流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
第六十九回ハンター試験が終了した翌朝。
午前九時十二分。
俺は、試験会場の宿泊施設を後にしていた。
心源流の総本山へ向かう迎えの車には、少し待ってもらっている。
本来なら、今頃は車内でこれからの修行について考えていたはずだ。
だが、どうしても片づけておきたいことがあった。
クロウ・ベルガー。
複数の殺人事件で指名手配されている快楽殺人者。
そして、リリアを嬲り、左腕を切断した男。
第三次試験であの男が見せた行動は、単なる戦闘ではなかった。相手を恐怖に陥れ、苦しむ様子を楽しむための行為だった。
ハンター試験の規則上、クロウの合格は認められた。
最終試験でもネテロ会長との面接を通過し、正式なプロハンターとなっている。
しかし、ハンターライセンスを取得したからといって、過去の犯罪が消えるわけではない。
俺は、宿泊施設の裏手にある通用門を抜けた。
……まずは、居場所だ。
クロウは昨日、合格発表の後も施設内に残っていた。
そして今朝、協会職員から聞いた話では、すでに宿泊施設を出ているらしい。
行き先は不明。
だが、完全に手がかりがないわけではなかった。
俺は、右手に持った小さな紙片へ視線を落とした。
そこには、施設の警備員から聞き出した情報が記されている。
『黒髪の剣士。午前八時四十分頃、東門から徒歩で退出』
東門。
その先には、古い商業地区がある。
さらに東へ進めば、再開発から取り残された倉庫街だ。
俺は紙片を畳み、鞄の内側へしまうふりをしてアイテムボックスへ収納した。
そして、歩き始めた。
焦る必要はない。
だが、時間をかけすぎるつもりもなかった。
リリアは、もうミレーヌとともに旅立った。
俺も、ネテロから与えられた機会を無駄にはしたくない。
クロウを捕らえ、ヴァルグへ引き渡す。
それが済めば、心源流の総本山へ向かう。
目的は明確だった。
◇
午前九時二十七分。
古い商業地区を抜けた俺は、倉庫街へ足を踏み入れていた。
道幅は広いが、人通りはほとんどない。
両側には、使われなくなった工場や倉庫が並んでいる。
窓ガラスの割れた建物。
錆びついた鉄柵。
雑草に覆われた空き地。
遠くから、金属を叩くような音が聞こえてきた。
俺は、歩調を落とした。
……妙だな。
ここへ来るまで、何度かクロウの足跡らしきものを確認している。
柔らかい土の上に残された靴跡。
倉庫の壁に付着した新しい泥。
そして、通りの角で一瞬だけ見えた黒い外套。
だが、その痕跡はあまりにもわかりやすかった。
まるで、こちらを誘導しているように。
俺は、建物の陰で立ち止まった。
……気づかれているか。
クロウは、俺が追ってくることを予想していたのかもしれない。
昨日の談話室で、俺が怒りを隠していなかったことは確かだ。
あの男なら、それを利用しようと考えても不思議ではない。
俺は、呼吸を整えた。
そして、静かに念を巡らせる。
纏。
身体の周囲にオーラを留め、気配を抑えながら歩く。
さらに、周囲の状況を確認するため、円を展開した。
半径十五メートル。
俺が安定して維持できる範囲だ。
建物の壁。
地面に散らばる小石。
錆びた鉄柱。
その一つ一つが、感覚として伝わってくる。
俺は、慎重に進んだ。
そして。
倉庫街の奥にある、開けた場所へ出た。
◇
そこは、古い広場だった。
かつては資材の集積場として使われていたのだろう。
地面には石畳が敷かれ、周囲を三階建てほどの倉庫が囲んでいる。
中央には、壊れた噴水。
その周囲には、朽ちた木箱がいくつか転がっていた。
人影はない。
いや。
一人だけ、いた。
広場の中央。
壊れた噴水の前に、黒い外套を着た男が立っている。
クロウ・ベルガー。
男は、こちらを向いていた。
腰の剣には、すでに手が掛けられている。
その立ち姿は、昨日の談話室で見せたものとは違っていた。
重心が低い。
足幅も適切。
いつでも剣を抜ける姿勢だ。
明らかに、戦闘を想定している。
「……やはり、来ましたか」
クロウが、口を開いた。
俺は、広場の入口で足を止めた。
「待っていたのか」
「ええ」
男は、薄く笑った。
