流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む 作:アイエオ
「おい、誰かいるのか!」
男の怒鳴り声が、廃棄物の山に響き渡った。
俺は身を固くしたまま、声のした方向を見つめた。
逃げるべきか。
それとも、姿を見せて話をするべきか。
頭の中でいくつもの選択肢が浮かんでは消える。
相手は四人、あるいは五人。声の数から考えると、それくらいはいる。
全員が大人の男だとすれば、正面からぶつかるのは避けたい。俺の身体能力が普通の五歳児を大きく超えているとしても、相手は人間だ。野犬とは違い、道具を使うし、言葉でこちらを惑わせることもできる。
それに、俺はこの世界の人間がどれほど危険なのか、まだ知らない。
流星街。
前世で知っていた漫画の中では、あまりにも特殊な場所だった。
捨てられた人間、捨てられた物、捨てられた人生。
何をしてもいい場所だと考える者もいれば、何をされても仕方がない場所だと考える者もいる。
だが、実際に暮らす人間が全員、無秩序な悪人というわけではないはずだ。
この場所にも、家族がいる。仲間がいる。誰かを守りながら暮らしている人間だっているだろう。
だからこそ、最初から誰も彼も敵だと決めつけるわけにはいかない。
とはいえ、警戒を解く理由もなかった。
俺は自分の足元を見た。
物資を探していた痕跡が残っている。
箱を開けた跡。地面に広がった布。中身が抜かれた袋。ついさっきまで俺が調べていた場所だ。
これを見られれば、何かを持ち去ったことは簡単にわかる。
もっとも、俺が手で運んだものは一つもない。
食料も、飲料物も、毛布も、テントも、すべてアイテムボックスに収納してある。
この能力を見られるのは避けたい。
それが何なのかを知られたくないというだけではない。
もし、便利な能力を持っていると知られたら、俺自身が奪うべき物だと判断されるかもしれないからだ。
能力の正体を説明して、理解してもらえる保証はない。
まして、相手が野盗のような連中なら、なおさらだ。
俺は周囲を見回した。
隠れられそうな場所はある。崩れた壁の裏側。金属板の隙間。大きな廃棄物の陰。
しかし、今から動けば、かえって目立つ可能性がある。
足元には細かい金属片が散らばっている。踏めば音が鳴るし、不安定な場所を選べば転倒するかもしれない。
逃げるなら、相手の位置を把握してからだ。
そう考えた直後だった。
ガシャン、と金属がぶつかる音がした。
「おい、こっちだ。誰かが漁った跡があるぞ」
男の声が、さっきより近くなった。
「何だと?」
「箱が開いてる。中身も抜かれてやがる」
「ふざけんな。俺たちが先に見つけた場所だぞ」
四人目と思われる男が、舌打ちした。
「おい、散らばって探せ。まだ近くにいるかもしれねえ」
足音が分かれた。
俺は思わず息を止めた。
まずい。
こちらに近づいてくる足音が二つ。
残りの足音は左右へ離れていった。
つまり、俺のいる場所を中心に探し始めたのだ。
ここでじっとしていても、いずれ見つかる。
かといって、逃げようとすれば、見つかる可能性がさらに高まる。
俺は一瞬だけ目を閉じ、考えをまとめた。
相手の目的は何だろう。
少なくとも、今の会話からは物資を探していることがわかる。
ならば、俺がここにいる理由を適当に説明すれば、話が通じる可能性はある。
子供が一人で物資を探していた。
それ自体は、不自然ではない。
流星街では、子供であっても自分の食い扶持を探さなければならないことがあるだろう。
俺の外見も、五歳ほどの子供にしか見えないはずだ。
ならば、弱い子供として振る舞い、相手の様子を見ながら距離を取る。
それが一番安全かもしれない。
俺はそう判断し、わざと物陰から姿を現した。
両手を見える位置に上げる。
手のひらには何も持っていない。
「……あの、何か用ですか?」
できるだけ怯えた子供らしい声を出した。
直後、男たちの動きが止まった。
最初に姿を現したのは、肩幅の広い男だった。
伸び放題の髪に、無精髭。薄汚れた上着の前は開け放たれ、腰には布で巻いた何かをぶら下げている。
その後ろに、背の高い痩せた男。
さらに、鼻のあたりに古い傷がある男と、頭を短く刈り込んだ男が続いた。
四人。
少なくとも、俺が確認できる範囲では四人だった。
全員、まともな生活をしているようには見えない。
服は汚れているし、靴も擦り切れている。顔つきには疲労が滲んでいたが、それ以上に、他人を見下すような目つきが気になった。
彼らは俺を見た。
そして、ほとんど同時に眉をひそめた。
「……ガキ?」
肩幅の広い男が言った。
「何だ、お前。こんなところで何してやがる」
「食べ物を探してました」
俺は正直に答えた。
嘘を重ねるより、そのほうが自然だと思ったからだ。
「食べ物だと?」
「はい」
男は俺の姿を上から下まで眺めた。
それから、俺の背後にある木箱へ視線を向けた。
「おい、こいつ……」
鼻に傷のある男が、肩幅の広い男へ何かを囁いた。
「たぶん、あれだろ。どっかの連中の使い走りだ」
「使い走り?」
「一人でこんなところにいるガキだぞ。自分の判断で動いてるとは思えねえ。どっかに親玉がいるんだろ」
俺は内心で首を傾げた。
使い走り?
