ホグワーツの夜は、ひっそりと静まり返っていた。
グリフィンドールの談話室では、暖炉の火が小さく揺れている。ほとんどの生徒が寝室へ戻ったあと、ハリーは窓辺の椅子に腰掛け、膝の上で両手を握りしめていた。
「……やっぱり、気になるんだ」
ぽつりとこぼした言葉に、隣で宿題を片づけていたロンが顔を上げた。
「何がだよ?」
「ニコラス・フラメルのことも、禁じられた森のことも。それに、あの鏡も……」
ハリーは窓の外を見つめた。
「いろんなことが起きているのに、何も分からないままなのは、なんだか落ち着かないんだ」
「ハリー……」
ハーマイオニーが心配そうに近づいた。
「気になるのは分かるけれど、私たちだけで何もかも解決しようとするのは危険よ。先生たちだって調べているんだから」
「うん。分かってるよ」
ハリーは素直にうなずいた。
「でも、もし誰かが困っていたら、知らないふりはしたくないんだ」
その言葉に、ロンは少しだけ表情を引き締めた。
「そりゃ、俺だってそうさ。でも、だからって無茶をするのは違うだろ?」
「そうね。まずは、分かっていることを整理しましょう」
ハーマイオニーは羊皮紙を取り出した。
「私たちが確かめたのは、ニコラス・フラメルという人物が錬金術に関係していること。それから、学校の中には私たちの知らない秘密があるということ。でも、それ以上はまだ分からないわ」
「それに、箒の件も森の件も、フラメルと関係があるとは限らないよ」
穏やかな声がした。
三人が振り向くと、談話室の入口にレオが立っていた。
「レオ兄さん!」
ハリーはぱっと顔を明るくした。
「どうしたの? まだ起きてたんだ!」
「君たちの声が聞こえたからね。何か悩んでいるみたいだったし」
レオは三人のそばへ歩いてきて、空いている椅子に腰を下ろした。
「ただ、ハリー。気になることがあるからといって、危険かもしれない場所へ飛び込む必要はないよ。君が大切に思っている人たちだって、君が無事でいることを願っているはずだからね」
「……うん」
ハリーは少しだけ視線を落とした。
レオの言葉は優しい。だからこそ、胸にまっすぐ届いた。
「僕、ちゃんと考えるよ。無茶はしない。だけど、何かあったら、みんなと相談する」
「それなら安心だね」
レオは微笑み、ハリーの頭を軽く撫でた。
「僕も、できる限り君たちを手伝うよ」
「ありがとう、レオ兄さん!」
ハリーの顔に、いつもの明るい笑顔が戻った。
ロンもほっとしたように息を吐き、ハーマイオニーは羊皮紙を畳んだ。
「よし。じゃあ、今日はもう寝ましょう。明日も授業があるんだから!」
「はいはい、分かってるって!」
ロンが立ち上がり、ハリーも続いた。
レオは三人を見送ってから、談話室の窓へ目を向けた。
まだ、はっきりした答えはない。
けれど、何かが起きたときに備えることはできる。
彼は静かに息をつき、寮へ戻った。
*
翌日。
授業を終えたハリーたちは、図書館で再び調べものをしていた。
「……あったわ!」
ハーマイオニーの声が、静かな図書館に響いた。
「ニコラス・フラメルに関する記述よ! 以前見つけたものとは別の本に載っているわ!」
「本当!?」
ハリーとロンが同時に身を乗り出す。
「ちょっと、二人とも! 本を引っ張らないで!」
「あ、ごめん!」
ハリーは慌てて手を引っ込めた。
ハーマイオニーはページを押さえ、記述を丁寧に読み進めた。
「……やっぱり、錬金術に関係する人物として紹介されているわ。でも、具体的な功績については、ここでも詳しく書かれていない……」
「またかよ!」
ロンが肩を落とした。
「いったい何をした人なんだ?」
「まだ分からないわ。でも、同じ人物について複数の資料が残っているのは確かよ」
ハーマイオニーは悔しそうに唇を噛んだ。
レオは彼女の隣でページを確認し、静かにうなずいた。
「この記述だけで結論を出すのは難しいね。もう少し別の資料も見てみよう」
「そうね……」
ハーマイオニーは気を取り直し、次の本へ手を伸ばした。
そのときだった。
図書館の入口から、数人の生徒が慌ただしく入ってきた。
「聞いたか? 先生たちが、また何かを調べているらしいぞ!」
「何を?」
「分からない。でも、校内の立ち入り禁止区域について、厳しく見回っているって!」
その言葉に、ハリーたちは顔を見合わせた。
「立ち入り禁止区域……?」
ハリーが小さく呟く。
ロンも眉をひそめた。
「また何かあったのか?」
「まだ何も分からないわ。噂だけで判断するのはよくないもの」
ハーマイオニーはそう言ったものの、いつもより落ち着かない様子だった。
