流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
午後五時四十二分。
ザバン市の北東に広がる丘陵地帯。
俺とリリアは、夕日に照らされた草原を歩いていた。
目的地は、丘の向こうに見える赤い塔。
ハンター試験、第一次試験。
制限時間は二十四時間。
試験官ガルドから与えられた三つの手掛かりを頼りに、俺たちはここまで辿り着いた。
ザバン市の外。
地下を通る必要がある場所。
そして、赤い塔。
少なくとも、条件には合致している。
だが。
……本当に、あれが目的地なのか?
俺は、遠くに見える塔へ視線を向けた。
赤い外壁。
細長い形状。
そして、上部に設置された大きな時計。
距離は、およそ二キロ。
周囲には、低い木々と草原が広がっている。
俺は、静かに息を吐いた。
……妙だな。
あまりにも、わかりやすい。
地下通路を抜けた先。
その正面に、赤い塔。
まるで、ここへ来ることを最初から想定していたかのような配置だ。
もちろん、試験官が意図的にそうした可能性はある。
だが。
ハンター試験。
そんなに単純なものだろうか。
「ねえ、アオ!」
隣を歩くリリアが、声を上げた。
「……ん?」
「あの塔、すっごく大きいね!」
「……そうだな」
「何の塔なんだろう?」
「……さあ」
俺は、少しだけ考えた。
時計塔。
見張り塔。
あるいは、古い通信施設。
外見だけでは判断できない。
だが、塔の周囲には建物らしいものがほとんど見えない。
……昔の施設かもしれないな。
俺は、静かに頷いた。
リリアは、塔を見つめながら歩いている。
その足取りは軽い。
地下迷宮を抜けたことで、少し気が緩んでいるのかもしれない。
俺は、声をかけた。
「……リリア」
「ん?」
「足元、気をつけて」
「え?」
その瞬間。
少女の足が、地面の窪みに引っかかった。
「わっ!?」
身体が、前へ傾く。
俺は、反射的に腕を伸ばした。
そして、彼女の肩を支える。
「……大丈夫?」
「……う、うん」
リリアは、少しだけ頬を赤くした。
「……ありがと」
「……どういたしまして」
俺は、苦笑した。
「……景色を見るのはいいけど、歩くときは前も見よう」
「……はーい」
少女は、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
俺は、静かに息を吐いた。
……まあ。
まだ十二歳くらいだしな。
無理もない。
それに。
俺だって、気を抜けば足元をすくわれることはある。
油断は、誰にでも起こり得る。
俺は、再び塔へ視線を向けた。
……さて。
何が待っている?
◇
赤い塔へ近づくにつれ、その全貌が明らかになってきた。
高さは、およそ三十メートル。
外壁は、赤茶色の煉瓦で造られている。
上部には、大きな時計。
そして、塔の周囲には低い石壁が巡らされていた。
俺は、静かに目を細めた。
……古い建物だな。
外壁には、長年の風雨による傷みが見られる。
だが、完全な廃墟というわけではない。
入口へ続く道は整備されている。
石壁の一部も、比較的新しく補修されていた。
……誰かが管理している。
おそらく、ハンター協会の関係者だろう。
俺は、周囲を見回した。
塔の近くには、数人の人影が見える。
受験者か。
あるいは、試験官か。
俺は、歩く速度を少し落とした。
「……リリア」
「ん?」
「塔の周り、誰かいる」
少女は、目を凝らした。
「……本当だ」
俺は、静かに頷いた。
「……近づく前に、少し様子を見よう」
「うん」
俺たちは、近くの木陰へ移動した。
そこから、塔の入口を観察する。
入口の前には、三人の男がいた。
全員、成人男性。
服装は、受験者らしい旅装束。
そして、胸には番号札。
……受験者か。
俺は、静かに考えた。
男たちは、塔の扉の前で何かを話している。
だが、扉は閉じられていた。
しかも。
……開かないらしいな。
一人の男が、扉を強く押している。
別の男が、取っ手を引いている。
だが、扉はびくともしない。
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
やっぱり、簡単には入れないか。
そのとき。
リリアが、小さな声で言った。
「……アオ」
「……ん?」
「あの人たち、ずっと扉を見てるね」
「……そうだな」
「でも、塔の横に道があるよ?」
俺は、目を細めた。
……ん?
