流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第二十九話 飛躍の一年――愚か者の宝物庫

――一九八五年、春。

 心源流拳法総本山。

 深い山々に囲まれたその修行場に、一人の少年が立っていた。

 黒髪に黒い瞳。まだ幼さの残る顔立ちではあるものの、一年前と比べれば背丈も伸び、身体つきも随分と引き締まっている。

 名はアオ。

 流星街で育ち、前年の第272期ハンター試験を突破した少年である。

 そして今、彼は総本山の最も広い演武場で、十人の門下生と向かい合っていた。

「それでは、始め!」

 師範代ゲンザの号令が響く。

 次の瞬間、十人が一斉に動いた。

 正面から三人。

 左右からそれぞれ二人。

 残る三人は後方に回り込み、退路を塞ぐ。

 全員が心源流拳法の修行を積んだ念能力者だった。少なくとも、街のごろつき程度なら一人で数十人を相手にできる実力を持っている。

 それでも、アオは動じなかった。

「ふっ!」

 正面の男が踏み込む。

 拳には十分なオーラが集中していた。

 アオは半歩だけ身体をずらした。

 拳が頬の横を通り過ぎる。

 その腕に軽く手を添え、相手の勢いを利用して身体を入れ替える。

 男の重心が崩れた。

 そこへ左側から蹴りが飛ぶ。

 アオは倒れかけた男を盾にするような位置へ移動した。

「なっ――!」

 蹴りを放った門下生が慌てて軌道を変える。

 その一瞬。

 アオの足が床を滑った。

 乾いた音が二つ。

 蹴りを放った男の脇腹と、最初の男の胸元に掌が触れる。

 どちらも強打ではない。

 しかし、オーラを集中させた瞬間だけ鋭い衝撃が走り、二人は同時に後退した。

「二人!」

 ゲンザが声を上げる。

 残る八人。

 アオの背後から、二人が同時に襲いかかった。

 だが、アオは振り向かなかった。

 足音。

 衣擦れ。

 床を踏み込む際の微かな振動。

 そして、背後に広げた薄いオーラが捉える接近の気配。

 それらを統合した瞬間には、すでに次の動作が決まっていた。

 身を沈める。

 頭上を二本の腕が通り過ぎる。

 アオは片方の足首を払うと同時に、もう一人の膝裏へ肘を当てた。

 二人が崩れる。

 倒れた相手には追撃しない。

 次の攻撃が来ることを、すでに理解していたからだ。

「そこだ!」

 右側から迫った男が、渾身の正拳を放つ。

 アオはその拳を受けた。

 正確には、拳が触れる一瞬だけ前腕にオーラを集めていた。

 流。

 攻防力移動。

 一年前には、移動の際に肩へ余分なオーラが残り、脇腹の防御が薄くなる癖があった。

 今は違う。

 必要な瞬間。

 必要な場所。

 必要な量。

 拳を受け止めた前腕から、次の瞬間にはオーラが足へ移動していた。

 アオは床を蹴る。

 相手の懐へ潜り込み、肩で体勢を崩した。

 男の身体が浮く。

 そして、受け身を取れる角度で床へ落ちた。

「五人!」

 ゲンザの声が、わずかに上ずった。

 演武場の周囲には、修行を終えた門下生たちが集まっていた。

 誰もが口を閉ざしている。

 十対一。

 しかも相手は、念の基本を身につけた修行者たちだ。

 普通なら、いかに才能があっても十一歳前後の少年が勝てる組み合わせではない。

 だが、その少年は呼吸一つ乱していなかった。

「……本当に、人間かよ」

 誰かが呟いた。

 その声を聞いたゲンザも、否定できなかった。

 残る五人が包囲を狭める。

 アオは小さく息を吐いた。

「悪いな。少し速度を上げる」

 次の瞬間。

 少年の姿が、五人の視界から消えた。

 いや。

 消えたように見えただけだ。

 身体能力に恵まれた者が、正しい姿勢と正確なオーラ操作を手に入れたとき。

 その速度は、単なる脚力の延長では説明できない領域に達する。

 アオは一人目の懐に入った。

 掌底。

 二人目の横を抜ける。

 足払い。

 三人目の拳を流し、その腕を取って投げる。

 四人目には指先で額を軽く突いた。

 最後の一人が、苦し紛れに大振りの蹴りを放つ。

 アオはその足を避け、相手の背後へ回った。

 首筋に、二本の指を添える。

「終わりだ」

 静寂。

 そして。

「……そこまで!」

 ゲンザの号令が響いた。

 演武場に残っていた十人の門下生は、全員が床に膝をつくか、倒れ込んでいた。

 対するアオは、わずかに息を弾ませているだけだった。

「お疲れさまでした」

 そう言って頭を下げる少年に、誰もすぐには返事を返せなかった。

 やがて、一人が苦笑した。

「おい、アオ。去年は俺の投げ技に三回も引っかかってたよな?」

「ええ。おかげで対策を覚えました」

「対策って……今じゃ投げる前に俺の重心を崩してくるじゃねえか」

「まだ改善できると思います」

「それ以上改善されてたまるか!」

 周囲から笑いが起こる。

 しかし、ゲンザだけは笑っていなかった。

 彼はアオの動きを、最初から最後まで見ていた。

 無駄がない。

 それどころか、去年と比べれば身体の使い方そのものが別人だった。

 才能という言葉だけでは片づけられない。

 あまりにも成長が速すぎる。

 その理由を知る者は、この総本山でもほとんどいなかった。

     ◇

 一年前。

 アオが総本山へ入門した翌朝のことだった。

「百回連続。途中で一度でも失敗したら最初からよ」

 ビスケット=クルーガーは、にっこり笑ってそう告げた。

 目の前には、小さな石と木製の的。

 課題は単純だった。

 指先から最小限のオーラを移し、石を弾いて的の中心へ当てる。

 ただし、石の威力が強すぎても弱すぎても失敗。

 オーラの移動に乱れがあっても失敗。

 指の動きが大きすぎても失敗。

 そして、それを百回連続で成功させなければならない。

「……なかなか厳しいですね」

「厳しい? あんたが今までやってきた戦い方に比べたら、随分優しい課題よ」

 ビスケは笑顔のまま答えた。

「力があるのはわかった。反応も速い。オーラの総量も年齢を考えれば異常なくらい。でもね、それだけじゃ駄目なの」

 彼女は小石を一つ摘まんだ。

 軽く弾く。

 石は一直線に飛び、的の中央へ当たった。

 ほとんど音もしない。

 だが、的の中心に小さな跡が残っていた。

「必要な分だけ使う。余計な分は一切出さない。これができなきゃ、どんな大きなオーラを持ってたって宝の持ち腐れよ」

 アオは頷いた。

 そして、石を弾いた。

 失敗。

 二回目。

 失敗。

 三回目。

 的には当たったが、オーラが多すぎた。

 十回目。

 ようやく適正な威力になる。

 二十回目。

 連続成功が途切れた。

 百回目。

 また最初から。

 五百回。

 千回。

 指先の皮膚が擦れ、筋肉が疲労する。

 それでもビスケは、一切妥協しなかった。

「十九回連続。次、失敗したら最初から」

「はい」

「四十七回。今のはオーラが少し多い。最初から」

「はい」

「九十九回。……あら、残念」

 最後の一回で、石が中心からわずかに逸れた。

 アオは数秒間、的を見つめた。

 そして、何も言わずに新しい石を拾った。

 ビスケはその姿を眺めながら、内心で感心していた。

(普通なら、ここで一回くらい文句を言うものだけど)

 才能のある子供ほど、できないことを嫌う。

 できるはずだという自信が、失敗を受け入れる邪魔をするからだ。

 だが、この少年は違った。

 失敗したら原因を考える。

 修正する。

 また試す。

 それだけだった。

 そして、二日目の夕方。

「……百」

 最後の石が、的の中心に当たった。

 ビスケは腕を組んだまま、ゆっくり頷いた。

「合格」

 アオは大きく息を吐いた。

「ありがとうございます」

「でも、まだまだよ。次は動く的。百回連続ね」

「……わかりました」

 ビスケは笑った。

(いいわね。この子)

 そして同時に、こうも思った。

(少し鍛えたら、どこまで伸びるのかしら)

