流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第十五話 外の世界と、最初の賭け

流星街を出て、三日が経った。

 最初に感じたのは、空気の違いだった。

 いや、正確には匂いの違いと言うべきだろうか。

 流星街の空気には、常に何かが混ざっていた。

 腐敗した生ゴミの臭い。

 錆びた鉄の臭い。

 燃やされた廃材の煙。

 時折漂ってくる、正体不明の薬品臭。

 五年間もあの場所で暮らしていれば、嫌でも慣れる。

 だが、流星街を離れてからというもの、俺の鼻は妙な違和感を覚え続けていた。

「……空気がうまい」

 思わず呟く。

 目の前には、緩やかな丘陵地帯が広がっていた。

 青々とした草原。

 ところどころに生える木々。

 遠くには、低い山々。

 そして、その向こうへ続く一本の街道。

 前世の日本なら、田舎へ旅行に行けば見られそうな風景だ。

 だが、俺にとっては違う。

 五年間。

 俺が見てきた景色の大半は、ゴミだった。

 どこまで歩いても、ゴミ。

 振り返っても、ゴミ。

 空を見上げれば、ゴミ山の隙間からわずかに青空が覗く。

 そんな場所で暮らしてきた。

 だからこそ。

 目の前に広がる何の変哲もない草原が、妙に美しく感じられた。

「……悪くないな」

 俺は小さく笑い、歩き始めた。

 背中には、ハザから貰った鞄。

 腰には、古い軍用ナイフ。

 服装は、動きやすさを優先した簡素なものだ。

 見た目だけなら、旅をしている十歳ほどの少年。

 もっとも、実際の所持品はそんなものではない。

 食料。

 飲料水。

 毛布。

 工具。

 予備の衣服。

 投擲用の鉄片。

 その他、五年間で集めた様々な物資。

 それらの大半は、アイテムボックスに収納してある。

 背負っている鞄など、ほとんど飾りだ。

 だが、飾りにも意味がある。

 何も持たずに旅をしている子供より、旅支度を整えた子供の方が自然に見える。

 そして、自然に見えることは重要だ。

 流星街の外には、流星街とは違う危険がある。

 俺は、まだこの世界の社会を十分に知らない。

 だからこそ、慎重に行動する必要があった。

 ……まあ。

 多少の問題なら、何とかなるだろう。

 俺は軽く肩を回した。

 身体の調子は、悪くない。

 むしろ、かなりいい。

 流星街を出発してから、毎日適度に身体を動かしている。

 念の修行も欠かしていない。

 そして。

 何より。

 今の俺には、新しい目標があった。

 特質系の発。

 『愚か者の宝物庫(ジャンキージャンクスロットマシーン)』。

 前世の記憶を利用した、俺だけの念能力。

 もっとも。

 現時点では、まだ構想にすぎない。

 だが、その構想を現実にするための訓練は、すでに始めていた。

     ◇

 その日の昼過ぎ。

 俺は街道から少し離れた林の中で休憩していた。

 周囲に人の気配はない。

 念による円を広げ、確認する。

 半径数十メートル。

 木々。

 小動物。

 風に揺れる草。

 人間の反応はなかった。

「……よし」

 俺は、円を解除した。

 そして、地面へ腰を下ろす。

 アイテムボックスから水筒を取り出し、一口飲んだ。

 冷たい水が喉を通る。

 それだけで、少し気分が落ち着いた。

 俺は水筒を戻し、両手を膝の上へ置いた。

 そして、目を閉じる。

 考えるのは、念能力。

 具現化。

 オーラを物質として形作る技術。

 俺の系統は特質系だ。

 だからといって、具現化系の能力を自由自在に扱えるわけではない。

