流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
午前八時四十分。
ザバン市北東部、丘陵地帯の地下施設。
第一次試験の合格者たちが集められた待機室には、朝食の匂いが漂っていた。
焼きたてのパンに、野菜のスープ。それから、薄く切られた燻製肉。
豪華とは言えないが、昨日の午後から地下通路や山道を歩き回っていた受験者たちにとっては、十分ありがたい食事だった。
俺はパンをちぎり、スープに浸して口へ運んだ。
向かいの席では、リリアが勢いよく食事を進めている。
「んー! おいしい!」
「喉に詰まらせるなよ」
「わかってるって!」
そう言いながら、リリアはもう一口パンを頬張った。
俺は水を飲み、周囲へ視線を向ける。
待機室にいる受験者は、現在二十七人。
昨日の夕方から夜にかけて、少しずつ人数が増えていた。
途中で道を間違えた者。
赤い塔の仕掛けに手間取った者。
地下施設で他の受験者と争い、到着が遅れた者。
それぞれ事情は違うようだが、ここまで辿り着いた以上、一定の実力はあるのだろう。
壁際には、第一次試験の開始前に見かけた大柄な男もいた。
受験番号三番。
背中には、相変わらず大きな斧を背負っている。
男は椅子を二つ占領するように座り、山盛りの料理を食べていた。
その少し離れた場所には、黒髪の剣士。
こちらは食事を終えたらしく、壁にもたれて目を閉じている。
ほかにも、顔に包帯を巻いた男や、疲れ切って机に突っ伏している受験者がいた。
……一晩で、随分と差がついたな。
俺とリリアが第一次試験を突破したのは、昨日の午後七時前だった。
それから用意された寝室で休み、今朝は六時頃に起きている。
十分な睡眠を取れたおかげで、身体に疲労は残っていない。
対して、夜通し探索していた受験者は、明らかに消耗していた。
ハンター試験では、試験そのものの難しさだけでなく、次の試験までの体力管理も重要になる。
俺は、最後のパンを口へ運んだ。
「アオ、もう食べ終わったの?」
「ああ」
「早いね。私、まだおかわりしたい」
「食べられるなら食べておけ。次にいつ食事できるかわからないからな」
「それもそうだね!」
リリアは立ち上がり、配膳台へ向かった。
その背中を見送っていると、部屋の入口が開いた。
現れたのは、ガルドだった。
灰色の短髪に、分厚い胸板。
昨日と同じ、使い込まれた革の上着を着ている。
彼が室内へ入った途端、騒がしかった待機室が少しずつ静かになった。
「食事中に悪いが、連絡がある」
ガルドは部屋の中央に立ち、受験者たちを見回した。
「第一次試験の制限時間は、午後三時十分までだ。現時点で合格者は二十七名。まだ増える可能性はある」
俺は、壁に掛けられた時計を見た。
残り六時間以上。
最終的な合格者数は、まだ確定していないらしい。
「午後三時半、合格者を第二次試験会場へ移送する。それまで休息は自由だ。ただし、施設の外へは出るな」
受験者の一人が手を挙げた。
「試験会場はどこなんだ?」
「着けばわかる」
「次の試験内容は?」
「次の試験官に聞け」
ガルドはそれだけ答えると、踵を返した。
その背中に、別の受験者が声をかける。
「なあ、第一次試験の合格者は何人くらいになるんだ?」
ガルドは足を止めた。
「さあな。時間内に辿り着いた者だけだ」
そして、今度こそ部屋を出ていった。
……午後三時半か。
まだ時間はある。
俺は椅子の背にもたれ、窓のない天井を見上げた。
次は、どんな試験になるんだろうな。
◇
午後三時十分。
第一次試験の制限時間が終了した。
最終的な合格者数は、三十四名。
開始時点で五十人以上いた受験者のうち、半数近くが脱落したことになる。
もっとも、地下会場には俺たちが到着した後にも受験者が集まっていたため、正確な受験者総数は知らない。
合格者の顔ぶれを見る限り、体力に自信のある者だけが残ったわけではなかった。
小柄な老人。
眼鏡を掛けた青年。
細身の女性。
そして、俺とリリア。
外見だけでは、その実力を判断できない。
午後三時二十五分。
施設の外に、大型の車両が三台到着した。
窓の大きな、長距離移動用のバスだった。
ガルドの指示に従い、受験者たちが乗り込んでいく。
俺とリリアは、二台目のバスに乗った。
「アオ、窓際いい?」
「どうぞ」
「やった!」
リリアは窓際の席へ座り、鞄を膝の上に置いた。
俺は、その隣へ腰を下ろす。
やがて、バスがゆっくりと動き始めた。
窓の外では、赤い塔が少しずつ遠ざかっていく。
昨日はあの塔を目指して歩き回っていたのに、今はそこから離れている。
たった一日で、随分と景色が変わったものだ。
「次は何するんだろうね」
リリアが窓の外を眺めながら尋ねた。
「わからないな」
「また迷路だったらどうする?」
「今度は地図を描くのが早くなりそうだ」
「えへへ。昨日、いっぱい練習したからね」
少女は笑い、それから少し真面目な顔になった。
「でも、次はもっと難しいかもしれないよね」
「そうだろうな」
「……うん」
リリアは、鞄の紐を握り直した。
俺は、それ以上何も言わなかった。
昨日の試験で、彼女は自分で考え、判断し、何度か失敗しながらも最後まで歩き切った。
次の試験でも、きっと同じように悩むことになる。
