流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
――一九八七年、春。
心源流拳法総本山。
山々を覆っていた雪が解け、冬の間は静まり返っていた森に鳥の声が戻り始めたころ。
アオがこの地で修行を始めてから、三年が経過していた。
流星街を旅立ち、第272期ハンター試験に合格したのが一九八四年。
あれから三年。
十歳ほどだった少年は、十三歳ほどの年齢になっていた。
身長はさらに伸び、かつての細い身体には、無駄のない筋肉がついている。
しかし、その姿を見て最も驚くのは、単純な体格の変化ではない。
立ち姿だった。
肩に余計な力は入っていない。
重心は自然に落ち着き、足裏は地面を確かに捉えている。
呼吸は静かで、全身を覆うオーラにはほとんど乱れがない。
それでいて、ひとたび動けば、爆発的な速度と力を発揮する。
その少年が今、総本山の演武場で、両手を前へ突き出していた。
「……ふっ!」
掌から、淡い光が飛び出した。
放出されたオーラの塊が、二十メートルほど離れた木製の標的へ向かう。
ドンッ!
標的が大きく揺れた。
しかし、アオは満足しなかった。
「……また少し散ったか」
標的に残った痕跡を見つめる。
中心部には、確かにオーラが命中している。
だが、その周囲にも細かな衝撃の跡が残っていた。
放出したオーラの一部が、目標に届く前に拡散した証拠だった。
「威力は十分。でも、効率はまだまだね」
背後から声がした。
振り向くまでもない。
ビスケット=クルーガー。
この三年間、アオを徹底的に鍛え上げてきた師匠の一人だった。
「おはようございます、ビスケさん」
「おはよう。相変わらず早いわね」
「今日は放出系の復習をしていました」
「見ればわかるわ」
ビスケは標的へ歩み寄り、打撃痕を指先でなぞった。
「以前と比べれば随分よくなった。でも、まだオーラが目標に届くまでの間に無駄が出てる」
「はい」
「それに、あんたは身体能力が高すぎるのよ」
「……それが問題なんですか?」
「問題にもなるわ」
ビスケは振り返った。
「普通の人間なら、技術が未熟だと威力が足りなくなる。でも、あんたの場合は違う。多少効率が悪くても、元の力が強いから結果が出ちゃうの」
アオは黙って聞いた。
「だから、失敗に気づきにくい。力任せで成功したものを、技術が完成したと勘違いしやすいのよ」
「……なるほど」
「そこを徹底的に直すわ」
ビスケはにっこり笑った。
アオは、その笑顔を見て嫌な予感を覚えた。
「今日から、威力じゃなくて精度を優先すること。あの標的の中心に、できるだけ小さな跡を残しなさい」
「……距離は?」
「五十メートル」
「……今の倍以上ですね」
「当然でしょ?」
ビスケは当然のように答えた。
「それから、百回連続成功するまで終わりじゃないわよ」
アオは一瞬、遠い目をした。
2年前。
初めて与えられた、小石を百回連続で的へ当てる修行。
あのときも、同じようなことを言われた。
「……懐かしいですね」
「あら、余裕そうじゃない」
「いえ、そういう意味では」
「じゃあ、始めましょうか」
ビスケは笑顔のまま、標的をさらに遠くへ移動させた。
アオは小さく息を吐いた。
「……はい」
こうして、3年目の修行が始まった。
◇
この一年、アオが特に力を入れたのは、念能力の系統別修行だった。
自身の念系統は特質系。
水見式では、グラスに浮かべた一枚の葉が十一枚へ増えるという、特異な反応を示した。
そして、特質系の発。
『愚か者の宝物庫(ジャンキージャンクスロットマシーン)』。
それはすでに完成していた。
所有物を供物として捧げ、スロットを回し、七が三つ揃った場合にのみ特殊な宝物を得る能力。
供物の価値が高いほど、大当たりの確率と宝物の性能が高まる。
しかし、供物は永久に失われる。
そして、結果は完全に運任せ。
非常に強力な可能性を秘めている一方、安易に頼るべき能力ではなかった。
