流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
背後に、何かがいる。
そう気づいた瞬間、俺の身体はすでに動いていた。
灰色の男の右腕からナイフを引き抜き、首を狙おうとした直後。
奴の視線が、俺の肩越しへ向いた。
そのわずかな変化を見逃さなかったことが、俺を即座に横へ跳ばせた。
そして、着地と同時に振り向いた俺は――目を見開いた。
「……なっ!?」
そこにいたのは、特徴のない男だった。
つい数秒前。
俺が投げた、周で強化した鉄片を胸に受け、床へ倒れたはずの男。
それが、何事もなかったかのように立っている。
いや。
立っているどころではない。
すでに俺の背後へ回り込み、腕を伸ばせば届く距離まで迫っていた。
胸には、先ほどの傷がない。
服も破れていない。
そして、その顔には、表情らしい表情が浮かんでいなかった。
まるで、作り物の人形。
そんな印象を受けた。
――おかしい。
思考が、警鐘を鳴らす。
俺の投擲は、確実に命中していた。
手応えもあった。
少なくとも、普通の人間なら致命傷になりかねない一撃だったはずだ。
なのに、目の前の男は無傷。
しかも、俺の背後へ移動している。
瞬間移動?
治癒能力?
それとも、分身?
疑問がいくつも浮かんだ。
だが、それを考えている時間はなかった。
男が、こちらへ手を伸ばしたからだ。
俺は、反射的にナイフを突き出した。
◇
一撃目。
胸。
周で強化した刃が、男の身体へ突き刺さる。
確かな手応え。
皮膚。
筋肉。
その奥へ、刃が入り込んだ感覚があった。
男の身体が、わずかに揺れた。
だが、止まらない。
二撃目。
首。
俺は、ナイフを引き抜くと同時に角度を変え、連続して突きを繰り出した。
ほとんど一瞬。
相手に反撃の余地を与えない、最短の二連撃。
刃が、男の首元へ突き刺さった。
今度こそ、倒した。
そう思った。
だが。
次の瞬間。
男の身体が、変化した。
「……っ!?」
肌の色が、茶色に染まっていく。
顔。
首。
腕。
そして、胴体。
まるで、人間の形をした泥が、表面へ滲み出してくるようだった。
俺は、直感した。
――まずい。
これは、ただの死亡ではない。
何かが起こる。
俺は、即座にナイフを引き抜き、距離を取ろうとした。
だが。
遅かった。
男の身体が、不自然に膨らんだ。
そして。
爆発した。
◇
轟音。
衝撃。
熱。
それらが、同時に襲いかかってきた。
「――っ!!」
俺は、咄嗟に両腕を顔の前へ交差させた。
同時に、オーラを前面へ集中させる。
流。
いや、ほとんど反射的な防御だった。
だが、爆発は近すぎた。
相手との距離は、ほとんど密着状態。
しかも、俺は攻撃直後で、身体の重心が前へ移っていた。
防御に回せるオーラも、十分ではない。
爆発の規模そのものは、それほど大きくなかった。
倉庫全体を吹き飛ばすほどの威力ではない。
だが。
人間一人を至近距離で巻き込むには、十分すぎた。
衝撃が、身体を貫く。
両腕に、激痛。
胸部へ、強烈な圧力。
そして、熱風。
視界が、一瞬だけ白く染まった。
次の瞬間。
俺の身体は、宙を舞っていた。
「……がっ……!」
背中が、床へ叩きつけられる。
肺の空気が、一気に押し出された。
さらに、勢いが止まらない。
俺は、床を何度も転がった。
肩。
背中。
腰。
そして、最後に、鉄製の柱へぶつかった。
鈍い音が響いた。
俺は、その場に崩れ落ちた。
「……っ、は……」
息ができない。
肺が、うまく動かない。
胸が痛い。
腕も、まともに動かない。