「あなたの目を見れば、わかりますよ。昨日からずっと、私を殺したくて仕方がなかったのでしょう?」
俺は、答えなかった。
クロウは、楽しそうに続ける。
「それにしても、たった一人で来るとは。随分と勇敢ですね」
「……ここなら、人を巻き込まずに済む」
俺がそう言うと、男は笑みを深めた。
「なるほど。そういうことですか」
クロウは、ゆっくりと剣を抜いた。
細身の片刃剣。
刃渡りは、およそ八十センチ。
刀身は黒ずんでおり、ところどころに赤黒い染みのようなものが見える。
俺は、その剣を見た。
……普通の剣じゃないな。
まだ念を込めて観察してはいない。
だが、何かが引っかかった。
クロウは、剣を肩の高さへ構えた。
「さあ、アオ君」
男の笑みが、歪んだ。
「昨日の少女のように、泣いてくれると嬉しいのですが」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の中で、何かが静かに切り替わった。
怒りはある。
だが、戦闘中にそれへ意識を奪われるつもりはない。
俺は、右手を鞄の内側へ入れた。
アイテムボックスから、一本のナイフを取り出す。
流星街で手に入れた、古い軍用ナイフ。
何度も手入れを重ね、刃を研ぎ直してきたものだ。
俺は、ナイフを逆手に構えた。
そして。
地面を蹴った。
◇
石畳が、小さく砕けた。
次の瞬間。
俺の身体は、クロウの目前へ迫っていた。
「……っ!?」
男の表情が変わる。
俺は、右手のナイフを振り抜いた。
狙いは、剣を持つ右腕。
だが。
――ギィンッ!
甲高い金属音が、広場へ響いた。
クロウの剣が、俺のナイフを受け止めていた。
……防いだか。
刃と刃が噛み合う。
わずかな鍔迫り合い。
クロウの腕に力が入り、黒い刀身が押し込まれてくる。
「……速いですね!」
男が、歯を見せて笑った。
「ですが、それだけでは――」
俺は、最後まで聞かなかった。
左足を軸に身体を捻り、相手の力を横へ逃がす。
そのまま大きく後方へ跳んだ。
十メートル近い距離を、一息で離れる。
着地と同時に、ナイフを構え直した。
クロウは、追ってこなかった。
代わりに、剣を眺めながら笑っている。
「……どうしました? もう終わりですか?」
俺は、男の言葉を無視した。
そして、目へオーラを集中させた。
――凝。
視界が変わる。
クロウの身体。
剣。
その周囲を流れるオーラ。
俺は、わずかに眉を寄せた。
……何だ、これは。
剣に、オーラが宿っていた。
ただし、クロウ自身が発しているものではない。
刀身の内部。
そこへ染み込むように、黒紫色のオーラが絡みついている。
不規則に揺れ、時折、細い糸のように周囲へ伸びていた。
まるで、剣そのものが何かを求めているような動きだった。
俺は、目を細めた。
……念が込められた武器か。
しかも、相当に質が悪い。
オーラから感じるのは、強烈な執着。
憎悪。
そして、他者を傷つけることへの異様な欲求だった。
俺は、剣から視線を離さずに尋ねた。
「……その剣、どこで手に入れた?」
クロウは、嬉しそうに笑った。
「おや。気づきましたか?」
男は、剣を持ち上げた。
「さすがですね。あなたも、普通の人間ではないようだ」
俺は、黙っていた。
クロウは、得意げに続ける。
「これは、ある収集家から譲り受けたものです」
男は、黒い刀身を指でなぞった。
「かつて、多くの人間を斬り殺した剣士が使っていたそうですよ」
俺は、凝を維持したまま観察を続けた。
「その剣士は、最後には自分自身もこの剣で命を絶ったとか」
クロウは、うっとりした表情を浮かべた。
「そして、死後も剣に執着が残った」
……死後の念。
俺は、心の中で呟いた。
念能力者が死んだ後も残り続けるオーラ。
強い執着や怨念によって生じる、厄介な現象だ。
原作でも、その存在は何度も描かれていた。
目の前の剣に宿るものが、まさにそれなのだろう。
クロウは、笑みを深めた。
「この剣を持つと、不思議と相手の動きがよく見えるんです。身体も軽くなる。まるで、剣が私を導いてくれるようでね」
俺は、静かに考えた。
……なるほど。
さっきの一撃を防げた理由は、それか。
クロウ自身は、念を修得していない。
だが、剣に宿った死後の念が、持ち主の身体能力や反応を補助している可能性がある。