どうやら、妙な勘違いをされているらしい。
「おい、ガキ」
肩幅の広い男が一歩近づいてきた。
「お前、どこの連中だ?」
「……え?」
「とぼけるんじゃねえ。誰に言われて、ここを漁ってやがる?」
「誰にも言われてません。僕一人です」
その答えを聞いた男たちは、顔を見合わせた。
そして、痩せた男が鼻で笑った。
「一人だとよ」
「馬鹿か、こいつ。見ろよ、周りを」
刈り込んだ男が、地面に散らばった包装材を指さした。
「箱を開けて、中身を抜いてやがる。あれだけの物資を、こんなガキが一人でどうやって運ぶんだ?」
「……」
俺は黙った。
しまった。
確かに、そこは説明できない。
俺が運んだ痕跡はないが、物資が消えていること自体は事実だ。
そして、俺はその現場にいる。
彼らからすれば、俺が何かを隠していると考えるのも当然だった。
「ほらな。やっぱり誰かいるんだよ」
鼻に傷のある男が、得意げに言った。
「ガキはその使い走りだ。先にここへ来て、物資を確認してたんだろ」
「じゃあ、どこに隠した?」
肩幅の広い男が俺を睨んだ。
「……何をですか?」
「荷物だよ、荷物! 食料も道具も、ここにあったはずだろうが!」
怒鳴り声が耳に響いた。
俺は反射的に肩をすくめた。
演技ではない。
いきなり怒鳴られれば、誰だって驚く。
ただし、俺の頭の中では別のことを考えていた。
この男たちは、俺が物資を回収したことを知っている。
そして、俺が一人で運べるはずがないと考えている。
つまり、彼らはこの場所を以前から知っていたのだ。
ここにある物資を、自分たちの獲物だと思っていた。
その獲物が消えている。
だから、俺を見つけて問い詰めている。
話し合いで解決する可能性は、まだあるだろうか。
「僕は、本当に一人です。食べ物を見つけて、持っていっただけで……」
「持っていった?」
男の目つきが変わった。
しまった。
今のは余計だった。
「おい、聞いたか?」
「こいつ、持っていったって言いやがったぞ」
「やっぱり仲間がいるんじゃねえか」
四人の男たちが、じりじりと距離を詰めてきた。
俺は一歩下がった。
逃げ道を確認する。
右側は金属板が積み重なっていて、走り抜けるのは難しい。
左側には比較的開けた場所があるが、そこへ向かうには男の一人を横切らなければならない。
後ろは物資の山。
前には四人。
位置取りが悪い。
「お前、どこの集団のガキだ?」
肩幅の広い男が、再び尋ねた。
「誰の命令で動いてる?」
「誰の命令も受けてません」
「まだ言うか」
男は舌打ちした。
「いいか、ガキ。俺たちはな、ここにある物資を回収しに来たんだ。てめえらみたいな連中が横取りしていいもんじゃねえ」
俺は眉をひそめた。
てめえら。
やはり、彼らは俺を何らかの集団の一員だと思い込んでいる。
この誤解を解ければいいのだが。
「ここに捨てられていたものですよね? 誰のものでもないんじゃ……」
言いかけて、俺は口を閉じた。
四人の表情が一斉に険しくなったからだ。
「誰のものでもない?」
肩幅の広い男が、ゆっくりと笑った。
笑顔というより、獲物を見つけた獣の表情に近い。
「ガキが、ずいぶん偉そうなことを言うじゃねえか」
「……」
「ここにある物は、先に見つけた奴のもんだ。そういう決まりなんだよ」
なるほど。
少なくとも、彼らの中ではそういう理屈らしい。
もっとも、俺が納得する必要はない。
彼らが先に見つけていたとしても、俺はすでに必要な物資を回収した。
今さら返すつもりもなかった。
もちろん、そんなことを正直に告げるほど馬鹿ではない。
「……すみません。僕、知らなかったんです」
俺は頭を下げた。
相手の反応を見るためだ。
ここで謝罪を受け入れるなら、まだ話し合いの余地はある。
しかし、男たちは顔を見合わせたあと、笑い始めた。
「知らなかった、だとよ」
「そりゃそうだろ。ガキなんだからよ」
「まあ、知らねえなら教えてやるさ」
痩せた男が、俺の前にしゃがみ込んだ。
その顔が近づいてくる。
酒と汗が混じったような臭いがした。
「なあ、坊主。お前の親玉はどこにいる?」
「……親玉はいません」
「じゃあ、誰に言われて来た?」
「誰にも」
「そうか」
痩せた男は、急に俺の襟首を掴んだ。
「なら、吐くまで聞いてやるよ」
身体が前へ引っ張られる。
俺は反射的に男の手を見た。
指が服に食い込んでいる。
力を入れれば振りほどけそうだ。
だが、ここで反撃すれば、話し合いは完全に終わる。
まだ相手の目的が物資だけなら、何とか穏便に済ませたい。
「……離してください」
「あ?」
「痛いです」
「痛い? そりゃよかったな」