全身が、焼けるように熱かった。
俺は、必死に呼吸しようとした。
だが、空気を吸い込むたびに、胸の奥へ鋭い痛みが走る。
肋骨が折れている。
それも、一本や二本ではない。
右腕も、おそらく骨折している。
左腕は、感覚が鈍い。
さらに、全身に細かな傷がある。
爆発による破片。
衝撃。
そして、熱。
それらが、一度に身体へ襲いかかってきた。
俺は、歯を食いしばった。
……やられた。
完全に。
相手の能力を読み違えた。
いや。
そもそも、能力を知らなかった。
それなのに、二撃目を加えた。
その判断が、爆発を誘発した。
俺は、床へ倒れたまま、必死に意識を保った。
視界が揺れる。
耳鳴りがする。
そして、口の中に血の味が広がった。
だが。
意識は、まだある。
生きている。
ならば。
まだ、終わりではない。
◇
倉庫の中は、奇妙なほど静かになっていた。
爆発の余韻。
床へ落ちた破片。
そして、子供たちの悲鳴。
それらが、少しずつ遠ざかっていく。
俺は、床に倒れたまま、視線だけを動かした。
灰色の男。
奴は、まだ椅子の近くにいた。
いや。
正確には、椅子から立ち上がってすらいなかった。
あまりにも素早い攻防だったのだ。
俺が特徴のない男へ鉄片を投げつけた。
その直後、灰色の男へ突進した。
右腕を負傷させた。
そして、背後へ現れた特徴のない男へ二連撃。
爆発。
ここまで、ほんの数秒。
灰色の男が立ち上がる暇もなかった。
だが、今は違う。
俺が床へ倒れたことで、奴は戦闘態勢を解いていた。
右腕を押さえ、苦痛に顔を歪めている。
額には、脂汗。
それでも、口元には薄い笑みがあった。
「……っ、くそ……」
灰色の男が、低く呟いた。
「……とんでもねえガキだな……」
俺は、答えなかった。
答えられる状態でもなかった。
ただ、意識だけは保っていた。
そして。
灰色の男の近くに、もう一人の男が立っていた。
特徴のない男。
さっき、俺の目の前で爆発したはずの男だ。
それなのに。
無傷。
服も、汚れていない。
まるで、何も起こっていなかったかのようだった。
俺は、目を細めた。
……やはり、分身か。
その可能性が、さらに高まった。
だが、まだ確定ではない。
俺は、痛みに耐えながら、男たちの会話へ意識を集中させた。
今は、情報が必要だ。
相手の能力。
制約。
そして、目的。
それらを、少しでも知りたい。
同時に。
俺は、完全回復能力の発動を準備していた。
自分自身を、完全な状態へ戻す。
傷。
骨折。
火傷。
内臓の損傷。
そして、消耗したオーラ。
すべてを回復する。
今なら、無言で発動できる。
だが、すぐには使わない。
相手が、俺を戦闘不能だと思っている。
その油断を、利用したかった。
もちろん、危険な賭けだ。
だが、相手の能力がわからないまま再び突っ込めば、同じことを繰り返す可能性がある。
だから。
今は、聞く。
そして、考える。
◇
「……おい」
灰色の男が、特徴のない男へ声をかけた。
「……もう少し、早く動けなかったのか?」
特徴のない男は、肩をすくめた。
「無茶を言うなよ」
声は、妙に平坦だった。
「お前が腕をやられたのは、あのガキが速すぎたからだろ」
「……わかってる」
灰色の男は、顔を歪めた。
「だが、あの一撃は本気で危なかったぞ」
「見てたよ」
「……だったら、笑ってんじゃねえ」
特徴のない男は、薄く笑った。
「まあ、結果的には助かっただろ」
俺は、床に倒れたまま、その会話を聞いていた。
やはり、あの男は最初から俺の動きを見ていた。
そして、背後へ回り込んだ。
だが、どうやって?