しかも、本人はその仕組みを理解していないようだ。
「ただし、この剣には少し困った癖がありまして」
クロウは、肩をすくめた。
「しばらく血を吸わせないと、妙に手が落ち着かなくなるんです」
俺は、剣を見つめた。
黒紫色のオーラが、脈打つように揺れている。
……持ち主への精神干渉もあるのか。
だが、それだけでクロウの行動を説明することはできない。
この男は、剣を手にする以前から殺人を繰り返していたのだろう。
剣は、もともとあった欲望を増幅しているにすぎない。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……説明は十分だ」
クロウは、首を傾げた。
「もうよろしいのですか?」
「ああ」
俺は、ナイフを握り直した。
「終わらせる」
◇
オーラを全身へ巡らせる。
練。
そして、堅。
身体を覆うオーラの密度を高める。
ただし、均等ではない。
脚部へ多く配分し、踏み込みの瞬間に必要な箇所へ流す。
――流。
クロウの表情が、わずかに変わった。
俺の身体を覆うオーラが見えているわけではない。
だが、空気が変わったことは感じ取ったのだろう。
「……何を?」
俺は、答えなかった。
右手のナイフへ、オーラを流し込む。
――周。
刃を包むオーラが、鋼鉄の表面へ密着する。
さらに、意識を集中させた。
変化系の性質を利用し、オーラの形状を刃に沿って伸ばす。
ナイフの刀身から、薄く鋭いオーラが延長された。
実際の刃渡りは二十センチほど。
だが、オーラによって形成された刃は、その倍以上の長さに達している。
まだ、完成された発ではない。
変化系の基礎的な応用。
周による武器の強化と、オーラの形状変化を組み合わせた技術だ。
俺は、ナイフを低く構えた。
……剣の間合いへ入る必要はない。
そして。
地面を蹴った。
先ほどとは、速度が違った。
脚部へ集中させたオーラが、一瞬で爆発的な推進力へ変わる。
視界の端で、石畳が後方へ流れた。
クロウの瞳が、大きく開く。
「――なっ!?」
男は、剣を動かそうとした。
だが。
遅い。
俺は、すでに懐へ入り込んでいた。
クロウの右手。
剣を握る、その手首。
そこへ、オーラの刃を走らせる。
――斬。
抵抗は、ほとんどなかった。
次の瞬間。
黒い剣が、右手ごと宙へ舞った。
「……え?」
クロウの口から、間の抜けた声が漏れた。
まだ、自分に何が起きたのか理解していない。
俺は、動きを止めなかった。
返す刀。
右腕の肘より上。
左腕。
そして、両脚。
四肢を、戦闘不能にするための位置で切断する。
連続した斬撃は、ほとんど一つの動作にしか見えなかっただろう。
最後に、俺はクロウの背後へ抜けた。
ナイフを振り、付着した血を払う。
その瞬間。
クロウの身体が、崩れ落ちた。
石畳へ倒れ込む音が響く。
男の手足は、もはや身体と繋がっていなかった。
戦闘開始から、数秒。
決着は、あまりにも早かった。
◇
俺は、すぐに振り返った。
クロウは、地面に倒れたまま動いていない。
意識はある。
だが、状況を理解できていないようだった。
俺は、ナイフを鞄へ戻すふりをして、アイテムボックスへ収納した。
そして、男へ近づいた。
……失血死させるわけにはいかない。
俺の目的は、殺害ではない。
捕獲だ。
クロウには、これまで犯してきた罪について説明してもらう必要がある。
それに、指名手配犯として正式に引き渡すつもりだった。
俺は、男の身体へ手を伸ばした。
回復能力。
昨日、リリアと自分自身に使用した能力だ。
六時間以上の睡眠によって、使用回数は回復している。
今日の残りは、三回。
俺は、対象を明確に意識した。
今回は、全身ではない。
切断面。
出血している箇所。
そして、生命維持に必要な最低限の状態。
それだけを回復させる。
――回復。
淡い光が、クロウの身体を包んだ。
切断面の血管が塞がる。
傷口が閉じる。
失われかけた循環状態が安定する。
だが、手足は再生しない。
俺が指定した範囲だけが、回復していく。
数秒後。
光が消えた。
俺は、クロウの呼吸を確認した。
……よし。
命に別状はない。
意識も保たれている。
だが、四肢を失った状態では、もう戦えない。
俺は、男の顔を見た。
