ハロウィーン当日のホグワーツは、朝からいつも以上に浮き立っていた。
廊下には大きなカボチャの飾りが並び、天井からは蝙蝠の形をした黒い飾りが吊るされている。大広間に入れば、金色の燭台が宙に浮かび、テーブルには色とりどりのお菓子が山のように盛られていた。
「うわあ、すごいな! 見てよ、ロン! あのカボチャ、僕の頭より大きいよ!」
「そりゃそうだろ。お前の頭くらいの大きさじゃ、飾りにならないって」
「えーっ、僕の頭だって結構大きいと思うけどな!」
「ハリー、それは自慢するところじゃないわよ!」
向かい側でパンを手にしていたハーマイオニーが、思わず吹き出した。
「もう、二人とも! 朝食を食べながらそんなことで言い争わないで。授業に遅れたらどうするの?」
「まだ時間はあるだろ、ハーマイオニー」
「そういう問題じゃないの!」
ハーマイオニーはぴしりと言い返したものの、すぐに自分でもおかしくなったらしく、口元を押さえて笑った。
その様子を見て、ハリーもロンもつられて笑う。
少し離れたレイブンクローのテーブルでは、レオが焼きたてのパンに蜂蜜を塗っていた。いつもより豪華な朝食に目を輝かせ、デザートの並ぶテーブルにも時折視線を向けている。
その姿を見つけたハリーは、椅子から身を乗り出した。
「レオ兄さーん! 今日の晩ご飯、すごいんだって!」
「うん、楽しみだね。ハリー、カボチャのタルトも出るらしいよ」
「本当!?」
「本当だよ。さっき先輩が教えてくれたんだ」
「やったあ!」
「……ハリー、朝ご飯を食べている途中でしょう?」
ハーマイオニーが呆れた声を出す。
「だって、タルトだよ?」
「タルトでも何でも、今はパンを食べなさい!」
「はーい!」
素直に返事をしたハリーは、勢いよくパンにかじりついた。
ロンが肩を震わせて笑い、ハーマイオニーもとうとう笑顔を隠せなくなる。
レオはそんな三人を見て、目を細めた。
「ふふ。みんな、今日はお腹を空かせておいたほうがよさそうだね」
「レオまで!」
ハーマイオニーの頬が、ほんの少し赤くなった。
けれど、彼女はすぐに背筋を伸ばし、食器をきちんと並べ直す。
「と、とにかく! 今日は授業もあるんだから、浮かれすぎないこと。特にロン、あなたは昨日の宿題をちゃんと終わらせたの?」
「うっ」
「その反応、終わってないのね?」
「いや、終わってる! 終わってるって!」
「じゃあ、どこが難しかったの?」
「ええと……そこは、その……」
「ほら!」
ロンが頭を抱え、ハリーが笑い、レオが楽しそうに手を振った。
いつもと変わらない、賑やかな朝だった。
このときの三人は、まさかその日の夜、自分たちの関係が大きく変わることになるとは思ってもいなかった。
◇
午前の授業が終わり、午後になると、ハロウィーンの雰囲気はますます濃くなった。
廊下では生徒たちが仮装の話をし、夕食のご馳走を予想して盛り上がっている。
そんな中、ハーマイオニーだけは少し機嫌が悪かった。
「だから、羽根ペンを動かすときは手首に力を入れすぎないほうがいいって言ったでしょう?」
「わかってるよ、ハーマイオニー。けど、そんな簡単にできないんだって」
ロンが不満そうに答える。
「簡単よ! 授業で先生が説明していたでしょう?」
「お前は何でもすぐできるから、そう言えるんだよ」
「なっ……!」
ハーマイオニーの顔が、みるみる赤くなった。
「わ、私はちゃんと練習しているの! あなたたちだって、少しは真面目に取り組めばいいでしょう!」
「はいはい、わかったよ」
「その言い方、何なの!?」
ロンは面倒くさそうに肩をすくめる。
ハリーは二人の間に入ろうとしたが、どう言えばいいのかわからず、困ったように頭をかいた。
「まあまあ、二人とも。せっかくのハロウィーンなんだから、仲良くしようよ」
「ハリーは黙ってて!」
ロンの言葉が、思いのほか強く響いた。
ハリーは目を丸くした。
