流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第二十六話 それぞれの師、交わした約束

1984年。

 第六十九回ハンター試験。

 第三次試験の終了から、一夜が明けた。

 午前八時。

 俺は、試験会場に併設された宿泊施設の一室で目を覚ました。

 窓の向こうには、雲の少ない青空が広がっている。昨夜降った雨の名残だろう。中庭の石畳が朝日を受けて鈍く光っていた。

 ベッドから起き上がり、身体を軽く動かす。

 痛みはない。

 昨日、ヴァルグとの戦闘で負った傷は、回復能力によって完全に治っている。

 念の消耗も回復済みだ。

 ただ、頭の中には昨日の出来事が残っていた。

 ヴァルグとの戦闘。

 リリアの重傷。

 そして、クロウ・ベルガー。

 あの男の名前を思い浮かべると、自然と眉間に力が入った。

 第三次試験の結果、最終試験へ進むことになったのは六名。

 その中に、クロウも含まれている。

 快楽殺人者。

 複数の都市で殺人事件を起こし、指名手配されている男。

 それでも、ハンター試験の受験資格は失われなかった。

 協会の規則がそうなっている以上、俺が異議を唱えたところで結果は変わらない。

 だが、だからといって納得できる話でもなかった。

 俺は洗面台で顔を洗い、鏡を見た。

 黒い髪。

 黒い瞳。

 十歳の少年の顔。

 流星街で目を覚ました頃と比べれば、随分と成長した。

 それでも、前世の自分を思い出すと、まだ奇妙な感覚が残る。

 ……ハンター試験も、いよいよ最後か。

 俺はタオルで顔を拭いた。

 そして、部屋を出た。

     ◇

 午前九時。

 最終試験の参加者六名は、闘技場の上層階にある会議室へ集められた。

 室内は、これまでの試験会場とはまるで雰囲気が違っていた。

 広い窓。

 磨かれた木製の床。

 中央には大きな円卓。

 壁には、ハンター協会の紋章が掲げられている。

 俺は、空いている椅子へ腰を下ろした。

 周囲には、見覚えのある顔が並んでいる。

 受験番号三番の大柄な斧使い。

 小柄な老人。

 眼鏡を掛けた青年。

 そして、第三次試験を突破した女性。

 この四人が、俺とクロウ以外の最終試験参加者だった。

 斧使いの男は、腕を組んで座っている。

 老人は静かに茶を飲み、眼鏡の青年は緊張した様子で資料を眺めていた。

 女性は窓際に立ち、外を見ている。

 そして。

 部屋の隅には、黒髪の剣士がいた。

 クロウ・ベルガー。

 細身の身体。

 後ろで束ねた黒髪。

 腰には、細身の剣。

 昨日と変わらない、薄い笑みを浮かべている。

 俺は、彼を一度だけ見た。

 それ以上、視線を向けなかった。

 今ここで争っても、何も得られない。

 それに、試験はまだ終わっていない。

 まずは、正式にハンターになること。

 その後のことは、資格を手に入れてから考える。

 俺は、円卓の上に置かれた水を一口飲んだ。

 そのとき。

 会議室の扉が開いた。

「ほっほっほ。待たせたのう」

 聞き覚えのある声ではない。

 だが、その姿には見覚えがあった。

 長い白髪。

 特徴的な髭。

 細い身体。

 そして、穏やかな笑顔。

 ……ネテロ。

 俺は、思わず姿勢を正した。

 ハンター協会会長。

 アイザック=ネテロ。

 原作を知っている俺にとって、その名は特別な意味を持っている。

 人類でも屈指の武人。

 長い年月を修行に捧げ、常識外れの境地へ到達した男。

 そして、かつてキメラアントの王と戦った人物。

 その本人が、今、目の前に立っている。

 ネテロは、俺たち六人を見回した。

「さて。第六十九回ハンター試験も、いよいよ最後じゃ」

 老人は、ゆっくりと椅子へ腰掛けた。

「最終試験の内容は、わしとの面接じゃよ」

 室内が静まり返った。

     ◇

「……面接?」

 最初に声を上げたのは、斧使いの男だった。

「最後の試験が、面接なのか?」

「そうじゃ」

 ネテロは、楽しそうに笑った。