俺は、考えた。
最初の鉄片。
胸へ命中した。
その後、男は倒れた。
そして、別の位置へ現れた。
さらに、二撃目を受けた男は爆発した。
だが、今も同じ男が立っている。
……分身。
それも、かなり特殊な能力だ。
俺は、そう判断した。
そのとき。
灰色の男が、苛立たしげに言った。
「……お前の『
俺は、心の中で反応した。
無貌の兄弟。
能力名か。
特徴のない男は、少しだけ笑った。
そして、続けた。
「まあ、便利な能力だよ。泥さえあれば、いくらでも……ってわけじゃねえけどな」
俺は、意識を集中させた。
泥。
その言葉が、重要だった。
「……いくらでも作れりゃ、もっと楽なんだけどな」
男は、肩をすくめた。
「一体作るだけでも、かなり時間がかかるんだよ」
灰色の男が、鼻を鳴らした。
「知ってる。何時間も泥を弄ってるお前を、何度見たと思ってる」
「何時間どころじゃねえよ。自分の形に仕上げるまで、ずっとオーラを込め続けなきゃならねえんだから」
俺は、頭の中で情報を整理した。
泥を起点にする。
長時間、オーラを込める。
自分自身の形にする。
そして、分身を作る。
……なるほど。
単純な瞬間生成ではない。
事前準備が必要な能力だ。
だが、戦闘中に分身を使えるなら、その準備は十分に報われる。
俺は、さらに耳を澄ませた。
「……それに、三体までしか持てねえんだぞ」
特徴のない男が、続けた。
「さっきの爆発で一体減ったし、また作り直しだ」
俺は、内心で頷いた。
三体。
同時に作成できる分身の上限。
そして、爆発した分身は消滅する。
これも重要な情報だ。
灰色の男は、苦痛に顔を歪めながら言った。
「……だったら、最初から本体を下げとけよ」
「下げてたさ」
特徴のない男が、平然と答えた。
「最初に胸を撃ち抜かれたのも、あのガキの背後へ回ったのも、分身だ」
俺は、目を細めた。
……やっぱりか。
最初に倒れた男も、分身。
そして、背後へ現れた男も、分身。
だが。
なぜ、同じ姿の男が、あれほど自然に動ける?
単なる人形ではない。
人間と変わらない動作。
そして、念能力者としての気配。
俺は、そこに疑問を感じた。
その答えも、会話の中にあった。
「……お前が本体と分身を入れ替えるから、こっちまで混乱するんだよ」
灰色の男が、吐き捨てるように言った。
特徴のない男は、笑った。
「それが強みなんだろ」
俺は、心の中で呟いた。
……入れ替え。
つまり。
本体と分身の位置、あるいは存在を切り替えられる。
それなら、説明がつく。
最初に倒れた男。
その後、背後へ現れた男。
そして、今、灰色の男の近くにいる男。
どれが本体なのか、簡単には判断できない。
さらに、分身を爆弾として使える。
厄介だ。
非常に。
俺は、静かに息を吐こうとした。
だが、胸に痛みが走った。
「……っ……」
思わず、喉から小さな音が漏れる。
だが、男たちは気づかなかった。
いや。
気づいていたとしても、脅威とは思っていないのだろう。
俺は、再び意識を集中させた。
◇
「……しかし、あの爆発はやりすぎだろ」
灰色の男が、苛立たしげに言った。
「倉庫が壊れたらどうする」
「壊れねえよ。あの程度ならな」
特徴のない男は、平然と答えた。
「それに、あのガキを確実に仕留めるには、あれくらい必要だった」
「……まあな」
灰色の男は、床に倒れた俺へ視線を向けた。
「……十歳くらいか?」
「そんなもんだろ」
「……念まで使いやがる」
男は、舌打ちした。
「どこで覚えたんだか」
俺は、答えなかった。
もちろん、答えるつもりもない。
特徴のない男が、俺を見ながら言った。
「……あれだけの爆発を至近距離で受けて、まだ息があるなら大したもんだ」
俺は、心の中で苦笑した。
……あるよ。
まだ、しっかりと。
もっとも、身体は重傷だ。
普通なら、動ける状態ではない。
だが、俺には完全回復能力がある。
それを使えば、すぐに戦闘へ復帰できる。
問題は、タイミングだった。
男たちは、俺が動けないと思っている。
この状況を、どう利用するか。
俺は、静かに考え続けた。
そのとき。
特徴のない男が、懐から小さなものを取り出した。
俺は、視線だけを動かした。
手のひらサイズの人形。
茶色い。
泥で作られたような質感。
そして、顔立ちは、特徴のない男に似ていた。
男は、その人形を指先で転がした。
「……残り二体か」
灰色の男が、ちらりと見た。
「……まだ持ってたのか」
「当たり前だろ。全部出してたら、万が一のときに困る」
俺は、目を細めた。
……なるほど。
分身は、小さな人形の状態で持ち運べるのか。
つまり、戦闘中に突然出現したように見えた分身も、あらかじめ用意されていた可能性がある。
泥から作る。
長時間オーラを込める。
自分自身を形成する。
そして、完成した分身は、人形へ変換して持ち運べる。
必要なときに、元の姿へ戻す。
さらに、本体と入れ替わる。
そして、分身が死亡するとき、オーラを込めれば爆発させられる。
……厄介すぎる。
俺は、内心で舌打ちした。
だが。
情報は、集まってきた。
少なくとも、無限に分身を作れるわけではない。
そして、分身の準備には時間がかかる。
つまり、消耗させれば、いずれ手札が尽きる。
問題は、その前に俺が倒されないかどうかだ。
◇
次に、俺が気になったのは、灰色の男だった。
あいつは、まだ能力を見せていない。
だが、念能力者であることは間違いない。
しかも、特徴のない男と対等に話している。
おそらく、ただの護衛ではない。
何らかの役割があるはずだ。
俺は、痛みに耐えながら、会話を待った。
すると。
灰色の男が、右腕を押さえながら言った。
「……くそ。あのガキのせいで、手がまともに動かねえ」
特徴のない男が、笑った。
「お前の能力、手が使えねえと困るもんな」
「……うるせえ」
俺は、内心で反応した。
手。
灰色の男の能力は、手を使うものらしい。
だが、それだけではわからない。
俺は、さらに耳を澄ませた。
「……『
特徴のない男が、からかうように言った。
灰色の男は、顔を歪めた。
「……究極の映写機は、右手じゃなくても使える」
俺は、心の中で呟いた。
究極の映写機。
能力名。
……映写機?