 その予想は、数か月もしないうちに覆されることになる。

     ◇

 修行の最初の三か月は、基礎の徹底だった。

 夜明け前の起床。

 山道の走り込み。

 片足での重心移動。

 呼吸法。

 型の反復。

 組手。

 瞑想。

 そして、纏、絶、練、凝、堅、硬、流、周。

 アオが独学で身につけていた技術を、一つずつ分解し、組み直していった。

 特に厳しかったのは、流の修正だった。

 ビスケはアオの攻撃の癖を容赦なく見抜いた。

「右肩が動いた」

 木刀が飛ぶ。

「視線が先に動いた」

 額を軽く叩かれる。

「オーラが遅い」

 脇腹に掌が当たる。

「そこ、無駄」

 足を払われる。

「また同じ失敗!」

 床へ転がる。

 何十回。

 何百回。

 アオは負け続けた。

 それでも、少しずつ変わっていった。

 最初は見えていなかった攻撃が見えるようになる。

 次に、攻撃の予兆がわかるようになる。

 やがて、相手が動く前の重心移動を捉えられるようになった。

 ビスケはある日、木刀を下ろして呟いた。

「……あんた、本当に気味が悪いわね」

「褒め言葉として受け取っていいですか?」

「ええ。最高の褒め言葉よ」

 アオは苦笑した。

 彼自身、自分の成長速度が普通ではないことを理解していた。

 転生時に与えられた念の才能。

 戦闘に関する直感と分析力。

 そして、伏黒甚爾を思わせるほどの異常な身体能力。

 それらが、心源流という完成された修行体系と結びついていた。

 以前のアオは、強い身体と豊富なオーラを、経験と直感で動かしていた。

 今は違う。

 ビスケが身体の使い方を教え、ゲンザや師範代たちが技を磨き、ネテロがその先にある境地を見せてくれる。

 優れた才能が、優れた環境を得た。

 それは単なる足し算ではなかった。

 積み重なる修行の一つ一つが、互いの効果を何倍にも高めていた。

 ただし、才能だけで痛みや疲労が消えるわけではない。

 毎日の稽古が終わるころには、アオも全身が重くなった。

 指先の感覚が鈍る日もあれば、足が思うように上がらない日もあった。

 それでも翌朝には、また修行場へ向かった。

 休むべきときは休む。

 考えるべきときは考える。

 そして、やると決めたことは最後までやる。

 前世から持ち続けていたその性質もまた、彼の成長を支えていた。

     ◇

 四か月目。

 アオは、ゲンザとの組手で初めて一本を取った。

 もちろん、ゲンザが本気で殺し合いを仕掛けたわけではない。

 だが、正式な稽古として、互いに決められた条件の中で戦った結果だった。

 ゲンザは床に片膝をつき、自分の胸元を見下ろした。

 そこには、アオの掌が触れていた。

「……参った」

 周囲がどよめいた。

「今の、見えたか?」

「最後の踏み込みだろ?」

「違う。踏み込む前に、ゲンザ師範代の重心を誘導してたんだ」

 ゲンザは立ち上がり、アオへ尋ねた。

「いつから狙っていた?」

「三手前です」

「三手……?」

「師範代は、俺が右へ回ると左足に重心を寄せる癖があります。そこから反撃を誘って、次の動きに合わせました」

 ゲンザはしばらく黙っていた。

 やがて、大きく笑った。

「ははは! そうか、三手前か!」

 笑いながらも、背筋には冷たいものが走っていた。

 去年まで、ただ勢いよく飛び込んでくる少年だった。

 それが今では、相手の癖を観察し、数手先を組み立て、必要な瞬間にだけ力を使う。

 しかも、成長の速度が衰える気配はない。

「アオ」

「はい」

「明日から、俺もお前との組手では手加減を減らす」

「ありがとうございます」

「礼を言うな。こっちも意地があるんだ」

 その日から、ゲンザの稽古はさらに厳しくなった。

 アオは何度も投げ飛ばされた。

 だが、一度見た技への対応は、以前よりも遥かに速くなっていた。

     ◇

 六か月目。

 ネテロは、アオを再び特別演武場へ呼び出した。

「ほっほ。随分と鍛えられたようじゃの」

 老人は相変わらず飄々としていた。

 白い眉。

 長い髭。

 そして、どこまでも底の見えない眼差し。

「ビスケには感謝しています」

「わしには感謝せんのか?」

「もちろん、会長にも」

