流星街の異邦人 ― その魂は二度目の人生を歩む   作:アイエオ

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第四十七話 沈黙する動力炉――壊されたもの、守られたもの

一九八九年、春。

 

 霧哭きの渓谷、地下深部。

 

 第八隔離区画。

 

     ◇

 

 大男の拳が、真正面から迫ってきた。

 

 分厚い拳だった。

 

 指の関節は硬く盛り上がり、皮膚には古い裂傷がいくつも残っている。腕の筋肉は鎧のように膨らんでいたが、零号のような不自然さはない。

 

 鍛え上げられた肉体。

 

 それを包む、濃密なオーラ。

 

 俺は拳の軌道を見ながら、半歩だけ右へ移動した。

 

 拳が左肩の脇を通過する。

 

 直後、風圧が外套を叩いた。

 

(重いな)

 

 単純な筋力だけではない。

 

 拳の先端へ、打撃の瞬間にオーラを集中させている。

 

 流の使い方も悪くない。

 

 もっとも、相手の技術を評価している暇はなかった。

 

 大男は空振りした右拳を引かず、そのまま肘を曲げて横へ振った。

 

 俺の側頭部を狙った肘打ち。

 

 身体を沈めてかわす。

 

 すると、今度は膝が上がった。

 

 連続攻撃。

 

 しかも、巨体に似合わず動作の繋がりが滑らかだ。

 

 俺は左掌で膝の外側を押し、軌道を逸らした。

 

 足が床へ戻る。

 

 その瞬間を狙い、相手の軸足へ踏み込む。

 

 右手で襟元を掴み、左腕を脇へ差し込んだ。

 

 投げる。

 

 そう判断した瞬間だった。

 

 大男の身体を包むオーラが、急激に膨れ上がった。

 

(……ん?)

 

 俺は動きを止めた。

 

 いや、止めざるを得なかった。

 

 相手の身体が、妙に重い。

 

 先ほどまでとは明らかに違う。

 

 まるで、地面へ深く根を張った大木を引き抜こうとしているような感覚だった。

 

 大男が口元を歪める。

 

「どうした、小僧」

 

 俺は襟から手を離した。

 

 そして、後方へ跳んだ。

 

 直後。

 

 大男の拳が、俺のいた場所を通過する。

 

 拳は床に触れていない。

 

 それなのに、足元の金属板が鈍く震えた。

 

(……強化系か?)

 

 単純な肉体強化にしては、妙な感触だった。

 

 重さが増したように感じたのは、俺の錯覚か。

 

 それとも、念能力によるものか。

 

 俺は相手の足元を見た。

 

 金属製の床。

 

 その表面には、大男の靴底によって浅い凹みが生じている。

 

 靴の形に沿って、四つ。

 

 先ほどの踏み込みでついたものだろう。

 

(……なるほど)

 

 少なくとも、力は相当なものだ。

 

 だが。

 

 それだけで俺を止められると思われても困る。

 

「……お前、名前は?」

 

 俺が尋ねると、大男は意外そうな顔をした。

 

「今さらか?」

 

「レオンとは名乗り合ったんだ。あんただけ知らないのも変だろ」

 

 男は鼻を鳴らした。

 

「ガルドだ」

 

「アオだ」

 

「知ってる。隊長との話を聞いてた」

 

「そうか」

 

 俺は両手を軽く開いた。

 

「じゃあ、ガルド。もう一度聞く」

 

 男の眉が動く。

 

「補助電源を復旧させたいだけだ。邪魔する必要があるのか?」

 

「ある」

 

 即答だった。

 

 俺は肩を落とした。

 

「……理由は?」

 

「お前が、あの研究者を連れてきたからだ」

 

 ガルドの視線が、背後へ向いた。

 

 ミレーヌさんに拘束されているエドガー。

 

 右腕を失った研究主任は、壁際で苦しげに呼吸している。

 

 ガルドは、その姿を見て顔をしかめた。

 

「俺たちの責任者を、あんな姿にした男を通すわけにはいかん」

 

「そいつが何をしたか、知ってるのか?」

 

「研究のことなら、ある程度はな」

 

「なら、話は早い」

 

 俺はガルドを見据えた。

 

「第七観測区には、人間が二十人以上閉じ込められている。何人かは生命維持装置に異常が出てるんだ」

 

 ガルドの表情が、わずかに変わった。

 

「……異常?」

 

