流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第十三話 変わりゆく運命

床を蹴った。

 その瞬間、俺の身体は弾丸のように前へ飛び出していた。

 狙う相手は、最初から決まっている。

 灰色の男。

 『究極の映写機(サイレントラム)』。

 相手の行動を強制し、条件を満たせばフィルムの中へ閉じ込めて支配する、極めて厄介な念能力。

 まともに発動させれば、俺の身体能力など意味をなさなくなる可能性がある。

 だからこそ。

 最初に仕留める。

 それ以外の選択肢はなかった。

「――なっ!?」

 灰色の男が、目を見開いた。

 当然だろう。

 つい先ほどまで、俺は床に倒れていた。

 両腕は折れ、肋骨も砕け、全身に火傷を負っていた。

 普通なら、立ち上がることすら不可能な重傷。

 それが、何事もなかったかのように起き上がり、全速力で突っ込んできたのだ。

 驚かない方がおかしい。

 だが、相手も念能力者。

 その驚愕は、ほんの一瞬だった。

 男の表情が変わる。

 目が細くなる。

 左手が、再び動こうとする。

 筒状に丸めた指。

 サイレントラム。

 俺は、その動きを見逃さなかった。

 だが。

 遅い。

 一歩目。

 地面を蹴り、身体を前へ運ぶ。

 二歩目。

 さらに加速する。

 フィジカルギフテッドによる脚力。

 四年間の戦闘で磨いた、無駄のない身体操作。

 そして、流による瞬間的な攻防力移動。

 それらが、噛み合った。

 床が、足元で小さく砕ける。

 空気が、頬を撫でる。

 視界の中で、灰色の男の顔が急速に近づいてくる。

 男は、左腕を持ち上げようとしていた。

 だが、間に合わない。

 俺の右手には、周で強化した大型ナイフ。

 刃は、すでに狙いを定めていた。

 心臓。

 前回は、右腕で防がれた。

 だが、今度は違う。

 右腕は負傷している。

 左腕は能力発動のために動いている。

 そして、男の身体は、完全に隙を晒していた。

 俺は、迷わず踏み込んだ。

 そして。

 ナイフを突き出した。

     ◇

 刃が、灰色の男の胸へ突き刺さった。

「――がっ……!?」

 男の身体が、大きく震えた。

 周で強化した刃は、念による防御を貫いた。

 皮膚。

 筋肉。

 骨。

 そして、その奥。

 心臓。

 俺は、確かな手応えを感じた。

 だが、それだけでは終わらせない。

 念能力者は、常識外れの生命力を持つことがある。

 さらに、念による特殊な治癒や蘇生の可能性も、完全には否定できない。

 だからこそ。

 確実に仕留める。

 俺は、ナイフを引き抜く際に、刃をひねった。

 内部で、刃が動く。

 そして、心臓を完全に破壊した。

 男の口から、声にならない音が漏れた。

 目が、大きく見開かれる。

 その瞳に浮かんでいたのは、恐怖だった。

 つい先ほどまで、他人の恐怖を楽しんでいた男。

 その男が、今は自分自身の死を前にして怯えている。

 俺は、その表情を見た。

 だが、何も感じなかった。

 同情も。

 達成感も。

 ただ、敵を一人排除したという認識だけだった。

 俺は、ナイフを引き抜いた。

 灰色の男の身体が、ゆっくりと崩れる。

 そして、床へ倒れた。

 もう、動かない。

 俺は、わずかに視線を向けた。

 死亡を確認するまでもない。

 少なくとも、即座に戦闘へ復帰できる状態ではなかった。

 だが。

 油断はしない。

 まだ、もう一人いる。

     ◇

「……てめえっ!!」

 特徴のない男が、叫んだ。

 その声には、怒りと焦りが混じっていた。

 当然だろう。

 仲間が、一瞬で殺された。

 しかも、相手は十歳ほどの少年。

 先ほどまで、瀕死の重傷を負っていたはずの子供だ。

 男は、俺へ向かって動き出した。

 だが、俺はすでに次の行動へ移っていた。

 灰色の男の身体が床へ倒れるより早く、横へ跳ぶ。

 距離を取る。

 そして、アイテムボックスへ意識を向けた。

