ホグワーツにハロウィーンの夜が訪れてから、数日が過ぎた。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、すっかり一緒に行動するようになっていた。
授業が終われば宿題を見せ合い、空き時間には図書館へ向かう。時にはロンがチェス盤を持ち出し、ハリーが駒の動きに目を輝かせ、ハーマイオニーが「静かにして!」と注意することもあった。
そして、レオが顔を出すと、三人は決まって彼の周りに集まった。
「レオ兄さん、聞いてよ! 今日、ロンがチェスで僕に勝ったんだ!」
「そりゃあ、俺のほうが強いからな!」
「でも、ハリーもずいぶん上手になってきたね」
「本当!? やった!」
「レオ、ロンを褒めるなら、ハリーのこともちゃんと褒めてあげて!」
ハーマイオニーが勢いよく身を乗り出す。
「もちろん。ハリーもよく頑張っているよ」
「えへへ……!」
ハリーが嬉しそうに頬を緩めた。
「……もう、ハリーったら。そんなにすぐ喜ぶんだから」
ハーマイオニーは呆れたように言いながらも、口元には笑みが浮かんでいる。
そんな賑やかな毎日が続く中、グリフィンドールに大きな知らせが舞い込んできた。
ハリーが、クィディッチの選手に選ばれたのだ。
◇
「ハリーがシーカー!?」
グリフィンドールの談話室に、ロンの大声が響いた。
「そうなんだ! マクゴナガル先生が、僕を見てくれていたみたいで!」
ハリーは興奮を隠しきれず、両手を握りしめていた。
「すごいじゃないか! グリフィンドールのチームに入るなんて、普通はもっと上級生になってからだぞ!」
「うん! 僕もびっくりしたよ!」
「ねえ、シーカーって何をする役なの?」
ハーマイオニーが尋ねた。
「クィディッチは七人で戦う競技なんだ。シーカーは、金色の小さなボール――金のスニッチを捕まえる役目だよ」
説明したのは、近くにいたレオだった。
「スニッチを捕まえると、百五十点が入って試合が終わるんだ。だから、シーカーの役割はとても大きいんだよ」
「百五十点!?」
ハーマイオニーが目を丸くする。
「そんなに差がつくの? それなら、シーカーが試合の勝敗を左右することも多いのね!」
「そうだね。もちろん、ほかの選手の活躍も大切だけど」
「うわあ……!」
ハリーはますます目を輝かせた。
「僕、頑張るよ! 絶対にスニッチを捕まえてみせる!」
「いい意気込みだね。でも、無理はしないこと。空を飛ぶときは、周囲をよく見てね」
レオは笑顔でそう言った。
「わかってるよ、レオ兄さん!」
「本当にわかってるのか?」
ロンが横から口を挟む。
「ハリーは夢中になると、周りが見えなくなるからな」
「ええっ!? そんなことないよ!」
「昨日だって、図書館で本を読みながら歩いて、柱にぶつかりかけてただろ」
「あれは本に夢中だっただけだよ!」
「それを周りが見えてないって言うんだよ!」
「むう……!」
ハリーは頬を膨らませた。
ハーマイオニーがくすくすと笑う。
「でも、ロンの言うことも一理あるわ。ハリー、試合では落ち着いて行動すること。あなたが怪我をしたら、私だって心配なんだから」
「ハーマイオニー……!」
ハリーは嬉しそうに笑った。
「ありがとう! でも、大丈夫だよ。僕、ちゃんと気をつけるから!」
「……もう。そういうところが心配なのよ」
ハーマイオニーは額に手を当てた。
その様子を見て、レオは穏やかに微笑んだ。
「ハリーなら、きっといいシーカーになれるよ。僕も応援しているからね」
「うん!」
ハリーの返事は、談話室いっぱいに響くほど元気だった。
◇
翌日。
クィディッチの練習が始まる前に、レオはグリフィンドールのクィディッチチームの主将、オリバー・ウッドと話をする機会があった。
「ハリーのことを、よろしくお願いします」
レオがそう言うと、ウッドは少し驚いた顔をした。
