流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第三話 廃棄された補給物資

目が覚めたとき、最初に感じたのは背中の痛みだった。

「……痛ってぇ」

 思わず声が漏れた。

 硬い。

 とにかく、硬かった。

 薄汚れた布切れを敷いただけの地面は、寝床と呼ぶにはあまりにも頼りない。身体を丸めて眠ったせいで、肩や腰にも妙な違和感が残っている。

 俺はしばらく、天井代わりのコンクリート片をぼんやりと眺めていた。

 薄暗い。

 入口の隙間から、細い光が差し込んでいる。昨日の夕方に見た光とは違う。少なくとも、夜が明けたことくらいはわかった。

 どうやら、無事に朝を迎えられたらしい。

「……生きてるな」

 当たり前のことを確認するように呟く。

 返事はない。

 もちろん、誰もいないのだから当然だ。

 俺はゆっくりと上半身を起こした。

 身体を動かすたびに、あちこちがこわばっている。特に腰のあたりがひどい。五歳ほどの子供の身体だからなのか、単に寝床が悪かったからなのかはわからないが、少なくとも快適な目覚めとは言い難かった。

 それでも、眠れただけましだろう。

 昨日は、転生した直後から何もかもが初めての経験だった。

 流星街の景色。

 廃棄物の山。

 空腹。

 野犬との戦闘。

 そして、能力の確認。

 思い返すだけでも、ずいぶん長い一日だった気がする。

 実際には、転生してから半日も経っていないのかもしれない。

 時計がないため、正確な時間はわからない。前世のように、スマートフォンを見て時刻を確認することもできなかった。

 いや、そもそもスマートフォンどころか、まともな持ち物すらない。

 俺は自分の服を見下ろした。

 薄汚れた長袖のシャツ。

 擦り切れたズボン。

 少し大きな布製の靴。

 どれも、いつまで使えるかわからない。

 だが、今はこれが俺の全財産だった。

 正確には、アイテムボックスに収納したレーションと金属片もある。

 昨日のうちに確認した能力だ。

 頭の中で収納することを意識すれば、物品が消える。そして、必要なときには取り出すことができる。

 ゲームでは当たり前の機能だったが、現実で使えるとなると、これほどありがたい能力もない。

 もっとも、まだ容量や重量制限、収納物の時間経過など、確認していないことは多い。

 それでも、荷物を持ち歩かなくて済むというだけで、生存率は大きく変わるはずだ。

 俺は身体を動かしながら、昨日の出来事を整理していった。

 まず、野犬との戦闘。

 あれは危なかった。

 今になって考えると、よく生き残れたものだと思う。

 身体能力が高かったことは間違いない。相手の動きを見て、攻撃を避け、体勢を崩すことができた。

 しかし、戦闘の最中は必死だった。

 少しでも判断を間違えていれば、腕だけでは済まなかったかもしれない。

 そして、回復能力。

 俺は左腕にできたかすり傷を治した。

 皮膚が裂け、血がにじんでいた傷が、何事もなかったかのように消えた。

 あの能力は、間違いなく本物だった。

 だが、ここで一つ、気になることがあった。

 あのとき、俺は傷口ばかりを見ていた。

 左腕が痛い。

 血が出ている。

 そこを治したい。

 そのことだけを強く意識して、能力を使った。

 結果、左腕の傷は完全に治った。

 では、ほかの部分はどうなのだろう。

 昨日の戦闘では、左腕以外にも細かな擦り傷ができていたはずだ。身体を動かした際の疲労も残っている。

 それらは、回復能力を使ったあとも消えていなかった。

 あの謎の存在は、確かに言っていた。

 負傷、病気、呪いの完全回復・除去。

 精神状態の回復。

 対象は自分でも他人でも構わない。

 そして、一日三回まで。

 説明だけを考えれば、全身に作用する能力のはずだった。

 だが、昨日の俺は、能力を使う際に左腕の傷だけに意識を集中させていた。

 つまり、能力そのものに欠陥があるのではなく、俺の使い方が悪かった可能性がある。

「……なるほどな」

 俺は自分の腕を見た。

 傷はない。

 しかし、肩や脚には、まだ細かな擦り傷が残っている。

 もし次に使う機会があれば、もっと広い範囲を意識してみよう。

 全身を回復させるつもりで使えば、全身が回復するのかもしれない。

