流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
朝の駅には、独特の匂いがあった。
石炭を燃やしたような煙の匂い。
機械油の匂い。
そして、焼きたてのパンと淹れたての珈琲の香り。
それらが混ざり合い、何とも言えない空気を作り出している。
俺は駅の構内に設置された大きな時計を見上げた。
午前六時四十分。
ザバン市方面へ向かう列車の出発時刻まで、あと二十分ほどある。
「……早く来すぎたか」
思わず呟く。
もっとも、遅刻するよりはずっといい。
ハンター試験を受けるための旅だ。
列車一本を逃したせいで受験できなくなった、なんて笑い話にもならない。
俺は手に持った切符を確認した。
行き先はザバン市。
ただし、途中で一度乗り換えが必要らしい。
駅員の説明によれば、今日中に乗り継ぎ駅へ到着し、そこから夜行列車へ乗れば、明日の昼頃にはザバン市へ着くらしい。
……便利なもんだな。
流星街では、移動手段の確保自体が一仕事だった。
まともに整備された道路など少なく、車両も大半が廃品を修理したものだった。
それが外の世界では、金を払えば決められた時間に決められた場所まで運んでもらえる。
当たり前のことだ。
だが、五年間も流星街で暮らした俺には、その当たり前が妙にありがたかった。
俺はホームの端にあるベンチへ腰を下ろした。
周囲には、すでに何人もの乗客が集まっている。
大きな荷物を抱えた商人。
眠そうな顔をした会社員らしき男。
子供の手を引く母親。
旅行者と思われる男女。
その中に、昨日の男の姿はなかった。
「……まあ、当然か」
昨日、切符売り場で出会った細身の男。
長い髪。
飄々とした態度。
そして、自然な纏。
あいつは間違いなく念能力者だった。
俺のことを見て、ハンター試験の受験者だと見抜いた。
しかも、今年は面白い受験者が多そうだ、などと意味深なことを言っていた。
試験官なのか。
受験者なのか。
それとも、まったく別の立場の人間なのか。
今のところ、判断する材料はない。
ただ一つ言えるのは。
……外の世界にも、念能力者は普通にいるってことだな。
もちろん、一般人からすれば極めて珍しい存在なのだろう。
だが、ハンター試験を目指す人間が集まる場所なら、遭遇する可能性も高くなる。
俺は軽く息を吐いた。
そして、無意識に纏の状態を確認する。
オーラの流れに乱れはない。
自然体。
必要以上に気配を強めず、かといって絶で無防備になることもない。
今の俺にとっては、呼吸と同じくらい当たり前の状態だった。
……さて。
そろそろ列車が来るな。
遠くから、車輪の音が聞こえてきた。
俺は立ち上がり、鞄を背負い直した。
流星街を出て、四日目。
ハンター試験への旅は、まだ始まったばかりだった。
◇
列車の座席は、思っていたよりも快適だった。
柔らかな背もたれ。
広めの足元。
大きな窓。
そして、定期的に通路を歩く車内販売員。
俺は窓際の席に座り、流れていく景色を眺めていた。
草原。
農地。
小さな村。
そして、遠くに見える山々。
流星街では考えられないほど、穏やかな風景だった。
「……平和だな」
小さく呟く。
だが、その言葉を口にした直後、俺は少しだけ苦笑した。
平和。
それは、表面上の話だ。
この世界には、念能力者がいる。
マフィアがいる。
暗殺者がいる。
人身売買組織がいる。
そして、一般人には想像もできないような怪物や危険地帯が存在する。
俺は、それを知っている。
原作の知識として。
そして、流星街での実体験として。
先日戦った三人の念能力者。
あいつらも、外の世界と繋がっていた。
子供を商品として扱い、マフィアへ売り飛ばそうとしていた。
あの帳簿に書かれていた取引先。
その一部は、今もどこかで同じようなことをしているのだろう。
……胸糞悪い話だ。
だが、今の俺がすべてを解決することはできない。
流星街の人間たちへ情報は渡した。
ハザにも、必要な資料を預けた。
今は、自分の目的を優先する。
ハンターライセンス。
それを手に入れれば、できることは大きく増える。
情報収集。
移動。
資金。
そして、社会的な信用。
少なくとも、身元不明の子供として扱われるよりは、ずっと自由に動けるようになるはずだ。
俺は窓の外へ視線を戻した。
……まずは、試験に合格する。