「何か不満かの?」

「いや……」

 男は、頭を掻いた。

「もっと派手な試験があると思ってたからよ」

「ほっほっほ。戦いたいなら、あとで相手をしてやってもよいぞ」

 その言葉に、俺は思わずネテロを見た。

 ……いや、それはやめた方がいい。

 今の斧使いでは、勝負にすらならないだろう。

 幸い、男も何かを察したらしい。

「……遠慮しとく」

 ネテロは、満足そうに頷いた。

「うむ。賢明じゃな」

 そして、全員へ視線を向けた。

「面接は一人ずつ行う。内容は簡単じゃ。なぜハンターになりたいのか、何を目指しているのか、これからどう生きたいのか」

 老人は、指を一本立てた。

「それを、わしに聞かせてもらう」

 眼鏡の青年が手を挙げた。

「……面接の結果によって、不合格になることもあるのですか?」

 ネテロは、少しだけ目を細めた。

「もちろん、最終試験である以上、評価はする」

 そこで、言葉を切る。

「ただし、今回は少々事情が違う」

 俺は、眉を上げた。

 ネテロは、六人を見回した。

「第一次試験から第三次試験までの結果を確認した。おぬしらは、それぞれ異なる資質を示しておる」

 老人は、穏やかな声で続けた。

「今回の最終試験では、能力の優劣を競わせるつもりはない。わしが知りたいのは、おぬしら自身の考えじゃ」

 ……なるほど。

 最後は、人物を見るということか。

 俺は、静かに頷いた。

 だが、ネテロの視線がクロウへ向いた瞬間、室内の空気が変わった。

「もちろん、過去に何をしてきたかも、話してもらうつもりじゃ」

 クロウは、薄く笑った。

「……楽しみにしていますよ、会長」

 ネテロは、その笑みに動じなかった。

「ほっほっほ。わしもじゃ」

 穏やかな声。

 だが、俺にはわかった。

 ネテロは、クロウを見ている。

 ただの受験者としてではなく、一人の危険人物として。

 それでも、試験から排除するつもりはないらしい。

 俺は、拳を軽く握った。

 ……協会の方針か。

 少なくとも、ここで感情的に動くべきではない。

     ◇

 面接は、受験番号の順番ではなかった。

 最初に呼ばれたのは、小柄な老人。

 次に眼鏡の青年。

 その後、女性、斧使いと続いた。

 それぞれ、二十分から三十分ほどで戻ってきた。

 内容について尋ねても、皆、詳しくは話さなかった。

 ただ、表情はどこか晴れやかだった。

 そして。

「次は、受験番号一番。アオ」

 案内係が、俺の名前を呼んだ。

 俺は立ち上がった。

 廊下を進み、奥の部屋へ入る。

 そこには、ネテロが一人で座っていた。

 大きな窓から、午前の日差しが差し込んでいる。

 部屋の中央には、小さな机。

 その上には、茶器が置かれていた。

「ほっほっほ。来たか、アオ」

「はい」

 俺は、軽く頭を下げた。

 ネテロは、向かいの椅子を指差した。

「まあ、座りなさい」

「失礼します」

 俺は、椅子へ腰を下ろした。

 ネテロは、茶を注ぎながら俺を見ていた。

 その視線は、穏やかだった。

 だが。

 ……見られているな。

 表情。

 呼吸。

 姿勢。

 そして、オーラの状態。

 何もかもを観察されているような感覚があった。

 俺は、自然体を保った。

 ネテロは、茶碗を差し出した。

「飲むかの?」

「いただきます」

 俺は、茶を一口飲んだ。

 香りがよく、渋みも控えめだった。

 ネテロは、満足そうに頷いた。

「さて、アオ。まずは聞こうかの」

「はい」

「おぬしは、なぜハンターになりたい?」

 俺は、少し考えた。

 そして、答えた。

「……自由に生きるためです」

 ネテロは、目を細めた。

「自由?」

「はい」

 俺は、茶碗を置いた。

「行きたい場所へ行き、会いたい人に会い、助けたいと思った人を助ける。そういう生き方をしたいんです」

 ネテロは、黙って聞いていた。

「そのためには、力も必要です。知識も、人脈も、行動できる立場も」

 俺は、静かに続けた。

「ハンター資格は、そのための大きな助けになると思っています」

