現実からの逃亡者はVtuberになっていた 作:村上トオル
感覚が残り続けている。
余韻って言葉が相応しいんだろう。
何度目を瞑っても、あのときの光景ばかり思い浮かべる。
違う、そうじゃない。
あのときじゃない。
自分が実際に、レバーを上下左右に動かす。ボタンを押せば、聞こえて来るのはいつだって映像と音だ。
いつだって、そうだった。
ゲームってのは映像と音が付き物だ。
当たり前のことを当たり前のことに語る。
アホらしくもあるが、身体に血液をぶち込みアドレナリン全開、そんな感じのものがしていたんだ。
近くで一緒にやってくれる奴がいたから……?
違う、もっともっとこう何かが俺の中で弾けていたんだあのとき……。
椅子の上に座っていれば、自分の手が目に入る。
まるで自分という人間が此処にいることを実感できないのか、指先ばかり視線に入る。
『なぁ、やってるんやろ?』
『何の話だ?』
『ポチポチとしか言えへんけど、その……あーじれったいわ』
耳を疑う言葉をあいつは口にしていた。
『やってるわけないだろ』
『ほんまか?言いたくあらへんなら別にええけど……自分勿体ないで』
『勿体ない……?』
まるで名残惜しそうにあいつは声に出していた。
俺が「ゲーム実況者」だったからじゃない。多分、あいつは……俺が『Vtuber』だってことを知っていたんだ。だから、もっと楽しそうにやった方がいいとか思っていたんだろう。ああ、もう嫌になってくる。
こうして……。
自分でコントローラーを握っているんだから。
本当に諦めが悪い奴だ、俺は……。
ゲームもつけない、配信もつけない。
コントローラーを握っただけで紀帆とゲームをしたときみたいな実感が戻って来るわけがないだろ。あれは……そう。単なる気まぐれだ。ゲームであるような急所に当たったぐらいの確率でしかない。
なのに、俺はどうしてこうも……。
求めてしまうんだろうか。
モニター越しにゲームの画面がつく。
ゲーセンでやったゲーム、『クオリティブレイド』の家庭用ゲーム……。
「ダメだ、これじゃない」
CPU戦で試せば、何か分かると考えていたが……。
紀帆と対戦していたときのような手に汗握るような感覚がまるでなかった。
相手がコンピュータだからか?やっぱ、隣に誰かいないからなの……か?
そもそも……。
こんなこと気にする必要があるのか?
冷ややかに残るコントローラーの触り心地、さっきまでアナログスティックが動いてたはずなのに、固定されている。
「別に考えなくてもいい……だろ」
本音が漏れていく……。
指に力が抜けている。気づけば、俺は片手でコントローラーの端を持ってた。
ああ、だよな……。
そもそも、こんなこと考えなくてもよかったんだ。
元々、俺はもうゲームを楽しむとか年齢じゃない。
もう二十歳なんだ。
ちゃんとしたことだけをしていればいい。
「……ちゃんとしたことってなんだよ」
また言葉が溢れ出す。
逃げ出して、現実逃避をしたくせに。
引退したくせに、今度は都合よく戻ってきてる。
此処までが自分で知ってる俺だ。
『これなんだ?』
『大会の誘いや、出る気あるなら声掛けてくれや』
『俺は活動者じゃない』
『人違いなら堪忍やで、どうするかはそっちが決めてええで』
結局、俺は……。
何も返せないで終わった。あいつの連絡先は知ってる。
断れば、すぐ終わる話。
なのに、俺は断ろうとしてすらいない。それどころ、ゲームをわざわざ起動させてワクワクしていた頃の自分を取り戻そうとすらしている。実に滑稽な姿だ。哀れすぎて自分が無様に感じてくる。
無様……。
どうせ、一つの無様が増えるなら。
今更、一つ増えたところでどうでもいい。
そして、やるならどうせ配信を付けてやる。逃避なんて幾らでも増やしてやる。
此処まで来たら……。
『配信開始』のボタンをクリックする。
「あっ、告知してないな」
いきなり、ゲリラ配信を開始してしまってる。
これだと、視聴者の奴らのことを困惑させることになる。
はぁ、もういいか。とりあえず、すぐにSNSで告知すればいいだけだ。
スマホを手に持って軽やかにフリックをする。
通知画面が出て来る。今じゃない、後にしてくれ。悪いが……。
「とりあえず、これでいいだろ」
いきなり配信を始めたから、視聴者が何人来るのか分からないが。
とりあえず、誰かしらが見てくれればいい。後はもうどうにでもなれ……。
ゲームと配信をやるだけだ。
コントローラーを握る。
そして、画面の前には見えて来るのは……まだ見ぬ強敵との対決。
オンライン対戦。
「このゲームやるのか?って、そういや俺このゲーム配信でやったことなかったよな」
そりゃあ、そうだ。
俺はあんまり配信でこういう対戦特化のゲームをしたことがなかったんだしな。