「ほっほっほ!」

 ネテロは愉快そうに笑い、片手を上げた。

「では、始めようかの」

 最初の組手では、アオは何もできなかった。

 動く前に動きを読まれ、攻撃を放つ前に崩されていた。

 だが、半年後の今は違う。

 アオは一歩踏み込んだ。

 拳を放つ。

 ネテロは軽く避けた。

 そこまでは以前と同じ。

 しかし、アオは最初からその回避を読んでいた。

 踏み込みを途中で変え、身体を回転させる。

 左の掌底。

 ネテロの頬へ向かう。

「ほう」

 老人の眉がわずかに動いた。

 そして、掌底は届かなかった。

 ネテロの指先が、アオの手首を軽く押したからだ。

 ほんの数センチ。

 それだけで、攻撃の軌道が逸れる。

 アオは無理に追わなかった。

 すぐに距離を取る。

 ネテロが笑った。

「今のは悪くない」

「ありがとうございます」

「じゃが、まだ足りん」

「はい」

「何が足りんと思う?」

 アオは少し考えた。

「……攻撃の速さ、でしょうか」

「それもある。じゃが、それだけではない」

 ネテロはゆっくりと構えた。

「おぬしは、相手の動きを読むことに長けておる。実際、見事なものじゃ。しかし、読むことに頼りすぎれば、読めぬものに出会ったときに止まる」

 アオは黙って聞いた。

「相手が何をするかではなく、自分が何をすべきか。その判断を、もっと深く、もっと速くせねばならん」

 言葉が終わる。

 次の瞬間、アオは床に転がっていた。

 何をされたのか、途中までしか理解できなかった。

 だが、一年前とは違う。

 少なくとも、ネテロがどの位置から動き、どの瞬間に自分の重心が崩されたのかは、わかった。

「……もう一度、お願いします」

 アオは立ち上がった。

 ネテロは満足そうに頷いた。

「よかろう」

 その日、アオは三十七回倒された。

 そして、三十八回目。

 ネテロの袖に、指先が触れた。

 ほんの一瞬。

 老人の動きが止まった。

 アオも動きを止めた。

「……触れた?」

 自分でも信じられなかった。

 ネテロは袖を見下ろした。

 そこには、少年の指先がわずかに触れた跡があった。

 次の瞬間。

「かっかっかっか!」

 老人の笑い声が演武場に響いた。

「よい! 実によいぞ!」

 アオは肩で息をしながら笑った。

「……まだ、触れただけです」

「それでよい。去年のおぬしなら、触れるどころか、わしの袖がどこにあるかもわからんかったじゃろう」

 ネテロは目を細めた。

(この歳で、ここまで来るか)

 少年の中には、異質なほどの才能が眠っている。

 それは間違いない。

 だが、ネテロが最も興味を持っていたのは、才能そのものではなかった。

 この少年は、どれだけ成長しても、学ぶことをやめない。

 強くなったことに満足せず、できないことを探し続ける。

 その姿勢こそ、老人には眩しく映っていた。

     ◇

 七か月目。

 アオは、念の系統別修行を本格的に始めた。

 自身の系統は特質系。

 水見式では、グラスの水面に浮かべた一枚の葉が十一枚へ増えるという、特異な変化を示していた。

 しかし、特質系だからといって、他の系統を疎かにしてよいわけではない。

 強化系の基礎。

 放出系の基礎。

 変化系の基礎。

 操作系の基礎。

 具現化系の基礎。

 ビスケは、それぞれの修行を段階的に課した。

「特質系っていうのは、便利な言葉じゃないのよ」

 彼女はそう言った。

「何でもできるわけじゃない。むしろ、自分の能力が何なのかを理解するまでが大変なの」

 アオは頷いた。

 その言葉は、彼自身が痛感していることでもあった。

 頭の中には、以前から一つの構想があった。

 捨てられた物。

 拾い集めた物。

 誰かにとっては価値のない物。

 それらを、まったく別の価値へ変える能力。

 流星街で生きてきた自分にふさわしい発。

 その輪郭は、すでに見えていた。

 だが、完成には至っていない。

 何度もオーラを集中させ、目の前に淡い輪を浮かべる。

 しかし、輪はすぐに崩れてしまう。

 具現化の基礎を磨き、念の構造を整理しても、最後の一歩が足りなかった。

 アオはその原因を考え続けた。

(何かが足りない)