 ネテロは、ゆっくりと頷いた。

「……なるほどのう」

 老人は、茶を一口飲んだ。

「では、もう一つ聞こう」

「はい」

「おぬしにとって、強さとは何じゃ?」

 俺は、少しだけ考えた。

 ……強さ。

 単純な腕力ではない。

 念の技量だけでもない。

 俺は、これまでの出来事を思い出した。

 流星街。

 人身売買組織との戦い。

 サラサたちの救出。

 そして、リリア。

 俺は、ゆっくりと口を開いた。

「……自分の選択を、最後まで貫ける力だと思います」

 ネテロは、黙っていた。

「何かを守りたいと思っても、力がなければ守れないことがあります。逆に、力があっても、判断を間違えれば誰かを傷つける」

 俺は、老人を見た。

「だから、強さには技術だけじゃなく、判断力も必要だと思っています」

 ネテロは、しばらく俺を見つめた。

 そして。

「ほっほっほ」

 楽しそうに笑った。

「十歳の子供とは思えん答えじゃな」

 俺は、少しだけ肩をすくめた。

「……いろいろ、経験しましたから」

「そうじゃろうな」

 ネテロは、頷いた。

 そして、表情を変えた。

「さて、ここからが本題じゃ」

 俺は、姿勢を正した。

 ネテロは、俺を見据えた。

「おぬし、念を使えるそうじゃな」

「はい」

「第三次試験では、ヴァルグを相手に発を使わず勝利したと聞いておる」

 俺は、頷いた。

「……かなり苦戦しました」

「当然じゃ。あやつも、長年鍛えておるからのう」

 ネテロは、少しだけ笑った。

「だが、おぬしの念の技量は、相当なものらしい」

 俺は、黙っていた。

 老人は、続けた。

「纏、絶、練、凝、堅、硬、流。さらに円まで扱えるそうじゃな」

「はい」

「しかも、自己流で?」

 俺は、少し考えた。

「……基本的には、そうです」

 ネテロは、顎髭を撫でた。

「ふむ」

 そして。

「アオ」

「はい」

「おぬし、今よりさらに強くなりたいか?」

 俺は、顔を上げた。

 ネテロは、真剣な表情だった。

「念の技術も、戦闘技術も。今より遥かに高い境地を目指したいと思うか?」

 その問いに、迷いはなかった。

 俺は、強く頷いた。

「……はい」

 ネテロは、目を細めた。

「理由は?」

 俺は、静かに答えた。

「……まだ、足りないからです」

 ヴァルグとの戦い。

 あれほど苦戦した。

 そして、リリアの負傷。

 俺は、彼女を治すことはできた。

 だが、傷つく前に守ることはできなかった。

 もちろん、すべての人間を守れるわけではない。

 それでも。

 もっと強くなれば、選べる道は増える。

 俺は、ネテロを見た。

「……もっと、強くなりたいです」

 ネテロは、しばらく黙っていた。

 そして。

 ゆっくりと笑った。

「……よかろう」

     ◇

「アオ。おぬしに、一つ提案がある」

 ネテロは、茶碗を置いた。

「心源流拳法を知っておるか?」

 俺は、頷いた。

「……名前だけは」

 もちろん、原作の知識では知っている。

 ネテロが創始した武術。

 念の修行と密接に関わる流派。

 後に、ウイングやビスケットといった念能力者たちにも繋がる体系だ。

 ネテロは、穏やかな声で続けた。

「わしが開いた武術の流派じゃ。念の基礎から応用、身体操作、格闘技術まで、体系的に学ぶことができる」

 俺は、静かに聞いていた。

「おぬしは、すでに高い技量を持っておる。だが、自己流には限界もある」

 ネテロは、俺を見た。

「無意識の癖。力の配分。技術の繋がり。そうしたものを、体系的に学ぶことで修正できる」

 俺は、頷いた。

 ……確かに。

 俺は、念の修行をほとんど独学で進めてきた。

 原作の知識。

 流星街での実戦。

 そして、才能による試行錯誤。

 それらを組み合わせて、ここまで来た。

 だが、正しい師の下で学んだ経験はない。

 だからこそ、技術の偏りがある可能性は高い。

 ネテロは、続けた。

「もし望むなら、心源流の総本山で修行してみんか?」

 俺は、目を見開いた。

 ……総本山?

