流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
流星街の夜は、相変わらず騒がしい。
遠くで金属が崩れる音がしたかと思えば、今度は野犬の遠吠えが聞こえてくる。
風が吹けば、ゴミ山に積み重なった鉄板が軋み、どこからか正体のわからない異臭が漂ってくる。
五年前。
この世界へ転生してきたばかりの俺は、そんな音の一つ一つに怯えていた。
いつ崩れるかわからないゴミ山。
食料も水もない生活。
人間どころか、野犬にすら命を脅かされる環境。
それが、俺にとっての流星街だった。
だが、今は違う。
薄暗い室内。
補修を重ねた壁。
自分で作った棚。
使い込んだ机。
そして、寝心地の悪くないベッド。
かつては雨風を凌ぐことさえ難しかった俺の住処も、今ではそれなりに快適な生活空間になっていた。
もっとも、外から見れば、半分埋もれた廃倉庫でしかない。
それでいい。
目立たないことは、流星街で生きるうえで重要なことだった。
俺は椅子に腰掛け、机の上に置かれた帳簿へ視線を落とした。
先日の人さらい事件。
あの倉庫から持ち帰った、取引記録だ。
そこには子供たちの人数や特徴、売買金額、取引先と思われる名前が記されていた。
さらに、次回の引き渡し予定日。
そして、いくつかの連絡先。
俺はすでに、必要な部分を書き写していた。
原本は、アイテムボックスの中。
写しの一部は、ハザへ渡してある。
もちろん、どこから手に入れたのかは説明した。
倉庫の事務室で見つけた、と。
それ以上のことは話していない。
俺がアイテムボックスを使えることも。
完全回復能力を持っていることも。
ハザは知らない。
今後も、知られるつもりはなかった。
「……さて」
俺は帳簿を閉じた。
人さらいの一件については、ハザを通じて流星街の有力者たちへ情報が渡っている。
この街の住人を商品として外へ売り飛ばしていた連中だ。
それも、子供を狙って。
流星街には、外の世界とは違う独特の結びつきがある。
ここで生まれ育った人間が、全員善人というわけではない。
むしろ、悪党などいくらでもいる。
だが、自分たちの仲間を外部の人間が好き勝手に扱うことを、許さない者も多い。
ハザの話では、今回の件を知った連中は相当に怒っていたらしい。
少なくとも、あの倉庫を利用した人さらいは、しばらく再開できないだろう。
取引先についても、追跡が始まっている。
俺がすべてを解決する必要はない。
何でも屋のアオとして、できることはやった。
あとは、この街の人間たちが動く番だ。
それに。
俺には、そろそろ考えなければならないことがあった。
ハンター試験。
そして、その前に。
念能力。
俺自身の『発』についてだ。
◇
俺は椅子の背もたれへ身体を預け、右手を持ち上げた。
ゆっくりとオーラを練る。
纏。
身体から漏れ出るオーラを留め、全身を包み込む。
今では、意識せずとも維持できる。
次に、練。
体内からオーラを引き出す。
部屋の空気が、わずかに重くなったように感じられた。
だが、すぐに出力を抑える。
必要以上にオーラを放出する意味はない。
俺は、右手へオーラを集中させた。
凝。
さらに、全身のオーラを右拳へ集める。
硬。
その状態で、ゆっくりと拳を握った。
指の関節が、小さく鳴る。
……十分だな。
俺は、心の中で呟いた。
先日の戦闘。
三人の念能力者との戦い。
あれは、俺にとって非常に大きな経験になった。
最初の大柄な男。
あいつは、奇襲で倒した。
正面から戦えば、相当に厄介な相手だっただろう。
だが、俺は戦わなかった。
背後へ回り込み、急所を狙い、一瞬で仕留めた。
次に、特徴のない男。
『無貌の兄弟(スワンプマン)』。
泥を起点に分身を作り、本体と分身を入れ替える能力。
さらに、分身を爆弾として使用できる。