その言葉から、映像や記録に関係する能力を連想した。
だが、念能力の名前だけで効果を判断するのは危険だ。
俺は、静かに待った。
灰色の男が、続けた。
「……ただ、片手じゃ面倒なんだよ」
「まあな。手で筒を作って覗くんだからな」
俺は、目を細めた。
手で筒を作る。
覗く。
その動作が、発動条件なのか。
特徴のない男は、さらに言った。
「……しかも、相手に覗かれてるって気づかせなきゃならねえ」
俺は、内心で驚いた。
気づかせる?
普通、念能力は相手に知られない方が有利だ。
だが、この能力は違うらしい。
相手が覗かれていることに気づく必要がある。
それが、発動条件。
灰色の男は、不機嫌そうに言った。
「……そこまで言うな」
「別にいいだろ。あのガキ、もう動けねえんだし」
俺は、心の中で呟いた。
……動けないと思ってるなら、もっと喋ってくれ。
もちろん、顔には出さない。
俺は、痛みに悶えるように身体をわずかに動かした。
それを見た特徴のない男が、笑った。
「……ほらな。まだ生きてるけど、何もできねえ」
灰色の男は、俺を見下ろした。
「……念能力者なら、売り物になるかもしれねえな」
俺は、その言葉を聞きながら、静かに息を吐いた。
売り物。
やはり、そういうことか。
だが、まだ話は続いた。
◇
「……しかし、お前の能力は本当に面倒だよな」
特徴のない男が、言った。
「手で筒を作って、相手を覗く。相手が気づいたところで瞬き。そこから、次の瞬きまで相手を動かせるんだろ?」
俺は、内心で息を呑んだ。
……何だ、それは。
相手の動きを、強制する?
それも、瞬きから瞬きまで。
短い時間とはいえ、恐ろしく危険な能力だ。
戦闘中に一瞬でも身体を操られれば、致命的な隙が生まれる。
俺は、灰色の男を見た。
奴は、右腕を押さえたまま、苛立たしげに答えた。
「……そうだよ。だが、ただ動かすだけじゃ意味がねえ」
「……ああ、次の段階があるんだったな」
特徴のない男が、笑った。
灰色の男は、口元を歪めた。
「……恐怖だ」
俺は、静かに目を細めた。
「相手が恐怖を感じた瞬間。その表情と感情を確認できれば、第二段階へ移れる」
特徴のない男が、頷いた。
「……フィルムに保存、か」
俺は、頭の中で情報を整理した。
第一段階。
手を筒状にする。
その中から対象を覗く。
対象が、覗かれていることに気づく。
その状態で瞬きする。
そして、次の瞬きまで、対象の動きを強制する。
第二段階。
対象の恐怖の表情と感情を確認する。
すると、フィルムを具現化できる。
そして、対象を保存する。
……保存?