アオは、そのことを理解していた。
(……発が完成したからって、それで終わりじゃない)
宝物がなくても戦える。
宝物がなくても探索できる。
そして、どんな状況でも自分自身の技術で生き残れる。
そのためには、念の基本技術をさらに磨く必要がある。
特に、系統別修行によって得られる応用技術は、戦闘だけでなく探索にも大きく役立つはずだった。
アオは、ビスケとネテロに相談した。
「今年は、系統別修行を重点的に行いたいと思っています」
その言葉を聞いたビスケは、満足そうに頷いた。
「いい判断ね」
ネテロも笑った。
「ほっほ。自分の発を完成させたばかりだというのに、ずいぶん地道な道を選ぶのう」
「発は強力ですが、万能ではありませんから」
「うむ」
ネテロは目を細めた。
「力を持つ者ほど、力に頼りたくなる。じゃが、道具は使い手次第じゃ」
アオは頷いた。
「はい」
「では、好きなだけ磨くがよい」
老人は笑った。
「その先に何が見えるか、楽しみにしておるぞ」
◇
まず、重点的に取り組んだのは強化系だった。
身体能力そのものなら、アオはすでに常識外れのものを持っている。
転生時に与えられた、異常なほど優れた肉体。
それに、念による強化が加わる。
だが、だからこそ難しかった。
自分の身体がどこまで耐えられるのか。
どの程度のオーラを集中させれば、必要な結果を得られるのか。
その判断を誤れば、無駄な消費につながる。
「力を入れればいいってものじゃないのよ」
ビスケはそう言った。
目の前には、大小さまざまな石が並んでいる。
「まずは、この石を壊してみなさい」
アオは頷いた。
拳を握る。
硬。
オーラを集中させ、石へ拳を落とした。
パキンッ!
石が砕けた。
「はい、失敗」
「……え?」
「粉々にしすぎ」
ビスケは呆れたように言った。
「今度は、石の中心だけを割りなさい。周囲はできるだけ残すこと」
アオは石を見つめた。
「……難しいですね」
「だから修行なのよ」
それから数週間。
アオは、さまざまな素材を使って力の制御を学んだ。
木。
石。
金属。
厚い革。
柔らかい布。
それぞれに必要な力は異なる。
硬いものを壊すだけなら簡単だった。
だが、壊したい部分だけを正確に壊すとなると、話は違う。
オーラの量。
接触する角度。
衝撃の伝わり方。
身体の動き。
それらを細かく調整する必要があった。
やがて、アオは石の表面をほとんど傷つけず、内部に亀裂を入れられるようになった。
ビスケはその結果を見て、満足そうに頷いた。
「ようやく、力の使い方がわかってきたみたいね」
「まだまだです」
「そうね。まだまだよ」
彼女は笑った。
「でも、悪くないわ」
アオは小さく笑った。
強化系の修行は、戦闘だけでなく、探索にも役立つ。
崩れかけた建物を慎重に壊す。
岩盤を必要な範囲だけ砕く。
負傷者を運ぶ際に、身体への負担を抑える。
力を正確に扱えることは、単純な破壊力以上の価値を持っていた。
◇
次に取り組んだのは、放出系だった。
アオは以前から、拳や掌からオーラを放つことができた。
だが、距離が伸びるほど威力と精度が落ちる。
そこでビスケは、段階的に距離を伸ばす修行を課した。
十メートル。
二十メートル。
三十メートル。
そして、五十メートル。
最初は、的に当てるだけ。
次に、中心へ当てる。
さらに、威力を一定に保つ。
最後は、移動しながら狙った場所へ命中させる。
アオは何度も失敗した。
だが、失敗するたびに原因を考えた。
放出の瞬間にオーラが散っているのか。
飛行中に拡散しているのか。
身体の動きと放出のタイミングがずれているのか。
それらを一つずつ修正していった。
ある日。
アオは、五十メートル先に吊るされた小さな金属板を見つめていた。
風が吹く。
金属板が揺れる。
アオは呼吸を整えた。
掌にオーラを集める。
そして、放つ。
ヒュンッ!
小さなオーラの塊が、一直線に飛んだ。
カンッ!
