流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第十六話 ザバン市への列車と、見えない試験

朝の駅には、独特の匂いがあった。

 石炭を燃やしたような煙の匂い。

 機械油の匂い。

 そして、焼きたてのパンと淹れたての珈琲の香り。

 それらが混ざり合い、何とも言えない空気を作り出している。

 俺は駅の構内に設置された大きな時計を見上げた。

 午前六時四十分。

 ザバン市方面へ向かう列車の出発時刻まで、あと二十分ほどある。

「……早く来すぎたか」

 思わず呟く。

 もっとも、遅刻するよりはずっといい。

 ハンター試験を受けるための旅だ。

 列車一本を逃したせいで受験できなくなった、なんて笑い話にもならない。

 俺は手に持った切符を確認した。

 行き先はザバン市。

 ただし、途中で一度乗り換えが必要らしい。

 駅員の説明によれば、今日中に乗り継ぎ駅へ到着し、そこから夜行列車へ乗れば、明日の昼頃にはザバン市へ着くらしい。

 ……便利なもんだな。

 流星街では、移動手段の確保自体が一仕事だった。

 まともに整備された道路など少なく、車両も大半が廃品を修理したものだった。

 それが外の世界では、金を払えば決められた時間に決められた場所まで運んでもらえる。

 当たり前のことだ。

 だが、五年間も流星街で暮らした俺には、その当たり前が妙にありがたかった。

 俺はホームの端にあるベンチへ腰を下ろした。

 周囲には、すでに何人もの乗客が集まっている。

 大きな荷物を抱えた商人。

 眠そうな顔をした会社員らしき男。

 子供の手を引く母親。

 旅行者と思われる男女。

 その中に、昨日の男の姿はなかった。

「……まあ、当然か」

 昨日、切符売り場で出会った細身の男。

 長い髪。

 飄々とした態度。

 そして、自然な纏。

 あいつは間違いなく念能力者だった。

 俺のことを見て、ハンター試験の受験者だと見抜いた。

 しかも、今年は面白い受験者が多そうだ、などと意味深なことを言っていた。

 試験官なのか。

 受験者なのか。

 それとも、まったく別の立場の人間なのか。

 今のところ、判断する材料はない。

 ただ一つ言えるのは。

 ……外の世界にも、念能力者は普通にいるってことだな。

 もちろん、一般人からすれば極めて珍しい存在なのだろう。

 だが、ハンター試験を目指す人間が集まる場所なら、遭遇する可能性も高くなる。

 俺は軽く息を吐いた。

 そして、無意識に纏の状態を確認する。

 オーラの流れに乱れはない。

 自然体。

 必要以上に気配を強めず、かといって絶で無防備になることもない。

 今の俺にとっては、呼吸と同じくらい当たり前の状態だった。

 ……さて。

 そろそろ列車が来るな。

 遠くから、車輪の音が聞こえてきた。

 俺は立ち上がり、鞄を背負い直した。

 流星街を出て、四日目。

 ハンター試験への旅は、まだ始まったばかりだった。

     ◇

 列車の座席は、思っていたよりも快適だった。

 柔らかな背もたれ。

 広めの足元。

 大きな窓。

 そして、定期的に通路を歩く車内販売員。

 俺は窓際の席に座り、流れていく景色を眺めていた。

 草原。

 農地。

 小さな村。

 そして、遠くに見える山々。

 流星街では考えられないほど、穏やかな風景だった。

「……平和だな」

 小さく呟く。

 だが、その言葉を口にした直後、俺は少しだけ苦笑した。

 平和。

 それは、表面上の話だ。

 この世界には、念能力者がいる。

 マフィアがいる。

 暗殺者がいる。

 人身売買組織がいる。

 そして、一般人には想像もできないような怪物や危険地帯が存在する。

 俺は、それを知っている。

 原作の知識として。

 そして、流星街での実体験として。

 先日戦った三人の念能力者。

 あいつらも、外の世界と繋がっていた。

 子供を商品として扱い、マフィアへ売り飛ばそうとしていた。