 ただし、今ここで試すのはやめておく。

 傷の数は少ない。

 自然に治る程度のものだ。

 能力は一日三回までしか使えない。昨日一回使ったため、今日になれば回数が戻るのかもしれないが、その仕組みもまだ確認できていない。

 朝になったからといって、安易に使うべきではないだろう。

 俺は一度、深呼吸した。

 まずは生き延びること。

 そのために必要なことを、一つずつ片づけていく。

 食料。

 水。

 寝床。

 この三つを安定させることが、最初の目標だ。

 昨日はレーションを一つ見つけた。

 量はそれなりにあったが、あれだけで何日も生きていけるわけではない。

 水も確保できていない。

 寝床も、ゴミ山の隙間に身を押し込んだだけだ。

 今日こそ、もう少しまともな生活の基盤を作りたい。

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 膝を曲げ、腕を伸ばし、身体の調子を確かめる。

 少し疲れは残っているが、動けないほどではない。

 空腹も感じる。

 だが、昨日のように何も食べずに動き回るわけにはいかない。

 俺はアイテムボックスから、昨日のレーションを取り出した。

 容器の中には、食べ残した包装材が入っている。

 食料そのものは、昨日のうちにほとんど食べてしまった。

 残っているのは、わずかな欠片だけだ。

 俺はそれを口に入れ、ゆっくりと噛んだ。

 味気ない。

 だが、空腹を少しでも紛らわせるには十分だった。

 食べ終えたあと、容器を再びアイテムボックスへ収納する。

 それから、入口の金属板を慎重に動かした。

 外の様子を確認する。

 薄暗い空の下に、いつもと変わらない廃棄物の山が広がっていた。

 風は弱い。

 人影はない。

 野犬の姿も見えない。

 ただ、遠くのほうから、何かが崩れるような音が聞こえてきた。

 俺はしばらく耳を澄ませた。

 人間の声は聞こえない。

 ならば、今のところは問題ないだろう。

 俺は窪みから外へ出た。

 そして、昨日歩いてきた方向を思い返す。

 木箱を見つけた場所。

 金属板が積み重なっていた場所。

 そして、軍用レーションらしき容器を発見した場所。

 あのあたりを、もう一度調べてみる価値はある。

 昨日は、食料を見つけることだけに集中していた。

 だから、周囲を詳しく確認する余裕がなかった。

 もしかすると、ほかにも使える物が落ちているかもしれない。

 俺は、昨日と同じ方向へ歩き出した。

 今日の目標は、昨日よりも多くの物資を確保すること。

 そして、できれば水を見つけることだ。

 この世界で生きていくためには、食料だけでは足りない。

 いくら回復能力があっても、飲まず食わずで生きられるわけではないだろう。

 身体能力が高くても、疲労しないわけではない。

 アイテムボックスがあっても、中に入れる物がなければ意味がない。

 能力は、あくまで道具だ。

 それを使って何をするかは、自分次第なのだから。

 俺は足元に注意しながら、廃棄物の山を進んでいった。

 昨日よりも、周囲をよく見る。

 足場の悪い場所を避ける。

 不自然な臭いがしたら、無理に近づかない。

 物陰があれば、その向こうに何があるのかを確認する。

 そうした小さな注意を積み重ねながら、俺は昨日の発見場所を目指した。

 やがて、見覚えのある木箱が見えてきた。

 昨日、中身を確認した木箱だ。

 相変わらず、蓋は半分ほど外れたままになっている。

 周囲には、昨日と同じように金属片や布切れが散らばっていた。

 俺は足を止め、周囲を見回した。

 何もいない。

 少なくとも、目に見える範囲には。

 それから、木箱へ近づいた。

「……さて、今日は何かあるかな」

 小さく呟き、箱の中を覗き込む。

 昨日と同じように、布切れや割れた容器が入っている。

 だが、昨日は見落としていたものがあった。

 箱の奥。

 底板と側面の隙間に、何かが挟まっている。

 俺は手を伸ばし、慎重に引っ張り出した。

 薄い包装材だった。

 そして、その下から、もう一つの金属製の容器が現れた。

 昨日見つけたものと、よく似ている。

 長方形。

 頑丈そうな外装。

 側面には、かすれた文字と記号。

 俺は思わず息を呑んだ。

「……また、レーションか?」