コメント欄の奴らの言う通りだ。
「どうせなら、みんなとやるか。部屋立てるからちょっと待ってくれ」
基本、一人用のゲームをやることが多かったからなのか。
みんな、珍しがってる。意外だとか、そういうコメントばっかだ。
部屋を立てて、パスワードを配信内のコメ欄に乗せる。
腕を伸ばせば、身体の節々が鳴る音がする。あーいってえなぁ……。
準備は万端だ。
何処からも来いと言った感じで、俺は最初の対戦相手と……。
「カオリさん、お願いします」
最初だ、小手調べぐらいでいい。
準備運動ぐらいを考えて、やればいい。
そう考えていたはずなのに……。
「……!?」
全然違う。
なにが準備運動だ。さっきこの言葉言った俺は今すぐ机の上に頭をぶつけるべきだ。
相手はそんなことすらさせてくれない。
さっきから同じようなものばかりだ。
相手の使ってるのは太刀を持つ奴だが……。普通に考えて、投げナイフがサブウェポンで使えるのはズルだろうが。こっちは喰らったら、コンボ始まるのを知ってるから、防御するしかないんだよ。
投げナイフ、防御。
投げナイフ、防御。
微妙に前に出る。前に出て、弱攻撃を少し当てる。それだけでいい。
それだけでいい。
「くそが……」
微妙にそんな声が漏れそうになる。
コントローラーを弾く音がどんどん強くなっていく。
このままだと、まずい。
紀帆と対戦しているときと同じで、また焦り出している。
いいのか?いや、いいんだ負けても。
どうせ、ラウンド1なんて捨て試────。
『たかがゲームなのかもしれないけどさ、私はゲームやアニメがあったから』
『今の自分があったんだよね。だから……』
『竜弥もゲームが好きでいてくれて嬉しかった……マジでさ!!』
ああ、そうか……。
負けたくない理由なんて幾らでもある。
配信を付けたのだって、理由がある。
俺は……共有したいんだ。
楽しみを、喜びを、湧き上がるこの感情を……。
俺だって、紀帆や恭平たちと同じだ。
なによりも、さっき声がしていた香織と同じだ。
俺だって心の底ではゲームが好きなんだ。
コントローラーを握る手に熱を帯び始めてる。
コメント欄が目に入る……。
『相手上手いな』
『かなりの達人だな、実はプロとか?』
『個人勢の配信にわざわざプロが?』
こいつはプロじゃない。
恐らく、知ってる奴だがそんなことよりも……勝ちたかった。
ゲームをするなら、勝ちたいに決まってる。相手一直線のコメント欄を俺の話題で掻き消したい。この歳になっても、まだ承認欲求があることには驚きだが。
理論も技術、やってきた経験も活かして戦うだけ。
俺は紀帆みたいに感覚や経験だけじゃどうにもできない。
あいつみたいに感情で強くなれるわけじゃない。
俺は……使えるものを使うだけだ。自分の用いる全てをこの目に、この耳に、この手に叩き込むだけだ。
それが「坦々」でもない。
「樫川竜弥」でもない。
クロア・メアーズのやるべきことだ。
敵の勢いになったら。
落ち着きが保てなくなる。自分の感情のままに従いそうになってしまう。
人間なんだから当たり前っちゃ当たり前だが。此処に区切りを付けなくちゃならない。
やるしかないんだ。やらなきゃ、敗北するだけだ。
また投げナイフが投げられてくる。
最早、見飽きたものだ。昨日、紀帆がやっていたことを思い出す。
スティックを上に傾けて、そのまま……前に進む。
そして、間合いは完璧。
そりゃあ、そうだろう。このキャラは、ジャンプの出だしが他キャラよりも早いし、滞空時間も長いんだからな。だから、滞空から間合いを詰める点においては……。
誰よりも、完璧なんだよ。
弱めの蹴りが、二度相手のキャラに入って行く。
ダメージ音が少しずつしていく。
そのまま、攻撃が当たる。
空中に切り上げてから、空中での二本の刀での心地いい音がしてくる。
ずっと聴いてたいまであるが、今は我慢だ。
空中での攻撃が終わって、砂と密接な関係になれば。
相手は防御をしてくる。攻撃を。二本の刃はビクとも入らない。一本ぐらい入ってもいいだろ。
ただでさえ、攻撃力低いんだぞこれ。
相手のリーチの長めの攻撃が発生する。
太刀だ、リーチなんて長いに決まってる。防御をしても、結局間合いを詰められない。
前ジャンプをすりゃあいいってもんじゃないが、そもそも近づかないとこっちは攻撃のこの字も……。いや、違う。
一本の短い剣を投げる。
必殺技じゃない、二本の剣を活かした特殊攻撃。
回収できるまで、一本で戦うことになるが攻撃が当たれば相手に入り込める。
入り込めなくても……。
「剣が一本になるから」
防御されたが、そんなのはどうでもいい。
「こっちの移動速度が速くなるんだよ……!」
攻撃威力は更に下がることになるが……。
それでも、戦うことを諦めない。
たかがゲーム……?
