ハリーポッターと頼れる天才従兄   作:夜幻

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第29話「チェス盤の戦いと、天才の意外な助言」

ホグワーツの冬は、まだまだ終わりそうになかった。

 

 窓の外では冷たい風が木々を揺らし、石造りの城には、ところどころ薄い霜が残っている。そんな日の午後、グリフィンドールの談話室は暖炉の火で暖かく、休日を楽しむ生徒たちの声でにぎわっていた。

 

「ハリー、チェスやろうぜ!」

 

 ロンが大きなチェス盤を抱えて、テーブルの前にやってきた。

 

「チェス? もちろん! でも、僕、まだあんまり強くないよ?」

 

「大丈夫だって。最初はみんなそんなもんさ!」

 

「ロン、あなたの場合は最初から強かったんじゃないの?」

 

 ハーマイオニーが本から顔を上げて言った。

 

「まあな!」

 

 ロンは得意げに胸を張った。

 

「うちじゃ、兄貴たちとよくやってたからな。勝つのは簡単じゃないぜ、ハリー!」

 

「よーし、負けないぞ!」

 

 ハリーは目を輝かせ、さっそく椅子を引いた。

 

 ロンがチェス盤をテーブルに置くと、駒たちが自分の位置へと歩き出した。白い騎士が馬の首を振り、黒いルークがどっしりと盤の端に陣取る。駒が石の床を歩くような、こつこつという小さな音がした。

 

「うわっ、やっぱり魔法のチェスってすごいね!」

 

「だろ? 普通のチェスより迫力があるんだぜ!」

 

 ロンは白い駒を並べながら、嬉しそうに笑った。

 

 そのとき、談話室の入口からレオが姿を現した。

 

「楽しそうだね。何をしているの?」

 

「あ、レオ兄さん! ロンとチェスをするんだ!」

 

「へえ、いいね。僕も見ていていいかな?」

 

「もちろんだぜ、レオ!」

 

 ロンは即答した。

 

「ただし、口出しは禁止だからな!」

 

「分かった。二人の勝負を楽しませてもらうよ」

 

 レオは笑いながら、テーブルから少し離れた椅子に腰を下ろした。

 

 ハーマイオニーも本を閉じ、チェス盤のそばへ移動する。

 

「私も見ていい?」

 

「もちろん!」

 

 ハリーは元気よく答えた。

 

「よし、じゃあ始めるぞ!」

 

 ロンが手を振ると、白い駒が一斉に動き始めた。

 

     *

 

「えっと……この駒は、ここに動かせるんだよね?」

 

 ハリーは白いポーンを指さした。

 

「そうそう。ポーンは基本的に前へ進むんだ。最初なら二マス進めるけど、そのあとは一マスずつだぞ」

 

「分かった!」

 

 ハリーはポーンを動かした。

 

 向かい側のロンは、すぐに黒い騎士を動かす。

 

「えっ、もう攻めてくるの!?」

 

「チェスは待ってくれないからな!」

 

「うわあ、どうしよう!」

 

 ハリーは盤面を覗き込み、あちらこちらの駒を見比べた。眉間にしわが寄り、口が小さく動いている。

 

 その様子を見て、ハーマイオニーは思わず笑った。

 

「ハリー、そんなに慌てなくても大丈夫よ。まずは盤面をよく見て、相手の駒がどこへ動けるか考えてみたら?」

 

「なるほど! ロンの駒が動ける場所を考えるんだね!」

 

「そうよ。自分の駒だけじゃなくて、相手の駒にも注目するの」

 

「よし、やってみる!」

 

 ハリーは真剣な顔で盤面を見つめた。

 

 しばらく考えたあと、白いビショップを動かす。

 

「これならどうだ!」

 

「おっ、いい手だな!」

 

 ロンは少し驚いた顔をした。

 

「でも、ここはどうする?」

 

 黒いポーンが前進する。

 

「ええっ!? そっちから来るの!?」

 

「ハリー、相手も考えているのよ!」

 

「分かってるけど、思ってたのと違うんだよ!」

 

 ハリーは頭を抱えた。

 

 その姿に、レオはくすりと笑った。

 

「チェスって、相手がいるから面白いんだよね」

 

「レオ、見てるだけだからって余裕だな!」

 

 ロンが言い返す。

 

「僕が参加したら、もっと難しくなっちゃうかもしれないしね」

 

「うわ、それは確かにありそうだ……」

 

 ロンは少しだけ遠い目をした。

 

「いやいや、まだ負けてないぞ! ハリー、次はちゃんと考えて動かすんだ!」

 

「うん!」

 