男は俺の襟首をさらに強く引っ張った。
「痛いってことは、まだ口が利けるってことだ」
そして、俺の頬を平手で打った。
乾いた音が響いた。
頭が横に揺れる。
頬に熱が走った。
俺は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
この世界に来てから、野犬に襲われたことはある。
しかし、人間に殴られたのは初めてだった。
しかも、俺は抵抗していない。
ただ質問に答えていただけだ。
相手を刺激しないように、できるだけ穏やかに話していた。
それでも、殴られた。
「おい、あんまり顔を腫らすなよ。こいつの仲間が見たら面倒だ」
肩幅の広い男が言った。
「わかってるって。口を割らせるだけだ」
痩せた男は、俺の襟首を掴んだまま笑った。
「さあ、坊主。もう一回聞くぞ。お前の仲間はどこにいる?」
「……いません」
俺は答えた。
今度は、はっきりと。
すると、男の顔から笑みが消えた。
「そうかよ」
次の瞬間、腹に拳がめり込んだ。
「っ……!」
息が詰まった。
身体がくの字に折れる。
肺の中の空気が、一気に押し出された。
俺は咳き込みそうになったが、襟首を掴まれているため、うまく身体を丸められない。
「おいおい、こんなもんで音を上げるなよ」
男が笑う。
「まだ始まったばかりだぜ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが冷えた。
怒りが爆発したわけではない。
むしろ逆だった。
頭の中が、急速に静かになっていく。
相手の手。
足の位置。
体重のかかり方。
俺と男の距離。
周囲にいる残り三人の位置。
それらが、ひとつずつ目に入ってくる。
昨日、野犬と戦ったときにも、似た感覚があった。
相手が動く前に、身体の傾きや筋肉の動きから、次の行動を予測する。
どこに力が入っているのか。
どちらへ動こうとしているのか。
どうすれば相手の体勢が崩れるのか。
俺は、それを考えていた。
だが、今回は野犬ではない。
相手は人間だ。
しかも、俺を殴っている。
話し合いをする気がないことは、もう明らかだった。
ここで無理に抵抗を続ければ、さらに殴られる。
逃げようとしても、襟首を掴まれている。
ならば。
この手を外すしかない。
「おい、聞いてんのか?」
男が俺の顔を覗き込んだ。
「誰の仲間だって聞いてんだよ!」
再び拳が動いた。
俺は、その動きを見た。
そして、動いた。
顎を引き、身体をわずかに横へずらす。
男の拳が、頬の横を通り過ぎた。
同時に、俺は襟首を掴んでいる男の手首へ、自分の両手を添えた。
力任せに引き剥がすのではない。
相手の腕が伸びた瞬間、その方向へ身体を回転させる。
男の力を利用し、掴まれた襟を抜く。
俺は地面へ転がるようにして、男の手から逃れた。
「なっ……!」
痩せた男が目を見開いた。
俺はすぐに立ち上がり、距離を取った。
腹は痛い。
頬も熱い。
だが、動ける。
そして、相手の動きは見えている。
「このガキ!」
男が怒鳴った。
次の瞬間、俺に向かって踏み込んでくる。
拳が飛んできた。
今度は、さっきよりも大きな動きだった。
肩が上がり、腰が回り、右足に体重が乗る。
わかりやすい。
俺は半歩だけ後ろへ下がり、拳を避けた。
男の腕が伸びきる。
その瞬間、俺は男の脇へ踏み込んだ。
身体の中心を押すのではなく、腕の付け根に近い部分を軽く押し、相手の進行方向をずらす。
男の足がもつれた。
「うおっ!」
勢いを止められず、男は俺の横を通り過ぎ、そのまま膝をついた。
俺は追撃しなかった。
倒れた相手を殴る必要はない。
今の目的は、相手を倒すことではなく、これ以上殴られないことだ。
しかし、俺の対応を見た残りの男たちは、別の受け取り方をしたらしい。
「おい、こいつ……!」
刈り込んだ男が声を上げた。
「ガキのくせに、何しやがった!」
「てめえ、やるじゃねえか!」
肩幅の広い男が、腰のあたりへ手を伸ばした。
俺はその動きを見て、警戒を強めた。
何かを取り出すつもりだ。
刃物かもしれない。
棒かもしれない。
少なくとも、素手での殴り合いだけで済ませる気はないらしい。
「待て」
俺は声を出した。
思ったよりも、落ち着いた声だった。
「僕は、あなたたちと戦いたいわけじゃありません」
「だったら大人しくしてりゃいいんだよ!」
男が怒鳴る。
「何もしてねえガキなら、こんなことになってねえだろうが!」
「僕は質問に答えました。それでも殴ったのは、あなたたちです」
言ってから、少しだけ後悔した。
正論を言えば、相手が納得してくれるとは限らない。