あの能力には、完全にしてやられた。
至近距離で爆発を受け、俺は瀕死の重傷を負った。
普通なら、そこで終わっていただろう。
だが、俺には完全回復能力があった。
それを使い、戦闘へ復帰した。
そして、最後の灰色の男。
『究極の映写機(サイレントラム)』。
相手の行動を強制し、条件を満たせばフィルムへ保存して支配する能力。
あれも、非常に危険だった。
だが、俺は発動する隙を与えず、仕留めた。
……つまり。
俺は、ゆっくりと右手を下ろした。
今回の戦闘で、改めて理解したことがある。
俺は、すでに十分すぎるほど強い。
少なくとも、同年代の人間と比較する意味はないだろう。
フィジカルギフテッドによる身体能力。
ゴンやキルアに匹敵する念の才能。
そして、戦闘に関する直感と分析能力。
この三つが組み合わさっている。
さらに、四年間の実戦経験。
念の基礎と応用。
それらを鍛え続けてきた。
もちろん、世界には俺より強い人間などいくらでもいるはずだ。
ネテロ会長。
ゾルディック家。
幻影旅団。
そして、原作に登場した数々の強者たち。
今の俺が、彼ら全員に勝てるなどとは思っていない。
だが。
少なくとも、普通の念能力者を相手にするのであれば、基礎と応用だけで十分に戦える。
むしろ、余計な能力へ頼ることで、戦闘の幅を狭める可能性すらある。
……なら。
俺の発は、何を目指すべきなんだろうな。
◇
俺は机の引き出しから、一冊のノートを取り出した。
四年間、ハザから文字を学びながら使ってきたノートだ。
最初のページには、ひどく歪んだ文字が並んでいる。
当時は、自分の名前を書くことすら難しかった。
それが今では、こうして複雑な内容を文章にできる。
……成長したもんだ。
少しだけ笑いながら、白紙のページを開く。
そして、ペンを握った。
まずは、必要な能力を考える。
戦闘用の発。
これは、いらない。
少なくとも、優先順位は低い。
強化系のように身体能力をさらに高める能力。
放出系のように遠距離攻撃を行う能力。
変化系のようにオーラへ特殊な性質を与える能力。
操作系のように対象を操る能力。
どれも、強力だ。
だが、俺にとっては必須ではない。
近距離戦闘なら、フィジカルギフテッドと念の応用技がある。
遠距離攻撃なら、周で強化した投擲武器がある。
防御も、堅や流を鍛えれば十分に対応できる。
もちろん、限界はある。
だが、その限界を突破するために、必ずしも戦闘用の発が必要とは限らない。
次に、補助能力。
これも、微妙だ。
索敵。
移動。
拘束。
隠密。
こうした能力は便利だろう。
だが、俺にはアイテムボックスがある。
必要な道具を、いくらでも持ち運べる。
ロープ。
武器。
防具。
食料。
医薬品。
工具。
さらには、今後手に入れるであろう特殊な道具。
それらを、重量や大きさを気にせず収納できる。
ならば、普通の補助能力を発として作る必要は薄い。
俺は、ノートへ一行書き込んだ。
『身体能力と念の基礎・応用だけでは解決できない状況を突破する能力』
そして、その文章を見つめた。
……これだな。
俺が求めているのは、これだ。
どれほど強くなっても、腕力では解決できない問題は存在する。
どれほど速く動けても、届かない場所がある。
どれほど念を鍛えても、相手の特殊能力によっては一方的に不利な状況へ追い込まれる。
例えば。
絶対に破壊できない結界。
特定の条件を満たさなければ解除できない呪い。
通常の方法では侵入できない空間。
あるいは、物理的な攻撃が通用しない存在。
そんな状況へ遭遇したとき。
俺に必要なのは、単純な火力ではない。
状況そのものを覆す手段。
常識外れの道具。
あるいは、特殊な効果。
それを手に入れられる能力だ。
俺は、ノートを見つめながら考えた。
……特殊な道具。
そこで、ふと思いついた。
具現化系。
