翌朝。
グリフィンドールの談話室には、朝食へ向かう生徒たちの声が響いていた。
「ハリー、昨日の夜、どこに行ってたんだ?」
ロンがパンを頬張りながら尋ねた。
向かいに座っていたハリーは、カボチャジュースのカップを置き、少しだけ目を輝かせた。
「それがね、すごいものを見つけたんだ!」
「すごいもの?」
「うん! 古い教室に、大きな鏡があってさ!」
「鏡? それなら女子寮の洗面所にもあるぞ」
「普通の鏡じゃないんだよ、ロン!」
ハリーは身を乗り出した。興奮を抑えきれないのか、両手まで忙しく動いている。
「その鏡には、お父さんとお母さんが映ってたんだ!」
ロンはパンを飲み込むのを忘れ、目を丸くした。
「えっ!? ジェームズさんとリリーさんが!?」
「そうなんだ! 僕、写真でしか知らなかったから、もうびっくりしちゃって!」
「待って、ハリー。それって、魔法で昔の姿を映しているとか?」
隣に座っていたハーマイオニーも、驚いた顔で尋ねた。
「分からないんだ。鏡の前に立ったら、いきなり映ってね。僕、二人にいっぱい話しかけちゃった!」
「いっぱいって、何を話したんだ?」
「学校のこととか、友達ができたこととか! あ、レオ兄さんも来てくれたんだよ!」
ハリーは隣の席に座るレオを振り返った。
レオは紅茶を一口飲んでから、穏やかにうなずいた。
「うん。夜中にハリーがいなくなっていたから、少し心配になってね。古い教室で、あの鏡を見つけたんだ」
「どんな鏡だったの?」
ハーマイオニーは身を乗り出した。目がきらきらと輝いている。魔法の仕組みを知りたいという好奇心が、顔いっぱいに表れていた。
「大きくて、金色の額縁がついていたよ。縁には文字も刻まれていたけれど、暗くて全部は読めなかったな」
「文字が刻まれていたのね! 古代ルーン文字かしら? それとも、別の魔法文字?」
「その可能性もあるね。明るいときに確認すれば、何か分かるかもしれない」
「私も見たい!」
ハーマイオニーは勢いよく言い、すぐに頬を赤くした。
「い、いえ、もちろん、魔法の研究としてよ! 珍しい魔法道具なら、調べる価値があるもの!」
「うん。僕も、どんな仕組みなのか気になるよ」
レオが自然に答えると、ハーマイオニーは嬉しそうに微笑んだ。
その横で、ロンは腕を組んだ。
「でもさ、鏡に死んだ人が映るなんて、ちょっと不思議だよな。幽霊とは違うんだろ?」
「うん。お父さんもお母さんも、鏡の中で普通に笑っていたよ。僕のことを見てくれていたんだ」
ハリーの顔が、また嬉しそうにほころんだ。
ロンはそれ以上、何も言わなかった。
ハリーがどんな気持ちでその鏡を見つめていたのか、想像できたからだ。
「……今度、俺たちも一緒に見に行こうぜ」
「いいの?」
「当たり前だろ! 友達なんだから!」
「ありがとう、ロン!」
ハリーは満面の笑みを浮かべた。
その様子を見て、レオも柔らかく目を細めた。
「じゃあ、授業が終わってからにしよう。まずは朝食を食べて、今日の予定をこなさないとね」
「はーい!」
「分かったわ!」
「俺、今日は魔法薬学があるんだよなぁ……」
ロンだけが、少しだけ肩を落とした。
「ロン、昨日の宿題は終わったの?」
「……ハーマイオニー、それは今聞くことじゃないだろ!」
「終わってないのね!」
「まだ時間はある!」
「授業が始まるまで、あと二十分よ!」
「うわっ、急がないと!」
慌ててパンを口に押し込むロンを見て、ハリーは声を上げて笑った。
*
その日の午後。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、図書館で調べものをしていた。
机の上には、錬金術に関する本や魔法史の資料が何冊も広げられている。窓から差し込む冬の日差しが、羊皮紙の上に淡い光を落としていた。
「ニコラス・フラメル……やっぱり、名前が出てくるのは錬金術の本ばかりね」
ハーマイオニーは索引を指で追いながら、眉を寄せた。
「しかも、詳しい経歴がほとんど載っていないわ。普通、歴史に名を残すほどの人物なら、もっと記録があってもいいはずなのに」
「有名なのに、記録が少ないってことか?」
ロンが首を傾げる。
「そう。何か理由があるのかもしれないわ」
「秘密主義だったとか?」
「可能性はあるけれど、今の段階では何とも言えないわね」