むしろ、今の男たちには、こちらが口答えをしたように聞こえただろう。
肩幅の広い男の顔が歪んだ。
「……このクソガキが」
男は腰から、短い棒を引き抜いた。
先端が金属で補強されている。
武器だ。
俺は一歩下がり、距離を測った。
棒の長さ。
男の腕の長さ。
踏み込みの速度。
この距離なら、棒が届く。
下がりすぎれば、足場の悪い廃棄物へ追い込まれる。
左右へ動く余地はある。
だが、残りの二人も動き始めている。
四対一。
数の上では圧倒的に不利だ。
普通の五歳児なら、抵抗することすら難しいだろう。
だが、俺は普通の五歳児ではない。
それは、昨日の野犬との戦闘でわかっている。
俺の身体能力は、明らかに異常だ。
ただし、それを過信してはいけない。
身体能力が高くても、棒で頭を殴られれば危険だ。
刃物を持ち出されれば、さらに危険になる。
俺には回復能力がある。
だが、一日三回という制限があるうえ、昨日のように意識を集中した部分だけが回復する可能性もある。
何より、痛みを受けること自体は避けられるなら避けるべきだ。
回復できるから殴られてもいい。
そんな考え方をしていたら、いずれ取り返しのつかないことになる。
俺は息を整えた。
相手の動きを見る。
無駄に動かない。
先に攻撃しない。
攻撃を避け、隙ができたら体勢を崩す。
それだけでいい。
「おらぁ!」
肩幅の広い男が棒を振り下ろした。
俺は横へ踏み出した。
棒が地面を叩く。
金属音が響いた。
男の身体が前へ傾く。
俺はその横をすり抜け、男の腕を両手で押し流した。
相手の身体が回転する。
その勢いを利用して、俺は男の背後へ回った。
「なっ、どこへ……!」
男が振り返ろうとする。
俺は足元を軽く払った。
強く蹴る必要はない。
重心が前へ流れている相手の足を崩すだけでいい。
男はバランスを失い、膝から地面へ落ちた。
棒が手から離れ、廃棄物の上を転がった。
「ぐっ……!」
男が呻く。
俺はすぐに距離を取った。
今度も、追撃はしない。
男たちの表情が変わっていた。
さっきまでの余裕はない。
彼らは俺を、ただの子供だと思っていたのだろう。
少し脅せば泣き出し、殴れば言うことを聞く。
そういう相手だと考えていたのかもしれない。
実際、俺の見た目は幼い。
体格も小さい。
だが、彼らは一つ見落としていた。
俺が、彼らの攻撃を恐れていないわけではないということ。
そして、恐怖を感じながらも、動けるということだ。
「おい、何やってんだ!」
鼻に傷のある男が怒鳴った。
「たかがガキ一人だろうが!」
「だったら、お前がやれ!」
肩幅の広い男が怒鳴り返した。
そのやり取りを聞いて、俺はわずかに眉を動かした。
連携ができていない。
少なくとも、戦闘に慣れた集団ではないようだ。
物資を回収しに来たという話は本当なのだろう。
人を相手にすること自体は経験があるのかもしれないが、相手が抵抗してくることを想定していない。
彼らが慣れているのは、弱い相手を脅すこと。
反撃してこない人間から物を奪うこと。
あるいは、恐怖で相手を従わせること。
少なくとも、今の動きからはそう見えた。
ならば、勝機はある。
俺は刈り込んだ男へ視線を向けた。
男は、近くに落ちていた金属片を拾い上げようとしていた。
武器にするつもりだろう。
俺はすぐに動いた。
地面を蹴り、男が金属片を掴むより先に距離を詰める。
「うわっ!」
男が慌てて手を引っ込めた。
俺はそのまま、男の腕を外側へ押し流した。
相手の身体が横へ傾く。
俺は肩を軽く押し、足元を避けるように身体を移動させた。
男は自分の勢いを止められず、積み重なった布の上へ転がった。
「ぐあっ!」
大きな音がした。
男はすぐに起き上がろうとしたが、布が足に絡まり、うまく立てない。
俺はそれ以上近づかなかった。
残るは二人。
痩せた男は、最初に俺を殴った男だ。
そして、鼻に傷のある男。
二人とも、明らかに警戒していた。
「……おい、何なんだよ、こいつ」
痩せた男が呟いた。
「知らねえよ!」
鼻に傷のある男が、俺を睨みつける。
「ガキのくせに、調子に乗りやがって!」
男が飛び込んできた。
拳を振り回す。
右、左、もう一度右。
動きは速いが、単調だった。
俺は最初の拳を避け、二発目を腕で受け流した。
三発目が来る前に、男の懐へ踏み込む。
そして、相手の胸元へ手を当てた。
押す。
ただ、それだけだ。
男は後ろへよろめいた。
足が廃棄物の端に引っかかる。
体勢が崩れた瞬間、俺は男の腕を掴み、横へ引いた。
男はそのまま地面へ倒れ込んだ。
「ぐっ……!」