金属板の中心を叩く。
アオは静かに息を吐いた。
「……よし」
ビスケが頷いた。
「今のはよかったわ」
「ありがとうございます」
「でも、まだ百回連続じゃないからね」
「……はい」
アオは苦笑した。
放出系の技術が向上すれば、遠距離攻撃の選択肢が増える。
敵へ近づかずに牽制する。
離れた場所の仕掛けを作動させる。
危険な物体を直接触れずに動かす。
探索や救助でも、応用できる場面は多い。
アオは、そうした可能性を考えながら修行を続けた。
◇
変化系の修行では、オーラの形状を変える技術を磨いた。
すでにアオは、オーラを刃のように伸ばすことができた。
ハンター試験でも、その応用を使ったことがある。
だが、まだ形状の維持には無駄が多かった。
「もっと薄く。もっと均一に」
ビスケが指示する。
アオは指先へオーラを集めた。
細い糸のような形状へ変える。
最初は、すぐに崩れた。
次に、途中で太さが変わった。
さらに、長く伸ばすと先端が不安定になった。
「……難しいですね」
「当然よ。形を作るだけじゃなくて、維持しなきゃいけないんだから」
アオは頷いた。
そして、何度も繰り返した。
糸。
刃。
針。
薄い膜。
形状を変え、維持し、解除する。
それを繰り返すうちに、少しずつ精度が上がっていった。
ある日。
アオは、指先から伸ばした細いオーラの糸を、木の枝へ絡ませた。
そのまま、軽く引く。
枝が揺れた。
だが、糸は切れなかった。
「……できた」
アオは小さく呟いた。
ビスケが頷く。
「まだ短いし、強度も十分じゃない。でも、形状を維持できるようになってきたわね」
「はい」
アオは糸を解除した。
この技術が成長すれば、探索で役立つ。
狭い隙間へ伸ばす。
離れた場所の物を引っかける。
罠の構造を確かめる。
もちろん、戦闘にも応用できる。
ただし、現段階ではあくまで基礎技術の応用。
独立した発ではない。
アオは、その区別を忘れなかった。
◇
操作系の修行では、さらに苦労した。
物体へオーラを込め、意図した動きをさせる。
言葉にすれば簡単だ。
だが、実際には難しい。
ビスケが用意したのは、小さな木製の球だった。
「まずは、これを一定の方向へ転がしなさい」
アオは球を見つめた。
オーラを込める。
動かそうと意識する。
しかし、球は動かなかった。
「……」
「力んでも駄目よ」
ビスケが言った。
「操作系は、力任せに動かすものじゃないわ」
アオは頷いた。
何度も試す。
オーラを込める。
方向を意識する。
動きを維持する。
最初は、ほんの少ししか動かなかった。
次に、まっすぐ転がるようになった。
やがて、途中で方向を変えられるようになった。
ただし、複雑な動きはまだ難しい。
アオは、球が机の端から落ちるのを見て苦笑した。
「……まだまだですね」
「そうね。でも、最初よりはずっといいわ」
ビスケは頷いた。
操作系の技術は、将来的にさまざまな応用が考えられる。
離れた場所の物体を動かす。
簡単な仕掛けを操作する。
探索用の道具を補助する。
ただし、現時点では、まだ基礎の域を出ない。
アオは焦らなかった。
すべてを一度に完成させる必要はない。
少しずつ、できることを増やせばいい。
◇
具現化系の修行では、物体の構造を理解することから始めた。
アオはすでに、特質系の発によってスロットマシンを具現化できる。
だが、それは能力の中核として長い時間をかけて構築したものだった。
自由自在に何でも具現化できるわけではない。
「まずは、単純な形からね」
ビスケはそう言った。
目の前には、小さな金属製の鍵が置かれている。
「形。重さ。質感。細部の構造。全部覚えなさい」
アオは鍵を手に取った。
表面をなぞる。
重さを確かめる。
角度を変えて観察する。
目を閉じ、頭の中で形を再現する。
そして、オーラを集中させた。
淡い光が集まる。
小さな鍵のようなものが現れた。
だが、すぐに崩れた。
「……難しい」
「当然よ」
ビスケは笑った。
「物を具現化するっていうのは、ただ形を思い浮かべればいいわけじゃないの」
アオは頷いた。
それから、何度も鍵を観察した。
触れる。