クロウは、呆然としていた。
視線が、地面に落ちた自分の手足へ向いている。
そして。
ようやく、状況を理解したらしい。
「……あ……」
唇が震えた。
「……ああ……?」
俺は、黙っていた。
クロウは、自分の右腕があった場所を見た。
次に左腕。
そして、両脚。
顔色が、一気に変わった。
「……う、嘘だ……」
声が、掠れた。
「……何だ、これは……」
俺は、静かに答えた。
「……戦闘不能にした」
クロウは、俺を見た。
その瞳には、先ほどまでの余裕はなかった。
「……お、お前……!」
そして。
「うわああああああああああっ!!」
広場に、絶叫が響いた。
◇
「返せっ!!」
クロウは、喉を裂くような声で叫んだ。
「私の腕を返せ! 脚を返せ!!」
俺は、男を見下ろした。
クロウは、必死に身体を動かそうとしていた。
だが、手足はない。
胴体を捩ることしかできなかった。
「ふざけるな! こんな……こんなことが許されると思っているのか!?」
俺は、答えなかった。
男は、涙を流し始めた。
「私はハンターだぞ! 正式なプロハンターなんだ!!」
「……そうだな」
俺は、静かに頷いた。
「だからこそ、これまでの犯罪について責任を取る必要がある」
クロウは、顔を歪めた。
「犯罪!? 何の話だ!!」
「複数の殺人事件で指名手配されていることは、確認済みだ」
「証拠があるのか!?」
「あるから、指名手配されているんだろう」
クロウは、歯を食いしばった。
そして、突然笑い始めた。
「……は、はは……」
その笑いは、すぐに泣き声へ変わった。
「……違う……私は……私は悪くない……!」
俺は、黙っていた。
クロウは、支離滅裂に言葉を続けた。
「みんな、私を利用していたんだ! あの連中も! 金さえ払えば何でもやると言って……!」
俺は、わずかに眉を寄せた。
……あの連中?
クロウは、涙を流しながら叫んだ。
「子供を集めろだの、売り物を運べだの……! 私はただ、仕事を手伝っただけだ!!」
その言葉に。
俺の意識が、鋭く集中した。
……子供?
俺は、しゃがみ込んだ。
「……今、何と言った?」
クロウは、俺を睨みつけた。
「うるさい! 近づくな!!」
「子供を集める仕事をしていたのか?」
男は、唇を震わせた。
「……何だっていいだろう……!」
俺は、静かに問いを重ねた。
「誰の依頼だ?」
「知らない! 知らないと言っているだろう!!」
クロウは、泣き叫んだ。
「……あのマフィアどもが……! 流星街から子供を運んで……!」
俺は、動きを止めた。
……流星街。
その名前が、耳へ届いた瞬間。
頭の中で、いくつもの記憶が繋がった。
サラサ。
ミナ。
誘拐された子供たち。
そして、あの人身売買組織。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……流星街から?」
クロウは、目を見開いた。
どうやら、自分が何を口走ったのか理解したらしい。
「……ち、違う……!」
俺は、男の顔を見た。
「……詳しく話せ」
「知らない! 私は何も知らない!!」
クロウは、首を振った。
「……あいつらが勝手にやったんだ! 私は、ただ護衛を頼まれただけで……!」
俺は、息を整えた。
……護衛。
つまり、クロウはあの組織と接点があった。
俺が流星街で壊滅させたのは、現地で活動していた一団だ。
だが、その背後にいる組織の全容までは把握できていなかった。
もし、クロウが別の関係者と繋がっていたのなら。
……まだ、終わっていない可能性がある。
俺は、クロウへ視線を向けた。
「……組織の名前は?」
男は、唇を噛んだ。
「……知らない……」
「取引場所は?」
「……言わない……」
俺は、静かに立ち上がった。
……今は、これ以上聞いても無駄か。
クロウは、恐怖と混乱でまともに会話できる状態ではない。
だが、重要な情報は得られた。
流星街。
子供の誘拐。
マフィア。
そして、護衛の仕事。
俺は、その言葉を記憶へ刻み込んだ。
……あとで、詳しく調べる必要がある。
◇
午前九時四十五分。
俺は、広場の隅に落ちていた黒い剣を拾い上げた。
もちろん、素手では触れない。
鞄から厚手の布を取り出し、刀身を包む。
そして、凝で観察した。
