「ハリー! 朝だよ! 起きて!」
カーテンの隙間から差し込む朝日が、寝室の床に明るい四角形を作っていた。
ベッドの上で、ハリー・ポッターは毛布にくるまって眠っている。まだ二歳にもならない小さな身体は、昨夜からお気に入りになったふわふわの枕を両腕で抱きしめていた。
その枕を、レオン・エバンズ・スキャマンダー――レオが、そっと揺らす。
「ハリー、起きないと、朝ごはんがなくなっちゃうよ」
「……んぅ」
「今日はね、ママがパンケーキを焼いてくれるんだって。イチゴもあるよ」
「いちご……?」
ぴくり、とハリーの眉が動いた。
レオは笑いをこらえながら、もう一度呼びかける。
「うん。赤くて、甘くて、おいしいイチゴ」
「……たべる!」
ハリーは勢いよく起き上がった。
寝癖で黒髪があちこち跳ねている。大きな緑色の目をぱちぱちさせたあと、目の前にいたレオを見つけると、ぱっと顔を輝かせた。
「レオにいちゃん!」
「おはよう、ハリー」
「だっこ!」
「はいはい。おいで」
両腕を広げたレオの胸に、ハリーが飛び込む。まだ小さな身体をしっかり受け止め、レオはその背中をぽんぽんと叩いた。
「よく眠れた?」
「うん! レオにいちゃんのゆめ、みた!」
「えっ、僕の夢?」
「いっしょに、ぴょんぴょんしたの!」
「それは楽しそうだね。どこで跳ねたの?」
「おにわ!」
「じゃあ、今日は本当にお庭で遊ぼうか」
「やったあ!」
ハリーはレオの首にぎゅっと抱きついた。
その勢いに少しよろめきながらも、レオは嬉しそうに笑った。
ハリーがこの家に来てから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、レオにとってハリーは、すっかり自分の生活の一部になっていた。朝起きれば顔を見に行き、食事のときには隣に座り、面白いものを見つければ真っ先に教えたくなる。
ハリーが笑えば、自分まで嬉しくなる。
泣きそうな顔をすれば、どうにかして笑わせたくなる。
レオ自身、それがどうしてなのかを深く考えたことはなかった。ただ、ハリーが可愛くて仕方がないのだ。
「さあ、着替えようね。今日は庭に出るから、靴も履かないと」
「ぼく、じぶんでやる!」
「おっ、偉いね」
「できるもん!」
ハリーはベッドから降り、床に置かれたズボンを拾った。
しかし、片足を通そうとして、なぜか両足を同じ穴に突っ込んでしまう。
「……あれ?」
「ハリー、反対側にも穴があるよ」
「ないよ!」
「あるよ。ほら、ここ」
「……あった!」
ハリーは自分の失敗に気づくと、けらけら笑った。
「ズボン、まちがえちゃった!」
「大丈夫。僕も小さいころ、靴を左右逆に履いてたんだって」
「レオにいちゃんも?」
「うん。パパが写真を持ってるよ。今度見せてもらおうか」
「みたい!」
「じゃあ、約束ね」
レオはハリーの服を整え、小さな靴を履かせてやった。
そのころ、階下から甘い香りが漂ってきた。焼きたてのパンケーキに、バターとハチミツの匂いが混ざっている。
「レオー! ハリー! 朝ごはんができたわよ!」
アリシアの声が響いた。
「はーい!」
レオが返事をすると、ハリーも負けじと声を張り上げる。
「はーい! ママ、いちご!」
「ちゃんと用意してあるわよ!」
「やったあ!」
ハリーはレオの手を引っ張った。
「にいちゃん、はやく!」
「分かった、分かった。走ると転んじゃうよ」
「はしらないもん!」
そう言った直後、ハリーは小走りになった。
「ハリー!」
「えへへ!」
レオは慌てて追いかけながら、楽しそうに笑う弟の手を握り直した。
◇
朝食のテーブルには、焼きたてのパンケーキが山のように積まれていた。
皿の横にはイチゴ、ブルーベリー、薄切りのリンゴ。ハリーの前には、小さな子供用のカップに温めたミルクが注がれている。
