流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第二十七話 黒き凶刃と、流星街の因縁

第六十九回ハンター試験が終了した翌朝。

 午前九時十二分。

 俺は、試験会場の宿泊施設を後にしていた。

 心源流の総本山へ向かう迎えの車には、少し待ってもらっている。

 本来なら、今頃は車内でこれからの修行について考えていたはずだ。

 だが、どうしても片づけておきたいことがあった。

 クロウ・ベルガー。

 複数の殺人事件で指名手配されている快楽殺人者。

 そして、リリアを嬲り、左腕を切断した男。

 第三次試験であの男が見せた行動は、単なる戦闘ではなかった。相手を恐怖に陥れ、苦しむ様子を楽しむための行為だった。

 ハンター試験の規則上、クロウの合格は認められた。

 最終試験でもネテロ会長との面接を通過し、正式なプロハンターとなっている。

 しかし、ハンターライセンスを取得したからといって、過去の犯罪が消えるわけではない。

 俺は、宿泊施設の裏手にある通用門を抜けた。

 ……まずは、居場所だ。

 クロウは昨日、合格発表の後も施設内に残っていた。

 そして今朝、協会職員から聞いた話では、すでに宿泊施設を出ているらしい。

 行き先は不明。

 だが、完全に手がかりがないわけではなかった。

 俺は、右手に持った小さな紙片へ視線を落とした。

 そこには、施設の警備員から聞き出した情報が記されている。

『黒髪の剣士。午前八時四十分頃、東門から徒歩で退出』

 東門。

 その先には、古い商業地区がある。

 さらに東へ進めば、再開発から取り残された倉庫街だ。

 俺は紙片を畳み、鞄の内側へしまうふりをしてアイテムボックスへ収納した。

 そして、歩き始めた。

 焦る必要はない。

 だが、時間をかけすぎるつもりもなかった。

 リリアは、もうミレーヌとともに旅立った。

 俺も、ネテロから与えられた機会を無駄にはしたくない。

 クロウを捕らえ、ヴァルグへ引き渡す。

 それが済めば、心源流の総本山へ向かう。

 目的は明確だった。

     ◇

 午前九時二十七分。

 古い商業地区を抜けた俺は、倉庫街へ足を踏み入れていた。

 道幅は広いが、人通りはほとんどない。

 両側には、使われなくなった工場や倉庫が並んでいる。

 窓ガラスの割れた建物。

 錆びついた鉄柵。

 雑草に覆われた空き地。

 遠くから、金属を叩くような音が聞こえてきた。

 俺は、歩調を落とした。

 ……妙だな。

 ここへ来るまで、何度かクロウの足跡らしきものを確認している。

 柔らかい土の上に残された靴跡。

 倉庫の壁に付着した新しい泥。

 そして、通りの角で一瞬だけ見えた黒い外套。

 だが、その痕跡はあまりにもわかりやすかった。

 まるで、こちらを誘導しているように。

 俺は、建物の陰で立ち止まった。

 ……気づかれているか。

 クロウは、俺が追ってくることを予想していたのかもしれない。

 昨日の談話室で、俺が怒りを隠していなかったことは確かだ。

 あの男なら、それを利用しようと考えても不思議ではない。