「……え?」
「あっ、いや……」
ロンは言いすぎたことに気づいたようだったが、素直に謝ることができなかった。気まずそうに視線をそらし、そそくさと歩き出す。
「ロン、待ってよ!」
ハリーが追いかけようとしたときには、ロンはすでに廊下の角を曲がっていた。
残されたハーマイオニーは、唇をぎゅっと結んでいた。
「……もう、知らない!」
「ハーマイオニー……」
「ハリーも、放っておいて!」
彼女は顔を伏せたまま、反対方向へ駆け出した。
ハリーは伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろした。
「……僕、どうしたらよかったんだろう」
そこへ、ちょうど廊下を通りかかったレオが足を止めた。
「ハリー?」
「あ、レオ兄さん……」
ハリーは困った顔で、今起きたことを説明した。
レオは最後まで黙って聞き、それからハリーの肩にそっと手を置いた。
「心配だね。でも、今は少し一人になりたいのかもしれない。落ち着いたら、また話せると思うよ」
「そうかな……」
「うん。ハリーは、ハーマイオニーのことを大切に思っているんでしょう?」
「もちろんだよ! 友達だもん!」
「なら、その気持ちはきっと伝わるよ」
レオの穏やかな言葉に、ハリーは少しだけ顔を上げた。
「……うん。僕、あとでちゃんと謝る。僕が悪かったわけじゃないかもしれないけど、ハーマイオニーが悲しそうだったのは嫌だから」
「それでいいと思う」
レオは優しく微笑んだ。
「それじゃあ、僕はこれから図書館に行くね。何かあったら、いつでも声をかけて」
「うん! ありがとう、レオ兄さん!」
ハリーは元気よく手を振った。
その笑顔を見届けてから、レオは図書館へ向かう。
ハリーはしばらく廊下に立っていたが、やがてロンを探しに歩き出した。
◇
夜。
大広間では、ハロウィーンの夕食が始まろうとしていた。
巨大なカボチャのランタンが柔らかな光を放ち、テーブルには七面鳥のローストやマッシュポテト、パイやケーキが次々と並べられていく。
けれど、ハリーは食事を楽しむ気分になれなかった。
「ハーマイオニー、まだ来ないね……」
隣の席で、ロンが落ち着かない様子で指を動かしていた。
「うん。僕、ちょっと探してくるよ」
「待てよ、ハリー。俺も行く」
ロンは立ち上がり、ハリーの後を追った。
二人が大広間を出た、その直後だった。
クィレル先生が、慌てふためいた様子で扉から飛び込んできた。
「ト、トロールです! 地下牢に……トロールが侵入しました!」
大広間が静まり返った。
次の瞬間、悲鳴とざわめきが一斉に広がる。
ダンブルドア校長が立ち上がり、落ち着いた声で生徒たちに指示を出した。
「皆さん、慌てずに。監督生の指示に従って、自分の寮へ戻りなさい」
マクゴナガル先生も生徒たちを誘導し、スネイプ先生は教職員の間で短く言葉を交わしている。
しかし、ハリーとロンは顔を見合わせていた。
「……ハーマイオニー!」
ハリーが叫ぶ。
「そうだ、ハーマイオニーはトイレにいるかもしれない!」
ロンの顔から血の気が引いた。
「でも、みんな寮に戻れって……」
「そんなの、ハーマイオニーが危ないかもしれないのに帰れるわけないだろ!」
ハリーはすぐに駆け出した。
「ハリー、待てよ!」
ロンも慌てて追いかける。
二人は廊下を走った。
石造りの床に靴音が響き、遠くから先生たちの指示や生徒たちの声が聞こえてくる。
「ハーマイオニー! どこだー!」
ハリーは何度も名前を呼んだ。
「返事してくれよ!」
「おい、こっちじゃないか!?」
ロンが女子トイレのある廊下を指さした。
そのとき、奥から、ずしん、と重たい音が響いた。
二人は同時に足を止めた。
続いて、壁が揺れるような鈍い衝撃。
何か巨大なものが、建物の中を歩いている。
「……トロールだ」
ロンが唾を飲み込んだ。
ハリーの心臓も、どくどくと激しく鳴っていた。