黒紫色のオーラは、まだ剣に残っていた。
クロウが手放しても、消える様子はない。
……やはり、死後の念か。
俺は、剣を慎重に布で包んだ。
このまま放置するわけにはいかない。
持ち主の精神へ干渉し、暴力的な衝動を増幅させる可能性がある。
しかも、どのような条件で作用するのか、まだわかっていない。
俺は、アイテムボックスへ収納することも考えた。
だが、やめておいた。
死後の念が込められた物品を収納した場合、どのような影響があるのか確認できていない。
不必要な危険は避けるべきだ。
俺は、剣を布で包んだまま持ち上げた。
そして、クロウへ視線を向ける。
男は、まだ泣いていた。
「……助けてくれ……」
俺は、黙っていた。
「……頼む……腕を……戻してくれ……」
その声は、かつてリリアが発したものと似ていた。
だが、決定的に違うことがある。
リリアは、相手を傷つけるために戦っていたわけではない。
クロウは、他人を苦しめることを楽しんでいた。
俺は、静かに答えた。
「……命は助けた」
男は、俺を見た。
「……それ以上は、今の俺が決めることじゃない」
クロウは、何かを叫んだ。
だが、俺は聞かなかった。
俺は、鞄から連絡用の端末を取り出した。
そして、試験会場の医療区画へ連絡を入れた。
◇
午前十時二十分。
広場へ、数台の車が到着した。
先頭の車から降りてきたのは、ヴァルグだった。
その後ろには、協会の職員と医療スタッフが続いている。
ヴァルグは、広場の状況を見た瞬間、足を止めた。
「……アオ」
「おはようございます」
俺は、軽く頭を下げた。
男は、地面に横たわるクロウを見た。
そして、俺へ視線を戻した。
「……何があった?」
「クロウ・ベルガーを捕獲しました」
ヴァルグは、しばらく黙っていた。
やがて、低く息を吐く。
「……見ればわかる」
男は、腕を組んだ。
「問題は、どうやってだ」
俺は、簡潔に説明した。
クロウが広場で待ち構えていたこと。
剣に異常なオーラが宿っていたこと。
戦闘になったこと。
そして、四肢を切断して無力化したこと。
ヴァルグは、黙って聞いていた。
最後に、俺が回復能力で切断面を塞ぎ、失血死を防いだと説明すると、男は眉を上げた。
「……あの回復能力を、部分的に使ったのか?」
「はい」
「四肢を再生せず、傷口だけを治したと」
「そうです」
ヴァルグは、クロウを見た。
医療スタッフが、すでに状態を確認している。
男は、深く息を吐いた。
「……器用なことをする」
俺は、黙っていた。
ヴァルグは、少しだけ表情を引き締めた。
「アオ。お前の行動については、後で確認が必要になる」
「……わかっています」
「いくら相手が指名手配犯でも、無制限に何をしてもいいわけではない」
俺は、頷いた。
「承知しています」
ヴァルグは、俺を見た。
「……だが、捕獲したこと自体は評価する」
男は、クロウへ視線を向けた。
「俺は、ブラックリストハンターでもある。奴の指名手配については、すでに確認済みだ」
俺は、少しだけ眉を上げた。
……そうだったのか。
第三次試験の試験官としての姿しか知らなかったが、ヴァルグは犯罪者の追跡を専門とするハンターでもあったらしい。
それなら、話が早い。
「……引き渡しても?」
「ああ」
ヴァルグは、頷いた。
「正式に引き受けよう」
俺は、布で包んだ剣を差し出した。
「……それと、これも」
ヴァルグは、慎重に受け取った。
「……剣か?」
「はい。凝で見てください」
男は、目へオーラを集中させた。
そして。
表情を変えた。
「……何だ、これは」
俺は、静かに答えた。
「死後の念が宿っている可能性があります」
ヴァルグは、黒い刀身を見つめた。
その視線が、鋭くなる。
「……確かに、異常なオーラだ」
男は、布を巻き直した。
「これは、協会の専門部署へ回す必要があるな」
「お願いします」
ヴァルグは、頷いた。
そして、クロウへ視線を向けた。
「……おい、クロウ」
男は、泣きながら顔を上げた。
「……た、助けてくれ……!」
ヴァルグは、冷静に言った。
「お前には、複数の殺人事件について事情を聞く必要がある」
「……私は……!」
「言い訳は、後で聞く」
ヴァルグは、医療スタッフへ指示を出した。
「搬送しろ。生命維持を最優先に、必要な処置を行え」