ハーマイオニーは悔しそうに唇を尖らせた。
「あと少しで何か分かりそうなのに……!」
「焦らなくても大丈夫だよ、ハーマイオニー」
隣で別の資料を読んでいたレオが顔を上げた。
「情報が少ないときは、見つかった記述を一つずつ整理していくといいよ。関係のない情報に見えても、別の資料とつながることがあるからね」
「なるほど……! そうね、記述された年代や出典も比べてみれば、何か共通点が見つかるかもしれないわ!」
ハーマイオニーは急に元気を取り戻した。
彼女は羊皮紙を引き寄せ、見つかった情報を丁寧に書き出していく。先ほどまでの悔しそうな顔が嘘のように、今度は集中してペンを走らせていた。
「レオ、これも見てもらえる? 別の本にあった記述なんだけど、さっきの本と関係があると思うの!」
「どれどれ……」
レオが隣へ身を寄せる。
肩が触れそうな距離になり、ハーマイオニーのペン先がぴたりと止まった。
「……っ」
「この記述だね。うん、確かに関連がありそうだ。年代を並べてみると、少し見え方が変わるかもしれない」
「そ、そうよね! 私もそう思っていたの!」
ハーマイオニーは勢いよくうなずいたものの、耳まで赤くなっていた。
ロンがその顔を見て、にやけそうになる。
しかし、ハーマイオニーがちらりと視線を向けると、彼は慌てて本を開いた。
「俺も何か探す! ええと……錬金術、錬金術……」
「ロン、目次を逆さまに見ているわよ」
「うそだろ!?」
ハリーが吹き出した。
レオも声を立てて笑い、図書館の司書に注意されないよう、すぐに口元を押さえた。
四人はそれぞれ本に向き直り、再び調査を始めた。
けれど、どれだけページをめくっても、ニコラス・フラメルについての決定的な情報は見つからなかった。
残ったのは、いくつかの断片的な記述と、解けない疑問ばかりだった。
*
夕方。
授業と調べものを終えた四人は、人気の少ない廊下を歩いていた。
「結局、今日もフラメルについてはほとんど分からなかったなぁ」
ロンが大きく伸びをした。
「でも、何も分からなかったわけじゃないわ。記述の年代には、少し気になる共通点があったもの」
「それって、何かの手がかりになるの?」
ハリーが尋ねる。
「まだ断言できないわ。でも、もう少し資料を集めれば、確かめられると思う」
「じゃあ、明日も調べよう!」
ハリーが元気よく言った。
ロンは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに笑った。
「分かったよ。俺も手伝う。けど、その前に夕食な!」
「賛成!」
ハリーが大きくうなずく。
レオは三人の様子を眺めながら、ゆっくりと歩いていた。
「ところで、ハリー。昨日の鏡のことだけど」
「うん?」
「あの鏡が何を映すのか、まだ分かっていないよね。だから、もしまた行くなら、一人で確かめようとせず、僕たちにも声をかけてほしい」
「分かってるよ、レオ兄さん!」
ハリーは素直にうなずいた。
「僕も、みんなと一緒に見たいんだ。昨日はびっくりして、夢中になっちゃったけど……今度は、ロンやハーマイオニーにも見てほしい!」
「そうね。私も、あの鏡について調べてみたいわ」
ハーマイオニーは真剣な表情で答えた。
「古い魔法道具なら、図書館に関連する記録が残っている可能性もあるもの」
「よし、じゃあ明日は鏡についても調べようぜ!」
ロンが拳を握る。
「ただし、夕食のあとすぐに図書館へ戻るのはなしな。俺、今日はもう本を見たくない!」
「ロン!」
「だって本当に疲れたんだよ!」
ハーマイオニーが呆れ、ハリーが笑う。
レオも楽しそうに微笑んだ。
四人の声が、夕暮れの廊下に明るく響いていく。
賢者の石をめぐる謎も、古い鏡の秘密も、まだ答えは見つかっていない。
それでも、ハリーは一人ではなかった。
不思議なものを見つけたとき、一緒に驚いてくれる友達がいる。分からないことを、一緒に考えてくれる仲間がいる。
そして、どんなときでも自分を気にかけてくれるレオがいる。
「ねえ、みんな! 明日も頑張ろうね!」
ハリーが振り返って笑った。
「もちろん!」
ハーマイオニーが元気よく答える。
「ほどほどにな!」
ロンが付け加えた。
「うん。無理せず、一つずつ進めていこう」
レオの声に、三人はそろってうなずいた。
窓の外では、冬の空がゆっくりと藍色に染まり始めていた。