「ああ。補助電源を起動しないと、死ぬかもしれない」

 

「……」

 

「ここで俺と戦ってる間にも、時間は過ぎてる」

 

 ガルドは口を閉ざした。

 

 俺は続ける。

 

「エドガーの腕を切ったのは俺だ。必要な認証装置を確保するためだった」

 

 男の目が細くなる。

 

「……だから正しいと?」

 

「そうは言ってない」

 

 俺は首を振った。

 

「ただ、あの状況で他に確実な方法が思いつかなかった。後悔はしてない」

 

 ガルドは、しばらく俺を見ていた。

 

 そして、低い声で言った。

 

「……それでも、俺には仕事がある」

 

「そうか」

 

 俺は一歩踏み出した。

 

「なら、早く終わらせよう」

 

     ◇

 

 ガルドが動いた。

 

 今度は突進ではない。

 

 腰を落とし、両腕を前へ構える。

 

 まるで相撲取りの立ち合いに似た姿勢だった。

 

 俺は相手の重心を観察する。

 

 膝。

 

 腰。

 

 足首。

 

 そして、オーラの流れ。

 

 大男の両足へ、オーラが集中していた。

 

(……足元か)

 

 俺は真正面から踏み込んだ。

 

 ガルドが迎え撃つ。

 

 右拳。

 

 俺は左へかわす。

 

 続く左拳。

 

 身体を沈める。

 

 そのまま、相手の懐へ入った。

 

 ガルドが両腕を広げる。

 

 抱え込むつもりらしい。

 

 俺は、その腕の内側へ右肩を差し込んだ。

 

 左足を相手の足の外側へ置く。

 

 そして、腰を回した。

 

 今度は投げない。

 

 相手の姿勢を崩すだけだ。

 

 ガルドの上体が傾いた。

 

 だが、足は動かない。

 

(……やっぱり)

 

 足裏と床の接触。

 

 そこへ、異様なオーラが集中している。

 

 俺は瞬時に判断を変えた。

 

 右掌底を相手の胸へ当てる。

 

 強くは打たない。

 

 狙いは、反応を見ることだ。

 

 ガルドの身体が、わずかに揺れた。

 

 だが、後退しない。

 

 まるで、打撃の力が床へ逃げているようだった。

 

(……衝撃を地面へ流してるのか?)

 

 その瞬間。

 

 ガルドの両腕が閉じた。

 

 俺は身体を捻り、拘束から抜ける。

 

 だが、右袖が掴まれた。

 

 布が引かれる。

 

 俺は抵抗せず、相手の力に合わせて踏み込んだ。

 

 ガルドが驚いたように目を見開く。

 

 次の瞬間。

 

 俺は左手で相手の右肘を押し上げた。

 

 身体を半回転。

 

 背後へ回り込む。

 

 そして、右膝の裏へ足を掛けた。

 

 ガルドの重心が崩れる。

 

 だが、足は床から離れない。

 

(……徹底してるな)

 

 俺は無理に倒そうとせず、後退した。

 

 ガルドが振り向く。

 

 その顔には、わずかな焦りが浮かんでいた。

 

「……ちょこまかと!」

 

 俺は答えなかった。

 

 代わりに、相手の足元へ視線を向けた。

 

 床の凹み。

 

 靴底の位置。

 

 そして、オーラの流れ。

 

 ガルドが動くたび、足元のオーラは一瞬薄くなる。

 

 だが、足を止めると再び濃くなる。

 

(……なるほど)

 

 この男の能力は、おそらく。

 

 地面に足をつけ、踏ん張っている間だけ、防御力や安定性が増す。

 

 あるいは、受けた衝撃を床へ逃がす。

 

 どちらにせよ。

 

 足を離せば、効果は弱まるはずだ。

 

 俺は、静かに息を吐いた。

 

(……なら、浮かせればいい)

 

     ◇

 

 ガルドが再び突進してきた。

 

 俺は正面から迎えた。

 

 相手の右拳を左手で受け流す。

 

 そのまま、右足を踏み込んだ。

 

 ガルドが身体を沈める。

 

 俺を抱え込もうとする動き。

 

 予想通りだった。

 

 俺は、わざと相手の間合いへ入った。

 

 ガルドの両腕が、俺の胴体を囲む。

 

「……捕まえたぞ!」

 

 男が吠えた。

 

 俺は答えなかった。

 