 次の瞬間。

 俺の右手に、二つの鉄片が現れた。

 手裏剣のような形に加工した、薄い金属片。

 四年間の修行で、何度も使ってきた投擲武器だ。

 元々は、廃材から切り出したもの。

 だが、形状と重心を調整し、投げやすく加工してある。

 そして、俺の身体能力と念を組み合わせれば、十分な殺傷力を持つ。

 俺は、二つの鉄片を指先で挟んだ。

 狙いは、特徴のない男。

 ただし。

 その男が本体なのか、分身なのか。

 まだ、わからない。

 『無貌の兄弟(スワンプマン)』。

 泥を起点に分身を作る能力。

 最大三体。

 本体と分身を自由に入れ替えられる。

 そして、分身が死亡した際にオーラを込めれば、爆弾として使える。

 さらに、分身は手のひらサイズの人形に変換して持ち運べる。

 非常に厄介な能力だ。

 だが、弱点もある。

 分身の作成には、長い時間がかかる。

 そして、同時に作れる数には限界がある。

 つまり。

 ストックを削れば、いずれ本体へ辿り着く。

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして、右腕を振った。

     ◇

 一つ目。

 胸。

 牽制。

 鉄片が、鋭い軌道を描いて飛ぶ。

 特徴のない男は、即座に反応した。

 だが、その反応は、俺の予想通りだった。

 男は、胸へ向かってくる鉄片を無視した。

 そして、次の瞬間。

 二つ目。

 頭。

 こちらが、本命。

 俺は、周で強化した鉄片を、全力で投げつけた。

 フィジカルギフテッドによる膂力。

 そして、強力な周。

 その二つが組み合わさった投擲は、通常の人間では到底出せない速度に達していた。

 特徴のない男が、目を見開いた。

 そして、咄嗟に右手を上げた。

 頭部を守るための防御。

 念による強化も、間に合っていた。

 だが。

 足りない。

 俺の投げた鉄片は、男の手のひらへ直撃した。

 そして。

 そのまま、貫通した。

「――っ!?」

 男の顔が、驚愕に染まった。

 だが、次の瞬間には。

 鉄片が、頭部へ到達していた。

 強烈な衝撃。

 そして、破壊。

 男の頭部が、爆ぜた。

 身体が、大きく揺れる。

 そして、膝から崩れ落ちた。

 俺は、その様子を見ながら、すぐに距離を取った。

 分身なら、爆発する可能性がある。

 だから、近づかない。

 俺は、床を蹴って後退した。

 そして、男の身体を観察した。

 茶色。

 倒れた男の肌が、徐々に泥のような色へ変わっていく。

 ……やはり、分身か。

 俺は、目を細めた。

 だが、爆発は起こらなかった。

 男の身体は、そのまま崩れた。

 泥のような塊となり、床へ広がっていく。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……一体。

 これで、分身を一体処理した。

 だが、まだ終わらない。

     ◇

 そのとき。

 倉庫の奥で、何かが動いた。

 俺は、即座に視線を向けた。

 特徴のない男。

 もう一人。

 いや。

 もう一体。

 同じ顔。

 同じ服。

 同じ体格。

 まるで、鏡に映したような姿。

 俺は、目を細めた。

 ……残りの分身か。

 男は、俺へ向かって走り出した。

 その動きは、先ほどの分身よりも速い。

 いや。

 正確には、迷いがない。

 一直線。

 俺へ向かって突っ込んでくる。

 そして、その背後。

 さらにもう一人の男がいた。

 同じ顔。

 同じ服。

 だが、動きが違う。

 そいつは、俺から距離を取ろうとしていた。

 ……本体か。

 俺は、瞬時に判断した。

 どうやら、特徴のない男は、俺へ迫る直前に本体と分身を展開していたらしい。

 つまり、残りのストックを使い切った。

 そして、今。

 一体を俺へ突撃させ、本体は逃げようとしている。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……逃がさない。