「君はハリーの従兄か?」
「はい。レオ・スカマンダーです」
「ああ、君が噂のレイブンクローの一年生か。授業でずいぶん活躍しているそうだな」
「いえ、僕はまだまだですよ」
レオは照れくさそうに笑った。
ウッドはハリーのほうへ視線を向ける。
「ポッターには期待している。あの飛行技術は一年生とは思えないからな」
「そうですね。ハリーは昔から空を飛ぶことに憧れていました」
「それなら、なおさら楽しみだ。よし、今日も練習を始めよう!」
ウッドが声を張り上げる。
ハリーは箒を抱え、元気よく返事をした。
「はい!」
レオは観客席の端に腰を下ろした。
グラウンドには冷たい風が吹き、芝生の上を落ち葉が転がっている。空には薄い雲が流れ、遠くの森が秋色に染まっていた。
選手たちが次々と箒にまたがり、地面を蹴る。
ハリーも軽やかに飛び上がった。
「おおっ……!」
ロンが思わず声を漏らす。
「やっぱり、ハリーは飛ぶのが上手だな!」
ハリーは風を切りながら、グラウンドの上空を滑るように飛んでいた。急な方向転換も、速度の調整も自然だ。初めて箒に乗ったときから感じていた才能が、練習を重ねることでさらに磨かれている。
ハーマイオニーも、目を輝かせて空を見上げた。
「本当にすごいわ……! あんな速度で飛んでいるのに、どうしてあんなに安定しているのかしら?」
「ハリーは、飛んでいるときの感覚をつかむのが上手なんだと思うよ」
レオは答えた。
「体で風を感じて、箒の動きに合わせているんだ。頭で考えるだけじゃなくて、自然に反応できているんだろうね」
「なるほど……!」
ハーマイオニーはすぐにノートを取り出しかけ、慌てて手を止めた。
「……あっ、今は見ている場合よね!」
その言葉に、ロンが笑った。
「ハーマイオニー、何でも記録しようとするんだな」
「だって、知りたいことがたくさんあるんだもの!」
「はいはい」
「ロン!」
二人のやり取りを聞きながら、レオはグラウンドへ目を戻した。
ハリーはウッドの指示に従い、何度も急旋回を繰り返している。
その飛び方に危なっかしさはない。
少なくとも、今のところは。
◇
練習が終わると、ハリーは頬を赤くして戻ってきた。
「どうだった、ハリー!」
ロンが駆け寄る。
「すっごく楽しかった! ウッドも、僕の飛び方を褒めてくれたんだ!」
「やっぱりな!」
「レオ兄さんも見てくれた?」
「うん。とても上手だったよ」
「本当!?」
「本当だよ」
レオが頷くと、ハリーは嬉しそうに笑った。
そのとき、ウッドがハリーの肩を叩いた。
「ポッター、次の練習はもっと実戦に近い動きをやるぞ。シーカーはスニッチを見つけるだけじゃない。相手の動きにも注意しなければならないからな」
「はい!」
「それと、箒の手入れも忘れるなよ。道具を大切にすることも選手の仕事だ」
「わかりました!」
ウッドは満足そうに頷き、ほかの選手たちのもとへ戻っていった。
ハリーは自分の箒を抱え直し、嬉しそうにその柄を撫でた。
「この箒で、いつか試合に出るんだなあ……」
「うん。でも、練習を重ねてからだね」
レオが言う。
「それはわかってるよ! 僕、ちゃんと練習する!」
ハリーは胸を張った。
その笑顔を見て、レオも嬉しくなった。
ところが。
グラウンドを離れようとしたとき、レオの視線が、ふとハリーの箒に止まった。
柄の部分。
木目に沿って、ごく薄い魔力の揺らぎが走っている。
ほんの一瞬だった。
風の流れとも違う、魔法が残した痕跡。
レオは足を止めた。
「……ハリー」
「ん? どうしたの、レオ兄さん?」
「その箒、少し見せてもらってもいいかな?」
「いいよ!」
ハリーは何の疑いもなく箒を差し出した。
レオは受け取ると、柄を軽く指でなぞった。
見た目には何の変哲もない箒だ。
しかし、魔力の流れを注意深く追うと、かすかな乱れが感じられる。