 単なる技術ではない。

 念能力とは、本人の性質や願望、覚悟と深く結びつくものだ。

 自分は何を望んでいるのか。

 何を差し出せるのか。

 何を得たいのか。

 その答えを探す時間が、修行の合間に少しずつ増えていった。

     ◇

 八か月目。

 アオは、総本山の裏山にある滝の前で座っていた。

 冬の冷たい空気が、肌を刺す。

 滝壺の周囲には、薄く氷が張っていた。

 アオの手には、古びた軍用ナイフが握られている。

 流星街で拾った、錆びた刃物。

 何度も研ぎ直し、柄を補修しながら使い続けてきたものだ。

 今では、もっと良い武器を手に入れることもできる。

 ハンターライセンスもある。

 金を稼ぐ手段も、以前とは比べものにならないほど増えた。

 それでも、このナイフは捨てられなかった。

 初めて流星街で食料を探した日。

 野犬に襲われた日。

 サラサたちを守るために戦った日。

 そして、流星街を旅立った日。

 その記憶が、一本の刃物に染みついていた。

(……これを捧げられるか?)

 アオは自問した。

 自分が考えている能力は、所有物を供物にする。

 供物は戻らない。

 しかも、必ず何かが得られるわけではない。

 大切な物を失って、何も手に入らない可能性がある。

 それでも、差し出せるか。

 アオはナイフを見つめた。

 答えは、すぐには出なかった。

 そして、ようやく気づいた。

(……だからこそ、意味があるのか)

 何も失わず、何でも手に入る。

 そんな都合のいい力ではない。

 大切なものを失う覚悟。

 結果を選べない不確実性。

 それでも、何かを得ようと手を伸ばす意志。

 アオは静かに目を閉じた。

 前世の記憶が蘇る。

 ゲーム。

 漫画。

 アニメ。

 そして、何度も画面の前で味わった、何が出るかわからない抽選の興奮。

 無駄だとわかっていても、期待してしまう。

 外れたときの落胆。

 当たったときの歓喜。

 その感情を、念の形へ落とし込む。

 アオは右手を前へ差し出した。

 オーラが集まる。

 淡い輪が浮かぶ。

 これまでなら、ここで崩れていた。

 だが、今回は違った。

 輪の中心に、歯車のような影が現れる。

 続いて、金属の枠。

 ガラス。

 古びたレバー。

 そして、三つのリール。

 目の前の空間に、錆びた機械がゆっくりと姿を現した。

「……できた」

 アオは息を呑んだ。

 それは、流星街の廃材を寄せ集めたような、古びたスロットマシンだった。

 傷だらけの金属。

 曇ったガラス。

 歪んだ装飾。

 だが、確かに存在している。

 念で具現化された機械。

 アオの発。

 その原型だった。

 しかし、まだ完成ではない。

 スロットは動かなかった。

 供物を投入する口も、正しく機能していない。

 アオは静かに笑った。

「……ようやく、ここまで来たか」

 その日から、修行の内容が変わった。

     ◇

 九か月目。

 アオは自分の発に、明確な制約と誓約を組み込んでいった。

 所有物を捧げること。

 供物は永久に失われること。

 抽選は一日に三回まで。

 結果は完全な運任せ。

 七が三つ揃った場合のみ、特殊な宝物を獲得できること。

 宝物の強さと希少性、そして大当たりの確率は、供物の価値に左右されること。

 大切で、手放したくないものほど、高い価値を持つこと。

 抽選結果を取り消さないこと。

 誓約に反してやり直そうとすれば、七日間能力を使えなくなること。

 そして、宝物は一度手に入れれば永続的に所有できるが、使用回数には制限があること。

 その使用回数は、起床時に回復する。

 アオは、そこで少し苦笑した。

(……我ながら、妙なところで影響されてるな)