オーラを物質化する系統。
もし、特殊な道具を具現化できるのであれば。
それをアイテムボックスへ収納する。
必要なときに取り出す。
これだけで、かなり便利な能力になるはずだ。
だが。
俺は、すぐに首を傾げた。
……いや、待てよ。
俺は、具現化系じゃない。
特質系だ。
◇
念の系統。
強化系。
放出系。
変化系。
操作系。
具現化系。
そして、特質系。
俺は、五年前の水見式を思い出した。
コップの水。
その上に浮かべた、一枚の葉。
俺がオーラを流し込んだ瞬間。
葉が、増えた。
一枚。
二枚。
三枚。
そして、最終的には十枚の葉が新たに現れた。
合計十一枚。
あれは、今でも忘れられない。
普通の系統では説明できない変化。
だからこそ、俺は自分が特質系であると判断した。
そして、それ以来。
特質系としての能力を、どう作るべきか考えてきた。
だが、答えは出なかった。
なぜなら。
特質系は、自由度が高すぎる。
いや。
正確には、自由度が高いように見えて、実際には個人の資質へ強く依存する。
何でもできるわけではない。
念能力は、本人の性格。
経験。
願望。
そして、制約と誓約。
それらによって形作られる。
だからこそ。
俺自身に合った能力でなければ、意味がない。
俺は、ペンを指先で回した。
……俺自身に合った能力、か。
前世。
三十二年間。
俺は、何をしていた?
仕事。
生活。
そして、趣味。
漫画。
アニメ。
ゲーム。
休日には、好きな作品を楽しんでいた。
新作が出れば、情報を調べた。
面白そうなゲームがあれば、買って遊んだ。
そして。
ふと、ある光景が頭に浮かんだ。
眩しい照明。
派手な音楽。
液晶画面。
そして、回転するリール。
……スロットマシーン。
俺は、思わず笑った。
前世では、パチスロにも時々足を運んでいた。
もちろん、毎日のように通っていたわけではない。
だが、好きなアニメやゲームの新台が出れば、気が向いたときに遊びに行っていた。
あの独特の演出。
リールが回る音。
そして、当たりが揃った瞬間の高揚感。
……懐かしいな。
俺は、椅子へ深く座り直した。
そして。
ふと、思った。
……これ、念能力にできないか?
◇
スロットマシーン。
それを具現化する。
そして、オーラを掛け金として投入する。
リールを回す。
当たりが出れば、特殊なコインを獲得する。
そして、そのコインを使って、景品と交換する。
景品は。
俺が前世で見てきた、漫画やアニメ、ゲームに登場する特殊な道具。
それらを、念によって再現する。
……面白い。
俺は、思わず身を乗り出した。
ただ道具を具現化するだけではない。
スロットによって、結果が変わる。
そして、獲得したコインを貯めることで、より強力な景品と交換できる。
これなら。
俺の求める能力に、かなり近い。
戦闘用ではない。
補助用でもない。
必要なときに、必要な特殊効果を持つ道具を手に入れる。
いや。
必ずしも、必要なものが手に入るとは限らない。
そこが重要だ。
ランダム。
運。
そして、賭け。
それらを能力の中心へ置く。
俺は、ノートへ書き始めた。
『スロットマシーンを具現化する』
『掛け金はオーラ』
『当たりが出れば特殊なコインを獲得』
『コインを使って特殊な道具と交換』
『景品はランダムに生成される』
書きながら、さらに考える。
……ただし。
これだけでは、まだ弱い。
いや。
能力として、曖昧すぎる。
念能力は、単に願っただけで成立するものではない。
特に、複雑な能力ほど、明確なルールが必要になる。
俺は、ペンを止めた。
そして、考えた。
まず。
掛け金。
オーラを使う。
これは当然だ。
だが、ただ消費するだけでは面白くない。
スロットなのだから、賭け金によって結果が変わるべきだ。
多く賭ければ、より大きな当たりを狙える。