俺は手を離し、すぐに距離を取った。
これで三人。
残る一人は、痩せた男だ。
最初に俺を殴った男。
男は、俺と倒れた仲間たちを交互に見ていた。
顔から血の気が引いている。
「お、お前……」
男が後ずさる。
「何なんだよ、お前……!」
俺は答えなかった。
答える必要がない。
相手が何を考えているのか、もう十分にわかったからだ。
彼らは俺を脅して、情報を引き出そうとした。
俺が抵抗しなければ、何度でも殴るつもりだったのだろう。
こちらが弱いとわかれば、物資を奪い、必要ならどこかへ連れていくことも考えていたのかもしれない。
だから、もう遠慮する必要はなかった。
だが、必要以上に傷つける理由もない。
「もうやめてください」
俺は静かに言った。
「僕は、あなたたちの仲間じゃありません。物資は見つけたので、持っていきます。それだけです」
「ふ、ふざけんな!」
痩せた男が叫んだ。
「そんなことが許されると思ってんのか!」
「あなたたちに殴られる理由もありません」
「このガキ……!」
男が、再びこちらへ飛びかかってきた。
今度は、何の工夫もない突進だった。
俺は横へ動き、男の腕を掴んだ。
そして、相手が前へ進もうとする力を利用して、身体を回転させた。
男の足が地面から浮く。
「うおっ――!」
次の瞬間、男は背中から地面へ落ちた。
鈍い音が響いた。
俺はすぐに手を離し、後ろへ下がった。
男はしばらく息を詰まらせていたが、やがて咳き込みながら身体を丸めた。
これで四人全員が倒れた。
俺は拳を握ったまま、しばらく動かなかった。
静かだった。
風が吹き、近くの布切れが揺れている。
遠くから、何かが崩れる音が聞こえた。
それ以外は、何もない。
俺は、ゆっくりと拳を開いた。
……終わったのか?
どうやら、終わったらしい。
四人の男たちは、地面に倒れたまま呻いている。
誰も立ち上がってこない。
少なくとも、今すぐ再び襲いかかってくる様子はなかった。
俺は自分の身体を確認した。
頬には、殴られたときの熱が残っている。
腹にも鈍い痛みがあった。
だが、動くことに支障はない。
それ以外に、新しい傷は見当たらなかった。
俺は、思わず息を吐いた。
「……何とかなったな」
呟いた声が、自分でも驚くほど小さかった。
勝った。
四人の大人を、相手にして勝った。
それも、ほとんど無傷で。
普通なら、あり得ないことだろう。
五歳ほどの子供が、四人の大人を相手にして、全員を倒す。
前世の常識では、冗談にもならない。
だが、俺は実際にそれをやった。
俺の身体能力は、想像していた以上に高い。
昨日の野犬との戦闘で感じたことは、間違いではなかった。
ただし、今回の勝利を、単純に自分の強さだけで説明することはできないだろう。
相手が戦い慣れていなかった。
こちらを侮っていた。
攻撃が単調だった。
連携も取れていなかった。
そして、俺には相手の動きを読むための感覚があった。
それらが重なった結果だ。
もし相手が最初から俺を警戒していたら。
もし四人が一斉に襲いかかってきたら。
もし刃物を持ち、迷わず使ってきたら。
今回と同じ結果になったとは限らない。
俺は、自分の手を見た。
小さな手だった。
指も短い。
大人の男と比べれば、腕の太さも、肩幅も、体格もまるで違う。
それでも、この身体には、俺の前世の知識だけでは説明できない力がある。
それを与えられた理由は、まだわからない。
ただ、使い方を間違えれば、自分を守るための力が、誰かを傷つけるための力にもなる。
そのことだけは、忘れてはいけないと思った。
「おい……」
地面から、声が聞こえた。
俺はすぐに視線を向けた。
肩幅の広い男が、片肘をついてこちらを見ていた。
顔には、怒りと困惑が入り混じっている。
「てめえ……何しやがった……」
「あなたたちの攻撃を避けただけです」
「ふざけんな……」
男は歯を食いしばり、立ち上がろうとした。
俺は一歩だけ下がった。
男は、そこで動きを止めた。
こちらの様子を窺っている。
先ほどまでの威勢はない。
自分が立ち上がれば、再び倒される。
そのことを理解しているようだった。
「……お前、どこのガキだ」
男が、低い声で尋ねた。
「どこにも属していません」
「そんなわけあるか。ガキが一人で、こんな場所をうろついてるはずがねえ」
「僕にも、そうするしかない理由があるんです」
俺は、それ以上答えなかった。
男は俺を睨んだ。
だが、何も言わない。
他の三人も、少しずつ身体を起こしていた。
痩せた男は腹を押さえ、鼻に傷のある男は腕をさすっている。刈り込んだ男は、布の上から足を抜こうと悪戦苦闘していた。