俺にできるのは、必要なときに手を貸すことだけだ。
そして、いつも一緒に行動できるとは限らない。
そんなことを考えているうちに、バスは丘陵地帯を抜け、森の中へ入っていった。
◇
午後四時四十五分。
バスが停車したのは、広大な森林公園の入口だった。
もっとも、公園と呼ぶには少々物騒な場所だった。
周囲には高い鉄柵が巡らされ、入口には頑丈な門が設置されている。
その向こうには、鬱蒼とした森が広がっていた。
木々の高さは二十メートル以上。
太い幹が密集し、地面には深い下草が生い茂っている。
ところどころに岩場や小川が見え、遠くには崩れかけた石造りの建物もあった。
……自然の地形を利用した試験場か。
俺はバスを降り、森の様子を観察した。
風が吹くたびに枝葉が擦れ、ざわざわと音を立てる。
鳥の鳴き声も聞こえる。
だが、人の手が入っている場所もあるようだ。
入口付近の地面は踏み固められており、木々の間には細い道が続いていた。
受験者たちは門の前に集められた。
そして。
「はーい! 全員、こっち向いて!」
明るい女性の声が響いた。
俺は顔を上げた。
門の上。
高さ三メートルほどの鉄製の門柱に、一人の女性が腰掛けていた。
年齢は二十代半ばほど。
肩まで伸びた赤茶色の髪を後ろで束ね、動きやすそうな黒い服を着ている。
腰には細い革のベルト。
足元には、丈夫そうな編み上げ靴。
彼女は受験者たちを見下ろすと、楽しそうに笑った。
「第二次試験担当の、ミレーヌよ。よろしくね!」
女性は軽く手を振った。
だが、受験者たちの反応は鈍い。
突然現れた試験官に、どう対応すべきか迷っているらしい。
ミレーヌは気にした様子もなく、門柱から飛び降りた。
着地の瞬間、膝を柔らかく曲げ、ほとんど音を立てずに地面へ降り立つ。
……身のこなしが軽いな。
俺は、その動きを見ていた。
重心の移動に無駄がない。
筋力だけではなく、身体の使い方をよく理解している。
少なくとも、普通の運動選手ではないだろう。
「さて、みんな。昨日は大変だったみたいね」
ミレーヌは、受験者たちを見回した。
「地下迷宮を抜けて、赤い塔を探して、仕掛けを解いて。お疲れさま!」
彼女は両手を叩いた。
「でも、今日の試験は昨日とは全然違うわよ」
受験者たちの間に、緊張が走る。
ミレーヌは、満面の笑みを浮かべた。
「第二次試験の内容は――鬼ごっこと、かくれんぼ!」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
そして。
「……は?」
誰かが、間の抜けた声を漏らした。
ミレーヌは笑った。
「そういう反応になると思った!」
◇
「ただの子供の遊びじゃねえか!」
大柄な斧使いの男が、声を上げた。
ミレーヌは、そちらへ顔を向けた。
「そう思う?」
「当たり前だろ! 俺たちはハンター試験を受けに来てるんだぞ!」
「ええ、知ってるわ」
ミレーヌは、あっさり頷いた。
「だから、ハンターに必要な能力を試すの」
男は眉をひそめた。
「……どういう意味だ?」
「追跡、逃走、潜伏、索敵、地形把握、状況判断。全部必要でしょう?」
ミレーヌは指を折りながら数えた。
「獲物を追うハンターもいれば、危険な相手から逃げなきゃいけないハンターもいる。見つからないように調査することだってあるわ」
男は黙った。
ミレーヌは笑みを浮かべたまま、説明を続ける。
「今回の試験は、それをまとめてやってもらうの」
彼女は背後の森を指差した。
「この試験場は、東西約三キロ、南北約二キロ。外周は鉄柵で囲まれているから、迷っても外には出られないわ」
……六平方キロメートルほどか。
広い。
しかも、見通しの悪い森林地帯だ。
隠れる場所はいくらでもある。
「試験時間は、明日の午前六時から正午までの六時間!」
ミレーヌは続けた。
「受験者には、最初に二つの札を渡すわ」
彼女は腰の小袋から、木製の札を二枚取り出した。
一枚は赤。
もう一枚は青。
「赤は『追跡札』。青は『生存札』よ」
受験者たちが、札を見つめる。
「合格条件は二つ!」
ミレーヌは、人差し指を立てた。
「一つ目。試験官側の追跡者から、制限時間終了まで生存札を守り切ること」
続いて、中指を立てる。
「二つ目。試験場に隠された標的の札を一枚以上見つけ、追跡札と一緒に持ち帰ること」
俺は、少しだけ目を細めた。
……なるほど。
隠れるだけでは合格できない。
かといって、標的を探すために動き回れば、追跡者に発見される危険が増える。
つまり、探索と潜伏を両立させる必要がある。
ミレーヌは、さらに説明した。
「標的の札は、試験場内に全部で五十枚。木の洞、岩の隙間、廃屋の中、いろんな場所に隠してあるわ」
「見つけた札は奪ってもいいのか?」
受験者の一人が尋ねた。
「受験者同士の奪い合いは禁止しないわ。ただし、殺害は失格。重傷を負わせる行為も、私の判断で失格にすることがあるから気をつけてね」
……戦闘は許可されるが、制限付きか。
第一次試験よりは、明確な規則がある。
「それから、追跡者について」
ミレーヌは、にっこり笑った。
「試験場には、私を含めて六人の追跡者がいるわ」
受験者たちの間に、ざわめきが広がった。
「六人だけ?」
「それなら、簡単じゃねえか」