重さを確かめる。
細部を記憶する。
そして、再現する。
数週間後。
アオは、ようやく数秒間だけ鍵の形を維持できるようになった。
ただし、実物と比べれば細部はまだ粗い。
強度も十分ではない。
それでも、確かな進歩だった。
アオは手のひらに浮かぶ鍵を見つめた。
「……面白いな」
具現化系の技術が成長すれば、探索用の道具を作ることもできるかもしれない。
ただし、実用的な道具を安定して具現化するには、まだ多くの修行が必要だった。
アオは、その可能性を胸に刻んだ。
◇
そして、特質系。
アオは、自身の発を完成させていた。
だが、だからといって、特質系の修行が終わったわけではない。
むしろ、発を使いこなすための理解は、まだ始まったばかりだった。
供物の価値。
抽選の条件。
宝物の使用制限。
特殊コイン。
そして、起床時の回数回復。
アオは、それらを慎重に確認していた。
ただし、無意味な抽選は避けた。
供物は永久に失われる。
大当たりが出る保証もない。
だからこそ、必要なときに使う。
その方針は変わらなかった。
この一年も、新たな宝物を得ることはなかった。
以前に獲得した『静寂の環』は、今も大切に保管している。
アオは、発の能力に頼るよりも、自分自身の技術を磨くことを優先した。
◇
その年の初夏。
アオは、再び流星街へ帰郷した。
前回の帰郷から、およそ一年。
懐かしい廃棄物の山々を見た瞬間、アオは自然と笑みを浮かべた。
「……また帰ってきたな」
最初に向かったのは、ハザのもとだった。
扉を叩く。
中から声がする。
「誰だ?」
「俺です」
数秒の沈黙。
そして。
「……アオか!?」
扉が勢いよく開いた。
ハザが目を見開く。
「お前、またでかくなったな!」
「少しは」
「毎回それだな!」
ハザは豪快に笑った。
そして、アオの肩を叩いた。
「よく帰ってきた」
「……ただいま」
アオは笑った。
◇
ハザとの再会を終えた後。
アオは、クロロたちのもとへ向かった。
以前と同じ建物。
だが、中の様子は少し変わっていた。
床には、木製の練習用武器。
壁には、地図。
そして、何人かの少年少女が真剣な表情で話し合っていた。
「……アオ?」
最初に気づいたのは、マチだった。
彼女は少し驚いた顔をした。
「久しぶり」
「久しぶり、マチ」
アオが笑うと、奥から大きな声が響いた。
「アオ!?」
ウボォーギンだった。
彼は以前よりさらに大きくなっていた。
肩幅が広がり、腕には太い筋肉がついている。
「また帰ってきたのか!」
「ああ」
「よし! 勝負だ!」
「……再会してすぐそれか?」
「当たり前だろ!」
アオは苦笑した。
相変わらずだった。
そこへ、クロロが現れた。
「久しぶりだね、アオ」
「ああ。元気だったか?」
「うん。君も元気そうだ」
クロロは穏やかに笑った。
だが、その目には以前よりも鋭い光が宿っていた。
アオはすぐに気づいた。
(……念を覚えたな)
クロロの周囲には、薄いオーラが漂っている。
まだ熟練者のような安定感はない。
だが、明らかに纏を使っていた。
「……クロロ」
「気づいた?」
クロロは小さく笑った。
「最近、少しずつ学んでいるんだ」
「念か」
「うん」
アオは頷いた。
周囲を見れば、マチやウボォーギンにも、以前とは違う気配がある。
彼らも、念の基礎を身につけ始めているらしい。
「……誰に教わった?」
アオが尋ねると、クロロは少し考えた。
「いろいろな人からね。流星街にも、外の世界を知っている人はいるから」
「なるほど」
アオは頷いた。
流星街には、外部から流れ着いた人間もいる。
その中に、念能力者がいても不思議ではない。
クロロは続けた。
「まだ基礎だけだけど、纏と絶はある程度使えるようになった。練も練習している」
「十分すごいよ」
アオは素直に答えた。
独学に近い環境で、そこまで到達している。
やはり、彼らの才能は並外れていた。
ウボォーギンが拳を鳴らした。
「だから、今度こそ勝負だ!」
アオは笑った。
「わかったよ」
◇
広場での組手。
ウボォーギンは、以前とは比べものにならないほど強くなっていた。
拳にオーラを集中させる。
