハリーの目が輝いた。
ロンも、さっきまでの眠たそうな顔が嘘のように身を乗り出す。
「お菓子って、何だ? チョコレートか? それとも、魔法界の変わったやつ?」
「いくつかあるよ。食べるかい?」
「食べる!」
ハリーとロンの返事が、きれいに重なった。
ハーマイオニーは二人を見て、呆れたようにため息をついた。
「もう……あなたたちは、食べ物の話になると本当に元気ね」
「ハーマイオニーも食べる?」
「えっ?」
ハリーが紙袋を指さす。
「せっかくだから、一緒に食べようよ!」
「……そ、そうね。いただこうかしら」
ハーマイオニーは少しだけ表情を和らげた。
レオは三人を見回し、穏やかに笑った。
「それなら、少し場所を移そうか。廊下で食べると、マダム・ピンスに見つかったときに怒られそうだからね」
「それは絶対に嫌だな……」
ロンが顔を引きつらせる。
四人は近くの休憩スペースへ移動した。窓際には小さなテーブルと椅子があり、日当たりもよかった。
レオが紙袋を開くと、中から包み紙にくるまれたチョコレートや、小さな焼き菓子が出てきた。
「わあ……!」
ハリーは目を輝かせた。
「これ、見たことないお菓子だ!」
「カエルチョコレートとは違うんだね」
ロンも興味津々で包みを覗き込む。
「こっちは蜂蜜を使った焼き菓子。こっちはナッツ入りのチョコレートだよ。食べすぎると昼食が入らなくなるから、ほどほどにね」
「分かった!」
ハリーは元気よく答えた。
そして、焼き菓子を一つ手に取って、ぱくりとかじった。
「……おいしい!」
頬がふくらみ、目がきらきらと輝く。
「レオ兄さん、これすごくおいしいよ!」
「気に入ったならよかった」
「俺も食べる!」
ロンがチョコレートを手に取る。
「うわっ、これも美味い! なあ、レオ、これどこで買ったんだ?」
「ホグズミードのお店だよ。今度、機会があったら一緒に行こうか」
「本当か!? 絶対だぞ!」
「うん、約束するよ」
ハーマイオニーは焼き菓子を一つ手に取り、少しずつ味わった。
「……本当においしいわね。甘すぎないし、香ばしいわ」
「そうだろう? 僕も気に入っているんだ」
レオがそう言うと、ハーマイオニーは嬉しそうに笑った。
彼の好きなものを、自分も好きだと思えた。
そんな小さなことが、どうしてこんなに嬉しいのだろう。
彼女はチョコレートを口に運びながら、こっそりレオの横顔を見た。
その瞬間、レオがこちらを向いた。
「ハーマイオニー?」
「ひゃっ!?」
思わず変な声が出た。
三人が一斉に彼女を見る。
「ど、どうしたの!?」
ハーマイオニーは顔を真っ赤にして手を振った。
「な、何でもないわ! ちょっと、チョコレートが喉に引っかかっただけ!」
「大丈夫? 水を持ってこようか?」
レオが心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫! ありがとう!」
彼女は慌てて水を飲んだ。
ロンが横を向いて肩を震わせている。
「ロン! 笑わないで!」
「笑ってない、笑ってないって!」
「絶対に笑ってるでしょう!」
ハリーは二人を見て、楽しそうに笑った。
「二人とも仲良しだね!」
「どこがよ!」
ハーマイオニーの声が休憩スペースに響いた。
すぐに彼女は、はっとして口を押さえた。
「……ご、ごめんなさい」
レオは困ったように微笑んだ。
「大丈夫だよ。ここには、まだ誰もいないからね」
その言葉に、ハーマイオニーはますます顔を赤くした。
*
お菓子を食べ終えると、ハリーはレオの持っている本に気づいた。
「レオ兄さん、その本は何?」
「ああ、これ? 魔法生物の生態について書かれた本だよ」
「魔法生物!? 見たい!」
ハリーは椅子から身を乗り出した。
幼いころから魔法生物に囲まれて育ったハリーにとって、それは大好きな分野だった。
「この本には、珍しい生き物も載っているんだ。ほら、このページ」
レオが本を開く。