「広さを考えれば、逃げ切れるだろ」
そんな声が聞こえる。
だが、俺はそうは思わなかった。
追跡者が六人。
受験者は三十四人。
単純な人数比だけなら、受験者側が有利に見える。
しかし、追跡者は試験場の地形を把握しているはずだ。
それに、彼らの実力がわからない。
……試験官と同程度の人間が六人いるなら、話は変わる。
ミレーヌは、受験者たちの反応を楽しむように眺めていた。
「追跡者に触れられた時点で、生存札を没収するわ。その時点で失格。標的の札を持っていても関係ないからね」
そして、最後に付け加えた。
「ただし、追跡者への攻撃は禁止。逃げるための妨害は認めるけど、武器で傷つけようとしたら即失格よ」
俺は頷いた。
……追う側が圧倒的に有利なルールだな。
追跡者は、受験者に触れるだけでいい。
対して受験者は、反撃できない。
つまり、見つかった後の逃走能力だけでなく、そもそも発見されないことが重要になる。
「なお、受験者同士の協力は自由。ただし、標的の札は一人一枚必要よ」
ミレーヌは、受験者たちを見回した。
「質問は?」
俺は、手を挙げた。
「追跡者は、試験開始と同時に動くんですか?」
「いい質問ね」
ミレーヌは、俺を見た。
「受験者には三十分の先行時間を与えるわ。午前六時に森へ入って、追跡者が動き始めるのは六時半」
……三十分。
標的を探すには短いが、隠れ場所を確保するには十分な時間かもしれない。
「ほかには?」
今度は、リリアが手を挙げた。
「標的の札って、全部同じ形ですか?」
ミレーヌは、少しだけ目を細めた。
「どうして?」
「探すときに、見間違えたら困るから」
「なるほどね」
試験官は小袋から、黄色い木札を取り出した。
「これが標的の札よ。表には星の印、裏には番号が刻まれているわ」
俺は、その形を覚えた。
縦十センチほどの細長い木札。
黄色い塗装。
中央には、黒い星印。
「試験場に似た札は置いていないわ。ただし、隠し場所には工夫してあるからね」
ミレーヌは木札をしまった。
「それじゃあ、説明は以上!」
彼女は両手を広げた。
「今夜は隣の宿泊施設を使っていいわ。明日の朝五時半に、ここへ集合してね!」
◇
その夜。
宿泊施設の食堂で、俺とリリアは向かい合って座っていた。
夕食を終えた受験者たちは、あちこちで翌日の試験について相談している。
複数人で協力する者。
単独行動を決めた者。
追跡者の人数を気にしている者。
反応はさまざまだ。
リリアは、机の上に置いた紙へ何かを書き込んでいた。
「何を描いてるんだ?」
「さっき見た森の入口」
俺は、紙を覗き込んだ。
そこには、簡単な地形図が描かれていた。
入口の門。
周囲の木々。
見えた範囲の小川。
そして、遠くにあった岩場。
「まだ中に入ってないから、これくらいしかわからないけど」
リリアは、鉛筆を動かしながら言った。
「明日、最初にどっちへ行くか考えてるの」
「決まった?」
「うーん……」
少女は、紙を見つめた。
「最初は、小川の方かな」
「理由は?」
「水の近くって、地面が柔らかいでしょ? 足跡が残りやすいから、誰が通ったかわかると思う」
俺は、頷いた。
「その分、自分の足跡も残るけどな」
「あっ」
リリアは、鉛筆を止めた。
そして、少し考え込んだ。
「……じゃあ、川の中を歩けばいい?」
「水深と流れによる。滑りやすい場所もあるし、無理に入る必要はない」
「そっか……」
リリアは、紙の端に何かを書き足した。
俺は、その様子を眺めていた。
明日の試験。
俺自身は、何とかなるだろう。
問題は、リリアだ。
彼女は身体能力に優れた戦士ではない。
追跡者と正面から競争すれば、逃げ切れない可能性が高い。
だからこそ、発見されないことが重要になる。
俺は、少しだけ考えた。
「リリア」
「ん?」
「明日は、別々に行動しよう」
少女の鉛筆が止まった。
「……え?」
俺は、落ち着いた声で続けた。
「今回の試験は、一人で動いた方が都合のいい場面も多い。二人だと足音も増えるし、隠れられる場所も限られる」
「でも……」
リリアは、少しだけ視線を落とした。
俺は、彼女の言葉を待った。
「……一緒の方が、安心するよ」
その声は、普段より小さかった。
俺は、すぐには答えなかった。
確かに、一緒に行動すれば彼女を守ることはできる。
追跡者が来ても、俺なら逃げ切れるだろう。
必要なら、リリアを抱えて移動することだってできる。
だが、それでは彼女自身が試験を突破したことにはならない。
それに、俺の力を隠したまま二人で行動するのは、かえって面倒になる可能性がある。
「昨日の試験では、一緒に行動しただろ」
「うん」
「今回は、それぞれ自分のやり方で挑戦してみないか」
リリアは、しばらく黙っていた。
やがて、顔を上げる。
「……アオは、一人でも大丈夫?」
「心配いらないよ」
「……そっか」
少女は、少し考えた。
そして、頷いた。
「わかった。じゃあ、明日は別々に行こう」
「うん」
「でも!」
リリアは、俺を指差した。
「絶対、合格してよね!」
俺は、思わず笑った。
「そっちこそ」
「もちろん!」
少女は、いつもの調子で笑った。
だが、その後も地図を描く手は止まらなかった。
◇
翌朝。
午前五時四十分。
森林公園の入口には、三十四人の受験者が集まっていた。