全員、動けないほどの怪我を負ったわけではなさそうだ。
俺は、少しだけ安心した。
もちろん、手加減をしたつもりだった。
だが、相手が大人である以上、体勢を崩して倒すだけでも、怪我をさせる可能性はある。
頭を打っていたら危険だった。
骨を折っていたら、もっと面倒なことになっていた。
俺は彼らを傷つけることが目的ではなかった。
ただ、これ以上殴られないために、戦うしかなかったのだ。
「……もう、僕に近づかないでください」
俺は告げた。
「僕も、あなたたちには近づきません」
「何を偉そうに……」
鼻に傷のある男が唸った。
だが、その声には先ほどの勢いがなかった。
「お前、覚えてろよ……」
ありがちな捨て台詞だった。
俺は返事をしなかった。
覚えておくべきなのは、むしろ俺のほうだ。
この世界では、相手が人間だからといって、話し合いが成立するとは限らない。
相手が弱そうに見えるからといって、手加減してくれるわけでもない。
そして、こちらが子供だからといって、守ってもらえるとは限らない。
そんなことは、頭では理解していた。
だが、実際に殴られて、ようやくその意味が身体に染み込んだ気がした。
俺は周囲を確認した。
物資は、すべてアイテムボックスの中にある。
回収した跡は残っているが、持ち運べる荷物はない。
ここに長居する理由はなかった。
むしろ、別の仲間がいる可能性を考えれば、早く離れたほうがいい。
俺は男たちに背を向けないよう、少しずつ後退した。
彼らは俺を睨んでいたが、追いかけてくる様子はなかった。
十分な距離ができたところで、俺は身体の向きを変えた。
そして、できるだけ落ち着いた足取りで、その場を離れた。
走るのは、もう少し離れてからだ。
背中を見せた瞬間に襲われる可能性もある。
最後まで警戒を解かない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は廃棄物の山を進んでいった。
しばらく歩いたあと、ようやく足を速めた。
やがて、物資の山が見えなくなる。
男たちの声も聞こえなくなった。
そこで初めて、俺は大きく息を吐いた。
「……はあぁ」
全身から力が抜けそうになった。
戦闘中は、ほとんど緊張を感じなかった。
いや、感じていなかったわけではない。
ただ、目の前の相手に意識を集中していたせいで、恐怖を考える余裕がなかったのだ。
今になって、ようやく心臓が激しく動いていることに気づいた。
手のひらが少し汗ばんでいる。
呼吸も、思った以上に速くなっていた。
俺は近くの大きなコンクリート片に腰を下ろした。
そして、ゆっくりと呼吸を整えた。
吸って。
吐いて。
もう一度、吸って。
吐く。
何度か繰り返すうちに、胸の鼓動が少しずつ落ち着いてきた。
「……人間相手の戦闘、か」
呟いてみる。
言葉にしても、実感は薄かった。
俺は前世で、漫画やゲームの戦闘を数え切れないほど見てきた。
主人公が敵を倒す場面。
強敵を相手に逆転する場面。
圧倒的な実力差を覆す場面。
そうした展開を、何度も楽しんできた。
だが、現実は違う。
殴られれば痛い。
倒れれば怪我をする。
判断を間違えれば、命を落とす可能性だってある。
俺は、今日の戦闘でそれを改めて理解した。
相手が四人いたことよりも、最初に殴られたことのほうが、強く心に残っている。
俺は何もしていなかった。
それなのに、殴られた。
相手が自分の利益のために、こちらを傷つけることをためらわなかったからだ。
この世界では、そういう人間もいる。
それを忘れてはいけない。
だが、同時に、俺は自分が彼らを倒せたことにも驚いていた。
もし普通の身体だったら、どうなっていたのだろう。
おそらく、抵抗することもできず、何度も殴られていた。
それでも情報を吐かなければ、さらに酷い目に遭っていたかもしれない。
アイテムボックスの存在を知られれば、物資を奪われるだけでは済まなかった可能性もある。
そう考えると、背筋が冷たくなった。
俺は自分の腹に手を当てた。
まだ少し痛む。
だが、耐えられないほどではない。
頬も、熱は引き始めていた。
ここで回復能力を使うべきだろうか。
俺は少し考えた。
昨日の能力は、一日三回まで使える。
昨日は、左腕の傷を治すために一回使った。
そのときは、傷口だけを強く意識していたため、腕の傷だけが回復した。
能力そのものは、全身の怪我や病気、呪いの除去、精神状態の回復まで可能なはずだ。
だが、実際に確認できているのは、左腕の傷が消えたことだけ。
今日、もし能力を使うなら、身体全体を意識する必要がある。