塔の右側。
石壁に沿って、細い道が伸びている。
草に覆われていて、少し見えにくい。
だが、確かに存在していた。
俺は、静かに頷いた。
「……行ってみるか」
「うん」
俺たちは、木陰から出た。
そして、塔の右側へ回り込んだ。
◇
細い道は、塔の裏側へ続いていた。
草が伸び、石畳の一部が崩れている。
俺は、足元を確認しながら歩いた。
リリアも、慎重についてくる。
やがて。
塔の裏側へ辿り着いた。
そこには、小さな木製の扉があった。
俺は、目を細めた。
……裏口か。
扉は古びている。
だが、取っ手には新しい擦り傷があった。
最近、誰かが使ったらしい。
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
正面の扉が開かないなら、裏口を使えばいい。
単純な話だ。
俺は、取っ手へ手を伸ばした。
そして、軽く引いた。
……ギィ。
扉が、開いた。
俺は、少しだけ笑った。
「……開いたな」
リリアも、嬉しそうに笑った。
「やった!」
俺は、扉の向こうへ視線を向けた。
薄暗い通路。
そして、上へ続く階段。
……なるほど。
塔の内部か。
俺は、静かに頷いた。
「……行こう」
「うん!」
俺たちは、塔の中へ足を踏み入れた。
◇
塔の内部は、思っていたよりも狭かった。
中央には、螺旋階段。
壁には、古い燭台。
そして、天井には小さな照明が取り付けられている。
俺は、静かに周囲を見回した。
……整備されてるな。
外観は古いが、内部には新しい設備がある。
やはり、誰かが管理しているらしい。
俺は、階段へ視線を向けた。
上へ続いている。
だが。
……ん?
階段の途中。
そこに、一枚の紙が貼られていた。
俺は、近づいた。
紙には、短い文章が書かれている。
『塔の頂上へ辿り着いた者に、次の道を示す』
俺は、静かに目を細めた。
……なるほど。
頂上へ行け、ということか。
リリアも、紙を読んだ。
「……上まで登ればいいんだね!」
「……そうみたいだな」
俺は、階段を見上げた。
高さは、三十メートルほど。
普通に登れば、数分で到達できる。
だが。
……何かあるだろうな。
俺は、静かに息を吐いた。
そして、階段へ足を踏み出した。
◇
螺旋階段を登り始めてから、五分ほどが経過した。
だが。
俺たちは、まだ頂上へ辿り着いていなかった。
……おかしい。
俺は、足を止めた。
塔の高さは、三十メートルほど。
普通なら、とっくに頂上へ到達しているはずだ。
それなのに。
階段は、まだ続いている。
俺は、静かに目を細めた。
……なるほど。
何か、仕掛けがあるな。
俺は、周囲を観察した。
石造りの壁。
古い燭台。
そして、同じような階段。
……同じ景色?
俺は、少しだけ考えた。
すると。
リリアが、小さな声で言った。
「……アオ」
「……ん?」
「さっきも、ここ通らなかった?」
俺は、目を細めた。
……ん?
リリアは、壁の一角を指差した。
そこには、小さな傷があった。
十字型の傷。
俺は、静かに頷いた。
……確かに。
さっきも、見た気がする。
俺は、壁へ近づいた。
そして、指先で傷を確認した。
……新しいな。
誰かが、最近付けたものらしい。
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
同じ場所を、ぐるぐる回っている?
だが。
階段は、確かに上へ続いている。
俺は、目を細めた。
……どういう仕組みだ?
俺は、少しだけ考えた。
そして。
円を展開した。
半径十五メートル。
薄く、均一に広がるオーラ。
周囲の空間が、感覚へ流れ込んでくる。
壁。
階段。
そして、天井。
……ん?