「わああ……!」
ハリーは椅子に座った途端、目を丸くした。
「いっぱい!」
「たくさん食べてね。今日はお庭で遊ぶんでしょう?」
アリシアが微笑みながら、ハリーの皿に小さなパンケーキを二枚載せた。
「でも、ゆっくり食べるのよ。急ぐと喉に詰まるからね」
「はーい!」
ハリーはフォークを握りしめた。
その隣では、レオが自分のパンケーキにイチゴを並べている。ところが、ハリーがイチゴを一つ落としてしまったのを見つけると、すぐに自分の皿から一つ取って差し出した。
「はい、ハリー。こっちをどうぞ」
「レオにいちゃんの、なくなっちゃうよ?」
「僕の分はまだあるから大丈夫」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
ハリーは受け取ったイチゴをしばらく見つめ、それから満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう! にいちゃん、だいすき!」
「……うん。僕もハリーが大好きだよ」
レオは少し照れくさそうに笑った。
向かい側では、ロイドが新聞を広げていた。魔法界のニュースを読む手を止め、二人の様子を見ている。
「レオはすっかり兄さんらしくなったな」
「そうかい?」
「ハリーが来る前は、自分の研究に夢中で、食事中まで本を読んでいたのに」
「だって、あの本、続きが気になったんだもん」
「昨日も食卓に古代ルーン文字の本を持ってきただろう?」
「あれは、食べながらでも読めるかなって……」
「読めたのかい?」
「うん!」
レオは素直に頷いた。
ロイドは思わず吹き出し、アリシアも口元を押さえて笑った。
「もう。レオ、食事中は本をしまう約束でしょう?」
「ごめんなさい、ママ」
「分かればいいのよ」
アリシアはレオの頭を撫でてから、ハリーの口元についたハチミツを拭った。
「ハリーも、ほっぺにいっぱいついてるわね」
「えっ、どこ?」
「ここよ」
「とれた?」
「もう少しね」
ハリーは一生懸命に自分の頬を拭こうとしたが、反対側をこすってしまう。
レオは笑いながらナプキンを手に取った。
「貸して、ハリー。僕が拭いてあげる」
「ぼく、じぶんでできるよ!」
「うん。じゃあ、最後だけお手伝いするね」
「……うん!」
ハリーは素直に顔を向けた。
そのやり取りを見ていたロイドは、満足そうに頷く。
「さて、今日は庭に出るんだったね。レオ、ハリーにどこを見せるつもりなんだい?」
「まずは小鳥たち! それから、温室の近くにいる子たちも見せたいな。あと、トランクの中!」
「おや、盛りだくさんだ」
「だって、ハリーに見せたいものがいっぱいあるんだよ」
「そうか。なら、今日は僕も一緒に行こう」
「パパも?」
「もちろん。危ない生き物もいるからね」
「やったあ!」
ハリーは両手を上げた。
パンケーキの最後の一口を頬張りながら、足をぱたぱたと動かす。その顔には、これから始まる一日への期待がいっぱいに詰まっていた。
◇
食事を終えると、ロイドは庭に出る準備を始めた。
魔法生物の世話に使う革の手袋や、餌の入った小袋を鞄に詰める。アリシアはハリーの上着を用意し、レオは玄関で自分の靴を履いていた。
「ハリー、上着を着ましょうね」
「いらない!」
「外は少し寒いわよ」
「さむくないもん!」
ハリーは玄関の扉を見つめながら、じたばたと足を動かした。
早く庭に出たいらしい。
「ハリー、外に出たら風が吹いてるよ。ほっぺが冷たくなっちゃう」
レオがしゃがんで話しかけると、ハリーは少し考えた。
「……ほっぺ、つめたいの?」
「うん。冷たくなるよ」
「じゃあ、きる!」
「よし、偉いね」
レオはハリーの上着を手伝ってやった。