身体を纏で守る。
そして、練によって一時的に力を高める。
まだ粗削りではある。
だが、もともとの身体能力が高いため、その威力は凄まじかった。
「うおおおっ!」
ウボォーギンが突進する。
アオはその拳を受け流した。
だが、以前よりも重い。
(……強くなってるな)
アオは少し嬉しくなった。
ウボォーギンは、さらに拳を繰り出す。
右。
左。
そして、踏み込みからの強烈な一撃。
アオは半歩下がった。
拳が空を切る。
次の瞬間、アオは懐へ入った。
軽く掌を当てる。
ウボォーギンの重心が崩れた。
「うおっ!?」
彼は地面へ転がった。
だが、すぐに起き上がる。
「まだだ!」
アオは笑った。
「いいぞ。もう一回」
その後も、ウボォーギンは何度も挑んだ。
だが、結果は変わらなかった。
最後には、彼は大の字になって地面へ倒れた。
「……くっそー!」
アオは手を差し出した。
「強くなったな」
「お前が強すぎるんだよ!」
ウボォーギンは笑いながら、その手を掴んだ。
アオも笑った。
「まだまだだよ」
「それ、嫌味に聞こえるぞ!」
周囲から笑い声が上がった。
◇
その日の夜。
アオは、クロロと二人で話していた。
場所は、以前と同じ建物の屋上。
流星街の夜空には、街灯の少ない分、無数の星が見える。
「……アオ」
クロロが口を開いた。
「僕たち、そろそろ外へ出ようと思ってる」
アオは静かに彼を見た。
「……そうか」
「うん。まだ準備は必要だけどね」
クロロは遠くを見つめた。
「流星街の外には、僕たちの知らないものがたくさんある。危険もあるだろうけど、それでも見てみたい」
アオは頷いた。
「いいと思う」
クロロは少し驚いた顔をした。
「止めないんだね」
「止める理由がないだろ」
アオは笑った。
「外の世界を見ることは、悪いことじゃない」
クロロは静かに頷いた。
「……そうだね」
アオは少し考えた。
「ただし、気をつけろよ」
「何に?」
「外の世界には、流星街の人間を利用しようとする連中もいる。金や力を持ってる奴が、必ずしも正しいわけじゃない」
クロロは黙って聞いていた。
「それに、念能力者もいる。今のお前たちが強くなってきたのはわかるけど、世の中にはもっと強い奴がいる」
「……君みたいに?」
「俺なんかより強い人間もいる」
アオは真剣に答えた。
ネテロ。
ビスケ。
そして、まだ出会っていない数多くの念能力者。
この世界には、恐ろしいほど強い人間が存在する。
「だから、無茶はするな」
クロロは少し笑った。
「……心配してくれてるんだね」
「当たり前だろ」
アオは答えた。
「お前たちは、俺の大切な仲間だからな」
クロロはしばらく黙っていた。
そして、静かに頷いた。
「……ありがとう」
アオは笑った。
「どういたしまして」
夜風が、二人の間を通り抜けた。
◇
その年の秋。
アオは、リリアと再会した。
待ち合わせ場所は、以前と同じ地方都市。
だが、今回は喫茶店ではなく、街外れにある小さな訓練場だった。
アオが到着すると、リリアはすでに待っていた。
「アオ!」
「久しぶり」
リリアは笑顔で駆け寄ってきた。
以前よりも、さらに身体つきが引き締まっている。
動きにも無駄が少ない。
そして、何より。
(……オーラが安定してる)
アオはすぐに気づいた。
リリアの纏は、以前よりも遥かに安定していた。
「……強くなったな」
アオがそう言うと、リリアは嬉しそうに笑った。
「でしょ!?」
彼女は胸を張った。
「ミレーヌ先生に、毎日しごかれてるからね!」
「それは大変そうだ」
「大変だよ! でも、すごく勉強になるんだ」
リリアは笑った。
そして、少し真剣な表情になった。
「今はね、先生の仕事について回ってるの」
「仕事?」
「うん。アマチュアハンターとして、調査や探索の手伝いをしてるんだ」
アオは目を細めた。
「……なるほど」
リリアは続けた。
「遺跡の調査とか、危険な地域の下見とか、行方不明者の捜索とか。もちろん、まだ一人では任せてもらえないけど」
「十分すごいよ」
「えへへ」
リリアは照れたように笑った。
そして、少し声を落とした。
「……実際の仕事って、修行とは全然違うんだよね」