 だが、目の前の分身を無視するわけにもいかない。

 あいつは、自爆する可能性がある。

 しかも、今度は俺へ向かって一直線に走っている。

 距離が詰まれば、危険だ。

 俺は、後退した。

 引き撃ち。

 距離を取りながら、攻撃する。

 四年間の戦闘で、何度も使ってきた戦い方だ。

 俺は、アイテムボックスから鉄片を取り出した。

 そして、周を使って強化する。

 狙いは、分身。

 ただし、頭部ではない。

 脚。

 移動能力を奪う。

 俺は、右腕を振った。

 鉄片が、飛ぶ。

 分身の膝へ直撃した。

 男の身体が、大きく崩れる。

 だが、まだ動こうとしていた。

 俺は、さらに後退した。

 そして、次の鉄片を取り出した。

 今度は、肩。

 腕の動きを止める。

 投擲。

 命中。

 分身の身体が、横へ倒れた。

 俺は、距離を維持したまま、さらに鉄片を投げた。

 胸。

 そして、頭。

 連続した投擲。

 分身は、完全に動きを止めた。

 そして、茶色く変色し始めた。

 俺は、すぐにさらに距離を取った。

 爆発するかもしれない。

 だが。

 今回は、爆発しなかった。

 泥の塊となり、床へ崩れた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……よし。

 これで、残りの分身も処理した。

 しかも、自爆させずに。

 だが、まだ本体がいる。

     ◇

 俺は、すぐに視線を向けた。

 倉庫の出口。

 そこへ向かって、特徴のない男が走っていた。

 本体。

 あいつだ。

 俺は、床を蹴った。

 距離は、およそ二十メートル。

 普通の人間なら、すぐには追いつけない距離だ。

 だが、俺にとっては違う。

 フィジカルギフテッドによる脚力。

 そして、流によるオーラの集中。

 それらを組み合わせれば、短距離の加速は常識外れだ。

 俺は、一気に距離を詰めた。

 男が、背後を振り向いた。

 その顔に、恐怖が浮かんだ。

「……ひっ!?」

 俺は、何も言わなかった。

 ただ、走った。

 男は、さらに速度を上げようとした。

 だが、遅い。

 俺は、アイテムボックスから鉄片を取り出した。

 そして、右腕を振った。

 狙いは、脚。

 男の右膝へ、鉄片が直撃した。

「――ぐあっ!!」

 男が、転倒した。

 俺は、その背後へ到達した。

 そして、ナイフを構えた。

 男が、振り向いた。

 その顔には、恐怖が浮かんでいた。

「……ま、待て……!」

 俺は、止まらなかった。

「……金なら、いくらでも……!」

 男は、必死に言葉を続けた。

「……お前みたいなガキなら、もっと稼げる! 俺たちと組めば――」

 俺は、静かに目を細めた。

 ……まだ、そんなことを言うのか。

 子供たちをさらった。

 人間を商品として扱った。

 そして、苦痛を娯楽にしようとした。

 それなのに。

 自分が死にそうになった途端、命乞い。

 俺は、静かに息を吐いた。

 だが、怒鳴ることはなかった。

 罵ることもなかった。

 ただ。

 必要な行動を取る。

 それだけだった。

 俺は、ナイフを振り下ろした。

 男の身体が、びくりと震えた。

 そして、動かなくなった。

 俺は、静かに呼吸を整えた。

 脈を確認する。

 呼吸もない。

 オーラの流れも消えている。

 本体。

 死亡。

 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 これで。

 三人。

 全員、始末した。

     ◇

 倉庫の中は、静かだった。

 いや。

 正確には、静かではない。

 子供たちの泣き声が聞こえる。

 すすり泣き。

 怯えた声。

 そして、誰かを呼ぶ声。

 俺は、ゆっくりと振り向いた。

 鉄格子の向こう。

 二十人ほどの子供たちが、こちらを見ていた。

 全員、怯えている。

 当然だ。

 目の前で、念能力者同士の戦闘が起こった。

 爆発。

 投擲。

 そして、死。

 普通の子供なら、恐怖を感じないはずがない。

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして、ナイフをアイテムボックスへ戻した。

 もちろん、子供たちから見えない角度で。

 秘密は、守る。

 それは、今後も変わらない。

 俺は、鉄格子へ向かった。

 途中、灰色の男の身体を確認した。

 動かない。

 呼吸もない。

 心臓は、完全に破壊されている。

 念による特殊な蘇生がない限り、復活は不可能だろう。

 俺は、静かに頷いた。

 そして、鉄格子の前へ立った。

 子供たちが、びくりと肩を震わせた。

 俺は、できるだけ穏やかな声で言った。

「……大丈夫」

 誰も答えなかった。

 俺は、続けた。

「……助けに来た」

 その言葉を聞いた瞬間。

 一人の小さな男の子が、泣き出した。

「……お、おかあさん……!」

 俺は、胸の奥が少しだけ痛くなるのを感じた。

 だが、今は泣いている場合ではない。

 まず、子供たちを外へ出す。

 そして、安全な場所へ連れていく。

 俺は、鉄格子の鍵を探した。

 特徴のない男の身体。

 その近くに、鍵束が落ちていた。

 俺は、それを拾い上げた。

 そして、鍵を開けた。

 かちり。

 小さな音が響いた。

 鉄格子の扉が、開く。

 俺は、子供たちへ向き直った。

「……もう、大丈夫。外へ出よう」

 子供たちは、すぐには動かなかった。

 当然だ。

 突然現れた少年。

 その少年が、恐ろしい男たちを倒した。

 だが、だからといって、すぐに信用できるわけではない。

 俺は、少しだけ考えた。

 そして、静かに言った。

