流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第十八話 迷宮都市ザバンと、斥候の原石

バン市。

 それは、俺がこの世界へ転生してから初めて訪れる、本格的な大都市だった。

 高層建築が立ち並ぶ中心街。

 幾重にも交差する道路。

 行き交う自動車。

 巨大な商業施設。

 そして、駅前を埋め尽くす人の波。

 前世の日本で見慣れていた光景に近いはずなのに、どこか違う。

 建物の造りも、街を走る車も、看板に書かれた文字も。

 すべてが、俺の知る世界とは少しずつ異なっていた。

 だが、それ以上に印象的だったのは、人間の多さだった。

「……すごいな」

 思わず、そんな言葉が漏れた。

 隣では、リリアが目を輝かせている。

「すっごーい!」

 俺の感想とは比較にならないほど大きな声だった。

「ねえ、アオ! 見て見て! あの建物、すっごく高いよ!」

「……見えてる」

「それに、あっち! あんなに大きな車、初めて見た!」

「……そうなんだ」

「ねえねえ! あれ何のお店かな!?」

「……さあ」

 俺は、苦笑した。

 どうやら、リリアにとってもザバン市は新鮮な場所らしい。

 もっとも、無理もない。

 聞けば、彼女が育ったのは小さな地方都市だという。

 大きな街へ来た経験はあっても、これほどの規模は初めてらしい。

 俺たちは、駅の北口へ向かって歩いていた。

 目的は、もちろんハンター試験。

 昨夜、レオンから渡された紙。

 そこには、こう書かれていた。

『ザバン市中央駅、北口。夜明け前に鐘が三度鳴る場所を探せ』

 俺は、その文章を頭の中で繰り返した。

 ……さて。

 問題は、ここからだ。

 ザバン市中央駅の北口。

 そこまでは、簡単に辿り着ける。

 だが。

 夜明け前に鐘が三度鳴る場所。

 これが、わからない。

 しかも、現在の時刻は午前十時過ぎ。

 夜明け前という時間帯は、とっくに過ぎている。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……どう考えるべきか。

 昨夜の試験では、言葉をそのまま受け取ると失敗する仕組みになっていた。

 今回も、同じようなものかもしれない。

 だが、決めつけるのは危険だ。

 俺は、隣を歩くリリアへ視線を向けた。

「……リリア」

「ん?」

「ちょっと、相談」

「なになに?」

 俺は、昨夜の紙を取り出した。

「……この文章、どう思う?」

 リリアは、紙を覗き込んだ。

 そして、首を傾げた。

「うーん……」

 しばらく考える。

 だが。

「……わかんない!」

 元気よく答えた。

 俺は、思わず笑った。

「……正直だね」

「だって、わかんないものはわかんないもん!」

 リリアは、頬を膨らませた。

 そして、もう一度紙を見た。

「でも……」

「……ん?」

「鐘って、どこにあるんだろう?」

 俺は、少しだけ目を細めた。

 ……なるほど。

 確かに。

 まず、鐘がある場所を探す。

 それが、普通の考え方だ。

 俺は、周囲を見回した。

 駅前。

 広場。

 商店。

 そして、遠くに見える時計塔。

 ……時計塔。

 俺は、目を細めた。

 あそこに、鐘がある可能性は高い。

 だが。

 それだけでは、まだ足りない。

 俺は、リリアへ尋ねた。

「……鐘がありそうな場所、他に思いつく?」

「えっと……」

 リリアは、指を折りながら考えた。

「教会!」

「……うん」

「学校!」

「……あるかもね」

「それから……」

 少女は、周囲を見回した。

 そして。

「あっ!」

 突然、声を上げた。

「駅!」

 俺は、少しだけ驚いた。

「……駅?」

「うん!」

 リリアは、駅舎を指差した。

「だって、列車が出るときに鐘が鳴ることってあるでしょ?」

 俺は、静かに頷いた。

 ……確かに。

 昔の鉄道では、発車を知らせる鐘が使われていたこともある。

 この世界でも、同じような仕組みが残っている可能性はある。

 俺は、駅舎を見上げた。

 そして。

 少しだけ笑った。

「……いいところに気づいたね」

「本当!?」

「……うん」

 リリアは、嬉しそうに笑った。

 俺は、再び紙を見た。

 ……夜明け前に鐘が三度鳴る場所。

 もしかすると。

 鐘そのものではなく、鐘が鳴る時間や回数に意味があるのかもしれない。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……まずは、情報収集だな。