 あの帳簿に書かれていた取引先。

 その一部は、今もどこかで同じようなことをしているのだろう。

 ……胸糞悪い話だ。

 だが、今の俺がすべてを解決することはできない。

 流星街の人間たちへ情報は渡した。

 ハザにも、必要な資料を預けた。

 今は、自分の目的を優先する。

 ハンターライセンス。

 それを手に入れれば、できることは大きく増える。

 情報収集。

 移動。

 資金。

 そして、社会的な信用。

 少なくとも、身元不明の子供として扱われるよりは、ずっと自由に動けるようになるはずだ。

 俺は窓の外へ視線を戻した。

 ……まずは、試験に合格する。

 それが第一目標だ。

 その後のことは、合格してから考えればいい。

 もっとも。

 俺には、もう一つの目標がある。

 特質系の発。

 『愚か者の宝物庫(ジャンキージャンクスロットマシーン)』。

 俺が考案した、スロットマシーン型の念能力。

 今はまだ、構想段階。

 だが、少しずつ形にしていきたい。

 俺は窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 黒髪。

 黒い瞳。

 十歳ほどの少年。

 その姿を見ながら、前世の自分を思い出す。

 三十二歳。

 普通の会社員。

 漫画やアニメ、ゲームを楽しむ、ごくありふれた男だった。

 それが今では、異世界で念能力を修行している。

 しかも、ハンター試験を受けるために旅をしている。

 ……人生、何が起こるかわからないもんだな。

 いや。

 一度死んでいるのだから、人生という言葉が正しいのかも怪しいが。

 俺は、少しだけ笑った。

     ◇

「……ねえ」

 突然、声をかけられた。

 俺は顔を上げた。

 通路側に、一人の少女が立っていた。

 年齢は、十二歳くらいだろうか。

 短い茶髪。

 大きな瞳。

 そして、背中には小さな旅行鞄。

 少女は、俺の隣の席を指差した。

「ここ、空いてる?」

「……うん」

 俺は頷いた。

「どうぞ」

「ありがとう!」

 少女は笑顔で座った。

 そして、鞄を膝の上へ置いた。

 しばらくすると、こちらへ顔を向けてきた。

「ねえ、君も一人旅?」

「……そうだけど」

「へえ! すごいね!」

 少女は、目を輝かせた。

「私も一人なんだ!」

 俺は、少しだけ驚いた。

「……そうなんだ」

「うん!」

 少女は、胸を張った。

「私、冒険者になりたいの!」

 俺は、首を傾げた。

「……冒険者?」

「そう!」

 少女は、勢いよく頷いた。

「世界中を旅して、珍しいものを見つけたり、誰も行ったことのない場所へ行ったりするの!」

 俺は、少しだけ笑った。

 ……なるほど。

 夢があるな。

 少女は、さらに続けた。

「だから、まずはハンター試験を受けようと思って!」

 俺は、思わず目を細めた。

 ……ハンター試験。

 まさか、こんなところで同じ目的の人間と出会うとは。

「……君も、受けるの?」

 少女は、頷いた。

「うん!」

 そして、俺を見た。

「もしかして、君も?」

 俺は、少しだけ考えた。

 隠す必要はない。

 どうせ、会場へ行けばわかることだ。

「……そうだよ」

 少女の顔が、ぱっと明るくなった。

「本当!?」

 俺は、頷いた。

「……うん」

「やった!」

 少女は、嬉しそうに笑った。

「じゃあ、ライバルだね!」

 俺は、苦笑した。

「……そうなるのかな」

「そうだよ!」

 少女は、拳を握った。

「私、絶対に合格するんだから!」

 俺は、静かに頷いた。

「……頑張って」

 少女は、少しだけ頬を膨らませた。

「君も受けるんでしょ?」

「……まあね」

「じゃあ、一緒に頑張ろうよ!」

 俺は、少しだけ考えた。

 そして、笑った。

「……そうだね」

 少女は、満足そうに頷いた。

「私はリリア!」

 俺は、少女を見た。

「……リリア?」