 だが、系統別の修行によって、物質を形作るための基礎を磨くことはできる。

 問題は。

 何を、どのように具現化するか。

 俺が作りたいのは、スロットマシーンだ。

 それも、単なる機械ではない。

 オーラを掛け金として徴収し、抽選を行い、当たりが出れば特殊なコインを発行する。

 さらに、そのコインを使って特殊な道具と交換する。

 複雑な機能を持つ、念による装置。

 当然、簡単には作れない。

 俺は、ゆっくりとオーラを練った。

 練。

 全身からオーラが溢れる。

 それを、両手の間へ集める。

 イメージする。

 前世で見た、パチスロの筐体。

 金属製の外装。

 液晶画面。

 三本のリール。

 レバー。

 停止ボタン。

 コイン投入口。

 そして、景品交換用の表示画面。

 俺は、細部まで思い出そうとした。

 ……懐かしいな。

 前世。

 休日。

 仕事が休みの日。

 好きなアニメの新台が出たと聞いて、ふらりと店へ向かったことがあった。

 派手な演出。

 大音量の音楽。

 回転するリール。

 そして、当たりが揃った瞬間の高揚感。

 あの感覚を、俺は今でも覚えている。

 俺は、両手の間へ意識を集中させた。

 ……形になれ。

 オーラが揺れた。

 薄い光のようなものが、両手の間へ集まる。

 だが。

 次の瞬間。

 霧のように散った。

「……うん」

 俺は、目を開けた。

 そして、静かに頷いた。

「……まあ、そう簡単にはいかないか」

 当然だ。

 念能力は、頭の中で想像しただけで完成するものではない。

 具現化系の修行には、対象物の細部まで理解することが必要になる。

 原作でも、クラピカは鎖を具現化するために、長い時間をかけて鎖の感触や形状を身体へ覚え込ませていた。

 それを考えれば。

 俺が一度も実物を触れないまま、複雑な機械を具現化しようとしているのは、かなり無茶な話だ。

 しかも。

 俺が作りたいのは、ただのスロットマシーンではない。

 特質系の特殊能力を組み込んだ装置だ。

 ……焦る必要はないな。

 俺は、再び目を閉じた。

 まずは、形。

 次に、機能。

 そして、制約。

 一つずつ積み重ねればいい。

 俺には、時間がある。

 少なくとも、今すぐ発を完成させなければ死ぬような状況ではない。

 先日の戦闘で、それは十分に理解した。

 念の基礎と応用。

 そして、俺自身の身体能力。

 それだけで、かなりの相手と戦える。

 だからこそ。

 焦って中途半端な能力を作る必要はない。

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

 そして、再びオーラを練り始めた。

     ◇

 夕方。

 俺は、街道沿いにある小さな町へ到着した。

 流星街を出てから、初めて見るまともな町だった。

 石畳の道路。

 木造の家屋。

 商店。

 食堂。

 そして、行き交う人々。

 俺は、思わず足を止めた。

「……おお」

 声が漏れた。

 別に、珍しいものがあるわけではない。

 前世の日本なら、地方の小さな商店街程度の規模だ。

 だが。

 流星街で五年間暮らした俺にとっては、十分に新鮮だった。

 何より。

 人々の表情が違う。

 警戒心がないわけではない。

 だが、流星街ほど殺伐としていない。

 子供が道端で遊んでいる。

 店主が客と世間話をしている。

 犬が、飼い主の隣を歩いている。

 そんな光景が、当たり前のように存在していた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……外の世界、か。