それが第一目標だ。
その後のことは、合格してから考えればいい。
もっとも。
俺には、もう一つの目標がある。
特質系の発。
『愚か者の宝物庫(ジャンキージャンクスロットマシーン)』。
俺が考案した、スロットマシーン型の念能力。
今はまだ、構想段階。
だが、少しずつ形にしていきたい。
俺は窓ガラスに映る自分の顔を見た。
黒髪。
黒い瞳。
十歳ほどの少年。
その姿を見ながら、前世の自分を思い出す。
三十二歳。
普通の会社員。
漫画やアニメ、ゲームを楽しむ、ごくありふれた男だった。
それが今では、異世界で念能力を修行している。
しかも、ハンター試験を受けるために旅をしている。
……人生、何が起こるかわからないもんだな。
いや。
一度死んでいるのだから、人生という言葉が正しいのかも怪しいが。
俺は、少しだけ笑った。
◇
「……ねえ」
突然、声をかけられた。
俺は顔を上げた。
通路側に、一人の少女が立っていた。
年齢は、十二歳くらいだろうか。
短い茶髪。
大きな瞳。
そして、背中には小さな旅行鞄。
少女は、俺の隣の席を指差した。
「ここ、空いてる?」
「……うん」
俺は頷いた。
「どうぞ」
「ありがとう!」
少女は笑顔で座った。
そして、鞄を膝の上へ置いた。
しばらくすると、こちらへ顔を向けてきた。
「ねえ、君も一人旅?」
「……そうだけど」
「へえ! すごいね!」
少女は、目を輝かせた。
「私も一人なんだ!」
俺は、少しだけ驚いた。
「……そうなんだ」
「うん!」
少女は、胸を張った。
「私、冒険者になりたいの!」
俺は、首を傾げた。
「……冒険者?」
「そう!」
少女は、勢いよく頷いた。
「世界中を旅して、珍しいものを見つけたり、誰も行ったことのない場所へ行ったりするの!」
俺は、少しだけ笑った。
……なるほど。
夢があるな。
少女は、さらに続けた。
「だから、まずはハンター試験を受けようと思って!」
俺は、思わず目を細めた。
……ハンター試験。
まさか、こんなところで同じ目的の人間と出会うとは。
「……君も、受けるの?」
少女は、頷いた。
「うん!」
そして、俺を見た。
「もしかして、君も?」
俺は、少しだけ考えた。
隠す必要はない。
どうせ、会場へ行けばわかることだ。
「……そうだよ」
少女の顔が、ぱっと明るくなった。
「本当!?」
俺は、頷いた。
「……うん」
「やった!」
少女は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ライバルだね!」
俺は、苦笑した。
「……そうなるのかな」
「そうだよ!」
少女は、拳を握った。
「私、絶対に合格するんだから!」
俺は、静かに頷いた。
「……頑張って」
少女は、少しだけ頬を膨らませた。
「君も受けるんでしょ?」
「……まあね」
「じゃあ、一緒に頑張ろうよ!」
俺は、少しだけ考えた。
そして、笑った。
「……そうだね」
少女は、満足そうに頷いた。
「私はリリア!」
俺は、少女を見た。
「……リリア?」
「うん!」
少女は、笑顔で手を差し出した。
「よろしく!」
俺は、その手を握った。
「……アオ」
「アオ?」
「……うん」
「いい名前だね!」
俺は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
こうして。
俺は、外の世界で初めて、同じハンター試験を目指す人間と知り合った。
◇
リリアは、よく喋る少女だった。
故郷の話。
家族の話。
冒険者になりたいと思ったきっかけ。
そして、ハンター試験への期待。
話題が尽きることはなかった。
俺は、基本的に聞き役へ回った。
時々相槌を打ち、質問に答える。
それだけで、リリアは楽しそうに話し続けた。
……サラサに少し似てるな。
ふと、そんなことを思った。
もちろん、顔や性格がそっくりというわけではない。
だが、明るく、誰にでも話しかけるところが似ていた。
サラサ。
流星街で助けた少女。
クロロたちの大切な友達。
原作では、死亡していた少女。
俺は、静かに息を吐いた。
……元気にしてるかな。
まだ、別れてから数日しか経っていない。
だが、少しだけ気になった。
あの少女が生きていることで、未来は変わる。
幻影旅団。
クロロ。
ウボォーギン。
マチ。
パクノダ。
