ハリーポッターと頼れる天才従兄   作:夜幻

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第27話「鏡の向こうに見つけた、会いたかった人」

 クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに戻ってから数日。

 

 グリフィンドールの談話室には、暖炉の薪がぱちぱちとはぜる音と、羊皮紙をめくる音が響いていた。

 

「うーん……やっぱり、ニコラス・フラメルについての記述が少なすぎるわ!」

 

 ハーマイオニーは分厚い本を閉じ、頬を膨らませた。

 

「錬金術に関する本を何冊も調べたのに、名前が出てくるだけなんて! こんなの、気になるに決まってるじゃない!」

 

「ハーマイオニー、声が大きいよ。向こうの人がこっちを見てる」

 

「だってロン! 気にならないの? あれだけの本を調べて、何も分からないのよ?」

 

「気にはなるけどさ……本が多すぎるんだよ。もう目が痛い」

 

 ロンは目元をこすりながら、机に突っ伏した。

 

 向かい側では、ハリーが苦笑している。

 

「でも、分からないことが分かっただけでも、少しは進んだんじゃないかな?」

 

「ハリー、それは前向きすぎるわ!」

 

「えっ、そうかな?」

 

「そうよ! 調べものっていうのは、手がかりを見つけてこそ――」

 

「ハーマイオニー、ちょっと休憩しない?」

 

 穏やかな声が割って入った。

 

 レオだった。

 

 彼は片手に本を抱え、空いている椅子を引いて三人のそばに腰を下ろした。青みがかったローブの袖を整え、机の上に持ってきた本を置く。

 

「ずっと同じ姿勢で読んでいたら、肩も凝るよ。ハリーもロンも、さっきから背中が丸くなっているし」

 

「俺はまだ平気だぞ!」

 

「ロン、さっき机に顔をくっつけてたよね?」

 

「それは……本が低かったんだ!」

 

「本のせいなの?」

 

 ハリーが笑い出し、ロンもつられて口元を緩めた。

 

 ハーマイオニーだけは、レオの顔を見たまま固まっていた。

 

「ハ、ハーマイオニー?」

 

「えっ! な、何?」

 

「休憩、しない?」

 

「す、するわ! もちろん! 休憩も大切だもの!」

 

 勢いよく返事をした拍子に、彼女の肘が積み重ねていた本に当たった。

 

「あっ!」

 

 崩れかけた本を、レオがすっと手を伸ばして受け止める。

 

「危なかったね」

 

「ご、ごめんなさい! 私、せっかく整理したのに……!」

 

「大丈夫。どの本も傷んでいないよ」

 

 レオは笑って本を元の位置に戻した。

 

 その何気ない優しさに、ハーマイオニーの頬がじわじわと赤くなる。

 

 ――どうして、こういうときに限って失敗するのよ、私!

 

 彼女は両手で頬を押さえた。指先まで熱い。

 

 ロンはその様子を見て、何か言いたそうに口を開きかけたが、ハリーに袖を引かれて思いとどまった。

 

「ねえ、レオ兄さん」

 

 ハリーが机の端に頬杖をついた。

 

「この前、クリスマスに見た夢の話をしたでしょ?」

 

「うん。お父さんとお母さん、それから僕たち家族が鏡に映っていたって話だね」

 

「そう。それでね、最近、あの夢のことをよく思い出すんだ。あんな鏡が本当にあったら、すごいだろうなって」

 

 ハリーの声には、懐かしさと、ほんの少しの寂しさが混じっていた。

 

 彼は両親の顔をほとんど知らない。

 

 それでも、アリシアやロイド、そしてレオから聞いた話や、家に残る写真のおかげで、二人がどんな人だったのかを少しずつ知ってきた。

 

 夢の中で見た二人は、写真の中の姿よりもずっと近くに感じられたのだ。

 

「夢って、不思議だよね。起きたら消えちゃうのに、見ているときは本当にそこにいるみたいなんだ」

 

「そうだね」

 

 レオはハリーの頭に、そっと手を置いた。

 

「会いたい人に会えたなら、きっと忘れたくない夢だったんだろうね」

 

「うん!」

 

 ハリーは顔を上げた。

 

「僕、いつかお父さんとお母さんのことを、もっと知りたいな。どんな声で笑ったのかとか、どんな話をしたのかとか!」

 