怖くないわけではない。
今すぐ先生を呼びに戻りたい気持ちだってある。
それでも。
「ハーマイオニーがいるかもしれない」
ハリーは震える手を握りしめた。
「行こう、ロン」
「……ああ!」
二人は顔を見合わせ、再び走り出した。
◇
女子トイレの中では、ハーマイオニーが洗面台のそばに座り込んでいた。
膝を抱え、目元を何度も袖で拭う。
「……何よ、二人とも……」
さっきのロンの言葉が、頭の中で何度も繰り返されていた。
自分だって、最初から何でもできたわけじゃない。
授業についていくために、毎日必死で勉強している。わからないことがあれば本を探し、何度も読み直し、できるまで練習している。
それなのに。
「どうして、あんな言い方をするのよ……!」
声が震えた。
涙がまた頬を伝う。
そのとき、扉の向こうから足音が聞こえた。
「ハーマイオニー!」
ハリーの声だった。
「ハーマイオニー、いるのか!?」
「えっ……ハリー?」
顔を上げた瞬間、トイレの入口からハリーとロンが飛び込んできた。
「二人とも、何しに……」
言いかけたハーマイオニーの言葉が止まった。
その背後。
壊れそうなほど大きな扉の向こうから、巨大な影が現れた。
灰色の皮膚。ぼんやりとした目。手には太い棍棒。
トロールが、そこにいた。
「……え?」
ハーマイオニーの顔が真っ青になった。
「きゃあああああっ!」
「逃げろ、ハーマイオニー!」
ハリーが叫ぶ。
だが、トロールはすでに三人に気づいていた。
巨大な頭が、ゆっくりとこちらを向く。
そして、棍棒が振り上げられた。
「伏せろ!」
ハリーは反射的に叫んだ。
轟音。
棍棒が洗面台に叩きつけられ、陶器が粉々に砕け散った。水が噴き出し、破片が床を跳ねる。
「いやあっ!」
ハーマイオニーは悲鳴を上げ、床に身を伏せた。
「ハーマイオニー、こっちだ!」
ハリーが彼女の腕をつかもうとしたが、トロールがもう一度棍棒を振り回す。
ハリーはとっさに彼女の前へ飛び出した。
「ハリー、危ない!」
ロンの叫び声が響く。
棍棒が頭上をかすめ、壁に激突した。
ハリーは衝撃に目を見開いた。もし少しでも遅れていたら、まともに当たっていたかもしれない。
怖い。
足が震える。
それでも、ハーマイオニーを置いて逃げることなんてできなかった。
「ロン! 何かできないか!?」
「わ、わかってる! わかってるけど……!」
ロンは杖を握りしめたまま、目の前の巨体を見上げていた。
トロールが棍棒を引き抜こうとする。
ハリーはハーマイオニーの腕を引き、倒れた洗面台の陰へと走った。
「ハーマイオニー、立てる!?」
「う、うん……!」
「よかった!」
ハリーはほっとしたものの、すぐに表情を引き締めた。
「でも、どうしよう……!」
ハーマイオニーは震えながら杖を握り直した。
目には涙が残っていたが、その視線はトロールの手元を追っている。
「棍棒……あれを、どうにかできれば……!」
「どうにかって、どうするんだよ!?」
「浮かせるのよ! 呪文で!」
「そんなこと、今できるかよ!」
「やらなきゃ、私たちみんな潰されるでしょう!?」
ハーマイオニーは涙声で言い返した。
その言葉に、ロンがはっとした。
授業で習った呪文。
羽根を浮かせるための、あの呪文。
ロンは大きく息を吸い込んだ。
「……ウィンガーディアム・レビオーサ!」
杖先から放たれた魔法が、トロールの棍棒に命中した。
棍棒が、ぐらりと揺れる。
「浮いた!」
ハリーが叫んだ。
棍棒はトロールの手から離れ、空中へと持ち上がった。
トロールは自分の手を見下ろし、何が起きたのかわからない様子で首を傾げる。
「ロン、すごい!」
ハーマイオニーの声が弾んだ。
「そのまま! もっと上よ!」
「わ、わかってる!」
ロンは歯を食いしばり、杖を振り上げた。
空中に浮かんだ棍棒が、ゆっくりとトロールの頭上へ移動する。
そして。
どすん!