 両腕が閉じる直前。

 

 俺は膝を曲げ、重心を落とした。

 

 そして、相手の腰へ手を回す。

 

 ガルドが目を見開いた。

 

「……何!?」

 

 俺は、足を踏み込んだ。

 

 腰を入れる。

 

 背筋を伸ばす。

 

 そして。

 

 持ち上げた。

 

 ガルドの巨体が、床から離れた。

 

「……なっ!?」

 

 男の声が裏返る。

 

 俺は、そのまま身体を回転させた。

 

 相手の足が宙を泳ぐ。

 

 床との接触が切れた瞬間、ガルドの身体を包んでいたオーラの密度が変わった。

 

(……やっぱり)

 

 防御力が落ちた。

 

 俺は、相手を床へ叩きつける。

 

 ただし、頭からではない。

 

 背中から落とす。

 

 さらに、衝撃を逃がせるよう角度を調整する。

 

 ドンッ!

 

 重い音が響いた。

 

 床が震える。

 

 ガルドが息を詰まらせた。

 

 俺はそのまま、相手の右腕を制した。

 

 左膝で肩を押さえる。

 

 右手で手首を固定する。

 

 そして、首元へ軽く圧力をかけた。

 

「……終わりだ」

 

 ガルドが歯を食いしばる。

 

 だが、身体は動かない。

 

 足が床に触れていない。

 

 それだけで、先ほどまでの異様な安定性は失われていた。

 

「……ぐ、うう……!」

 

 男が力を込める。

 

 俺は必要な分だけ拘束を強めた。

 

 関節を壊すつもりはない。

 

 ただ、動けなくすればいい。

 

 数秒後。

 

 ガルドの抵抗が弱まった。

 

「……参った」

 

 低い声だった。

 

 俺は、相手の呼吸を確認した。

 

 意識はある。

 

 大きな怪我もなさそうだ。

 

「……もう戦わないか?」

 

 ガルドは、苦々しげに頷いた。

 

「……ああ」

 

 俺は拘束を解いた。

 

 そして、立ち上がる。

 

 ガルドは床へ座り込み、大きく息を吐いた。

 

「……化け物め」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「よく言われる」

 

 実際、流星街でも似たようなことを言われた覚えがある。

 

 あまり嬉しい評価ではないが、今さら気にしても仕方ない。

 

     ◇

 

「……アオ!」

 

 リリアが駆け寄ってきた。

 

 彼女の表情は、いつになく険しい。

 

「補助電源の操作盤、かなり酷い状態だよ」

 

 俺は頷いた。

 

「案内してくれ」

 

 リリアはすぐに踵を返した。

 

 俺はミレーヌさんへ視線を向ける。

 

「エドガーをお願いします」

 

「ええ。ただし、私も一緒に行くわ」

 

 彼女は拘束したエドガーを立たせた。

 

 男は顔をしかめたが、抵抗しなかった。

 

 レオンも、ようやく床から起き上がっている。

 

 俺は彼へ声をかけた。

 

「補助電源のところまで来てもらえるか?」

 

 レオンが眉をひそめた。

 

「……何のために?」

 

「この施設の保安責任者なんだろ。設備のことも多少は知ってるはずだ」

 

 男は、しばらく俺を見ていた。

 

 そして、警棒を拾わずに立ち上がった。

 

「……わかった」

 

 俺は頷いた。

 

 少なくとも、今すぐ襲いかかってくる様子はない。

 

 もっとも、信用したわけではない。

 

 背後へ回られないよう位置を調整しながら、俺たちは奥へ進んだ。

 

 通路は短かった。

 

 十数メートルほど進むと、広い機械室へ出る。

 

 そこには、巨大な円筒形の装置が設置されていた。

 

 高さは五メートルほど。

 

 外周には太い送電管が何本も接続され、壁の向こうへ伸びている。

 

 装置の表面には、青白い線が幾何学模様のように刻まれていた。

 

 その一部が、弱々しく明滅している。

 

 そして、手前。

 

 操作盤が、無惨に破壊されていた。

 

 金属製の覆いは剥がれ、内部の配線が露出している。

 

 いくつもの計器が砕け、床には細かな破片が散らばっていた。

 

 俺はしゃがみ込み、破損箇所を確認した。

 

(……これは)

 

 ただの故障ではない。

 

 明らかに、外部から強い力が加えられている。

 