     ◇

 駅の北口には、大きな案内所があった。

 観光客向けの地図。

 交通案内。

 宿泊施設の紹介。

 そして、市内の名所を紹介するパンフレット。

 俺は、案内所へ入り、地図を一枚貰った。

 リリアは、隣で興味深そうにパンフレットを眺めている。

「ねえ、アオ!」

「……ん?」

「この街、地下にも道があるんだって!」

 俺は、少しだけ眉を動かした。

「……地下?」

「うん!」

 リリアは、パンフレットを広げた。

 そこには、ザバン市の地下交通網が描かれていた。

 地下鉄。

 地下商店街。

 そして、古い地下通路。

 俺は、地図を覗き込んだ。

 ……なるほど。

 思っていたより、複雑な街だ。

 地下鉄だけではない。

 昔の地下水路を利用した通路や、古い施設の跡地まで存在するらしい。

 俺は、少しだけ考えた。

 ……ハンター試験。

 原作でも、試験会場は地下に存在していた。

 もちろん、今年も同じとは限らない。

 だが。

 地下という選択肢は、十分にあり得る。

 俺は、地図を広げた。

 そして、北口周辺を確認した。

 時計塔。

 教会。

 古い市場。

 そして、地下商店街への入口。

 ……候補が多いな。

 俺は、静かに息を吐いた。

 すると。

 リリアが、突然言った。

「……あれ?」

「……どうした?」

「この地図、変じゃない?」

 俺は、彼女を見た。

「……何が?」

 リリアは、二枚の地図を並べた。

 一枚は、俺が貰った市内地図。

 もう一枚は、彼女が持ってきた地下交通網のパンフレット。

「ここ」

 少女は、指を差した。

「この道、上の地図にはないよ?」

 俺は、目を細めた。

 ……ん?

 確かに。

 地下交通網の地図には、一本の細い通路が描かれている。

 だが、市内地図には、その通路に対応する施設がない。

 普通なら、地下鉄の駅や地下商店街への入口があるはずだ。

 だが。

 その場所には、何も記載されていなかった。

 俺は、静かに考えた。

 ……古い地下通路か?