 改めて実感する。

 俺は、本当に流星街を出たのだ。

 そして。

 ここから先は、俺の知らない世界が広がっている。

 俺は、町の中へ足を踏み入れた。

 まずは、情報収集。

 ザバン市までの道のり。

 交通手段。

 そして、宿泊場所。

 そのあたりを確認する必要がある。

 俺は、通りに並ぶ店を眺めた。

 雑貨屋。

 食料品店。

 衣料品店。

 そして。

 小さな食堂。

 俺は、少しだけ考えた。

 ……腹も減ったな。

 ちょうどいい。

 食事をしながら、情報を集めよう。

     ◇

 食堂の扉を開くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 肉を焼く匂い。

 煮込まれた野菜。

 焼きたてのパン。

 俺は、思わず目を細めた。

 ……いい匂いだ。

 流星街でも、まともな食事を取れるようにはなっていた。

 だが、こうした店で食事をするのは久しぶりだ。

 いや。

 この世界へ転生してからは、初めてかもしれない。

「いらっしゃい!」

 店の奥から、女性の声が聞こえた。

 四十代くらいだろうか。

 ふくよかな体格の女性が、こちらへ歩いてきた。

 そして。

 俺を見ると、少しだけ驚いた。

「あら?」

 女性は、首を傾げた。

「一人?」

「……はい」

 俺は、頷いた。

「食事をしたいんですが」

 女性は、少しだけ心配そうな顔をした。

「親御さんは?」

「……いません」

 俺は、短く答えた。

 嘘ではない。

 少なくとも、この世界にはいない。

 女性は、少しだけ困ったような表情になった。

 だが、すぐに笑った。

「そう。じゃあ、好きな席に座って」

「ありがとうございます」

 俺は、窓際の席へ座った。

 そして、壁に貼られたメニューを見る。

 肉料理。

 野菜の煮込み。

 パン。

 スープ。

 値段も書かれている。

 俺は、少しだけ考えた。

 ハザから貰った金。

 そして、五年間で貯めた金。

 それなりの額はある。

 だが、無駄遣いは避けたい。

 俺は、肉と野菜の煮込み、それにパンを注文した。

 女性は、笑顔で頷いた。

「少し待っててね」

 俺は、静かに頷いた。

 そして、店内を見回した。

 客は、五人ほど。

 全員、普通の人間に見える。

 念能力者の気配はない。

 俺は、無意識に周囲を観察している自分に気づき、少しだけ苦笑した。

 ……職業病みたいなもんだな。

 流星街では、警戒を怠れば死ぬ。

 その習慣が、身体へ染みついている。

 だが。

 ここでは、少し肩の力を抜いてもいいのかもしれない。

 俺は、窓の外を眺めた。

 夕暮れの町。

 行き交う人々。

 そして、遠くから聞こえる子供たちの笑い声。

 ……平和だな。

 そのとき。

 ふと、サラサの顔が浮かんだ。

 笑顔。

 小さな手。

 そして、別れ際の約束。

『絶対、また会おうね!』

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……元気にしてるかな。

 まだ、三日しか経っていない。

 だが、少しだけ気になった。

 サラサ。

 原作では、死亡していた少女。

 その死が、クロロたちの運命を変えた。

 だが。

 今は、生きている。

 俺が助けた。

 そして、その結果。

 未来は、変わり始めた。

 ……まあ。

 どうなるかは、わからない。

 だが。

 少なくとも、後悔はしていない。

 俺は、そう思った。

     ◇

 食事が運ばれてきた。

 湯気の立つ煮込み料理。

 焼きたてのパン。

 そして、温かいスープ。

 俺は、思わず目を輝かせた。

「……いただきます」

 小さく呟き、スプーンを手に取る。

 一口。

 ……うまい。

 肉は柔らかく、野菜にはしっかり味が染み込んでいる。

 スープも、優しい味だった。

 俺は、しばらく無言で食べ続けた。

 そして。

 ふと、思った。

 ……こういう生活も、悪くないな。

 ハンター試験。

 念能力。

 原作の知識。

 それらも重要だ。

 だが。

 こうして、普通に食事を楽しむ時間も大切だ。

 俺は、ゆっくりと食事を終えた。

 そして、店主の女性へ声をかけた。