 回復能力。

 転生時に授かった、念とは別の力。

 その使用回数が、十分な睡眠を取って起きたときに回復する。

 長年その仕組みに慣れ親しんだせいで、発の回数制限まで同じ形に落ち着いていた。

 もちろん、回復能力と発は別物だ。

 だが、念能力が本人の認識や性質を反映するのであれば、不自然なことではなかった。

 さらに、アオは一つの特殊な仕組みを組み込んだ。

 高ランクの供物を捧げて外れたとき、ごくまれに一枚だけ払い出される特殊コイン。

 五枚集めれば、供物を使わずに最高ランク相当の抽選を一度行える。

 さらに、その使用をきっかけに、約一週間、大当たりの確率が高まる。

 期間も、確率も、厳密には自分で把握できない。

 その曖昧ささえ、アオは能力の一部として受け入れた。

 宝物の種類も、自分では選べない。

 強力な武器かもしれない。

 特殊な防具かもしれない。

 何かの探索に役立つ道具かもしれない。

 あるいは、使い道を考えるのに苦労するような奇妙な品かもしれない。

 だが、ただのガラクタが払い出されることはない。

 すべて、何らかの特殊な効果を持つ宝物。

 アオは、その条件を何度も頭の中で繰り返した。

 そして、最後に残ったのは、機械の演出だった。

 最初は、ただ回転するだけのリールだった。

 だが、何度もイメージを重ねるうちに、機械は次第に騒がしくなっていった。

 供物を投入すると、錆びた筐体が輝き始める。

 価値の高い供物なら、黄金色の光が走る。

 リールが回転すると、電子音が鳴り響く。

 七が二つ揃えば、最後のリールがゆっくり回る。

 赤い光。

 金色の稲妻。

 カウントダウン。

 突然の沈黙。

 停止したはずのリールが逆回転する復活演出。

 そして、大当たりの際には、耳をつんざくファンファーレ。

 アオは完成した演出を一度眺めて、思わず額を押さえた。

「……うるさいな、これ」

 自分で作った能力なのに、少し呆れてしまった。

 だが、不思議なことに、削ろうとは思わなかった。

 むしろ、その騒がしさこそ、自分がこの能力に求めていたものなのかもしれない。

 当たるかもしれない。

 外れるかもしれない。

 その期待と不安が、音と光になって目の前へ現れる。

 アオは苦笑した。

「……まあ、俺らしいと言えば、俺らしいか」

     ◇

 十か月目。

 ついに、最初の抽選が行われた。

 場所は、総本山から少し離れた山中。

 人目のない岩場だった。

 アオは周囲を確認し、アイテムボックスから古い金属製の工具を取り出した。

 長年使われた痕跡のある品だったが、特別な愛着はない。

 市場価値も高くない。

 供物としては、低ランクだろう。

「……始めるか」

 アオは右手を前へ差し出した。

 オーラが集まる。

 空間が歪む。

 そして。

 ガシャン。

 古びたスロットマシンが現れた。

 以前よりも遥かに鮮明だった。

 筐体の表面には、錆びた金属の質感がある。

 レバーは冷たく、ガラスには細かな傷が入っている。

 アオは工具を投入した。

 その瞬間。

 ――カチン。

 小さな音が鳴った。

 工具が消える。

 筐体の内部に、淡い光が走った。

『JUNKY JUNK SLOT MACHINE』

 低い機械音声が響く。

 アオは目を瞬いた。

「……声までついたのか」

 供物の価値を示すように、筐体の一部が鈍く光る。

 高ランクの供物ではない。

 期待度は低い。

 それでも、心臓が少し速くなった。

 アオはレバーを握った。

「……頼むぞ」

 引く。

 ガコンッ!

 三つのリールが回転した。

 電子音が鳴る。

 赤。

 青。

 黄色。

 色とりどりの光が、古びた筐体を駆け巡る。

 アオは思わず身を乗り出した。

 一つ目のリールが止まる。

 七。

「おっ」

 二つ目のリール。

 七。

「……おお?」

 筐体が赤く光った。

『CHANCE!』

 最後のリールが、ゆっくり回る。

 七。

 七。

 七。

 何度も通り過ぎる数字。

 アオは拳を握った。

「来い……!」

 リールが止まった。

 七、七、四。

 沈黙。

 光が消える。

『LOSE』

 無機質な声が響いた。

「……外れか」

 アオは肩を落とした。

 供物は消えた。

 何も得られない。

 抽選回数も一回消費した。

 それでも、不思議と笑みが浮かんだ。

「……なるほどな」

 自分で作った能力なのに、予想以上に悔しい。

 そして、予想以上に面白い。

 アオはスロットを見つめた。

 この能力は、確かに危険だ。

 使い方を誤れば、大切なものを次々と失う。

 だからこそ、軽々しく使ってはいけない。

 アオはそのことを、最初の一回で理解した。

「……調子に乗るなよ、俺」

 自分に言い聞かせる。

 そして、スロットを消した。

 その日の抽選は、それで終わりにした。

     ◇

 十一か月目。

 アオは、発の完成度をさらに高めていた。

 スロットの具現化は安定した。

 供物の判定も機能する。

 抽選回数の制限も、起床時の回復も確認できた。

 大当たりの確率は供物のランクに左右されるが、正確な数字はわからない。

 アオはそれを無理に調べようとはしなかった。

 確率がわからないこと自体、この能力の性質なのだろう。

 そして、ある日。

 アオはついに、大当たりを引いた。

 供物にしたのは、ハンター試験後に手に入れた高価な懐中時計だった。

 自分で購入した品であり、思い入れはそこまで強くない。

 だが、時計の価値は十分に理解していた。

 筐体が黄金色に輝く。

『HIGH VALUE!』

 機械音声が響いた。

 アオはレバーを引く。

 リールが回転した。

 一つ目。

 七。

 二つ目。

 七。

 最後のリールが、ゆっくりと回る。

 筐体の照明が赤く染まった。

『激熱!』

「……またそれか」

 アオは苦笑した。

 これまでにも、何度か同じ演出を見ている。

 そして、そのたびに外れていた。

 だから、過度な期待はしない。

 そう思っていた。

 だが。

 突然、音が消えた。

 リールが止まる。

 光も消える。

 まるで機械が壊れたような静寂。

「……ん?」

 数秒。

 十秒。

 アオが眉をひそめた、その瞬間。

 ドンッ!