「……ミナちゃん、いる?」

 その瞬間。

 子供たちの中から、小さな少女が顔を上げた。

 左袖に、青い布。

 間違いない。

 ミナだ。

「……え?」

 俺は、頷いた。

「お母さんが、探してるよ」

 少女の目が、大きく見開かれた。

「……おかあさん……?」

「うん。だから、一緒に帰ろう」

 その瞬間。

 少女の目から、涙が溢れた。

「……う、うあああ……!」

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして、少女の頭へ、そっと手を置いた。

「……大丈夫。もう、帰れるよ」

 少女は、何度も頷いた。

 俺は、ほかの子供たちへ向き直った。

「……みんなも、一緒に帰ろう」

 少しずつ。

 子供たちが、動き始めた。

 俺は、一人ずつ状態を確認した。

 大きな怪我をしている子はいない。

 だが、全員かなり疲れている。

 食事も、十分には与えられていなかったのだろう。

 それでも、歩けそうだった。

 俺は、静かに頷いた。

 そして、子供たちを連れて、倉庫の出口へ向かった。

 だが。

 その前に。

 俺は、ふと思い出した。

 ……サラサ。

 別室に残した女の子。

 あの子も、助けなければならない。

 俺は、子供たちへ言った。

「……少しだけ待ってて」

 そして、別室へ向かった。

     ◇

 扉を開くと、少女はベッドの端に座っていた。

 膝を抱え、身体を小さくしている。

 俺が入ると、びくりと肩を震わせた。

 だが、すぐに顔を上げた。

「……アオ……?」

「うん。戻ったよ」

 俺は、できるだけ穏やかに答えた。

 少女の目に、涙が浮かんだ。

「……ほ、本当に……?」

「うん。もう、終わった」

 少女は、しばらく俺を見つめていた。

 そして。

 突然、泣き出した。

「……う、うう……!」

 俺は、少しだけ戸惑った。

 だが、何も言わずに近づいた。

 そして、少女の前へしゃがんだ。

「……怖かったね」

 その言葉を聞いた瞬間。

 少女は、俺へ抱きついてきた。

「……怖かった……!」

 俺は、静かに頷いた。

「……うん」

「……もう、帰れないと思った……!」

「……うん」

「……みんな、助からないと思った……!」

 俺は、少女の背中へ、そっと手を置いた。

「……大丈夫。もう、帰れるよ」

 少女は、何度も頷いた。

 そして、しばらく泣き続けた。

 俺は、その間、何も言わなかった。

 ただ、少女が落ち着くまで待った。

 やがて。

 少女が、顔を上げた。

「……みんなは?」

「無事だよ」

「……本当?」

「うん。今、外へ出る準備をしてる」

 少女は、ほっとしたように息を吐いた。

 そして、小さく笑った。

「……よかった……」

 俺は、静かに頷いた。

 そして、立ち上がった。

「……行こう」

 少女は、俺の手を握った。

 その手は、小さく震えていた。

 俺は、強く握り返した。

 そして、二人で部屋を出た。

 倉庫の中央へ戻る途中。

 俺は、ふと思い出した。

 ……そういえば。

 俺は、足を止めた。

 サラサ。

 その名前。

 知っている。

 いや。

 知っているどころではない。

 三人の念能力者を相手にしていて気づくのが遅れた。

 原作『HUNTER×HUNTER』。

 幻影旅団。

 その結成に関わる、あまりにも重要な人物。

 サラサ。

 流星街で暮らしていた少女。

 クロロたちと親しくしていた、明るく優しい女の子。

 そして。

 原作では、人さらいに殺害された少女。

 その死が、クロロたちの運命を大きく変えるきっかけとなった。

 俺は、目の前の少女を見た。

 黒い瞳。

 涙の跡が残る頬。

 そして、俺の手を握る、小さな手。

 ……生きている。

 サラサが。

 生きている。

 俺は、静かに息を呑んだ。

 頭の中で、記憶が駆け巡る。

 原作。

 流星街。

 幻影旅団。

 クロロ。

 ウボォーギン。

 パクノダ。

 そして、サラサ。

 あの事件。

 あの悲劇。

 それが。

 今、俺の目の前で変わっている。

 俺は、しばらく動けなかった。

「……アオ?」

 サラサが、不安そうに俺を見上げた。

 俺は、はっと我に返った。

「……あ、ごめん」

 俺は、慌てて首を振った。

「……ちょっと、知り合いに似た名前だったから」

 嘘だ。

 だが、今はそれ以外に説明できなかった。

 サラサは、少しだけ首を傾げた。

 そして、笑った。

「……そうなんだ」

 俺は、静かに頷いた。

 そして、再び歩き始めた。

 だが。

 頭の中では、別のことを考えていた。

 ……変わった。

 原作の歴史が。

 いや。

 正確には、変わり始めた。

 俺は、原作の知識を持っている。

 そして、この世界へ転生してきた。

 だから、いつか原作へ影響を与える可能性はあると思っていた。

 だが。

 まさか、こんなに早く。

 しかも。

 幻影旅団の結成に関わる事件へ、直接介入することになるとは。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……どうなる?

 サラサが生きている。

 ならば、クロロたちはどうなる?

 幻影旅団は、結成されるのか。

 それとも。

 まったく違う道を歩むのか。

 わからない。

 原作の知識は、これから少しずつ役に立たなくなるかもしれない。

 だが。

 俺は、サラサを見た。

 少女は、俺の手を握りながら、静かに歩いている。

 まだ、少し震えている。

 それでも。

 生きている。

 俺は、静かに笑った。

 ……それでいい。

 原作が変わる?

 未来がわからなくなる?

