クリスマス休暇が近づくにつれ、ホグワーツの廊下は少しずつ浮き立った雰囲気に包まれていた。
大広間には冬らしい飾りつけが増え、窓の向こうには冷たい風が吹いている。授業の合間には、休暇をどこで過ごすかという話題があちこちから聞こえてきた。
「ハリー、クリスマスは家に帰るの?」
朝食の席で、ロンが尋ねた。
「うん! アリシア母さんとロイド父さん、それからレオ兄さんにも会いたいしね!」
「そっか。俺はホグワーツに残るんだ。家族はみんな帰ってくるらしいけど、パーシーはどうせ監督生の仕事で忙しいだろうし」
ロンはソーセージを切りながら、少しだけ寂しそうな顔をした。
「ロンも帰りたくなったら、うちに来ればいいよ!」
「えっ?」
「僕の家、魔法生物がいっぱいいるんだ! 冬になると、暖かいところに集まってくる子たちもいるんだよ。きっと楽しいよ!」
「魔法生物がいっぱい……!」
ロンの目が輝いた。
「なあ、それって、どんな生き物がいるんだ?」
「ええとね、ふわふわの毛が生えていて、木の実が大好きな子とか、羽が透き通っている小鳥とか……」
「待って、ハリー。それって、どの魔法生物のこと?」
ハーマイオニーがすかさず尋ねた。
「名前はまだ覚えてないんだ。でも、みんなかわいいよ!」
「名前も覚えていないのに、かわいいって……」
ハーマイオニーは呆れたように息を吐いたが、すぐに表情を明るくした。
「でも、珍しい魔法生物がいるなら、私も見てみたいわ!」
「じゃあ、いつか一緒に来ればいいよ!」
「本当に? ありがとう、ハリー!」
ハーマイオニーが笑顔になる。
そのとき、少し離れた席からレオがやってきた。
「おはよう、みんな。クリスマスの話?」
「レオ兄さん! ロンがホグワーツに残るって言うから、うちに遊びに来ればいいって話してたんだ!」
「そうなんだ。ロン、もしよかったら、休暇中に遊びに来るといいよ。母さんも喜ぶと思う」
「えっ、いいのか?」
「もちろん。僕たちの家は、いつだって歓迎だよ」
レオが穏やかに笑うと、ロンはぱっと顔を輝かせた。
「やった! じゃあ、母さんに手紙を書いてみるよ!」
「うん。返事が来たら教えてね」
ハリーも嬉しそうに頷いた。
家族と友達が仲良くなってくれるのは、ハリーにとって何より嬉しいことだった。
*
その日の午後、ハリーたちは図書館で宿題を進めていた。
「うーん……」
ハリーが羽根ペンを持ったまま、唸り声を上げる。
「どうしたの、ハリー?」
「この課題、どうしても最後のところが分からないんだ。先生は簡単だって言ってたのに……」
「どれ? 見せて」
ハーマイオニーが隣からノートを覗き込んだ。
「ここは、呪文の効果がどのように発生するかを説明するところでしょう? まず、授業で習った基本の仕組みを書いて、それから具体例を挙げればいいのよ」
「なるほど! ありがとう、ハーマイオニー!」
「どういたしまして。……でも、授業中に先生の説明をちゃんと聞いていれば、もっと早くできたはずよ?」
「うっ……それは、そうかもしれない」
ハリーは苦笑いを浮かべた。
「次からは気をつけるよ!」
「本当に?」
「うん!」
ハーマイオニーはじっとハリーの顔を見つめたあと、結局、笑ってしまった。
「もう。あなたって、本当に前向きなんだから!」
「そうかな?」
「そうよ!」
ロンは二人のやり取りを聞きながら、チェスの駒を指先で弄んでいた。
「俺には、ハリーが宿題を忘れないようになる未来が見えないな」
「ロン!」
「ハハッ、冗談だって!」
小さな笑い声が図書館の静けさに溶けていく。
そのとき、レオが分厚い本を抱えて戻ってきた。
「お待たせ。少し探していた本が見つかったよ」
「レオ、何の本を探していたの?」
ハーマイオニーが興味津々で尋ねた。
「魔法薬と錬金術に関する本だよ。古い記録に、少し気になる名前があってね」
「名前?」
「ニコラス・フラメル」
その名前を聞いたハーマイオニーは、ぱちりと目を瞬かせた。
「ニコラス・フラメル……どこかで聞いたことがあるような……」
「知ってるのか?」
ロンが尋ねる。
「いいえ。名前だけ、何かの本で見たような気がするの。でも、何をした人だったかまでは思い出せないわ」
ハーマイオニーは悔しそうに唇を尖らせた。
「私、知らないことがあると気になって仕方がないのよ!」
「じゃあ、一緒に調べてみようか」
レオが本を机に置いた。
「古い錬金術師についての資料なら、この辺りにまとまっているはずだよ」
「ぜひ!」
ハーマイオニーは勢いよく立ち上がり、近くの本棚へ向かった。
「ニコラス・フラメル……ニコラス・フラメル……」