自然に生まれたものではない。
何者かが、意図的に魔法を施した痕跡だった。
「……レオ?」
ロンが不思議そうに覗き込む。
「何かあったのか?」
「うん。少し気になることがあってね」
レオは箒を持ち直した。
ハーマイオニーがすぐに表情を引き締める。
「気になることって?」
「まだ、はっきりとはわからないんだ。でも、この箒には、普通とは違う魔力の流れが残っている」
「魔力の流れ?」
ハリーは自分の箒を見つめた。
「それって、悪いことなの?」
「今の段階では、断言できないよ」
レオはハリーを不安にさせないよう、優しく答えた。
「箒そのものに問題がある可能性もあるし、何か別の魔法が影響しているのかもしれない。だから、先生に確認してもらおう」
「……うん、わかった」
ハリーは少し心配そうに頷いた。
「でも、僕の箒、壊れちゃうのかな……」
「大丈夫。原因がわかれば、対処できるかもしれないからね」
レオはハリーの肩を軽く叩いた。
「それに、ハリーが悪いことをしたわけじゃないんだ。心配しすぎなくていいよ」
「そうだよね!」
ハリーは少しだけ表情を明るくした。
だが、ハーマイオニーはまだ納得できない様子だった。
「レオ、魔法の痕跡が残っているって、具体的にはどういうことなの? 箒に何かの呪文がかけられている可能性があるの?」
「その可能性はあるね。けれど、今ここで無理に調べるより、先生に見てもらったほうが安全だと思う」
「……そうね。わかったわ」
ハーマイオニーは真剣に頷いた。
ロンも眉を寄せていた。
「でも、誰がそんなことを……?」
「それは、まだわからないよ」
レオは静かに答えた。
彼は箒を抱えたハリーを見つめた。
今のところ、ハリーに危険が及んだわけではない。
けれど、もしこの魔力の乱れが、飛行中に何かを引き起こすものだとしたら。
それだけは、見過ごせなかった。
◇
その日の夕方。
レオは箒を持って、マクゴナガル先生を訪ねた。
教員室の前でノックすると、ほどなくして返事があった。
「どうぞ」
「失礼します、マクゴナガル先生」
レオは礼儀正しく頭を下げた。
「スカマンダー君? どうしましたか」
「少しご相談したいことがあります。ハリーの箒についてです」
その名前を聞いた瞬間、マクゴナガル先生の表情が引き締まった。
「ポッターの箒?」
「はい。今日、練習を見学していたときに、魔力の流れに不自然な乱れを感じました。僕の勘違いかもしれませんが、一度確認していただきたいんです」
レオは箒を差し出した。
マクゴナガル先生は受け取ると、柄を確かめ、杖を取り出した。
短い呪文を唱え、箒に魔法をかける。
しばらくして、彼女の眉間にしわが寄った。
「……確かに、妙ですね」
「やはり、何かありますか?」
「まだ詳しいことはわかりません。しかし、自然に生じた魔力の乱れとは思えませんね」
マクゴナガル先生は箒を机の上に置いた。
「スカマンダー君、よく気づきました。あなたが見つけてくれなければ、見過ごしていた可能性があります」
「いえ。僕はただ、気になっただけです」
「その『気になった』という感覚を大切にしなさい。魔法使いにとって、違和感に気づくことは重要です」
「はい、先生」
レオは真剣に頷いた。
マクゴナガル先生は少し考え込んでから、続けた。
「この件は、私から校長にも報告しておきます。ポッターには、調査が済むまで箒を使わないよう伝えましょう」
「ありがとうございます」
「それから、スカマンダー君」
「はい?」
「あなた自身も、無理に原因を突き止めようとしないこと。あなたの能力は優れていますが、すべてを一人で解決する必要はありません」
レオは一瞬、目を瞬かせた。
それから、少し照れくさそうに笑った。
「……はい。気をつけます」
マクゴナガル先生は、わずかに表情を和らげた。