玄関の扉が開く。
秋の澄んだ空気が流れ込み、濡れた土と草の匂いが鼻をくすぐった。遠くでは小鳥のさえずりが響き、木々の間を吹き抜ける風が、色づいた葉をさらさらと揺らしている。
「わあ……!」
ハリーは庭を見渡した。
広い芝生。背の高い木々。花の咲く花壇。そして、柵の向こうに広がる不思議な生き物たちの居場所。
普通の家の庭とは、ずいぶん違っていた。
木の枝には、青や緑の羽を持つ小鳥たちが集まっている。そのうちの一羽が、ハリーの姿を見るなり、枝から飛び立った。
「とりさん!」
ハリーが手を振る。
すると、その小鳥は空中でくるりと一回転し、ハリーの頭上を通り過ぎていった。
「わああ! レオにいちゃん、みた!?」
「見たよ。あの子、挨拶してくれたのかもしれないね」
「ぼくにも、できるかな?」
「手を振ってみようか」
ハリーは両手を振った。
「こんにちはー!」
小鳥たちは一斉に鳴き声を上げた。
まるで返事をしているようだった。
「お返事した!」
「そうだね」
「みんな、ぼくのおともだち?」
「うん。仲良くなれたら、きっと友達になれるよ」
レオはハリーの手を握りながら、庭の奥へ歩いていった。
途中、花壇のそばで、丸い毛玉のような生き物が草を食べているのが見えた。ふわふわの白い毛に覆われ、小さな耳がぴょこぴょこと動いている。
「パパ、あの子は?」
「ポグレビーの子供だよ。まだ小さいから、そっと見てあげよう」
「さわっちゃだめ?」
「今は見るだけにしようね。びっくりすると逃げてしまうから」
「うん!」
ハリーは声を小さくし、そろそろと近づいた。
ポグレビーは草を食べるのをやめ、丸い目でハリーを見上げる。
「……こんにちは」
ハリーが囁くと、その生き物は耳をぴくりと動かした。
それから、また草を食べ始めた。
「パパ! おはなし、きいてくれた!」
「そうかもしれないな」
ロイドは優しく笑った。
「生き物と仲良くなるには、相手が何を嫌がるか知ることも大切なんだ。かわいいからって、いきなり抱きしめたりしたら驚いてしまうだろう?」
「うん。びっくりしちゃうもんね」
「その通り」
レオは感心したように頷いた。
「ハリーはちゃんと分かってるね」
「えへへ!」
ハリーは照れくさそうに笑い、レオの手をぎゅっと握った。
庭の奥には、さらに大きな建物があった。
木造の小屋の隣に置かれた、古びた革張りのトランク。
見た目は普通の旅行鞄にしか見えないが、その中には外からは想像もできないほど広大な空間が広がっている。
ニュート・スキャマンダーが長年の研究に使い、ロイドも管理を手伝っている魔法のトランクだった。
「レオにいちゃん、あれ、なあに?」
「魔法のトランクだよ!」
「おおきいかばん?」
「外から見るとね。でも、中はもっともっと広いんだ」
「おうちより?」
「うん。ずっと広いよ」
ハリーは目を丸くした。
「はいりたい!」
「もちろん。パパ、一緒に入っていい?」
「そのために準備してきたんだよ」
ロイドはトランクの留め金に手をかけた。
鍵が外れる音がして、蓋がゆっくりと開く。
中から、草と土の匂いがふわりと漂ってきた。
ハリーはレオの手を握ったまま、そっと中を覗き込む。
そこには、階段があった。
トランクの底へ続くはずの階段は、ずっと下まで伸びている。その先には青空が広がり、木々の緑が見えた。
「……えっ?」
ハリーは目をぱちぱちさせた。
「おそと?」
「そうだよ」
レオは楽しそうに笑った。
「行こう、ハリー!」
「うん!」
二人はロイドの後について、階段を下りていった。
◇
トランクの中は、別世界だった。
頭上には澄み切った青空が広がり、柔らかな風が草原を渡っていく。遠くには小さな湖があり、その水面を銀色の魚が跳ねていた。