 俺は、呼吸を整えた。

 そして、静かに念を巡らせる。

 纏。

 身体の周囲にオーラを留め、気配を抑えながら歩く。

 さらに、周囲の状況を確認するため、円を展開した。

 半径十五メートル。

 俺が安定して維持できる範囲だ。

 建物の壁。

 地面に散らばる小石。

 錆びた鉄柱。

 その一つ一つが、感覚として伝わってくる。

 俺は、慎重に進んだ。

 そして。

 倉庫街の奥にある、開けた場所へ出た。

     ◇

 そこは、古い広場だった。

 かつては資材の集積場として使われていたのだろう。

 地面には石畳が敷かれ、周囲を三階建てほどの倉庫が囲んでいる。

 中央には、壊れた噴水。

 その周囲には、朽ちた木箱がいくつか転がっていた。

 人影はない。

 いや。

 一人だけ、いた。

 広場の中央。

 壊れた噴水の前に、黒い外套を着た男が立っている。

 クロウ・ベルガー。

 男は、こちらを向いていた。

 腰の剣には、すでに手が掛けられている。

 その立ち姿は、昨日の談話室で見せたものとは違っていた。

 重心が低い。

 足幅も適切。

 いつでも剣を抜ける姿勢だ。

 明らかに、戦闘を想定している。

「……やはり、来ましたか」

 クロウが、口を開いた。

 俺は、広場の入口で足を止めた。

「待っていたのか」

「ええ」

 男は、薄く笑った。

「あなたの目を見れば、わかりますよ。昨日からずっと、私を殺したくて仕方がなかったのでしょう?」

 俺は、答えなかった。

 クロウは、楽しそうに続ける。

「それにしても、たった一人で来るとは。随分と勇敢ですね」

「……ここなら、人を巻き込まずに済む」

 俺がそう言うと、男は笑みを深めた。

「なるほど。そういうことですか」

 クロウは、ゆっくりと剣を抜いた。

 細身の片刃剣。

 刃渡りは、およそ八十センチ。

 刀身は黒ずんでおり、ところどころに赤黒い染みのようなものが見える。

 俺は、その剣を見た。

 ……普通の剣じゃないな。

 まだ念を込めて観察してはいない。

 だが、何かが引っかかった。

 クロウは、剣を肩の高さへ構えた。

「さあ、アオ君」

 男の笑みが、歪んだ。

「昨日の少女のように、泣いてくれると嬉しいのですが」

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺の中で、何かが静かに切り替わった。

 怒りはある。

 だが、戦闘中にそれへ意識を奪われるつもりはない。

 俺は、右手を鞄の内側へ入れた。

 アイテムボックスから、一本のナイフを取り出す。

 流星街で手に入れた、古い軍用ナイフ。

 何度も手入れを重ね、刃を研ぎ直してきたものだ。

 俺は、ナイフを逆手に構えた。

 そして。

 地面を蹴った。

     ◇

 石畳が、小さく砕けた。

 次の瞬間。

 俺の身体は、クロウの目前へ迫っていた。

「……っ!?」

 男の表情が変わる。

 俺は、右手のナイフを振り抜いた。

 狙いは、剣を持つ右腕。

 だが。

 ――ギィンッ!