 あるいは、廃止された施設。

 リリアは、さらに続けた。

「それに、こっちの地図だと、この辺に小さな広場があるみたい」

 俺は、地図を見た。

 ……本当だ。

 駅の北側。

 大通りから少し外れた場所。

 そこに、小さな広場が描かれている。

 だが、市内地図には載っていない。

 俺は、リリアを見た。

「……よく気づいたね」

 リリアは、少し照れたように笑った。

「えへへ」

 俺は、静かに頷いた。

 ……観察力がある。

 単なる偶然かもしれない。

 だが、こういう細かな違いに気づけるのは、一つの才能だ。

 俺は、二枚の地図を見比べた。

 そして。

 小さく笑った。

「……行ってみようか」

「うん!」

 リリアは、元気よく頷いた。

     ◇

 目的地は、駅の北側にある古い街区だった。

 大通りから外れると、街の雰囲気が一変した。

 高層建築は少なくなり、古い石造りの建物が増える。

 道路も狭く、複雑に入り組んでいた。

 俺は、周囲を観察しながら歩いた。

 ……なるほど。

 こういう場所は、隠れるには都合がいい。

 細い路地。

 建物の影。

 屋上。

 そして、地下への入口。

 待ち伏せや奇襲に向いている。

 俺は、無意識に警戒を強めた。

 だが。

 念による円は、使わなかった。

 通常なら半径十五メートル。

 最大でも二十五メートル。

 それが、現在の俺の円の限界だ。

 もっとも、限界という言葉が正しいかどうかは微妙だが。

 円の範囲を広げることよりも、発動速度や情報取得の精度を高める方が、今の俺には重要だ。

 広範囲を探知できたとしても、得られた情報を処理できなければ意味がない。

 それに。

 この街には、念能力者がいる可能性がある。

 不用意に円を広げれば、こちらの存在を知らせることになる。

 だからこそ。

 今は、普通の感覚を使う。

 視覚。

 聴覚。

 嗅覚。

 そして、流星街で培った経験。

 それらを組み合わせれば、十分に周囲を把握できる。

 俺は、静かに歩き続けた。

 そのとき。

「……アオ」

 リリアが、小さな声で呼びかけてきた。

「……ん?」

「ちょっと、待って」

 俺は、足を止めた。

 リリアは、路地の先を見つめていた。

 俺も、視線を向けた。

 そこには、二人の男が立っている。

 どちらも、普通の服装。

 特に怪しいところはない。

 だが。

 リリアは、少しだけ眉をひそめていた。

「……あの人たち」

「……何か?」

「さっきも見た気がする」

 俺は、目を細めた。

 ……なるほど。

 俺は、男たちを観察した。

 片方は、新聞を読んでいる。

 もう片方は、壁にもたれて煙草を吸っている。

 だが。

 よく見ると。

 新聞を持つ男の視線が、紙面ではなく通行人へ向いている。

 そして、煙草を吸う男は、一定の間隔で時計を確認していた。

 ……監視役か。

 俺は、静かに息を吐いた。

 リリアは、さらに続けた。

「さっき、駅の近くでも見たんだ」

「……二人とも?」

「ううん。新聞の人だけ」

 俺は、少しだけ考えた。

 ……なるほど。

 同じ人物を、別の場所で見かけた。

 しかも、こちらを監視しているような動き。

 偶然の可能性もある。

 だが。

 ハンター試験の関係者かもしれない。

 俺は、静かに頷いた。

「……よく覚えてたね」

 リリアは、少しだけ笑った。

「なんとなく、気になったから」

 俺は、男たちを見た。

 そして、静かに言った。

「……少し、遠回りしよう」

「うん」

 俺たちは、別の路地へ入った。

 だが。

 その直後。

 俺は、気づいた。

 ……ついてきてるな。

 男たちのうち、一人がこちらへ移動を始めた。

 距離は、約二十メートル。

 普通なら、気づかない程度の距離だ。

 だが、俺にはわかる。

 足音。

 歩幅。

 呼吸。

 そして、わずかな視線の動き。

 ……さて。

 どうするか。

 俺は、少しだけ考えた。

 だが。

 すぐに、リリアが口を開いた。

「……アオ」

「……ん?」

「次の角、右に曲がろう」

 俺は、少しだけ驚いた。

「……どうして?」

 リリアは、地図を指差した。

「右に曲がると、細い道があるの」

「……うん」

「そこを抜けると、広場の近くに出られるみたい」

 俺は、地図を見た。

 ……なるほど。

 確かに。

 しかも、その道は複雑に曲がっている。

 尾行を撒くには、都合がいい。

 俺は、静かに頷いた。

「……いいね」

 リリアは、嬉しそうに笑った。

「じゃあ、行こう!」

 俺たちは、角を曲がった。

     ◇

 路地は、思っていた以上に狭かった。

 両側には、古い建物。

 頭上には、洗濯物が干されている。

 そして、足元には、石畳。

 俺は、リリアの後ろを歩いた。

 彼女は、地図を確認しながら進んでいる。

 だが。

 ただ地図を見ているだけではない。

 時折、周囲を見回している。

 建物の位置。

 路地の幅。

 人の流れ。

 そして、足音。

 ……なるほど。

 俺は、少しだけ感心した。

 この少女。

 思っていた以上に、周囲をよく見ている。

 もちろん、まだ経験は浅い。

 判断も、完全ではない。

 だが。

 素質はある。