 ハリーは再び盤面に向き合った。

 

 だが、数手進んだところで、ロンの黒い駒がじわじわと白い駒を追い詰めていく。

 

「待って! その騎士、さっきの場所からそんなところまで来られるの!?」

 

「騎士は独特な動き方をするんだよ。そこが強いんだ!」

 

「うわあ、覚えることがいっぱいだ!」

 

 ハリーは驚きながらも、楽しそうに笑っていた。

 

 やがて、白いキングが黒い駒に囲まれる。

 

「チェックメイト!」

 

 ロンの宣言とともに、黒い騎士が白いキングの前に立ちはだかった。

 

「うわーっ! 負けた!」

 

 ハリーは椅子の背にもたれ、両手を上げた。

 

「ははっ、最初にしてはよく頑張ったな!」

 

「悔しいなあ! もう一回やろう、ロン!」

 

「おう、望むところだ!」

 

 ロンは嬉しそうに駒を元の位置へ戻し始めた。

 

 ハーマイオニーは盤面を覗き込みながら、感心したように言った。

 

「ロン、本当に強いのね。相手の動きを予測しながら、少しずつ逃げ道をなくしていくなんて」

 

「へへっ、まあな!」

 

 ロンは照れくさそうに鼻をこすった。

 

「お兄ちゃんたちとやってたからさ。負けると、すぐにもう一回って言われるんだよ」

 

「それで強くなったんだね!」

 

 ハリーは目を輝かせた。

 

「じゃあ僕も、何回もやれば強くなれるかな?」

 

「もちろんだ! 次はもう少し手加減してやるよ!」

 

「手加減はいらないよ! 本気で来て!」

 

「おっ、言ったな!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 

     *

 

 二局目が始まってからしばらくすると、ハリーは少しずつ駒の動きを覚え始めた。

 

 相手の騎士がどこへ進めるのか。ビショップがどの斜めの道を通るのか。ルークが一直線に盤面を横切ること。

 

 まだ読み違いは多かったが、最初の局よりも盤面をじっくり見るようになっていた。

 

「ここに動かしたら、ロンは次に……うーん、どっちだろう?」

 

 ハリーは頬を掻きながら考え込む。

 

「ハリー、焦らなくていいよ」

 

 レオが声をかけた。

 

「全部の可能性を一度に考えようとすると、かえって分からなくなるからね。まずは、いちばん気になる相手の駒を一つ選んでみたら?」

 

「相手の駒を一つ?」

 

「うん。その駒が次にどこへ動けるのか。それから、自分が動かしたい駒を動かしたら、何が起こるのか。順番に考えてみるといいよ」

 

 ハリーは盤面に目を戻した。

 

「そっか……全部いっぺんに考えなくてもいいんだ!」

 

「そう。少しずつでいいんだよ」

 

 レオは穏やかにうなずいた。

 

 ハーマイオニーも、感心したように手を打った。

 

「確かにそうね! 選択肢を整理してから考えれば、見落としも減るはずだわ!」

 

「お、おう……」

 

 ロンはチェス盤を見下ろしながら、少しだけ困った顔をした。

 

「なんか、レオが助言すると急に難しい勉強みたいになるな」

 

「そうかな?」

 

「そうよ、ロン! すごく分かりやすいじゃない!」

 

 ハーマイオニーが勢いよく言った。

 

「それに、チェスは相手の動きを読む力を鍛えるのにも役立つわ。盤面を整理する練習にもなるし!」

 

「ハーマイオニー、そんなに力を入れなくても……」

 

「だって、本当にそうなんだもの!」

 

 彼女は顔を赤くしながらも、きっぱりと言い切った。

 

 レオは楽しそうに微笑んだ。

 

「二人とも、いいところに気づいたね」

 

「……っ!」

 

 ハーマイオニーは褒められた瞬間、背筋をぴんと伸ばした。

 

「そ、そう? ええ、まあ、当然よね! 普段からちゃんと勉強していれば――」

 

 言いかけて、彼女は自分の声が少し大きくなっていたことに気づいた。

 

「……あっ、ごめんなさい」

 

「謝らなくていいよ。熱心なのはいいことだしね」

 

 レオが笑顔で答える。

 

 ハーマイオニーは、とうとう両手で顔を覆ってしまった。

 

 ロンは横目でその様子を見ながら、ハリーに小声で話しかけた。

 

「なあ、ハリー。ハーマイオニーって、レオが褒めるといつもああなるよな?」

 

「え? 何が?」

 

「……いや、もういいや」

 

 ハリーは不思議そうに首を傾げた。

 

     *

 

 二局目は、先ほどよりも長く続いた。

 