木々の間からは、色鮮やかな羽を持つ鳥たちが飛び立つ。
ハリーは、すっかり夢中になっていた。
「わああああ! すごい! すごいよ、レオにいちゃん!」
「すごいでしょう?」
「ここ、かばんのなか!?」
「そうだよ」
「どうして!?」
「魔法だから!」
「まほう、すごーい!」
ハリーは大喜びで跳ねた。
その弾みで帽子がずり落ち、顔を覆ってしまう。
「わっ、まっくら!」
「ハリー、帽子が目にかかってるよ!」
「とれないー!」
「待ってね。はい、取れた」
レオが帽子を直してやると、ハリーは再び目の前の景色に歓声を上げた。
「もういっかい、みたい!」
「何度でも見られるよ。ここは逃げないからね」
「やったあ!」
ロイドは二人の後ろを歩きながら、微笑ましそうに眺めていた。
「レオ、湖のそばには行かないようにね。今日はまだハリーを連れて行くには早い場所もある」
「分かった、パパ」
「ハリーも、レオのそばを離れないこと」
「はーい!」
返事だけは立派だった。
ハリーは早速、道端に咲く黄色い花を見つけて駆け寄ろうとする。
「ハリー、こっちだよ!」
「おはな!」
「うん。でも、ゆっくりね」
レオはすぐに追いつき、ハリーの手を握り直した。
花壇の近くでは、小さな魔法生物たちが日向ぼっこをしていた。透明な羽を持つもの、綿毛のような身体を揺らすもの、木の根元から顔を出すもの。
その中の一匹が、ハリーの靴に興味を持ったらしい。
ふわふわした灰色の生き物が、鼻先で靴をつついた。
「……あれ?」
ハリーは足を止めた。
「レオにいちゃん、くつ、たべられる?」
「食べられないと思うよ。でも、気に入ったのかな?」
レオがしゃがむと、その生き物は今度は彼の指先に鼻を寄せた。
「こんにちは。君は誰かな?」
レオが優しく声をかける。
生き物は小さく鳴き、くるりと身体を回した。
「かわいい!」
ハリーは両手を胸の前で握りしめた。
「だっこしたい!」
「この子が嫌がらなかったら、パパに聞いてみようね」
ロイドが近づき、生き物の様子を確認した。
「この子は大丈夫そうだ。けれど、抱くときはそっとな」
「うん!」
ハリーは両腕を広げた。
ロイドが小さな生き物をそっと抱き上げ、ハリーの腕に乗せる。
ふわふわの毛が、ハリーの手のひらに触れた。
「……あったかい」
ハリーは目を輝かせた。
「ふわふわだよ、レオにいちゃん!」
「本当だね。気持ちよさそう」
「おなまえ、なんていうの?」
「これはフウワリネズミだよ。ニュートおじいちゃんがそう呼んでいるんだ」
「ふうわりねずみ!」
ハリーは嬉しそうに名前を繰り返した。
「ふうわりちゃん、こんにちは!」
フウワリネズミは小さく鳴いた。
ハリーはその声を聞くと、くすくす笑った。
「おしゃべりした!」
「仲良くなれたみたいだね」
レオも嬉しくなり、ハリーの隣にしゃがみ込んだ。
しばらくして、フウワリネズミは自分からハリーの腕を離れ、草むらへ戻っていった。
「ばいばい!」
ハリーは手を振った。
それから、ふとレオを見上げる。
「にいちゃん、ぼく、おおきくなったら、まほうのいきもののおせわする!」
「本当? それなら一緒にやろうよ」
「いっしょ?」
「うん。一緒に勉強して、一緒にお世話するんだ」
「やったあ!」
ハリーはレオに抱きついた。
レオは小さな身体を抱きしめ返した。
自分が知っていることを教えてあげたい。ハリーが知らない景色を、たくさん見せてあげたい。
そんな気持ちが、胸の中でどんどん大きくなっていた。
◇
昼前、ロイドはトランクの中にある小さな休憩小屋へ二人を連れていった。
木製のテーブルには、アリシアが用意してくれたサンドイッチとリンゴ、それから小さな瓶に入ったジュースが並んでいる。
「いっぱい遊んだから、お腹が空いただろう?」