棍棒が、トロールの頭に落ちた。
巨大な体がぐらりと傾き、床を震わせながら倒れ込む。
トイレの中に、重たい沈黙が落ちた。
三人は、しばらく動けなかった。
「……倒れた?」
ハリーが、恐る恐る尋ねた。
「た、たぶん……」
ロンは杖を構えたまま、トロールを見つめている。
「本当に……倒れたの?」
ハーマイオニーも呆然と呟いた。
三人は顔を見合わせた。
そして、ほとんど同時に息を吐き出した。
「た、助かったぁ……!」
ハリーはその場にへたり込んだ。
「もう駄目かと思った……!」
「俺だってそうだよ! 心臓が飛び出るかと思った!」
ロンも壁に背中を預け、震える手で額をぬぐった。
ハーマイオニーは二人を交互に見つめていた。
さっきまで、あんなに腹が立っていたのに。
ロンの言葉に傷ついて、もう顔も見たくないと思っていたのに。
二人は、自分を助けに来てくれた。
危険だとわかっていたはずなのに。
「……どうして」
ハーマイオニーの声が、かすかに震えた。
「どうして、来てくれたの?」
ハリーはきょとんとした。
「え? だって、ハーマイオニーがここにいるかもしれないって思ったから」
「でも、トロールが……」
「うん。すっごく怖かった!」
ハリーは正直に答えた。
「足も震えてたし、どうすればいいか全然わからなかった。でも、ハーマイオニーが危ないなら、助けなきゃって思ったんだ」
「ハリー……」
ハーマイオニーの目に、再び涙が浮かんだ。
今度は、さっきとは違う涙だった。
ロンは気まずそうに頭をかいた。
「……その、さっきは悪かった」
「え……?」
「お前が何でも知ってるからって、嫌な言い方した。お前がちゃんと勉強してるのは知ってるのに……その、腹が立って、つい」
ロンは耳まで赤くしながら、床を見つめた。
「ごめん」
ハーマイオニーは目を見開いた。
それから、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……私も、ごめんなさい」
「え?」
「あなたたちのこと、勉強しないからって責めてばかりいたわ。私だって、もう少し言い方を考えればよかったのに……」
涙をぬぐおうとした手が、途中で止まった。
「でも……本当に、怖かったんだから!」
ハーマイオニーの声が大きくなる。
「トロールが出てきて、もうどうしたらいいかわからなくて! あなたたちが来てくれなかったら、私……!」
「ハーマイオニー!」
ハリーが慌てて近づいた。
「ごめん! もう大丈夫だから!」
「ハリーのせいじゃないわよ!」
「えっ、そうなの?」
「そうよ!」
ハーマイオニーは涙をこぼしながら、思いきり言い返した。
ロンは困った顔をしつつも、ほっとしたように笑った。
「……なんか、お前らしいな」
「ロン!」
「わっ、悪かったって!」
いつもの言い合いが戻ってきた、そのとき。
「そこで何をしているのです!」
鋭い声が、トイレの入口から響いた。
三人が振り向くと、マクゴナガル先生が立っていた。その後ろにはスネイプ先生とクィレル先生もいる。
マクゴナガル先生は、床に倒れたトロールを見て顔色を変えた。
「まあ……なんということ……!」
彼女はすぐに三人へ視線を戻した。
「あなたたち! なぜ寮に戻らず、こんな場所にいるのですか!」
「そ、それは……」
ハリーは口を開いたものの、うまく説明できなかった。
ロンも同じだった。
ここへ来たのはハーマイオニーを助けるためだ。しかし、許可なく危険な場所へ入ったことまで、なかったことにはできない。
そのとき、ハーマイオニーが一歩前へ出た。
「先生、私が悪いんです」
「ミス・グレンジャー?」
「私が……トロールがいると知らずに、ここに隠れていたんです。ハリーとロンは、私を探しに来てくれただけで……」
「ハーマイオニー、でも……」
ハリーが驚いて彼女を見る。
ハーマイオニーは二人にちらりと目を向けた。
その頬はまだ涙で濡れていたが、目は真剣だった。
「二人は、私を助けてくれたんです」
マクゴナガル先生は、しばらく三人を見つめていた。
やがて、大きく息をつく。
「……あなたたちの行動には、いくつもの問題があります。危険を知らせずに動くことも、先生に報告せずに立ち入ることも、決して褒められたものではありません」
三人は揃ってうつむいた。
「ですが、友人を助けようとした勇気については、認めなければならないでしょう」
マクゴナガル先生の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
「三人とも、怪我はありませんね?」
「はい……!」
ハリーが答え、ロンとハーマイオニーも頷いた。
「よろしい。では、医務室で念のため診てもらいなさい。詳しい話は、そのあとで聞きます」
「はい、先生」
三人が返事をすると、マクゴナガル先生はトロールのほうへ向き直った。
その後ろで、スネイプ先生が何か言いたげにハリーを見ていたが、今は何も口にしなかった。
◇
トイレを出ると、廊下の向こうにレオが立っていた。