 甲高い金属音が、広場へ響いた。

 クロウの剣が、俺のナイフを受け止めていた。

 ……防いだか。

 刃と刃が噛み合う。

 わずかな鍔迫り合い。

 クロウの腕に力が入り、黒い刀身が押し込まれてくる。

「……速いですね!」

 男が、歯を見せて笑った。

「ですが、それだけでは――」

 俺は、最後まで聞かなかった。

 左足を軸に身体を捻り、相手の力を横へ逃がす。

 そのまま大きく後方へ跳んだ。

 十メートル近い距離を、一息で離れる。

 着地と同時に、ナイフを構え直した。

 クロウは、追ってこなかった。

 代わりに、剣を眺めながら笑っている。

「……どうしました? もう終わりですか?」

 俺は、男の言葉を無視した。

 そして、目へオーラを集中させた。

 ――凝。

 視界が変わる。

 クロウの身体。

 剣。

 その周囲を流れるオーラ。

 俺は、わずかに眉を寄せた。

 ……何だ、これは。

 剣に、オーラが宿っていた。

 ただし、クロウ自身が発しているものではない。

 刀身の内部。

 そこへ染み込むように、黒紫色のオーラが絡みついている。

 不規則に揺れ、時折、細い糸のように周囲へ伸びていた。

 まるで、剣そのものが何かを求めているような動きだった。

 俺は、目を細めた。

 ……念が込められた武器か。

 しかも、相当に質が悪い。

 オーラから感じるのは、強烈な執着。

 憎悪。

 そして、他者を傷つけることへの異様な欲求だった。

 俺は、剣から視線を離さずに尋ねた。

「……その剣、どこで手に入れた?」

 クロウは、嬉しそうに笑った。

「おや。気づきましたか?」

 男は、剣を持ち上げた。

「さすがですね。あなたも、普通の人間ではないようだ」

 俺は、黙っていた。

 クロウは、得意げに続ける。

「これは、ある収集家から譲り受けたものです」

 男は、黒い刀身を指でなぞった。

「かつて、多くの人間を斬り殺した剣士が使っていたそうですよ」

 俺は、凝を維持したまま観察を続けた。

「その剣士は、最後には自分自身もこの剣で命を絶ったとか」

 クロウは、うっとりした表情を浮かべた。

「そして、死後も剣に執着が残った」

 ……死後の念。

 俺は、心の中で呟いた。

 念能力者が死んだ後も残り続けるオーラ。

 強い執着や怨念によって生じる、厄介な現象だ。

 原作でも、その存在は何度も描かれていた。

 目の前の剣に宿るものが、まさにそれなのだろう。

 クロウは、笑みを深めた。

「この剣を持つと、不思議と相手の動きがよく見えるんです。身体も軽くなる。まるで、剣が私を導いてくれるようでね」

 俺は、静かに考えた。

 ……なるほど。

 さっきの一撃を防げた理由は、それか。

 クロウ自身は、念を修得していない。

 だが、剣に宿った死後の念が、持ち主の身体能力や反応を補助している可能性がある。

 しかも、本人はその仕組みを理解していないようだ。

「ただし、この剣には少し困った癖がありまして」

 クロウは、肩をすくめた。

「しばらく血を吸わせないと、妙に手が落ち着かなくなるんです」

 俺は、剣を見つめた。

 黒紫色のオーラが、脈打つように揺れている。

 ……持ち主への精神干渉もあるのか。

 だが、それだけでクロウの行動を説明することはできない。

 この男は、剣を手にする以前から殺人を繰り返していたのだろう。

 剣は、もともとあった欲望を増幅しているにすぎない。

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

「……説明は十分だ」

 クロウは、首を傾げた。

「もうよろしいのですか?」

「ああ」

 俺は、ナイフを握り直した。

「終わらせる」

     ◇

 オーラを全身へ巡らせる。

 練。

 そして、堅。

 身体を覆うオーラの密度を高める。

 ただし、均等ではない。

 脚部へ多く配分し、踏み込みの瞬間に必要な箇所へ流す。

 ――流。

 クロウの表情が、わずかに変わった。

 俺の身体を覆うオーラが見えているわけではない。

 だが、空気が変わったことは感じ取ったのだろう。

「……何を?」

 俺は、答えなかった。

 右手のナイフへ、オーラを流し込む。

 ――周。

 刃を包むオーラが、鋼鉄の表面へ密着する。

 さらに、意識を集中させた。

 変化系の性質を利用し、オーラの形状を刃に沿って伸ばす。

 ナイフの刀身から、薄く鋭いオーラが延長された。

 実際の刃渡りは二十センチほど。

 だが、オーラによって形成された刃は、その倍以上の長さに達している。

 まだ、完成された発ではない。

 変化系の基礎的な応用。

 周による武器の強化と、オーラの形状変化を組み合わせた技術だ。