 容器を持ち上げてみる。

 ずっしりとした重みがあった。

 中身が入っている。

 しかも、昨日のものより大きい。

 俺は容器を慎重に調べた。

 表面には汚れがついているが、目立った破損はない。蓋も閉じられている。

 包装の状態を見る限り、少なくとも外部から何かが入り込んだ形跡はなさそうだった。

 ただし、安全性まではわからない。

 昨日のレーションも、食べる前にはかなり慎重に確認した。

 今回も同じように扱うべきだろう。

 俺は容器を地面に置き、木箱の中をさらに調べた。

 底に敷かれた布切れをどかす。

 木片を取り除く。

 箱の隅に溜まった埃を払い、隙間を確認する。

 すると、さらに小さな包装が見つかった。

 中身はわからない。

 だが、軍用レーションのような保存食である可能性は十分にあった。

 俺は一度、周囲を見回した。

 昨日と同じ場所。

 同じ木箱。

 同じような廃棄物の山。

 だが、何かがおかしい。

 昨日は気づかなかった。

 いや、気づく余裕がなかったのだ。

 俺はゆっくりと顔を上げた。

 木箱の周囲に散らばっている物。

 その一つひとつに、妙な共通点がある。

 まず、布切れ。

 ただの布ではない。

 厚手で、表面に特殊な加工が施されているように見える。

 次に、金属製の容器。

 昨日見つけたものと同じ系統の形状だ。

 さらに、少し離れた場所には、黒ずんだベルトのようなものが落ちている。

 その横には、角が潰れた硬いケース。

 そして、地面に半分埋もれた、大きな袋。

 俺は一つずつ目で追っていった。

 これらは、ばらばらに捨てられた物ではないのかもしれない。

 何か、まとまった物資の一部なのではないか。

 そう考えた瞬間、昨日のレーションを発見した場所の光景が、頭の中でつながり始めた。

 金属板の山。

 黒ずんだ布。

 保存食らしき容器。

 そして、少し離れたところに積み重なっていた箱。

 もしかすると、ここ一帯は、何らかの物資がまとめて投棄された場所なのではないだろうか。

 俺は立ち上がり、周囲を改めて見渡した。

 そして、ようやく気づいた。

 ゴミ山の一角に、妙に整った形の物が集中している。

 ただの生活ゴミとは違う。

 箱や袋の形状が似ている。

 布類も、一般的な衣服とは違うものが多い。

 金属製の部品も、何かの装備品を構成していたように見える。

 さらに、表面に付着した汚れにも違いがあった。

 長い間、風雨にさらされていた廃棄物は、表面が深く腐食している。色も変わり、形状そのものが崩れかけているものが多い。

 だが、この周辺の物資は、比較的状態がいい。

 もちろん、錆びているものもある。

 破損しているものもある。

 それでも、ほかの廃棄物と比べれば、明らかに新しい。

 少なくとも、何年も前からここにあったものではなさそうだった。

「……最近、捨てられたのか?」

 俺は呟いた。

 答えはない。

 だが、そう考えると、いろいろなことに説明がつく。

 レーションの容器が比較的きれいだったこと。

 箱や袋が、同じ系統のものばかりだったこと。

 そして、周囲に軍用品らしき物が散らばっていること。

 ここは、軍用品がまとめて投棄された場所なのかもしれない。

 もちろん、確証はない。

 この世界の軍隊がどのような装備を使っているのか、俺は詳しく知らない。

 そもそも、ここにあるものが本当に軍用品なのかどうかも、断言できない。

 だが、少なくとも、軍用の物資に似た道具がまとまって捨てられていることは確かだった。

 俺は周囲をもう一度見回した。

 そして、口元が緩みそうになるのを、必死に抑えた。

 これは、かなり大きな発見かもしれない。

 もし、この一帯にまだ使える物資が残っているなら。

 食料。

 飲料物。

 寝具。

 衣類。

 道具。

 それらを確保できれば、当面の生活は大きく改善する。

 もちろん、危険もある。

 誰かが捨てたものなら、なぜ捨てたのかという理由があるはずだ。

 破損しているからかもしれない。

 期限切れだからかもしれない。

 あるいは、何かの事情で、まとめて処分されたのかもしれない。

 今の俺には、その理由を判断する材料がない。

 それでも、使えるものがあるなら、確保しておく価値はある。

 俺は一度、深呼吸した。