少なく賭ければ、損失は小さいが、獲得できるコインも少ない。
ただし。
賭けたオーラは、必ず徴収される。
当たっても、外れても戻らない。
つまり。
完全なギャンブル。
俺は、少しだけ笑った。
……いいね。
次に。
コイン。
当たりが出た際に獲得する特殊なコイン。
これは、単なる物理的な硬貨ではない。
能力によって発行される、交換用の通貨。
そして。
次回の発動時にも、持ち越せる。
これが重要だ。
俺は、ノートへ書き込んだ。
『獲得したコインは、次回以降の発動時にも持ち越し可能』
『コインは貯蓄できる』
『貯蓄したコインは、景品交換または追加のスロットに使用可能』
……これなら。
普段から少しずつコインを貯められる。
そして、いざというときに、まとめて使う。
あるいは、さらに大きな当たりを狙う。
ただし。
コインを再び賭ける場合、当然失う可能性もある。
俺は、そこにも線を引いた。
……リスクは必要だ。
制約と誓約。
念能力を強化するうえで、重要な要素。
ならば。
もっと明確な危険を設定するべきだろう。
俺は、しばらく考えた。
そして、ゆっくりと書いた。
『掛け金として徴収されるオーラに上限は設けない』
……いや。
これは、危険すぎるか?
俺は、ペンを止めた。
オーラは、生命力そのもの。
使いすぎれば、疲労する。
さらに、限界を超えて消耗すれば、生命に関わる。
ならば。
掛け金としてオーラを徴収されすぎれば。
発動者は、死ぬ。
俺は、静かに息を吐いた。
……そういう制約か。
スロットを回すこと自体が、命を賭ける行為になる。
もちろん、普通ならそんな能力は作りたくない。
だが、俺には完全回復能力がある。
オーラの消耗も、回復できる。
それでも、完全に使い切って死亡すれば、回復能力を発動することはできない。
つまり。
絶対に安全なわけではない。
むしろ、調子に乗れば簡単に死ぬ。
俺は、ノートへ書き込んだ。
『オーラを徴収されすぎれば、発動者は死亡する』
そして、その文章を見つめた。
……これなら。
能力の代償として、十分に重い。
だが、実際にどこまで成立するかは、訓練して確かめる必要がある。
念は、ゲームのスキル画面ではない。
頭の中でルールを考えたからといって、必ずその通りになるわけではない。
俺は、そのことを忘れないようにした。
◇
次に考えたのは、景品だった。
特殊な道具。
それも、前世で見てきた漫画やアニメ、ゲームに登場するようなもの。
例えば。
持ち主を守る防具。
特定の条件で空間を移動できる道具。
通常の方法では開けられない扉を開く鍵。
何かを探し出すための道具。
あるいは、特殊な情報を得るための道具。
そうしたものを、念で再現する。
……夢があるな。
俺は、思わず笑った。
ただし。
ここにも問題がある。
俺が前世で知っていた道具を、完全に再現できるのか。
そもそも、念能力でどこまで実現可能なのか。
それは、わからない。
特質系だからといって、無制限に何でも作れるわけではない。
だからこそ。
景品は、ランダムに生成される。
俺が欲しいものを、直接指定することはできない。
そして、景品の性能に応じて、必要なコインの枚数が変わる。
強力な道具ほど、高額になる。
当然だ。
さらに。
景品は、俺が記憶しているものを基にする。
つまり。
知らない道具は、出てこない。
そして、記憶が曖昧なものは、完全な再現が難しい。
俺は、ノートへ書き込んだ。
『景品は、前世で記憶した特殊な道具を基にランダム生成される』
『景品の性能に応じて、必要なコイン枚数が変化する』
『発動者は、景品の内容を直接指定できない』
……これで、かなり形になってきた。
俺は、さらに考えた。
景品の交換方法。
スロットマシーンを具現化する。
そして、獲得したコインを投入する。
すると、景品の候補が表示される。