アオは頷いた。
「そうだろうな」
「訓練では見つけられた足跡が、雨が降ると全然わからなくなったり。地図では安全そうな道が、実際には崩れてたり」
リリアは真剣な顔で続けた。
「それに、危険な場所では、判断を間違えると誰かが怪我する」
アオは黙って聞いていた。
「だから、先生が言うんだ。斥候は、誰よりも慎重でなきゃいけないって」
「……いい教えだな」
「うん」
リリアは頷いた。
「それでね。来年、もう一度ハンター試験を受けようと思ってる」
アオは少し驚いた。
「……来年?」
「うん。一九八八年の試験」
リリアは真剣な目をしていた。
「先生が、そろそろ挑戦してもいい頃だって言ってくれたの」
アオは静かに頷いた。
「……そうか」
リリアは少し不安そうに笑った。
「もちろん、絶対に受かるとは限らないけどね」
「大丈夫だ」
アオは即答した。
リリアが目を丸くする。
「……え?」
「少なくとも、今のリリアなら、前とは比べものにならないくらい強くなってる」
アオは笑った。
「それに、試験に合格することだけが大事なんじゃない。今まで積み重ねてきたものは、絶対に無駄にならない」
リリアはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり笑った。
「……ありがとう」
アオは頷いた。
「応援してるよ」
◇
その日の午後。
二人は、軽い組手を行った。
リリアは短剣を模した木製武器を使い、アオは素手で応じる。
以前と比べて、リリアの動きは格段に良くなっていた。
足音が小さい。
視線の誘導が上手い。
そして、相手の正面に立たない。
リリアはアオの周囲を回りながら、隙を探した。
アオはその動きを見つめた。
(……なるほど)
彼女は、無理に攻撃しない。
相手が強いと判断すれば、距離を取る。
そして、別の角度から接近する。
まさに、斥候らしい戦い方だった。
「……いくよ!」
リリアが踏み込む。
木製短剣が伸びる。
アオは避けた。
だが、リリアはその動きを読んでいた。
すぐに足を切り返し、別の角度から攻撃する。
アオは少し驚いた。
(……いいな)
以前なら、最初の攻撃を避けられた時点で動きが止まっていた。
今は違う。
攻撃が失敗することを前提に、次の行動を準備している。
アオは、木製短剣を軽く受け止めた。
「……ここまで」
リリアは息を吐いた。
「……やっぱり当たらない」
「いや、かなり良くなってる」
「本当?」
「ああ。特に、二手目の切り返しがよかった」
リリアは嬉しそうに笑った。
「先生にも、そこを褒められたんだ!」
アオは頷いた。
「この調子なら、来年の試験も十分に戦えると思う」
リリアは真剣な顔になった。
「……うん。頑張る」
◇
夕方。
二人は、街の外れにある丘へ向かった。
そこからは、街全体を見渡すことができた。
夕陽が建物の屋根を赤く染めている。
リリアはしばらく景色を眺めていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……アオ」
「ん?」
「私ね、前は怖かったんだ」
アオは静かに彼女を見た。
「ハンター試験で、腕を失ったとき。もう二度と元に戻れないと思った」
リリアは左腕を見下ろした。
今では、傷一つ残っていない。
だが、あのときの記憶は消えていない。
「でも、アオが助けてくれた」
彼女は顔を上げた。
「だから、今度は私も誰かを助けられるようになりたい」
アオは黙って聞いていた。
「危険な場所で、仲間が無事に帰れるように。迷ってる人を見つけられるように。そういうハンターになりたいんだ」
アオはゆっくり頷いた。
「……いい目標だな」
リリアは笑った。
「うん」
そして、少し照れたように続けた。
「……アオにも、いつか頼ってもらえるくらい強くなりたい」
アオは少し驚いた。
だが、すぐに笑った。
「もう十分、頼りにしてるよ」
「……本当?」
「ああ。俺には、リリアみたいな斥候の技術はないからな」
リリアは目を丸くした。
「アオにも、できないことがあるんだ」
「当たり前だろ」
アオは笑った。