 焦るな。

 こういうときこそ、落ち着いて行動する。

 まずは、周囲の安全を確認する。

 次に、物資の状態を調べる。

 そして、使えそうなものを選別する。

 何でもかんでも拾うのではなく、必要なものを優先する。

 そう決めて、俺は探索を再開した。

 最初に見つけたのは、大きな袋だった。

 厚手の布で作られた袋で、口の部分には紐がついている。

 表面には泥がこびりついていたが、破れは少ない。

 中を覗くと、折り畳まれた布のようなものが入っていた。

 俺は袋を傾け、中身を慎重に取り出した。

 出てきたのは、毛布だった。

 いや、正確には、毛布だったと思われるものだ。

 色は灰色に近く、表面には黒ずんだ汚れがある。端の部分にはほつれがあり、ところどころ擦り切れていた。

 それでも、大きな穴は見当たらない。

 少なくとも、今夜の寝床に使うには十分だろう。

 俺は毛布を広げ、状態を確認した。

 強い異臭はない。

 ただし、埃っぽい。

 長い間、倉庫か何かに保管されていたものなのかもしれない。

 俺は毛布を軽く振り、表面の埃を落とした。

 そして、アイテムボックスに収納することを意識した。

 毛布が消える。

 頭の中の空間に、折り畳まれた状態で収まった感覚があった。

「よし」

 これで、寝床の改善に一歩近づいた。

 次に、俺は周囲の箱を調べた。

 小さな箱。

 大きな箱。

 角が潰れた箱。

 蓋が外れている箱。

 どれも状態はまちまちだったが、いくつかはまだ中身が残っているようだった。

 そのうちの一つを開けると、乾燥した食品らしき包装がいくつも入っていた。

 俺は一つずつ取り出し、外観を確認した。

 包装が破れていないもの。

 変色が少ないもの。

 異臭がしないもの。

 そういったものを選び、まとめておく。

 別の箱には、密封された袋が入っていた。

 持ち上げると、液体が動くような音がする。

 俺は慎重に表面を確認した。

 飲料物かもしれない。

 袋の外側には、かすれた文字が印刷されている。

 ほとんど読めないが、飲用に関する表示らしき記号が見えた。

 俺は袋を振らず、底の部分を確認した。

 漏れている様子はない。

 包装も大きく破れていない。

 これは、かなりありがたい。

 ただし、飲料物の安全性については、見た目だけでは判断できない。

 保存状態が悪ければ、密封されていても問題がある可能性はある。

 俺は、すぐに飲むのは避けることにした。

 まずは、状態のいいものを確保する。

 そして、落ち着いてから一本ずつ確認する。

 そう考えて、袋をアイテムボックスへ収納した。

 さらに探索を続ける。

 箱の中から、別の保存食が見つかった。

 乾燥した固形食品。

 密封されたパウチ。

 小さな袋に入った粉末状の食品。

 そして、同じ形状の金属製容器。

 どうやら、食料は一つや二つではないらしい。

 俺は次々と物資を確認し、使えそうなものを選別していった。

 その過程で、ふと気づいたことがあった。

 物資の量が、思っていたよりも多い。

 最初は、木箱の中にいくつか保存食が残っている程度だと思っていた。

 だが、周囲を調べるほど、同じ系統の箱や袋が見つかる。

 しかも、完全に空になっているものばかりではない。

 中身が残っている箱もある。

 未開封の袋もある。

 密封された飲料物も、複数見つかった。

 これは、単なる偶然ではないだろう。

 やはり、まとまった物資が投棄された場所なのだ。

 俺は周囲を見渡しながら、少しずつ行動範囲を広げていった。

 ただし、深入りはしない。

 廃棄物の山は不安定だ。

 物資を探すことに夢中になって、崩落に巻き込まれたら意味がない。

 俺は足元を確かめながら、箱の周囲を調べていった。

 やがて、比較的大きな布の塊が目に入った。

 黒っぽい布だった。

 最初は、ただのシートかと思った。

 だが、近づいてみると、折り畳まれた状態のテントらしきものだとわかった。

 俺は慎重に布を持ち上げた。

 かなり重い。

 そして、ところどころに金属製の部品がついている。

 広げてみると、やはりテントだった。

 ただし、状態はひどい。

 布地の一部が破れている。

 縫い目もほつれている。

 端の部分には、指が入るくらいの穴が開きかけていた。