 しかも、一度ではない。

 

 何度も叩きつけたような痕跡がある。

 

 俺は破片を拾い上げた。

 

 金属の端が、内側へ折れ曲がっている。

 

(……外から壊されたのか)

 

 俺はレオンを見た。

 

「これを見つけたのは、いつだ?」

 

「三日前だ」

 

「そのとき、誰かいたか?」

 

「いなかった」

 

「監視記録は?」

 

「消えていた」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……消えていた?」

 

 レオンが頷く。

 

「正確には、記録装置が停止していた。最後に残っていた映像には、誰も映っていない」

 

 俺は操作盤へ視線を戻した。

 

 破損の仕方。

 

 床に散らばる破片。

 

 そして、壁に残る浅い傷。

 

(……誰かが壊したのは間違いなさそうだが)

 

 それが人間とは限らない。

 

 念能力による遠隔操作。

 

 あるいは、施設の自律機構。

 

 可能性はいくつもある。

 

 俺はエドガーへ尋ねた。

 

「……これ、修理できるか?」

 

 男は操作盤を見た。

 

 そして、顔をしかめた。

 

「……通常の方法では無理です」

 

「理由は?」

 

「制御回路が破壊されています。交換部品が必要です」

 

 俺は周囲を見渡した。

 

「予備は?」

 

「……保管庫にありますが」

 

「どこだ?」

 

 エドガーは、少しだけ言い淀んだ。

 

「……第八隔離区画のさらに奥です」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

(……また奥か)

 

 この施設は、どれだけ奥行きがあるのだろう。

 

 だが、愚痴を言っても仕方ない。

 

 俺はリリアへ視線を向けた。

 

「……どう思う?」

 

 彼女は操作盤の前にしゃがみ込んでいた。

 

 そして、露出した配線を見つめている。

 

「……全部壊れてるわけじゃない」

 

 俺は眉を上げた。

 

「わかるのか?」

 

「うん。こっちの線は切れてるけど、奥の方はまだ繋がってる」

 

 彼女は指先で、太い配線を示した。

 

「それに、あの大きな装置は完全には止まってない」

 

 俺は円筒形の装置を見た。

 

 確かに、青白い線が明滅している。

 

 微弱だが、オーラの流れも感じられた。

 

(……待てよ)

 

 俺は装置へ近づいた。

 

 そして、凝を強める。

 

 外周を流れるオーラ。

 

 内部へ向かう流れ。

 

 さらに、床下へ伸びる複数の経路。

 

 そのうち一本だけが、他とは違う動きをしていた。

 

 青白い光が、一定の間隔で強くなる。

 

 まるで、何かを待っているようだった。

 

「……エドガー」

 

 俺は男を呼んだ。

 

「この装置、完全に停止してるわけじゃないな?」

 

 エドガーが顔を上げた。

 

「……ええ」

 

「なら、手動で起動できる可能性は?」

 

 男は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……理論上は、あります」

 

 俺は頷いた。

 

「方法は?」

 

「……ただし、危険です」

 

「説明しろ」

 

 エドガーは、装置の側面を指差した。

 

 そこには、小さな金属製の扉があった。

 

「……内部に、補助制御端子があります」

 

「それを操作すれば?」

 

「……主制御盤を介さず、動力炉を起動できます」

 

 俺は目を細めた。

 

「……それなら、最初から言えよ」

 

 エドガーは、苦々しげに答えた。

 

「……通常、人間が触れる場所ではありません」

 

「どういう意味だ?」

 

「……内部には、高密度のオーラが循環しています」

 

 俺は装置を見た。

 

 確かに、外側からでも相当なオーラが感じられる。

 

「……触れたらどうなる?」

 

 エドガーは、静かに答えた。

 

「……普通の人間なら、身体が耐えられません」

 

 俺は少しだけ考えた。

 

(……高密度のオーラか)

 

 それなら、念で防御すればいい。

 

 ただし、どの程度の負荷がかかるのかは不明だ。

 

 俺はミレーヌさんへ視線を向けた。

 

「……どう思います?」

 

 彼女は、装置を見つめた。

 

「……危険なのは確かね」

 

「ええ」

 

「でも、あなたなら耐えられる可能性はある」

 

 俺は頷いた。

 

 彼女は続けた。

 

「ただし、念で防げる種類の負荷とは限らない。内部の構造もわからないし、無闇に触れるべきではないわ」

 