彼らの運命が、どう変わるのか。
今は、誰にもわからない。
だが。
俺は、後悔していない。
サラサを助けたこと。
それだけは、間違っていなかった。
「……アオ?」
リリアの声で、我に返った。
「……ん?」
「どうしたの?」
少女は、首を傾げた。
「急に黙っちゃって」
俺は、少しだけ笑った。
「……昔のことを思い出してた」
「昔?」
「……うん」
リリアは、興味深そうに身を乗り出した。
「どんな?」
俺は、少しだけ考えた。
そして、答えた。
「……友達のこと」
リリアは、にっこり笑った。
「そっか!」
そして、窓の外を見た。
「じゃあ、ハンターになったら会いに行けるね!」
俺は、少しだけ驚いた。
だが。
すぐに笑った。
「……そうだね」
その言葉は、妙に心へ残った。
◇
昼過ぎ。
列車は、大きな渓谷地帯へ差しかかった。
窓の外には、深い谷が広がっている。
その上を、長い鉄橋が渡っていた。
俺は、少しだけ身を乗り出した。
……すごいな。
前世でも、こうした鉄橋を見たことはある。
だが、実際に渡るとなると、なかなか迫力がある。
谷底は、かなり深い。
落ちれば、普通の人間なら助からないだろう。
もっとも。
俺なら、何とかなる可能性はある。
だが、試したいとは思わない。
俺は、窓の外を眺めながら考えた。
……こういう場所で襲われたら、面倒だな。
列車。
狭い通路。
大勢の乗客。
そして、逃げ場の少ない鉄橋。
戦闘するには、最悪に近い環境だ。
俺は、無意識に周囲の気配を探った。
そのとき。
……ん?
違和感。
車両の前方。
何かが、いる。
いや。
正確には。
何かが、近づいている。
俺は、目を細めた。
そして、凝を使った。
目へオーラを集中させる。
前方の車両。
その奥。
……オーラ。
微かだが、感じる。
念能力者。
しかも、一人ではない。
俺は、静かに息を吐いた。
……またか。
昨日の駅で出会った男。
そして、今度は列車。
ハンター試験が近づくにつれて、念能力者と遭遇する機会が増えている。
偶然か。
それとも。
何か、理由があるのか。
俺は、しばらく考えた。
だが。
すぐに、ある可能性が浮かんだ。
……まさか。
俺は、目を細めた。
……もう、試験が始まってる?
◇
ハンター試験。
原作でも、会場へ辿り着くまでに様々な試練があった。
試験会場の場所は、簡単にはわからない。
情報を集め、判断し、危険を乗り越える。
その過程自体が、受験者の資質を測るためのものだった。
ならば。
今年も、同じような仕組みがある可能性は高い。
しかも。
俺が受けるのは、原作開始より十五年ほど前の試験。
試験官も、内容も、当然違う。
だからこそ。
原作知識だけに頼ることはできない。
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
面白い。
もし、すでに試験が始まっているのなら。
この列車も、何らかの選別装置になっている可能性がある。
俺は、周囲を見回した。
普通の乗客。
商人。
家族連れ。
そして、リリア。
少女は、窓の外を楽しそうに眺めている。
念能力者の気配には、気づいていないようだ。
……まあ、当然か。
リリアは、まだ念を知らないのだろう。
俺は、少しだけ考えた。
ここで動くべきか。
それとも、様子を見るべきか。
答えは、すぐに出た。
……様子見だな。
今のところ、危険はない。
相手の目的もわからない。
ならば、こちらから動く必要はない。
俺は、窓の外へ視線を戻した。
だが。
意識は、前方の車両へ向けたままだった。
◇
しばらくして。
車両の扉が開いた。
入ってきたのは、一人の男だった。
年齢は、四十代くらい。
灰色の制服。
胸には、鉄道会社の徽章。
そして、手には小さな鞄。
車掌。
そう見える。
だが。
俺は、すぐに気づいた。
……違う。
男の身体には、自然な纏がある。
しかも、かなり安定している。
念能力者だ。
男は、車内を見回した。
そして、穏やかな声で言った。
「皆様、少々お時間をいただけますでしょうか」
乗客たちが、顔を上げる。
男は、笑顔を浮かべた。
「ただいま、前方の線路に小さな障害物が確認されました」
車内が、ざわついた。
男は、続けた。
「安全確認のため、列車は一時的に速度を落とします」
俺は、目を細めた。
……障害物?