「ハリー!」
レオは三人の姿を見るなり、ほっとしたように駆け寄ってきた。
「よかった……! みんな、怪我はない?」
「レオ兄さん!」
ハリーは思わずレオに抱きついた。
「僕、すっごく怖かったよ!」
「うん、そうだよね。よく頑張ったね、ハリー」
レオはハリーの背中を優しく撫でた。
それからロンとハーマイオニーにも視線を向ける。
「二人も、本当に無事でよかった」
「……レオ」
ハーマイオニーは、彼の顔を見た途端、張り詰めていたものが緩んだように目を潤ませた。
「私……私、トロールが……!」
「うん。大変だったね」
「すごく大きくて……洗面台も壊れて……もう、どうなるかと思ったの!」
言葉を重ねるうちに、ハーマイオニーの声はまた震え始めた。
レオは急かさず、彼女が話し終えるまで静かに聞いていた。
「そうだったんだね。怖かったでしょう?」
「……うん」
ハーマイオニーは何度も頷いた。
「でも、ハリーとロンが助けてくれたの」
そう言って、二人を振り返る。
「ロンが呪文を使って、トロールの棍棒を浮かせたのよ。ハリーも、私を守ってくれて……」
「そっか」
レオは二人を見て、柔らかく微笑んだ。
「二人とも、勇気を出したんだね」
「いや……俺は、たまたま……」
ロンは頭をかいた。
「たまたまでも、あの状況で杖を構えて呪文を唱えるのは簡単じゃないよ」
「……そ、そうか?」
「うん。すごかったと思う」
レオが自然にそう言うと、ロンは照れくさそうに頬をかいた。
ハリーは嬉しそうに頷く。
「そうだよ! ロン、すごかったんだ! 棍棒がふわーって浮いてさ、それで、どすんって!」
「わかった、わかった! そんな大声で説明しなくても聞こえてるって!」
「えー、だって本当にすごかったんだもん!」
ロンが顔を赤くし、ハリーが笑う。
そのやり取りを見て、ハーマイオニーもとうとう笑顔になった。
まだ目元は赤く、制服にも水が跳ねている。それでも、先ほどまでの悲しそうな表情は消えていた。
「……ねえ、二人とも」
ハーマイオニーは、少しだけためらってから口を開いた。
「さっきは、ごめんなさい。これからは、もう少し……その、あなたたちの話も聞くようにするわ」
「俺も悪かったよ。お前のこと、からかいすぎた」
ロンが答える。
ハリーは二人の顔を見比べて、ぱっと笑った。
「じゃあ、仲直りだね!」
「ハリー、簡単にまとめすぎよ!」
「えっ、駄目だった!?」
「駄目じゃないけど……!」
ハーマイオニーは口元を押さえ、とうとう吹き出した。
ロンも笑い出す。
レオはそんな三人を眺めながら、心から嬉しそうに目を細めた。
「ふふ。これなら、もう大丈夫そうだね」
「レオ兄さん、僕たち、これからも友達だよね!」
ハリーが尋ねる。
「もちろんだよ」
「よかった!」
ハリーは満面の笑みを浮かべた。
ハーマイオニーはその笑顔を見て、少しだけ目を伏せる。
今日の自分は、泣いてばかりだった。
悔しくて、悲しくて、怖くて、どうしようもなかった。
けれど、そんな自分を探しに来てくれた人がいた。
危険を顧みず、手を伸ばしてくれた人がいた。
それが、胸の奥にじんわりと温かいものを残している。
「……ありがとう、ハリー。ロン」
二人は一瞬、きょとんとした。
それから、ハリーが嬉しそうに笑い、ロンが照れくさそうに頷いた。
「おう」
「うん!」
そのとき、レオがぽんと手を叩いた。
「さて、みんな。先生の言うとおり、まずは医務室に行こう。怪我がなくても、念のため診てもらったほうがいいからね」
「そうだね!」
「……わかったわ」
「俺、別にどこも痛くないけどなあ」
「ロン、こういうときは素直に従うものよ!」
「はいはい!」
「はいは一回!」
「はい!」
また始まった二人のやり取りに、ハリーは声を上げて笑った。
レオも、つられて笑う。
ハロウィーンの夜。
トロール騒ぎに巻き込まれた三人は、こうして一緒に歩き出した。
少し前まで、互いに腹を立てたり、言いすぎて傷つけたりしていた三人。
それでも、誰かが危険にさらされたとき、彼らは相手を放っておけなかった。
それぞれの胸に残った恐怖は、すぐには消えないだろう。
けれど、隣を歩く友達の存在が、今は何より心強かった。
「ねえ、ハリー。医務室から戻ったら、今日の授業の復習をしましょう」
「えっ、今から!?」
「もちろんよ! 今日はいろいろあって、まだ宿題も残っているんだから!」
「うわあ、ハーマイオニー、元気になった途端それかよ!」
「何か問題でもあるの、ロン?」
「ありません!」
ロンが即座に答え、ハリーがまた笑う。
その少し後ろで、レオは三人の姿を見守っていた。
仲直りできてよかった。
心から、そう思う。
今夜、ハリーたちは自分たちの力で危機を乗り越えた。
そして、助け合うことの意味を、教科書とは違う形で知ったのだ。
レオはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、三人が並んで歩いていく背中を、優しい眼差しで見つめていた。