 俺は装置へ視線を戻した。

 

 その通りだ。

 

 オーラが強いからといって、単純な力押しで解決できるとは限らない。

 

 念能力には、制約と誓約がある。

 

 特殊な効果が組み込まれている可能性もある。

 

 慎重に調べる必要がある。

 

     ◇

 

 俺は装置の側面へ回り込んだ。

 

 小さな扉。

 

 その表面には、見覚えのある円形の認証口があった。

 

 俺は布に包んだエドガーの右腕を取り出した。

 

 腕輪は、まだ青白く光っている。

 

 認証口へ近づける。

 

 すると。

 

『管理者認証を確認』

 

 無機質な声が響いた。

 

 扉の固定具が外れる。

 

 俺は慎重に開いた。

 

 内部には、複雑な金属構造があった。

 

 中心には、青白く輝く小さな球体。

 

 その周囲を、細い光の線が何本も巡っている。

 

 まるで、縮小された星空のようだった。

 

 俺は凝を強めた。

 

(……これは)

 

 相当な量のオーラだ。

 

 しかも、ただ流れているわけではない。

 

 一定の規則に従い、複雑な経路を循環している。

 

 俺は、しばらく観察した。

 

 そして、あることに気づいた。

 

 光の線の一部が、途切れている。

 

 完全に断絶しているわけではない。

 

 だが、流れが弱い。

 

 その先には、小さな金属製の端子があった。

 

(……ここか)

 

 俺はエドガーへ視線を向けた。

 

「……これが補助制御端子か?」

 

 男は頷いた。

 

「……ええ」

 

「どう操作する?」

 

 エドガーは、慎重に言葉を選んだ。

 

「……端子へオーラを流し込み、内部の循環を再開させます」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……それだけか?」

 

「……ただし、流し込む量と性質を間違えれば、逆流が発生します」

 

「逆流?」

 

「……装置内部のオーラが、接続した人間へ流れ込むのです」

 

 俺は装置を見た。

 

 高密度のオーラ。

 

 複雑な循環。

 

 そして、途切れた経路。

 

(……なるほど)

 

 単純に大量のオーラを流せばいいわけではない。

 

 むしろ、細かな制御が必要になる。

 

 俺は、静かに息を吐いた。

 

(……ビスケに教わったことが役に立ちそうだな)

 

 念の修行では、オーラの量だけでなく、流れを制御する技術も重要になる。

 

 特に、流。

 

 そして、周。

 

 必要な場所へ、必要な量のオーラを送る。

 

 その基本は、どんな応用技術にも通じる。

 

 俺は端子へ手を近づけた。

 

 だが、触れる前に止めた。

 

(……まずは確認だ)

 

 俺は、ほんのわずかなオーラを指先へ集めた。

 

 そして、端子の表面へ触れる。

 

 その瞬間。

 

 青白い光が、わずかに揺れた。

 

 俺はすぐに手を離した。

 

 痛みはない。

 

 だが、指先に奇妙な感覚が残っていた。

 

 まるで、冷たい水の中へ手を入れたような感覚。

 

(……反応はあるな)

 

 俺は再び端子を見た。

 

 先ほどまで弱々しかった光が、わずかに強くなっている。

 

 ただし、すぐに元へ戻った。

 

 俺は、静かに頷いた。

 

(……いけるかもしれない)

 

 だが、慎重に。

 

 俺は、もう一度端子へ手を伸ばした。

 

 今度は、指先へ流すオーラの量をさらに細かく調整する。

 

 触れる。

 

 光が揺れる。

 

 そして。

 

 内部の循環が、わずかに変化した。

 

 俺は、その変化を見逃さなかった。

 

 オーラの流れが、途切れていた経路へ少しずつ戻っていく。

 

 ただし、まだ不安定だ。

 

 俺は呼吸を整え、流す量を調整した。

 

 多すぎず。

 

 少なすぎず。

 

 一定の速度で。

 

 すると。

 

 青白い球体が、ゆっくりと輝きを増し始めた。

 

     ◇

 

 そのとき。

 

 装置の奥から、低い音が響いた。

 

 ゴウン。

 

 ゴウン。

 

 金属が振動するような音。

 

 俺は手を離さず、オーラの流れを維持した。

 

 エドガーが、驚いたように声を上げる。

 

「……馬鹿な」

 

 俺は答えなかった。

 

 集中している。

 

 内部のオーラは、少しずつ循環を取り戻していた。

 

 だが、まだ不安定だ。

 

 ここで一気に流せば、逆流する可能性がある。

 

 俺は、慎重に量を調整した。

 

 そのとき。

 

 リリアの声が響いた。

 

「……アオ!」

 

 俺は視線だけを向けた。

 

「……どうした!」

 

「装置の下!」

 

 俺は足元を見た。

 

 円筒形の装置の基部。

 

 そこに、青白い光が集まっている。

 

 そして。

 

 床の金属板が、ゆっくりと開き始めていた。

 

(……何?)