 ネテロが創始した流派の中心。

 そこで、直接指導を受けられるということか。

「……本当に、いいんですか?」

「ほっほっほ。わしが誘っておるんじゃ。遠慮はいらん」

 俺は、少しだけ考えた。

 修行。

 体系化された技術。

 そして、心源流。

 これ以上ない機会だ。

 俺は、深く頭を下げた。

「……ぜひ、お願いします」

 ネテロは、満足そうに頷いた。

「うむ。決まりじゃな」

 そして、少しだけ笑った。

「ただし、覚悟しておくことじゃ」

「……覚悟?」

「心源流の修行は、楽ではないぞ」

 俺は、静かに頷いた。

「……承知しています」

 ネテロは、楽しそうに笑った。

「ほっほっほ。よい返事じゃ」

 俺は、茶碗を置いた。

 ……心源流か。

 今までとは、違う修行が始まる。

 自己流ではなく、正しい技術を学ぶ。

 それは、俺にとって大きな転機になるだろう。

     ◇

 午後一時。

 六人すべての面接が終了した。

 俺たちは、再び会議室へ集められた。

 ネテロは、中央に立っている。

 その表情は、相変わらず穏やかだった。

「さて、諸君」

 老人は、六人を見回した。

「面接は、すべて終了した」

 室内に、緊張が走る。

 俺は、静かに息を吸った。

 ネテロは、ゆっくりと口を開いた。

「第六十九回ハンター試験、最終結果を発表する」

 そして。

「最終試験参加者六名、全員合格じゃ」

 一瞬。

 誰も声を出さなかった。

 そして。

「……おおっ!」

 斧使いの男が、拳を突き上げた。

 眼鏡の青年は、椅子へ深く座り込んだ。

 女性は、ほっとしたように息を吐く。

 小柄な老人は、静かに目を閉じた。

 俺も、ゆっくりと息を吐いた。

 ……合格か。

 ハンター試験。

 長いようで、短い時間だった。

 流星街を出てから、ここまで来た。

 そして、ついに。

 ハンターになる資格を手に入れた。

 ネテロは、笑顔で続けた。

「おぬしらは、今日から正式なプロハンターじゃ」

 協会職員が、六枚のカードを運んできた。

 ハンターライセンス。

 俺は、自分の名前が記されたカードを受け取った。

 手のひらに収まる、小さな一枚。

 だが、その価値は計り知れない。

 俺は、カードを見つめた。

 ……これが。

 ハンターライセンス。

 前世では、漫画の中でしか見たことのなかったもの。

 それが今、俺の手の中にある。

 俺は、静かにカードを握った。

 ……ようやく、一つ目の目標を達成したな。

     ◇

 合格発表の後。

 俺たちは、会議室の隣にある談話室へ移動した。

 そこには、軽食と飲み物が用意されていた。

 斧使いの男が、俺へ近づいてきた。

「おい、アオ!」

 俺は、顔を上げた。

「……はい?」

「お前、ヴァルグ試験官に勝ったんだってな!」

 男は、豪快に笑った。

「すげえじゃねえか!」

 俺は、少しだけ肩をすくめた。

「……かなり苦戦しましたけど」

「それでも勝ったんだろ? 十分だ!」

 男は、俺の肩を軽く叩いた。

「俺は、バルドだ。よろしくな!」

「……アオです」

 俺は、頷いた。

 続いて、眼鏡の青年が近づいてきた。

「僕は、セイン。よろしく」

「よろしくお願いします」

 小柄な老人も、ゆっくりと歩いてきた。

「わしは、ロウエンじゃ」

 俺は、軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 最後に、女性が近づいてきた。

「私は、カレン。よろしくね」

「……よろしくお願いします」

 こうして、俺は四人の名前を知った。

 バルド。

 セイン。

 ロウエン。

 カレン。

 それぞれ、違う目的を持ってハンターになった者たちだ。

 俺たちは、しばらく話をした。

 そして。

「なあ、アオ」

 バルドが、口を開いた。

「ホームコード、交換しねえか?」

 俺は、少しだけ首を傾げた。

「……ホームコード?」

「ああ。連絡用の番号だよ。ハンター同士なら、持っておいて損はねえだろ」

 俺は、頷いた。

 ……なるほど。

 この世界では、ホームコードを使って連絡を取ることができる。

 ハンターとして活動するなら、人脈は重要だ。

 俺は、鞄から手帳を取り出した。

「……ぜひ」

 四人と、順番にホームコードを交換する。

 バルドは、豪快な字で番号を書いた。

 セインは、丁寧な字。

 ロウエンは、古風な筆記体。

 カレンは、簡潔に番号だけを書いた。

 俺も、自分のホームコードを伝えた。

 こうして、四人との連絡手段ができた。

 だが。

 談話室の隅にいるクロウとは、誰も番号を交換しようとしなかった。