なわけないだろ、たかがゲームだったら俺は此処で熱くなってない。
ゲームだからこそ、俺は此処まで熱くなれるんだ。
何を言われようとも、放棄なんてするわけがない。
『クロア、これ勝つんじゃないんか!?』
『意外といけるかも』
『いや、体力低いしいけるか……?これ』
そうだよな、まだ半信半疑だよな。
当たり前だ、俺は勝てたわけじゃないんだから。
なら、一気に此処から大逆転劇を見せつけるだけだ。ショーのクライマックスのように……。
武器は回収してある。
相手のゲージは残り半分以下。
俺が投げ技をした後に、相手はすぐにまた立ち向ってくる。
そうだよな、お前はそういう奴だもんな……。
なら、悪いが……こうするだけだ。
前後に動くだけの単調の作業を終えて、回避ゲージを使う。
格ゲーに回避ゲージがあるなんて、どうかって本気で思うけれど、思う存分使わせて貰った後に……。
回避ゲージと言う名のカウンターが入った後に、上空に飛ばすための連撃を与える。
回転しながらも、相手を切りつけて行けば一気にダメージが当たって行く。
出だしが遅めだから、この攻撃は滅多に使わないがこういう形でなら使い道がある。そして、そのまま俺は……。
上空から二本の剣を左右斜めに構えて、地上へと降りていけば……。
表示されていくのは……。
『K.O.!!』
「よっしゃあああ勝ったぞ!!」
勝った、勝ったぞ。
『クロア、まだラウンド1!』
「え!?あっ、や、やべっ!!」
『珍しくテンション高くて草』
『こんなテンション高いクロア初めて見たけど』
『意外と熱いタイプだったりする?』
「いいだろう、別に」
「ゲームって最高に楽しいんだからよ……!」
そうだ、俺はこの感覚を知っていたはずなんだ。
俺は……ゲームが楽しいってことを。
そこに意味も理由も必要ない。
俺も紀帆と同じ人間だったんだ。
「全部、あいつの筋書き通りか」
悔しいが、自分自身の感情に逆らうことはできない。
紀帆の純粋な熱意に押し負けて、更には……まさかあいつに助けられることになるなんてな……。
「おつクロア、じゃあみんなゆっくり寝ろよ」
「もう夢も見れるような時間じゃないが」
そう付け足した後に、配信を切り上げる。
大体、深夜2時なのになんで200人も見てるんだよ。寝ろよ、お前ら。
そんな夜更かししたいのか。
「はぁ……」
握る力はまだ残されてる。
深呼吸しながらも、俺は落としそうになったコントローラーを手で握り直す。
紀帆に器用なことをしてるなと思ってたくせに、自分でもコントローラーを回転させてから掴み直してるんだ。普通に掴めばいいだけなのに。
「出るか」
もう逃げも隠れもする気もない。
ステージの上に来いと言われた以上、やってやる。
手元に置いてあった、スマホを触れるまでに時間はかからなかった。
慣れた指でスマホをフリック操作しつつ、俺は……。
『クラウンカップ出る、ゲームは?』
『ピークズ・フィールドや。ゲームのアップデートちゃんと忘れるんやないで?』
『分かってる』
ピークズ・フィールド。
よりによって、俺が得意とするゲームか。
紀帆の奴に勝てるか分からんが、あくまでも楽しむためだ。
『一緒に組まへんか?』
『一緒に?悪いが、断るよ』
『ん?なんでや?』
『どうせなら紀帆に勝ちたいだろ』
組めば絶対……とは言い難いかもしれないが。
こいつと組めれば、怖いもの知らずなのは間違いないが。
悪いが、俺は紀帆を倒したいんだよ。お前に勝たなくちゃ意味がない。
『なら、楽しみにしとるで?三人必要やけど、他二人声掛けてたるか?』
『それもいい。悪いな、色々と気を遣ってくれて』
『別にええよ』
紀帆が高校生の頃、全然気遣ってくれないどころか。
俺がゲーム実況者だってすぐ声に出していたのに、今となってはあの場で耳打ちしたり。
こうして、他の候補を探してくれるなんて言い出す。我武者羅にゲームばかり好きな奴じゃないってことか。
