現実からの逃亡者はVtuberになっていた 作:村上トオル
『ありがとうございます!』
『大切にさせていただきますね……!』
振った手を忘れることがない。
掲げた手を忘れることはない。
『竜弥、戻ろう?』
返せなかった言葉を忘れてるわけがない。
何も……選べなかったんだ。俺は……。
何もかも捨てた人間だ。
忘却の彼方に行くことを望んでいたはずだった。なのに、必死に足掻こうとしてしまう。
捨てきることができなかったものがあるんだ。
「それじゃあ、みんなお疲れ」
手には熱が残ってる。
力強く、残されてしまった。凸凹したものを手で触った感覚が残っていながらも、丸みを帯びたものを動かしながらも……。押せば、そこには「終了」画面が出る。一つの幕が閉じたみたいに、だ。
「……終わったか、今日も」
誰かに聞こえることがない声。
口元から、独り言が弱風のように流れて行った。
いつからだろうか。
いつから俺はこんなにも自分が醜いと感じるようになったのだろうか。
「じゃあ、なんでやってるんだ俺は……」
自問自答の末に出る答えなどなかった。
あるのは、未練だけというのが相応しい。そんなことは自分でも知っていた。
なにもかも投げ出せるのならば、簡単だったはず。なのに、唯一投げ出せなかったものがある。
さっきまでやっていたことが……。
物語っているんだからな、本当に笑えてくる。
自分で、ゲーム実況者としての自分を終わらせたくせに。
今度は、「Vtuber」か。随分と自分の人生を都合よく整形しているな……。
「あいつが見てたら、なんて言うんだろうか……」
あいつだけじゃない、あいつらが見ていたらなんて俺を言うんだろうか。
逃げたはずなのに、違う舞台で戻って来てしまっているのだから。
ディスプレイの外枠に映されている自分の姿。
そこに視線を一瞬だけ合わせて、逸らす。
まるで現実から逃げるようにして……。
あいつだけじゃない、あいつらが見ていたらなんて俺を言うんだろうか。
逃げたはずなのに、違う舞台で戻って来てしまっているのだから。
「……」
ディスプレイの外枠に映されている自分の姿。
そこに視線を一瞬だけ合わせて、俺は逃げるようにして逸らす。
まるで現実から逃げるようにして……。
「
「なんか他人律儀やな、まあええわ。ちゃんと覚えてくれたみたいで安心したで」
まさか、こんな場所で会うことになるなんてな……。
「ほんで店の前でチキン食べとるんか?ウチも混ざってええか?」
「好きにしたらどうなんだ?」
一瞬、夜の照明に群がる蛾か何かかと具体例が涌き出してしまう。
紀帆と同じ場所に立って、飯を食べる。これが最初で最後だろうから、深く関わるつもりなんてこれっぽちもなかったが……。
「紀帆、一ついいか?」
「なんや?」
これ以上はもうない。
これ以上はもないと言いたかったが……。
「ここでつけ麺を食べるつもりか?」
「そのために竜弥に許可得たんやろ?」
「……ああ、そうだったな」
突っ込むのすら面倒だ。
隣で麺を啜る音がしつつも、俺もまた一つチキンを口の中に頬張ることにする。
「なんか俺達シュールじゃないか?」
「気にし過ぎやろ」
「そうか」と小さく呟いた後に、喉の中に食べ物が流れていくのが伝わって来る……。
「家、大阪だったよな?ホテルとか泊まらないのか?」
「泊まらせてくれそうな奴おるんやけど、夜になるまで無理やと言われたんや」
「合鍵とか貰わなかったのか?」
「あーそれは盲点やったな、いや風夏の奴が貸してくれるとは思えへんし……」
「風夏?いや、誰かいるなら別にいいんだが」
誰かしらの名前を出した時点で今日泊まれる場所があるのは確定しているんだろう。
余計な心配だった。丸めた紙を自分の心を落ち貸せるため、放り投げる。
「なぁ、やってるんやろ?ポチポチする奴」
「やってない」
嘘だ、本当はやってる。
仮面を被って知らないふりをする。そうすることで精いっぱいだったが……。
答えるまでに時間が掛かっていたのも事実。
「間空けたってことは思うところがあるってことやろ?」
断言すればよかった。そう後悔したときには遅かった。