 男は、薄い笑みを浮かべている。

 俺は、そちらを見なかった。

     ◇

 しばらくして。

 バルドが、少しだけ表情を変えた。

「……そういや、あの嬢ちゃんはどうなった?」

 俺は、顔を上げた。

「……リリアですか?」

「ああ。昨日、ひどい怪我をしたって聞いたからよ」

 セインも、心配そうに尋ねた。

「命は、大丈夫だったの?」

 俺は、頷いた。

「……はい。もう、回復しています」

 四人は、ほっとしたように息を吐いた。

「そりゃよかった」

 バルドが、笑った。

「……あんなことがあったからな」

 カレンも、静かに頷いた。

「本当に、無事でよかったわ」

 ロウエンは、顎髭を撫でた。

「若い命が失われずに済んだ。それだけでも、救いじゃ」

 俺は、軽く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 四人は、それぞれの予定を話し始めた。

 バルドは、危険生物の討伐を専門にするつもりらしい。

 セインは、遺跡や古文書の調査。

 ロウエンは、長年探している珍しい薬草の研究。

 カレンは、各地を巡りながら医療支援を行いたいと言っていた。

 それぞれ、目指す道が違う。

 だが、全員がハンターになった。

 その事実だけは、共通している。

 やがて、四人は順番に旅立つことになった。

「また会おうぜ、アオ!」

 バルドが、手を振った。

「……はい」

「困ったことがあったら、連絡してね」

 セインが、笑った。

「ありがとうございます」

 ロウエンは、静かに頷いた。

「また、どこかで会えるじゃろう」

 カレンも、軽く手を振った。

「リリアちゃんにも、よろしく伝えて」

「……はい」

 俺は、四人を見送った。

 彼らは、それぞれの道へ歩き始めた。

 そして。

 談話室には、俺とクロウだけが残った。

     ◇

 クロウは、窓際に立っていた。

 その手には、ハンターライセンス。

 男は、カードを眺めながら薄く笑っている。

 俺は、静かに視線を向けた。

 クロウも、こちらを見た。

「……アオ君、でしたね」

 俺は、答えなかった。

 男は、笑みを浮かべた。

「ヴァルグ試験官に勝ったそうですね。素晴らしい」

 俺は、黙っていた。

「……あの少女とは、お知り合いで?」

 その言葉に、俺の視線が鋭くなった。

 クロウは、楽しそうに続けた。

「……ずいぶんと、仲がよさそうでしたね」

 俺は、静かに口を開いた。

「……リリアに、何をしたか覚えていますか?」

 クロウは、肩をすくめた。

「……試合をしただけですよ」

 俺は、男を見据えた。

 ……そうか。

 こいつは、本当に何とも思っていない。

 リリアがどれほど苦しんだか。

 どれほど怖い思いをしたか。

 そんなことは、どうでもいいのだろう。

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

「……そうですか」

 クロウは、目を細めた。

「……怒っているんですか?」

 俺は、答えなかった。

 そして、踵を返した。

「……失礼します」

 クロウは、背後で笑った。

「……また、どこかで会いましょう」

 俺は、振り返らなかった。

 だが。

 その言葉だけは、はっきりと覚えていた。

     ◇

 午後四時。

 俺は、リリアのいる宿泊室を訪ねた。

 少女は、ベッドの上で荷物を整理していた。

 左腕は、完全に回復している。

 表情も明るかった。

「アオ!」

 リリアは、顔を上げた。

「……どうだった?」

 俺は、軽く笑った。

「……合格したよ」

 一瞬。

 少女は、目を丸くした。

 そして。

「……やったあああ!!」

 勢いよく立ち上がった。

 俺へ駆け寄り、両手を握る。

「おめでとう! アオ!」

「……ありがとう」

 リリアは、嬉しそうに笑った。

「すごい! 本当にハンターになったんだね!」

「ああ」

 俺は、ハンターライセンスを取り出した。

 リリアは、それを興味深そうに眺めた。

「……これが、ハンターライセンス……」

 少女は、目を輝かせた。

「……いいなあ」

 俺は、少しだけ笑った。

「来年、また挑戦するんだろ?」

「……うん!」

 リリアは、強く頷いた。

 そして。

 少しだけ、表情を変えた。

「……実はね、アオ」

「ん?」

「……私にも、話があるの」

 俺は、首を傾げた。

「……何?」

 リリアは、少しだけ緊張した様子で言った。

「……ミレーヌ試験官が、来てくれたんだ」

 俺は、目を細めた。

 ……ミレーヌ?