 筐体の内部から、巨大な鐘の音が響いた。

 リールが再び動く。

 七。

 七。

 七。

『JACKPOT!』

 黄金の光が噴き上がった。

 ファンファーレが鳴り響く。

 筐体の上部に、巨大な宝箱の幻影が現れた。

「……当たった?」

 アオは呆然と呟いた。

 宝箱が開く。

 中から、小さな銀色の指輪が現れた。

 指輪はゆっくりと宙を漂い、アオの手のひらへ落ちる。

 その瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。

 名称。

 効果。

 使用条件。

 アオは目を見開いた。

「……なるほど」

 指輪の名は、『静寂の環』。

 装備型の宝物。

 指にはめている間、使用者が発する足音や衣擦れなどの物理的な音を大幅に抑える効果を持つ。

 ただし、念による気配そのものを消すことはできない。

 そして、一度身体から離せば、その使用は終了する。

 再び使えるのは、十分な睡眠を取って起床した後だ。

 アオは指輪を眺めた。

 決して万能ではない。

 だが、探索や潜入には非常に役立つ。

 何より、確かに特殊な効果を持つ宝物だった。

「……成功だ」

 アオは小さく笑った。

 そして、その笑みは次第に大きくなった。

「はは……本当に出たな」

 流星街で拾ったガラクタから始まった構想。

 それが今、現実になった。

 アオは指輪を握り締めた。

 この力は、きっと今後の旅で役に立つ。

 だが、使い方を誤れば危険でもある。

 そのことを忘れてはならない。

 アオはスロットを見つめ、静かに頷いた。

「……よろしく頼むぞ」

 こうして、特質系念能力。

 『愚か者の宝物庫(ジャンキージャンクスロットマシーン)』。

 その発は、ついに完成した。

     ◇

 そして、一年が過ぎた。

 アオの修行は、なおも続いていた。

 身体能力は飛躍的に向上した。

 念の基本技術は洗練され、以前とは比べものにならないほど安定した。

 円も、かつての最大二十五メートルから、さらに広い範囲へ届くようになった。

 ただし、範囲を広げるほど精度は落ちる。

 そのため、アオは無理に最大範囲を追い求めず、必要な距離で正確に感知する訓練を重ねた。

 戦闘技術も大きく変わった。

 力任せの攻撃は減り、相手の動きを読み、最小限の力で最大限の結果を生む戦い方へ変化した。

 そして何より、アオは自分の力を以前より深く理解するようになっていた。

 それでも、まだネテロには勝てない。

 ビスケにも、正面からの組手では何度も敗れる。

 ゲンザや他の師範代たちも、技術と経験ではなお学ぶべき点が多かった。

 だが、その差は確実に縮まっていた。

 そして、その速度こそが、周囲を驚愕させていた。

     ◇

 ある日の午後。

 アオは、ネテロから呼び出しを受けた。

 場所は、総本山の奥にある小さな座敷だった。

 部屋に入ると、ネテロとビスケが待っていた。

「来たわね」

 ビスケが腕を組んでいる。

 ネテロは湯呑みを手に、穏やかに笑っていた。

「ほっほ。座りなさい」

「失礼します」

 アオは二人の前に座った。

 ネテロが口を開く。

「一年、よく励んだの」

「ありがとうございます」

「おぬしの成長は、わしの予想を随分と超えておる」

 アオは少し驚いた。

 ネテロがそこまで率直に評価することは、珍しかったからだ。

 ビスケも頷いた。

「正直、あたしも驚いてるわ。最初は才能のある子供だと思ってたけど、今はそれだけじゃ説明がつかない」

 アオは黙っていた。

 二人の視線が、自分へ向けられている。

 その意味は理解していた。

 この一年で、アオは二人を深く信頼するようになっていた。

 厳しい修行。

 容赦のない指導。

 そして、必要なときには必ず支えてくれる姿勢。

 ネテロもビスケも、単に強いだけの人間ではない。

 師として、アオを正しい方向へ導いてくれた。

 だからこそ、アオは決めていた。

 いつか、自分の秘密を話す。

 その相手は、この二人しかいない。

「……会長。ビスケさん」

 アオは静かに口を開いた。

「今日は、俺からも話があります」

 二人が目を細めた。

「ほう?」

「何かしら?」

「俺の発が完成しました」

 ビスケの表情が変わった。

「……本当?」

「はい」

 ネテロは湯呑みを置いた。

「それはめでたいの」

「ありがとうございます。ただ……それだけではありません」

 アオは一度、深く息を吸った。

「俺には、発とは別に、二つの特殊な能力があります」

 座敷に静寂が落ちた。

 ビスケが眉をひそめる。

「発とは別?」

「はい。正確には、念能力ではありません」

 ネテロの目が細くなった。

 アオは続けた。

「一つは、物を収納できる空間です。生き物は入れられませんが、普通の物品なら収納できます」