その中から、交換する。
ただし、候補そのものはランダム。
気に入らなければ、交換せずにコインを貯める。
次回の発動時に、別の候補が出る可能性がある。
……これなら、面白い。
さらに、コインを使ってスロットを回すこともできる。
つまり。
オーラを賭ける通常のスロット。
そして、コインを賭ける追加のスロット。
二種類の遊び方ができる。
ただし、コインを賭けた場合も、外れれば失う。
……完全にギャンブルだな。
俺は、苦笑した。
だが。
それでいい。
むしろ、俺らしい。
前世で漫画やアニメ、ゲームを楽しんできた記憶。
そして、時々遊びに行っていたスロット。
それらを組み合わせた能力。
俺自身の趣味と経験に、深く結びついている。
だからこそ。
念能力として、形にできる可能性がある。
◇
俺は、ノートの中央へ大きく文字を書いた。
『愚か者の宝物庫』
そして、その下に。
『ジャンキージャンクスロットマシーン』
……うん。
悪くない。
いや。
かなり気に入った。
愚か者。
それは、俺自身のことだ。
命を賭けてまで、スロットを回す。
しかも、何が出るかわからない。
普通に考えれば、馬鹿げている。
だが。
その馬鹿げた行為の先に、宝物がある。
だから。
愚か者の宝物庫。
俺は、静かに笑った。
「……決まりだな」
こうして。
俺の発の構想が、ようやく固まった。
ただし。
まだ、完成したわけではない。
今は、設計図を描いただけ。
実際にスロットマシーンを具現化できるか。
オーラを掛け金として徴収できるか。
コインを発行できるか。
そして、特殊な道具を生成できるか。
それらは、これから検証する必要がある。
俺は、ノートを閉じた。
そして、静かに息を吐いた。
……楽しみだ。
久しぶりに、純粋な楽しさを感じていた。
流星街での生活は、常に生存が最優先だった。
食料。
水。
住処。
そして、戦闘。
それらに追われ続けてきた。
だが、今は違う。
自分の未来を考える余裕がある。
そして。
自分だけの念能力を作るという、新しい目標ができた。
俺は、窓の外を見た。
夜空。
雲の切れ間から、わずかに星が見えている。
……そろそろ、出発するか。
◇
翌朝。
俺は、ハザの店へ向かった。
いつものように、店の前には古い道具や本が並んでいる。
壊れた時計。
使い込まれた工具。
古い食器。
そして、何冊もの本。
俺にとって、見慣れた光景だった。
店の奥では、ハザが帳簿をつけていた。
「……おう」
俺の姿を見ると、ハザは顔を上げた。
「今日は仕事か?」
「いや」
俺は、首を振った。
「……話がある」
ハザは、ペンを止めた。
そして、俺の顔を見た。
「……何だ?」
俺は、少しだけ間を置いた。
そして、答えた。
「……そろそろ、流星街を出ようと思う」
ハザは、何も言わなかった。
ただ、俺を見つめていた。
やがて。
「……そうか」
短く答えた。
俺は、少しだけ驚いた。
「……止めないの?」
ハザは、鼻を鳴らした。
「止めてどうする」
そして、続けた。
「お前は、最初からここに収まるような奴じゃなかった」
俺は、苦笑した。
「……そうかな」
「そうだよ」
ハザは、椅子へ深く座り直した。
「……で、どこへ行く?」
「ハンター試験」
俺は、即答した。
ハザは、目を細めた。
「……本気か?」
「うん」
「……あれは、普通の試験じゃねえぞ」
「知ってる」
俺は、頷いた。
「でも、受ける」
ハザは、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに笑った。
「……まあ、お前なら何とかするだろ」
俺は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
ハザは、引き出しを開けた。
そして、一枚の紙を取り出した。