 しかも、かなりいい。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……斥候向きだな。

 そんなことを考えていると。

 リリアが、突然足を止めた。

「……あれ?」

「……どうした?」

 少女は、前方を見つめていた。

 そこには、行き止まりがあった。

 古いレンガの壁。

 そして、積み上げられた木箱。

 俺は、地図を見た。

 ……なるほど。

 どうやら、地図が古かったらしい。

 リリアは、困ったような顔をした。

「……ごめん」

 俺は、首を横に振った。

「……気にしなくていい」

「でも……」

「……地図が古かっただけだよ」

 俺は、周囲を見回した。

 そして。

 少しだけ笑った。

「……それに、行き止まりとは限らない」

 リリアは、首を傾げた。

「……え?」

 俺は、積み上げられた木箱を指差した。

「……あれ」

 少女は、木箱を見た。

 そして。

「あっ!」

 声を上げた。

 木箱の向こう。

 そこに、小さな隙間があった。

 人一人が通れる程度の幅。

 俺は、静かに頷いた。

「……通れそうだね」

 リリアは、目を輝かせた。

「本当だ!」

 俺は、木箱を軽く動かした。

 もちろん、力加減は慎重に。

 大きな音を立てる必要はない。

 そして。

 隙間を広げた。

「……先に行って」

「うん!」

 リリアは、隙間へ身体を滑り込ませた。

 俺も、その後に続いた。

 すると。

 目の前に、小さな広場が現れた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……なるほど。

 ここか。

     ◇

 広場は、古い建物に囲まれていた。

 中央には、石造りの噴水。

 だが、水は流れていない。

 周囲には、雑草が生えている。

 そして。

 広場の奥。

 そこに、小さな鐘楼があった。

 俺は、目を細めた。

 ……鐘。

 なるほど。

 ようやく、手掛かりらしいものが見つかった。

 リリアも、鐘楼を見つけたらしい。

「……アオ!」

「……うん」

 俺は、頷いた。

「……たぶん、ここだね」

 リリアは、嬉しそうに笑った。

「やった!」

 俺は、鐘楼へ近づいた。

 古い石造りの建物。

 高さは、十メートルほど。

 上部には、大きな鐘が吊るされている。

 だが。

 俺は、すぐに違和感を覚えた。

 ……鐘がない?

 いや。

 正確には。

 鐘の内部に、舌がない。

 普通の鐘なら、内部に金属製の舌があり、それが鐘の内側へ当たることで音が鳴る。

 だが、この鐘には、それがなかった。

 俺は、目を細めた。

 ……なるほど。

 これでは、普通に鳴らすことはできない。

 リリアも、気づいたらしい。

「……あれ?」

「……ん?」

「鐘、壊れてる?」

 俺は、頷いた。

「……そうみたい」

 リリアは、首を傾げた。

「じゃあ、どうやって鳴らすの?」

 俺は、少しだけ考えた。

 そして。

 鐘楼の周囲を見回した。

 石畳。

 古い壁。

 そして、噴水。

 ……何かあるはずだ。

 俺は、静かに息を吐いた。

 すると。

 リリアが、突然しゃがみ込んだ。

「……アオ」

「……どうした?」

「ここ、変だよ」

 俺は、彼女の隣へしゃがんだ。

 そこには、石畳があった。

 だが。

 よく見ると。

 一枚だけ、色が違う。

 周囲の石より、わずかに新しい。

 俺は、目を細めた。

 ……なるほど。

 何かを隠しているな。

 俺は、石畳へ手を置いた。

 そして、軽く押した。

 ……動かない。

 次に、指先へ周を施した。

 石の表面を覆うようにオーラを流す。

 その感触から、内部の構造を探る。

 ……ん?

 石の下。

 空洞がある。

 俺は、静かに頷いた。

「……当たりだね」

 リリアは、目を輝かせた。

「本当!?」

「……うん」

 俺は、石畳の端へ指をかけた。

 そして、軽く持ち上げた。

 石が、ゆっくりと動く。

 その下には。

 小さな金属製の箱があった。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……さて。

 何が入っている?

 箱には、鍵がかかっていなかった。

 俺は、慎重に蓋を開けた。

 中には。

 一枚の紙。

 そして、小さな金属製の棒が入っていた。

 俺は、紙を取り出した。

 そこには、短い文章が書かれていた。

『鐘は三度鳴る。だが、音を聞く者は一人もいない』

 俺は、静かに目を細めた。

 ……なるほど。

 また、謎解きか。

     ◇

 俺は、紙をリリアへ見せた。

 少女は、しばらく文章を読んでいた。

 そして。

「……変なの」

 小さく呟いた。

「……何が?」

「だって、鐘が鳴るのに、誰も聞かないんでしょ?」

「……そうだね」

「じゃあ、音が鳴らないってこと?」

 俺は、少しだけ考えた。

 ……音が鳴らない。

 なるほど。

 確かに、その可能性はある。

 鐘は三度鳴る。

 だが、音を聞く者はいない。

 つまり。

 実際には、音が鳴らない。

 あるいは。

 音が鳴っても、人間には聞こえない。

 俺は、金属製の棒を見た。

 長さは、二十センチほど。

 重さは、軽い。

 表面には、細かな溝が刻まれている。

 ……なるほど。

 これを使って、鐘を鳴らす?