 そう言って、アオは右手を前へ出した。

 次の瞬間。

 何もない空間から、古びた金属製の水筒が現れた。

 ビスケが目を見開く。

「……具現化?」

「違います」

 アオは水筒を机へ置いた。

「これは実物です。以前から持っていたものを、別の空間に収納していました」

 ネテロは水筒を手に取った。

 重さ。

 質感。

 金属の冷たさ。

 どれも、普通の物品そのものだった。

「ふむ……」

 老人は興味深そうに呟いた。

「念による収納能力ではない、と?」

「はい」

「では、何によるものじゃ?」

 アオは少し考えた。

「……俺にも、正確には説明できません。ただ、生まれたときから持っていた特殊な力です」

 嘘ではなかった。

 少なくとも、この世界で生き始めたときから持っていた力であることは確かだ。

 ビスケは腕を組んだ。

「信じられない話ね。でも、あんたがこんな嘘をつく理由もない」

 アオは頷いた。

「もう一つあります」

 そう言って、右手の甲へ視線を落とした。

「……回復能力です」

 ビスケが眉を上げる。

「回復? あんた、ハンター試験で使ったって聞いたわよ」

「はい。あのときは、念能力だと説明しました」

「……違うの?」

「違います」

 アオは静かに答えた。

「俺の発ではありません。念とは別の力です」

 ネテロは何も言わずに聞いていた。

 アオは続ける。

「一度使えば、傷や病気を完全に治せます。失った手足も戻せます。呪いのようなものや、念による呪いも取り除けるはずです。精神的な傷にも作用します」

 ビスケの表情が変わった。

「……ちょっと待ちなさい」

「はい」

「今、何て言ったの?」

「失った手足も戻せます」

「そこじゃないわ」

 ビスケは身を乗り出した。

「念による呪いまで取り除けるって言った?」

「はい」

「……除念まで?」

「そうです」

 ビスケは言葉を失った。

 ネテロも、先ほどまでの笑みを消していた。

 除念。

 それは、念能力者の中でも極めて希少な技術だ。

 しかも、アオの説明では、怪我や病気、精神状態の回復まで一つの能力で行えるという。

 通常の念能力の常識から考えれば、あまりにも広範囲だった。

「……代償は?」

 ビスケが尋ねた。

「一日に三回までです。正確には、十分な睡眠を取って起きたときに回数が回復します」

「それだけ?」

「少なくとも、今わかっている限りでは」

 ビスケは額を押さえた。

「……とんでもないわね」

 ネテロは静かに目を閉じた。

 そして、しばらく考え込んだ後、口を開いた。

「アオよ」

「はい」

「その力を、他に誰が知っておる?」

「完全な内容を知っているのは、俺だけです」

 アオは答えた。

「ハンター試験で使ったときは、念能力だと説明しました。アイテムボックスについても、他人には話していません」

 ネテロは頷いた。

「賢明じゃ」

 その声には、いつもの軽さがなかった。

「その力は、あまりにも危険じゃ。おぬし自身にとっても、周囲にとってもな」

 アオは頷いた。

「理解しています」

「ならば、今後も軽々しく明かすでない」

「はい」

 ビスケも真剣な表情で言った。

「特に回復能力。そんなものがあると知られたら、利用しようとする連中が山ほど出てくるわよ」

「わかっています」

「……本当に?」

「はい」

 アオはまっすぐに答えた。

「だから、二人にだけ話しました」

 ビスケは少し驚いた顔をした。

 そして、ふっと表情を和らげた。

「……そう」

 ネテロも笑った。

「ほっほ。信頼されたものじゃの」

「この一年で、二人には本当にお世話になりました」

 アオは頭を下げた。

「俺が今ここまで強くなれたのは、二人のおかげです」

 ビスケは鼻を鳴らした。

「当然よ。あたしが鍛えたんだから」

 だが、その頬は少しだけ赤かった。

 ネテロは愉快そうに笑った。

「かっかっか。よいよい」

 そして、静かに続けた。

「秘密は守ろう。少なくとも、わしらから漏れることはない」

 ビスケも頷いた。

「ええ。あんたが自分で話すと決めない限り、誰にも言わないわ」

「……ありがとうございます」

 アオは深く頭を下げた。

 胸の奥にあった重みが、少しだけ軽くなった気がした。

     ◇

「さて」

 ネテロが湯呑みを置いた。

「次は、おぬしの発を見せてもらおうかの」

 アオは頷いた。

「はい。ただ、少し騒がしいので、場所を移した方がいいと思います」

「騒がしい?」

 ビスケが首を傾げた。

「ええ。かなり」

 ネテロは面白そうに笑った。

「ほっほ。ますます楽しみじゃ」

 三人は、総本山の奥にある特別演武場へ移動した。

 周囲には誰もいない。

 アオは念の気配を確認し、扉を閉めた。

「それでは、始めます」

 右手を前へ出す。

 オーラが集まる。

 空間に淡い輪が浮かぶ。

 そして。

 ガシャン!