「……すみません」

「はい?」

「ザバン市へ行きたいんですが、ここからどう行けばいいですか?」

 女性は、少しだけ驚いた。

「ザバン市?」

「はい」

「ずいぶん遠くへ行くのね」

 俺は、頷いた。

「……用事があるので」

 女性は、少し考えた。

 そして、答えた。

「この町からなら、まず西の大きな街へ行くといいわ」

「西の街?」

「ええ。そこに鉄道の駅があるの」

 俺は、目を細めた。

 ……鉄道。

 なるほど。

 徒歩で移動するより、ずっと効率がいい。

「そこから、ザバン市方面へ向かう列車に乗れるはずよ」

「……なるほど」

 俺は、頷いた。

「ありがとうございます」

 女性は、笑った。

「いいのよ。でも、一人旅なら気をつけてね」

「……はい」

 俺は、静かに頭を下げた。

 そして、食堂を後にした。

     ◇

 その夜。

 俺は、町の外れにある安宿へ泊まった。

 小さな部屋。

 簡素なベッド。

 机。

 そして、窓。

 それだけの部屋だった。

 だが、十分だ。

 むしろ、流星街の住処より快適な部分もある。

 俺は、ベッドへ腰を下ろした。

 そして、アイテムボックスからノートを取り出した。

 開く。

 そこには、先日考案した念能力の設計図が書かれていた。

『愚か者の宝物庫(ジャンキージャンクスロットマシーン)』

 俺は、その文字を見つめた。

 ……さて。

 今日の修行で、少しわかったことがある。

 具現化。

 それは、単なる想像力だけでは成立しない。

 対象物への理解。

 感触。

 構造。

 そして、イメージの固定。

 それらが必要になる。

 だが。

 俺が作りたいスロットマシーンは、前世の記憶にしか存在しない。

 この世界にも似た機械はあるかもしれないが、まったく同じものとは限らない。

 ……どうするか。

 俺は、しばらく考えた。

 そして。

 ふと、思いついた。

 ……別に、最初から完璧な筐体を作る必要はないんじゃないか?

 俺は、ペンを握った。

 スロットマシーンの本質。

 それは、何だ?

 外装?

 液晶?

 音楽?

 違う。

 リール。

 抽選。

 そして、当たりと外れ。

 つまり。

 最初に作るべきなのは、スロットマシーン全体ではない。

 リールだ。

 回転する三本のリール。

 それを、まず具現化する。

 そして、回転させる。

 さらに、停止させる。

 そこまでできれば、次の段階へ進める。

 俺は、ノートへ書き込んだ。

『第一段階:三本のリールを具現化する』

『第二段階:回転と停止を制御する』

『第三段階:オーラを掛け金として徴収する』

『第四段階:抽選とコインの発行』

『第五段階:景品生成と交換』

 俺は、静かに頷いた。

 ……よし。

 これなら、順番に進められる。

 もちろん、実際にこの通りになるとは限らない。

 だが。

 少なくとも、目標は明確になった。

 俺は、ノートを閉じた。

 そして、ベッドへ横になった。

 明日は、西の街へ向かう。

 そこから、鉄道でザバン市へ。

 ハンター試験。

 そして、外の世界。

 俺は、静かに目を閉じた。

 ……楽しみだな。

 そう思いながら。

 俺は、眠りについた。

     ◇

 翌朝。

 俺は、日の出とともに宿を出た。

 町は、まだ静かだった。

 通りには、人の姿が少ない。

 店も、ほとんど開いていない。

 俺は、街道へ向かった。

 西。

 鉄道の駅がある街。

 そこを目指す。

 だが。

 町を出て、しばらく歩いたところで。

 俺は、足を止めた。

 ……ん?

 違和感。

 何かが、いる。

 俺は、ゆっくりと周囲を見回した。

 木々。

 草。

 岩。

 そして、街道。

 特に変わったものはない。

 だが。

 気配がある。

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして、凝を使った。

 目へオーラを集中させる。

 周囲を観察する。

 ……いた。

 街道脇の茂み。

 その奥。

 人間。

 複数。

 しかも。

 こちらを見ている。

 俺は、目を細めた。

 ……何だ?

 盗賊か?

 それとも、別の目的か?