 

 俺は即座に手を離した。

 

 内部の光が、一瞬だけ揺らぐ。

 

 だが、循環は完全には止まらない。

 

 俺は後方へ跳んだ。

 

 直後。

 

 床の隙間から、細い金属製の柱がせり上がってきた。

 

 その先端には、小さな球体が取り付けられている。

 

 球体が、青白く光った。

 

『補助制御端子、外部入力を確認』

 

 無機質な声。

 

 俺は凝を強めた。

 

『循環再開処理を実行』

 

 装置全体が、低く唸る。

 

 青白い線が、次々と点灯していく。

 

 そして。

 

『補助電源、起動準備完了』

 

 俺は、静かに息を吐いた。

 

(……よし)

 

 少なくとも、起動準備までは進んだ。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

『警告』

 

 声が響いた。

 

『未承認の外部オーラを検出』

 

 俺は眉をひそめた。

 

(……俺のことか?)

 

『認証情報との照合を開始』

 

 青白い球体が、俺の方へ向いた。

 

『不一致』

 

 俺は、静かに構えた。

 

『外部入力者を観測対象として登録』

 

 その言葉に、エドガーの顔色が変わった。

 

「……まずい!」

 

 俺は振り向いた。

 

「……何が?」

 

 エドガーは、震える声で答えた。

 

「……この装置は、認証された管理者以外のオーラを受け入れない!」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……それなら、最初から言え!」

 

「……まさか、本当に起動できるとは思わなかったのです!」

 

 俺は、静かに息を吐いた。

 

(……こいつ)

 

 研究者としては優秀なのかもしれないが、説明が後手に回りすぎだ。

 

 だが、今は文句を言っている場合ではない。

 

 青白い球体が、ゆっくりと回転する。

 

 そして。

 

『観測対象一』

 

 俺は、静かに目を細めた。

 

『識別情報、既存記録と一致』

 

 その瞬間。

 

 施設全体が、低く震えた。

 

 俺は足を踏みしめた。

 

『対象一のオーラ特性を確認』

 

 青白い光が、さらに強くなる。

 

『補助電源、起動処理を継続』

 

 俺は眉をひそめた。

 

(……止まらないのか)

 

 どうやら、俺を観測対象として認識したまま、起動処理を進めているらしい。

 

 だが、それが何を意味するのかはわからない。

 

 俺は、装置の動きを観察した。

 

 青白い線が、次々と点灯する。

 

 内部の球体が、ゆっくりと回転を始める。

 

 そして。

 

 ゴウン。

 

 低い音が響いた。

 

『補助電源、起動完了』

 

 俺は、静かに息を吐いた。

 

(……成功か)

 

 だが。

 

 その直後。

 

『追加観測処理を開始』

 

 青白い球体が、俺へ向いた。

 

『対象一の生体情報を取得』

 

 俺は、静かに構えた。

 

(……やっぱり、ただでは終わらないか)

 

 そのとき。

 

 リリアが、俺の隣へ駆け寄ってきた。

 

「……アオ!」

 

 俺は頷いた。

 

「……大丈夫だ」

 

 彼女は、装置を見上げた。

 

「……でも、あれ……」

 

 俺は、静かに答えた。

 

「……まだ何かするつもりらしい」

 

 青白い球体が、ゆっくりと回転する。

 

 そして。

 

『観測対象一』

 

 無機質な声が響いた。

 

『あなたの能力を、さらに詳細に解析する必要があります』

 

 俺は、静かに目を細めた。

 

「……断る」

 

 短く答えた。

 

 だが。

 

『拒否権限はありません』

 

 青白い光が、さらに強くなった。

 

 俺は、静かに拳を握った。

 

(……さて)

 

 どうやら。

 

 この施設は、俺を簡単には帰してくれないらしい。

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