 そんなことは、どうでもいい。

 目の前の子供を助けられた。

 それだけで、十分だ。

     ◇

 倉庫の中央へ戻ると、子供たちはまだ待っていた。

 誰も逃げていない。

 それどころか、互いに手を繋ぎ、静かに座っていた。

 俺は、少しだけ驚いた。

 だが、すぐに理由がわかった。

 サラサが戻ってきたからだ。

「……サラサ!」

 子供たちの中から、声が上がった。

 サラサは、俺の手を離した。

 そして、子供たちの方へ走った。

「……みんな!」

 小さな子供たちが、サラサへ駆け寄る。

 抱きつく。

 泣く。

 そして、何度も名前を呼ぶ。

 俺は、その様子を見ながら、静かに息を吐いた。

 ……よかった。

 少なくとも。

 この子たちは、助かった。

 だが。

 まだ、終わりではない。

 俺は、倉庫の奥へ視線を向けた。

 そこには、古い机。

 帳簿。

 そして、通信機器。

 さらに、撮影用と思われる機材もあった。

 俺は、目を細めた。

 ……証拠。

 こいつらが、何をしていたのか。

 誰と取引していたのか。

 そして、ほかにも子供たちがいるのか。

 それを調べる必要がある。

 俺は、子供たちへ向き直った。

「……みんな、少しだけ待ってて」

 そして、サラサへ視線を向けた。

「……サラサ」

「……なに?」

「……みんなを見ててくれる?」

 サラサは、少しだけ驚いた。

 だが、すぐに頷いた。

「……うん!」

 俺は、静かに笑った。

「……ありがとう」

 そして、倉庫の奥へ向かった。

     ◇

 机の上には、帳簿があった。

 俺は、それを開いた。

 ハンター文字。

 四年間、ハザから学んだ文字だ。

 今では、問題なく読める。

 帳簿には、日付。

 人数。

 そして、金額。

 さらに、取引先と思われる名前が記されていた。

 俺は、目を細めた。

 ……マフィア。

 やはり、関わっている。

 だが、名前だけでは、どこの組織なのかわからない。

 俺は、ページをめくった。

 そこには、子供たちの特徴が書かれていた。

 年齢。

 性別。

 そして、簡単な身体的特徴。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……商品台帳。

 人間を、物として扱うための記録。

 胸の奥に、冷たいものが広がった。

 だが、今は感情に任せない。

 情報を集める。

 それが、次の被害を防ぐために必要だ。

 俺は、帳簿を閉じた。

 そして、アイテムボックスへ収納した。

 もちろん、誰にも見られていないことを確認してから。

 次に、通信機器。

 古いが、まだ使える。

 俺は、電源を確認した。

 そして、いくつかの番号が記された紙を見つけた。

 それも、アイテムボックスへ収納する。

 さらに、撮影機材。

 俺は、しばらく考えた。

 そして、必要なものだけを回収した。

 すべてを持ち去れば、不自然だ。

 だが、証拠を残しすぎれば、仲間が回収に来る可能性がある。

 だから、重要なものだけを確保する。

 俺は、静かに頷いた。

 そして、子供たちの元へ戻った。

     ◇

 倉庫を出ると、外は夕方になっていた。

 空は、赤く染まり始めている。

 俺は、子供たちを連れて、東の運搬路を歩いた。

 二十人ほど。

 全員、幼い。

 疲れ切っている。

 だが、歩けないほどではない。

 俺は、先頭を歩きながら、周囲を警戒した。

 念能力者の仲間が、まだいる可能性がある。

 そして、マフィアの関係者が近くにいるかもしれない。

 だから、油断はできない。

 俺は、時折振り返り、子供たちの様子を確認した。

