クリスマス休暇の朝。
ホグワーツの大広間には、雪をまとった大きなクリスマスツリーが飾られ、天井には白い雪がゆっくりと舞っていた。暖かな灯りが銀色の飾りに反射し、いつもとは違う華やかな空気が広がっている。
「わあ……! すごい!」
ハリーは大広間に入った途端、目を輝かせた。
「天井から雪が降ってる! でも、全然寒くないよ!」
「魔法で調整しているんだろうな。ほら、あっちにもツリーがあるぞ!」
ロンが指差した先にも、小さなクリスマスツリーが飾られていた。
「飾りつけも素敵ね。魔法で雪を降らせながら、室温まで調整するなんて……どんな術式を使っているのかしら?」
ハーマイオニーは目を輝かせ、天井を見上げた。降り注ぐ雪の一片が頬に触れそうになり、思わず手を伸ばす。
雪は指先に触れる寸前、ふわりと消えた。
「あっ、消えちゃった!」
「本物の雪じゃないんだね」
「分かっているわよ、ハリー! でも、どんな仕組みなのか気になるじゃない!」
ハーマイオニーは少し頬を膨らませたが、すぐに笑顔に戻った。
そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。
「おはよう、みんな。クリスマスの飾りつけ、気に入った?」
「レオ兄さん!」
ハリーが振り返る。
レオはいつもより少し厚手のローブを着て、手には小さな包みを持っていた。
「うん! すっごくきれいだよ!」
「よかった。僕もこの時期のホグワーツは好きなんだ。普段より少しだけ、城全体が優しく見えるからね」
「レオ、今日は何か用事があるの?」
ハーマイオニーが尋ねると、レオは手元の包みを軽く持ち上げた。
「これから少し出かけるんだ。ハリーに渡したいものもあるからね」
「僕に?」
「うん。楽しみにしていて」
レオはそう言って、ハリーの頭を優しく撫でた。
ハリーは嬉しそうに頷いた。
その日の昼過ぎ、ハリーたちはそれぞれの荷物をまとめ、クリスマス休暇を迎える準備をしていた。
ハリーは家族のもとへ帰るため、鞄の中身を何度も確認している。
「よし! 教科書も入れたし、ノートも入れたし……あれ? 靴下が片方ない!」
「どうして靴下がなくなるんだよ!」
ロンが呆れた声を上げる。
「分からないよ! ちゃんと入れたはずなのに!」
「ハリー、ベッドの下を見てみたら?」
ハーマイオニーが助言すると、ハリーはすぐにしゃがみ込んだ。
「あった!」
「ほらね」
「ありがとう、ハーマイオニー!」
「もう……あなたは本当に目が離せないわね」
ハーマイオニーは呆れながらも、どこか嬉しそうだった。
やがて荷造りが終わると、ハリーは鞄を抱えてレオのところへ向かった。
「レオ兄さん、準備できたよ!」
「うん。僕も終わったところだよ」
レオは自分の荷物を肩にかけ、ハリーの鞄をちらりと見た。
「忘れ物はない?」
「たぶん!」
「たぶん、かあ」
レオはくすりと笑った。
「じゃあ、出発する前に一緒に確認しようか」
「うん!」
ハリーは素直に鞄を開いた。
*
駅へ向かう道中、ハリーは窓の外を流れる景色を眺めながら、ずっと楽しそうに話していた。
「母さん、クリスマスのごちそうを作ってくれるかなあ。ロイド父さんは、また変な魔法を使ってアリシア母さんに怒られてるかもしれないね!」
「それはありそうだね」
レオが笑う。
「去年なんて、食卓の上のニンジンを踊らせていたからね」
「そうそう! あれ、すっごく面白かった!」
ハリーは声を上げて笑った。
「でも、最後にはニンジンが天井に張りついちゃって、母さんがすごく怒ってたんだよね!」
「父さんも、まさかあんなに勢いよく飛んでいくとは思わなかったんだろうね」
「絶対、分かっててやったんだよ!」