そこには、翼を持つ馬のような生き物や、木々の間に身を潜める小さな魔法生物の挿絵が描かれていた。
「わあ! この子、かわいい!」
ハリーはページに顔を近づけた。
「この生き物、どこに住んでるの? 何を食べるの? 人間にも懐くのかな?」
「ハリー、質問が多いよ」
レオは笑いながら答えた。
「でも、いい質問だね。この生き物は人里離れた森に住んでいて、主に小動物や植物を食べるらしい。警戒心が強いから、無理に近づかないことが大切なんだ」
「そうなんだ……! いつか会ってみたいな!」
「そのためには、まず生態をきちんと学ばないとね」
「うん!」
ハリーは何度もうなずいた。
その隣で、ロンも本を覗き込んだ。
「こいつ、すごい顔してるな……。なんか、俺の兄貴の一人に似てる気がする」
「ロン、それは失礼よ!」
ハーマイオニーが即座に突っ込む。
「だって本当なんだよ!」
「どんな顔なのよ!」
「朝寝坊したときの顔!」
「それは生き物に失礼でしょう!」
ハリーが笑い出し、レオも楽しそうに肩を揺らした。
やがて、ハーマイオニーは本の別のページに目を留めた。
「レオ、この生き物の分類って、魔法生物学の教科書とは少し違うのね」
「うん。こちらは古い分類方法なんだ。今の分類とは分け方が違うところもあるけれど、昔の研究を知るうえでは役に立つよ」
「なるほど……。新しい分類だけ覚えるのではなく、どうして分類が変わったのかも調べるといいのね」
「そうだね。昔の学者が何を根拠にそう考えたのかを知ると、今の考え方も理解しやすくなるから」
「……やっぱり、レオは説明が上手ね」
ハーマイオニーは感心したように呟いた。
レオは少し照れたように笑った。
「ありがとう。でも、僕だって知らないことはたくさんあるよ」
「えっ?」
「知らないことを見つけるたびに調べているだけなんだ。世界は広いからね」
レオは本のページをそっとめくった。
「僕がまだ知らない魔法生物も、きっとたくさんいる。だから、勉強するのは楽しいんだよ」
ハリーは、うんうんとうなずいた。
「僕もそう思う! 家にいたときだって、知らない生き物を見つけると、レオ兄さんに教えてもらってたんだ!」
「そうだったね」
「でも、僕が先に見つけたのに、レオ兄さんが名前を知ってたことも多かったよね!」
「たまたまだよ」
「絶対たまたまじゃないよ!」
ハリーは頬を膨らませた。
「僕なんて、この前も本を読んでて、分からない言葉がいっぱいあったんだから!」
「それなら、一緒に調べればいいんだよ」
レオは自然な調子で言った。
「知らないことがあるのは、恥ずかしいことじゃない。知りたいと思ったときに、一歩踏み出せばいいんだから」
ハリーは、ぱっと顔を明るくした。
「うん! 僕、もっと勉強するよ!」
「俺も、もう少し魔法生物のことを覚えておこうかな」
ロンが本を覗き込みながら言った。
「この前の授業でも、先生がいろんな生き物の話をしてたしな」
「ロンが自分から勉強するなんて、珍しいわね」
「おい、どういう意味だよ!」
「そのままの意味よ!」
また二人の言い合いが始まる。
ハリーは笑いながら、レオの本をもう一度覗き込んだ。
休日の休憩スペースには、穏やかな時間が流れていた。
*
しばらくして、レオは本を閉じた。
「さて、僕はそろそろ自分の勉強に戻ろうかな」
「ええっ、もう?」
ハリーが残念そうな声を上げた。
「まだ、ほかのページも見たいよ!」
「また今度、一緒に読もう。今日は午後から古代ルーン文字の課題もあるんだ」
「そっか……」
ハリーは少し残念そうにしたものの、すぐに笑顔へ戻った。
「じゃあ、また今度ね! 約束だよ!」
「うん、約束」
レオはハリーと軽く拳を合わせた。
ロンも椅子から立ち上がる。
「俺たちはどうする? まだ昼まで時間があるぞ」
「私は図書館に戻るわ。今日の話をまとめておきたいもの」
ハーマイオニーは抱えていた羊皮紙を見せた。
「それに、魔法生物の分類についても少し調べてみたいわ」
「じゃあ、僕も行く!」