 俺は、歩き始めた。

 だが、警戒は解かない。

 すると。

 茂みの奥から、男たちが現れた。

 三人。

 全員、武器を持っている。

 短剣。

 棍棒。

 そして、古い拳銃。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……なるほど。

 追い剥ぎか。

 男たちは、俺を囲むように動いた。

 そして、一人が笑った。

「……おい、ガキ」

 俺は、立ち止まった。

「……何ですか?」

 男は、にやりと笑った。

「一人旅か?」

「……そうですけど」

「へえ」

 男は、俺の鞄へ視線を向けた。

「……金、持ってるだろ?」

 俺は、少しだけ考えた。

 そして、答えた。

「……多少は」

 男の笑みが深くなった。

「じゃあ、置いていけ」

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……面倒だな。

 流星街を出て、まだ四日。

 もう、こんな連中に絡まれるとは。

 俺は、少しだけ肩をすくめた。

「……断ったら?」

 男は、拳銃を持ち上げた。

「……死ぬぞ?」

 俺は、その銃口を見た。

 そして、静かに考えた。

 ……さて。

 どうするか。

 殺す必要はない。

 少なくとも、今のところは。

 相手は、普通の人間。

 念能力者ではない。

 ならば。

 俺が本気を出す必要など、まったくない。

 俺は、静かに笑った。

「……じゃあ」

 男たちが、眉をひそめた。

 俺は、続けた。

「……少しだけ、痛い目を見てもらいます」

 次の瞬間。

 俺は、地面を蹴った。

     ◇

 男たちには、何が起こったのかわからなかっただろう。

 俺は、一歩で距離を詰めた。

 拳銃を持つ男。

 その手首を掴む。

 そして、軽くひねる。

「――ぐあっ!?」

 男が、悲鳴を上げた。

 拳銃が、地面へ落ちる。

 俺は、その銃を足で蹴り飛ばした。

 次に、棍棒を持つ男。

 そいつが、慌てて武器を振り上げた。

 だが。

 遅い。

 俺は、身体を半歩ずらした。

 棍棒が、空を切る。

 そして、男の腹へ拳を叩き込んだ。

 もちろん、力は加減した。

 だが。

「――ごふっ!?」

 男は、膝から崩れ落ちた。

 最後の一人。

 短剣を持つ男。

 そいつは、すでに逃げようとしていた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……逃げるなら、それでいい。

 だが。

 男は、逃げる途中で振り向いた。

 そして、短剣を投げつけてきた。

 俺は、目を細めた。

 ……危ないな。

 軽く首を傾ける。

 短剣が、頬の横を通り過ぎた。

 俺は、地面を蹴った。

 一瞬で、男の背後へ回る。

 そして、肩へ手を置いた。

「……おい」

 男が、びくりと震えた。

 俺は、静かに言った。

「……人に刃物を投げるなよ」

 そして、男の膝裏を軽く蹴った。

 男が、地面へ崩れ落ちる。

 俺は、その背中へ片膝を置き、動きを封じた。

「……ひっ!?」

 男は、情けない声を上げた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……終わり。

 戦闘時間。

 十秒にも満たない。

 俺は、周囲を確認した。

 三人とも、生きている。

 大きな怪我もない。

 しばらくは動けないだろうが、命に別状はない。

 俺は、静かに立ち上がった。

 そして、鞄を背負い直した。

「……じゃあ」

 男たちへ向き直る。

「……次からは、相手を選んだ方がいいですよ」

 そう言い残し、歩き始めた。

 背後から、男たちの呻き声が聞こえた。

 だが、振り返らなかった。

 ……やっぱり。

 俺は、歩きながら考えた。

 戦闘用の発。

 いらないな。

 少なくとも、こういう相手には。

 俺は、静かに笑った。

     ◇

 その日の夕方。

 俺は、西の街へ到着した。

 町とは比べものにならない規模だった。

 広い道路。

 大きな建物。

 そして、行き交う馬車や自動車。

 さらに。

 遠くには、鉄道の駅が見えた。

 俺は、思わず足を止めた。

「……おお」

 久しぶりに、文明らしい文明を見た気がする。

 もちろん、流星街にも機械はあった。

 だが、その大半は廃棄物だ。

 壊れた車。

 動かない機械。

 古い電子機器。

 それらを修理して使うことはあっても、こうして整備された都市を見る機会はなかった。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……すごいな。