「うん!」

 少女は、笑顔で手を差し出した。

「よろしく!」

 俺は、その手を握った。

「……アオ」

「アオ?」

「……うん」

「いい名前だね!」

 俺は、少しだけ笑った。

「……ありがとう」

 こうして。

 俺は、外の世界で初めて、同じハンター試験を目指す人間と知り合った。

     ◇

 リリアは、よく喋る少女だった。

 故郷の話。

 家族の話。

 冒険者になりたいと思ったきっかけ。

 そして、ハンター試験への期待。

 話題が尽きることはなかった。

 俺は、基本的に聞き役へ回った。

 時々相槌を打ち、質問に答える。

 それだけで、リリアは楽しそうに話し続けた。

 ……サラサに少し似てるな。

 ふと、そんなことを思った。

 もちろん、顔や性格がそっくりというわけではない。

 だが、明るく、誰にでも話しかけるところが似ていた。

 サラサ。

 流星街で助けた少女。

 クロロたちの大切な友達。

 原作では、死亡していた少女。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……元気にしてるかな。

 まだ、別れてから数日しか経っていない。

 だが、少しだけ気になった。

 あの少女が生きていることで、未来は変わる。

 幻影旅団。

 クロロ。

 ウボォーギン。

 マチ。

 パクノダ。

 彼らの運命が、どう変わるのか。

 今は、誰にもわからない。

 だが。

 俺は、後悔していない。

 サラサを助けたこと。

 それだけは、間違っていなかった。

「……アオ?」

 リリアの声で、我に返った。

「……ん?」

「どうしたの?」

 少女は、首を傾げた。

「急に黙っちゃって」

 俺は、少しだけ笑った。

「……昔のことを思い出してた」

「昔?」

「……うん」

 リリアは、興味深そうに身を乗り出した。

「どんな?」

 俺は、少しだけ考えた。

 そして、答えた。

「……友達のこと」

 リリアは、にっこり笑った。

「そっか!」

 そして、窓の外を見た。

「じゃあ、ハンターになったら会いに行けるね!」

 俺は、少しだけ驚いた。

 だが。

 すぐに笑った。

「……そうだね」

 その言葉は、妙に心へ残った。

     ◇

 昼過ぎ。

 列車は、大きな渓谷地帯へ差しかかった。

 窓の外には、深い谷が広がっている。

 その上を、長い鉄橋が渡っていた。

 俺は、少しだけ身を乗り出した。

 ……すごいな。

 前世でも、こうした鉄橋を見たことはある。

 だが、実際に渡るとなると、なかなか迫力がある。

 谷底は、かなり深い。

 落ちれば、普通の人間なら助からないだろう。

 もっとも。

 俺なら、何とかなる可能性はある。

 だが、試したいとは思わない。

 俺は、窓の外を眺めながら考えた。

 ……こういう場所で襲われたら、面倒だな。

 列車。

 狭い通路。

 大勢の乗客。

 そして、逃げ場の少ない鉄橋。

 戦闘するには、最悪に近い環境だ。

 俺は、無意識に周囲の気配を探った。

 そのとき。

 ……ん?

 違和感。

 車両の前方。

 何かが、いる。

 いや。

 正確には。

 何かが、近づいている。

 俺は、目を細めた。

 そして、凝を使った。

 目へオーラを集中させる。

 前方の車両。

 その奥。

 ……オーラ。

 微かだが、感じる。

 念能力者。

 しかも、一人ではない。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……またか。

 昨日の駅で出会った男。

 そして、今度は列車。

 ハンター試験が近づくにつれて、念能力者と遭遇する機会が増えている。

 偶然か。

 それとも。

 何か、理由があるのか。

 俺は、しばらく考えた。

 だが。

 すぐに、ある可能性が浮かんだ。

 ……まさか。

 俺は、目を細めた。

 ……もう、試験が始まってる?

