ホグワーツの冬は、日が暮れるのが早い。
窓の外が夕焼けに染まるころ、ハリーたちはグリフィンドールの談話室で宿題を片づけていた。
「終わったー!」
ハリーが羽根ペンを置き、両手を大きく伸ばした。
「やった! 今日は全部終わったよ!」
「おお、珍しいな! まだ夕食まで時間があるぞ!」
ロンがチェス盤から顔を上げる。
「ひどいなあ、ロン! 僕だって、やるときはやるんだから!」
「分かってるって。だから、そんなに驚いてるんだよ!」
「それ、褒めてないよね!?」
ハリーが頬を膨らませると、ロンは声を上げて笑った。
「もう、二人とも! 終わったなら、忘れ物がないか確認しておきなさい!」
ハーマイオニーがノートを閉じながら言った。
「ハリー、先週も課題を机に置いたまま食堂へ行ったでしょう?」
「うっ……覚えてたの?」
「もちろんよ!」
「ロン、ハーマイオニーの記憶力ってすごいね……」
「お前も人のこと言えないだろ!」
三人がいつもの調子で言い合っていると、談話室の入口からレオがやってきた。
「みんな、まだ起きていたんだね」
「レオ兄さん!」
ハリーはぱっと顔を上げた。
「見て! 今日は宿題が全部終わったんだよ!」
「それはすごい。頑張ったね、ハリー」
「えへへ!」
レオに褒められ、ハリーは嬉しそうに頬を緩めた。
「ところで、レオ。今日は何かあったの?」
ハーマイオニーが尋ねる。
「少し、ハグリッドのところへ行っていたんだ」
「ハグリッドのところ?」
ロンが身を乗り出した。
「この前の羽根のことか?」
「うん。あの羽根について、もう少し調べられないかと思ってね」
「何か分かったの?」
「まだ確かなことは言えないけど、魔力の痕跡が少し気になっているんだ」
レオは椅子を引いて座った。
「自然に残ったものなのか、それとも何かの魔法が関係しているのか。もう少し資料を調べてみるつもりだよ」
「私も手伝いたいわ!」
ハーマイオニーが勢いよく手を挙げた。
「魔法生物の羽根に魔力が残る仕組みなら、関連する資料があるかもしれないもの!」
「ありがとう。じゃあ、今度一緒に調べようか」
「本当!? もちろんよ!」
ハーマイオニーの顔がぱっと明るくなった。
ロンはハリーの耳元で小さく囁く。
「ハーマイオニー、レオ兄貴と勉強するって聞いた瞬間、すごい顔になったな」
「え? そうかな?」
「そうだよ!」
「二人とも、聞こえてるわよ!」
ハーマイオニーが顔を赤くして抗議する。
レオは困ったように笑いながら、三人を見渡した。
「さて、明日も授業があるからね。あまり夜更かししないように」
「はーい!」
ハリーたちは元気よく返事をした。
その夜、ハリーは家族から届いた手紙を読み返してから、ベッドへ入った。
アリシアからの手紙には、家の魔法生物たちが元気にしていることや、ロイドがまた妙な魔法を試してアリシアに叱られたことが書かれていた。
最後には、こう添えられている。
――ハリー、あなたが毎日楽しく過ごしていると聞けて、お母さんはとても嬉しいわ。寒い日が続くから、体を冷やさないようにね。
「……えへへ」
ハリーは手紙を胸に抱きしめた。
「母さん、心配しすぎだよ。僕、元気なのに」
そう言いながらも、その顔は嬉しそうだった。
手紙を大切に枕元へ置き、ハリーは目を閉じた。
明日も、きっと楽しい一日になる。
そう思いながら。
*
翌日の午後。
レオは図書館の一角で、古い魔法生物の記録を読んでいた。
ページには、森に生息する生き物の特徴や、魔力の痕跡についての記述が並んでいる。
「……なるほど」
レオは一つの記述に目を留めた。
生き物によっては、羽根や毛、角などに魔力が残りやすいものがいる。特に、強い魔力を持つ生き物の場合、周囲の環境にまでその影響が及ぶことがあるらしい。
先日ハグリッドが見せてくれた羽根も、その可能性がある。
しかし、記録だけでは正体を特定できなかった。
「もう少し調べないとね」
レオが本を閉じたとき、図書館の入口からハーマイオニーが駆けてきた。
「レオ!」
「ハーマイオニー。どうしたの?」
「見つけたの! 魔法生物の魔力について書かれた本!」
彼女は息を弾ませながら、分厚い本を机に置いた。
「ほら、ここ! 生き物の体の一部に魔力が残る例がいくつも載っているわ!」
「本当だ。よく見つけたね」
「えへへ……!」
レオに褒められ、ハーマイオニーは思わず笑顔になった。
「そ、それでね。ここの記述なんだけど、魔力が強い生き物ほど、周囲に特徴的な痕跡を残す場合があるみたいなの」
「うん。僕も同じことを調べていたんだ」
二人は並んで本を覗き込み、記述を照らし合わせていった。
ハーマイオニーは夢中になって説明を続ける。
「それから、この部分! 森に暮らす生き物の中には、人間の魔法とは違う形で魔力を使うものもいるって書いてあるの!」
「興味深いね。魔法使いが呪文を使うのとは、仕組みが違うのかもしれない」
「そうなの! だから、単純に呪文の種類だけを調べても、正体は分からない可能性があるわ!」
ハーマイオニーは興奮して身を乗り出した。
その拍子に、彼女の肩がレオの腕に触れた。
「……あっ!」