いや、正確には言い切ることはできた。できたが、俺は自分からそこに迷いがあると見せてしまう。捨てたはずのゴミを自分から掴みたいほどの執着心がそこにはあった。
「言いたくあらへんなら、別にええけどゲームはまだやってるやろ?」
「それもしてない、もう社会人だしな……」
「ほーん?じゃあ、やらへんのか?ウチとゲーム」
箸を大きく回してる……。
器用な奴だな、俺は一度まだやるなんて言ってないんだが……。
「そんな身構えなくてもええやろ、ゲーセンで一戦だけでええ。そんでウチは満足。竜弥も久々にゲームをやれて、ハッピーやろ?」
「俺がハッピーかは違うだろ?」
「じゃあ、ゲーム嫌いなんか?」
嫌いなわけがない。
嫌いだったら今もやってるわけがない。だから、口を開けられなかったんだ。
今の俺にとって、ゲームは自分のことを唯一言語化できる手段。それを否定することなんてことは俺にはできなかった。こんな悪循環、力でねじ伏せれば簡単なはずだった。
なのに、俺は……。
「一回だけだからな」
断ることができなかったんだ俺は……。
中途半端だ、いつだって。
「ええよ、一回だけ言うたやろ?」
「本当に一回だけだからな」
紀帆のペットボトルから水がどんどん減っていく……。
喉が潤いを求めてるってよりも、急いで流し込もうとしてる。
「紀帆が早くつけ麺食べおえないと俺が帰るかもしれんが」
急いで紀帆はつけ麺を食べ始める。
つけ麺を漬け汁ではなく、麺をそのまま啜って食べて。残ったつゆを味噌汁のように飲む。本末転倒なことをやっている。なんというか、忙しい奴だな……。
「それじゃあ、行くで竜弥」
「……ああ」
軽食を食べに来たはずなのに、紀帆の後ろをついて行くことになってしまった。
とはいえ、ただ一戦するだけだ。一戦すれば、俺は帰ることができる。
「このゲームでええやろ?」
ゲーセンに辿り着けば、耳に入るのは爆音。
爆音の連続。最早、耳も慣れてしまっているもんだ。
「クオリティブレイドか、確かこのゲームって両手剣のキャラが強いとかで有名だよな、ただ」
「ただ、なんや?」
「両手剣のキャラは、最近になってアップデートが入って一撃の威力が下がったとか聞いた気がするが。確か、今は……」
此処で俺は言葉を止めたくなってしまう。
「おい、紀帆」
「なんや?ニヤニヤしてたかウチ?」
「腕を組んで、満足そうな顔をしてればそう見られても可笑しくもないって話だけだ」
ご丁寧に、足をぶらぶらとさせながらも。
どうぞ、話を続けろみたいな態度を取られれば、こっちも説明しにくくなる。
余計なことを言われるまえに、始めてやるか……。
「対戦でいいんだよな?」
「当たり前やろ、一人用やりに来たわけやないんし」
そりゃあ、そうだ……。
練習しに来たわけでもないんだからな。
「さーて、ウチはどれで楽しもうかなー」
「楽しむ、か……」
もう俺には、無い感情だ。
あいつはワクワクとした気持ちを抱えつつも、レバーに触れていた。
黙々と作業するような手付きじゃなく、本気でこのゲームを楽しもうとしてる。
「一戦だけだ」
楽しむためなんかじゃない。
この一戦で終わらせるためだ。
「なにを……?」
レバーを握って、すぐそんな声が自分からする。
理解できなかった。操作するためのものに触れただけで、自分がまるで別の人間になったような感覚があったから。
「竜弥、時間ないで?」
「悪い」
自分を落ち着かせるための呼吸すらせず。
俺はキャラを選び終えるものの、まだ心は落ち着いてすらいなかった。
まるで草木が風に揺れているかのように……。
『ラウンド1……』
静かな声が通過して行った後……。
耳には入って来たのは忌々しいと感じるほどのダメージボイス。
欝々しくてしょうがなかった。自分がほとんど何も出来ずに、負けそうだったから。
「負けそう?」
負けるなら、それでいいだろ。
ラウンドは3つ。先に二勝すれば、そいつの勝ち。シンプルな格闘ゲームだ。
別に俺は紀帆とゲームを楽しみたいわけじゃない。
なのに、なんで俺は負けそうなんて単語が出て来た。
勝ちたいから、か?んなわけがない。勝とうか負けようがどうでもいいんだ。
『K.O!!』
最初の一試合目が終わる。
俺の負け。もう一回負ければ、とっとと帰れる。
それでいいのか……?俺は満足できるのか?