レオも本を閉じた。
「そうだね。確かな情報がないうちは、先生たちの指示に従おう」
「うん」
ハリーはうなずいた。
その直後、図書館の扉が開き、マクゴナガル先生が姿を現した。
「ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャーさん。それから、スカマンダー君」
四人はすぐに立ち上がった。
「先生、何かありましたか?」
ハリーが尋ねる。
「少し確認したいことがあります。全員、こちらへ来なさい」
マクゴナガル先生の表情は真剣だった。
四人は顔を見合わせ、彼女の後について図書館を出た。
*
案内されたのは、普段はあまり使われていない教室だった。
室内には数人の教師が集まっており、机の上には羊皮紙や魔法道具が並べられている。
ダンブルドア校長の姿もあった。
「来てくれてありがとう」
校長は穏やかに微笑んだ。
「突然呼び出してすまないね。少し、君たちに確認しておきたいことがあるのじゃ」
ハリーは背筋を伸ばした。
「僕たちに、ですか?」
「そうじゃ。最近、校内で何か不審なものを見たり、普段と違う出来事に気づいたりしたことはないかな?」
ハリーは考え込んだ。
古い教室で見つけた鏡。
ニコラス・フラメルについての調べもの。
それから、箒が暴れたクィディッチの試合。
「先生、僕の箒のことなら……」
「その件については、こちらでも調査を続けておるよ」
ダンブルドアは静かにうなずいた。
「今のところ、すべての出来事がつながっていると断定できる証拠はない。しかし、何か気づいたことがあれば、遠慮なく知らせてほしいのじゃ」
「分かりました!」
ハリーは力強く答えた。
レオは教師たちの様子を注意深く見ていた。
彼らは何かを警戒している。
しかし、子供たちにすべてを伝えるつもりはないようだった。
レオは無理に問い詰めず、ダンブルドアへ向き直った。
「校長先生。僕たちにできることがあれば、協力します。ただ、ハリーたちが危険な場所へ近づかなくて済むようにしていただけると助かります」
ダンブルドアは、その言葉を聞いて目を細めた。
「君の心遣いに感謝するよ、レオ。もちろん、生徒たちの安全は最優先じゃ」
マクゴナガル先生も厳しい表情のままうなずいた。
「皆さんも、許可なく立ち入り禁止区域へ入らないこと。これは守ってもらいます」
「はい!」
三人は声をそろえた。
レオも静かにうなずいた。
話はそれ以上、深くは進まなかった。
四人は教師たちに礼を言い、教室を後にした。
*
廊下へ出ると、ロンが大きく息を吐いた。
「なんだか、急に大ごとになってきたな……」
「でも、先生たちが調べているなら、少し安心できるわ」
ハーマイオニーは胸元を押さえた。
「私たちが無理に調べようとする必要はないもの」
「そうだね」
ハリーはうなずいた。
それから、レオの袖をそっと引いた。
「レオ兄さん。僕たち、ちゃんと先生に相談できたよね?」
「うん。よくできたね、ハリー」
レオは優しく笑った。
「分からないことがあるからといって、全部を自分たちだけで解決しようとしなくていいんだよ。頼れる人がいるなら、頼っていいんだから」
「……うん!」
ハリーは嬉しそうに笑った。
その顔を見て、ロンも少しだけ安心したようだった。
「よし! じゃあ、今日はもう難しい話は終わりだ! 腹が減った!」
「ロン、さっきお昼を食べたばかりでしょう?」
「育ち盛りなんだよ!」
「それはそうだけど……!」
ハーマイオニーが呆れ、ハリーが声を上げて笑った。
レオも楽しそうに笑いながら、三人と一緒に歩き始めた。
窓の外では、夕日がホグワーツの塔を赤く染めていた。
謎はまだ残っている。
ニコラス・フラメルの秘密も、箒に仕掛けられた魔法も、禁じられた森で起きている異変も、何一つ解決していない。
それでも、ハリーたちは少しずつ学んでいた。
仲間を信じること。
自分にできることを考えること。
そして、本当に困ったときには、助けを求めること。
レオは三人の歩調に合わせながら、心の中で静かに決めていた。
もし、この先に本当の危険が待っているのなら。
ハリーたちが傷つかないように、できる限りのことをしよう。
けれど、必要以上に恐れさせることはしない。
彼らが自分の力で前へ進めるように、そばで支えていこう。
「レオ兄さん、早く!」
前を歩いていたハリーが振り返った。
「夕食に遅れちゃうよ!」
「今行くよ!」
レオは笑って返事をした。
四人の足音が、夕暮れの廊下に重なって響く。
その先に何が待っているのか、まだ誰も知らなかった。