 第二次試験の試験官。

 鬼ごっこと、かくれんぼを組み合わせた試験を担当していた女性だ。

 リリアは、続けた。

「……私のこと、覚えてくれてたみたい」

 俺は、頷いた。

「……それで?」

 リリアは、少しだけ笑った。

「……弟子にならないかって、言われたの」

 俺は、目を見開いた。

「……弟子?」

「うん!」

 リリアは、嬉しそうに頷いた。

「……私の観察力とか、地形を読む力を褒めてくれて」

 俺は、静かに聞いていた。

「……もっと鍛えれば、立派なハンターになれるって」

 少女は、少しだけ視線を落とした。

「……でも、戦闘能力はまだ足りないから、基礎から教えてくれるって」

 俺は、頷いた。

 ……なるほど。

 ミレーヌは、リリアの才能を見抜いていたのか。

 第二次試験でも、彼女の動きを高く評価していた。

 それなら、弟子に誘ったことも理解できる。

「……どうするつもり?」

 俺が尋ねると、リリアは顔を上げた。

 その瞳には、迷いがなかった。

「……弟子になる!」

 俺は、静かに頷いた。

「……そうか」

 リリアは、拳を握った。

「……私、もっと強くなりたい!」

 その声には、確かな決意があった。

 俺は、少しだけ笑った。

「……いいと思う」

 少女は、嬉しそうに頷いた。

     ◇

 その後。

 俺も、ネテロから心源流の総本山へ誘われたことを話した。

 リリアは、驚いたように目を見開いた。

「……ネテロ会長に!?」

「ああ」

「……すごい!」

 少女は、興奮した様子で身を乗り出した。

「……じゃあ、アオも修行するんだね!」

「そうなるな」

 俺は、頷いた。

 リリアは、少しだけ考えた。

 そして。

「……そっか」

 その声が、少しだけ小さくなった。

 俺は、彼女を見た。

「……どうした?」

 リリアは、少しだけ笑った。

「……しばらく、会えなくなるんだね」

 俺は、静かに頷いた。

「……そうだな」

 心源流の総本山。

 ミレーヌの修行場所。

 それぞれ、違う場所へ向かうことになる。

 今までのように、一緒に旅を続けることはできない。

 リリアは、しばらく黙っていた。

 そして。

「……ねえ、アオ」

「ん?」

「……ホームコード、交換しよう?」

 俺は、頷いた。

「……もちろん」

 俺たちは、それぞれの手帳を取り出した。

 ホームコード。

 離れた場所にいても、連絡を取るための番号。

 俺は、自分のコードを書き、リリアへ渡した。

 リリアも、自分のコードを書いてくれた。

 俺は、その番号を手帳へ記した。

 ……これで、連絡は取れる。

 リリアは、嬉しそうに笑った。

「……これで、離れてても話せるね!」

「ああ」

 俺は、頷いた。

「……修行が落ち着いたら、連絡するよ」

「……うん!」

 少女は、強く頷いた。

 そして。

 少しだけ、真面目な表情になった。

「……アオ」

「ん?」

「……私、絶対に強くなるからね」

 俺は、彼女を見た。

「……ああ」

「……次に会うときは、もっと頼れるようになってるから!」

 俺は、少しだけ笑った。

「……楽しみにしてる」

 リリアは、嬉しそうに頷いた。

     ◇

 翌朝。

 宿泊施設の前には、二台の車が停まっていた。

 一台は、心源流の総本山へ向かうための車。

 もう一台は、ミレーヌが用意したものだった。

 俺は、荷物を肩へ掛けていた。

 リリアも、鞄を背負っている。

 その隣には、ミレーヌが立っていた。

「アオ君、おはよう!」

 ミレーヌは、明るい声で挨拶した。

「……おはようございます」

 俺は、軽く頭を下げた。

 ミレーヌは、リリアの肩へ手を置いた。

「この子は、私が責任を持って鍛えるわ」

 俺は、頷いた。

「……よろしくお願いします」

 ミレーヌは、笑った。

「任せて!」

 リリアは、少しだけ照れたように笑っていた。

 俺は、彼女を見た。

「……じゃあ、リリア」

「……うん」

 少女は、俺へ向き直った。

「……またね」

 俺は、頷いた。

「……ああ。また」

 リリアは、少しだけ笑った。