二人は顔を見合わせ、また笑った。
その笑い声を聞きながら、レオはふと窓の外へ視線を向けた。
雪に覆われた木々が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
ハリーがこうして心から笑っていられること。
家族のもとへ帰るのを、当たり前のように楽しみにしていること。
それは、何よりも大切なことだった。
「……レオ兄さん?」
「ん?」
「どうしたの? なんか、すごく優しい顔をしてる」
ハリーが不思議そうに見つめてくる。
レオは少し驚き、それから照れくさそうに笑った。
「そうかな。ハリーが楽しそうだから、僕も嬉しくなったんだよ」
「えへへ! だって、クリスマスだもん!」
ハリーは胸を張った。
「家族みんなで過ごせるの、すっごく楽しみなんだ!」
「うん。僕もだよ」
レオはハリーの頭を軽く撫でた。
*
家に帰ると、玄関の扉が開くより早く、アリシアが二人を出迎えた。
「ハリー! レオ! おかえりなさい!」
「ただいま、母さん!」
ハリーは鞄を放り出しそうな勢いで、アリシアに抱きついた。
「わっ、ハリー! もう、そんなに急がなくても私は逃げないわよ!」
「だって、会いたかったんだもん!」
「ふふっ……私もよ」
アリシアはハリーをぎゅっと抱きしめ、髪を優しく撫でた。
その後ろから、ロイドが顔を出した。
「おかえり、二人とも! いやあ、ホグワーツはどうだった? 楽しかったかい?」
「うん! すごく楽しかったよ! 授業も難しいけど面白いし、ロンとハーマイオニーっていう友達もできたんだ!」
「それはよかった!」
ロイドは大きく頷いた。
「友達ができるのはいいことだ。ところで、ホグワーツの先生たちは、ニンジンを踊らせる魔法を知っているかな?」
「ロイド!」
アリシアがすぐさま声を上げた。
「帰ってきたばかりの子どもたちに、何を言っているの!」
「いや、ほら、クリスマスだからさ!」
「クリスマスだから何でも許されるわけじゃありません!」
ハリーは二人のやり取りを見て、声を上げて笑った。
「やっぱり、うちって最高だね!」
「でしょう?」
アリシアも笑顔になる。
その日の夕食は、賑やかなものになった。
温かなスープに、焼きたてのパン、香ばしいロースト料理。食卓には色とりどりの料理が並び、部屋には焼き菓子の甘い香りが漂っていた。
食事のあと、ハリーとレオは暖炉の前に並んで座った。
「そうだ、ハリー。これを渡したかったんだ」
レオが小さな包みを差し出す。
「僕に? 開けていい?」
「もちろん」
ハリーはわくわくしながら包みを開いた。
中に入っていたのは、小さな革張りのノートだった。表紙には、銀色の糸で星と羽根の模様が刺繍されている。
「わあ……! きれい!」
「魔法の勉強や、学校で見つけた面白いことを書き留められるようにと思ってね。普通のノートより丈夫だし、少しくらい水に濡れても大丈夫だよ」
「本当!? すごい!」
ハリーはノートを胸に抱きしめた。
「ありがとう、レオ兄さん! 大事にするね!」
「気に入ってくれてよかった」
「最初のページには、何を書こうかな……。今日のこと? それとも、ホグワーツで習った魔法?」
「何でもいいんだよ。ハリーが残しておきたいと思ったことを書けばいい」
レオは穏やかに笑った。
「楽しかったことも、失敗したこともね。あとで読み返したら、きっと面白いと思うよ」
「うん! いっぱい書く!」
ハリーはさっそくノートを開き、最初のページに日付を書き込んだ。
少し考えてから、ゆっくりと文字を綴る。
――ホグワーツでの最初の学期は、すごく楽しかった。
――友達ができた。
――レオ兄さんは、やっぱりすごい。
――家族が大好き。