 骨組みの部品も、すべて揃っているわけではない。

 完全な状態ではない。

 だが、修理すれば使える可能性がある。

 少なくとも、ゴミ山の隙間に寝るよりはましだろう。

 俺はテントをひっくり返し、破損箇所を確認した。

 大きな穴が開いている部分は、布を当てれば何とかなるかもしれない。

 骨組みについても、足りない部品を代用品で補えれば、最低限の形にはできる可能性がある。

 今すぐ設営できるわけではない。

 だが、修理する価値は十分にある。

 俺はテントを畳み、アイテムボックスに収納した。

 続いて、別の箱を調べる。

 中には、金属製の部品がいくつか入っていた。

 細い棒。

 曲がった金具。

 留め具らしきもの。

 どれも錆びているが、形状は比較的単純だ。

 テントの補修に使えるものがあるかもしれない。

 俺は使えそうな部品を選び、まとめて収納した。

 次に見つけたのは、細長い布袋だった。

 口を開けると、中から古いナイフが出てきた。

 刃は錆びている。

 柄も傷んでいる。

 金属部分には細かな欠けがあり、刃先もかなり摩耗していた。

 正直、まともな武器とは言い難い。

 少し力を入れれば、柄が壊れてしまうかもしれない。

 刃も、何かを切るには心もとない状態だった。

 それでも、ナイフはナイフだ。

 ロープを切る。

 布を加工する。

 食料の包装を開ける。

 そうした用途なら、使える可能性がある。

 もちろん、錆びている以上、衛生面には注意しなければならない。

 傷んだ刃を素手で触るのも避けたほうがいい。

 俺はナイフを布で包み、アイテムボックスへ収納した。

 武器として頼るには危険すぎるが、道具としてなら価値がある。

 それに、今後の生活では、刃物が必要になる場面も多いだろう。

 俺は、物資を探す手を止め、周囲を見渡した。

 気づけば、かなりの量を確保していた。

 保存食。

 飲料物。

 毛布。

 テント。

 金属部品。

 ナイフ。

 これだけあれば、最低限の生活環境を整えることができるかもしれない。

 もちろん、まだ不足しているものはある。

 火を起こす道具。

 水を安全に扱うための容器。

 衛生用品。

 そして、食料が尽きたあとも生きていくための手段。

 だが、昨日まで何も持っていなかったことを考えれば、大きな進歩だった。

 俺は一度、アイテムボックスの中身を意識した。

 収納した物資が、頭の中で整理されているような感覚がある。

 食料。

 飲料物。

 毛布。

 テント。

 金属部品。

 ナイフ。

 それぞれの位置を正確に把握できるわけではないが、何が入っているのかはわかる。

 取り出すときにも、必要なものを思い浮かべればいいらしい。

 便利だ。

 これがなければ、今の物資を持ち運ぶだけでも一苦労だっただろう。

 だが、そこで俺は一つの問題に気づいた。

 この能力は、生物を収納できない。

 つまり、食料を保存できるとしても、生きた動物を入れておくことはできない。

 今のところ、食料を集める用途では問題ない。

 だが、今後、生活を整えていくなら、能力の制約を正確に把握する必要がある。

 収納できる容量。

 重量制限。

 時間経過。

 取り出す際の条件。

 それらを少しずつ確認していこう。

 俺はそんなことを考えながら、最後の箱を調べた。

 中には、比較的状態のいい保存食が入っていた。

 密封された袋がいくつも並んでいる。

 その隣には、飲料物のパックがまとまっていた。

 俺は一つずつ取り出し、状態を確認した。

 包装の破損は少ない。

 大きな汚れもない。

 保存状態は、ほかの物資よりも良さそうだった。

 俺は数を確認しながら、アイテムボックスへ収納していった。

 一つ。

 もう一つ。

 さらに一つ。

 食料の量は、かなりのものになった。

 飲料物も、十分な数がある。

 これだけあれば、すぐに飢える心配は減るだろう。

 俺は頭の中で、確保した物資を整理した。

 保存食は、種類ごとに分けて考える。

 飲料物は、未開封のものを優先して保管する。

 毛布は、寝床に使う。

 テントは、修理して設営する。

 ナイフは、道具として使う。

 金属部品は、テントの補修や簡単な工作に使えるかもしれない。