スタッフたちが、クロウを担架へ移した。
男は、なおも泣き叫んでいた。
だが、誰もその言葉に取り合わなかった。
やがて、担架は車へ運び込まれた。
俺は、その様子を見送った。
◇
搬送の準備が終わった後。
俺は、ヴァルグへもう一つの話をした。
「……試験官」
「何だ?」
「クロウが、気になることを口走りました」
ヴァルグは、眉を寄せた。
「……何を?」
俺は、静かに答えた。
「流星街から子供を誘拐していたマフィアと、繋がりがあるようです」
ヴァルグの表情が、変わった。
「……流星街?」
「はい」
俺は、クロウが口走った内容を説明した。
子供を集める仕事。
売り物を運ぶ仕事。
マフィア。
そして、護衛。
ヴァルグは、黙って聞いていた。
やがて、低い声で言った。
「……なるほど」
男は、少し考えた。
「その件についても、調べる必要があるな」
俺は、頷いた。
「お願いします」
ヴァルグは、俺を見た。
「……お前、流星街と関係があるのか?」
俺は、少しだけ考えた。
そして。
「……そこで育ちました」
ヴァルグは、目を細めた。
「……そうか」
それ以上、深くは聞かなかった。
俺も、詳しく説明するつもりはなかった。
サラサ。
クロロ。
ウボォーギン。
マチ。
そして、流星街の仲間たち。
彼らを巻き込むようなことは、避けたい。
だが、あの人身売買組織の残党がまだ存在するなら、放置するわけにはいかない。
俺は、静かに口を開いた。
「……もし、何かわかったら連絡をもらえますか?」
ヴァルグは、頷いた。
「可能な範囲でな」
「ありがとうございます」
俺は、軽く頭を下げた。
ヴァルグは、しばらく俺を見ていた。
そして。
「……アオ」
「はい」
「お前は、これから心源流の総本山へ向かうんだったな」
「はい」
「……なら、今は修行に集中しろ」
俺は、男を見た。
ヴァルグは、真剣な表情だった。
「今回の戦いで、お前の実力は十分にわかった。だが、まだ伸びる余地はある」
俺は、頷いた。
「……そう思っています」
「ネテロ会長の下で学べる機会など、そうそうない。無駄にするな」
俺は、深く頭を下げた。
「……はい」
ヴァルグは、満足そうに頷いた。
「よし」
そして、少しだけ笑った。
「……次に会うときは、俺も負けんぞ」
俺は、思わず口元を緩めた。
「……俺も、もっと強くなります」
ヴァルグは、豪快に笑った。
「はっはっは! それでこそだ!」
◇
午前十一時。
俺は、宿泊施設へ戻ってきた。
心源流の総本山へ向かう車は、まだ待っていた。
運転手は、俺を見ると軽く頭を下げた。
「……お戻りになりましたか」
「……お待たせしました」
俺は、申し訳なく思いながら頭を下げた。
「……用事は、済みましたか?」
「はい」
俺は、頷いた。
「……もう、大丈夫です」
運転手は、笑った。
「それでは、出発しましょう」
俺は、車へ乗り込んだ。
窓の外には、朝とは違う景色が広がっている。
雲が流れ、陽光が街を照らしていた。
俺は、座席へ深く腰掛けた。
……終わったな。
クロウ・ベルガー。
あの男は、捕獲された。
少なくとも、今すぐ誰かを傷つけることはできない。
だが、完全に終わったわけではない。
流星街。
人身売買組織。
そして、まだ見ぬ関係者たち。
新たな問題が、浮かび上がってきた。
俺は、窓の外を見た。
……今は、修行だ。
強くなる。
念を磨く。
戦闘技術を高める。
自己流ではなく、体系化された技術を身につける。
それが、次の目標だ。
俺は、鞄からハンターライセンスを取り出した。
手のひらに収まる、小さなカード。
だが、その一枚が、俺の人生を大きく変えた。
流星街で目を覚ましたあの日。
食料も水もなく、壊れた建物の隙間で眠った。
あの頃の俺には、想像もできなかった。
こうして、ハンターライセンスを手にし、ネテロの下で修行する日が来るとは。
俺は、カードを見つめた。
……ここからだな。
ハンターになったことは、終わりではない。
むしろ、始まりだ。
俺は、ライセンスをしまった。
そして、目を閉じた。
車が、ゆっくりと動き始める。
目的地は、心源流の総本山。
そこで待つのは、今までとは違う修行の日々。
そして。
さらなる強さへと続く道だった。