空は、まだ薄暗い。
木々の間には朝霧が漂い、冷たい空気が肌を撫でる。
俺は、軽く身体を動かした。
筋肉の状態は良好。
体調にも問題はない。
念の状態も安定している。
……準備は十分だ。
隣では、リリアが靴紐を結び直していた。
「大丈夫?」
俺が尋ねると、少女は顔を上げた。
「うん!」
その表情には、緊張が見える。
だが、昨日のように不安そうではなかった。
俺は、軽く頷いた。
やがて、ミレーヌが姿を現した。
「おはよう、みんな!」
彼女は、昨日と同じ明るい声で挨拶した。
「よく眠れた?」
返事は、まばらだった。
ミレーヌは気にせず、木札を配り始めた。
赤い追跡札。
青い生存札。
俺は、受け取った札を確認した。
どちらにも受験番号が刻まれている。
受験番号一番。
アオ。
リリアの札には、二番と書かれていた。
「標的の札を手に入れたら、正午までにこの門へ戻ってきてね」
ミレーヌは、時計を確認した。
「追跡者が動き始めるのは、六時半。それまでは自由に探索していいわ」
そして。
「それじゃあ――」
彼女は、門の横にある鐘へ手を伸ばした。
午前六時。
鐘が鳴った。
――カァン!
「第二次試験、開始!」
受験者たちが、一斉に森へ駆け込んだ。
俺は、すぐには動かなかった。
隣のリリアへ視線を向ける。
「じゃあ、また後で」
「うん!」
リリアは、拳を握った。
「合格したら、入口で会おうね!」
「ああ」
俺たちは、軽く拳を合わせた。
そして。
それぞれ、別の方向へ走り出した。
◇
森の中へ入ると、周囲の空気が変わった。
朝霧。
湿った土の匂い。
枝葉の隙間から差し込む、淡い光。
俺は、足音を抑えながら木々の間を進んだ。
……まずは、標的の札だな。
俺は、周囲を観察した。
木の洞。
岩の隙間。
倒木の下。
隠し場所になりそうな場所はいくらでもある。
だが、無闇に探し回るつもりはない。
俺は、円を展開した。
半径十五メートル。
周囲の地形が、感覚へ流れ込んでくる。
木々の位置。
地面の起伏。
小動物の動き。
そして、人工物。
……ん?
俺は、少しだけ足を止めた。
左前方。
大きな倒木の根元。
そこに、小さな木製の物体がある。
俺は、円を解除した。
そして、倒木へ近づいた。
根元の隙間を覗き込む。
そこには、黄色い木札が挟まっていた。
中央には、黒い星印。
……あった。
俺は、木札を取り出した。
裏面には、番号が刻まれている。
『標的番号・十七』
試験開始から、まだ五分ほど。
これで、合格条件の一つを満たしたことになる。
残るは、生存札を守りながら門へ戻ること。
ただし、制限時間終了まで守る必要がある。
……六時間か。
俺は、木札を鞄へしまった。
そして、周囲を見回した。
……どこで待つか。
森の中には、隠れる場所が多い。
だが、追跡者が六人いる以上、単純に茂みへ潜むだけでは危険だ。
相手がどの程度の索敵能力を持っているかもわからない。
俺は、少し考えた。
……なら、見つかりにくい場所へ行こう。
足元の岩を踏み、近くの大木へ跳び上がる。
枝を掴み、身体を引き上げる。
さらに上へ。
木の幹を利用して、高い位置へ移動する。
地上から十数メートル。
枝葉が密集した場所に、身体を隠せる空間があった。
俺は、そこへ腰を下ろした。
……ここなら、下からは見えにくい。
念による絶を使えば、気配をさらに抑えられる。
もっとも、常時維持する必要はない。
俺は、周囲の音へ耳を澄ませた。
風。
鳥。
遠くで走る受験者たちの足音。
そして。
午前六時半。
遠くから、二度目の鐘が鳴った。
追跡者が動き始めた合図だった。
◇
それから、およそ四十分。
俺は、木の上から森の様子を観察していた。
遠くで、誰かの叫び声が聞こえた。
「うわああっ!」
続いて、枝が折れる音。
そして、女性の声。
「はい、捕まえた!」
……ミレーヌか。
俺は、声の方向へ視線を向けた。
距離は、百メートル以上。
木々が邪魔で姿は見えない。
だが、受験者が一人脱落したらしい。
その数分後。
別の方向から、怒鳴り声が聞こえた。
「待て、こら!」
「待つわけないだろ!」
受験者同士の争いか。
あるいは、追跡者に追われているのか。
俺は、静かに息を吐いた。
……随分と騒がしいな。
試験場が広いとはいえ、三十四人の受験者がいる。
追跡者に見つからないようにするだけでなく、他の受験者の動きにも注意が必要だ。
俺は、木の幹へ背中を預けた。
……リリアは、どうしてるだろうな。
彼女は、小川の方へ向かうと言っていた。
あの辺りは、地面が柔らかい。
足跡を調べるには適しているが、自分の痕跡も残りやすい。
無理をしていなければいいが。
俺は、目を閉じた。
……信じて待つしかないな。
◇
一方、その頃。
リリアは、森の東側にある小川の近くを歩いていた。
朝霧は、まだ完全には晴れていない。
木々の間から差し込む光が、白い靄を照らしている。
少女は、しゃがみ込んで地面を確認した。
そこには、いくつかの足跡が残っていた。
大きな靴跡。
小さな靴跡。
そして、動物のものらしい足跡。
リリアは、少しだけ眉をひそめた。
……誰か、先に通ってる。
足跡は、小川に沿って続いていた。
だが、途中で向きを変えている。
少女は、周囲を見回した。
……追跡者かな?