「視野が広いっていいもんだな……」
自分に対する自虐を突き付けながらも、俺はスマホの電源を落とそうとしたとき。
もう一件、通知が鳴る。
「紀帆か?」
確認するために、自分の顔が映ってるスマホを確認すればそこには……。
『おつクロアー、で?どうだった?私の腕前はさ!』
『いやぁ、見事私の負けだったけど。ちゃーんとゲームはやっててくれてるみたいで嬉しかったよ。それじゃあ、配信頑張ってねー』
相変わらずだな、香織。
何も変わってない。
何も変わってないからこそ……。
俺は正直、それが嬉しく思ってしまう。
悪いが、連絡は返せない。
今は……まだ。
「候補、どうするかね……」
スマホに触れていた手が離れて行く……。
同時に、俺は疑問が生じる。
さっきまで映し出されていた。
黒髪のきのこへアーを見つめながらも俺は……。
「俺、Vの友人居たっけ……」
「居なくね……?」
今更になって後悔したくなる。
あーもう、こういうときに使いたくなる。
机の上を強めに叩く。
「ファック……!クソが……」
さっきまで息巻いていた自分を殴ってやりたい。
本当に。
スマホを確認しても、フォローしてはいるけど。
そもそも、絡んだこと無い人ばっかじゃねえか。
「はぁ、終わりだ終わり」
ベッドの上で大の字になる。
後悔先立たず、最後までかっこつかない。
カッコ悪すぎる。
もう嫌になってくる。
ああ、もうこれなら紀帆にメンバー集めてくださいと土下座でもなんでもするべきだった。
仕方ない、ちょっとダサいが……。
『ピークズ・フィールドの大会、クラウンカップ出るのですがどなたかチームに所属していない方、いらっしゃいますでしょうか?』
三人用のFPSゲーム。
対戦人数は確か、60人。30対30人分かれて、防衛チーム。
爆破チームに分かれるゲーム。
俺もやったことがある。
問題は本番でどちらのチームに分かれることになるだけだが……。
リプ欄で勢いよく俺の視聴者、クロスナーが喜んでいる。
『クロアが大会!?』
『明日は隕石が落ちて来るかも』
『世界の滅亡は近いかも』
「お前ら俺のことをなんだと思ってるんだ」
目を細めて、スマホを見つめる。
だが、考えてみれば俺こういうの出た事ないよな。
本当に一人用のゲームしかしたことがない。言われてもおかしくはなかった。流石に、言い過ぎだろとは思うが……。
「DMの通知、もう来たのか?」
どうせスパムDMとかそんなだろう。
半信半疑で、指でスマホをタッチしていると……。
『初めまして、青空奏多と申します。クラウンカップの件のツイート拝見させていただきました』
SNSに映し出されるアイコンはまさしく青少年というのが相応しかった。
ブルーブラックのショート。いい感じに決まってるな。
『実はあと一人、募集しているのですがもしよろしければどうですか?』
本当に募集のDMだった。
この人、俺のことをフォローしているな。知らなかった。
ちょっと確認してから、応じて見よう。
「え?」
プロフィールを見て確信するが、自分の目を疑いたかった。
名前を見たときから、違和感がかなりあったが……。
やっぱりだ。この人、めっちゃ大会出てる人だよな。
確かこの前もVの大会で優勝したりしている、今回やるゲームで。
最近、名前を至るところで聴く。
こんな人から、俺に募集連絡?新手のオレオレ詐欺を疑いたくなるが、藁にも縋る思いなんだこっちは……。
『よろしくお願いします』
とりあえず、これで安心して……。
「寝れる」
******
「クロア・メアーズ……さん」
「やっぱり、あの人だよな……?」
真っ暗な部屋の中で、僕は何度もモニター越しにその名前を見つめる。
夢じゃないのか?諦めかけていた幻想が此処にはある。願ってしまいそうになってるだけじゃないのか。切り捨てたかったのに……。
言葉に出来ないほど……。
僕は椅子の腰掛けを握り締めてしまう。
「ああ……」
「よかった」