「うん!」
ハリーは椅子に座るなり、サンドイッチに手を伸ばした。
「いただきます!」
「はい、召し上がれ」
ロイドが笑う。
レオは自分のサンドイッチを半分に分け、その片方をハリーの皿に置いた。
「ハリー、こっちも食べる?」
「いいの?」
「うん」
「ありがとう!」
ハリーは嬉しそうに頬張った。
食べ終わると、レオは鞄から一冊の絵本を取り出した。
「ハリー、これ読もうか」
「えほん!」
「今日はね、魔法の動物が出てくるお話だよ」
「どうぶつ!」
レオは隣に座り、絵本を開いた。
そこには、森を歩くキツネや、空を飛ぶ鳥、川辺で遊ぶ小さな生き物たちが描かれている。
「この子はキツネ。こっちはウサギだよ」
「きつね!」
「そう。耳がとがってるでしょう?」
「とんがってる!」
ハリーは絵本に顔を近づけた。
レオは一ページずつ、ゆっくり読み聞かせていく。ハリーは知らない言葉が出てくるたびに質問し、レオはそのたびに身振りを交えて説明した。
「ねえ、レオにいちゃん。どうして、おそらをとべるの?」
「鳥の身体には、翼があるからだよ」
「ぼくにも、はねがあったら、とべる?」
「うーん。人間の身体に翼をつけても、同じようには飛べないと思うな。身体の重さや、翼の形も関係するんだよ」
「からだのおもさ?」
「そう。重いものを持ち上げるには、それだけ大きな力が必要なんだ」
レオはテーブルにあった小さな木の積み木を二つ手に取った。
「こっちは軽いね。こっちは少し重い。持ち上げるなら、どっちが簡単かな?」
「かるいほう!」
「正解」
「やったあ!」
ハリーは両手を上げた。
ロイドは向かい側で紅茶を飲みながら、二人の会話に耳を傾けていた。
レオはまだ幼い。けれど、物事を覚えるのが早く、疑問を持つと自分で確かめずにはいられないところがあった。
それ以上に驚かされるのは、知っていることを人に教えるのが好きなことだ。
ハリーが理解すると、自分のことのように喜ぶ。
その姿を見ていると、ロイドも自然と頬が緩んだ。
「レオ、ハリーにずいぶん優しい先生ができたな」
「先生?」
レオは絵本から顔を上げた。
「僕、先生なの?」
「そうだよ。ハリーにいろんなことを教えているだろう?」
「そっか!」
レオは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ハリーが大きくなったら、もっとたくさん教えてあげる!」
「頼もしいな」
「うん!」
ハリーは絵本を抱きしめた。
「ぼく、レオにいちゃんみたいになりたい!」
「えっ?」
レオは目を丸くした。
「僕みたいに?」
「うん! いきものにやさしくて、なんでもしってて、まほうもできるの!」
「そ、そんなに?」
レオの頬が少し赤くなった。
「えへへ……ありがとう、ハリー」
嬉しさを隠せず、レオはハリーの頭を撫でた。
「でもね、ハリーはハリーのままでいいんだよ。僕と同じじゃなくても、君が好きなことを見つけたら、それをいっぱい勉強しよう」
「ぼくの、すきなこと?」
「うん。動物でも、本でも、魔法でも。何でもいいんだ」
ハリーはしばらく考えた。
それから、レオの腕にぎゅっと抱きつく。
「じゃあ、ぼく、レオにいちゃんとあそぶのがすき!」
レオは、とうとう声を上げて笑った。
「それは僕も大好きだよ!」
◇
午後になると、ロイドはトランクの管理記録を確認するため、別の区画へ向かった。
レオとハリーは休憩小屋の前に残り、芝生の上で木製の積み木を並べていた。
「ここがおうち!」
ハリーが積み木を二つ並べる。
「じゃあ、こっちは窓にしようか」
レオは小さな板を立てかけた。
「まど!」
「そう。ここから外が見えるんだよ」
「とりさん、みえる?」
「見えると思うよ」
二人は顔を見合わせ、笑った。