男は、さらに続けた。
「なお、乗客の皆様には、簡単な確認をお願いする場合がございます」
俺は、静かに息を吐いた。
……来たな。
男は、鞄を開けた。
中から取り出したのは。
一枚の紙。
そして、ペン。
男は、笑顔で言った。
「これから、皆様に簡単な質問をさせていただきます」
俺は、少しだけ笑った。
……なるほど。
やっぱり、何かある。
◇
男は、乗客たちへ順番に質問を始めた。
名前。
行き先。
旅行の目的。
そして。
最後に、必ず同じ質問をしていた。
「あなたにとって、最も大切なものは何ですか?」
俺は、その質問を聞いて、少しだけ考えた。
……大切なもの。
ずいぶん抽象的だな。
金。
家族。
名誉。
命。
夢。
答えはいくらでもある。
だが。
それを、わざわざ列車の中で聞く意味は何だ?
俺は、男の様子を観察した。
男は、乗客の答えを聞くたびに、紙へ何かを書き込んでいる。
だが。
よく見ると。
……書いてない?
俺は、目を細めた。
ペン先は、紙へ触れている。
だが、インクの跡がない。
つまり。
記録しているふりをしている。
……なるほど。
質問そのものが目的ではない。
答え方。
反応。
あるいは、何か別の条件。
それを確認している。
俺は、静かに息を吐いた。
……念能力か?
可能性はある。
だが、まだ断定できない。
男は、リリアの前へ来た。
「お嬢さん」
「はい!」
リリアは、元気よく返事をした。
男は、笑顔で尋ねた。
「お名前は?」
「リリアです!」
「行き先は?」
「ザバン市です!」
「目的は?」
「ハンター試験を受けるためです!」
男の目が、わずかに細くなった。
俺は、その変化を見逃さなかった。
……反応した。
男は、穏やかに続けた。
「では、最後の質問です」
リリアは、首を傾げた。
「はい?」
「あなたにとって、最も大切なものは何ですか?」
リリアは、少しだけ考えた。
そして。
笑顔で答えた。
「夢です!」
男は、静かに頷いた。
「……夢、ですか」
「はい!」
リリアは、胸を張った。
「私は、世界中を冒険したいんです!」
男は、しばらく少女を見つめていた。
そして、微笑んだ。
「……素晴らしいですね」
俺は、静かに息を吐いた。
……さて。
次は、俺か。
◇
男が、こちらへ向き直った。
「君は?」
俺は、静かに答えた。
「……アオです」
「行き先は?」
「ザバン市」
「目的は?」
「……ハンター試験」
男の目が、わずかに動いた。
俺は、気づかないふりをした。
男は、微笑んだ。
「……そうですか」
そして、最後の質問。
「君にとって、最も大切なものは何ですか?」
俺は、少しだけ考えた。
大切なもの。
前世。
家族。
友人。
そして、今世。
流星街。
ハザ。
サラサ。
クロロたち。
俺が助けた子供たち。
それらの顔が、頭に浮かんだ。
だが。
俺は、すぐに答えなかった。
なぜなら。
この質問には、何かがある。
男のオーラ。
その流れが、わずかに変化している。
俺は、凝を維持したまま観察した。
……なるほど。
質問をした瞬間。
男の右手。
そこへ、微かなオーラが集まっている。
紙。
ペン。
そして、質問。
これらが、能力の発動条件になっている可能性がある。
俺は、静かに息を吐いた。
……面倒だな。
だが。
逃げる必要はない。
俺は、男を見た。
そして、答えた。
「……自分で選べること」
男は、わずかに眉を動かした。
「……自分で選べること?」
「はい」
俺は、頷いた。
「……何をするか、何を守るか、どこへ行くか」
男は、黙って聞いていた。
俺は、続けた。
「……それを、自分で決められることです」
男は、しばらく俺を見つめていた。
そして。
ゆっくりと笑った。
「……なるほど」
俺は、静かに息を吐いた。
男は、紙へ視線を落とした。
その瞬間。
……ん?