俺は、そこに引っかかった。
保存とは、どういう意味だ。
写真のように記録するだけなのか。
それとも。
対象そのものを、閉じ込めるのか。
その答えも、会話の中にあった。
「……一度フィルムに入れちまえば、あとは好き放題だもんな」
特徴のない男が、言った。
「出したり、戻したり。命令もできる。逃げられねえ」
俺は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
……そういうことか。
対象をフィルムへ保存する。
そして、必要なときに取り出す。
さらに、行動を操作する。
つまり、捕獲と支配。
それが、この能力の本質だ。
灰色の男は、薄く笑った。
「……俺が解放するか、対象が死ぬまで、逃げられねえ」
俺は、静かに拳を握ろうとした。
だが、右腕に激痛が走った。
「……っ……」
俺は、歯を食いしばった。
痛みは、まだ強い。
だが、それ以上に。
怒りがあった。
あの能力。
子供たちを捕まえるために、使っているのか。
そう考えた瞬間、胸の奥が冷たくなった。
◇
「……で、どうする?」
特徴のない男が、尋ねた。
「このガキ、殺すのか?」
灰色の男は、少し考えた。
そして、俺を見下ろした。
「……いや」
俺は、内心で警戒した。
灰色の男は、続けた。
「……念能力者のガキだ。珍しい。使い道があるかもしれねえ」
「……売るのか?」
「それもいい。だが、まずは俺の能力で捕まえる」
俺は、静かに息を吐いた。
……来るか。
究極の映写機。
サイレントラム。
その能力を、俺に使うつもりらしい。
だが、今の俺は重傷だ。
まともに動けない。
少なくとも、そう見えている。
だからこそ。
相手は、油断している。
俺は、完全回復能力へ意識を向けた。
発動準備は、すでに整っている。
あとは、タイミングだけだ。
灰色の男が、ゆっくりと立ち上がろうとした。
右腕を押さえ、苦痛に顔を歪めている。
だが、その目には、奇妙な期待が浮かんでいた。
「……いい顔を見せてくれよ」
俺は、答えなかった。
ただ、男の動きを観察した。
そのとき。
特徴のない男が、ふと思い出したように言った。
「……そういや、次の便はどうするんだ?」
灰色の男が、顔をしかめた。
「……予定通りだ」
「……マフィアの連中、待ってるぞ」
俺は、内心で反応した。
マフィア。
やはり、外部の組織が関わっている。
灰色の男は、煙草を取り出そうとした。
だが、右腕の痛みで顔を歪め、諦めた。
「……子供は商品だ。数が揃えば、引き渡す」
俺は、静かに目を細めた。
商品。
その言葉が、また出てきた。
特徴のない男が、笑った。
「……しかし、流星街のガキは安く仕入れられていいよな」
「……戸籍もねえ。探す奴も少ねえ。面倒な手続きもいらねえ」
灰色の男は、平然と答えた。
俺は、心の中で呟いた。
……そうか。
だから、流星街なのか。
外の世界から存在を認められていない人間たち。
その中でも、特に弱い子供たち。
それを、狙っている。
俺は、静かに息を吐いた。
だが、話はそれだけではなかった。
◇
「……で、ビデオの方は?」
特徴のない男が、尋ねた。
灰色の男は、口元を歪めた。
「……予定通りだ」
俺は、耳を澄ませた。
ビデオ。
倉庫の屋根から聞いた言葉。
あれが、何を意味するのか。
すでに、嫌な予感はしていた。
だが、男たちの会話は、その予感を裏づけるものだった。
「……次の作品は、あの生意気な女のガキを使うつもりだったんだがな」
特徴のない男が、笑った。
「……ああ。さっき、デブが連れてった奴か」
灰色の男は、頷いた。
「……恐怖の顔がいい。泣き叫ぶ声もな」
俺は、目を閉じた。
一瞬だけ。
そして、再び開いた。
……やはり、そうか。
男たちは、子供をマフィアへ売るだけではない。
その前に。
子供たちを苦しめ、その様子を撮影する。
スナッフフィルム。
前世でも、言葉だけは知っていた。
人間の苦痛や死を娯楽として扱う、最悪の映像。
それを、ここで作ろうとしている。
しかも、子供を使って。
俺は、静かに息を吐いた。
怒りは、すでに通り越していた。
胸の奥にあるのは、冷たい決意だけだった。
あの三人。
いや、すでに一人は始末した。
残り二人。
こいつらを、生かして返すつもりはない。
その考えは、変わらなかった。
むしろ、さらに強くなっていた。
◇
「……しかし、デブは遅えな」
特徴のない男が、言った。