俺は、目を細めた。
……なるほど。
階段の一部が、動いている。
しかも、非常にゆっくりと。
俺は、静かに息を吐いた。
……回転式の仕掛けか。
塔の内部には、可動式の階段が組み込まれているらしい。
一定の場所を通過すると、階段の向きが変わり、元の場所へ戻される。
普通に歩いているだけでは、気づきにくい。
俺は、円を解除した。
……面白いな。
俺は、階段を観察した。
そして。
小さく笑った。
「……仕掛けがあるみたいだ」
リリアが、目を丸くした。
「……え?」
「……階段が動いてる」
「ええっ!?」
少女は、慌てて足元を見た。
だが、動きは非常に遅い。
普通の感覚では、ほとんどわからないだろう。
俺は、静かに続けた。
「……このまま登っても、同じ場所へ戻される」
「……じゃあ、どうするの?」
俺は、少しだけ考えた。
……さて。
仕組みはわかった。
問題は、どう突破するか。
力ずくで階段を止めることはできるだろう。
だが、それでは試験の意図から外れる可能性がある。
俺は、周囲を見回した。
そして。
壁の燭台へ視線を向けた。
……ん?
燭台。
それが、一定の間隔で並んでいる。
だが。
一つだけ、向きが違う。
俺は、目を細めた。
……なるほど。
あれか?
俺は、燭台へ近づいた。
そして、軽く触れた。
……動く。
俺は、静かに頷いた。
……仕掛けの一部だな。
だが。
どの方向へ動かせばいい?
俺は、少しだけ考えた。
そのとき。
リリアが、小さな声で言った。
「……アオ」
「……ん?」
「これ、全部同じじゃないよ」
少女は、壁の燭台を指差した。
俺は、目を細めた。
……ん?
確かに。
燭台の形が、少しずつ違う。
俺は、静かに観察した。
あるものは、右向き。
あるものは、左向き。
そして、一つだけ上向き。
……なるほど。
方向を示しているのか。
俺は、静かに息を吐いた。
……試してみるか。
俺は、上向きの燭台へ手を伸ばした。
そして、ゆっくりと回した。
……カチリ。
小さな音が響いた。
次の瞬間。
階段の下から、重い機械音が聞こえてきた。
……ゴゴゴゴ。
俺は、目を細めた。
……動いたな。
階段の一部が、ゆっくりと回転している。
そして。
しばらくすると、動きが止まった。
俺は、静かに頷いた。
「……行ってみよう」
「うん!」
俺たちは、再び階段を登り始めた。
今度は。
同じ場所へ戻ることはなかった。
◇
さらに数分後。
俺たちは、塔の頂上へ辿り着いた。
そこには、小さな部屋があった。
窓からは、丘陵地帯が一望できる。
遠くには、ザバン市の街並み。
そして、夕日に照らされた草原。
俺は、静かに息を吐いた。
……いい景色だな。
リリアも、窓へ駆け寄った。
「……すごい!」
少女は、目を輝かせている。
「こんなに遠くまで見えるんだ!」
俺は、少しだけ笑った。
……まあ、確かに。
だが。
今は、景色を楽しんでいる場合ではない。
俺は、部屋の中央へ視線を向けた。
そこには、一つの机があった。
そして、その上には。
一枚の紙。
俺は、静かに目を細めた。
……次の手掛かりか。
俺は、机へ近づいた。
紙を手に取る。
そこには、短い文章が書かれていた。
『赤き塔を越えし者よ』
『次の道は、沈む太陽の先にある』
『ただし、光を追う者は、影に迷う』
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
また、謎か。
リリアが、隣から覗き込んだ。
「……どういう意味?」
「……さあ」
俺は、少しだけ考えた。
沈む太陽。
つまり、西。
だが。
光を追う者は、影に迷う。
この言葉が、気になる。
単純に西へ進めという意味ではないのだろう。
俺は、窓へ視線を向けた。
夕日。
そして、長く伸びる影。
……影、か。
俺は、静かに考えた。
すると。
リリアが、小さな声で言った。
「……アオ」
「……ん?」
「これ、変じゃない?」
少女は、紙を指差した。
「……何が?」
「だって、沈む太陽の先って、西でしょ?」
「……そうだな」
「でも、光を追うと迷うって書いてある」
俺は、静かに頷いた。
……確かに。
矛盾しているように見える。
だが。
こういう謎は、言葉をそのまま受け取ると失敗することが多い。
俺は、少しだけ考えた。
……影。
夕日。
そして、西。
俺は、窓から外を見た。
塔の影が、東へ長く伸びている。
……なるほど。
光を追うな。
影を見ろ。
そういうことか?