俺は、目を細めた。
紙の表面。
そこに、何かが浮かび上がった。
普通の文字ではない。
オーラによって形成された、微かな模様。
男は、それを見ていた。
そして。
小さく呟いた。
「……興味深い」
俺は、静かに考えた。
……やっぱり、念能力だ。
◇
男は、質問を終えると、車両の前方へ戻った。
そして、乗客たちへ頭を下げた。
「ご協力、ありがとうございました」
車内に、安堵の空気が広がる。
男は、穏やかに続けた。
「安全確認も終了しましたので、列車は通常運行へ戻ります」
俺は、窓の外を見た。
列車は、すでに鉄橋を渡り終えていた。
速度も、徐々に上がっている。
男は、扉へ向かった。
だが。
出ていく直前。
こちらを振り向いた。
そして。
俺へ、わずかに笑いかけた。
……何だ?
俺は、目を細めた。
男は、何も言わずに車両を出ていった。
俺は、静かに息を吐いた。
……面白いな。
どうやら。
今年のハンター試験は、思っていた以上に早く始まっているらしい。
だが。
まだ、何が試されているのかはわからない。
俺は、しばらく考えた。
そして。
小さく笑った。
……まあ、いいか。
今は、様子を見る。
必要になれば、動く。
それだけだ。
◇
夕方。
列車は、乗り継ぎ駅へ到着した。
大きな駅だった。
複数のホーム。
行き交う人々。
そして、遠くまで続く線路。
俺は、リリアと一緒に列車を降りた。
「……アオ!」
リリアが、元気よく声をかけてきた。
「次の列車も一緒だよね?」
俺は、頷いた。
「……たぶんね」
「やった!」
リリアは、嬉しそうに笑った。
俺は、少しだけ苦笑した。
……元気だな。
だが。
悪い気はしなかった。
流星街を出てから、ほとんど一人旅だった。
こうして誰かと話しながら移動するのも、たまにはいい。
俺たちは、駅の案内板を確認した。
ザバン市方面。
夜行列車。
出発は、午後九時。
まだ、時間がある。
俺は、少しだけ考えた。
……飯でも食うか。
リリアも、同じことを考えていたらしい。
「ねえ、アオ!」
「……ん?」
「お腹空かない?」
俺は、笑った。
「……ちょうど、同じこと考えてた」
リリアは、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、何か食べよう!」
俺たちは、駅構内の食堂へ向かった。
◇
食事を終えた後。
俺は、リリアと別れて、駅の外へ出た。
理由は、念の修行。
さすがに、人前で具現化の練習をするわけにはいかない。
俺は、駅から少し離れた場所へ向かった。
人通りの少ない路地。
その奥。
使われていない倉庫。
俺は、周囲を確認した。
人の気配はない。
念による円を広げる。
半径数十メートル。
異常なし。
俺は、静かに頷いた。
そして、倉庫の中へ入った。
薄暗い室内。
埃っぽい空気。
壊れた木箱。
そして、錆びた金属片。
俺は、床へ腰を下ろした。
そして、両手を前へ出した。
……さて。
昨日考えた方法。
まずは、リール。
三本の回転する円筒。
それを、具現化する。
俺は、目を閉じた。
前世の記憶。
スロットマシーン。
リール。
図柄。
回転音。
そして、停止する瞬間。
俺は、細部まで思い出そうとした。
……形。
……質感。
……重さ。
……回転。
オーラを、両手の間へ集める。
ゆっくりと。
慎重に。
すると。
……ん?