「よろしい。では、今日はもう戻りなさい」
「失礼します」
レオはもう一度頭を下げ、教員室を後にした。
廊下を歩きながら、彼は窓の外へ目を向けた。
夕日が城の塔を赤く染め、遠くのグラウンドでは、何人かの生徒が箒を片づけている。
ハリーは、飛ぶことが大好きだ。
初めて箒に乗ったときの笑顔を、レオはよく覚えている。
あの笑顔を曇らせるようなことは、できるだけ避けたい。
もちろん、危険をすべて取り除くことはできないだろう。
ハリー自身が挑戦し、失敗し、成長していくことも大切だ。
けれど、誰かの悪意によって傷つけられる必要はない。
「……早く原因がわかるといいな」
レオは小さく呟いた。
◇
翌朝。
ハリーたちが朝食を終えようとしていたところへ、レオがやってきた。
「おはよう、みんな」
「レオ兄さん!」
ハリーはすぐに顔を上げた。
「昨日の箒、どうだった?」
「マクゴナガル先生に確認してもらったよ。やっぱり、少し不自然な魔力の乱れがあったみたい」
「そっか……」
ハリーの肩が落ちた。
「じゃあ、僕、しばらく箒に乗れないの?」
「調査が終わるまでは使わないほうがいいそうだよ。でも、原因がわかれば、また乗れるようになると思う」
「……わかった」
ハリーは残念そうにしながらも、素直に頷いた。
「早く乗れるようになるといいなあ」
「うん。僕もそう思うよ」
レオは優しく微笑んだ。
すると、ハーマイオニーが身を乗り出した。
「先生たちは、誰かが呪文をかけた可能性についても調べているの?」
「その可能性も含めて、確認してくれると思う」
「そう……。誰かがわざとやったのなら、絶対に許せないわ」
ハーマイオニーは眉を吊り上げた。
「ハリーは何も悪いことをしていないのに!」
「ありがとう、ハーマイオニー」
ハリーは嬉しそうに笑った。
「でも、まだ誰がやったのかわからないんだから、決めつけるのはやめようよ」
「……そうね。あなたの言うとおりだわ」
ハーマイオニーは少し恥ずかしそうに頷いた。
ロンは腕を組んで考え込んでいた。
「もし誰かがハリーを狙ってるんだとしたら、嫌な話だな……」
「うん。でも、今は先生たちに任せよう」
レオがそう言うと、ロンも頷いた。
「そうだな。俺たちだけで考えても、わからないことだらけだし」
「それに、ハリーが箒に乗れない間は、別の練習をすればいいんだよ」
レオはハリーに向き直った。
「飛行の技術は、箒に乗っていないときにも学べるからね。試合のルールを覚えたり、選手の動きを研究したり」
「……そっか!」
ハリーの表情がぱっと明るくなった。
「そうだよね! 乗れないなら、今のうちにできることをやればいいんだ!」
「その意気よ、ハリー!」
ハーマイオニーが笑顔で頷いた。
「私もクィディッチの本を探してみるわ。ルールや戦術について書かれた本があれば、役に立つと思うの!」
「俺も読むよ。まあ、分厚い本は苦手だけど……」
「ロン、苦手だからって最初から諦めちゃ駄目よ!」
「はいはい、わかったよ!」
ロンは苦笑した。
ハリーは三人を見回し、心から嬉しそうに笑った。
「ありがとう、みんな! 僕、絶対にまた箒に乗れるようになるよ!」
「うん」
レオは頷いた。
その笑顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなる。
不自然な魔力の痕跡。
それが何を意味するのか、まだわからない。
けれど、今はハリーが前を向いている。
それなら、まずはその気持ちを大切にしたかった。
レオはいつものように微笑み、三人に声をかけた。
「それじゃあ、今日も授業を頑張ろうか」
「うん!」
「おう!」
「もちろんよ!」
三人の元気な返事が、大広間に響いた。
秋の朝の光が、高い窓から差し込んでいる。
ホグワーツの一日は、今日も賑やかに始まろうとしていた。