     ◇

 ハンター試験。

 原作でも、会場へ辿り着くまでに様々な試練があった。

 試験会場の場所は、簡単にはわからない。

 情報を集め、判断し、危険を乗り越える。

 その過程自体が、受験者の資質を測るためのものだった。

 ならば。

 今年も、同じような仕組みがある可能性は高い。

 しかも。

 俺が受けるのは、原作開始より十五年ほど前の試験。

 試験官も、内容も、当然違う。

 だからこそ。

 原作知識だけに頼ることはできない。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……なるほど。

 面白い。

 もし、すでに試験が始まっているのなら。

 この列車も、何らかの選別装置になっている可能性がある。

 俺は、周囲を見回した。

 普通の乗客。

 商人。

 家族連れ。

 そして、リリア。

 少女は、窓の外を楽しそうに眺めている。

 念能力者の気配には、気づいていないようだ。

 ……まあ、当然か。

 リリアは、まだ念を知らないのだろう。

 俺は、少しだけ考えた。

 ここで動くべきか。

 それとも、様子を見るべきか。

 答えは、すぐに出た。

 ……様子見だな。

 今のところ、危険はない。

 相手の目的もわからない。

 ならば、こちらから動く必要はない。

 俺は、窓の外へ視線を戻した。

 だが。

 意識は、前方の車両へ向けたままだった。

     ◇

 しばらくして。

 車両の扉が開いた。

 入ってきたのは、一人の男だった。

 年齢は、四十代くらい。

 灰色の制服。

 胸には、鉄道会社の徽章。

 そして、手には小さな鞄。

 車掌。

 そう見える。

 だが。

 俺は、すぐに気づいた。

 ……違う。

 男の身体には、自然な纏がある。

 しかも、かなり安定している。

 念能力者だ。

 男は、車内を見回した。

 そして、穏やかな声で言った。

「皆様、少々お時間をいただけますでしょうか」

 乗客たちが、顔を上げる。

 男は、笑顔を浮かべた。

「ただいま、前方の線路に小さな障害物が確認されました」

 車内が、ざわついた。

 男は、続けた。

「安全確認のため、列車は一時的に速度を落とします」

 俺は、目を細めた。

 ……障害物?

 男は、さらに続けた。

「なお、乗客の皆様には、簡単な確認をお願いする場合がございます」

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……来たな。

 男は、鞄を開けた。

 中から取り出したのは。

 一枚の紙。

 そして、ペン。

 男は、笑顔で言った。

「これから、皆様に簡単な質問をさせていただきます」

 俺は、少しだけ笑った。

 ……なるほど。

 やっぱり、何かある。

     ◇

 男は、乗客たちへ順番に質問を始めた。

 名前。

 行き先。

 旅行の目的。

 そして。

 最後に、必ず同じ質問をしていた。

「あなたにとって、最も大切なものは何ですか?」

 俺は、その質問を聞いて、少しだけ考えた。

 ……大切なもの。

 ずいぶん抽象的だな。

 金。

 家族。

 名誉。

 命。

 夢。

 答えはいくらでもある。

 だが。

 それを、わざわざ列車の中で聞く意味は何だ?

 俺は、男の様子を観察した。

 男は、乗客の答えを聞くたびに、紙へ何かを書き込んでいる。

 だが。

 よく見ると。

 ……書いてない?

 俺は、目を細めた。

 ペン先は、紙へ触れている。

 だが、インクの跡がない。

 つまり。

 記録しているふりをしている。

 ……なるほど。

 質問そのものが目的ではない。

 答え方。

 反応。

 あるいは、何か別の条件。

 それを確認している。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……念能力か?