「アリシア叔母さんなら、またいろいろ教えてくれると思うよ。僕も覚えていることは話すから」

 

「ありがとう、レオ兄さん!」

 

 ハリーは嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔を見て、レオも自然と頬を緩める。

 

「よし。休憩が終わったら、また調べものをしようか。フラメルのことも、急がず少しずつね」

 

「そうね。焦っても仕方ないもの」

 

 ハーマイオニーはうなずき、今度こそ本をきちんと積み直した。

 

「私、もう一度、錬金術の歴史から調べ直してみるわ。関連する記述が別の名前で残っている可能性もあるし!」

 

「俺はチェスでもやろうかな……」

 

「ロン、まだ休憩中だよ?」

 

「だから休憩にやるんだって!」

 

「それ、勉強の休憩になってる?」

 

「ハリーまでそんなこと言うのかよ!」

 

 四人の笑い声が談話室に広がった。

 

     *

 

 その夜。

 

 ハリーは、なかなか寝つけずにいた。

 

 ベッドのカーテンの隙間から、月明かりが細く差し込んでいる。遠くでは風が窓を揺らし、城のどこかで古い床板がきしむ音がした。

 

 目を閉じても、昼間に話した夢のことが頭から離れなかった。

 

 鏡の向こうで笑っていた両親。

 

 自分を見つめていた、優しい目。

 

 そして、そばにいてくれた家族の姿。

 

「……もう一度、会えたらいいのにな」

 

 小さく呟いた言葉は、誰にも届かず、毛布の中へ消えていった。

 

 ハリーはしばらく寝返りを打っていたが、やがてそっとベッドから起き上がった。

 

 喉が渇いたわけではない。何かを探しているわけでもなかった。

 

 ただ、じっとしていられなかったのだ。

 

 ローブを羽織り、寝室を出る。夜の談話室には誰もおらず、暖炉の火もすっかり小さくなっていた。

 

 廊下へ出ると、昼間とは違うホグワーツの姿が広がっていた。

 

 壁に掛かった肖像画の人物たちは、額縁の中で寝息を立てたり、こちらをちらりと見てまた目を閉じたりしている。窓の向こうには、冬の庭園が青白く浮かび上がっていた。

 

「少し歩いたら、眠くなるかな……」

 

 ハリーは独り言をこぼしながら、静かな廊下を進んだ。

 

 曲がり角を一つ越えたところで、ふと、開きかけた扉が目に入った。

 

 普段は使われていない教室らしい。

 

 扉の隙間から、月明かりが床に細長く伸びている。

 

「……何の部屋だろう?」

 

 好奇心に背中を押され、ハリーはそっと扉を押した。

 

 ぎい、と小さな音が響く。

 

 教室の中には、古びた机や椅子がいくつか並んでいた。壁際には使われなくなった道具が積まれ、埃をかぶった黒板には、消し残された文字が薄く浮かんでいる。

 

 そして、部屋の奥。

 

 大きな鏡が、一枚だけ置かれていた。

 

 金色の装飾が施された額縁は、ほかの家具とは違って妙に立派だった。鏡面には埃ひとつなく、月明かりを受けて静かに輝いている。

 

「こんなところに、鏡?」

 

 ハリーは近づいた。

 

 鏡の縁には、何か文字が刻まれているようだった。しかし、暗がりのせいで、はっきりとは読めない。

 

 ハリーは首を傾げ、それから鏡の中を覗き込んだ。

 

「……え?」

 

 息が止まった。

 

 鏡の中には、見知らぬ大勢の人々が映っていた。

 

 その中心に、一組の男女がいる。

 

 黒い髪の男性と、赤みを帯びた髪の女性。

 

 二人はハリーを見つめていた。

 

 女性は目を細めて微笑み、男性は少し照れくさそうに笑っている。

 

 写真で見たことがある。

 

 何度も、何度も、家族から聞かされた名前。

 

「……お父さん?」

 

 声が震えた。

 

 鏡の中の男性が、ほんの少し首を傾けた。

 

「お母さん……?」

 

 ハリーは鏡へ手を伸ばした。

 

 指先が冷たい鏡面に触れる。

 

 そこにいるのに。

 

 すぐ目の前に、会いたかった二人がいるのに。

 

 どうしても、その向こうへ行くことができない。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 鏡の中の二人は、変わらず優しい顔でハリーを見つめていた。

 