「……今年の試験会場について、少し調べておいた」
俺は、目を見開いた。
「……え?」
「……どうせ、そろそろ言い出すと思ってた」
ハザは、紙を俺へ差し出した。
そこには、いくつかの地名と移動経路が書かれていた。
そして。
ザバン市。
俺は、その文字を見た。
「……ザバン市?」
「ああ」
ハザは、頷いた。
「今年の試験会場は、そこにあるらしい」
俺は、紙を見つめた。
ザバン市。
原作でも、ハンター試験の会場として登場した街だ。
だが。
今は、原作開始よりもずっと前。
試験会場が同じとは限らない。
それでも。
今年は、そこらしい。
俺は、静かに頷いた。
「……わかった」
ハザは、続けた。
「ただし、場所がわかったからって、簡単に入れるとは限らねえぞ」
「……うん」
「ハンター試験は、会場へ辿り着くこと自体が試験みてえなもんだ」
俺は、少しだけ笑った。
「……知ってるよ」
ハザは、俺をじっと見た。
そして、ため息をついた。
「……本当に、妙なガキだな」
俺は、肩をすくめた。
「……よく言われる」
ハザは、鼻を鳴らした。
そして、立ち上がった。
「……待ってろ」
店の奥へ消える。
しばらくして。
ハザは、小さな鞄を持って戻ってきた。
「……持ってけ」
俺は、鞄を受け取った。
中には。
食料。
水。
簡単な医薬品。
そして、少しの金。
俺は、目を見開いた。
「……これ……」
「旅支度だ」
ハザは、ぶっきらぼうに言った。
「……いらねえなら、返せ」
俺は、首を振った。
「……いや。ありがとう」
ハザは、顔を逸らした。
「……礼なんざ、いらねえ」
そして、続けた。
「……ただし」
俺は、顔を上げた。
「……生きて帰ってこい」
その言葉は、短かった。
だが。
胸の奥に、深く響いた。
俺は、静かに頷いた。
「……うん」
◇
出発の日。
流星街の空は、珍しく晴れていた。
俺は、いつもの服を着ていた。
動きやすい上着。
丈夫なズボン。
そして、使い込んだ靴。
背中には、ハザから貰った鞄。
もちろん、本当の荷物の大半はアイテムボックスの中だ。
だが、外から見れば、ただの旅支度をした少年にしか見えない。
俺は、街の外れへ向かって歩いていた。
途中。
何人もの人に声をかけられた。
「……アオ!」
古道具屋の老人。
「……もう行くのか?」
市場で働く女性。
「……気をつけろよ!」
以前、仕事を手伝った男。
俺は、そのたびに手を上げた。
「……うん。またね」
何でも屋のアオ。
四年間。
この街で、そう呼ばれてきた。
最初は、ただ生きるためだった。
食料を手に入れるため。
金を稼ぐため。
そして、情報を集めるため。
だが。
いつの間にか。
この街には、俺を知る人間が増えていた。
俺も、彼らを知っていた。
それが。
少しだけ、不思議だった。
◇
街の外れ。
そこには、何人もの人が集まっていた。
ハザ。
市場の人々。
そして。
子供たち。
先日、倉庫から助け出した子供たちだった。
その中に。
サラサがいた。
俺は、思わず足を止めた。
「……サラサ?」
少女は、笑った。
「……アオ!」
そして、駆け寄ってきた。
その後ろには、何人もの子供たちがいた。
俺は、少しだけ驚いた。
だが。
すぐに、気づいた。
サラサの周囲にいる子供たち。
その中に。
見覚えのある顔があった。
黒髪の少年。
落ち着いた目。
そして、どこか人を惹きつける雰囲気。
……クロロ。
俺は、内心で息を呑んだ。
さらに。
大柄な少年。
ウボォーギン。
その隣には、気の強そうな少女。
マチ。
そして、ほかにも何人か。
……原作の、幻影旅団の初期メンバー。
俺は、静かに息を吐いた。
……やっぱり、そうか。
サラサが生きている。
ならば、当然。
クロロたちも、この街にいる。
だが。
目の前の彼らは、まだ子供だ。
原作で見たような、冷酷な盗賊団ではない。