彼女は背表紙を目で追いながら、次々と本を引き出していく。
「錬金術の歴史、魔法薬の発展、著名な魔法使いの伝記……あっ、これかしら?」
ようやく一冊を見つけた彼女は、両手で抱えて机に戻ってきた。
しかし、ページをめくっても、目当ての名前はなかなか見つからない。
「おかしいわね……索引には載っているのに、説明がほとんどないわ」
「別の本に詳しい記録があるのかもしれないね」
レオはそう言いながら、手元の資料を確認した。
「ニコラス・フラメルという人物が実在したことは確かだよ。錬金術に関係する人物として、古い記録に名前が残っている」
「でも、それだけじゃ何も分からないじゃない!」
ハーマイオニーは本を閉じ、悔しそうに頬を膨らませた。
「どんな功績を残したのか、何を研究していたのか、そういうことが知りたいのに!」
「気になるね」
レオは穏やかに頷いた。
「ただ、情報が少ないということ自体、何か理由があるのかもしれない。今の段階では、無理に結論を出さないほうがいいと思うよ」
「……そうね」
ハーマイオニーは少し考えてから、再び本を開いた。
「別の資料も探してみるわ。きっと、どこかに手がかりがあるはずよ!」
「俺は名前を聞いたこともないんだけどなあ」
ロンがぼやく。
「ロンも少しは興味を持ちなさい!」
「持ってるよ! ただ、古い本を読むのが好きじゃないだけで!」
「それを興味がないって言うのよ!」
「二人とも、図書館だから少し声を抑えてね」
レオが小声で注意すると、二人は同時に口を閉じた。
「……ごめんなさい」
「悪かった」
ハリーはそんな二人を見て、肩を震わせながら笑いをこらえていた。
*
数日後。
ハリーたちは、図書館で借りた本を返しに行く途中、廊下の掲示板の前で足を止めた。
「ねえ、ハリー。これ、見た?」
ハーマイオニーが掲示板を指差す。
「何?」
「クリスマス休暇中に、図書館の一部が整理されるらしいわ。古い資料の閲覧には司書の許可が必要だって」
「へえ。大掃除でもするのかな?」
「そうかもしれないわね。でも、古い資料を調べるなら、早めに行ったほうがよさそう」
ハーマイオニーは真剣な顔で頷いた。
そこへ、レオが階段を上ってきた。
「みんな、何を見ているの?」
「レオ! ニコラス・フラメルについて、もう少し調べたいと思っていたところなの。休暇前に、もう一度図書館へ行こうと思って」
「いいと思うよ。僕も、見つけられなかった資料があるからね」
「本当? じゃあ、一緒に……!」
ハーマイオニーは言いかけて、はっと口を押さえた。
「……い、一緒に調べられたら、効率がいいと思うわ!」
「そうだね。何人かで手分けしたほうが、早く見つかるかもしれない」
レオが自然に答えると、ハーマイオニーは少しだけ肩を落とした。
もちろん、みんなで調べるのは嬉しい。
けれど、ほんの少しだけ、二人きりで本を読める時間を期待してしまったのだ。
「……私、何を考えているのかしら」
ハーマイオニーは頬を押さえ、小さく呟いた。
「ハーマイオニー、どうしたの?」
「な、何でもないわ、ハリー!」
慌てて顔を上げる。
「それより、図書館へ行きましょう! 時間がもったいないわ!」
「うん!」
ハリーは元気よく頷き、ロンも肩をすくめながらついていった。
四人は図書館へ向かい、それぞれの資料を探し始めた。
やがて、窓の外が夕暮れの色に染まり始める。
「今日はここまでかな」
レオが本を閉じた。
「まだ調べたいことはあるけど、続きは明日にしよう」
「そうね……。でも、あと一冊だけ!」
ハーマイオニーが棚へ向かおうとする。
「ハーマイオニー、もう夕食の時間だよ」
「えっ、もうそんな時間!?」
彼女は時計を見て、目を丸くした。
「うそでしょう? まだ全然調べ足りないのに!」
「お腹が空いたままじゃ、頭も働かないよ」
レオが笑いながら言う。
「夕食を食べて、それから考えよう」
「……分かったわ」
ハーマイオニーは名残惜しそうに本を棚へ戻した。
その様子を見ていたロンが、にやりと笑う。
「レオ兄貴に言われると、素直に言うことを聞くんだな」
「ロン!」
「痛っ! 叩くなって!」
ハーマイオニーがロンの腕を軽く叩き、ハリーが声を上げて笑う。
レオも楽しそうに笑いながら、三人と一緒に図書館を出た。
ニコラス・フラメルという名前。
古い錬金術の記録に残された、謎めいた人物。
まだ分からないことばかりだったが、ハリーたちはそれを不思議に思いながらも、今はいつもどおりの学生生活を楽しんでいた。
やがて訪れるクリスマス。
そして、まだ誰も知らないホグワーツの秘密。
その手がかりは、静かな図書館の奥で、少しずつ彼らの前に姿を現そうとしていた。