頭の先から足の先まで。
外側の傷だけではない。
筋肉の痛み、内側の損傷、疲労。
そうしたものも含めて、完全に回復させるつもりで使う。
ただし、今の痛みは軽い。
自然に治る範囲だろう。
ここで能力を使う必要はない。
回復能力は便利だが、無制限ではない。
使える回数が限られている以上、温存できる場面では温存する。
それが、今の俺にできる最善の判断だ。
俺は立ち上がった。
身体の動きを確かめる。
問題はない。
歩ける。
走ることもできそうだ。
ならば、寝床へ戻ろう。
今日の目的は、物資を確保して、生活環境を整えることだった。
食料と飲料物。
毛布。
テント。
ナイフ。
必要なものは、十分に確保できたはずだ。
予定外の出来事はあったが、成果そのものは失われていない。
俺はアイテムボックスを意識した。
中身は、きちんと残っている。
保存食。
飲料物。
毛布。
テント。
金属部品。
ナイフ。
それぞれが、取り出せる状態にある。
物資を奪われなかったことが、今になってありがたく感じられた。
もしアイテムボックスがなければ、あれだけの量を運ぶことはできなかっただろう。
そして、男たちに見つかった時点で、ほとんどの物資を奪われていた可能性が高い。
能力は、俺を助けてくれた。
身体能力も、戦闘能力も、俺を守ってくれた。
だが、最後に判断したのは俺自身だ。
逃げるか。
話すか。
戦うか。
その選択を間違えなかったから、今こうして生きている。
そう考えると、少しだけ自信が湧いてきた。
ただし、油断は禁物だ。
今日の男たちは、俺を子供だと思っていた。
だから、まともな警戒をしていなかった。
最初から俺の実力を知っていたら、同じように戦えたとは限らない。
もっと慎重に動かれたら。
遠くから石を投げられたら。
刃物を持って、逃げ道を塞がれたら。
あるいは、仲間を呼ばれたら。
危険はいくらでも考えられる。
俺は、今後の行動について考えた。
まず、寝床の場所を変えるべきだろうか。
今日の物資を持ち帰れば、今までのようにゴミ山の隙間で寝る必要はなくなる。
テントを修理し、毛布を敷けば、少なくとも雨風をしのげる場所を作れるはずだ。
しかし、今の寝床が誰かに知られているわけではない。
男たちが俺を追ってくる可能性はあるが、俺の後をつけていなければ、場所まではわからないだろう。
それに、慣れた場所をすぐに捨てるのも得策ではない。
まずは戻り、周囲の安全を確認する。
必要なら、明日以降に別の場所を探せばいい。
そう決めて、俺は再び歩き出した。
廃棄物の山を進む。
足元に注意しながら、目線を動かす。
物陰。
崩れかけた壁。
積み重なった金属板。
何かが動いていないか、耳を澄ませる。
先ほどの男たちの声は、もう聞こえない。
それでも、警戒は解かなかった。
流星街で生きるということは、こういうことなのだろう。
安全だと信じるのではなく、安全を確かめ続ける。
何も起きないことを期待するのではなく、何かが起きたときに対応できるようにしておく。
そうして少しずつ、生き延びる確率を上げていく。
俺は昨日まで、そのための知識をほとんど持っていなかった。
だが、今は違う。
少なくとも、食料を探す方法を知った。
自分の能力を使う方法を知った。
そして、人間が必ずしも話の通じる相手ではないことも知った。
それらは、どれも大切な経験だった。
しばらく歩くと、見覚えのある廃棄物の山が見えてきた。
昨日、寝床にした場所だ。
コンクリート片が重なり合い、その下に小さな窪みができている。
入口は狭いが、奥はそれなりに広い。
雨風を完全に防げるわけではないものの、何もない場所で眠るよりはずっとましだ。
俺は近くで立ち止まり、周囲を確認した。
足跡はない。
新しく動かされた廃棄物も見当たらない。
少なくとも、誰かがここへ来た形跡はなさそうだった。
俺はゆっくりと窪みへ近づき、入口から中を覗いた。
暗い。
だが、昨日と同じだ。
変わった様子はない。
「……ただいま」
誰に向かって言ったのか、自分でもわからなかった。
返事はない。
それでも、口に出すと、少しだけ安心した。
ここが自分の寝床だと、身体が覚え始めているのかもしれない。
俺は窪みの中へ入り、壁際に腰を下ろした。
そして、しばらく何もせずに座っていた。
今日はいろいろなことがあった。
物資を見つけた。
アイテムボックスの便利さを改めて実感した。
そして、人間と初めて出会い、初めて人間と戦った。
戦闘は終わった。
今のところ、追っ手もいない。
物資も無事だ。
ならば、次にやるべきことは決まっている。
生活を整えることだ。