ただの、流星街で暮らす少年少女たち。
俺は、しばらく彼らを見つめた。
クロロが、こちらへ歩いてきた。
「……君が、アオ?」
俺は、頷いた。
「……うん」
クロロは、少しだけ笑った。
「……サラサを助けてくれたんだってね」
「……まあね」
俺は、肩をすくめた。
クロロは、真剣な表情になった。
「……ありがとう」
俺は、少しだけ驚いた。
だが、すぐに頷いた。
「……どういたしまして」
クロロは、続けた。
「……サラサは、僕たちの大切な友達なんだ」
俺は、静かに頷いた。
「……うん」
そして、サラサを見た。
少女は、笑っていた。
その笑顔を見て。
俺は、改めて思った。
……助けられて、よかった。
原作では、失われた命。
そして、その死が、幻影旅団結成のきっかけになった。
だが。
今は違う。
サラサは、生きている。
クロロたちと、一緒に笑っている。
それだけで。
俺がこの街で戦った意味は、十分にあった。
◇
「……アオ!」
サラサが、俺の服を引っ張った。
「……また、会える?」
俺は、少しだけ考えた。
そして、笑った。
「……うん。きっとね」
サラサは、嬉しそうに頷いた。
「……約束!」
俺は、小指を差し出した。
サラサも、小指を絡めた。
「……約束」
その様子を見て、クロロが小さく笑った。
ウボォーギンが、腕を組んで言った。
「……お前、強えんだってな!」
俺は、苦笑した。
「……まあ、少しは」
「……今度、勝負しようぜ!」
俺は、少しだけ笑った。
「……機会があればね」
マチが、呆れたように言った。
「……あんた、誰にでもそれ言ってるでしょ」
「……うるせえ!」
ウボォーギンが、言い返す。
そのやり取りを見て、子供たちが笑った。
俺も、少しだけ笑った。
……いいな。
こういうの。
原作では、彼らは幻影旅団になる。
だが。
今は、ただの子供たちだ。
そして。
サラサは、生きている。
ならば。
未来は、変わるかもしれない。
俺は、静かに息を吐いた。
……それでいい。
俺は、未来を知っている。
だが。
未来を、その通りに進める義務などない。
むしろ。
変えられるなら、変えればいい。
俺は、そう思った。
◇
やがて。
出発の時間になった。
俺は、ハザへ向き直った。
「……じゃあ、行ってくる」
ハザは、腕を組んだまま頷いた。
「……おう」
そして、続けた。
「……無茶すんなよ」
俺は、笑った。
「……善処する」
ハザは、ため息をついた。
「……それが一番信用できねえんだよ」
俺は、肩をすくめた。
そして、歩き出した。
背中には、鞄。
足元には、流星街の土。
そして、前方には。
外の世界へ続く道。
俺は、ゆっくりと歩いた。
背後から、声が聞こえた。
「……アオ!」
サラサの声。
俺は、振り返った。
少女が、大きく手を振っていた。
「……絶対、また会おうね!」
俺は、笑った。
そして、手を振り返した。
「……うん!」
その隣では、クロロたちも手を振っていた。
ハザは、相変わらず腕を組んだまま。
だが、その口元には、わずかな笑みがあった。
俺は、静かに息を吐いた。
……行くか。
五年前。
俺は、この街へ何も持たずに現れた。
食料も。
水も。
住処も。
そして、名前すらなかった。
だが。
今は違う。
名前がある。
力がある。
知識がある。
そして。
帰る場所もある。
俺は、前を向いた。
ザバン市。
ハンター試験。
そして、まだ見ぬ世界。
俺の冒険は、ここから始まる。
……いや。
正確には。
ここから、さらに広がっていく。
俺は、歩きながら、心の中で呟いた。
……待ってろよ、ハンター試験。
そして。
俺は、流星街を後にした。
その背中を。
サラサと、クロロたちが、いつまでも見送っていた。
流星街の空には、青空が広がっていた。
まるで。
これから始まる、新しい物語を祝福するかのように。