 サラサが、小さな子供たちを励ましている。

 ミナも、隣の子と手を繋いでいる。

 俺は、その様子を見ながら、静かに息を吐いた。

 ……強いな。

 あの子たちは。

 あんな目に遭っても、互いに支え合っている。

 俺は、少しだけ笑った。

 そして、歩き続けた。

     ◇

 中心地へ戻った頃には、日が沈みかけていた。

 ハザの店の前には、何人かの人が集まっていた。

 その中に。

 ミナの母親がいた。

 俺たちの姿を見た瞬間。

 女性の顔が、凍りついた。

 そして。

「……ミナ……?」

 小さな声が漏れた。

 ミナが、顔を上げた。

「……おかあさん……?」

 次の瞬間。

 少女が、走り出した。

「……おかあさああん!!」

 女性も、駆け出した。

 二人は、店の前で抱き合った。

 泣き声。

 何度も名前を呼ぶ声。

 そして、安堵の息。

 俺は、その光景を見ながら、静かに立っていた。

 ハザが、店の奥から出てきた。

 そして、俺を見た。

「……おい」

「……ただいま」

 俺は、軽く手を上げた。

 ハザは、俺の後ろにいる子供たちを見た。

 その数に、目を見開いた。

「……何人だ?」

「……二十人くらい」

「……は?」

「……思ったより、多かった」

 ハザは、しばらく言葉を失っていた。

 そして、ゆっくりと息を吐いた。

「……お前、またとんでもねえことしてきたな」

 俺は、少しだけ笑った。

「……まあね」

 ハザは、俺をじっと見た。

 そして、低い声で尋ねた。

「……相手は?」

 俺は、少しだけ間を置いた。

 そして、答えた。

「……三人」

「……三人?」

「……全員、念能力者だった」

 ハザの目が、わずかに見開かれた。

「……念能力者?」

 俺は、頷いた。

「……うん」

 ハザは、しばらく黙っていた。

 そして、俺の顔を見た。

「……で?」

 俺は、静かに答えた。

「……もう、いない」

 ハザは、何も言わなかった。

 ただ、深く息を吐いた。

 そして、俺の肩へ手を置いた。

「……そうか」

 それだけだった。

 俺は、静かに頷いた。

     ◇

 その夜。

 俺は、自分の拠点へ戻っていた。

 部分的に埋もれた、古い倉庫。

 五年間、少しずつ手を加えてきた住処だ。

 俺は、椅子へ腰を下ろした。

 そして、静かに息を吐いた。

 ……終わった。

 子供たちは、助かった。

 三人の念能力者も、倒した。

 だが。

 それで、すべてが終わったわけではない。

 マフィア。

 取引先。

 そして、ほかの被害者。

 まだ、調べるべきことがある。

 俺は、アイテムボックスから帳簿を取り出した。

 そして、机の上へ置いた。

 ページを開く。

 日付。

 人数。

 金額。

 そして、名前。

 俺は、静かに読み進めた。

 その中に、一つだけ気になる記述があった。

 ある取引先。

 そして、その横に記された短い言葉。

 俺は、目を細めた。

 ……これは。

 俺は、しばらく考えた。

 そして、静かに呟いた。

「……まだ、終わってないな」

 窓の外では、風が吹いていた。

 流星街の夜。

 遠くで、金属が軋む音がする。

 俺は、帳簿を閉じた。

 そして、椅子へ深く腰を下ろした。

 ハンター試験。

 もうすぐ、始まる。

 その前に。

 片づけなければならないことが、まだ残っている。

 俺は、静かに目を閉じた。

 そして、心の中で呟いた。

 ……さて。

 どうするか。

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