 だが。

 俺は、すぐに違和感を覚えた。

 棒の表面。

 そこに、薄いオーラがある。

 ……念。

 俺は、静かに息を吐いた。

 また、念能力が関係しているらしい。

 俺は、棒を持ち上げた。

 そして、凝で観察した。

 オーラは、棒全体を覆っている。

 だが、非常に薄い。

 普通の念能力者なら、見落としてもおかしくない程度だ。

 俺は、少しだけ考えた。

 ……さて。

 どうするか。

 すると。

 リリアが、鐘楼を見上げながら言った。

「……アオ」

「……ん?」

「鐘って、叩けば鳴るんだよね?」

「……普通はね」

「じゃあ、三回叩けばいいんじゃない?」

 俺は、少しだけ笑った。

「……そうだね」

 単純。

 だが、悪くない。

 まずは、試してみる。

 それが、基本だ。

 俺は、金属棒を手に取った。

 そして、鐘楼へ近づいた。

 鐘は、高い位置にある。

 普通の子供なら、届かない。

 だが。

 俺には、問題ない。

 俺は、軽く地面を蹴った。

 身体が、ふわりと浮き上がる。

 そして。

 鐘楼の縁へ、片手で掴まった。

 そのまま、上へ登る。

 リリアが、下から声を上げた。

「……すごい!」

 俺は、軽く手を振った。

 そして、鐘の前へ立った。

 ……さて。

 俺は、金属棒を構えた。

 そして。

 鐘へ、軽く当てた。

 ……カン。

 小さな音が響いた。

 俺は、目を細めた。

 ……普通に鳴るな。

 だが。

 その瞬間。

 棒の表面にまとわりついていたオーラが、わずかに揺れた。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……なるほど。

 反応した。

 俺は、もう一度鐘を叩いた。

 ……カン。

 二度目。

 オーラが、さらに揺れる。

 そして。

 三度目。

 ……カン。

 その瞬間。

 鐘の表面に、淡い光が走った。

 俺は、目を細めた。

 ……来たな。

 次の瞬間。

 鐘楼の下。

 広場の中央。

 噴水の底が、ゆっくりと動き始めた。

 ……ゴゴゴゴ。

 石が擦れる音。

 そして。

 噴水の底に、階段が現れた。

 俺は、静かに笑った。

「……なるほど」

 下から、リリアの声が聞こえた。

「アオー!」

「……見えてる!」

 俺は、鐘楼から飛び降りた。

 そして、地面へ着地した。

 リリアが、興奮した様子で駆け寄ってきた。

「すごい! 地下への入口だよ!」

 俺は、頷いた。

「……そうだね」

 だが。

 俺は、少しだけ考えていた。

 ……音を聞く者は一人もいない。

 その意味。

 もしかすると。

 この鐘は、音を鳴らすためのものではない。

 念能力による認証装置。

 三度叩くことで、仕掛けが作動する。

 その際に重要なのは、音ではなく、オーラの反応。

 つまり。

 鐘が鳴るという表現は、比喩だったのかもしれない。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……まあ、いいか。

 仕掛けは動いた。

 今は、それで十分だ。

     ◇

 地下への階段は、思っていたよりも深かった。

 石造りの階段。

 薄暗い通路。

 そして、湿った空気。

 俺は、リリアと一緒に階段を下り始めた。

 だが。

 途中で、足を止めた。

 ……ん?

 違和感。

 通路の奥。

 人の気配がある。

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして。

 円を展開した。

 半径十五メートル。

 薄く、均一に広がるオーラ。

 周囲の空間が、感覚の中へ流れ込んでくる。

 壁。

 床。

 天井。

 そして。

 人間。

 三人。

 通路の奥に、立っている。

 俺は、静かに目を細めた。

 ……待ち伏せか?

 いや。

 まだ、わからない。

 俺は、円を解除した。

 そして、リリアへ声をかけた。

「……少し、ゆっくり行こう」

「……うん」

 リリアは、頷いた。

 俺たちは、慎重に階段を下りた。

 そして。

 通路の奥へ進む。

 すると。

 暗闇の中から、声が聞こえた。

「……おや」

 俺は、足を止めた。

 そこには。

 三人の男が立っていた。

 全員、黒い服。

 そして、胸には小さな徽章。

 俺は、目を細めた。

 ……ハンター協会?

 男たちは、俺たちを見ていた。

 そのうち、一人が口を開いた。

「……二人か」

 俺は、静かに頷いた。

「……そうですけど」

 男は、少しだけ笑った。

「……よく来たな」

 そして。

 壁に掛けられた時計を見た。

「……まだ、時間には余裕がある」

 俺は、少しだけ考えた。

 ……時間?

 男は、続けた。

「……君たちが、今年の最初の到着者だ」

 俺は、目を細めた。

 ……最初?