 そして。

 両手を広げた。

「……最後に、もう一回!」

 俺は、少しだけ首を傾げた。

「……何?」

「……ぎゅーって!」

 俺は、思わず苦笑した。

 ……まあ、いいか。

 俺は、両手を広げた。

 リリアが、飛びついてくる。

 小さな身体を受け止める。

 彼女は、俺の服を強く握った。

「……ありがとう、アオ」

 俺は、静かに頷いた。

「……どういたしまして」

 リリアは、少しだけ顔を上げた。

「……絶対、また会おうね」

「ああ」

 俺は、彼女を見た。

「……約束だ」

 少女は、嬉しそうに笑った。

 そして、ゆっくりと離れた。

 ミレーヌが、車の扉を開く。

「さあ、リリア。行くわよ!」

「はい!」

 リリアは、元気よく返事をした。

 そして、車へ乗り込んだ。

 窓が開く。

「アオー!」

 俺は、顔を上げた。

 リリアが、大きく手を振っている。

「……またねー!」

 俺も、手を振った。

「……またな!」

 車が、ゆっくりと動き始めた。

 リリアは、見えなくなるまで手を振っていた。

 俺は、その姿を見送った。

 ……頑張れよ、リリア。

 次に会うとき。

 きっと、今よりずっと強くなっているだろう。

     ◇

 リリアの車が見えなくなった後。

 俺は、しばらくその場に立っていた。

 心源流の総本山へ向かう車は、まだ出発していない。

 運転手は、少し離れた場所で待っている。

 俺は、鞄から手帳を取り出した。

 そこには、いくつものホームコードが記されている。

 バルド。

 セイン。

 ロウエン。

 カレン。

 そして、リリア。

 俺は、手帳を閉じた。

 ……さて。

 次は、俺の番だ。

 ネテロの下で修行する。

 念と戦闘技術を、さらに磨く。

 それは、決まっている。

 だが。

 その前に。

 俺には、やるべきことがあった。

 俺は、静かに視線を上げた。

 クロウ・ベルガー。

 快楽殺人者。

 リリアを傷つけた男。

 そして、今は正式なプロハンターとなった人物。

 あの男は、ハンターライセンスを手に入れた。

 それによって、行動範囲はさらに広がるだろう。

 これまで以上に、危険な存在になる可能性がある。

 俺は、拳を握った。

 ……放っておくわけにはいかない。

 俺は、ハンターライセンスを取り出した。

 手のひらに収まる、小さなカード。

 だが、この一枚には大きな力がある。

 情報へのアクセス。

 各種施設の利用。

 そして、ハンターとしての活動権限。

 俺は、カードを見つめた。

 ……これを使えば、調べられることも増える。

 クロウの過去。

 指名手配の内容。

 そして、現在の居場所。

 俺は、静かに息を吐いた。

 ……まずは、情報収集だ。

 感情だけで動くつもりはない。

 相手の実力も、行動も、まだ十分には把握していない。

 だからこそ、慎重に進める必要がある。

 俺は、運転手へ近づいた。

「……すみません」

 男は、顔を上げた。

「はい?」

「……出発を、少しだけ遅らせてもらえますか?」

 運転手は、少し驚いた顔をした。

「……何か、用事ですか?」

 俺は、頷いた。

「……確認しておきたいことがあります」

 男は、少し考えた。

「……わかりました。しばらくなら、お待ちします」

「ありがとうございます」

 俺は、軽く頭を下げた。

 そして。

 宿泊施設の方へ、歩き始めた。

 目的は、一つ。

 クロウ・ベルガー。

 あの男を、捕まえる。

 ハンターになったばかりの俺にとって、最初の仕事になるかもしれない。

 だが。

 それでも、構わなかった。

 俺は、静かに拳を握った。

 ……リリア。

 お前は、前へ進め。

 俺も、俺のやるべきことをやる。

 そして。

 すべてが終わったら。

 心源流の総本山へ向かおう。

 ネテロの下で、さらに強くなるために。

 俺は、歩みを進めた。

 その先に待つものを、まだ知らないまま。

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