 俺は、ナイフを低く構えた。

 ……剣の間合いへ入る必要はない。

 そして。

 地面を蹴った。

 先ほどとは、速度が違った。

 脚部へ集中させたオーラが、一瞬で爆発的な推進力へ変わる。

 視界の端で、石畳が後方へ流れた。

 クロウの瞳が、大きく開く。

「――なっ!?」

 男は、剣を動かそうとした。

 だが。

 遅い。

 俺は、すでに懐へ入り込んでいた。

 クロウの右手。

 剣を握る、その手首。

 そこへ、オーラの刃を走らせる。

 ――斬。

 抵抗は、ほとんどなかった。

 次の瞬間。

 黒い剣が、右手ごと宙へ舞った。

「……え?」

 クロウの口から、間の抜けた声が漏れた。

 まだ、自分に何が起きたのか理解していない。

 俺は、動きを止めなかった。

 返す刀。

 右腕の肘より上。

 左腕。

 そして、両脚。

 四肢を、戦闘不能にするための位置で切断する。

 連続した斬撃は、ほとんど一つの動作にしか見えなかっただろう。

 最後に、俺はクロウの背後へ抜けた。

 ナイフを振り、付着した血を払う。

 その瞬間。

 クロウの身体が、崩れ落ちた。

 石畳へ倒れ込む音が響く。

 男の手足は、もはや身体と繋がっていなかった。

 戦闘開始から、数秒。

 決着は、あまりにも早かった。

     ◇

 俺は、すぐに振り返った。

 クロウは、地面に倒れたまま動いていない。

 意識はある。

 だが、状況を理解できていないようだった。

 俺は、ナイフを鞄へ戻すふりをして、アイテムボックスへ収納した。

 そして、男へ近づいた。

 ……失血死させるわけにはいかない。

 俺の目的は、殺害ではない。

 捕獲だ。

 クロウには、これまで犯してきた罪について説明してもらう必要がある。

 それに、指名手配犯として正式に引き渡すつもりだった。

 俺は、男の身体へ手を伸ばした。

 回復能力。

 昨日、リリアと自分自身に使用した能力だ。

 六時間以上の睡眠によって、使用回数は回復している。

 今日の残りは、三回。

 俺は、対象を明確に意識した。

 今回は、全身ではない。

 切断面。

 出血している箇所。

 そして、生命維持に必要な最低限の状態。

 それだけを回復させる。

 ――回復。

 淡い光が、クロウの身体を包んだ。

 切断面の血管が塞がる。

 傷口が閉じる。

 失われかけた循環状態が安定する。

 だが、手足は再生しない。

 俺が指定した範囲だけが、回復していく。

 数秒後。

 光が消えた。

 俺は、クロウの呼吸を確認した。

 ……よし。

 命に別状はない。

 意識も保たれている。

 だが、四肢を失った状態では、もう戦えない。

 俺は、男の顔を見た。

 クロウは、呆然としていた。

 視線が、地面に落ちた自分の手足へ向いている。

 そして。

 ようやく、状況を理解したらしい。

「……あ……」

 唇が震えた。

「……ああ……?」

 俺は、黙っていた。

 クロウは、自分の右腕があった場所を見た。

 次に左腕。

 そして、両脚。

 顔色が、一気に変わった。

「……う、嘘だ……」

 声が、掠れた。

「……何だ、これは……」

 俺は、静かに答えた。

「……戦闘不能にした」

 クロウは、俺を見た。

 その瞳には、先ほどまでの余裕はなかった。

「……お、お前……!」

 そして。

「うわああああああああああっ!!」

 広場に、絶叫が響いた。

     ◇

「返せっ!!」

 クロウは、喉を裂くような声で叫んだ。

「私の腕を返せ! 脚を返せ!!」

 俺は、男を見下ろした。

 クロウは、必死に身体を動かそうとしていた。

 だが、手足はない。

 胴体を捩ることしかできなかった。

「ふざけるな! こんな……こんなことが許されると思っているのか!?」

 俺は、答えなかった。

 男は、涙を流し始めた。

「私はハンターだぞ! 正式なプロハンターなんだ!!」

「……そうだな」

 俺は、静かに頷いた。

「だからこそ、これまでの犯罪について責任を取る必要がある」

 クロウは、顔を歪めた。

「犯罪!? 何の話だ!!」

「複数の殺人事件で指名手配されていることは、確認済みだ」

「証拠があるのか!?」

「あるから、指名手配されているんだろう」

 クロウは、歯を食いしばった。

 そして、突然笑い始めた。

「……は、はは……」

 その笑いは、すぐに泣き声へ変わった。

「……違う……私は……私は悪くない……!」

 俺は、黙っていた。

 クロウは、支離滅裂に言葉を続けた。

「みんな、私を利用していたんだ! あの連中も! 金さえ払えば何でもやると言って……!」

 俺は、わずかに眉を寄せた。

 ……あの連中?