 なるほど。

 どうやら、かなり早く到着したらしい。

 リリアは、嬉しそうに笑った。

「やった!」

 俺は、少しだけ苦笑した。

 ……まあ。

 悪いことではない。

 男は、俺たちへ小さな札を渡した。

 そこには、番号が書かれていた。

『001』

 そして。

『002』

 俺は、札を見た。

 ……受験番号か。

 男は、静かに頷いた。

「……これを持って、奥へ進め」

 俺は、頷いた。

「……ありがとうございます」

 リリアも、元気よく頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 俺たちは、通路の奥へ向かった。

     ◇

 通路の先には、大きな地下空間が広がっていた。

 高い天井。

 石造りの壁。

 そして、無数の照明。

 中央には、広い空間があり、周囲には椅子や机が並べられている。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……なるほど。

 ここが、試験会場か。

 少なくとも、集合場所であることは間違いない。

 リリアは、周囲を見回していた。

「……広いね」

「……そうだね」

「ここで試験するのかな?」

「……どうだろう」

 俺は、静かに考えた。

 原作のハンター試験。

 その第一試験は、長距離走だった。

 だが。

 今年も同じとは限らない。

 むしろ、違う可能性の方が高い。

 俺は、周囲を見回した。

 そして。

 少しだけ笑った。

 ……楽しみだな。

 ここから先。

 何が起こるのか。

 まだ、わからない。

 だが。

 俺は、確信していた。

 ハンター試験。

 それは、単なる資格試験ではない。

 人間の能力。

 判断力。

 精神力。

 そして、覚悟。

 それらを試す場所だ。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……さて。

 どんな試験が待っている?

 そのとき。

 隣から、リリアの声が聞こえた。

「……アオ」

「……ん?」

 少女は、少しだけ真剣な表情をしていた。

「……私、頑張るからね」

 俺は、彼女を見た。

「……うん」

「アオに、迷惑かけないように」

 俺は、少しだけ驚いた。

 そして。

 小さく笑った。

「……迷惑なんて、思ってないよ」

 リリアは、目を丸くした。

「……本当?」

「……うん」

 俺は、静かに頷いた。

「……さっきも、助かったし」

 リリアは、少しだけ首を傾げた。

「……さっき?」

「……地図の違いに気づいたこと」

 俺は、続けた。

「……それに、尾行してた人にも気づいた」

 リリアは、少しだけ驚いた。

 俺は、静かに笑った。

「……あれ、結構すごいことだよ」

 リリアは、しばらく黙っていた。

 そして。

 少しだけ頬を赤くした。

「……えへへ」

 俺は、苦笑した。

 ……素直だな。

 だが。

 悪くない。

 むしろ。

 こういう相手と一緒に行動するのは、案外楽しいかもしれない。

 俺は、静かに息を吐いた。

 そして。

 小さく笑った。

「……これからも、よろしく」

 リリアは、ぱっと顔を輝かせた。

「うん!」

 そして。

 元気よく答えた。

「こちらこそ!」

 俺は、静かに頷いた。

 ……相棒、か。

 まだ、そう呼ぶには早いかもしれない。

 だが。

 可能性はある。

 少なくとも。

 この少女には、俺にはない才能がある。

 それは、間違いなかった。

     ◇

 その頃。

 地下会場のさらに奥。

 一つの小部屋で、数人の男女が集まっていた。

 全員、ハンター協会の関係者。

 そして。

 その中央には、一人の男が座っていた。

 灰色の髪。

 鋭い目。

 そして、鍛え上げられた身体。

 男は、手元の資料を眺めていた。

 そこには、二人の名前が書かれている。

『001 アオ』

『002 リリア』

 男は、静かに目を細めた。

「……最初の到着者か」

 隣にいた女性が、頷いた。

「はい。予定より、かなり早い到着です」

 男は、資料をめくった。

 そして。

 ある項目で、手を止めた。

『アオ』

『推定年齢十歳』

『念能力者』

『基礎・応用技の熟練度、極めて高い』

 男は、少しだけ眉を動かした。

「……十歳で、ここまで?」

 女性は、頷いた。

「レオンからの報告です」

 男は、静かに考えた。

 そして。

 小さく笑った。

「……面白い」

 資料を閉じる。

 そして、続けた。

「……今年の試験は、少し賑やかになりそうだな」

 女性は、苦笑した。

「……問題児でしょうか?」

 男は、首を横に振った。

「……いや」

 そして。

 静かに言った。

「……逸材だ」

 その言葉とともに。

 地下会場の時計が、静かに時を刻んでいた。

 ハンター試験。

 その開始時刻は、刻一刻と近づいている。

 そして。

 俺とリリアの冒険も。

 ここから、本格的に動き始めようとしていた。

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