いや。
まだ、追跡者が動き始める前だったはず。
時計を見る。
午前六時二十分。
追跡者が動くまで、あと十分。
リリアは、足跡を追うのをやめた。
……まずは、標的を探さなきゃ。
少女は、木々の間へ視線を向けた。
黄色い木札。
黒い星印。
それを見つける必要がある。
だが、目立つ場所には置かれていないだろう。
リリアは、近くの倒木へ向かった。
根元を調べる。
……ない。
木の洞を覗く。
……ここも、ない。
岩の隙間。
……やっぱり、ない。
少女は、少しだけ肩を落とした。
……簡単には見つからないか。
だが、諦めるわけにはいかない。
リリアは、再び周囲を見回した。
そのとき。
小川の向こう岸に、一つの違和感を覚えた。
……あれ?
一本の木。
その根元だけ、草が不自然に倒れている。
少女は、目を凝らした。
……誰か、触った?
リリアは、小川へ近づいた。
水深は、足首ほど。
流れは緩やか。
だが、石が滑りやすそうだ。
少女は、少し考えた。
……渡れるかな。
靴を濡らしたくはない。
だが、遠回りすれば時間がかかる。
リリアは、近くの石を選び、一歩踏み出した。
そして。
「……わっ!」
足が滑った。
身体が、横へ傾く。
少女は、慌てて近くの枝を掴んだ。
……バシャッ!
片足が、水へ落ちた。
冷たい水が、靴の中へ流れ込む。
「……つめたっ!」
リリアは、顔をしかめた。
だが、転倒は免れた。
少女は、慎重に岸へ上がった。
そして、濡れた靴を見つめた。
……失敗した。
少しだけ、情けない気分になった。
だが。
立ち止まっていても仕方ない。
リリアは、木の根元へ近づいた。
草をかき分ける。
そこには、小さな穴があった。
そして、その奥に。
黄色いものが見えた。
リリアは、目を見開いた。
……あった!
慎重に手を伸ばす。
指先が、木札へ触れる。
そして。
引き抜いた。
黄色い木札。
黒い星印。
『標的番号・三十二』
「……やった!」
少女は、小さく拳を握った。
だが、すぐに周囲を確認した。
……声、出しちゃった。
誰かに聞かれたかもしれない。
リリアは、木札を鞄へしまった。
そして、小川から離れるように歩き始めた。
時計は、午前六時二十八分。
もうすぐ、追跡者が動き始める。
◇
午前七時十分。
リリアは、森の中を慎重に移動していた。
標的の札は確保した。
残るは、生存札を守り切ること。
だが、試験終了までには、まだ五時間近くある。
少女は、周囲を見回した。
……どこかに隠れなきゃ。
大きな木の根元。
茂み。
倒木の陰。
隠れられそうな場所はいくつもある。
だが、どれも見つかりそうな気がした。
そのとき。
遠くから、足音が聞こえてきた。
……誰か来る!
リリアは、慌てて近くの茂みへ身を隠した。
息を殺す。
足音が、近づいてくる。
……ザッ。
……ザッ。
そして。
一人の男が現れた。
黒い服。
短い髪。
胸には、追跡者を示す赤い腕章。
……追跡者!
リリアは、身体を固くした。
男は、周囲を見回している。
その視線が、茂みの方へ向いた。
少女は、思わず息を止めた。
……見つからないで。
男は、しばらくその場に立っていた。
そして。
ゆっくりと、歩き始めた。
リリアは、ほっとした。
……よかった。
だが。
その瞬間。
男が、突然振り返った。
「……そこか?」
リリアの心臓が跳ねた。
男が、茂みへ近づいてくる。
……まずい!
少女は、慌てて周囲を確認した。
逃げ道は、左側。
だが、そこには太い木の根がある。
右側は、開けた場所。
見つかれば、追いつかれる。
リリアは、必死に考えた。
……どうする?