「一人で何でもできるわけじゃない」
リリアは少し考えた。
そして、嬉しそうに笑った。
「……そっか」
夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。
◇
その年の冬。
アオは、再びネテロと組手を行っていた。
場所は、総本山の特別演武場。
周囲には、ビスケと数人の師範代が見守っている。
「ほっほ。では、始めようかの」
ネテロが笑った。
アオは静かに構えた。
「お願いします」
次の瞬間。
アオが動いた。
踏み込み。
拳。
そして、オーラの移動。
以前よりも遥かに滑らかだった。
ネテロは軽く身をずらした。
だが、アオは追いかけない。
相手の動きを読んで、次の位置へ先回りする。
ネテロの足が動く。
アオはその瞬間を狙った。
掌底。
老人の胸元へ向かう。
だが。
ネテロの指先が、アオの手首へ触れた。
ほんのわずかな力。
それだけで、攻撃の軌道が逸れる。
アオはすぐに体勢を立て直した。
そして、再び踏み込む。
今度は、拳ではない。
足払い。
ネテロは軽く跳んだ。
その瞬間、アオは掌から小さなオーラを放った。
放出系の基礎技術。
威力は抑えている。
だが、狙いは正確だった。
ネテロの袖へ向かう。
「……ほう」
老人の目が細くなった。
次の瞬間。
ネテロの指先が、アオの額へ触れた。
トン。
軽い音。
アオの動きが止まる。
「……参りました」
ネテロは笑った。
「ほっほ。よいよい」
アオは息を吐いた。
まだ、勝てない。
だが、以前よりも確実に近づいている。
ビスケが腕を組んだまま言った。
「……本当に、成長が止まらないわね」
ゲンザも頷いた。
「この一年で、また別人になったようだ」
ネテロは愉快そうに笑った。
「かっかっか。まだまだ伸びるぞ、この子は」
アオは少し照れくさくなった。
「……ありがとうございます」
ネテロは目を細めた。
「じゃが、忘れるでないぞ」
「はい」
「強さとは、技術だけではない。何を守り、何を選び、何を捨てるか。その積み重ねじゃ」
アオは静かに頷いた。
「……はい」
◇
夜。
アオは、自室の窓辺に座っていた。
机の上には、数通の手紙が置かれている。
流星街のハザからの便り。
クロロたちの近況。
そして、リリアから届いた連絡。
それぞれが、自分の道を歩んでいる。
ハザは流星街で変わらず暮らし、仲間たちを支えている。
クロロたちは念の基礎を身につけ、外の世界へ出る準備を始めている。
リリアはミレーヌのもとで実戦経験を積み、来年のハンター試験へ挑む。
そして、自分は。
アオは右手を開いた。
掌に、淡いオーラが集まる。
それは細い糸の形へ変わり、やがて小さな刃となった。
次に、オーラを掌から離す。
小さな光の塊が、空中を数センチ進んで消えた。
まだ、発には至らない技術。
だが、確かな成長の証だった。
「……少しずつ、できることが増えてきたな」
アオは小さく笑った。
強化系。
放出系。
変化系。
操作系。
具現化系。
そして、特質系。
それぞれの系統には、異なる可能性がある。
すべてを極めることは、簡単ではない。
だが、基礎を積み重ねれば、戦闘にも探索にも役立つ。
何より、選択肢が増える。
アオは、そのことを何より大切にしていた。
いつか、流星街の仲間たちが外の世界へ出る。
リリアがハンター試験へ挑む。
そして、自分もまた、新しい道へ進む日が来る。
そのとき、今まで積み重ねてきたものが、きっと役に立つ。
アオは窓の外を見た。
冬の星空が、静かに広がっている。
「……来年も、忙しくなりそうだな」
そう呟いて、アオは微笑んだ。
未来は、まだわからない。
だが、確かなことが一つある。
自分も、仲間たちも、立ち止まってはいない。
それぞれが、自分の道を歩み続けている。
そして、その道はいつか、再び交わるだろう。
アオは静かに目を閉じた。
明日も修行がある。
まだまだ、学ぶことは山ほどある。
だが、それが楽しかった。
強くなること。
できなかったことが、できるようになること。
そして、いつか大切な人たちを守れるようになること。
そのために、アオはこれからも歩み続ける。