書き終えると、ハリーは満足そうにノートを閉じた。
「できた!」
「どれどれ?」
「だーめ! これは僕の日記だから!」
ハリーは慌ててノートを背中に隠した。
「おや、秘密かい?」
「うん! でも、いつか見せてもいいよ!」
「それは楽しみだね」
二人は笑い合った。
*
クリスマスの夜。
家族で食事を終えたあと、ハリーは暖かなベッドに潜り込んだ。
窓の外では雪が降っている。
部屋には、アリシアが寝る前に置いていった小さなランプの灯りが残っていた。
ハリーは枕元に置いたノートを見つめ、今日の出来事を思い返した。
母さんの抱きしめてくれた腕。
父さんのふざけた魔法。
レオ兄さんからもらった贈り物。
どれも嬉しくて、胸がいっぱいだった。
「……明日も、いい日になるといいな」
小さく呟き、目を閉じる。
やがて、ハリーは眠りに落ちた。
夢の中で、彼は見知らぬ部屋に立っていた。
そこには、古びた大きな鏡が置かれている。
金色の縁取りには細かな模様が刻まれ、鏡面は静かに光を返していた。
「……これ、何だろう?」
ハリーが近づくと、鏡の中に人影が映った。
黒髪の女性。
優しい目をした男性。
そして、その二人に挟まれるようにして、幼いハリー自身が笑っていた。
「……母さん? 父さん?」
ハリーは息を呑んだ。
鏡の中の二人は、まるで本当にそこにいるかのように、ハリーを優しく見つめていた。
女性が手を伸ばす。
男性も笑顔で頷く。
その光景を見た瞬間、ハリーの胸に、温かな気持ちが広がった。
「……会いたいな」
思わず呟いた言葉は、夢の中に静かに溶けていった。
けれど、次の瞬間。
鏡の中の景色が、ゆっくりと変わった。
そこには、今度はレオが映っていた。
いつもの穏やかな笑顔で、ハリーへ手を差し伸べている。
「レオ兄さん!」
ハリーは嬉しくなって、鏡へ駆け寄った。
けれど、手を伸ばしても、指先は鏡面に触れるだけだった。
「……あれ?」
レオは何も言わず、ただ優しく微笑んでいた。
その隣には、アリシアとロイドがいる。
そして、さらにその向こうには、見たことのない人たちの姿もあった。
みんなが笑っている。
誰もが、ハリーを大切そうに見つめていた。
ハリーは胸がいっぱいになり、思わず笑顔になった。
「……僕、幸せだなあ」
その言葉とともに、鏡の光がふわりと強くなった。
*
翌朝。
「……ん?」
ハリーは目を覚ました。
窓の外は明るく、雪が静かに降り続いている。
夢の内容は、細かいところまでは思い出せなかった。
けれど、胸の奥に残った温かな感覚だけは、はっきりと覚えていた。
「……変な夢だったなあ」
ハリーは寝ぼけ眼をこすりながら、枕元のノートを手に取った。
そして、新しいページを開く。
昨日の続きに、今日の夢のことを書こうと思った。
――大きな鏡の夢を見た。
――母さんと父さんと、レオ兄さんがいた。
――みんな笑っていて、すごく嬉しかった。
そこまで書いて、ハリーは羽根ペンを止めた。
「……また、みんなで笑えるといいな」
小さく呟き、ノートを閉じる。
夢の中で見た鏡が、どんなものだったのか。
なぜ、あんなにも懐かしい光景が映っていたのか。
ハリーには、まだ分からなかった。
けれど、今の彼には、夢の答えを急いで探す必要はなかった。
家族がいる。
友達がいる。
そして、これからも新しい出会いが待っている。
ハリーはベッドから飛び起き、元気いっぱいに部屋を飛び出した。
「母さん! 父さん! おはよう!」
廊下の向こうから、アリシアの笑い声が聞こえた。
「ハリー、走らないの! 朝ごはんができているわよ!」
「はーい!」
その明るい声が、家の中に響き渡った。
クリスマスの朝は、まだ始まったばかりだった。