 ハリーは途中で何度も迷い、ロンに駒を取られそうになっては慌てて考え直した。それでも、最後まで諦めずに盤面を見つめ続けた。

 

「ここだ!」

 

 ハリーがポーンを進める。

 

「うわっ、そこに来るのか!」

 

 今度はロンが驚いた。

 

「へへっ、レオ兄さんの言ったとおり、ちゃんと考えたんだ!」

 

「なるほどな……。じゃあ、俺はこっちだ!」

 

 ロンは黒いルークを動かした。

 

 ハリーの表情が一変する。

 

「えっ、うそ!? そこから来るの!?」

 

「チェスは甘くないぜ、ハリー!」

 

「うわーっ、またやられた!」

 

 結局、二局目もロンの勝利に終わった。

 

 けれど、ハリーは悔しがりながらも、どこか満足そうだった。

 

「くーっ、負けた! でも、さっきよりは分かった気がする!」

 

「そうだろ? 最初から勝てるわけないんだからさ!」

 

 ロンは駒を片づけながら、にっと笑った。

 

「次はもっと強くなって、俺をびっくりさせてくれよ!」

 

「絶対に勝つからね!」

 

「おう、楽しみにしてるぜ!」

 

 二人は笑いながら握手を交わした。

 

 レオは、その様子を見て満足そうにうなずいた。

 

「ハリー、いい勝負だったよ。最初よりもずっと盤面を見られるようになっていたね」

 

「本当!?」

 

「うん。ロンも、相手が考え始めたら簡単には勝てなくなるかもしれないね」

 

「ええっ!? レオ、余計なこと言うなよ!」

 

 ロンが慌てて声を上げた。

 

「俺だって負けたくないんだからな!」

 

「それなら、もっと練習しないとね」

 

「分かってるって!」

 

 ロンは笑いながらチェス盤を抱え直した。

 

 ハーマイオニーは、そのやり取りを見て、ふっと柔らかく笑った。

 

「いいわね、こういうの。誰かと競い合うと、自分一人では気づけなかったことにも気づけるもの」

 

「うん! 僕、チェスがもっと好きになったよ!」

 

 ハリーが元気よく答えた。

 

 暖炉の火が、ぱちりとはぜる。

 

 窓の外では、冬の夕暮れがゆっくりと深まっていた。

 

     *

 

 その日の夕食後。

 

 ハリーたちは談話室で、翌日の授業の準備をしていた。

 

 ロンはチェス盤を片づけたあとも、何度か駒を手に取っては動きを確かめている。

 

「次は絶対に負けないからな……」

 

「ロン、ハリーに勝ったばかりじゃない」

 

「だからだよ! 次に負けたら悔しいだろ!」

 

「もう次の勝負のことを考えているの?」

 

「当たり前だろ!」

 

 ハーマイオニーは呆れたように笑いながら、羊皮紙に宿題を書き込んだ。

 

 ハリーはその隣で、今日のチェスのことを日記に書いていた。

 

 ロンとの勝負。

 

 レオの助言。

 

 ハーマイオニーが一生懸命に考えてくれたこと。

 

 そして、いつか自分もロンに勝ちたいという気持ち。

 

 書き終えると、ハリーは満足そうに日記を閉じた。

 

「よし、終わった!」

 

「ハリー、明日の宿題は?」

 

「えっ、あっ! そっちもあった!」

 

「もう、ハリーったら!」

 

 ハーマイオニーが思わず声を上げ、ロンが腹を抱えて笑った。

 

 レオも笑いながら、ハリーの机に残っていた教科書を指さす。

 

「大丈夫。まだ時間はあるから、一緒に確認しようか」

 

「ありがとう、レオ兄さん!」

 

 ハリーは慌てて教科書を開いた。

 

 誰かに助けてもらうことを恥ずかしいとは思わない。分からないことがあれば尋ねればいいし、失敗したら次に頑張ればいい。

 

 ハリーは、そうやって少しずつ成長していた。

 

 その姿を、レオは嬉しそうに見守っている。

 

「さて、どこから始めようか?」

 

「えっとね、まずはここ!」

 

 ハリーが指さした問題を見て、レオはうなずいた。

 

「うん。じゃあ、一緒に考えてみよう」

 

 談話室には、再びペンの走る音と、時折交わされる楽しげな会話が響き始めた。

 

 チェス盤の上では、白と黒の駒が何度も戦いを繰り広げていた。

 

 けれど、勝っても負けても、そこには次の挑戦が待っている。

 

 ハリーはそのことを、今日の勝負を通して少しだけ知ったのだった。

 

 

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