俺は、静かに息を吐いた。
……試してみる価値はある。
俺は、リリアへ声をかけた。
「……外へ出よう」
「……え?」
「……影を調べる」
リリアは、少しだけ考えた。
そして。
頷いた。
「……うん!」
◇
塔を下りる頃には、太陽がさらに低くなっていた。
空は、赤く染まり始めている。
俺たちは、塔の外へ出た。
そして、地面に伸びる影を確認した。
塔の影は、東へ長く伸びている。
俺は、静かに目を細めた。
……なるほど。
かなり長いな。
影の先は、丘の向こうへ続いている。
だが。
距離がある。
俺は、少しだけ考えた。
……どうする?
そのとき。
リリアが、突然声を上げた。
「……あっ!」
「……ん?」
「……あそこ!」
少女は、影の先を指差した。
俺は、視線を向けた。
そこには。
小さな石柱があった。
草に隠れるように立っている。
俺は、目を細めた。
……なるほど。
あれか。
俺たちは、石柱へ近づいた。
表面には、古い文字が刻まれている。
俺は、懐中電灯を向けた。
そこには、短い文章が書かれていた。
『道を選ぶ者よ』
『進むべきは、影の終わる場所』
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
影の終わる場所。
つまり。
塔の影の先端。
俺は、遠くを見た。
丘の向こう。
そこに、何かがあるのかもしれない。
俺は、静かに頷いた。
「……行こう」
リリアは、元気よく頷いた。
「うん!」
俺たちは、塔の影を辿って歩き始めた。
◇
午後六時二十分。
太陽は、地平線へ近づいていた。
塔の影は、さらに長く伸びている。
俺たちは、その影を追いながら丘を越えた。
だが。
俺は、少しだけ違和感を覚えていた。
……おかしいな。
影の先端が、移動している。
当然だ。
太陽が沈むにつれ、影は長くなる。
つまり。
影の終わる場所は、時間によって変化する。
俺は、静かに息を吐いた。
……これでは、目的地が定まらない。
俺は、足を止めた。
リリアも、立ち止まる。
「……アオ?」
「……少し、考えよう」
俺は、塔を振り返った。
赤い塔。
夕日。
そして、長く伸びる影。
……影の終わる場所。
だが、その場所は常に動く。
つまり。
……特定の時間に意味がある?
俺は、静かに考えた。
すると。
リリアが、小さな声で言った。
「……アオ」
「……ん?」
「影って、日が沈んだらなくなるよね?」
俺は、目を細めた。
……ん?
確かに。
日没とともに、影は消える。
だが。
それでは、終わる場所がわからなくなる。
俺は、少しだけ考えた。
……いや。
待て。
影が終わる場所。
それは、影の先端ではなく。
……影そのものが消える場所?
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
可能性はある。
だが、まだ確証はない。
俺は、周囲を見回した。
草原。
丘。
そして、遠くに見える森。
そのとき。
リリアが、突然足を止めた。
「……アオ」
「……ん?」
「……あれ、何?」
少女が指差した先。
丘の斜面。
そこには。
古い石造りの建物があった。
俺は、目を細めた。
……ん?
建物の入口には、赤い印が描かれている。
しかも。
その印は、塔に描かれていたものとよく似ていた。
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
次の手掛かりか。
俺たちは、建物へ近づいた。
そして。
入口の前で足を止めた。
そこには、一枚の金属板が取り付けられていた。
俺は、文字を読んだ。
『第一次試験・第二関門』
俺は、静かに目を細めた。
……なるほど。
やっぱり。
赤い塔は、最終目的地ではなかったらしい。
俺は、静かに息を吐いた。
そして。
小さく笑った。
「……まだ、続くみたいだな」
リリアは、少しだけ驚いた顔をした。
「……ええっ!?」
俺は、苦笑した。
「……まあ、ハンター試験だから」
「……そっかぁ」
少女は、少しだけ考えた。
そして。
拳を握った。
「……よし!」
俺は、彼女を見た。
「……ん?」
「……まだまだ、頑張る!」
俺は、少しだけ笑った。
「……そうだな」
俺たちは、建物の入口へ向かった。
その先に待つものは、まだわからない。
だが。
俺は、確信していた。
第一次試験。
その本当の難しさは、これからなのだろう。
そう思いながら。
俺は、静かに扉へ手を伸ばした。