 ハリーの目に涙がにじんだ。

 

 悲しいだけではなかった。

 

 会えたことが嬉しくて、もっと話したくて、抱きしめてもらいたくて――それなのに、どれだけ手を伸ばしても届かないことが、どうしようもなくもどかしかった。

 

「僕、元気だよ……!」

 

 ハリーは鏡に向かって話しかけた。

 

「アリシア叔母さんも、ロイドおじさんも、レオ兄さんも、みんな僕に優しくしてくれるんだ! 友達もできたんだよ! ロンとハーマイオニーっていうんだ!」

 

 言葉が次々にあふれ出す。

 

 まるで、ずっと伝えたかったことを一度に話しているみたいだった。

 

「僕、学校も楽しいよ! 失敗することもあるけど、頑張ってるんだ! だから……だから……」

 

 最後の言葉は、うまく続かなかった。

 

 ハリーは唇を噛み、涙を拭った。

 

 鏡の中の女性が、まるで慰めるように手を伸ばしている。

 

 その仕草を見た瞬間、ハリーはたまらず鏡へ身を寄せた。

 

「……もう少しだけ、ここにいてもいい?」

 

 返事はない。

 

 それでも、ハリーには二人が自分を見守ってくれているように思えた。

 

 どれほど時間が過ぎたのか、分からなかった。

 

 やがて、廊下の向こうから足音が聞こえた。

 

「……ハリー?」

 

 聞き慣れた声だった。

 

 振り返ると、そこにはローブを羽織ったレオが立っていた。寝起きなのか、黒髪が少しだけ乱れている。

 

「レオ兄さん……!」

 

「やっぱり、ここにいたんだね」

 

 レオはほっとしたように息をついた。

 

「談話室を通りかかったら、君の姿が見えなかったから。何かあったのかと思ったよ」

 

「ご、ごめん! 眠れなくて、ちょっと散歩してたんだ!」

 

「謝らなくていいよ。何事もなくてよかった」

 

 レオはそう言いながら教室へ入った。

 

 そして、ハリーのすぐそばにある鏡へ目を向けた。

 

「……これは?」

 

「見て、レオ兄さん!」

 

 ハリーはぱっと鏡の方を向き直った。

 

「この鏡、お父さんとお母さんが映ってるんだ! ほら、あそこ!」

 

 声が弾む。

 

 レオはハリーの隣に立ち、鏡を覗き込んだ。

 

 鏡の中には、ハリーの両親が映っていた。

 

 その姿を見たレオは、すぐには言葉を返せなかった。

 

 ハリーがどれほど二人に会いたかったのか、レオは知っている。普段は明るく笑っていても、両親の話になると、ほんの少しだけ声の調子が変わることも。

 

 今のハリーは、嬉しさで頬を赤くし、目を輝かせていた。

 

「すごいよね! 僕、ずっと会いたかったんだ!」

 

「……うん。よかったね、ハリー」

 

 レオは静かに微笑んだ。

 

 ただ、その目は鏡の中の二人ではなく、鏡を見つめるハリーの横顔に向けられていた。

 

 ハリーがこの鏡を見つけたことを、どう受け止めるべきなのか。

 

 今はまだ、分からない。

 

 けれど、ハリーがこんなにも嬉しそうに笑っているのなら、その気持ちを無理に否定したくはなかった。

 

「ねえ、レオ兄さん。明日もここに来ていいかな?」

 

 ハリーが振り向いた。

 

「お父さんとお母さんに、もっと話したいことがあるんだ」

 

 レオは少し考えてから、ハリーの肩に手を置いた。

 

「そうだね。でも、夜遅くに一人で歩くのは危ないから、次に来るときは僕にも教えてくれる?」

 

「うん! 約束する!」

 

 ハリーは力強くうなずいた。

 

 それから、もう一度鏡へ向き直る。

 

「お父さん、お母さん。また来るね!」

 

 鏡の中の二人は、変わらず優しく微笑んでいた。

 

 ハリーは名残惜しそうに何度も振り返りながら、レオと一緒に教室を出た。

 

 扉が閉まる直前、鏡面が月明かりを受けて淡く光った。

 

 その不思議な鏡が何を映し、何を与えるものなのか。

 

 ハリーはまだ知らない。

 

 ただ、今夜の彼の胸には、会いたかった両親に会えた喜びが、温かな光のように残っていた。

 

 

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