ハーマイオニーは飛び上がるように身を引いた。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫だよ。気にしないで」
レオは何事もなかったように笑った。
「それより、いいところに気づいたね。ハーマイオニーが調べてくれたおかげで、かなり整理できそうだ」
「そ、そんな……! 私は、ただ本を読んだだけで……!」
「その本を見つけたのも、必要な部分を見つけたのも、ハーマイオニーだよ」
「……っ!」
ハーマイオニーは真っ赤になり、持っていた羽根ペンを取り落としそうになった。
「ありがとう、レオ……!」
声が少し上ずる。
レオは不思議そうに首を傾げたが、すぐに資料へ目を戻した。
その横顔を見つめながら、ハーマイオニーは胸の前で手を握った。
もっと褒められたい。
もっと一緒に勉強したい。
そして、いつかレオが驚くような発見を、自分の力で見つけてみたい。
そんな気持ちが、彼女の胸の中で少しずつ大きくなっていた。
*
数日後。
ハグリッドの小屋を訪れたハリーたちは、いつもと違うハグリッドの様子に気づいた。
「ハグリッド? どうしたの?」
ハリーが尋ねると、ハグリッドは大きな手で髭を撫でた。
「いや……ちょっとな。森のほうで、妙なことがあったんだ」
「妙なこと?」
ロンが聞き返す。
「ああ。動物たちが落ち着かねえんだ。いつもなら森の奥にいる生き物まで、妙に警戒している」
ハーマイオニーの表情が変わった。
「何か危険な魔法生物が近づいているの?」
「まだ分からねえ。ただ、森の中で妙な魔力を感じたって話も聞いた」
レオは静かに耳を傾けていた。
「どんな魔力だったの?」
「それがな、うまく説明できねえんだ。冷たいような、それでいて、妙に嫌な感じがするっていうか……」
ハグリッドは眉を寄せた。
「俺も森には長く出入りしているが、あんな感じはそうそうねえ」
「……そうなんだ」
ハリーは少し心配そうに森のほうを見た。
「動物たちは大丈夫なのかな?」
「今のところはな。だが、しばらくは森に近づかねえほうがいい」
ハグリッドは真剣な顔で言った。
「おめえさんたちも、森には絶対に入るなよ。先生たちにも話しておくつもりだ」
「分かったよ、ハグリッド」
ハリーはしっかりと頷いた。
レオも同意する。
「それがいいと思う。原因が分からないうちは、無理に確かめようとしないほうがいいね」
「そうだな……」
ハグリッドは重々しく頷いた。
小屋を出たあと、四人は城へ戻る道を歩いた。
「森で何が起きているのかしら……」
ハーマイオニーが不安そうに呟く。
「分からないけど、ハグリッドがあんな顔をするなんて、珍しいな」
ロンも珍しく冗談を言わなかった。
ハリーは少し考えてから、拳を握った。
「もし困っている魔法生物がいるなら、助けてあげたいな」
「ハリー、その気持ちは分かるけど……」
ハーマイオニーが言いかけると、レオが優しく口を開いた。
「助けたいと思うのは大切なことだよ。でも、相手がどんな状態なのか分からないまま近づくと、かえって危険になることもある」
「……うん」
ハリーは素直に頷いた。
「だから、まずは先生たちやハグリッドに任せよう。僕たちにできることが見つかったら、そのときに考えればいい」
「そうだね!」
ハリーは顔を上げた。
「僕、ちゃんと勉強して、困っている人や魔法生物を助けられるようになるよ!」
その言葉に、レオは嬉しそうに微笑んだ。
「うん。ハリーなら、きっとできるよ」
*
その夜。
ホグワーツの城内は、深い静けさに包まれていた。
遠くで風が窓を鳴らし、廊下の松明が小さく揺れている。
レオはレイブンクローの談話室で、昼間に調べた資料を整理していた。
机の上には、魔法生物に関する本と、古いルーン文字の写しが広がっている。
森で感じられたという、冷たく不自然な魔力。
ハグリッドの話だけでは、正体を判断できない。
ただ、魔法生物の羽根に残っていた痕跡とは、何かが違うように思えた。
「……別の現象なのかな」
レオは小さく呟いた。
答えはまだ出ない。
焦って結論を出すより、もう少し確かな情報を集めたほうがいいだろう。
そう考えて本を閉じた、そのときだった。
窓の外。
暗い森の向こうで、かすかな光が一瞬だけ揺れた。
レオは顔を上げた。
「……今のは?」
光はすぐに消えた。
遠すぎて、何が起きたのかは分からない。
レオはしばらく窓の外を見つめたあと、静かに椅子から立ち上がった。
森で何かが起きている。
それだけは、確かなように思えた。
けれど、今夜すぐに動くつもりはなかった。
ハリーたちが安全に過ごせるよう、まずは情報を集める。
そして、必要ならば大人たちと協力して対処する。
レオはそう決め、窓のカーテンを閉じた。
一方、グリフィンドールの寝室では、ハリーが毛布を肩まで引き上げて眠っていた。
枕元には、家族から届いた手紙と、レオにもらった革張りのノートが置かれている。
ハリーの寝顔は穏やかだった。
まだ知らないことはたくさんある。
森の奥に何がいるのかも、奇妙な魔力の正体も。
それでも、明日になればまた友達と笑い合い、新しいことを学べる。
ハリーは、そんな明日を疑いもせずに眠っていた。
そして、冬の森は、静かに夜の闇を抱きしめていた。