そのとき。
近くの木から、小鳥が飛び立った。
……バサバサッ!
男が、そちらへ視線を向けた。
「……鳥か」
リリアは、その隙に身体を低くした。
そして、茂みの奥へゆっくりと移動した。
足音を立てないように。
枝を揺らさないように。
慎重に。
男は、しばらく周囲を見回していた。
だが、やがて別の方向へ歩き去った。
リリアは、数分間、その場を動かなかった。
そして。
ようやく、息を吐いた。
「……はぁ……」
心臓が、激しく鳴っている。
手のひらには、汗が滲んでいた。
……怖かった。
だが。
捕まらなかった。
少女は、ゆっくりと立ち上がった。
……次は、もっと気をつけよう。
◇
午前九時。
俺は、木の上から周囲を見下ろしていた。
試験開始から三時間。
追跡者たちは、かなり積極的に動いているらしい。
遠くから、何度も叫び声が聞こえていた。
受験者同士の争いも、何度か起きている。
俺は、静かに息を吐いた。
……そろそろ、移動するか。
同じ場所に長時間留まるのは、危険だ。
追跡者が巡回しているなら、いずれ近くを通る可能性がある。
俺は、枝から立ち上がった。
そして、隣の木へ跳び移る。
音を立てずに着地。
さらに、別の枝へ。
木々の上を移動すれば、地面に足跡を残さずに済む。
俺は、しばらく移動した。
そして、森の中央付近にある岩場へ辿り着いた。
そこには、大きな岩がいくつも積み重なっている。
俺は、周囲を確認した。
……ここなら、見通しがいい。
岩の上へ登る。
そこから、森全体を眺めた。
木々の海。
遠くに見える小川。
そして、試験場の入口。
……残り三時間。
俺は、少しだけ考えた。
リリアは、どうしているだろう。
無事に標的を見つけただろうか。
追跡者に捕まっていないだろうか。
……まあ。
今、俺が考えても仕方ない。
俺は、岩の陰へ身を移した。
そして、静かに待つことにした。
◇
午前十時二十分。
リリアは、森の西側へ移動していた。
最初に向かった小川から、かなり離れている。
少女は、木の幹へ背中を預け、呼吸を整えた。
……疲れた。
足が、少し重い。
濡れた靴も、まだ完全には乾いていない。
だが、立ち止まって休み続けるわけにはいかない。
追跡者が、どこにいるかわからないからだ。
リリアは、鞄から水筒を取り出した。
一口飲む。
そして、周囲を見回した。
……あと、一時間四十分。
時計の針が、ゆっくりと進んでいる。
そのとき。
遠くから、足音が聞こえた。
……また!?
リリアは、慌てて木の陰へ身を隠した。
だが、今回は一人ではなかった。
二人。
いや、三人。
複数の足音。
少女は、耳を澄ませた。
「……こっちに逃げたぞ!」
「待て!」
怒鳴り声。
そして、走る音。
……追跡者と受験者?
リリアは、慎重に顔を出した。
木々の間を、一人の受験者が走っていた。
その後ろから、二人の追跡者が追いかけている。
受験者は、必死に逃げていた。
だが、追跡者たちの方が速い。
……まずい。
リリアは、身を低くした。
そのとき。
逃げていた受験者が、突然こちらへ方向を変えた。
……えっ!?
少女は、目を見開いた。
受験者は、リリアの隠れている木へ向かって走ってくる。
このままでは、巻き込まれる。
リリアは、すぐに判断した。
……逃げなきゃ!
だが、走れば音が出る。
追跡者に気づかれる可能性が高い。
少女は、周囲を見回した。
左側には、倒木。
右側には、低い茂み。
そして、後ろには急な斜面。
……斜面!
リリアは、すぐに身体を動かした。
斜面の下へ滑り込む。
土が、靴の裏で崩れる。
だが、少女は両手を使いながら姿勢を保った。
そして、斜面の途中にある岩の陰へ身を隠した。
直後。
頭上を、受験者が走り抜けた。
続いて、追跡者たち。
足音が、遠ざかっていく。
リリアは、息を殺したまま待った。
一分。
二分。
そして、三分。
ようやく、周囲が静かになった。
少女は、ゆっくりと息を吐いた。
……危なかった。
だが。
今の斜面。
逃げ込んだ先には、別の道があった。
リリアは、岩の陰から周囲を見回した。
そこには、獣道のような細い通路が続いている。
……これ、入口の方へ続いてる?
少女は、鞄から地図を取り出した。
昨日の夜に描いた簡単な地形図。
そして、試験開始後に書き足した道筋。
リリアは、周囲の地形と照らし合わせた。
……たぶん、こっち。
少女は、地図をしまった。
そして、細い道へ足を踏み出した。
◇
午前十一時四十分。
俺は、試験場の入口から少し離れた森の中にいた。
制限時間まで、残り二十分。
標的の札は確保済み。
生存札も、無事だ。
追跡者とは、何度か遭遇しかけたが、直接追われることはなかった。
俺は、静かに周囲を確認した。
……そろそろ、戻るか。
入口付近には、追跡者が配置されている可能性がある。
最後の最後で捕まる受験者もいるだろう。
俺は、木々の間を進んだ。
そして、門の近くへ辿り着いた。
そこには。
ミレーヌが立っていた。
……なるほど。
最後の門番か。
彼女は、入口の前で腕を組み、受験者たちを待っている。
俺は、少しだけ考えた。
……どうする?