 クロウは、涙を流しながら叫んだ。

「子供を集めろだの、売り物を運べだの……! 私はただ、仕事を手伝っただけだ!!」

 その言葉に。

 俺の意識が、鋭く集中した。

 ……子供?

 俺は、しゃがみ込んだ。

「……今、何と言った?」

 クロウは、俺を睨みつけた。

「うるさい! 近づくな!!」

「子供を集める仕事をしていたのか?」

 男は、唇を震わせた。

「……何だっていいだろう……!」

 俺は、静かに問いを重ねた。

「誰の依頼だ?」

「知らない! 知らないと言っているだろう!!」

 クロウは、泣き叫んだ。

「……あのマフィアどもが……! 流星街から子供を運んで……!」

 俺は、動きを止めた。

 ……流星街。

 その名前が、耳へ届いた瞬間。

 頭の中で、いくつもの記憶が繋がった。

 サラサ。

 ミナ。

 誘拐された子供たち。

 そして、あの人身売買組織。

 俺は、ゆっくりと口を開いた。

「……流星街から?」

 クロウは、目を見開いた。

 どうやら、自分が何を口走ったのか理解したらしい。

「……ち、違う……!」

 俺は、男の顔を見た。

「……詳しく話せ」

「知らない! 私は何も知らない!!」

 クロウは、首を振った。

「……あいつらが勝手にやったんだ! 私は、ただ護衛を頼まれただけで……!」

 俺は、息を整えた。

 ……護衛。

 つまり、クロウはあの組織と接点があった。

 俺が流星街で壊滅させたのは、現地で活動していた一団だ。

 だが、その背後にいる組織の全容までは把握できていなかった。

 もし、クロウが別の関係者と繋がっていたのなら。

 ……まだ、終わっていない可能性がある。

 俺は、クロウへ視線を向けた。

「……組織の名前は?」

 男は、唇を噛んだ。

「……知らない……」

「取引場所は?」

「……言わない……」

 俺は、静かに立ち上がった。

 ……今は、これ以上聞いても無駄か。

 クロウは、恐怖と混乱でまともに会話できる状態ではない。

 だが、重要な情報は得られた。

 流星街。

 子供の誘拐。

 マフィア。

 そして、護衛の仕事。

 俺は、その言葉を記憶へ刻み込んだ。

 ……あとで、詳しく調べる必要がある。

     ◇

 午前九時四十五分。

 俺は、広場の隅に落ちていた黒い剣を拾い上げた。

 もちろん、素手では触れない。

 鞄から厚手の布を取り出し、刀身を包む。

 そして、凝で観察した。

 黒紫色のオーラは、まだ剣に残っていた。

 クロウが手放しても、消える様子はない。

 ……やはり、死後の念か。

 俺は、剣を慎重に布で包んだ。

 このまま放置するわけにはいかない。

 持ち主の精神へ干渉し、暴力的な衝動を増幅させる可能性がある。

 しかも、どのような条件で作用するのか、まだわかっていない。

 俺は、アイテムボックスへ収納することも考えた。

 だが、やめておいた。

 死後の念が込められた物品を収納した場合、どのような影響があるのか確認できていない。

 不必要な危険は避けるべきだ。

 俺は、剣を布で包んだまま持ち上げた。

 そして、クロウへ視線を向ける。

 男は、まだ泣いていた。

「……助けてくれ……」

 俺は、黙っていた。

「……頼む……腕を……戻してくれ……」

 その声は、かつてリリアが発したものと似ていた。

 だが、決定的に違うことがある。

 リリアは、相手を傷つけるために戦っていたわけではない。

 クロウは、他人を苦しめることを楽しんでいた。

 俺は、静かに答えた。

「……命は助けた」

 男は、俺を見た。

「……それ以上は、今の俺が決めることじゃない」

 クロウは、何かを叫んだ。

 だが、俺は聞かなかった。

 俺は、鞄から連絡用の端末を取り出した。

 そして、試験会場の医療区画へ連絡を入れた。

     ◇

 午前十時二十分。

 広場へ、数台の車が到着した。