 これで、最低限の生活を整えるための材料が揃いつつある。

 食料と飲料物については、量から考えて、およそ三か月は生きていけるだけの備蓄になりそうだった。

 もちろん、食べる量や体調によって変わる。

 今の身体は五歳ほどの子供だが、これから成長すれば必要な量も増えるだろう。

 保存状態が悪くなれば、食べられなくなるものも出てくるかもしれない。

 それでも、少なくとも当面の間、食料探しに追われ続ける必要はなさそうだった。

「……よし」

 俺は小さく頷いた。

 ここまで来られたのは、運がよかったのかもしれない。

 だが、運だけではない。

 昨日、野犬から逃げ延びたこと。

 回復能力を確認したこと。

 アイテムボックスの使い方を覚えたこと。

 そして、今日、同じ場所をもう一度調べようと考えたこと。

 それらがつながって、今の結果になっている。

 俺は、自分の行動を少しだけ評価した。

 まだまだ未熟だ。

 知らないことも多い。

 危険を完全に避けられるわけでもない。

 それでも、昨日よりは確実に前へ進んでいる。

 これなら、何とかやっていけるかもしれない。

 そんな希望が、胸の奥に小さく灯った。

 俺は最後に、周囲をもう一度見回した。

 物資は、ほとんど回収できた。

 残っているものもあるが、今すぐ必要なものではない。

 そろそろ、寝床に戻ろう。

 確保した物資を使って、テントを修理する。

 毛布を敷く。

 食料と飲料物の保管場所を整理する。

 できれば、簡単な調理や衛生管理についても考えたい。

 そうすれば、今よりずっと生活しやすくなるはずだ。

 俺はアイテムボックスの状態を確認し、収納漏れがないかを確かめた。

 保存食。

 飲料物。

 毛布。

 テント。

 金属部品。

 ナイフ。

 どれも、きちんと収納されている。

 これでよし。

 俺は満足して、立ち上がった。

 そのときだった。

 遠くから、声が聞こえた。

「おい、こっちじゃねえのか?」

 男の声だった。

 俺は動きを止めた。

 聞き間違いではない。

 今度は、別の声が続いた。

「いや、確かこの辺りだ。もっと奥を探せ」

 粗野な声だった。

 言葉遣いも荒い。

 さらに、もう一人。

「チッ……こんなゴミ山の中を、いつまで探させる気だよ」

 俺の背筋に、冷たいものが走った。

 人間だ。

 昨日から、ずっと避けていた相手。

 そして、今まで一度も出会わなかった存在。

 少なくとも、声の数から考えて、四人か五人ほどいる。

 俺は反射的に周囲を見回した。

 隠れられる場所はある。

 だが、今いる場所は、物資が集まっていた一角だ。

 ここで見つかれば、何をしていたのか説明しなければならない。

 そもそも、相手がどんな人間なのかもわからない。

 話し合いができる相手かもしれない。

 ただの物資回収に来た人間かもしれない。

 あるいは、もっと厄介な連中かもしれない。

 俺は息を殺した。

「おい、あそこ、何か散らばってるぞ」

 声が近づいてくる。

「……誰か来たのか?」

「知らねえよ。とにかく、探せ。まだ残ってるかもしれねえ」

 足音が聞こえた。

 一人ではない。

 複数の人間が、廃棄物を踏みしめながら、こちらへ向かってきている。

 俺は拳を握りしめた。

 昨日の野犬とは違う。

 相手は人間だ。

 話が通じる可能性がある一方で、こちらの行動を予測しにくい。

 何より、俺は五歳ほどの子供にしか見えない。

 相手がどう反応するのか、まったくわからなかった。

 俺は、アイテムボックスに収納した物資を思い出した。

 食料。

 飲料物。

 テント。

 毛布。

 そして、錆びたナイフ。

 今、持っているものは、すべて収納されている。

 両手は空いている。

 逃げることもできる。

 隠れることもできる。

 必要なら、戦うことだってできる。

 だが、今はまだ、相手の正体がわからない。

 俺は慎重に呼吸を整え、近づいてくる足音に耳を澄ませた。

「おい、誰かいるのか!」

 男の怒鳴り声が、廃棄物の山に響き渡った。

 俺は、身を固くした。

 そして――。

 新しい人生で初めて、人間と出会う瞬間が、すぐそこまで迫っていた。

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