 可能性はある。

 だが、まだ断定できない。

 男は、リリアの前へ来た。

「お嬢さん」

「はい!」

 リリアは、元気よく返事をした。

 男は、笑顔で尋ねた。

「お名前は?」

「リリアです!」

「行き先は?」

「ザバン市です!」

「目的は?」

「ハンター試験を受けるためです!」

 男の目が、わずかに細くなった。

 俺は、その変化を見逃さなかった。

 ……反応した。

 男は、穏やかに続けた。

「では、最後の質問です」

 リリアは、首を傾げた。

「はい?」

「あなたにとって、最も大切なものは何ですか?」

 リリアは、少しだけ考えた。

 そして。

 笑顔で答えた。

「夢です!」

 男は、静かに頷いた。

「……夢、ですか」

「はい!」

 リリアは、胸を張った。

「私は、世界中を冒険したいんです!」

 男は、しばらく少女を見つめていた。

 そして、微笑んだ。

「……素晴らしいですね」

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……さて。

 次は、俺か。

     ◇

 男が、こちらへ向き直った。

「君は?」

 俺は、静かに答えた。

「……アオです」

「行き先は?」

「ザバン市」

「目的は?」

「……ハンター試験」

 男の目が、わずかに動いた。

 俺は、気づかないふりをした。

 男は、微笑んだ。

「……そうですか」

 そして、最後の質問。

「君にとって、最も大切なものは何ですか?」

 俺は、少しだけ考えた。

 大切なもの。

 前世。

 家族。

 友人。

 そして、今世。

 流星街。

 ハザ。

 サラサ。

 クロロたち。

 俺が助けた子供たち。

 それらの顔が、頭に浮かんだ。

 だが。

 俺は、すぐに答えなかった。

 なぜなら。

 この質問には、何かがある。

 男のオーラ。

 その流れが、わずかに変化している。

 俺は、凝を維持したまま観察した。

 ……なるほど。

 質問をした瞬間。

 男の右手。

 そこへ、微かなオーラが集まっている。

 紙。

 ペン。

 そして、質問。

 これらが、能力の発動条件になっている可能性がある。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……面倒だな。

 だが。

 逃げる必要はない。

 俺は、男を見た。

 そして、答えた。

「……自分で選べること」

 男は、わずかに眉を動かした。

「……自分で選べること?」

「はい」

 俺は、頷いた。

「……何をするか、何を守るか、どこへ行くか」

 男は、黙って聞いていた。

 俺は、続けた。

「……それを、自分で決められることです」

 男は、しばらく俺を見つめていた。

 そして。

 ゆっくりと笑った。

「……なるほど」

 俺は、静かに息を吐いた。

 男は、紙へ視線を落とした。

 その瞬間。

 ……ん?

 俺は、目を細めた。

 紙の表面。

 そこに、何かが浮かび上がった。

 普通の文字ではない。

 オーラによって形成された、微かな模様。

 男は、それを見ていた。

 そして。

 小さく呟いた。

「……興味深い」

 俺は、静かに考えた。

 ……やっぱり、念能力だ。

     ◇

 男は、質問を終えると、車両の前方へ戻った。

 そして、乗客たちへ頭を下げた。

「ご協力、ありがとうございました」

 車内に、安堵の空気が広がる。

 男は、穏やかに続けた。

「安全確認も終了しましたので、列車は通常運行へ戻ります」

 俺は、窓の外を見た。

 列車は、すでに鉄橋を渡り終えていた。

 速度も、徐々に上がっている。

 男は、扉へ向かった。

 だが。

 出ていく直前。

 こちらを振り向いた。

 そして。

 俺へ、わずかに笑いかけた。

 ……何だ?