 先頭の車から降りてきたのは、ヴァルグだった。

 その後ろには、協会の職員と医療スタッフが続いている。

 ヴァルグは、広場の状況を見た瞬間、足を止めた。

「……アオ」

「おはようございます」

 俺は、軽く頭を下げた。

 男は、地面に横たわるクロウを見た。

 そして、俺へ視線を戻した。

「……何があった?」

「クロウ・ベルガーを捕獲しました」

 ヴァルグは、しばらく黙っていた。

 やがて、低く息を吐く。

「……見ればわかる」

 男は、腕を組んだ。

「問題は、どうやってだ」

 俺は、簡潔に説明した。

 クロウが広場で待ち構えていたこと。

 剣に異常なオーラが宿っていたこと。

 戦闘になったこと。

 そして、四肢を切断して無力化したこと。

 ヴァルグは、黙って聞いていた。

 最後に、俺が回復能力で切断面を塞ぎ、失血死を防いだと説明すると、男は眉を上げた。

「……あの回復能力を、部分的に使ったのか?」

「はい」

「四肢を再生せず、傷口だけを治したと」

「そうです」

 ヴァルグは、クロウを見た。

 医療スタッフが、すでに状態を確認している。

 男は、深く息を吐いた。

「……器用なことをする」

 俺は、黙っていた。

 ヴァルグは、少しだけ表情を引き締めた。

「アオ。お前の行動については、後で確認が必要になる」

「……わかっています」

「いくら相手が指名手配犯でも、無制限に何をしてもいいわけではない」

 俺は、頷いた。

「承知しています」

 ヴァルグは、俺を見た。

「……だが、捕獲したこと自体は評価する」

 男は、クロウへ視線を向けた。

「俺は、ブラックリストハンターでもある。奴の指名手配については、すでに確認済みだ」

 俺は、少しだけ眉を上げた。

 ……そうだったのか。

 第三次試験の試験官としての姿しか知らなかったが、ヴァルグは犯罪者の追跡を専門とするハンターでもあったらしい。

 それなら、話が早い。

「……引き渡しても?」

「ああ」

 ヴァルグは、頷いた。

「正式に引き受けよう」

 俺は、布で包んだ剣を差し出した。

「……それと、これも」

 ヴァルグは、慎重に受け取った。

「……剣か?」

「はい。凝で見てください」

 男は、目へオーラを集中させた。

 そして。

 表情を変えた。

「……何だ、これは」

 俺は、静かに答えた。

「死後の念が宿っている可能性があります」

 ヴァルグは、黒い刀身を見つめた。

 その視線が、鋭くなる。

「……確かに、異常なオーラだ」

 男は、布を巻き直した。

「これは、協会の専門部署へ回す必要があるな」

「お願いします」

 ヴァルグは、頷いた。

 そして、クロウへ視線を向けた。

「……おい、クロウ」

 男は、泣きながら顔を上げた。

「……た、助けてくれ……!」

 ヴァルグは、冷静に言った。

「お前には、複数の殺人事件について事情を聞く必要がある」

「……私は……!」

「言い訳は、後で聞く」

 ヴァルグは、医療スタッフへ指示を出した。

「搬送しろ。生命維持を最優先に、必要な処置を行え」

 スタッフたちが、クロウを担架へ移した。

 男は、なおも泣き叫んでいた。

 だが、誰もその言葉に取り合わなかった。

 やがて、担架は車へ運び込まれた。

 俺は、その様子を見送った。

     ◇

 搬送の準備が終わった後。

 俺は、ヴァルグへもう一つの話をした。

「……試験官」

「何だ?」

「クロウが、気になることを口走りました」

 ヴァルグは、眉を寄せた。

「……何を?」

 俺は、静かに答えた。

「流星街から子供を誘拐していたマフィアと、繋がりがあるようです」

 ヴァルグの表情が、変わった。

「……流星街?」

「はい」

 俺は、クロウが口走った内容を説明した。

 子供を集める仕事。

 売り物を運ぶ仕事。

 マフィア。

 そして、護衛。