灰色の男は、鼻を鳴らした。
「……また遊んでんだろ」
「……仕事が遅れるぞ」
「……あいつには、あとで言っとく」
俺は、内心で呟いた。
……もう、戻ってこないよ。
太った男は、すでに死んでいる。
俺が、殺した。
そして、その事実を、まだ二人は知らない。
これは、利用できる。
だが、今はそれよりも重要なことがある。
灰色の男の能力。
サイレントラム。
発動条件は、手を筒状にして対象を覗くこと。
そして、対象が覗かれていると気づくこと。
その状態で瞬き。
そこから、次の瞬きまで、対象の動きを強制する。
さらに、恐怖の表情と感情を確認すれば、第二段階へ移る。
つまり。
覗かれていることに気づかなければ、第一段階は成立しない。
そして、恐怖を確認されなければ、第二段階へ移れない。
……なるほど。
対策は、ある。
少なくとも、何も知らない状態よりは遥かにましだ。
俺は、静かに考えた。
まず、灰色の男の視線を遮る。
あるいは、手で筒を作る動作を妨害する。
そして、特徴のない男。
スワンプマン。
分身を三体まで作れる。
泥を起点に、長時間オーラを込めて自分自身を形成する必要がある。
完成した分身は、手のひらサイズの人形に変換して持ち運べる。
本体と分身を自由に入れ替われる。
さらに、分身の死亡時にオーラを込めれば、爆弾として使用できる。
つまり。
分身を倒すだけでは、危険だ。
むしろ、倒した瞬間に爆発する可能性がある。
ならば。
本体を見極める必要がある。
あるいは、分身を倒す際に、爆発の範囲外へ逃げる。
俺は、静かに息を吐いた。
……厄介だな。
だが、絶望するほどではない。
相手の能力を知った。
それだけで、戦い方は変わる。
◇
灰色の男が、ゆっくりと俺へ近づいてきた。
右腕を押さえながら。
額には、脂汗。
だが、その目には、獲物を見つめるような光があった。
「……おい、ガキ」
俺は、答えなかった。
「……まだ意識あるんだろ?」
俺は、わずかに目を動かした。
男は、笑った。
「……いいねえ。まだ生きてる」
特徴のない男が、後ろから言った。
「……さっさと捕まえろよ」
「……わかってる」
灰色の男は、左手を持ち上げた。
俺は、内心で警戒した。
右腕は、俺がナイフで負傷させた。
だが、左手は無事だ。
つまり、能力は使える。
男は、左手の指を丸めた。
筒状。
まるで、小さな望遠鏡のような形。
俺は、静かに目を細めた。
……来る。
サイレントラム。
究極の映写機。
その第一段階。
男は、筒状にした手を、自分の目の前へ持っていった。
そして。
その穴から、俺を覗こうとした。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
身体は、まだ重傷。
だが。
完全回復能力は、いつでも発動できる。
そして、相手は俺が動けないと思っている。
今こそ。
反撃の機会だった。
俺は、心の中で呟いた。
……十分だ。
情報は、集まった。
能力も、ある程度わかった。
そして、目的も。
もう、聞くことはない。
俺は、完全回復能力へ意識を集中させた。
自分自身を、完全な状態へ戻す。
傷。
骨折。
火傷。
内臓の損傷。
精神的な消耗。
そして、オーラ。
すべてを、回復する。
発動。
次の瞬間。
身体の奥から、温かい感覚が広がった。
痛みが、消えていく。
折れた骨が、元に戻る。
火傷が、消える。
内臓の損傷も、修復される。
そして、消耗したオーラが満ちていく。
俺は、静かに目を開いた。
視界が、はっきりした。
呼吸も、正常。
身体も、軽い。
完全回復。
成功。
俺は、床に倒れたまま、灰色の男を見た。
男は、まだ手を筒状にしている。
そして、俺を覗こうとしていた。
だが。
もう、遅い。
俺は、静かに笑った。
ほんのわずかに。
そして、心の中で呟いた。
……さて。
第二ラウンドだ。
俺は、ゆっくりと右手を動かした。
何もない空間。
そこへ、意識を向ける。
次の瞬間。
大ぶりなナイフが、俺の手の中に現れた。
アイテムボックス。
その秘密は、まだ誰にも知られていない。
そして。
俺は、静かに立ち上がった。
灰色の男の目が、見開かれる。
「……なっ!?」
特徴のない男も、驚いたように顔を上げた。
俺は、二人を見た。
その目には、恐怖も怒りもなかった。
ただ、冷たい覚悟だけがあった。
「……続き、やろうか」
俺は、静かに言った。
そして。
床を蹴った。