そのとき、積み木の隙間から小さな光が漏れた。
「……あれ?」
レオが手を止める。
積み木の表面に、淡い青色の線が浮かび上がっていた。
古代ルーン文字に似た、細かな模様だった。
レオは首を傾げた。
「これ、どうしたんだろう?」
指先を近づけると、光はすっと消えた。
積み木は元の木の色に戻り、何事もなかったかのように芝生の上に転がっている。
「にいちゃん?」
「ううん。何でもないよ」
レオは積み木を拾い上げた。
ハリーが心配そうに顔を覗き込んでくるので、すぐに笑顔を見せる。
「おうち、続きを作ろうか」
「うん!」
レオはさっきの光のことを少し気にしながらも、再び積み木を並べ始めた。
まだ幼い彼自身にも、何が起きたのか分からなかった。
ただ、文字のような模様が浮かんだ瞬間、頭の中に「こう並べればいい」という感覚が自然に生まれたのは覚えている。
難しいことを考えたわけではない。
積み木をもっときれいに並べたくて、指を伸ばしただけだった。
「できた!」
ハリーの声で、レオは我に返った。
目の前には、少し傾いてはいるものの、小さな積み木の家が完成していた。
「わあ、すごい! ハリー、上手だね!」
「えへへ!」
ハリーは誇らしそうに胸を張った。
「これ、パパにみせる!」
「うん。きっと喜ぶよ」
レオはハリーを抱き上げた。
積み木の家を壊さないように、二人でそっと持ち上げる。
そのまま父親を探しに歩き出した。
さっきの不思議な光のことは、いつの間にか頭の隅へ追いやられていた。
今のレオにとって、それよりも大切なのは、ハリーが一生懸命に作った家を、家族みんなに見てもらうことだった。
◇
夕方、スキャマンダー家の庭に帰ってきた二人は、玄関先でアリシアに迎えられた。
「おかえりなさい。楽しかった?」
「うん!」
ハリーは母親に駆け寄った。
「ママ、ぼくね、ふうわりねずみをだっこしたの!」
「あら、そうなの?」
「それからね、おおきなかばんのなかに、おそらがあったの!」
「ふふっ。トランクの中は広いでしょう?」
「うん! すっごくひろい!」
ハリーは両手をいっぱいに広げた。
「それでね、レオにいちゃんが、えほんをよんでくれたの! とりさんのおはなし!」
「まあ。よかったわね」
アリシアはハリーを抱き上げ、頬にキスをした。
レオも隣で笑っていた。
「ハリー、今日はいっぱい頑張ったんだよ。ポグレビーにも静かに挨拶できたし、フウワリネズミも怖がらせなかったんだ」
「そうなのね。偉かったわね、ハリー」
「えへへ!」
ハリーは得意げに笑った。
ロイドも玄関へ戻ってきて、二人の頭を順番に撫でる。
「今日はいい一日だったな」
「うん、パパ!」
「また行こうね、ハリー」
「いく!」
ハリーは即答した。
それから、レオの首に腕を回す。
「レオにいちゃんも、いっしょだよ!」
「もちろん。一緒に行こうね」
レオはハリーを抱きしめた。
アリシアはそんな二人を見つめ、ロイドの手をそっと握った。
この家には、魔法生物がいる。
不思議なトランクがあり、毎日のように小さな発見がある。
けれど、何よりも大切なのは、こうして家族が一緒に笑っていられることだった。
ハリーはまだ幼く、世界の広さも、自分の未来も知らない。
レオもまた、自分の中に眠る不思議な才能の正体を知らない。
ただ、二人は互いの手を握り、同じ家へ帰っていく。
「ねえ、ハリー」
「なあに、にいちゃん?」
「明日は何をして遊ぼうか?」
「えっとね……おそらのとりさん!」
「いいね。それじゃあ、朝ごはんを食べたら見に行こう」
「うん!」
ハリーは嬉しそうに笑った。
レオも笑い返した。
窓の向こうでは、夕陽が庭の木々を黄金色に染めていた。
その温かな光の中で、二人の少年は明日の約束を交わしていた。