 ヴァルグは、黙って聞いていた。

 やがて、低い声で言った。

「……なるほど」

 男は、少し考えた。

「その件についても、調べる必要があるな」

 俺は、頷いた。

「お願いします」

 ヴァルグは、俺を見た。

「……お前、流星街と関係があるのか?」

 俺は、少しだけ考えた。

 そして。

「……そこで育ちました」

 ヴァルグは、目を細めた。

「……そうか」

 それ以上、深くは聞かなかった。

 俺も、詳しく説明するつもりはなかった。

 サラサ。

 クロロ。

 ウボォーギン。

 マチ。

 そして、流星街の仲間たち。

 彼らを巻き込むようなことは、避けたい。

 だが、あの人身売買組織の残党がまだ存在するなら、放置するわけにはいかない。

 俺は、静かに口を開いた。

「……もし、何かわかったら連絡をもらえますか?」

 ヴァルグは、頷いた。

「可能な範囲でな」

「ありがとうございます」

 俺は、軽く頭を下げた。

 ヴァルグは、しばらく俺を見ていた。

 そして。

「……アオ」

「はい」

「お前は、これから心源流の総本山へ向かうんだったな」

「はい」

「……なら、今は修行に集中しろ」

 俺は、男を見た。

 ヴァルグは、真剣な表情だった。

「今回の戦いで、お前の実力は十分にわかった。だが、まだ伸びる余地はある」

 俺は、頷いた。

「……そう思っています」

「ネテロ会長の下で学べる機会など、そうそうない。無駄にするな」

 俺は、深く頭を下げた。

「……はい」

 ヴァルグは、満足そうに頷いた。

「よし」

 そして、少しだけ笑った。

「……次に会うときは、俺も負けんぞ」

 俺は、思わず口元を緩めた。

「……俺も、もっと強くなります」

 ヴァルグは、豪快に笑った。

「はっはっは! それでこそだ!」

     ◇

 午前十一時。

 俺は、宿泊施設へ戻ってきた。

 心源流の総本山へ向かう車は、まだ待っていた。

 運転手は、俺を見ると軽く頭を下げた。

「……お戻りになりましたか」

「……お待たせしました」

 俺は、申し訳なく思いながら頭を下げた。

「……用事は、済みましたか?」

「はい」

 俺は、頷いた。

「……もう、大丈夫です」

 運転手は、笑った。

「それでは、出発しましょう」

 俺は、車へ乗り込んだ。

 窓の外には、朝とは違う景色が広がっている。

 雲が流れ、陽光が街を照らしていた。

 俺は、座席へ深く腰掛けた。

 ……終わったな。

 クロウ・ベルガー。

 あの男は、捕獲された。

 少なくとも、今すぐ誰かを傷つけることはできない。

 だが、完全に終わったわけではない。

 流星街。

 人身売買組織。

 そして、まだ見ぬ関係者たち。

 新たな問題が、浮かび上がってきた。

 俺は、窓の外を見た。

 ……今は、修行だ。

 強くなる。

 念を磨く。

 戦闘技術を高める。

 自己流ではなく、体系化された技術を身につける。

 それが、次の目標だ。

 俺は、鞄からハンターライセンスを取り出した。

 手のひらに収まる、小さなカード。

 だが、その一枚が、俺の人生を大きく変えた。

 流星街で目を覚ましたあの日。

 食料も水もなく、壊れた建物の隙間で眠った。

 あの頃の俺には、想像もできなかった。

 こうして、ハンターライセンスを手にし、ネテロの下で修行する日が来るとは。

 俺は、カードを見つめた。

 ……ここからだな。

 ハンターになったことは、終わりではない。

 むしろ、始まりだ。

 俺は、ライセンスをしまった。

 そして、目を閉じた。

 車が、ゆっくりと動き始める。

 目的地は、心源流の総本山。

 そこで待つのは、今までとは違う修行の日々。

 そして。

 さらなる強さへと続く道だった。

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