普通に近づけば、捕まる可能性がある。
だが、試験官の視線は森の奥へ向いている。
俺は、周囲の地形を確認した。
門の右側には、大きな木。
その枝は、鉄柵の近くまで伸びている。
俺は、静かに頷いた。
……あそこを使うか。
俺は、木へ登った。
そして、枝の上を移動する。
ミレーヌは、まだこちらに気づいていない。
俺は、枝の先へ進んだ。
そこから、門の内側へ飛び降りる。
着地の瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収した。
……トン。
小さな音。
ミレーヌが、振り返った。
「……あら?」
俺は、軽く手を上げた。
「……こんにちは」
ミレーヌは、目を丸くした。
そして。
笑った。
「……どこから来たの?」
「……木の上から」
「へえ!」
彼女は、俺を見つめた。
「なかなかやるじゃない」
俺は、軽く会釈した。
ミレーヌは、時計を確認した。
「まだ時間前だけど、標的は持ってる?」
俺は、黄色い木札を取り出した。
「……これです」
ミレーヌは、札を確認した。
「標的番号十七。うん、本物ね」
俺は、頷いた。
彼女は、俺の生存札も確認した。
「生存札も無事。じゃあ、あとは正午まで待機してね」
俺は、静かに息を吐いた。
……ひとまず、条件は満たした。
ミレーヌは、少しだけ笑った。
「それにしても、早かったわね」
俺は、肩をすくめた。
「……運がよかったので」
「ふふ。そういうことにしておくわ」
俺は、入口近くのベンチへ向かった。
そして、腰を下ろした。
……さて。
リリアは、どうしているだろう。
俺は、森の奥へ視線を向けた。
……頼むから、無事に戻ってきてくれよ。
◇
午前十一時五十分。
リリアは、森の出口へ向かっていた。
細い獣道を抜けた先。
そこには、見覚えのある鉄柵が見えた。
……出口!
少女は、思わず走り出しそうになった。
だが、すぐに足を止めた。
……待って。
出口の近くには、追跡者がいるかもしれない。
リリアは、木の陰へ身を隠した。
そして、周囲を観察した。
門。
鉄柵。
そして、入口の前に立つ女性。
……ミレーヌ試験官。
少女は、少しだけ眉をひそめた。
……どうしよう。
試験官も追跡者の一人だ。
近づけば、捕まる可能性がある。
だが、残り時間は十分。
ここで迷っている余裕はない。
リリアは、周囲を見回した。
門の左側。
そこには、低い茂みが続いている。
さらに、その先には、浅い溝。
……あそこなら、近づけるかも。
少女は、慎重に身体を低くした。
そして、茂みの中へ進んだ。
枝が、服へ引っかかる。
葉が、頬を擦る。
だが、リリアは音を立てないように動いた。
……あと少し。
溝へ辿り着く。
そこから、門まで十メートルほど。
少女は、顔を上げた。
ミレーヌは、別の方向を見ている。
……今なら!
リリアは、溝から飛び出した。
そして、門へ向かって走った。
だが。
「……あら?」
ミレーヌが、振り返った。
少女の心臓が跳ねた。
……見つかった!
ミレーヌは、笑みを浮かべた。
「……こんにちは!」
そして、一歩踏み出した。
速い。
リリアは、瞬時に理解した。
……逃げ切れない!
だが。
ここで止まるわけにはいかない。
少女は、地面を蹴った。
そして、突然進路を変えた。
門の右側。
そこには、先ほどアオが使った大木がある。
リリアは、木の根元へ向かって走った。
ミレーヌが追ってくる。
距離が縮まる。
……あと三メートル。
リリアは、木の根元にある大きな石へ足をかけた。
そして、身体を横へ跳ばした。
ミレーヌの手が、少女の肩へ伸びる。
……届く!
その瞬間。
リリアは、身体を低くした。
石の陰へ滑り込む。
ミレーヌの手が、空を切った。
少女は、そのまま地面を蹴った。
そして。
門の内側へ飛び込んだ。
……ドサッ!
地面へ転がる。
膝が、少し痛い。
だが。
リリアは、すぐに顔を上げた。
そこには。
アオが立っていた。
「……リリア!」
俺は、思わず声を上げた。
少女は、目を見開いた。
「……アオ!」
そして。
笑った。
「……戻ってきた!」
俺は、頷いた。
「……ああ」
ミレーヌが、ゆっくりと近づいてきた。
その顔には、笑みが浮かんでいる。
「……ふふ」
彼女は、リリアを見下ろした。
「最後、よく避けたわね」
リリアは、息を切らしながら答えた。
「……必死だったから……」
ミレーヌは、笑った。
「それで十分よ」
そして、手を差し出した。
「標的の札、見せてくれる?」
リリアは、慌てて鞄を開いた。
黄色い木札。
黒い星印。
『標的番号・三十二』
ミレーヌは、札を確認した。
「うん、本物ね」
続いて、生存札。
青い札は、無事だった。
ミレーヌは、時計を見た。
午前十一時五十六分。
制限時間まで、残り四分。
彼女は、笑みを浮かべた。
「……いいわ。あとは正午まで待機してね」
リリアは、ほっとしたように息を吐いた。
「……よかったぁ……」
俺は、少女へ手を差し出した。
「立てる?」
「うん!」
リリアは、俺の手を掴んだ。
そして、立ち上がった。
服は泥だらけ。
靴も濡れている。
膝には、小さな擦り傷。
だが、その表情は明るかった。
「アオ!」
「ん?」
「私、ちゃんと一人で戻ってきたよ!」
俺は、頷いた。
「ああ。見てたよ」
少女は、嬉しそうに笑った。
◇
正午。
試験場の鐘が鳴った。
――カァン!