 俺は、目を細めた。

 男は、何も言わずに車両を出ていった。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……面白いな。

 どうやら。

 今年のハンター試験は、思っていた以上に早く始まっているらしい。

 だが。

 まだ、何が試されているのかはわからない。

 俺は、しばらく考えた。

 そして。

 小さく笑った。

 ……まあ、いいか。

 今は、様子を見る。

 必要になれば、動く。

 それだけだ。

     ◇

 夕方。

 列車は、乗り継ぎ駅へ到着した。

 大きな駅だった。

 複数のホーム。

 行き交う人々。

 そして、遠くまで続く線路。

 俺は、リリアと一緒に列車を降りた。

「……アオ!」

 リリアが、元気よく声をかけてきた。

「次の列車も一緒だよね?」

 俺は、頷いた。

「……たぶんね」

「やった!」

 リリアは、嬉しそうに笑った。

 俺は、少しだけ苦笑した。

 ……元気だな。

 だが。

 悪い気はしなかった。

 流星街を出てから、ほとんど一人旅だった。

 こうして誰かと話しながら移動するのも、たまにはいい。

 俺たちは、駅の案内板を確認した。

 ザバン市方面。

 夜行列車。

 出発は、午後九時。

 まだ、時間がある。

 俺は、少しだけ考えた。

 ……飯でも食うか。

 リリアも、同じことを考えていたらしい。

「ねえ、アオ!」

「……ん?」

「お腹空かない?」

 俺は、笑った。

「……ちょうど、同じこと考えてた」

 リリアは、嬉しそうに頷いた。

「じゃあ、何か食べよう!」

 俺たちは、駅構内の食堂へ向かった。

     ◇

 食事を終えた後。

 俺は、リリアと別れて、駅の外へ出た。

 理由は、念の修行。

 さすがに、人前で具現化の練習をするわけにはいかない。

 俺は、駅から少し離れた場所へ向かった。

 人通りの少ない路地。

 その奥。

 使われていない倉庫。

 俺は、周囲を確認した。

 人の気配はない。

 念による円を広げる。

 半径数十メートル。

 異常なし。

 俺は、静かに頷いた。

 そして、倉庫の中へ入った。

 薄暗い室内。

 埃っぽい空気。

 壊れた木箱。

 そして、錆びた金属片。

 俺は、床へ腰を下ろした。

 そして、両手を前へ出した。

 ……さて。

 昨日考えた方法。

 まずは、リール。

 三本の回転する円筒。

 それを、具現化する。

 俺は、目を閉じた。

 前世の記憶。

 スロットマシーン。

 リール。

 図柄。

 回転音。

 そして、停止する瞬間。

 俺は、細部まで思い出そうとした。

 ……形。

 ……質感。

 ……重さ。

 ……回転。

 オーラを、両手の間へ集める。

 ゆっくりと。

 慎重に。

 すると。

 ……ん?

 俺は、目を開けた。

 両手の間。

 そこに。

 小さな光の輪が、浮かんでいた。

 俺は、思わず息を止めた。

 ……おお。

 光の輪。

 それは、まだ不完全だった。

 輪郭は曖昧。

 質感もない。

 だが。

 確かに。

 そこに、何かが存在していた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……できた。

 いや。

 正確には。

 できかけた。

 だが、それで十分だ。

 俺は、ゆっくりとオーラを流し込んだ。

 光の輪が、わずかに回転した。

 そして。

 次の瞬間。

 霧のように消えた。

 俺は、しばらくその場所を見つめていた。

 そして。

 小さく笑った。

「……一歩前進」

 まだ、完成には程遠い。

 だが。

 確実に、前へ進んでいる。

 俺は、静かに頷いた。

 ……よし。

 この調子で、続けよう。

     ◇

 午後九時。

 夜行列車が、ホームへ入ってきた。

 俺は、リリアと合流した。

「……アオ!」

 リリアが、手を振っている。

 俺も、軽く手を上げた。

「……お待たせ」

「ううん!」

 リリアは、笑った。

「ちょうど来たところ!」

 俺たちは、列車へ乗り込んだ。

 夜行列車の車内は、昼間の列車より静かだった。

 乗客たちは、すでに眠る準備をしている。

 俺は、窓際の席へ座った。

 リリアは、その隣。

 そして。

 列車が、ゆっくりと動き始めた。

 窓の外。

 街の灯りが、少しずつ遠ざかっていく。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……いよいよ、ザバン市か。