寧ろ、自分が……。
許せなくなるんじゃないのか……?
レバーを握ったときからの違和感。まるで、情熱が戻って来たかのような感覚……。
意味が分からなかった。
ゲーセンに来て一回やるだけだった。
やるだけだったのに……俺は知らない感情に苛まれてしまっている。
なんだこれは……。何処か懐かしく感じてしまうのはなんでだ。
俺にいったい何が起きてる。
明らかにおかしかったんだ。
耳には筐体の音だけではなく、ゲーセン全体の音を拾ってる。
集中してないわけじゃない。寧ろ、感覚が研ぎ澄まされ過ぎて全部を拾っているみたいだ。
手が徐々に熱くなってきている。
配信を流れ作業でやっていたつもりはない。寧ろ、ゲームに関する情熱は昔と変わってなかったはず。なのに、俺は目を離すことができない。
「なんやどうしたんや竜弥?」
筐体から映し出されるのは俺が操作してるキャラ。
ラウンド2は既に始まっている。
形勢は明らかに紀帆の方が有利。
なによりも、このゲームの練度を考えれば、圧倒的に紀帆の方が有利なんてのは明白だ。
こいつはゲームの天才、努力家。
付け刃で勝てるほど、簡単じゃない。そんなことは俺が一番知ってる。しかも、俺がさっき言及された両手剣の奴を使ってやがる。
あれは確かに、弱体化をされたが。
完全に弱くなったわけじゃない。まだ、全然戦える。寧ろ、ちょうどいい感じになってる。
攻撃のリーチはあるし、威力は高い。が、間合いを管理できなければ他の奴には勝ちにくい。そういう設計に変更されたんだ。
俺が使ってるツインダガーの方が。
どう考えても、有利なんだが。そこをあいつは防御と回避で完璧な布陣にしているが、どんなゲームにも完璧なんてないことは俺が一番知ってる。勝てる手段があるとすれば、アレしかない……!
体力ゲージは俺の方が不利。
だとしても、俺は……。
終わるつもりはない。目を瞑って、ゲームを放棄するぐらいなら、目を開け続けて、この感覚に従いたい。
身体がしっかりと覚えてるんだ。
あの少年、恭平に言われたことを……。
『俺はあの人のことが好きです!あの人のゲーム実況を見るのが好きなんです!』
『あの人は真っ直ぐで、誰よりもゲームを愛してるんです!!だから、俺はあの人がやるゲーム実況が好きなんです!』
実直なのは恭平の方だ。
あんな純粋な眼差しで俺のことを褒めてくれていた。あいつが、その存在がゲーム実況者「坦々」が、俺だと気づいたのは俺がサインをあげてからだった。
『逃げたくせに?』
背後から聞こえて来る、誰かに近い声。
ああ、結果的に俺が逃げたことには変わりない。
お前は、俺のことを恨んでいるだろ恵梨。
恵梨からすれば、俺のやってることは矛盾も同然。全部を放りなげた割に、全部が中途半端。
こうして、紀帆とゲームすることを楽しんでしまってる。
俺は自分の罪から逃げてしまった。自分の中でそれが正しいと信じてしまった。
勿論、それを今更後悔しても遅い。
今更謝れるかと言われたら、まだはっきりとお前らの顔なんて見ることはできない。
だとしても、これだけは言える。
「どうしたって言ってたな紀帆」
「おお、言ったで?何か言いたくなったんか?」
真っ直ぐなものを感じる。
力強いもの。ああ、そうだよな。
お前はゲームでは打算じゃないもんな。
「ああ負けたくねえ、その強い自分の感情を……」
「ぶつけたくなっただけだ……!」
自分の身体と心がこのゲームのことを鮮明に覚えてる。
弱点は知ってる。紀帆に喋ったことは知識なんかじゃない、付け刃の……。
回避ゲージを3つ消費させるなんてことはこいつには絶対に無理だ。
そんなの出来るわけがない。こいつの方がゲーム上手いんだぞ。そんなのできるわけねえだろ。
なら、どうする?ガード崩しは?