 古びたスロットマシンが出現した。

 ビスケが目を丸くする。

「……何これ?」

「俺の発です」

「それはわかるけど……何でこんなものなのよ」

 アオは苦笑した。

「説明すると、少し長くなります」

 そして、能力の仕組みを話し始めた。

 供物を捧げること。

 供物は永久に消えること。

 一日に三回まで抽選できること。

 七が三つ揃った場合だけ、特殊な宝物が出ること。

 供物の価値が高いほど、大当たりの確率と宝物の性能が上がること。

 宝物は永続的に所有できること。

 ただし、使用回数には制限があること。

 そして、特殊コインの存在。

 ネテロは興味深そうに聞いていた。

 ビスケは途中から、何度も頷いていた。

「……なるほどね」

 彼女は腕を組んだ。

「かなり厳しい制約ね。特に、供物が戻らないってところ」

「はい」

「しかも、当たる保証もない」

「そうです」

「でも、当たれば特殊な宝物が手に入る」

「はい」

 ビスケはしばらく考えた。

 そして、にやりと笑った。

「……面白いじゃない」

 アオは少し安心した。

 ネテロも頷く。

「ほっほ。おぬしらしい発じゃの」

「そうでしょうか」

「流星街で育ったおぬしが、捨てられた物から宝を生み出す。なかなか洒落ておる」

 アオは少し照れくさくなった。

「……ありがとうございます」

「では、実際に見せてもらおうか」

 ネテロが促す。

 アオは頷いた。

 そして、アイテムボックスから一つの物品を取り出した。

 古い金属製の時計だった。

 高価なものではない。

 だが、実験には十分だった。

 アオは時計をスロットへ投入した。

 カチン。

 時計が消える。

 次の瞬間。

 筐体が光った。

『JUNKY JUNK SLOT MACHINE!』

 大音量の機械音声が響いた。

 ビスケがびくりと肩を震わせる。

「うるさっ!」

 ネテロは目を丸くした。

「ほっほ!」

 アオは苦笑した。

「……だから言ったでしょう」

 筐体の照明が点滅する。

 赤。

 青。

 黄色。

 金色。

 派手な電子音が鳴り響いた。

『READY!』

 アオはレバーを握った。

「……いきます」

 ガコンッ!

 三つのリールが回転する。

 ビスケは呆然と見つめていた。

「……何なのよ、この演出」

「俺の趣味が、少し反映されているみたいです」

「少し?」

「……かなり、かもしれません」

 ネテロは腹を抱えて笑い始めた。

「かっかっかっか!」

 リールが止まる。

 一つ目。

 七。

 二つ目。

 七。

 筐体が赤く光った。

『CHANCE!』

 ビスケが身を乗り出す。

「……ちょっと待って。これ、当たりそうじゃない?」

「まだわかりません」

「でも七が二つ揃ってるわよ!」

「はい」

 最後のリールが、ゆっくりと回る。

 七。

 七。

 七。

 ビスケの拳が、いつの間にか握られていた。

「……来なさいよ」

 アオは横目で彼女を見た。

「ビスケさん?」

「何よ!」

「……いえ、何でもありません」

 リールが止まった。

 七、七、三。

『LOSE』

 光が消える。

 ビスケが叫んだ。

「はあああ!? 今の流れで外れるの!?」

 ネテロは大笑いした。

「かっかっか! これは愉快じゃ!」

 アオは肩をすくめた。

「……こういう能力です」

 ビスケはしばらくスロットを睨んでいた。

 そして、ぽつりと呟いた。

「……もう一回、回したくなるわね」

 アオは頷いた。

「それが、一番危険なところです」

 ネテロは笑みを収め、静かに言った。

「うむ。おぬし自身も、そこは忘れるでないぞ」

「はい」

 アオは真剣に答えた。

「この能力は、使い方を間違えれば大切なものを失います。だから、必要なとき以外は無理に回しません」

 ネテロは満足そうに頷いた。

「よい心構えじゃ」

 ビスケも腕を組んだ。

「能力自体はかなり面白いわ。でも、まだ改善できるところはあるでしょうね」

「はい」

「特に、宝物の使い方。どんなに強い宝物が出ても、使いこなせなきゃ意味がないわ」

「そのとおりです」

 アオは頷いた。

 ネテロが立ち上がった。

「では、明日からの修行も決まりじゃの」

「……何でしょうか」

 老人は楽しそうに笑った。

「おぬしの発を使わず、わしらにどこまで食らいつけるか。まずはそこからじゃ」

 ビスケもにやりと笑った。

「ええ。宝物に頼りきりにならないよう、もっと鍛えてあげる」

 アオは一瞬、嫌な予感を覚えた。

 だが、すぐに笑った。

「……よろしくお願いします」

     ◇

 その夜。

 アオは自室の窓辺に座っていた。

 山の向こうには、無数の星が輝いている。

 この一年で、本当に多くのことを学んだ。

 身体の使い方。

 念の基礎。

 戦闘の駆け引き。

 そして、自分自身の力との向き合い方。

 ネテロとビスケ。

 二人の師に出会えたことは、何よりも大きかった。

 アオは静かに右手を開いた。

 そこには、銀色の指輪があった。

 『静寂の環』。

 初めて大当たりで手に入れた宝物。

 アオはそれを眺め、微笑んだ。

「……まだまだ、これからだな」

 ハンターになった。

 発も完成した。

 だが、それは終わりではない。

 むしろ、ようやく本当の意味でスタート地点に立ったのかもしれない。

 流星街の仲間たち。

 サラサ。

 クロロ。

 ウボォーギン。

 マチ。

 ハザ。

 ミナ。

 そして、ハンター試験で出会ったリリア。

 それぞれが、自分の道を歩んでいる。

 いつか再会したとき、胸を張って笑えるように。

 そして、守ると決めたものを守れるように。

 アオは拳を握った。

 窓の外で、風が木々を揺らす。

 遠くから、夜の山鳥の声が聞こえた。

 明日も修行がある。

 ネテロとビスケは、きっと容赦しないだろう。

 それでも、アオの胸には不思議な高揚感があった。

 強くなれる。

 まだ、もっと。

 自分には、その可能性がある。

 アオは静かに目を閉じた。

 そして、心の中で呟いた。

(……次は、どこまで行けるかな)

 その問いに答える者は、まだいない。

 ただ、夜空の星々だけが、少年の未来を静かに見守っていた。

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