 明日の昼。

 到着予定。

 そこから、ハンター試験の会場を探す。

 そして。

 試験を受ける。

 俺は、少しだけ笑った。

 ……楽しみだ。

 だが。

 そのとき。

 ふと、違和感を覚えた。

 ……ん?

 車両の後方。

 何かが、いる。

 俺は、ゆっくりと振り向いた。

 通路の奥。

 そこに。

 一人の男が立っていた。

 長い髪。

 細身。

 そして、飄々とした雰囲気。

 ……昨日の男。

 切符売り場で出会った、念能力者。

 男は、こちらを見ていた。

 そして。

 小さく笑った。

 俺は、目を細めた。

 ……やっぱり。

 偶然じゃないな。

 男は、ゆっくりと歩き始めた。

 こちらへ。

 そして。

 俺の前で、足を止めた。

「……やあ」

 俺は、静かに答えた。

「……どうも」

 男は、笑った。

「……また会ったね」

「……そうですね」

 男は、俺を見つめた。

 そして。

 静かに言った。

「……君、面白いね」

 俺は、首を傾げた。

「……何がですか?」

 男は、笑った。

「……いや」

 そして。

 少しだけ声を落とした。

「……君、念を使えるだろう?」

 俺は、動かなかった。

 表情も変えなかった。

 だが。

 内心では、警戒を強めていた。

 ……来たか。

 男は、さらに続けた。

「……しかも、かなり上手い」

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして、答えた。

「……何のことですか?」

 男は、笑った。

「……とぼけるのも上手いね」

 俺は、黙っていた。

 男は、しばらく俺を見つめていた。

 そして。

 ゆっくりと手を差し出した。

「……自己紹介がまだだったね」

 俺は、その手を見た。

 そして、男の顔へ視線を戻した。

 男は、笑顔で言った。

「……僕は、レオン」

 俺は、静かに目を細めた。

「……レオン?」

「そう」

 男は、頷いた。

「……今年のハンター試験に、少し関わっている者だよ」

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……なるほど。

 やっぱり、試験関係者か。

 レオンは、笑った。

 そして。

 静かに言った。

「……アオ君」

 俺は、目を細めた。

 ……名前。

 俺は、こいつに名乗った覚えがない。

 だが。

 レオンは、当然のように俺の名前を呼んだ。

 そして。

 続けた。

「……君には、少しだけ特別な試験を受けてもらおうと思ってね」

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……特別な試験?

 レオンは、笑った。

「……もちろん、断ってもいいよ」

 俺は、黙っていた。

 レオンは、続けた。

「……ただし」

 その瞬間。

 男の雰囲気が、変わった。

 空気が、わずかに重くなる。

 俺は、無意識にオーラを練った。

 ……来る。

 レオンは、静かに笑った。

「……断った場合、君は今年の試験会場へ辿り着けないかもしれない」

 俺は、目を細めた。

 そして。

 小さく笑った。

「……へえ」

 面白い。

 どうやら。

 ハンター試験は、俺が思っていた以上に厄介らしい。

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして、レオンを見た。

「……じゃあ」

 男が、首を傾げた。

 俺は、続けた。

「……その試験、聞かせてもらいましょうか」

 レオンは、満足そうに笑った。

 そして。

 静かに言った。

「……いいね」

 夜行列車は、暗闇の中を走り続けていた。

 窓の外には、星空が広がっている。

 そして。

 俺の前には。

 新しい試練が、姿を現そうとしていた。

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