ハリーが手を挙げた。
「本を読んで、もっと詳しくなりたいんだ!」
「おっ、いいな。俺も付き合うよ。途中でチェス盤があったら、一局くらい指したいけどな」
「ロン、図書館でチェスはできないわよ!」
「分かってるって!」
レオは三人を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、またあとでね。分からないことがあったら、いつでも聞きに来ていいから」
「ありがとう、レオ!」
ハリーが元気よく手を振る。
ロンも手を上げ、ハーマイオニーは少しだけためらったあと、丁寧に言った。
「……またね、レオ。今日の話、とても勉強になったわ」
「こちらこそ。君の質問も面白かったよ」
「ほ、本当?」
「うん。自分では気づかない視点を教えてもらえるからね」
ハーマイオニーは、今度こそ言葉を失った。
頬が熱い。
胸がどきどきする。
何か気の利いた返事をしたいのに、頭の中が真っ白になってしまう。
「……あ、ありがとう!」
結局、出てきたのはその一言だけだった。
レオは優しく笑って、廊下の向こうへ歩いていった。
その背中が見えなくなるまで、ハーマイオニーはじっと見送っていた。
「……ハーマイオニー?」
ハリーが不思議そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「な、何でもないわ!」
彼女は慌てて本を抱え直した。
「さあ、図書館へ行きましょう! 時間がもったいないもの!」
「うん!」
ハリーは笑顔でうなずいた。
ロンは二人の後ろを歩きながら、ぼそりと呟いた。
「……やっぱり、レオの前だと違うよなあ」
「ロン! 聞こえてるわよ!」
「うわっ、聞こえてたのかよ!」
「もちろんよ!」
三人の声が、長い廊下に響いていった。
*
一方、そのころ。
レオは自室で机に向かい、古代ルーン文字の資料を広げていた。
窓の外からは鳥のさえずりが聞こえ、紙の上には午後の光が細長く伸びている。
彼は羽根ペンを手に取り、資料の一節を書き写した。
――古代の浮遊術式における、魔力の循環構造。
その内容を読み進めていたとき、ふと、机の端に置いてあった小さな包みが目に入った。
「……あ」
レオは手を止めた。
包みの中には、さきほどハリーたちと食べたものと同じ焼き菓子が、あと一つだけ残っていた。
レオはそれを手に取った。
そして、少しだけ迷ったあと、そっと口へ運んだ。
「……おいしい」
思わず、声が漏れた。
普段は何事にも落ち着いて対応し、難しい魔法の構造も楽しそうに考えているレオだったが、甘いものには目がなかった。
特に、蜂蜜を使った焼き菓子は大好物だ。
もう一口。
さくりとした生地の中から、蜂蜜の甘い香りが広がる。
「……これは、もう一つ買っておけばよかったな」
レオは真剣な顔で呟いた。
もしハリーがこの場にいたら、きっと大喜びで笑っただろう。
もしロンが見ていたら、間違いなく「レオ兄貴にも弱点があるんだな!」と大騒ぎしたに違いない。
そして、もしハーマイオニーが見ていたら――。
「……いや」
レオはふと手を止めた。
「ハーマイオニーなら、きっと食べ物の成分まで調べようとするかな」
彼女の真剣な顔を思い浮かべ、レオはくすりと笑った。
机の上には、まだ読み終えていない資料が何枚もある。
午後の課題も残っている。
それでも、今だけは少しだけ休憩しよう。
レオは椅子の背もたれに身体を預け、窓の外を眺めた。
休日のホグワーツは、今日も穏やかだった。
弟のように大切な従弟と、その友人たち。
新しいことに目を輝かせ、失敗すれば悔しがり、それでも前を向いて進んでいく子どもたち。
そんな彼らと過ごす時間は、レオにとっても楽しいものだった。
「さて……もう少し頑張ろうかな」
レオは最後の焼き菓子を食べ終え、再び羽根ペンを手に取った。
窓の外で、秋風が木々を揺らしている。
その穏やかな午後、ホグワーツのあちこちでは、それぞれの休日が続いていた。