俺はアイテムボックスから毛布を取り出した。
折り畳まれた毛布が、目の前に現れる。
埃を落としたとはいえ、まだ汚れは残っている。
それでも、昨日の布切れよりはずっとましだ。
俺は毛布を広げ、窪みの床に敷いた。
次に、テントを取り出す。
布地を広げてみると、やはり破損箇所が目立った。
穴が開きかけている部分。
ほつれた縫い目。
不足している骨組み。
すぐに使える状態ではない。
だが、補修すれば形にはなるはずだ。
今夜はこの窪みで眠り、明日、明るい時間にテントを修理しよう。
俺はテントを畳み、毛布の隅へ置いた。
それから、食料と飲料物を確認する。
保存食は十分にある。
飲料物も、すぐに困る量ではない。
これで、食料探しに追われる時間を減らせる。
その時間を使って、周囲の地形を調べたり、能力を確認したりできるだろう。
もちろん、食料が三か月分あるからといって、三か月間ここに留まればいいという話ではない。
安全な水の確保。
衛生環境の改善。
身体を鍛えること。
この世界について知ること。
そして、いつか流星街の外へ出るための準備。
考えるべきことは、まだ山ほどある。
だが、すべてを一度に片づける必要はない。
一つずつ。
確実に。
昨日も、今日も、そうしてきた。
俺は最後に、錆びたナイフを取り出した。
布に包まれたそれを、慎重に開く。
刃は相変わらず傷んでいた。
まともに使えるかどうかもわからない。
それでも、道具としての価値はある。
ただし、錆びた刃を不用意に扱うのは危険だ。
まずは、柄の状態を確認し、刃をどう手入れするか考える必要がある。
俺はナイフを再び布で包み、アイテムボックスへ戻した。
今夜はもう、十分だ。
身体も疲れている。
腹も、まだ少し痛む。
だが、眠れば回復するだろう。
俺は毛布の上に横になった。
硬い地面の感触は、まだ残っている。
それでも、昨日よりはずっとましだった。
目を閉じる前に、今日の出来事をもう一度思い返した。
四人の男たち。
怒鳴り声。
襟首を掴まれた感触。
頬を打たれた痛み。
腹に拳がめり込んだ瞬間。
そして、相手の動きを読み、攻撃を避け、四人を倒したこと。
俺は、勝った。
だが、それは俺が絶対的に強いからではない。
相手が油断していたからだ。
俺の身体能力が高かったからだ。
そして、俺が必死に考え、動いたからだ。
それらを忘れなければ、次も生き残れるかもしれない。
逆に、今日の勝利に浮かれてしまえば、いずれ痛い目を見る。
俺は、自分に言い聞かせた。
強くなろう。
ただし、強さに酔わないように。
生き延びよう。
ただし、自分が生き延びるために、必要以上に誰かを傷つけることのないように。
この世界には、守らなければならないものがあるかもしれない。
まだ、誰とも出会っていない。
誰かを守ると決めたわけでもない。
それでも、俺は自分の中にあるものを、失いたくなかった。
前世で生きていた三十二年間。
好きだった漫画やゲーム。
誰かのために頑張ろうと思った気持ち。
自分が正しいと思ったことを、簡単には曲げたくないという思い。
この世界で生きていくうちに、そうしたものが変わることはあるだろう。
だが、最初から捨てる必要はない。
俺は小さく息を吐いた。
「……明日は、テントを直そう」
それから、水のことも考えよう。
能力のことも、少しずつ確認しよう。
そして、今日の男たちが再び現れた場合に備えて、逃げ道も考えておく。
やるべきことは多い。
それでも、昨日よりはずっと先へ進んでいる。
俺は毛布を肩まで引き上げた。
窪みの外から、風が吹き込んでくる。
だが、身体を丸めれば、何とかしのげそうだった。
しばらくして、呼吸がゆっくりになっていく。
意識が沈み始めた、そのとき。
ふと、今日の男たちの言葉が脳裏に浮かんだ。
――先に見つけた奴のもんだ。
彼らは、そう言っていた。
流星街では、そういう考え方が当たり前なのかもしれない。
だが、すべてがそうだとは限らないはずだ。
物資を見つけた者が、それを使う。
力のある者が、弱い者から奪う。
それが、この場所のすべての掟なのだとしたら。
俺は、いつかその掟と向き合うことになるのだろう。
そのとき、自分が何を選ぶのか。
まだわからない。
ただ、一つだけ決めていた。
生きることを諦めない。
そして、自分の力を、ただ奪うためだけの力にはしない。
その決意を胸に、俺は目を閉じた。
廃棄物の山の片隅。
薄い毛布の上。
まだ修理されていないテントと、三か月分の食料を抱えて。
俺は、新しい人生で三度目の夜を迎えた。
明日もまた、生き延びるための一日が始まる。