カウンターは?ダメだ、こんな中級者が使えそうなものばかりじゃ勝てるわけがない。
またダメージ音が五月蠅くなる。おい、早くしてくれ俺。
体力ゲージがもう残り僅かなんだよ。そろそろ、手元が狂い始めてくる。
焦って、手を滑らせそうになっちまう。
早く、早く見つけないと……。
マジで目が追いつかなくなる。
「……!」
焦っているなかで……一つの勝利の道筋を得る。
あいつの顔を見て賭けの上昇率が一気に上がる。
天啓が降りるっていうことはこういうことだろう。
もう、考えだとか保証だとかどうだっていい。試す、試してみるしかない。
あいつの顔を信じて、やるしかない。
楽しそうにしているあいつの顔を見て、もっと楽しそうにしてやるって……。
慢心はしないだろう、ミスもしない。なら、このゲームの仕様を。
両手剣の弱点の本質を突くしかない。
手がはっきりと前に出たのが見えて、何かが強打した音だけがする。
一気に決める。これで一区切りがつく……。
画面を見つつも、信じる。
溜め切ったゲージを使い切れば、大技を繰り広げる。
投げられた剣が当たる音がする、映像を認識できるようになったのは演出が始まってからだ。
必殺技の……。
目を奪われていた。
体力ゲージが大きく減っているからじゃない。演出に魅了されているからじゃない。
ゲームに……熱中していたからだ。
思えたんだ、心の底からそれはもう封じていたはずの感情。
二度と封を開けることはない。そのテープは頑丈なものだったはず。
なのに、テープののりが完全に残されていなかったんだ……。
あるのは……。
「やべえ、楽しい……」
手元に残り続けている汗。
そして……。
コントローラーの上に流れていった。
汗だ。
「紀帆、もう一戦しねえか!」
視線が不思議と上を向いている。
自分が椅子から立ち上がってることに気づいたのは……後から。
それほどまでに、俺は勝ちたかった紀帆に……。
「ええで、言っとくけどその前にラウンド3あるの忘れてるで」
「忘れてねえよ、勝つのは……俺だ」
少なくとも、今は……。
『ラウンド3……』
筐体の前に座り込む。
強く足を地面へと密着させる。そうすることで、今度は音だけじゃなくて……。
俺の世界には……映像も今度は入って来る……。
自分の世界が拡張されていくこの感じがたまらなく、充実感を満たしてくれるものであり……。
「お前、さっきと全然違くないか?」
筐体に目を向ければ、全然攻撃を入れさせてくれない。
弱キックばかり入れて来て、そこから両手剣で切り上げては空中コンボを決められていく。
目を瞑りたくなる光景ばかり、続く。さっきまでの俺だったら、捨てていただろうこの戦いを……。
「なんや?舐めプしてたって言いたいんか?こっちはいつだって全力やで」
「ああ、だろうな」
「なら、なんで聴くんや」
どうせ、紀帆には勝てない。
そんなことは分かりきってる。
「高校時代から随分とプレイスキルを上げたんだな」
無駄ないの攻撃。
見ていて、どんどん見事としか言いたくなるようなプレイング。
どれを取っても、プレイ側でやられたら口を開けたくなるものばかりしかない。
空中コンボが終わって、立たせて貰って攻撃を決めても。
前ジャンプで投げたダガーを回避されれば、攻撃が始まる。
あーもうどうすりゃ勝てるんだよこいつに。
「当たり前やろ、ウチは日々進化していくんや」
努力とか、才能なんて言葉を全く使わない。
こいつは本能でやってる。ずっと生きたようにゲームしているんだ。
『K.O.!!』
倒れていく……。
必殺技を決められて、終わる。
鮮やかだ、一つ一つが……。
『ASENT WIN!!』
敗北した。俺は負けたんだ。
筐体の映像からも音でも現実が伝わって来る。
「もう一戦するんやろ?」
「ああ……」
こっちも生きたような気分になれるのは、共鳴してるわけじゃない。
もっとこう、簡単なもの。俺が長らく忘れているもの。
多分、それは……。
「頼む」
向き合う心そのもの。