 そして。

 少しだけ、懐かしかった。

 前世の日本。

 駅。

 電車。

 人混み。

 そんな光景を思い出す。

 俺は、街の中へ足を踏み入れた。

 まずは、駅。

 そして、ザバン市への切符。

 俺は、案内板を確認しながら歩いた。

 駅へ到着すると、そこには大勢の人がいた。

 旅行者。

 商人。

 仕事帰りの人々。

 そして、家族連れ。

 俺は、少しだけ驚いた。

 ……人が多いな。

 だが、問題ない。

 俺は、切符売り場へ向かった。

 窓口の職員へ声をかける。

「……すみません」

「はい」

「ザバン市へ行きたいんですが」

 職員は、少しだけ驚いた。

「ザバン市?」

「はい」

「一人で?」

「……はい」

 職員は、俺を見つめた。

 そして、少しだけ困ったような顔をした。

「……遠いよ?」

「知ってます」

 俺は、頷いた。

「でも、行きたいんです」

 職員は、しばらく考えた。

 そして、時刻表を確認した。

「……次の列車は、明日の朝だね」

 俺は、頷いた。

「……わかりました」

 そして、切符を購入した。

 これで。

 ザバン市への移動手段が確保できた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……順調だな。

 だが。

 そのとき。

 ふと、背後から声が聞こえた。

「……おや?」

 俺は、振り向いた。

 そこには、一人の男が立っていた。

 年齢は、三十代くらいだろうか。

 細身。

 長い髪。

 そして、どこか飄々とした雰囲気。

 男は、俺を見つめていた。

 いや。

 正確には。

 俺の身体を、観察していた。

 俺は、静かに目を細めた。

 ……念能力者。

 間違いない。

 男の身体には、自然な纏がある。

 しかも、かなり安定している。

 少なくとも、初心者ではない。

 俺は、警戒を強めた。

 だが、表情には出さない。

 男は、少しだけ笑った。

「……君、ハンター試験を受けるのかい?」

 俺は、少しだけ驚いた。

 だが、すぐに頷いた。

「……そうですけど」

 男は、目を細めた。

「……へえ」

 そして、続けた。

「……面白いね」

 俺は、首を傾げた。

「……何がですか?」

 男は、笑った。

「……いや、何でもないよ」

 そして、俺の横を通り過ぎた。

 だが。

 すれ違う瞬間。

 小さな声で、呟いた。

「……今年は、面白い受験者が多そうだ」

 俺は、足を止めた。

 そして、振り返った。

 だが。

 男は、すでに人混みの中へ消えていた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……何者だ?

 ハンター試験。

 念能力者。

 そして、俺を見抜いたような言葉。

 ……試験官か?

 いや。

 まだ、わからない。

 俺は、目を細めた。

 だが。

 少しだけ、笑った。

 ……面白くなってきたな。

     ◇

 その夜。

 俺は、駅近くの宿へ泊まった。

 窓の外には、街の灯りが見える。

 流星街では、ほとんど見られなかった光景だ。

 俺は、ベッドへ腰を下ろした。

 そして、アイテムボックスからノートを取り出した。

 開く。

 『愚か者の宝物庫』。

 その設計図。

 俺は、しばらく眺めた。

 そして。

 静かに笑った。

「……さて」

 明日。

 ザバン市へ向かう。

 ハンター試験。

 そして、まだ見ぬ念能力者たち。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……楽しみだ。

 だが。

 同時に。

 少しだけ、警戒もしていた。

 今日、駅で出会った男。

 あいつは、明らかに普通ではなかった。

 そして。

 あの言葉。

『今年は、面白い受験者が多そうだ』

 ……何か、あるのか?

 俺は、しばらく考えた。

 だが、答えは出なかった。

 ならば。

 実際に行って、確かめるしかない。

 俺は、ノートを閉じた。

 そして、ベッドへ横になった。

 窓の外では、街の灯りが静かに揺れている。

 俺は、目を閉じた。

 ……ザバン市。

 ……ハンター試験。

 ……そして。

 ……愚か者の宝物庫。

 俺の新しい旅は、まだ始まったばかりだ。

 だが。

 その先には、きっと。

 今まで以上に、面白い出来事が待っている。

 俺は、そう確信していた。

 そして。

 静かに眠りについた。

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