俺は、目を開けた。
両手の間。
そこに。
小さな光の輪が、浮かんでいた。
俺は、思わず息を止めた。
……おお。
光の輪。
それは、まだ不完全だった。
輪郭は曖昧。
質感もない。
だが。
確かに。
そこに、何かが存在していた。
俺は、静かに息を吐いた。
……できた。
いや。
正確には。
できかけた。
だが、それで十分だ。
俺は、ゆっくりとオーラを流し込んだ。
光の輪が、わずかに回転した。
そして。
次の瞬間。
霧のように消えた。
俺は、しばらくその場所を見つめていた。
そして。
小さく笑った。
「……一歩前進」
まだ、完成には程遠い。
だが。
確実に、前へ進んでいる。
俺は、静かに頷いた。
……よし。
この調子で、続けよう。
◇
午後九時。
夜行列車が、ホームへ入ってきた。
俺は、リリアと合流した。
「……アオ!」
リリアが、手を振っている。
俺も、軽く手を上げた。
「……お待たせ」
「ううん!」
リリアは、笑った。
「ちょうど来たところ!」
俺たちは、列車へ乗り込んだ。
夜行列車の車内は、昼間の列車より静かだった。
乗客たちは、すでに眠る準備をしている。
俺は、窓際の席へ座った。
リリアは、その隣。
そして。
列車が、ゆっくりと動き始めた。
窓の外。
街の灯りが、少しずつ遠ざかっていく。
俺は、静かに息を吐いた。
……いよいよ、ザバン市か。
明日の昼。
到着予定。
そこから、ハンター試験の会場を探す。
そして。
試験を受ける。
俺は、少しだけ笑った。
……楽しみだ。
だが。
そのとき。
ふと、違和感を覚えた。
……ん?
車両の後方。
何かが、いる。
俺は、ゆっくりと振り向いた。
通路の奥。
そこに。
一人の男が立っていた。
長い髪。
細身。
そして、飄々とした雰囲気。
……昨日の男。
切符売り場で出会った、念能力者。
男は、こちらを見ていた。
そして。
小さく笑った。
俺は、目を細めた。
……やっぱり。
偶然じゃないな。
男は、ゆっくりと歩き始めた。
こちらへ。
そして。
俺の前で、足を止めた。
「……やあ」
俺は、静かに答えた。
「……どうも」
男は、笑った。
「……また会ったね」
「……そうですね」
男は、俺を見つめた。
そして。
静かに言った。
「……君、面白いね」
俺は、首を傾げた。
「……何がですか?」
男は、笑った。
「……いや」
そして。
少しだけ声を落とした。
「……君、念を使えるだろう?」
俺は、動かなかった。
表情も変えなかった。
だが。
内心では、警戒を強めていた。
……来たか。
男は、さらに続けた。
「……しかも、かなり上手い」
俺は、静かに息を吐いた。
そして、答えた。
「……何のことですか?」
男は、笑った。
「……とぼけるのも上手いね」
俺は、黙っていた。
男は、しばらく俺を見つめていた。
そして。
ゆっくりと手を差し出した。
「……自己紹介がまだだったね」
俺は、その手を見た。
そして、男の顔へ視線を戻した。
男は、笑顔で言った。
「……僕は、レオン」
俺は、静かに目を細めた。
「……レオン?」
「そう」
男は、頷いた。
「……今年のハンター試験に、少し関わっている者だよ」
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
やっぱり、試験関係者か。
レオンは、笑った。
そして。
静かに言った。
「……アオ君」
俺は、目を細めた。
……名前。
俺は、こいつに名乗った覚えがない。
だが。
レオンは、当然のように俺の名前を呼んだ。
そして。
続けた。
「……君には、少しだけ特別な試験を受けてもらおうと思ってね」
俺は、静かに息を吐いた。
……特別な試験?
レオンは、笑った。
「……もちろん、断ってもいいよ」
俺は、黙っていた。
レオンは、続けた。
「……ただし」
その瞬間。
男の雰囲気が、変わった。
空気が、わずかに重くなる。
俺は、無意識にオーラを練った。
……来る。
レオンは、静かに笑った。
「……断った場合、君は今年の試験会場へ辿り着けないかもしれない」
俺は、目を細めた。
そして。
小さく笑った。
「……へえ」
面白い。
どうやら。
ハンター試験は、俺が思っていた以上に厄介らしい。
俺は、静かに息を吐いた。
そして、レオンを見た。
「……じゃあ」
男が、首を傾げた。
俺は、続けた。
「……その試験、聞かせてもらいましょうか」
レオンは、満足そうに笑った。
そして。
静かに言った。
「……いいね」
夜行列車は、暗闇の中を走り続けていた。
窓の外には、星空が広がっている。
そして。
俺の前には。
新しい試練が、姿を現そうとしていた。