ミレーヌが、受験者たちを集めた。
門の内側には、すでに何人かの受験者が戻ってきている。
だが、人数は少ない。
俺は、周囲を見回した。
……十人くらいか。
その中には、黒髪の剣士もいた。
大柄な斧使いの男も、少し離れた場所に立っている。
だが、ほかの受験者たちの姿は見えない。
ミレーヌは、手元の記録用紙を確認した。
そして。
「第二次試験、終了!」
明るい声で宣言した。
受験者たちの間に、緊張が走る。
ミレーヌは、続けた。
「今回の受験者は三十四名。そのうち、標的の札を確保し、生存札を守り切った者は――」
彼女は、少し間を置いた。
「十一名!」
俺は、静かに息を吐いた。
……十一人か。
かなり絞られたな。
ミレーヌは、合格者の番号を読み上げ始めた。
「一番、アオ!」
「はい」
「二番、リリア!」
「はいっ!」
リリアが、元気よく返事をした。
続いて、ほかの受験者たちの番号が呼ばれていく。
そして。
「以上、十一名。第二次試験合格!」
ミレーヌが、笑顔で宣言した。
リリアは、両手を握りしめた。
「……やった!」
俺は、隣で頷いた。
「おめでとう」
「アオも!」
少女は、笑った。
「二人とも合格だね!」
「ああ」
俺は、森へ視線を向けた。
広大な森林地帯。
その中で、リリアは一人で標的を探し、追跡者を避け、最後まで生存札を守り切った。
しかも、試験官に捕まりかけた場面でも、咄嗟に進路を変えて突破した。
……よく頑張ったな。
俺は、少女の泥だらけの服を見た。
「まずは、着替えた方がいいな」
「えへへ……そうだね」
リリアは、少し恥ずかしそうに笑った。
そのとき。
ミレーヌが、こちらへ近づいてきた。
「アオくん、リリアちゃん」
俺たちは、顔を上げた。
「……はい?」
ミレーヌは、手元の記録用紙を見た。
「今回の試験、二人ともいい成績だったわよ」
俺は、少しだけ首を傾げた。
「……成績?」
「ええ」
ミレーヌは、笑った。
「アオくんは、追跡者に一度も発見されず、標的も最初の十分以内に確保。実質的に最速の合格候補だったわ」
……見られていたのか。
俺は、少しだけ目を細めた。
ミレーヌは、続けた。
「そして、リリアちゃん」
「……はい!」
「あなたは、今回の試験で特に印象に残った受験者の一人よ」
リリアは、目を丸くした。
「……え?」
「追跡者の巡回経路を避けながら、森の中を移動していたでしょう?」
リリアは、少し驚いた顔をした。
「……見てたんですか?」
「もちろん。試験官だもの」
ミレーヌは、笑った。
「それに、最後の門での動き。あれは、なかなかよかったわ」
リリアは、少し照れたように笑った。
「……ありがとうございます!」
ミレーヌは、頷いた。
そして、俺たちを見回した。
「二人とも、次の試験も頑張ってね」
俺は、軽く会釈した。
「……ありがとうございます」
リリアも、元気よく頭を下げた。
「ありがとうございました!」
ミレーヌは、手を振って去っていった。
◇
午後一時。
第二次試験の合格者十一名は、再び移動の準備を始めていた。
次の試験会場は、まだ知らされていない。
俺は、荷物を確認した。
アイテムボックスの中身は、問題なし。
回復能力も、使用していない。
念の消耗も、ほとんどない。
体調は万全だ。
隣では、着替えを終えたリリアが、鞄の紐を調整していた。
「アオ」
「ん?」
「次は、どんな試験かな?」
「……さあな」
俺は、少しだけ考えた。
第一次試験は、探索と判断。
第二次試験は、追跡と潜伏。
どちらも、戦闘能力だけでは突破できない試験だった。
次は、何を試されるのだろう。
俺は、空を見上げた。
雲の少ない、青い空。
森の向こうから、風が吹いてくる。
流星街を出たときには、ここまで順調に進むとは思っていなかった。
だが、試験はまだ続く。
ここから先は、残った受験者たちも相応の実力を持っているはずだ。
俺は、リリアへ視線を向けた。
「……準備できた?」
「うん!」
少女は、笑顔で頷いた。
「次も、頑張ろうね!」
「ああ」
俺は、静かに頷いた。
そして。
次の試験会場へ向かうため、歩き始めた。
ハンター試験。
第三次試験。
その内容は、まだ誰も知らない。
だが、俺たちの旅は、確かに前へ進んでいた。